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ハーシャム・アンド・ウォルトン・モータース

1952年のHWM製フォーミュラ2マシン

ハーシャム・アンド・ウォルトン・モータース (Hersham and Walton Motors, HWM) は、イギリスレーシングカーコンストラクター。アストンマーティンの世界最古の代理店でもある。(1951年にフランチャイズを取得した。)

歴史編集

コンストラクターとしては、1950年から1953年にかけてのフォーミュラ2と、1954年のフォーミュラ1参戦でよく知られる。後のオーナーであるジョージ・アベカシスジョン・ヒースは1946年から共にレースに参戦し、1948年にはアルタ製のエンジンを搭載した流線型のスポーツカーを製作、ウォルトン・オン・テムズを拠点として活動を始めた。1948年に製作した車は彼らを勇気づける結果をもたらし、その後に製作された新車はHW-アルタとして1949年のレースに参加した。この車も翌年のF2シーズンに参戦するためのパートナーを説得するのに十分な結果を上げた。これらの車はHWMsとして良く知られた。

1950年から1952年まで、HWMはF2のすべてのレースで輝かしい結果を上げ、僅かな予算で著しい成功を達成した。1953年に彼らはF2から除外されたが、翌54年に国際フォーミュラの規定が変更され、ジョン・ヒースはF1で戦うためのマシンを製作した。しかしながらそのマシンは戦闘力に欠け、HWMは2戦に参戦しただけでそのマシンを放棄した。一方、ジャガーエンジンを搭載したHWMのスポーツカーは1953年に初めて登場し、ジョージ・アベカシスのドライブでいくつかの成功を収めた。その後1957年まで、チームはイギリスおよびヨーロッパ大陸でのスポーツカーレースに参加し、しばしばジャガーやアストンマーティンのワークスマシンを打ち破った。1956年のミッレミリアでジョン・ヒースがHWMのワークスマシンで事故死した後、アベカシスはワークスとしての活動を望まず、活動はちょうど一年で終了した。

HWMは現在、ジョージ・アベカシスのビジネスパートナーであるマイク・ハーティング(元アストンマーティン)と彼の家族が所有している。 HWMは、HWM・アストンマーティンとHWM・アルファロメオを販売し、アストンマーティンおよびアルファロメオのディーラーである。

F1での成績編集

その他のHWM製スポーツカー編集

凡例)(太字ポールポジション斜体ファステストラップ

チーム ドライバー シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8
1952年 トニー・ゲイズ HWM・51
HWM・52
アルタ L-4 SUI
500
BEL
15
FRA
GBR
Ret
GER
Ret
NED
ITA
DNQ
1955年 E N ホワイタウェイ テッド・ホワイタウェイ HWM・54 アルタ L-4 ARG
MON
DNQ
500
BEL
NED
GBR
ITA

外部リンク編集

参考文献編集

Abecassis, David (2010). A Passion For Speed, the Life and Times of George Abecassis. Paul Skilleter Books. ISBN 978-0-9566857-0-4.