フットボールアワー

フットボールアワーは、岩尾望後藤輝基の二人によるお笑いコンビである。吉本興業東京本社(東京吉本、厳密には子会社のよしもとクリエイティブ・エージェンシー)所属。M-1グランプリ2003年大会王者。略称は「フット」。

フットボールアワー
Football Hour
メンバー 岩尾望
後藤輝基
別名 フット
結成年 1999年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1999年 -
出身 吉本総合芸能学院 (NSC) 大阪校14期
出会い NSC大阪校
旧コンビ名 ドレス(岩尾)
エレキグラム(後藤)
後藤・岩尾
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才コント
ネタ作成者 両者
現在の代表番組 ピタゴラスイッチ
土曜はダメよ
バイキング
ほか
過去の代表番組 ジャイケルマクソン
NMB48 げいにん!
ざっくりハイタッチ
ほか
同期 ガレッジセール
タカアンドトシ
おぎやはぎなど
受賞歴
2000年 ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞
2001年 NHK上方漫才コンテスト優秀賞
2002年 NHK上方漫才コンテスト最優秀賞
2002年 上方漫才大賞優秀新人賞
2002年 上方お笑い大賞最優秀新人賞
2003年 MBS新世代漫才アワード優勝
2003年 上方お笑い大賞話題賞
2003年 M-1グランプリ優勝
2004年 上方漫才大賞
2004年 上方お笑い大賞最優秀技能賞
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目次

プロフィール編集

ボケ担当で立ち位置左。大阪府大阪市東住吉区出身。
主な愛称は「岩尾君」、「のんちゃん」。
非喫煙者であり嫌煙家でもある。
次長課長の河本準一、NONSTYLEの井上裕介とともに、CONTSという、ユニットで活動している。
ツッコミ担当で立ち位置右。大阪府大阪市東淀川区出身。
主な愛称は「後藤君」、「後藤ちゃん」、「ペロちゃん」。
現役喫煙者である[1]。しかし、現在は大幅に本数を減らしている。

略歴編集

  • 岩尾は「ドレス」、後藤は「後藤・天満」(後に「エレキグラム」に改名)というコンビを経て、1999年4月「後藤・岩尾」としてコンビ結成。当時は共にボケ担当だった。同年5月、当時のうめだ花月シアター(後のうめだ花月)で初舞台を踏み、同年7月にコンビ名を「フットボールアワー」と改める。
由来は、岩尾が読んでいたアメリカの小説の「月曜日のフットボールアワーに間に合わないよ」という科白からの引用。 なお岩尾はこの件について「大した答えが返ってくることはないので、フットボールアワーにコンビ名の由来を尋ねない(で下さい)。聞いた方が損をするだけです、適当に付けた名前ですから」[2]と語っている。その他のコンビ名の候補に「ギターピアノ」、「その時 彼女は言った」などがあった[3]
  • もともと合同イベントを行うなど友人同士であり、お互いに笑いの才能を認め合ってはいたが、同期が次々と辞めていき、それぞれのコンビが解散しお互いにコンビを組みたい気持ちが強くなってからも、お互いに自分から組もうとは言い出せず、相手の誘いを待っていた。岩尾は先輩芸人の陣内智則に相談し、「組みたい相手がいるならすぐに言った方がいい」とアドバイスを受け決意し電話したが、中々切り出せず、岩尾の本心に気付いていたため、痺れを切らした後藤の方から切り出され、「別にええけど…」とあくまで上にたった物言いで承諾した。そのことは岩尾の性格もよく顕れたエピソードとしてよくネタにしている。ちなみに後藤も先輩である次長課長の河本に、岩尾と組みたいと思っていることを相談したが、河本からは「二人とも我が強いのでうまくいかない」と反対されていた[4]
  • 結成翌年の2000年にはABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を皮切りに、若手漫才師に与えられる数々の賞を総なめにした。
  • M-1グランプリは2001年大会に結成2年目にして決勝進出するも6位、2002年大会は準優勝、本命と言われた2003年大会で悲願の優勝を果たした。また、2006年大会ではV2を目指して参戦したものの2位に終わった。また、M-1では数少ない予選敗退経験がなく決勝進出率100%の記録を持つコンビ[5]でもある(4回出場してすべて決勝進出)。
  • 2003年8月、当時の主要メンバーとともにbaseよしもとを卒業し、うめだ花月へ移動。2013年時点はルミネtheよしもとを中心に舞台・テレビ等で活動中。

