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永田 充(ながた みつる、1983年4月6日 - )は静岡市清水区出身のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。元日本代表

永田 充 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ナガタ ミツル
ラテン文字 NAGATA Mitsuru
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1983-04-06) 1983年4月6日(36歳)
出身地 静岡市清水区
身長 184cm
体重 82kg
選手情報
在籍チーム 東京ユナイテッドFC
ポジション DF
背番号 28
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2005 柏レイソル 62 (3)
2006-2010 アルビレックス新潟 119 (1)
2011-2016 浦和レッズ 91 (2)
2017-2018 東京ヴェルディ 10 (0)
2019- 東京ユナイテッドFC
代表歴2
2010-2011 日本の旗 日本 2 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年11月17日現在。
2. 2011年1月21日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

来歴編集

柏レイソル編集

静岡学園高等学校から、2002年に柏レイソルとプロ契約。2年目の2003年からセンターバックのレギュラーに定着し、同年のFIFAワールドユースにU-20日本代表のメンバーとして参加。その後、20歳にしてA代表に初選出された(出場はなし)。

2005年3月19日のナビスコ杯、対FC東京戦において、相手FWのルーカスとの接触により負傷。左膝前十字靭帯断裂で全治8ヶ月の重傷を負い、シーズンの大半を棒に振った。シーズン終盤の11月に実戦復帰したが、永田の不在もあって低迷していた柏は、J1・J2入れ替え戦ヴァンフォーレ甲府に敗れ、J2へ降格した。

アルビレックス新潟編集

2006年に、1年後輩のFW矢野貴章と共にアルビレックス新潟に完全移籍。新潟に移籍直後の2月にトレーニング中に負傷。右膝靱帯損傷で全治2ヶ月と診断された。リハビリから通常練習に移行し始めていた5月、右膝前十字靱帯を断裂し全治5ヶ月と診断された。

2007年はシーズン初めより千代反田充とコンビを組んでセンターバックのレギュラーに定着した。9月22日の鹿島戦でまたも右膝靭帯を負傷し、リーグ戦22試合に出場、年間順位6位を経験した。

2008年は大きな怪我もなくシーズンを戦い抜きリーグ戦30試合に出場。

2009年は、足首の故障による欠場1試合を除く33試合に出場。この年の新潟は3トップが注目されたが、一方で千代反田、MF本間勲とのトライアングルで形成するセンターの守備は熟練したものになり、シーズンで08年の46失点を大きく下回る31失点を記録し、チームの上位進出に貢献した。

2010年9月2日、キリンチャレンジカップパラグアイ戦、グアテマラ戦において、練習で右肋軟骨を負傷した闘莉王の代役として日本代表への追加招集を受け、7日のグアテマラ戦で長友佑都に代わり後半から出場、フル代表デビューした。リーグ戦ではリーグ戦全試合に出場。これはプロデビュー以来初めてのことであった。

浦和レッドダイヤモンズ編集

2011年、マルシオ・リシャルデスと共に浦和レッドダイヤモンズに完全移籍[1]。背番号は新潟時代の同僚で前シーズンチーム得点王のエジミウソンが付けていた17番が与えられた[2]。3月6日に行われたJ1第1節、対ヴィッセル神戸に先発出場し、浦和での公式戦デビューを果たした[3]。7月13日にホームで行われたJ1第4節の川崎フロンターレ戦でコーナーキックからのこぼれ球を右足で押し込み浦和での初得点を記録した[4]。8月14日に東北電力ビッグスワンスタジアム行われたJ1第21節の新潟戦では山田暢久のヘディングを相手GKが弾いた所を右足で押し込み、シーズン2点目を挙げた[5]。チームは最終節まで残留争いに巻き込まれるほど低迷し、15位に終わったものの、移籍1年目からCBのポジションを確保し、シーズン全34試合フル出場を果たした。

2012年は、ミハイロ・ペトロヴィッチ新監督の下、坪井慶介槙野智章とともに3バックを形成。安定した守備を見せて前年とは一転して優勝争いに絡み、最終的には3位に入り、チームとして5年ぶりのACL出場権獲得に貢献した。しかし、その後は度重なる怪我もあって出場機会を失った。

