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守山駐屯地(もりやまちゅうとんち、JGSDF Camp Moriyama)は、愛知県名古屋市守山区守山三丁目に所在し、第10師団司令部等が駐屯している陸上自衛隊駐屯地である。駐屯地司令は、第10師団副師団長が兼務。隷属する分屯地に岐阜分屯地がある。

守山駐屯地
守山駐屯地を南側より撮影(2014年6月)
守山駐屯地を南側より撮影(2014年6月)
所在地 愛知県名古屋市守山区守山三丁目
座標 北緯35度11分54秒 東経136度57分31秒 / 北緯35.19833度 東経136.95861度 / 35.19833; 136.95861座標: 北緯35度11分54秒 東経136度57分31秒 / 北緯35.19833度 東経136.95861度 / 35.19833; 136.95861
駐屯地司令 第10師団副師団長
開設年 1959年
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目次

沿革編集

  1. 第10化学防護隊が新編。
  2. 第10後方支援連隊本部及び本部付隊、補給隊、衛生隊が春日井駐屯地に移駐。
  3. 第10後方支援連隊第1整備大隊通信電子整備隊及び第2整備大隊第3普通科直接支援中隊が新編。
  • 2013年(平成25年)3月26日:第10化学防護隊を第10特殊武器防護隊へ改編。

駐屯部隊編集

第10師団隷下部隊編集

中部方面隊隷下部隊編集

防衛大臣直轄部隊編集

最寄の幹線交通編集

重要施設編集

特徴編集

名古屋城にちなみ、駐屯地正門、司令部庁舎車寄せや厚生センターにしゃちほこが置かれている。

本来なら「名古屋駐屯地」と称しても良いはずだが、旧軍時代には名古屋城(名古屋市中区)にも部隊が駐屯しており、演習場一帯と隣接していた当地とは距離も離れており当初から守山駐屯地と言った。陸上自衛隊の駐屯地として再開した1959年(昭和34年)は、1954年(昭和29年)6月1日東春日井郡守山町が同郡志段味村を編入守山市として市制施行し、その後、1963年(昭和38年)2月15日、名古屋市・守山市が合併した間にあたり、その時も実際に守山の駐屯地であった。これが現在もそのまま引き継がれている。

駐屯地内の建物は、わずかに残る旧軍時代の木造兵舎と、在日米軍が建設した鉄筋コンクリート建ての3階から4階建てのもの、最近になって新築された高層の隊舎が混在している。旧軍時代のものと米軍が建設したものはトイレの構造がアメリカ人向けになっており、和式の便器は一切なく、洋式便器も便座が異常に高く便座の径も大きい。またドアは外から足元が膝近くまで見えるくらいに高く開いている。

周辺住民が当駐屯地を指す用語として、他の駐屯地等の例にもれず「守山自衛隊」とか、基幹部隊名でもって「師団司令部」と呼ぶことが多い。居酒屋などで当駐屯地所属隊員だと店主に知られると、師団の隷下部隊隊員でなくても「司令部の人」などと呼ばれることすら日常的である(長く近隣で商売をしている人などは部隊構成なども大まかに知ってはいるが、あえてこのように呼ぶ人が多い)。

1990年10月21日衆議院議員であった丹羽兵助が、地元住民にも公開して行われた記念行事に訪れていた際、本部庁舎内1階において、部外者の男に刃物で刺され搬送先の病院で死亡した。出迎えの幹部隊員や女性自衛官、一般市民らの目前で起こった惨劇で、現場は大混乱に陥った。この事件を教訓に、以降の公開行事では警備人員が大幅に増強されている。

ミニストップが駐屯地内に入っている。

脚注編集

外部リンク編集