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あどりぶランド』は、1984年1月25日から1998年3月18日まで毎日放送MBSテレビ)で放送されていたバラエティ番組。毎日放送アナウンサー室所属のアナウンサーが企画から出演まで携わったレギュラー番組で、番組内ではしばしば、“あどラン”の略称で呼ばれていた。

あどりぶランド
MBS Senrioka Broadcasting Center.JPG
番組の収録が行われていた、吹田市MBS千里丘放送センター(現在は解体)
ジャンル バラエティ番組
企画 MBSアナウンサー室
演出 渡辺高志
小川智
高垣伸博
田渕伸一
出演者 MBSアナウンサー一同
エンディング 「Hush, Hush, Sweet Charlotte」(パティ・ペイジ
プロデューサー 牧ひろし
柳川正邦
安田公一
斎藤努
制作 MBSテレビ
放送
放送国・地域 日本の旗 日本
放送期間 1984年1月25日 - 1998年3月18日
放送時間 当該節参照
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このページでは、当番組の放送中から続けられている毎日放送アナウンサー室関連の企画・イベント、当番組の終了後に同局のアナウンサーが集結(または交互に出演)する番組および、同局アナウンサー室の企画によって2018年7月13日12日深夜)から毎週金曜日の0:59 - 1: 29(木曜日の24:59 - 25:29)にMBSテレビで放送中のレギュラー番組『コトノハ図鑑』( - ずかん)についても述べる。

概要編集

日本国の放送局で初めて、正社員(一部除く)のアナウンサーが全員レギュラーで出演した番組。MBSアナウンサー室所属のアナウンサーに話題の現場を取材させたり、コントや時代劇などの企画に挑戦させたりしたほか、ひな壇席に座ったアナウンサー全員で1人のゲストに次々と質問を投げ掛ける「よってたかってインタビュー」を毎週放送していた。

いわゆる「撮って出し番組」で、放送開始から6年9か月間は、水曜日の放送直前に吹田市のMBS千里丘放送センターで収録[1]。本社機能が同施設から大阪市北区茶屋町に移転したのを機に、1990年10月3日放送分から最終回までは、茶屋町本社のギャラクシーホール(後のギャラクシースタジオ)で収録していた。

ちなみに、新人アナウンサーを採用した年には、当番組で自己紹介やレギュラー出演の機会を設けていた。また、アナウンサー室にアノンシスト賞をもたらすほどの企画(後述)を輩出したほか、初期には報道系のアナウンサーによるジャーナリスティックな企画も随時放送。阪神・淡路大震災1995年1月17日火曜日)の翌日には、当初の放送予定を変更したうえで、全編にわたって生放送で震災関連情報を伝えた[2]

当番組はMBS以外に、関連会社のGAORAで2~3か月遅れて放送。MBSのサービスエリアである関西地方以外でも、CS放送を受信できる環境にあれば視聴できるようになっていた[3]MBSラジオでも、ナイターオフ期間に関連番組として『ラジオあどりぶランド』『ラジオであどラン歌謡曲』を放送。1986年には八曜社から『This is MBS こちらあどりぶランド』、1988年にはシンコーミュージックから『まるのまんま あどりぶランド』、1993年には放送10周年記念として『マイクもたずにあどりぶランド』がそれぞれ刊行された(いずれも現在は絶版)。

放送時間編集

 
MBS旧ギャラクシーホール


時刻はいずれもJST、MBSでの放送時間。GAORAでの放送時間は不明。

  • 水曜 23:35 - 24:35 (1984年1月 - 1986年3月)
  • 水曜 23:45 - 24:45 (1986年4月 - 1986年9月)
  • 水曜 23:50 - 24:50 (1986年9月 - 1987年10月)
  • 水曜 23:50 - 25:15 (1987年11月 - 1989年4月)
  • 水曜 23:50 - 24:50 (1989年5月 - 1989年9月)
  • 水曜 23:50 - 25:15 (1989年10月 - 1992年9月)
  • 水曜 23:50 - 24:50 (1992年10月 - 1997年9月) - 『テレビのツボ』の放送開始に伴い、放送枠が60分に縮小。
  • 水曜 23:55 - 24:55 (1997年10月 - 1998年3月) - 『筑紫哲也 NEWS23』第1部の放送枠拡大に伴い、以後は5分繰り下げて放送。

主な放送内容編集

レギュラー企画編集

よってたかってインタビュー
オープニングの直後に放送されていたゲストコーナーで、ひな壇に座る他のアナウンサーたちが進行役からの指名を受け、ゲストへ矢継ぎ早に質問するというものだった。進行役はアナウンサーたちが週替わりで担当。初期には、『アップダウンクイズ』(当時のアナウンサー室長・小池清が長年司会を担当)の「シルエットクイズ」にちなんで、ゲストが登場する前にそのシルエットからゲストを当てさせるクイズも実施していた。
通常は他の企画と同時に収録していたが、ゲストのスケジュールに合わせて、当コーナーを他の企画より先に収録することがあった。
現在MBSテレビで放送中のローカル情報番組『ちちんぷいぷい』では、この番組にアナウンサーの1人として出演していた角淳一が初代の総合司会を務めていた時期に、2度にわたって生放送の中で当企画を復活させている。
  • 2006年1月1日に放送された特別番組『角淳一の大大大正月2006』では、堀江貴文(出演当時はライブドア代表取締役社長CEO)を中継先(当日開店したばかりのライブドアオート大阪南港店)から毎日放送のスタジオへ迎えたうえで、番組の途中に角の後輩アナウンサー・上泉雄一の進行による「よってたかってインタビュー」を実施。総合司会の角・宮根誠司に加えて、当日のゲスト(松浦亜弥桂ざこばなるみロザン未知やすえトミーズ健)がインタビュアーを務めていた。ちなみに堀江は、同番組へのテレビ出演を最後に、同月23日に証券取引法違反の容疑で逮捕された。
  • 角が『ちちんぷいぷい』を卒業する2011年9月30日(金曜日)の放送中には、「角淳一によってたかってインタビュー」を実施した。インタビュアーを務めたのは、同番組の主なレギュラー出演者(桂南光未知やすえは公演先からの中継で出演)。角とともに総合司会を担当してきたアナウンサーの西靖が進行したほか、質問の機会はなかったものの、インタビュアー席には同番組でアシスタントやコーナーレギュラーを務めるアナウンサー(山中真河田直也大吉洋平吉竹史など)も座っていた。このインタビューのオープニングでは、角が『あどりぶランド』時代の「よってたかってインタビュー」のエピソードを披露。放送当時のアナウンサーでただ1人小池が「インタビューゲスト」として登場した際に、進行役を務めていたことを明かしている。
あどランタイムズ
番組末期に放送されていた5分程度のコーナーで、1名のアナウンサーが週替わりで登場。特技を披露したり、自身のこだわっていることを語ったりしていた。

