アメリカン・ニューシネマ
アメリカン・ニューシネマとは、1960年代後半から1970年代半ばにかけてアメリカでベトナム戦争に邁進する政治に対する、特に戦争に兵士として送られる若者層を中心とした反体制的な人間の心情を綴った映画作品群、およびその反戦ムーブメントである。
アメリカ本国(および英語圏)で「New Hollywood」「The Hollywood Renaissance」「American New Wave」と名付けられた映画のムーブメントである。日本でのみこれが「アメリカン・ニューシネマ」と題され、当時の日本で紹介されたものである。代表作品には『俺たちに明日はない』『イージー・ライダー』などがある。
ニューヨークを中心とした芸術潮流である「New American Cinema」とは別物。
歴史編集
1940年代までの黄金時代のハリウッド映画は、観客に夢と希望を与えることに主眼が置かれ、英雄の一大叙事詩や、正義の味方による勧善懲悪、夢のような恋物語が主流であり「ハッピー・エンド」が多くを占めていた。1950年代以降、スタジオ・システムの崩壊やテレビの影響などにより、ハリウッドは製作本数も産業としての規模も低迷し、またジョセフ・マッカーシーの「赤狩り」が残した後遺症の傷も深かった。映画界ではウォルト・ディズニーやロナルド・レーガンたちが赤狩りに全面協力した。アルフレッド・ヒッチコックやチャールズ・チャップリン、フリッツ・ラング、ウィリアム・ディターレ、ダグラス・サークといった戦前戦後を通じてヨーロッパから移住、亡命してきた映画作家たちや、ニコラス・レイ、アンソニー・マン、サミュエル・フラーらいわゆる「B級映画(B movie)」とよばれる中小製作会社の低予算映画作家のなかにその萌芽はあった。
一方、ヨーロッパにおいては、戦後イタリアのネオレアリズモとシネマ・ヴェリテの手法が各国の若者に深い影響を与え、1950年代中期ロンドンのフリー・シネマに始まり、1950年代末期から、フランス、パリのヌーヴェルヴァーグ[1]、ロンドンのブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ、プラハのチェコ・ヌーヴェルヴァーグ、ドイツのニュー・ジャーマン・シネマ、映画『灰とダイアモンド』に代表されるポーランド派、スイス、ジュネーヴを中心とするヌーヴォー・シネマ・スイス、そして南米ブラジルのシネマ・ノーヴォ、ニューヨークのニュー・アメリカン・シネマ、東京(羽仁進、大島渚ら)まで飛び火し、世界に広がるニューシネマ運動が起きていた。
いずれも若い監督による新しい感覚や手法を特徴としている。当時ニューヨークには、ヨーロッパからの移民であったジョナス・メカスやD・A・ペネベイカー、リチャード・リーコックらのドキュメンタリー作家や、現代美術作家アンディ・ウォーホル、スタン・ブラッケージ、ジャック・スミスら実験映画作家、ネオレアリズモの影響を色濃く受けたジョン・カサヴェテスらがそれに呼応していた。またカリフォルニア州にも、10代にしてビアリッツの「呪われた映画祭」(1949年)に参加したケネス・アンガーなどの実験映画作家がいた。60年代の代表的なニュー・シネマには『イージー・ライダー』[2]『ウッドストック』や、『俺たちに明日はない』などがあった[3]。
まだジャーナリズムの熱意が高かった60年代には、アメリカ市民がベトナム戦争の実態を目の当たりにすることで、ホワイトハウスへの信頼感は音を立てて崩れていった。戦争に懐疑的になった国民は、アメリカ政府の矛盾点に目を向け、若者のヒッピー化、反体制化が見られ、人種差別、ドラッグ、エスカレートした官憲の暴力性などの現象も顕在化した。そして、それを招いた元凶は、政治の腐敗というところに帰結し、アメリカの各地で糾弾運動が巻き起こった。アメリカン・ニューシネマはこのような当時のアメリカの世相を投影していたと言われる。1967年12月8日付『タイム』は、『俺たちに明日はない』を大特集し、「ニューシネマ 暴力…セックス…芸術! 自由に目覚めたハリウッド映画」という派手な見出しの記事の中で、この新しい米国映画の動向をレポートした。
