野村 啓司(のむら けいじ、1948年6月9日[1] - )は、関西を中心に活動するフリーアナウンサー。元・毎日放送(MBS)アナウンサー、同局専属パーソナリティ。ニックネームは「啓ちゃん」。

のむら けいじ
野村 啓司
プロフィール
愛称 啓ちゃん
出身地 日本の旗京都府京都市
生年月日 (1948-06-09) 1948年6月9日(75歳)
所属事務所 舞夢プロ
職歴 毎日放送アナウンサー→アナウンサー室長→専任局長兼チーフパーソナリティ→専任パーソナリティ
活動期間 1971年 -
ジャンル 情報バラエティ番組
出演番組・活動
出演中 なし
出演経歴

すてきな出逢い いい朝8時
クイズ!!ひらめきパスワード
ノムラでノムラだ♪
熟メン!野村啓司です
Hit&Hit!

人生という宝物』 

野村啓司の懐メロ♪ジュークボックス

来歴・人物 編集

京都府京都市生まれで、京都府立山城高等学校から関西学院大学へ進学。高校の先輩に吉田義男(元阪神タイガース内野手・監督)、田村高廣浜村淳山城新伍釜本邦茂がいる。

大学時代には、放送部(関学総部放送局)で活動するかたわら、生田教室でアナウンス技術の研鑽に励んでいた。ちなみに、安藤豊(元・RKB毎日放送アナウンサー)は、関学総部放送局での1年先輩。野村の同級生で、学内の合唱団に所属していた佐藤誠NHK大阪放送局専属パーソナリティ、NHKの元・エグゼクティブアナウンサー)は、野村の誘いをきっかけに生田教室へ通い始めたという。

大学卒業後の1971年に、アナウンサーとして毎日放送へ入社した[2]。同期入社のアナウンサーに、平松邦夫(元・大阪市長)と近藤光史(現在はフリーアナウンサー)。アナウンサー以外の同期生に、同局の前会長で、MBSメディアホールディングスの相談役最高顧問を務める河内一友や、元・テレビプロデューサー御藤良基(現在は光明寺住職)などがいる。

1980年代から1990年代前半にかけて『すてきな出逢い いい朝8時』『クイズ!!ひらめきパスワード』(いずれも毎日放送制作・JNN系全国ネットのテレビ番組)などで司会を担当したことから、同局の看板アナウンサーとして全国区の知名度を得た。特に『いい朝8時』には、前身の『八木治郎ショー・いい朝8時』時代からおよそ16年にわたってレギュラーで出演していた[3]

また、関西ローカルのテレビ番組では、『乾杯!トークそんぐ』(深夜の音楽番組)で長らく司会を担当していた。平日の夕方にワイドニュース『MBSナウ』が放送された時期には、角淳一(当時は毎日放送アナウンサー)とともに同番組の年末特別企画に出演。その年話題になった場所に出向いては、炬燵に入ってトークを展開することが恒例になっていた。

2001年に、毎日放送のアナウンサー室長へ就任。2005年6月の人事異動で、ラジオ局専任局長兼チーフパーソナリティになったのを機に、アナウンサー室を離れた。2006年10月に、肩書をラジオ専任局長へ変更。2008年6月に定年を迎えた。その後も、同局の専属パーソナリティとして、平日夕方のラジオ番組『ノムラでノムラだ♪』(2009年4月6日から2014年3月27日までのタイトルは『ノムラでノムラだ♪ EXトラ!』)でメインパーソナリティを務めた。

2013年9月で毎日放送との専属パーソナリティ契約期間を満了したことを機に、フリーアナウンサーへ転身。転身後も『ノムラでノムラだ♪』など、MBSラジオ制作の番組(後述)への出演を続けている。

その一方で、『ノムラでノムラだ♪』シリーズの終了(2015年3月26日)を受けて、同月30日から2019年3月28日までラジオ大阪で『熟メン!野村啓司です』のパーソナリティを担当。小川恵理子松竹芸能所属のタレント[4])などの女性タレントとコンビを組みながら、毎日放送以外の放送局が制作する番組に初めてレギュラーで出演していた[5]。ラジオ大阪では2020年4月3日から『Hit&Hit!』(平日午後の生ワイド番組)の金曜日でパーソナリティを務めていたが、2021年の9月下旬から体調不良を理由に休演。ちゃらんぽらん冨好がパーソナリティ代理を担当した2021年10月22日放送分に電話で出演した際に、「数年前から投薬治療を受けている不定愁訴の影響で、長時間の生放送番組へ毎週出演することに責任を持てなくなった」として、パーソナリティを降板することを表明した。ただし、心身への負担が小さい活動(短時間で完結する収録番組への出演など)については、降板後も可能な範囲で継続する。

『ノムラでノムラだ♪』などの出演番組では、阪神タイガースファンであることを公言。歌謡曲演歌への造詣も深く、毎日放送の専属パーソナリティ時代からは歌手としても活動している。2008年6月には、『ノムラでノムラだ♪』の企画で、リスナーへの公募による歌詞から生まれたオリジナルソング「退職記念日」「時を止めて」を発表[6]。「時を止めて」では、当時の水曜アシスタント・森川美穂歌手)とのデュエットを披露した。さらに2011年6月27日には、「茶碗」(中村泰士の作詞・作曲による楽曲)を発表している[7][8](いずれもインターネット限定で音源を配信)。