シリーズ企画編集

なんでも実況
スポーツアナウンサーの結城哲郎(後にアナウンサー室長を経てGAORAへ出向、現在はフリーアナウンサー)が考案したコーナーで、アナウンサーたちがさまざまな現場へ赴いては実況に挑戦した。
1984年5月23日の放送では、競馬実況で知られた蜂谷薫が、5日後に控えていた日本ダービーの架空実況を披露。出走予定の18頭の馬名を実況にすべて織り込んだばかりか、結果として、シンボリルドルフの1着やレース展開を的中させた。[4]
1991年には、スポーツアナウンサーの井上光央馬野雅行田丸一男が、当時琵琶湖の畔に建っていた通称「幽霊ビル」の爆破解体の模様を実況。当時NHK大津放送局から移籍したばかりの田丸が爆破の瞬間に絶叫したシーンの映像は、当番組が終了した後も、MBSテレビの番組(『ちちんぷいぷい』など)で繰り返し流されている。
激突シリーズ
「新人類vs旧人類」など、意見が二分されやすいテーマに基づく討論・対決企画。
あどりぶサロン
前出の「よってたかってインタビュー」とは別に、少数のアナウンサーが著名人(夫婦)にインタビューを実施していた。
ハジソン博士の○学
近藤光史扮する「ハジソン博士」と、近藤の1年先輩・松井昭憲演じる弟子の「ハジゴロウ」による実験・雑学講座で、1985年7月31日から不定期で放送。白衣姿の2人による軽妙なやり取りで人気を博した。扱ったテーマは、「」「字が10倍うまくなる方法」「コンピューター」「放射能」「半導体」など[5]
あどランKING TOP10
時代劇企画
小池の後任のアナウンサー室長・藤本永治が「本格的な鞍馬天狗の扮装で立ち回りをやりたい」という要望を出したことをきっかけに、黒田義之監督に10分程の短編時代劇「鞍馬天狗」の制作を依頼。以降も年に1回のペースで、アナウンサー総動員の本格的時代劇を制作・放送した。
  • 第一回 1985年12月11日「忠臣蔵」 - 松の廊下一力茶屋吉良邸討ち入りの3部構成。
  • 第二回 1986年12月24日「新撰組」 - 新撰組の成立から、流山における近藤勇土方歳三の別れまでを描いた正統派時代劇。
  • 第三回 1988年1月20日「水戸光圀」 - 京都ロケを敢行。角がユニークな水戸黄門を演じた[6]
  • 第四回 1989年1月4日「N・U(ヌウ)」 - 杉田玄白E.Tの様な宇宙人との触れ合いを描いたSF時代劇。
  • 第五回 1990年1月3日「お祭り提灯」 - 松竹新喜劇藤山寛美に指導を仰いだ本格的舞台喜劇。
  • 第六回 1991年1月2日「大評判ひつじ長屋」 - 当番組のファンだった舞台作家・香川登枝緒書き下ろしの喜劇。
  • 第七回 1994年1月5日「高津の富くじ」 - 再び松竹新喜劇の協力を得て制作した時代劇で、シリーズ最終作。

アナウンサーの挑戦企画編集

鯖街道七十五キロメートル
1986年10月29日放送。蜂谷・高村昭・三好俊行が、徒歩だけによる鯖街道(総距離約75km)の完全踏破に挑戦。全員無事に歩き切った[7]
グアムマラソン涙の完走
結城の提案をきっかけに実現した企画で、1987年6月3日放送。アナウンサー室の予選に勝ち残った蜂谷・結城・阪本時彦水谷勝海・今野秀隆・青木和雄が、駅伝形式でグアムマラソンに挑戦した。蜂谷(1区:7.95km)→結城(2区:11.35km)→阪本(3区:4.175km)→水谷(4区:4.175km)→今野(5区:11.35km)→青木(3.195km)の順に襷をつないだ結果、出場22チーム中15位(合計タイム3時間44分43秒)で完走[8]
新人アナウンサーの挑戦企画
番組の放送期間中にMBSへ入社したアナウンサーが主体の企画。新人研修の模様や、インタビューの研修企画などを放送していた。
1992年に入社した上泉雄一武川智美(いずれも現役アナウンサー)は、入社1年目に横山たかし・ひろしへ弟子入り。漫才の稽古を重ねた末に、当時存在していた松竹芸能の演芸場「浪花座」で、一般客を前にコンビ漫才を披露した。

特別企画編集

アノンシスト賞受賞企画編集

旧札vs新札
MBSアナウンサー室が1984年度アノンシスト賞でグランダ・プレミオ(大賞)を受賞した討論企画で、同年10月17日に放送。「肖像画が日本の紙幣に使われた著名人6名を現代に蘇らせる」との想定の下に、著名人に扮した藤本・青木・角・野村啓司板倉俊彦近藤光史鎌田正明が、「旧札」と「新札」に分かれたうえでアドリブを交えながら論戦を展開した。ちなみに、藤本は聖徳太子、角は岩倉具視、近藤は伊藤博文を演じていた[9]
あどラン実験劇場 邦楽とセッション
MBSアナウンサー室が1986年度アノンシスト賞でテレビ番組部門最優秀賞)を受賞した三番勝負企画で、同年8月6日に放送。斎藤努による進行の下で、奏者の藤舎呂悦と和笛奏者の藤舎推峰を相手に、高村・蜂谷・高梨欣也が得意分野のアナウンスメントで和笛・鼓とのセッションに挑んだ。ちなみに、蜂谷は架空競馬実況、高梨は架空のニュース原稿読み、高村は『平家物語那須与一の段の朗読を披露。それぞれのアナウンスメントの合間に、和笛や鼓が鳴らされる趣向になっていた[10]

その他編集

秋深し…アナ大喜利
藤本の司会で、高梨、角、野村、板倉などが参加した。
人気芸人の新ネタ披露
角と野村の司会で、やすしきよしなどをゲストに迎えた。角と野村が、前座扱いで漫才を披露したこともある。