ニューシネマと言われる作品は、反体制的な人物(若者であることが多い)が体制に敢然と闘いを挑む、もしくは刹那的な出来事に情熱を傾けるなどするのだが、最後には体制側に圧殺されるか、あるいは悲劇的な結末で幕を閉じるものが多い。つまり「アンチ・ヒーロー」「アンチ・ハッピーエンド」が一連の作品の特徴と言えるのだが、それはベトナム戦争や大学紛争、ヒッピー・ムーブメントなどの騒然とした世相を反映していた。それと同時に、映画だけでなく小説や演劇の世界でも流行していたサルトルの提唱する実存主義を理論的な背景とした「不条理」も一部反映していたとする説もある。
低予算映画の流れにはロジャー・コーマンらがおり、アメリカン・ニューシネマの底辺部を、彼ら独立系の映画作家、映画プロデューサーが支えた。そこにはピーター・ボグダノヴィッチ、デニス・ホッパー、ジャック・ニコルソン、ピーター・フォンダ、アーサー・ペン、マーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラらがいた。
ベトナム戦争の終結とともに、アメリカ各地で起こっていた反体制運動も下火となっていき、それを反映するかのようにニューシネマの時代も徐々に終焉することになる。1979年の『地獄の黙示録』がニュー・シネマの最後の作品との説もある。
70年代の半ばになると、『タワーリング・インフェルノ』(1974年)を筆頭に、『ジョーズ』(1975年)、『ロッキー』(1976年)、『スター・ウォーズ』(1977年)といった明るい商業主義的な映画が人気を博すようになる。町山智浩は、敗戦により落ち込んでいたアメリカ国民が、”明るく希望のあるエンタメ作品”を求めたと、ニュー・シネマの終焉を良いことであると記述した[4]。
代表的作品編集
タイトル/原題 | 公開年 | 監督 | 出演 | あらすじ、補足等 |
---|---|---|---|---|
俺たちに明日はない Bonnie and Clyde |
1967年 | アーサー・ペン | ウォーレン・ベイティ フェイ・ダナウェイ |
世界恐慌時代の実在の銀行強盗カップル、ボニーとクライドの無軌道な逃避行。 |
卒業 The Graduate |
マイク・ニコルズ | ダスティン・ホフマン アン・バンクロフト キャサリン・ロス |
年上の夫人に肉体を翻弄される若者の精神的葛藤と自立。サイモン&ガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」や「サウンド・オブ・サイレンス」も有名。 | |
暴力脱獄 Cool Hand Luke |
スチュアート・ローゼンバーグ | ポール・ニューマン ジョージ・ケネディ |
フロリダの刑務所を舞台に、社会のシステムに組み込まれることを拒否する囚人を描く。 | |
真夜中のカーボーイ Midnight Cowboy |
1969年 | ジョン・シュレシンジャー | ジョン・ヴォイト ダスティン・ホフマン |
ニューヨークの底辺で生きる若者2人の固く結ばれた友情とその破滅に向う姿を描く。 |
ワイルドバンチ The Wild Bunch |
サム・ペキンパー | ウィリアム・ホールデン アーネスト・ボーグナイン ロバート・ライアン |
西部を荒らしまわる強盗団「ワイルドバンチ」の壮絶な最期。 | |
イージー・ライダー Easy Rider |
デニス・ホッパー | ピーター・フォンダ デニス・ホッパー ジャック・ニコルソン |
社会的束縛を逃れて自由な旅を続ける若者たちが直面する社会の不条理と無残な最期。冒頭のテーマ曲が有名。 | |
明日に向って撃て! Butch Cassidy and the Sundance Kid |
ジョージ・ロイ・ヒル | ポール・ニューマン ロバート・レッドフォード キャサリン・ロス |
西部を荒らしまわった実在の強盗の友情と恋をノスタルジックに描く。ラストシーンと主題歌が著名。 | |
ひとりぼっちの青春 They Shoot horses, Don't They? |
シドニー・ポラック | ジェーン・フォンダ | 存在しない賞金のために狂ったようにダンス大会で踊り続けるカップルを描く。 | |
M★A★S★H マッシュ M*A*S*H |
1970年 | ロバート・アルトマン | ドナルド・サザーランド トム・スケリット エリオット・グールド サリー・ケラーマン |
朝鮮戦争での野戦病院の人々を描いたブラックコメディー。 |
小さな巨人 LITTLE BIG MAN |
アーサー・ペン | ダスティン・ホフマン フェイ・ダナウェイ |