東京ヴェルディ編集

2016年12月15日、東京ヴェルディに完全移籍することが発表された[6]。2018年12月、契約満了により東京ヴェルディを退団。

東京ユナイテッドFC編集

2019年5月15日、東京ユナイテッドFCへ完全移籍が発表された[7]

所属クラブ編集

ユース経歴
プロ経歴

個人成績編集

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002 20 J1 6 0 0 0 0 0 6 0
2003 23 0 4 0 1 0 28 0
2004 28 2 4 0 1 0 33 2
2005 5 1 1 0 0 0 6 1
2006 新潟 6 0 0 0 0 0 0 0 0
2007 22 0 3 0 0 0 25 0
2008 30 1 5 0 2 0 37 1
2009 33 0 6 0 4 0 43 0
2010 34 0 6 0 2 0 42 0
2011 浦和 17 34 2 7 0 0 0 41 2
2012 29 0 4 1 2 0 35 1
2013 9 0 1 0 2 0 12 0
2014 13 0 3 0 2 0 18 0
2015 5 0 1 0 1 0 7 0
2016 1 0 0 0 0 0 1 0
2017 東京V 19 J2 10 0 - 1 0 11 0
2018 0 0 - 3 0 3 0
2019 東京U 28 関東1部 - -
通算 日本 J1 272 6 45 1 17 0 336 7
日本 J2 10 0 - 4 0 14 0
日本 関東1部 - -
総通算 282 6 45 1 21 0 350 7
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2013 浦和 17 2 0
2015 3 0
2016 3 0
通算 AFC 8 0

その他の公式戦

タイトル編集

クラブ編集

浦和レッズ

個人編集

  • AFCユース選手権 ベストイレブン:1回(2002年)
  • Jリーグ優秀新人賞:1回(2003年)

代表歴編集

  • U-17、U-18、U-19、U-20日本代表
  • 2003 U-20日本代表 FIFAワールドユース選手権(UAE)出場
  • 日本代表2003、2010-

試合数編集

  • 国際Aマッチ 2試合 0得点(2010 - 2011)


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2010 1 0
2011 1 0
通算 2 0

脚注編集

出典
  1. ^ “永田 充 選手、加入決定”. 浦和レッドダイヤモンズ. (2010年12月10日). http://www.urawa-reds.co.jp/tools/cgi-bin/view_news.cgi?action=view&nid=6472 2011年7月15日閲覧。 
  2. ^ “2011背番号決定!”. 浦和レッドダイヤモンズ. (2011年1月10日). http://www.urawa-reds.co.jp/tools/cgi-bin/view_news.cgi?action=view&nid=6568 2011年7月15日閲覧。 
  3. ^ “vs神戸『立ち上がりから好機作るも、FK一発で敗れる』”. 浦和レッドダイヤモンズ. (2011年3月6日). http://www.urawa-reds.co.jp/tools/cgi-bin/view_news.cgi?action=view&nid=6694 2011年7月15日閲覧。 
  4. ^ “vs川崎「後半に2得点。無失点で4試合ぶりの勝利を飾る」”. 浦和レッドダイヤモンズ. (2011年7月13日). http://www.urawa-reds.co.jp/tools/page_store/news_7104.html 2011年7月15日閲覧。 
  5. ^ “vs新潟「元気、永田、直輝がゴール。アウェイで貴重な勝利」”. 浦和レッドダイヤモンズ. (2011年8月14日). http://www.urawa-reds.co.jp/tools/page_store/news_7232.html 2011年8月15日閲覧。 
  6. ^ “永田 充選手移籍加入のお知らせ”. 東京ヴェルディ. (2016年12月15日). http://www.verdy.co.jp/lancelot/cms/siteuser/newsdetail/user_id/f98c078b5e46cce02fd686fadbff9929/id/19d72113e04fbc5da769cee543c580fa 2016年12月15日閲覧。 
  7. ^ “【移籍情報】永田 充選手加入のお知らせ”. 東京ユナイテッドFC. (2019年5月15日). https://tokyo-united-fc.jp/news/club-2019-528 2019年5月15日閲覧。 

外部リンク編集