テーマ曲編集

  • 最初期には、フュージョン・バンドメゾフォルテの「ガーデン・パーティ」をテーマ曲に用いていた。
  • 1992年1月から使われていたCM前のジングルは、キダ・タローの作曲に高梨、平松邦夫来栖正之千葉猛水野晶子関岡香岩城潤子高井美紀のコーラスを配したものである。
    • 制作当初、このジングルに「よみうりテレビのスポットCMに使う曲と酷似している」という指摘があり、番組がそれを逆手にとって『MBSナウ』を模した、一放送回分にわたるパロディ映像を作って放送したことがある。キャスター役に平松邦夫(当時の『MBSナウ』キャスター)を持ってくるなどして、それだけ一見すれば本物の『MBSナウ』と勘違いしてしまうほど精巧であったが、よく見るとかなりのお遊び要素を含んだ、明らかなパロディであった。
      • オープニングに流れるテーマソングが一世代前(平松がニュース原稿を読む場面のセットと明らかに世代が合わない)。
      • オープニングの提供スポンサーが全て、キダがCMソングを手掛けた企業である。
      • キダが病院から連行されるシーンで使用されている検察の車が、明らかにタクシーである(ガラスに料金が書いてある)。
      • 裁判のシーンに登場する弁護士を、角が演じていた。また、当番組と同じ放送枠で火曜日に放送されていた『新・たかじんが来るぞ』から、新野新やしきたかじんが証言者として登場していた。
  • エンディングテーマには、パティ・ペイジの「Hush, Hush, Sweet Charlotte」を採用。この曲をBGMに、放送日までの1週間のニュースを映像で振り返るエンディングがこの番組の名物の1つになっていた。

スタッフ編集

補足編集

番組開始までの経緯編集

MBSラジオでは1979年12月30日に、近藤・松井の司会で『毎日放送アナウンサー全員集合』という特別番組が放送された。1983年5月に毎日放送の社内でテレビ番組の企画を募集した際に、期限の1週間前になってもアナウンサー室から全く企画が出ていないことを憂慮した小池室長の依頼で、近藤と斎藤がアナウンサー総出演の番組を構想。近藤・斎藤が夜を徹して企画を練り上げたうえで、「アナウンサー室の企画」として提出したところ、同年8月に新番組の企画として正式に採用された。その意味で、『毎日放送アナウンサー全員集合』はこの番組のパイロット版と言える[11]

企画の採用当初は、1983年10月からの放送を目指していた。しかし、「(採用決定から実質1か月しかない状況では)準備期間が少なすぎる」との理由で、結局は放送開始を翌1984年1月にまで延期した。近藤によれば、当時アナウンサー室に所属していたアナウンサー全員から出演の承諾を得るまでに、1か月ほどの時間を要したという[12]。ちなみに、最初の企画案では、著名な作家から出されたミッションをアナウンサーに実行させることを想定していたとされる。

番組タイトルの名付け親は青木で、「アナウンサーの持ち味はアドリブにある」という実感に沿って、「あどりぶ」というタイトルを最初に決定。青木が後年述懐したところによれば、毎日放送が当時使用していた千里丘放送センターがエキスポランド(後のEXPOCITY)の近隣地域に建っていたことから、「アナウンサーが集まる楽しい場所」というニュアンスで「ランド」を後ろに付けたという。

最終回編集

当番組は、1998年3月で、14年3か月間にわたる放送に幕を閉じた。最終回では放送時間を2時間に拡大したうえで、番組放送開始時の最年少アナウンサーだった柏木宏之(1984年入社)と、番組終了時の最年少アナウンサーだった中村香奈(1997年入社、現在は他の部署へ異動)が進行を担当。出演者全員で過去のVTRを見ながら、番組の歴史を振り返った。

放送終了後編集

1999年10月11日からMBSテレビで平日の午後に放送中の『ちちんぷいぷい』では、「よってたかってインタビュー」へ ゲストで出演した著名人の訃報を伝える場合に、出演時の映像を流しながら紹介している。

2015年3月25日放送分の14時台「きょうの☆印」のコーナーでは、同年19日に逝去した桂米朝追悼特集の一環として、1989年放送の「よってたかってインタビュー」から、当時新人だった馬野が米朝に質問したシーンの映像を流した。
2019年7月11日放送分のオープニングで竹村健一同年9日に89歳で逝去)の訃報を伝えた際には、1985年放送の「よってたかってインタビュー」から、近藤光史による進行の下に井上光央吉田智子(いずれも当時のベテランアナウンサー)が竹村に鋭い質問を投げ掛けたシーンの映像を流した。

『痛快!明石家電視台』でのシリーズ企画「MBSアナウンサー大集合スペシャル」編集

1990年4月6日からMBSテレビで放送中の『痛快!明石家電視台』では、毎日放送本社内のスタジオで隔週月曜日に公開収録を実施することを背景に、2014年から年に1 - 2回のペースで「MBSアナウンサー大集合スペシャル」を編成。2016年までは、スタジオへ出演しないアナウンサーの中から、柏木がナレーターを務めていた。

2014年4月7日に放送された「明石家電視台アナウンサー大集合スペシャル」の収録(同年3月17日)には、当時毎日放送に在籍していた36名のアナウンサーのうち、(当時アシスタントだった松本麻衣子を含む)26名が集結した。当番組の放送終了後に、同局のアナウンサーが同じ番組にほぼ全員出演するのは、テレビ・ラジオを通じてこの収録が初めてである。当番組への出演経験があるアナウンサーからは、前述の上泉・武川(同番組の元アシスタント)に加えて、加藤康裕馬野雅行来栖正之亀井希生西靖近藤亨関岡香高井美紀古川圭子松井愛が収録に参加した[13]
2015年には、「明石家電視台アナウンサー大集合スペシャル第二弾」と称して、5月4日18日の2週にわたって放送した。4月13日の収録では、当時毎日放送に在籍していた36名のアナウンサーのうち、(アシスタントの豊崎由里絵を含む)21名が集結。他番組の放送済み映像を交えながら、「過去の失敗談」「他のアナウンサーへの愚痴」などをテーマにトークを展開した。前年に続いて、収録日(月曜日)の夕方にテレビ・ラジオの生放送番組でレギュラーを務めているアナウンサー(西・亀井など)は、途中から収録に参加。同年採用の新入社員15名も収録に同席していたため、5月4日放送分では、研修中の新人アナウンサー(玉巻映美藤林温子森本尚太)を紹介した[14]
2016年には、「MBSアナウンサースペシャル」というタイトルで、8月8日の深夜(9日の未明)に第1弾、9月12日の深夜(13日の未明)に第2弾を放送した。7月24日の収録では、当時毎日放送に在籍していた39名のアナウンサーのうち、(アシスタントの豊崎を含む)25名が集結。第1弾では、河田・松井愛・大吉がリポーターを務めた番組で遭遇したハプニングの映像を流したほか、当番組の名物企画であった「なんでも実況」を、スポーツ実況経験者(馬野・上泉・近藤亨)とレギュラー陣(中川家礼二間寛平村上ショージ)の対抗戦形式で復活させていた。第2弾では、西・武川の進行による「お悩みニュース」、過去の出演番組における松川浩子・松本のハプニング映像、阪神タイガース外野手時代の金本知憲の記録にまつわるスポーツアナウンサー(森本栄浩仙田和吉)の実況音源などを放送している[15]
2017年には、「実際どうなん!?」(2016年9月の番組リニューアルを機に始まったレギュラー企画)の特別編として、9月11日の深夜(12日の未明)・18日の深夜(19日の未明)に「MBSアナウンサースペシャル」を放送。収録には、当時毎日放送へ在籍していた36名のアナウンサーのうち、(アシスタントの豊崎や前年までナレーターを務めていた柏木を含む)18名が参加した[16]。この年はアナウンサー室の事情にまつわるテーマトークが中心で、後輩アナウンサーに怖さを感じさせるベテラン女性アナウンサー(武川・古川・松井愛)同士の内輪話や、アナウンサー室に代々伝わる奇妙な体操などを披露。司会のさんまが、放送の約2ヶ月前(7月3日)に結婚を発表した豊崎、元・アシスタントの武川、夫婦揃って出演した亀井・古川など、他局に比べて社内結婚のアナウンサーが多いことを指摘する一幕もあった。
2018年には、「実際どうなん!?」の特別編として、10月29日の深夜(30日の未明)・11月5日の深夜(6日の未明)に「MBSアナウンサースペシャル」を編成。収録には、当時毎日放送へ在籍していた(嘱託契約扱いの「シニアスタッフ」を含む)38名のアナウンサーのうち、第6代アシスタントの豊崎、10月31日付で定年を迎えた赤木誠(翌11月1日から「シニアスタッフ」へ移行)、新人アナウンサーの辻沙穂里三ツ廣政輝を含む18名が参加した[17]。ちなみに、豊崎は12月1日から第1子の懐妊に伴う産前産後休暇を控えていたため、11月5日放送分でレギュラー出演を終了。翌週(12日放送分)から第7代のアシスタントを務める辻は、この企画で『痛快!明石家電視台』に初めて登場した[18]

