守山区

愛知県名古屋市の行政区

守山区(もりやまく)は、名古屋市を構成する16行政区のひとつ。

もりやまく ウィキデータを編集
守山区
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
名古屋市
市町村コード 23113-4
面積 34.01km2
総人口 176,172[編集]
推計人口、2024年8月1日)
人口密度 5,180人/km2
隣接自治体
隣接行政区
名古屋市北区千種区東区名東区
尾張旭市春日井市瀬戸市長久手市
区の木 ドングリ
区の花 キキョウ
守山区役所
所在地 463-8510
愛知県名古屋市守山区小幡一丁目3番1号
北緯35度12分11.9秒 東経136度58分34.3秒 / 北緯35.203306度 東経136.976194度 / 35.203306; 136.976194座標: 北緯35度12分11.9秒 東経136度58分34.3秒 / 北緯35.203306度 東経136.976194度 / 35.203306; 136.976194
守山区役所
外部リンク 名古屋市守山区
守山区の県内位置守山区位置図
ウィキプロジェクト

概要

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名古屋市の北東部に突き出たような形で位置し、区域は前身となる旧守山市の市域に相当する。

緑豊かな自然が残っており、名古屋市内としては比較的標高が高い土地が多い。北東端には市内最高峰(198m)の東谷山がある。

政令指定都市である名古屋市内にあって、比較的安価で広めの敷地を確保しやすいことや、自然豊かな環境であることが注目を集め、区内ほぼ全域で宅地開発が盛んになり、市内で3番目に人口の多い区となった。

名古屋市16区の中で唯一名古屋市営地下鉄の駅が存在しないが、区の西端(川西など)からは上飯田線上飯田駅が近いほか、区南部廿軒家付近では名城線砂田橋駅が近い。また区の南東にある森孝東からは東山線藤が丘駅が近い。区南部を東西に横断するように名鉄瀬戸線が、区の西部から北部庄内川沿いにかけてゆとりーとラインが走る。区の西側にはJR中央線新守山駅がある。

守山スマートインターチェンジの整備や名鉄瀬戸線の立体交差事業、歴史の里の整備、人・自然・科学が調和する「志段味ヒューマン・サイエンス・タウン」など、新しいまちづくりが進められている。

地理

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東谷山

地形

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南に矢田川、北に庄内川を配する地形で、区の東北端の東谷山から西南に向かって連なる洪積層台地の丘陵地域が区の相当部分を占めている。

二つの河川に沿った地域には、数多くの遺跡が見られるように、肥沃な農地が育てられ、古くからこの地域の発展を促してきた。

このような地形、環境は、清新な空気と豊かな緑をはぐくみ、住宅地としての好条件となっている。市内第3位の人口を有し、名古屋市有数のベッドタウンとして目覚ましい発展を見せているとともに、社会福祉施設の立地条件に適し、文教地区としても生かされている[1]

山岳

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主な山
  • 東谷山(標高198m、名古屋市で一番標高が高い)

河川

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主な川

地域

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地名

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人口

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守山区の人口の推移
2000年(平成12年) 154,976人
2005年(平成17年) 161,511人
2010年(平成22年) 168,181人
2015年(平成27年) 172,980人
2020年(令和2年) 176,840人
総務省統計局 国勢調査より[2]

隣接自治体・行政区

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名古屋市の行政区
他の市町村

歴史

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守山城址

古代

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縄文海進によって、現在の名古屋市全域がほぼ海底にあった時代に、この地域は海岸沿いにあったため、太古から人が居住していたと考えられており、古代から数多くの古墳が残されている。

中世

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中世は山田郡に属していたが、長く善光寺街道瀬戸街道沿いに集落が点在する農村であった。

戦国時代

戦国時代には、守山城小幡城龍泉寺城などの城が存在し、小牧・長久手の戦いなどの舞台となった。 守山城は、松平清康の森山(守山)崩れで知られている。また織田信長の妹お市の方とその三人の娘が守山城に在城していたことが明らかとなっている。

近世

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江戸時代
  • 1618年元和3年):犬山城成瀬隼人正成が組頭外10名の同心を現在の廿軒家に置いた。
  • 1671年寛文11年):このころ15ヶ村、648戸、人口4591人。
  • 1767年明和4年):大雨により矢田川が決壊し、流路が大きく北に変わったため、長母寺などが守山から切り離される。
  • 1853年嘉永6年):新たに10名の同心が追加されたため、明治に至って廿軒家という地名が付けられた。

近代

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明治時代

明治に入ると、現在の守山区の地域は、東春日井郡に属することとなった。

近現代

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大正から昭和初期にかけては、宅地化の進展とともに、守山側の矢田川右岸には、機械部品の下請工場や工場従業員向けの住宅などが点在していた。小幡ヶ原には、名古屋飛行機学校の飛行場が存在した。

昭和時代(戦後)

戦後は、守山町の瀬戸街道沿道を中心として、住宅開発が続き、名古屋のベッドタウン化が進行した。自治体としては、長く守山町と志段味村が並立していたが、町村合併促進の政策に従い、まず、守山町が志段味村を編入し、市制施行して守山市となった。 隣接する旭町(現・尾張旭市)との合併も検討されたが、1963年(昭和38年)2月15日に、守山市が名古屋市に編入合併され(名守合併)、第13番目の区[注 2]として名古屋市守山区となった[注 3]。守山区誕生を記念し、2月15日を「守山区の日」としている。