概要編集

  • 吉本総合芸能学院 (NSC) 大阪校14期生。
  • ネタ作りは2人で行っている。
  • 漫才の評価が高いが、コント歴の方が長く、共に、旧コンビ結成当初は、コントを行っており、その後、漫才を始めたという。また、ユニットコントライブ「六人の侍」等にも参加している。

M-1グランプリ編集

M-1グランプリには過去4回出場。全ての回で決勝進出を果たしている。これは予選敗退経験のないコンビとしては史上最多である。

第1回大会(2001年) 決勝6位 【出番:2番 得点:726 / 1000点 (一般審査員合計・191点、特別審査員合計・535点) 】
結成わずか2年で初の決勝進出を果たした。キャッチフレーズは「奇跡の顔面」。決勝では前半に岩尾のブサイクネタを取り入れた「館内アナウンス」ネタを披露[6]。726点を獲得し暫定2位に付けたが、4番手のアメリカザリガニに抜かれ敗退。最終的な順位は6位だった。
余談だが、一般審査員の点数を発表する際、セット裏で何かが崩れたような音がするというハプニングが起きた。
第2回大会(2002年) 決勝2位 【出番:5番 得点:621 / 700点】
2年連続で決勝進出を果たす。キャッチフレーズは「漫才新人賞を総なめにした若手実力派」。決勝では「ファミリーレストラン」ネタを披露し、4人の審査員[7]から今大会最高評点をつけられ621点を獲得、暫定1位に躍り出た。
ネタ終了後島田紳助からは「去年僕低い点数つけたんですよ。1年間で見違えました。びっくりしました。」とコメント、中田カウスは「コンビのコントラストもいいし、照れながらなんでもやってしまうという味があるでしょう。中々面白いコンビですね。」とコメントし、高評価を受けた。また、島田洋七からは「ボケながらまた普通の人間に戻るという所がすごく(面白い)ね。相当奥深いですよ彼は。」と、岩尾のボケ方に対し賛辞を受けた。
その後ファーストラウンドを1位で通過。最終決戦では1番手で「披露宴の司会」ネタを披露。最終審査では大竹まこと松本人志から2票を得るが、5票を獲得したますだおかだに及ばず、準優勝に終わった。優勝は逃したが、紳助からは表彰式で「差は無かった」「負けてない」とコメントされ、松本からも自身が出演するラジオ番組「放送室」で「(2002年大会の)本当の優勝者はフットボールアワーだ」という旨の発言をされる[8]など、高い評価を受けている。事実、松本はファーストラウンドで今大会最高評点である85点を彼らにつけた。これは優勝したますだおかだの点数より15点も多い。
第3回大会(2003年) 決勝1位 【出番:7番 得点:663 / 700点】
3年連続で決勝進出を果たす。キャッチフレーズは「悲願」。大本命のプレッシャー[9]の中、「結婚記者会見」ネタを披露。5人の審査員から90点以上の得点及び4人の審査員から今大会最高得点をつけられ、663点を獲得。暫定1位となりこの時点で最終決戦進出が決定した。
ネタ終了後松本からは「おもろい!」と、手放しの高評価を得た[10]。紳助は「素晴らしいですよ。完璧。笑い飯は(成長ぶりに)感動してしまって点数的には向こうが上やけど、技術的には1番ですよ。」とコメント、カウスは「去年から見てすごい成長ぶりやと思うね。コンビのコントラストもネタの運びもいいし。」と総じて高評価を受けた。
その後ファーストラウンドを1位通過した。ファーストラウンド1位通過を2回以上経験しているのは2017年現在フットボールアワーのみ[11]。最終決戦では3番手で「SMタクシー」というネタを披露。この時、後藤はオチ直前のセリフで噛んでしまうという失態をしてしまう[12]
結果は7票中4票を獲得し、悲願の優勝を果たした。
第6回大会(2006年) 決勝2位 【出番:2番 得点:640 / 700点】
3年ぶりの出場。キャッチフレーズは「帰ってきた王者」。既に優勝を経験したコンビの再出場は初の事だった。出場理由については「漫才が楽しいから(後藤)」「優勝の快感をもう一度味わいたい(岩尾)」としている。また、岩尾が優勝賞金で外車[13]を購入したことを紹介VTRで紹介された。
決勝では「戦隊モノの主題歌」というネタを披露。6人の審査員から90点以上の点数を獲得。640点を得て王者の貫禄を見せ、暫定1位に躍り出た。カウスからは「チャンピオンということで安心して見てられるし、聞いてられる。ネタもよくできてて、準決勝の時よりネタを増やしてたしね。(ネタの)持っていき方も非常に上手いんですが、5点ハンデを頂いて、それでも1点増やした。」と高評価を得た。だが、松本からは「後藤くんツッコんだ後ドヤ顔で僕を見るのやめてもらえるかな」と、後藤の癖に対してボケを交えた苦言を呈された。
ファーストラウンドを2位通過し、最終決戦では2番手で「居酒屋の店員」ネタを披露したが、ファーストラウンドを1位通過したチュートリアルが審査員全員からの得票を達成したため1票も獲得できず、準優勝に終わった。また、最終決戦を前にしてコメントを求められた際、岩尾が前回王者として観客席に座っていたブラックマヨネーズ小杉竜一を指して「優勝したら小杉さんの様に発毛が起こるということで、もう一度この奇跡に賭けたい」とコメントした[14]
また、彼らは第1回大会でも同じく2番手でネタを披露しているが、ファーストラウンドのネタ終了後にコメントを求められた際、後藤は何故か「序盤にネタをするのが初めてなので緊張した」とコメントしていた。
その後
2015年の復活大会では歴代王者が審査員を務める事になり、フットボールアワーからは岩尾が審査員として出演した。