2017年4月から9月までの『ちちんぷいぷい』金曜日では、「行けばわかるさ!絶景散歩」(前年5月から月1 - 2回のペースで放送してきた前田阿希子アナウンサー担当のVTRロケコーナー)をスポンサー付きの毎週放送へ移行したことを機に、前田以外の現役アナウンサーも週替わりでリポーターを任されていた。なお、前田は結婚とドバイへの移住を控えていたため、2017年9月30日付で毎日放送を退社。同年10月から2019年3月までは、週替わりリポーターの1人であった玉巻が、前田の後任扱いで金曜日のアシスタントと「絶景散歩」のレギュラーリポーターを兼務していた。

MBSラジオのナイターオフ期間限定・平日夜間の番組群編集

2007年度には、「MBSどっと!アナ」というレーベルの下で、毎日放送の現役アナウンサーだけをパーソナリティに起用した自社制作の生放送番組を日替わりで編成。2009 - 2011年度に帯番組として放送された『MBSたびぐみ とっておき旅ラジオ』でも、日替わりで担当するパーソナリティを、同局の現役アナウンサー(いずれも放送時点)に限っていた。
スマラジw」というレーベルを設けた2016年度には、金曜日のレーベル枠に『ナジャとアナの虹色レインボー』という生放送番組を編成。一部の回を除いて、放送時点での現役アナウンサー[19]から1名(または2名)が、ナジャ・グランディーバ(メインパーソナリティを務める女装家)のパートナーを交互に務めた。この趣向は、後継番組である『ナジャ・グランディーバのレツゴーサタデー』(2017年度以降のナイターイン期間に不定期で生放送)→ 『ナジャ・グランディーバのレツゴーフライデー』(2017年度以降のナイターオフ期間に「MBSヨル隊」金曜枠で生放送)でも、2018年度の『レツゴーフライデー』まで一部のコーナーで引き継がれていた。

MBSラジオの通年番組編集

2018年の4月編成からは、タイトルが当番組に類似している『あどりぶラヂオ』を、毎週水 - 金曜日の未明に生放送。上泉が毎月最初(同年10月から原則として毎月第1週の金曜日未明)の放送に出演するほか、当番組へ出演した経験のある新旧のアナウンサーをはじめ、毎日放送の関係者が日替わりでパーソナリティを務める。

毎日放送アナウンサー室のプロジェクト「コトノハ」編集

朗読イベント編集

毎日放送のアナウンサー室では、『あどりぶランド』を放送中の1995年から、絵本の朗読イベントをほぼ毎年開催。同局の現役アナウンサーが企画から朗読にまで携わることが特徴で、2010年までは「おはなし夢ひろば」(おはなしゆめひろば)、2011年には「クリスマスのおくりもの」、2012年2013年には「ものがたりの世界」というタイトルを用いていた。2014年以降は、「MBSアナウンサー コトノハ ものがたりの世界」というタイトルで開催している。

概要編集

「ゲームやテレビに夢中になっている今の子どもたちに、『本を読む楽しさ』『耳からお話を聴く楽しさ』を知ってもらいたい」という思い[20]から、毎日放送の現役アナウンサーによる朗読活動の一環として開催される有料のイベント。公演での朗読やナレーションにとどまらず、企画、朗読作品の選定、PR、生放送番組におけるチケット先行予約の電話受付[21]、イベント会場内のアナウンスなどを毎日放送のアナウンサーで分担している。

かつては、出版文化産業振興財団(JPIC)の読書アドバイザーや絵本講師の資格を有する関岡香2017年6月からアナウンス部長を兼務)や、一時アナウンスセンター長を兼務した加藤康裕2019年4月30日付で早期定年退職)が、長年にわたって公演のプロデュースや運営を担当。2017年頃からの公演では、河田直也がリーダー、上田悦子がサブリーダーを務めている。ただし、アナウンサーとしての業務と並行しながら開催されるため、出演するアナウンサーの顔触れ・人数や開催の時期は公演ごとに異なる。

有料のイベントではあるが、収益金の一部(当初は全額)を公益社団法人毎日新聞大阪社会事業団へ寄託。当初は阪神・淡路大震災、2011年12月24日に開催された「クリスマスのおくりもの」以降の公演では、同年に発生した東日本大震災の影響で学業の継続が困難になった児童への教育支援に充てていた。2019年の第30回公演では、寄託の目的を、前年(2018年)に発生した平成30年7月豪雨の被災地域の復興支援に変更。いずれの公演でも、出演アナウンサーの一部が、終演後に「MBS災害支援募金」の受付も担当する。

その一方で、MBSラジオでは、朗読を収録した音源の一部で構成する公演のダイジェスト番組を公演後に放送[22]。公演のタイトルを「MBSアナウンサー コトノハ ものがたりの世界」に改めてからは、現役アナウンサーによるスタジオでの朗読だけで構成した特別番組を、『MBSアナウンサー コトノハ』名義で随時編成している。