『ノムラでノムラだ♪』シリーズの放送期間中からは、同番組で山本学(日本写真家協会所属の写真家)を定期的にゲストに招いていたことから、風景写真のカメラ撮影が趣味に加わっている。同番組公式サイト内の「ノムラのカメラ散歩」では、撮影した写真の一部を、パソコンの壁紙用の画像として放送期間中に毎月公開。『熟メン!』では、リスナーが参加できる撮影会を随時開催しているほか、野村が撮影した写真の一部をinstagram上の公式アカウント(#外部リンクを参照)で随時公開していた。

担当番組 編集

テレビ 編集

全国ネット

一部地域ネット

関西ローカル

ラジオ 編集

CM 編集

いずれもMBSラジオ・関西ローカル限定で放送

関連人物 編集

脚注 編集

  1. ^ a b c d e f 『こちら・あどりぶランド』 1986, pp. 98–102.
  2. ^ NHKや朝日放送も受験したが、不合格(『熟メン!野村啓司です』2015年5月11日放送分より、本人談)。
  3. ^ 1980年10月に、八木治郎司会の『八木治郎ショー・いい朝8時』としてスタート。八木が急逝した1983年5月から、立川清登うつみ宮土理の司会による『すてきな出逢い いい朝8時』として放送された。
  4. ^ 『ノムラでノムラだ♪』シリーズの2010年3月までの裏番組である『元気イチバン!!芦沢誠です』(ABCラジオ)にてアシスタントを務めていた。
  5. ^ ラジオ大阪『愛してラジオ大阪』公式ブログ2015年3月18日付記事「3月30日(月)から新しい番組がスタート!」
  6. ^ 野村啓司アナ 「退職記念日」披露(『スポーツニッポン2008年6月25日付記事)
  7. ^ 「茶碗」野村啓司
  8. ^ 『ノムラでノムラ♪ EXトラ!』2011年6月27日【月曜日】スペシャルゲスト:作詞・作曲家の中村泰士さん
  9. ^ 東北中国四国のJNN系にも同時ネットで放送された
  10. ^ 北海道放送中部日本放送RKB毎日放送でも放送されていた
  11. ^ 2006年4月から、『ノムラでノムラだ♪』が放送されていなかった金曜日に、中継リポーターとして隔週で登場。2008年1月からは月1回、『ノムラでノムラだ♪』の本番前に、月曜14時台の企画『あの歌をこの場所で聴きたい』にも出演した。同年10月から2009年3月までは、VTR出演ながら、月曜17時台に月1~2回放送された「人気もんで行こッ!」にも登場。2013年には、月曜日で放送されていた「お初にございます」のナレーターを務めた。なお、出演期間中は他のTBSテレビ系列局の一部でも前半の同時ネットを実施していたが、以上のコーナーは後半の関西ローカルパートで放送されていた。
  12. ^ 『ノムラでノムラだ♪ EXトラ!』として放送していた2009年度のナイターオフ期間には、「ノムラでノムラだ♪ Go!Go!エキストラ」を内包する形で放送時間を延長した火~金曜日に、同番組の出演者で唯一全編にわたって出演していた。
  13. ^ 石原詢子演歌歌手)のパートナーを務める原田年晴(ラジオ大阪アナウンサー)が悪性リンパ腫の治療で入院していた2020年2・3月にパートナー代理として出演。関西以外の地方でも放送される番組へのレギュラー出演は、フリーアナウンサーへの転身後初めてである。
  14. ^ 2020年4月下旬から6月中旬までは、日本国内で新型コロナウイルスへの感染が拡大していることを背景に、兵庫県内の自宅からのリモート中継方式でMBSラジオのレギュラー番組(いずれも事前収録)へ出演。生ワイド番組の『Hit&Hit!』については、ラジオ大阪のスタジオがある大阪府と兵庫県の往来を自粛する要請が両府県から出されたことなどを踏まえて、4月10日から5月29日まで休演していた。
  15. ^ 2020年3月20日まで金曜日の深夜で放送された後に、同年4月20日から『マンデースペシャル2』(月曜20:00 - 20:55)枠での月1回放送へ移行。水野が降板した2019年4月以降は、単独で進行している。
  16. ^ - 毎日放送のアナウンサー → 専属パーソナリティを経て、フリーアナウンサーとしてラジオ大阪で冠番組のパーソナリティを担当。毎日放送時代には、野村の同僚(先輩アナウンサー)でもあった。
  17. ^ 毎日放送のアナウンサー。野村とは30数年の後輩で、「昭和歌謡マニア」という縁から、同局の番組やイベントで共演することがある。『ちちんぷいぷい』でかつて担当していたロケコーナー(「お初にございます」→ 「歌碑ものがたり」)には、野村の声による口上が使われていた。

参考文献 編集

  • 毎日放送 編著『こちら・あどりぶランド : This is MBS』八曜社、1986年3月15日。NDLJP:12276263 

外部リンク 編集