現在出演中のテレビ番組編集

※コンビ出演のみを記載。個人での出演については岩尾望後藤輝基を参照。

レギュラー編集

不定期編集

過去に出演していたテレビ番組編集

レギュラー出演編集

準レギュラー出演編集

特別出演・ゲスト出演したテレビ番組編集

ドラマ編集

  • 伊沢鉄工所(ABCテレビ、2003年3月22日)

その他出演編集

ラジオ編集

CM編集

インターネット編集

  • よしもとオンライン 「フットボールアワーのオークションアワー」(Yahoo!バラエティ、2009年1月 - 2010年12月)
  • よしログ(GyaO!、2011年1月 - 12月)

映画編集

DVD編集

  • 『ジェットボールアワー』 - 2003年6月9日にルミネtheよしもとで行われた単独ライブを収録。
  • 『ジェットボールアワー04』 - 2004年8月23日にルミネtheよしもとで行われた単独ライブを収録。
  • 『ドレキグラム'08』- 2008年6月15日にルミネtheよしもとで行われた単独ライブを収録。
  • 『ドレキグラム'09』- 2009年8月2日に円形ホールで行われた単独ライブを収録。
  • 『ドレキグラム'10』- 2010年に京橋花月とルミネtheよしもとで行われた単独ライブを収録。
  • 『フットボール刑事の芸人家宅捜査』- 第1回から第7回を収録。