略歴編集

第1回は、毎日放送が本社(大阪市北区茶屋町)の2階で当時運営していたギャラクシーホール(2019年1月から生中継対応型の報道フロア「ライブセンター」として使用)のオープン5周年記念企画として、1995年8月19日20日に同ホールで開催。当時の現役アナウンサーから高梨欣也・高村昭・吉田智子岩城潤子が出演した[23]。第1回では、入場料を1人500円に設定したにもかかわらず、観客は加藤を含めても4人だったという。ただし、公演を重ねるうちに、公演や会場の規模を拡大。チケット(座席指定券)の前売段階でほぼ満席になる公演も相次いでいる。

2010年までは「おはなし夢ひろば」というタイトルで開催されたが、2011年の「クリスマスのおくりもの[24]を経て、2012年から「ものがたりの世界」に変更。2012年の「ものがたりの世界」からは、長谷川義史[25]絵本作家)とのコラボレーション企画を織り込んでいる。特別企画の実施(詳細後述)による2016年の中断を経て、2017年から「MBSアナウンサー コトノハ ものがたりの世界」というタイトルで再出発。「おはなし夢ひろば」の第3回(1997年)で日本国内の舞台作品としては初めて「あらしのよるに」を演目に入れた[26][27]ほか、2018年の公演で「永野宗典ヨーロッパ企画)のオリジナル脚本に基づくアナウンサー2名だけの寸劇で朗読をつなぐ」という構成[28]2019年の公演でプロジェクションマッピングと連動したステージ演出を初めて採用するなど、公演ごとに新しい試みへ取り組んでいる。

会場については、2010年まで毎日放送本社内のギャラクシーホール、2001年[29]から2003年[30]まで毎日新聞大阪本社内のオーバルホール、2004年[31]IMPホール2007年リサイタルホール[32]2005年[33]2006年[34]および2008年[35]以降はシアターBRAVA!(いずれも大阪市内)を使用していた。毎日放送が大阪ビジネスパーク大阪市中央区)で運営していたシアターBRAVA!が「一時閉館」扱いで2016年5月31日に閉鎖されたことから、2017年以降は大阪府豊中市の豊中市立芸術文化センターで3月上旬の日曜日に開催している。2019年3月3日に同センターで開催された公演で、通算の公演回数が30回に達した。

なお、1996年の第2回までは、1日1公演のペースで2日間にわたって開催[36]。1997年から開催日を1日に限っているが、2001年から2003年までは、年に2回開催されていた。昼夜2公演体制へ移行した2008年以降は、昼公演に児童・家族向けの絵本、夜公演に大人向けの短編小説やエッセイを朗読する構成が定着。2012年からゲスト扱いで出演している長谷川は、昼夜両公演とも自身の作品などを朗読するほか、公演のポスターを書き下ろしている[37]

特別企画編集

毎日放送のアナウンサー室では、上記の有料公演に加えて、「ちゃぷらステージ」(毎日放送本社M館1階)などで入場無料の公開朗読イベントを年に数回開催している[38]

シアターBRAVA!を「一時閉館」扱いで閉鎖した2016年には、5月29日日曜日)の15:00から、「ありがとうBRAVA!MBSアナウンサー大集合!」と称する有料のファイナルイベントを開催[39]。当番組と同様に、同局のアナウンサーが一堂に会する[40]とともに、「100万回生きたねこ」などの集団朗読、「ニュースで遊びまSHOW」(即興や出身地の方言による架空ニュースのアナウンスバトル)、「アナウンサー事件簿」「アナウンサーの秘密」というテーマでのフリートーク、隠し芸を2時間にわたって披露した。また、同年4月に熊本地震が発生したことを受けて、終演後には一部のアナウンサーがロビーで「MBS熊本地震支援募金」を受付。その結果、総額で30万2,264円の支援金が観客から寄せられた[41]

2016年10月13日から16日まで実施された毎日放送開局65周年記念特別企画「MBSプロデュース 豪華客船 神戸発着3泊4日の旅『ドリームズ・カム・クルーズ』」(クルーズ客船ぱしふぃっくびいなす」のチャーターによる有料のスペシャルツアー)では、大吉洋平豊崎由里絵(いずれも現役アナウンサー)、近藤光史(毎日放送出身のフリーアナウンサー)および、山本浩之関西テレビ出身のフリーアナウンサー)がツアーの全行程に同行。最終日(16日)には、乗客向け船上イベントの一環として、以上4名の出演による「コトノハ朗読会」を開催した。近藤光史は、2018年の「コトノハ」昼公演でも、スペシャルゲスト扱いで長谷川と共に『七福神の大阪ツアー』(くまざわあかね原作の児童書)の集団朗読へ参加している。

派生番組『コトノハ図鑑』編集
コトノハ図鑑
ジャンル バラエティ番組
企画 MBSアナウンサー室
出演者 MBSアナウンサー一同
製作総指揮 北野弘・横田一
プロデューサー 藤原大輔・中口慶三
制作 MBSテレビ
放送
放送国・地域   日本
放送期間 2018年7月12日 -
放送時間 当該節参照
放送枠 日曜日 5:45 - 6:15

特記事項:
2018年5月11日の24:20 - 25:20にパイロット版を放送した後に、2019年3月28日まで、毎週木曜日の24:59 - 25:29にレギュラーで編成。
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概要編集

前述した「コトノハ ものがたりの世界」からの派生企画として、毎日放送のアナウンサー室が、『あどりぶランド』の終了から20年振りに復活させたアナウンサー主体の事前収録番組。「人が生み出した最高のコミュニケーションツール『コトノハ(言葉)』を 深く知れば、人生が少し豊かになる!」というキャッチフレーズと、「広大な言葉の世界の取材を通じて『コトノハ図鑑』を完成させる」という目標の下に、毎回数名のアナウンサーがロケの企画・取材・報告やクロストークを通じて「コトノハ(言葉)」の世界を深く掘り下げる[42]

放送上は、アナウンサー室を「『コトノハ図鑑』の編集部」、所属するアナウンサー全員を「『コトノハ図鑑』の編集者」に設定。2 - 3名のアナウンサーによるロケパートと、ロケパートの内容に沿った(ロケ担当者を含めた)若干名のアナウンサーによるトークパートで構成している。

トークパートの収録には、基本としてアナウンサー室のオフィスの一角(毎日放送本社M館内のフロア)を使用。収録中には、「コトノハ図鑑編集部」という看板を掲げている[43]。ただし、取材先や公開収録イベントのステージなど、アナウンサー室以外の場所でトークパートを収録することもある。

パイロット版

『あどりぶランド』の終了からおよそ20年後の2018年5月11日金曜日)の24:20 - 25:20(12日の深夜0:20 - 1:20)に放送。「コトノハ(言葉)」にちなんだ3本の取材企画を中心に構成した事前収録番組で、毎日放送が制作する単独の番組としては、当番組の終了以来20年振りに現役アナウンサー(放送時点では35名)[44]の大半(25名)が出演した[45]