  • 1950年昭和25年):金城学院大学が現在地(大森)に移転。
  • 1954年(昭和29年)6月1日:守山町が志段味村を編入、市制施行により、守山市になる。人口42,248人。
  • 1963年(昭和38年)2月15日:名古屋市へ編入され、名古屋市守山区になる(人口は67,786人)。
  • 1964年(昭和39年)4月1日:中央本線新守山駅開業。
  • 1971年(昭和46年):区役所が現在の守山図書館から現在地に移転。

現代

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旧志段味村の区域に当たる守山区北部の志段味地区および吉根地区は鉄道もなく、幹線道路整備が遅れ気味であったなど、都市基盤の整備が遅れていたことから、宅地化は進まず、農地と山林が広がっていた。

平成時代

2001年(平成13年)のゆとりーとラインの開通とともに、志段味地区や吉根地区では、竜泉寺街道の拡幅や土地区画整理などの大型開発が進み、大型ショッピングセンターが進出するなど、宅地化が始まった。

令和時代

政治

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行政

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役所

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区役所
  • 名古屋市守山区役所
    • 志段味支所

出先機関・施設

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国家機関

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経済産業省

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防衛省

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自衛隊

施設

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警察

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本部
交番

消防

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本部
消防署
  • 名古屋市守山消防署(守山区西新11-8)
  • 志段味出張所(守山区大字下志段味字長廻間2280-12)
  • 守西出張所(守山区鳥羽見2-20-12)
  • 大森出張所(守山区大森1-2016)
消防学校

医療・福祉

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主な医療施設

郵便局

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主な郵便局

文化施設

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図書館
生涯学習施設
  • 名古屋市守山生涯学習センター
  • 名古屋市守山児童館
劇場

運動施設

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経済

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小幡駅周辺

第一次産業

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農業

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青果市場

第二次産業

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区の西部を中心に製造施設等が点在する。

工業

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主な工場

第三次産業

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商業

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主な商業施設

本社を置く企業

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通信・生活

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ライフライン

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電力

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ガス

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上下水道

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電信

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教育・研究機関

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金城学院大学
 
名古屋国際学園

大学

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県立
私立

高等学校

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県立
私立

中学校

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市立

小学校

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市立
私立

特別支援学校

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市立

インターナショナルスクール

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その他の学校

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児童自立支援施設
消防学校

研究機関

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21世紀の都市基盤づくりとして、志段味ヒューマン・サイエンス・タウン事業が進められている。

交通

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新守山駅
 
小幡駅
 
ゆとりーとライン
 
名古屋市営バス大森営業所
 
守山PA
 
名古屋第二環状自動車道(名二環)

鉄道

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区境から徒歩圏内にある駅として、名鉄印場駅JR神領駅JR高蔵寺駅などがある。名古屋市内の16区の中では唯一、地下鉄(名古屋市営地下鉄)が通っていない。

鉄道路線

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  東海旅客鉄道(JR東海)
  名古屋鉄道(名鉄)
  名古屋ガイドウェイバス

バス

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路線バス

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  • 名古屋市営バス
    • ゆとりーとラインの運行も受託しており、高架区間から降りる小幡緑地駅から区北部の志段味地区を経由して春日井市の高蔵寺駅へ走っている。

営業所

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交通広場

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交通広場
  • 小幡交通広場
  • 新守山交通広場

道路

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高速道路

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中日本高速道路(NEXCO中日本)

国道

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県道

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主要地方道
一般県道

幹線道路の道路通称名

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<南北の道路>
<東西の道路>

観光

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名所・旧跡

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主な城郭
主な寺院
主な神社
主な遺跡

名古屋市内では200基以上の古墳が確認されているが、そのうち約140基以上が守山で見つかっている。

観光スポット

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公園
文化施設
  • 翠松園陶芸記念館(唐九郎記念館)
温泉

文化・名物

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祭事・催事

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主な催事

郷土芸能

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  • 棒の手、神楽、木遣

スポーツ

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スポーツチーム
チーム スポーツ リーグ 本拠地 設立
FC.SIRIUS尾張 サッカー 西尾張社会人サッカーリーグ 2009年

出身関連著名人

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出身著名人

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ゆかりのある人物

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脚注

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注釈

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  1. ^ 旧守山村が川村、金屋坊村、大森垣内村、大永寺村と合併して、二城村となったことから、その後守山町が誕生する1906年までの17年間は、この地域に守山の名のつく市町村が存在しない時代が続いた。
  2. ^ 当時は名東区天白区は分区しておらず、緑区にあたる地域は名古屋市への編入前だった。
  3. ^ 名古屋市への編入合併後に、滋賀県守山市は誕生しており、市名が重複した時期はなかった。
  4. ^ 名古屋市合併前の旧東春日井郡時代に設置されたため、その管轄が守山区および尾張旭市にまたがっている。
  5. ^ かつて区内に瀬古駅が存在したことがある。
  6. ^ 東園は尾張旭市に所在する。

出典

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外部リンク

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