書籍編集

  • フットボールアワー 人類のルール (角川書店

ライブ編集

  • 2000年
    • 04月06日 - 「ジェットボールアワー」baseよしもと/大阪)
    • 09月19日 - 「フットガールアワー」(baseよしもと/大阪)
    • 11月05日 - 「フットボールベアー」(baseよしもと/大阪)
  • 2001年
    • 01月14日 - 「ナゴヤボールアワー」(名古屋栄3丁目劇場/愛知)
    • 01月28日 - 「Iラブフットボール」(baseよしもと/大阪)
    • 03月08日 - 「WEラブフットボール」(baseよしもと/大阪)
    • 05月09日 - 「カミナリフットボール」(baseよしもと/大阪)
    • 07月05日 - 「フットボールサマー」(baseよしもと/大阪)
    • 10月05日 - 「フットボールシャワー」(baseよしもと/大阪)
    • 12月05日 - 「フットボールラバー」(baseよしもと/大阪)
  • 2002年
    • 02月07日 - 「フットチョコボールアワー」(baseよしもと/大阪)
    • 05月30日 - 「フットボーリングアワー」(baseよしもと/大阪)
    • 07月05日 - 「博多ボールアワー」(よしもとゴールデン劇場/福岡)
    • 07月29日 - 「フットサーフアワー」(baseよしもと/大阪)
    • 09月16日 - 「フットケーキアワー」(baseよしもと/大阪)
    • 10月19日 - 「ナイトボールアワー」(baseよしもと/大阪)
    • 11月27日 - 「フットボールエアー」(baseよしもと/大阪)
    • 12月13日 - 「ナイトボールアワー」(baseよしもと/大阪)
  • 2003年
    • 01月22日 - 「フットボールスノー」(baseよしもと/大阪)
    • 02月23日 - 「ナイトボールアワー」(baseよしもと/大阪)
    • 04月03日 - 「グランドボールアワー」なんばグランド花月/大阪)
    • 06月09日 - 「ジェットボールアワー」ルミネtheよしもと/東京)
    • 06月28日 - 「ナイトボールアワー」(baseよしもと/大阪)
    • 08月01日 - 「博多ボールアワー」(よしもとゴールデン劇場/福岡)
    • 09月13日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 10月13日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 11月14日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 12月15日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 12月27日 - 「ナイトボールアワー」(baseよしもと/大阪)
  • 2004年
    • 01月19日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 02月16日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 03月22日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 04月13日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 05月18日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 06月15日 - 「フットボール部屋ー」(うめだ花月/大阪)
    • 08月23日 - 「ジェットボールアワー04」(ルミネtheよしもと/東京)
  • 2005年
    • 08月14日 - 「フットボールアワーのトークギンザ」(銀座小劇場/東京)
    • 09月26日 - 「フットボールアワーのトークギンザ」(銀座小劇場/東京)
    • 10月24日 - 「フットボールアワーのトークギンザ」(銀座小劇場/東京)
    • 11月28日 - 「フットボールアワーのトークギンザ」(銀座小劇場/東京)
    • 12月30日 - 「フットボールアワーのシンジュクトーク」(新宿シアターモリエール/東京)
  • 2006年
    • 01月30日 - 「フットボールアワーのシンジュクトーク」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 03月27日 - 「フットボールアワーのシンジュクトーク」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 04月26日 - 「フットボールアワーのシンジュクトーク」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 05月17日 - 「フットボールアワーとか」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 05月29日 - 「フットボールアワーのシンジュクトーク」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 06月12日 - 「フットボールアワーとか」(笹塚ファクトリー/東京)
    • 06月26日 - 「フットボールアワーのシンジュクトーク」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 07月05日 - 「フットボールアワーとか」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 07月26日 - 「フットボールアワーとか」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 08月14日 - 「フットボールアワーとか」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 08月28日 - 「フットボールアワーとか」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 11月14日 - 「フットボールアワーとか」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 11月27日 - 「フットボールアワーとか」(新宿シアターモリエール/東京)
  • 2008年
    • 06月08日 - 「ドレキグラム'08」(OBP円形ホール/大阪)
    • 06月15日 - 「ドレキグラム'08」(ルミネtheよしもと/東京)
  • 2009年
    • 08月02日 - 「ドレキグラム'09」(OBP円形ホール/大阪)
    • 08月09日 - 「ドレキグラム'09」(ルミネtheよしもと/東京)
  • 2010年
    • 07月17日 - 「ドレキグラム'10」京橋花月/大阪)
    • 07月24日 - 「ドレキグラム'10」(ルミネtheよしもと/東京)

脚注編集

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  1. ^ 銘柄はセブンスター
  2. ^ 「フットボールアワーのルール」、『フットボールアワー 人生のルール』、角川書店2005年
  3. ^ 2010年8月30日放送回『クイズ雑学王』(テレビ朝日)出演時の後藤談。
  4. ^ ゴーJ!』(MBSラジオ)出演時に発言。
  5. ^ 他にも複数回出場して決勝進出率100%のコンビはアメリカザリガニの3回とますだおかだの2回がある。
  6. ^ 話題転換が多く、館内アナウンス部分のボケは5つのみだった。
  7. ^ 紳助、松本、石井、カウス。
  8. ^ 共演者の高須光聖もこれに同調した。
  9. ^ 後藤は前の出番だった笑い飯のあまりのウケ様に、「人殺しの様な目」をしていた(西田談)。
  10. ^ 今大会松本はフットボールアワーに最高評点である97点をつけている。これは歴代の松本の評点でも最高評点であり、他にこの得点を得た組はパンクブーブー(第10回)のみ。
  11. ^ 笑い飯は2009年大会に1位通過し、翌2010年大会も1位通過のパンクブーブーと同点を獲得したが、笑い飯に高得点を付けた審査員が少なかったため2位通過であった(ただしテロップでは1位通過と表記されていた)。
  12. ^ 直後に今田耕司から「滑舌ー!」と突っ込まれた。また、史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ富澤たけしとユニットコンビを組んだ際この件に言及され、「まだかさぶたの状態」と振り返っていた。
  13. ^ メルセデス・ベンツ・GクラスのG320。
  14. ^ 小杉は2005年にM-1決勝に出場した時と2006年に観客として出演した時とを比べると明らかに毛量が増えており、冒頭で今田にその事をネタにされていた。
  15. ^ この回は漫才ではなく、コントで挑戦していた。なお、同番組でコントを披露したのはこの回のみで他の回は全て漫才で挑戦している。

関連項目編集

外部リンク編集