放送時点の現役アナウンサーで社歴が最も浅かった(当時入社4年目の)森本尚太・玉巻・藤林が全体の進行、福島暢啓松川浩子、河田・武川智美千葉猛仙田和吉・玉巻が取材を1本ずつ担当[46][47]。その結果、2018年7月12日の深夜(13日の未明)から、毎週木曜日の深夜(金曜日の未明)に30分番組として放送することが決まった。若手アナウンサー時代に『あどりぶランド』へ出演した後に、パイロット版の収録へ参加した上泉雄一(2017年6月からアナウンス室企画担当部長を兼務)によれば、「パイロット版の企画段階からレギュラー化を視野に入れていた」という[48]

レギュラー版

毎回1つの分野の「コトノハ」をテーマに、2 - 3名のアナウンサーが1組単位でロケ取材を担当。ロケパートにもトークパートにも出演しないアナウンサーから、1名が持ち回り方式でナレーターを務める。「『コトノハ図鑑』の編集者たちが学ぶ姿を『コトノハ(言葉)』に関する視聴者の発見につなげる」という趣旨で構成されているため、テーマに関連する「コトノハ」の専門家(主に京都学園大学→京都先端科学大学人文学部教授の丸田博之)がロケに登場することや、トークパートのみの参加者にロケ担当者が取材内容に関するクイズや「お題」を出すことが多い。その一方で、あるジャンル(囲碁将棋刀剣弓道など)から派生した意外な日常表現を、取材担当のアナウンサーがミニドラマ仕立てで紹介することもある。

取材する企画については、ディレクターが担当アナウンサーを指名したうえでアナウンサー室へ随時提案するほか、アナウンサー室内でも現職のアナウンサーから企画書を四六時中募集。企画会議には、上泉や河田など、アナウンサー室の管理職も同席している。

開始当初は、レギュラー版のオリジナル企画として、「アナウンサーがあなたのコトノハお手伝いします」という視聴者参加企画を実施。「コトノハ(言葉)」に関して毎日放送アナウンサーの手を借りたいこと(イベントの司会・実況、音声ガイダンス、啓発アナウンス、代理スピーチなど)を視聴者から募ったうえで、番組スタッフによる選考を経て、依頼に見合ったアナウンサーを派遣した模様を随時収録・放送していた。

2019年3月からは、「地方のコトノハ」(日本国内で関西以外の地方の方言を現地ロケを通じて学ぶシリーズ企画)を開始。毎日放送と同じJNNJRN加盟局の現役アナウンサーから、当該地方の出身者がロケに同行する[49]

なお、2019年4月7日からは、放送枠を毎週日曜日の早朝(5:45 - 6:15)へ移動。同年9月からは、当番組にも登場するアナウンサーから若干名が出演する予約定員制のトークイベント「コトノハ図鑑 番外!ライブ」も随時開催する。

出演者編集

毎日放送アナウンサー室に所属するアナウンサー(レギュラー放送の開始時点では総勢38名)から、週替わりで4 - 6名がトークパートに出演。年齢・キャリア・担当番組などが異なる2 - 3名のアナウンサーがロケ取材を担当するとともに、トークパートにも参加する。ただし、出演者の組み合わせや、ナレーションの担当者は毎回異なる。放送回によっては、福島の声による「ことじい」(アニメーションによるキャラクター)が、ナレーターとしてVTRに登場することもある。

レギュラー版を30分番組として編成することや、日常業務の合間を縫う格好で収録することから、現役アナウンサー全員が放送上一堂に会することはない。ただし、アナウンサー室全体で取り組む「コトノハ」関連の挑戦企画やアンケートには全員が参加。総集編を放送する場合には、過去の放送で取り上げた「コトノハ」を対象にあらかじめ「期末テスト」を実施したうえで、正解率に応じて難易度ランキングを算出している。その関係で、レギュラー版のタイトル映像には、放送時点でアナウンサー室に在籍するアナウンサー全員の顔写真と氏名を挿入。エンドロールにも、出演の有無を問わず、アナウンサー全員の氏名を表示している。

放送時間編集
  • 2018年7月12日 - 2019年3月28日  毎週木曜日 24:59 - 25:29(金曜日 0:59 - 1:29)
  • 2019年4月7日 - 毎週日曜日 5:45 - 6:15
    • 編成上の事情などから、週によっては、放送時間の変更、放送の休止、過去のレギュラー版の再放送のいずれかで対応。レギュラー版の再放送については、別の曜日・時間帯で随時実施するほか、スポーツ中継のフィラー番組として編成されることもある。
    • MBS動画イズムでは、レギュラー版の放送済み動画を、放送終了後から1週間にわたって無料で配信する(一部の放送回を除く)。
    • Sponichi Annex(『スポーツニッポン』のオンライン版)では、パイロット版から放送の前日に当番組の予告記事を配信。スポーツニッポン新聞社大阪本社発行分の紙面でも、その記事が芸能面に掲載されることがある。
    • 2018年の最終放送(12月21日未明)では、「生放送スペシャル」として、放送枠を60分(0:59 - 1:59)に拡大。放送の2日後(23日)に有馬記念JRAが主催する年内最後のG1レース)の開催を控えていることにちなんだ「競馬のコトノハ」をテーマに、来栖正之と藤林による阪神競馬場での独占ロケ取材企画、スポーツニッポン新聞社大阪本社編集局からの生中継(リポーター:大吉)、競馬ファンが集まる梅田(大阪市北区)の「競馬バー」からの生中継(リポーター:三ッ廣)、「MBS競馬アナ三銃士」(来栖・仙田・河本光正[50])の自薦による(自身が実況を担当したMBSラジオの競馬中継からの)「マイベスト実況」、MBSラジオの中継で有馬記念を実況する仙田の架空予想実況を組み込みながら、トークパートで(パイロット版を含めても)初めての生放送を実施した。
    • 2019年には、元旦(1月1日=火曜日)の7:30 - 8:30に、当番組で初めての『新春スペシャル』を関西ローカルで放送した。2018年12月16日に神戸迎賓館(神戸市須磨区)で実施されたトークパートの収録[51]には、放送前日(12月31日)に定年で退職した水野晶子・当時産前産後休暇に入っていた豊崎(2019年3月25日付で職場復帰)を除く女性アナウンサー全員(12名)と、男性アナウンサー16名が参加[52]。2019年で年男(48歳)になる西と、収録時点で社歴が最も浅く、同年で年男・年女(24歳)になる辻・三ツ廣(いずれも入社1年目)が和装で進行を担当した[53]
  • 放送枠を日曜日の早朝に移動してからは、TBSテレビが海外から放送するスポーツ中継(マスターズ・トーナメントなど)を全国ネットで編成する週に、当番組の放送を休止することがある。
スタッフ編集
  • チーフプロデューサー:北野弘(アナウンサー経験者ではないが、制作畑の出身で放送開始時点でのアナウンスセンター長)、横田一
  • プロデューサー:藤原大輔、中口慶三
  • チーフディレクター:阿部淳人
  • ブレーン:高井祥、蔭岡翔
  • タイトル:鵜飼あゆみ
  • アートプロデューサー:前原清花
  • デスク:谷口舞佑子
  • 宣伝:水野愛美
  • 技術協力:放送映画、リベンジ、フィラメント、チョコフィルム、ちゅるんカンパニー
  • 美術協力:毎日舞台、高津商会、堺かつら
  • 製作著作:毎日放送
  • 制作協力:えむき

その他編集

2013年からは、毎日放送Mビジョン推進局が制作する「MBSアナウンサーカレンダー」を、本社内のグッズショップ、毎日放送が運営するショッピングサイト、関西地方の主要書店などで販売。他の民放局のカレンダーがおおむね女性の正局員アナウンサーの写真だけで構成されているのに対して、撮影時点での正局員アナウンサー[54]を全員登場させているほか、テーマや趣向を毎年変えている[55]。発売年によっては、一部の書店でカレンダー購入者向けの発売記念イベントを開催するとともに、一部のアナウンサーがイベントへ参加。『コトノハ図鑑』の放送開始後初めて発売されるカレンダー(2019年版)には、同番組と連動させたテーマで、36名のアナウンサー[56]が挙げた「(あなたにとって)大事な『コトノハ』」を紹介している。

外部リンク編集

脚注編集

  1. ^ 毎日放送の社史によれば、スタジオ収録の時間帯(18 - 21時台)が(アナウンサーを含めた)局員の残業時間に相当するため、人事局から特別に承諾を得ていたという。このため、収録当日の『MBSナウ』(18時台)で生中継のリポートを担当したアナウンサーが、収録の途中からスタジオへ入ることもあった。
  2. ^ ただし、当日の「よってたかってインタビュー」に登場する予定だった西本聖も出演していた。
  3. ^ ただし当番組では、GAORAが開局する前の1985年7・8月にも、2回にわたって「一番遠い『あどラン』ファン見てますか」という遠距離受信調査企画を放送していた(『まるのまんま あどりぶランド』に所収の資料「『あどりぶランド』二百回大年表」より)。
  4. ^ 定年退職後の蜂谷をゲストに迎えて2012年2月28日にMBSラジオで放送された『ノムラでノムラだ♪ EXトラ!』(野村がパーソナリティを務める生放送番組)での発言より。
  5. ^ 『まるのまんま あどりぶランド』に所収の資料「『あどりぶランド』二百回大年表」より
  6. ^ ちなみに角は、『ちちんぷいぷい』の企画で、2006年3月13日にMBSを含むTBS系列局で放送の『水戸黄門』に客の役で1シーンだけ出演している
  7. ^ 『まるのまんま あどりぶランド』に所収の「鯖街道七十五キロメートル」より。ちなみに、『ちちんぷいぷい』で2012年に放送された「昔の人は偉かった 近畿ほぼ縦断! 街道巡り」でも、現役のアナウンサーである河田が徒歩だけで鯖街道を踏破している。
  8. ^ 『まるのまんま あどりぶランド』に所収の「グアムマラソン 涙の完走」より
  9. ^ 『まるのまんま あどりぶランド』に所収の「『あどラン』アナウンサー・アンケート なつかしのコーナーベストテン」および「『あどりぶランド』二百回大年表」より
  10. ^ 『まるのまんま あどりぶランド』に所収の「あどラン実験劇場 邦楽とセッション」より
  11. ^ 2010年10月19日放送の『MBS開局60周年アワー 音楽の時間ですょ 目指せ1179曲てアンタ!?』や、小池が逝去した直後(2012年5月11日)放送の『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』(いずれもMBSラジオの生放送番組)での近藤の発言より。『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』では、小池が近藤に対して、ポケットマネーで企画考案の労をねぎらったことも明かしている。
  12. ^ 前述の『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』での発言より。
  13. ^ 他に参加したアナウンサーは、豊崎(2014年5月からアシスタントに就任)・山中・前田・大吉・上田崇順井上雅雄河本光正鈴木健太大吉洋平金山泉福本晋悟・福島・上田悦子西村麻子
  14. ^ 他に収録へ参加したアナウンサーは、出演時点でナレーターを担当していた鈴木、松本の前任のアシスタントである武川および、加藤・関岡・亀井・古川・高井・馬野・来栖・上泉・武川・河田・松川・山中・西村・井上雅雄・前田・大吉・金山・福島。
  15. ^ 他に収録へ参加したアナウンサーは、加藤・鈴木・亀井・古川・来栖・井上雅雄・前田・金山・福島・藤林・玉巻・森本尚太。
  16. ^ 他に収録へ参加したアナウンサーは、関岡・田丸・上泉・武川・古川・亀井・松井愛・西・河田・松川・山中・井上雅雄・大吉・福島・藤林・玉巻(田丸と西は後編にのみ出演)。ナレーターについては、通常の「実際どうなん!?」と同じく豊崎が兼務した。
  17. ^ 他に収録へ参加したアナウンサーは、森本栄浩・千葉猛・上泉・武川・古川・亀井・松井愛・西・河田・山中・松本・大吉・福島・藤林(上泉・西は後編にのみ出演)。2018年4月からナレーターに復帰したアナウンス部長の関岡は、ナレーションに専念した。
  18. ^ 豊崎由里絵アナ 産休のため11月に明石家電視台卒業「4年半くらい、さんまさんが怖くて」と涙(『スポーツニッポン2018年10月19日付記事)
  19. ^ 毎日放送のスポーツアナウンサーとして『あどりぶランド』へ出演した後に、定年を経て2016年10月から「シニアスタッフ」(嘱託扱いのアナウンサー)として同局へ勤務する美藤啓文を除く38名。美藤も、2019年1月11日放送分の『レツゴーフライデー』に登場した。
  20. ^ 「コトノハ ものがたりの世界」公式サイトに掲載されている関岡からのメッセージを参照
  21. ^ MBSアナウンサーページ内『今日のアナ室』2018年2月13日付記事「電話受付準備中!」
  22. ^ 『今日のアナ室』2018年3月20日付記事「コトノハ ものがたりの世界 2018」
  23. ^ 「おはなし夢ひろば」第1回公演を参照
  24. ^ 「クリスマスのおくりもの2011」
  25. ^ 2012年の公演へ初めて出演したことを機に、2012年度から「とびだせ!えほん」(MBSテレビ平日午後の情報番組『ちちんぷいぷい』木曜日で月に1 - 2回放送されるVTRロケコーナー)のリポーターと作画を担当。
  26. ^ 「おはなし夢ひろば3」
  27. ^ 加藤の発案によるもので、以降の「おはなし夢ひろば」では、一部の公演に作者のきむらゆういちがゲストで出演。2005年東宝で公開されたアニメーション映画版では、毎日放送が製作に出資していたことも背景に、毎日放送アナウンサー室を代表して加藤と上泉が声の出演を果たした。
  28. ^ MBSアナ 朗読イベントで“舞台俳優”デビュー 大吉アナは疲れた営業マン役で拍手浴びる(『スポーツニッポン2018年3月4日付記事)
  29. ^ 「おはなし夢ひろば10」
  30. ^ 「おはなし夢ひろば14」
  31. ^ 「おはなし夢ひろば16」
  32. ^ 「おはなし夢ひろば19」
  33. ^ 「おはなし夢ひろば17」
  34. ^ 「おはなし夢ひろば18」
  35. ^ 「おはなし夢ひろば20」
  36. ^ 「おはなし夢ひろば2」
  37. ^ MBSアナブログ 河田直也オフィシャルブログ2018年1月18日付記事「コトノハ2018」(『スポーツニッポン2018年3月4日付記事)
  38. ^ 「MBSアナウンサー ものがたりの世界」活動報告
  39. ^ 5月閉館のシアターBRAVA!でMBS 「あどりぶランド」復活(『THE PAGE』2016年3月1日付記事)
  40. ^ 開催時点で毎日放送にアナウンサーとして在籍していた39名のうち、開催の時間帯に『GOGO競馬サンデー!』(MBSラジオの競馬中継)の進行・実況を担当していた美藤啓文来栖正之・仙田・河本光正と、ほっともっとフィールド神戸パシフィック・リーグ公式戦・オリックスバファローズ埼玉西武ライオンズの報道素材用実況を担当していた馬野雅行は、事前収録による開演前の観客向け告知・注意喚起映像を通じて出演。アナウンサー出身ではなく、通常は番組やイベントに出演しないアナウンス部長(当時)の和田充弘も、フリートークや寸劇に登場した。テレビ・ラジオの『MBSニュース』を担当する関係で、藤林は前半、森本尚太・玉巻はエンディングにのみ出演。
  41. ^ 『今日のアナ室』2016年5月31日付記事「満員御礼!」
  42. ^ “MBSアナウンサー出演番組『コトノハ図鑑』がレギュラーに!”. PR TIMES. 毎日放送. (2018年7月9日). https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000056.000031348.html 2018年7月11日閲覧。 
  43. ^ 毎日放送アナウンサー室のinstagram公式アカウントに2019年8月23日付で投稿された画像と解説文を参照
  44. ^ 2018年2月28日に毎日放送の定年(60歳)を迎えた後に、嘱託契約の「シニアスタッフ」へ移行した柏木宏之を含む。
  45. ^ ただし実際には、取材企画の一部で「架空の新商品のキャッチコピーを考える」という課題が35名全員に出された(放送でコピー案の一部を紹介)ため、放送に登場しなかったアナウンサーも企画には参加している。
  46. ^ “MBSテレビアナウンサー24人が言葉を“取材” 5月11日に特番”. スポーツ報知. 報知新聞社. (2018年4月28日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20180428-OHT1T50076.html 2018年5月4日閲覧。 
  47. ^ 全体進行および取材担当者以外でアナウンサー室内の収録への参加したのは、関岡・高井美紀(VTRナレーターを兼務)・田丸一男亀井希生・上泉・古川圭子西靖松井愛上田崇順(VTRナレーターを兼務)・上田悦子・山中真松本麻衣子大吉洋平(VTRナレーターを兼務)・福本晋悟・豊崎。仙田は収録日(土曜日)に『GOGO競馬サタデー!』(MBSラジオと提携しているラジオ関西の競馬中継番組)へ出演したため、放送上は取材VTRにのみ登場した。さらに、VTRナレーションの一部を、スポーツアナウンサーの近藤亨が担当。
  48. ^ “MBS亀井アナ 辞書で昔引いたエッチな言葉「“臀部”とか難しい言葉のほうがグッときたりする」”. スポーツニッポン. スポーツニッポン新聞社. (2018年4月28日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/04/28/kiji/20180428s00041000253000c.html 2018年5月8日閲覧。 
  49. ^ 第1回は、東京都出身の辻沙穂里が調査を担当した「仙台のコトノハ」(2019年3月22日放送分)で、東北放送藤沢智子アナウンサー(仙台市出身)がロケに同行。
  50. ^ トークパートにも3人揃って出演(他の出演者は河田・松川・辻)。辻は、前日深夜からの宿直勤務の合間を縫って登場していた。さらに、トークパートの途中には、当日の『あどりぶラヂオ』(番組終了1分後の2:00から生放送)を担当する馬野が同番組のPRを兼ねて飛び入りで出演。逆に、来栖と河田は、当番組に続いて『あどりぶラヂオ』のオープニングに出演した。
  51. ^ 2019年の『新春スペシャル』に続いて、同年初回のレギュラー版(1月11日未明放送分「第1回推し本バトル」)を収録。
  52. ^ MBSアナ28人、新春特番で大集合 女子アナは全員晴れ着「テンション上がります」(『スポーツニッポン2018年12月16日付記事)
  53. ^ 他に出演したアナウンサーは、収録時点での『ちちんぷいぷい』レギュラーアナウンサー(河田・山中・大吉・福島・古川・松川・松本・金山・玉巻・藤林)および、関岡・森本栄浩・森本尚太・田丸・亀井・高井・千葉・上泉・武川・松井愛・上田崇順・上田悦子・近藤亨・西村・福本。関岡・上田悦子と、収録に参加しなかった井上雅雄がナレーションを分担した。
  54. ^ 2018年版以降は、シニアスタッフ扱いのアナウンサーも含む。
  55. ^ MBSアナウンサーカレンダー10月発売。36人のアナ登場、共通点当てるクイズも/大阪(『THE PAGE』2014年9月26日付記事)
  56. ^ カレンダーの撮影時点で毎日放送のアナウンサー室へ在籍していた38名のアナウンサーのうち、2018年12月31日付での定年を控えていた水野と、事業局への異動(2017年7月から1年間)を経てアナウンサー室に復帰した加藤を除く。
毎日放送 水曜23:35枠 → 水曜23:55枠
前番組 番組名 次番組
あどりぶランド
(1984年1月 - 1998年3月)
たかじんONE MAN
(23:55 - 24:55)