121才の主人公がその生涯を語るアメリカ先住民として、また白人として生きた男のアメリカ史。 | |
いちご白書 The Strawberry Statement |
スチュワート・ハグマン | ブルース・デイヴィスン キム・ダービー |
学園紛争に引き裂かれていく男女2人の恋。 | |
ソルジャー・ブルー Soldier Blue |
ラルフ・ネルソン | キャンディス・バーゲン ピーター・ストラウス |
白人が無抵抗の先住民の村に対して行った、無差別虐殺であるサンドクリークの虐殺を扱う作品。 | |
ファイブ・イージー・ピーセス Five Easy Pieces |
ボブ・ラフェルソン | ジャック・ニコルソン | 裕福な音楽一家に育ちながら、他の兄弟とは異なる流転の青春を送る男の心象を淡々と描く。エンディングが印象的な作品。 | |
フレンチ・コネクション The French Connection |
1971年 | ウィリアム・フリードキン | ジーン・ハックマン ロイ・シャイダー フェルナンド・レイ |
麻薬組織に執念を燃やす刑事の活躍。若者や反体制側でなく、体制側の視点から社会病理を描く。 |
バニシング・ポイント Vanishing Point |
リチャード・C・サラフィアン | バリー・ニューマン クリーヴォン・リトル |
デンバーからカリフォルニアまで、15時間で陸送する賭をした男の「消失点」を描いた物語。 | |
ダーティハリー Dirty Harry |
ドン・シーゲル | クリント・イーストウッド アンディ・ロビンソン |
殺人を犯しながら無罪放免になった犯人と刑事との攻防を描き、加害者と被害者の人権問題を提起している。 | |
時計じかけのオレンジ A Clockwork Orange |
スタンリー・キューブリック | マルコム・マクダウェル | 近未来のイギリスを舞台に、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描く風刺的作品。 | |
ハロルドとモード 少年は虹を渡る Harold and Maude |
1972年 | ハル・アシュビー | ルース・ゴードン バッド・コート |
19歳の自殺を演じることを趣味としている少年と、79歳の天衣無縫な老女との恋を描く。 |
破壊! Busting |
1973年 | ピーター・ハイアムズ | エリオット・グールド ロバート・ブレイク |
麻薬組織と癒着した警察に反旗を翻す刑事2人の活躍と挫折。 |
ダーティ・メリー /クレイジー・ラリー Dirty Mary Crazy Larry |
ジョン・ハフ | ピーター・フォンダ ヴィック・モロー |
カーレース用の車を手に入れるために現金強奪に成功した若者3人組と、それを追う警察とのカー・アクション。 | |
スケアクロウ Scarecrow |
ジェリー・シャッツバーグ | ジーン・ハックマン アル・パチーノ |
偶然出会った二人の男のロードムービー。荒くれ者のアウトローと「スケアクロウ」な生き方をする陽気な男。正反対の二人が織り成す奇妙な交流と友情、そして悲劇。 | |
地獄の逃避行 Badlands |
テレンス・マリック | マーティン・シーン シシー・スペイセク |
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ロング・グッドバイ The Long Goodbye |
ロバート・アルトマン | エリオット・グールド | 探偵のフィリップ・マーロウが友人の死をきっかけにある事件に巻き込まれていくレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説の映画化。 | |
さらば冬のかもめ The Last Detail |
ハル・アシュビー | ジャック・ニコルソン ランディ・クエイド |
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ミーン・ストリート Mean Streets |
マーティン・スコセッシ | ハーヴェイ・カイテル ロバート・デ・ニーロ |
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セルピコ Serpico |
シドニー・ルメット | アル・パチーノ | ||
カンバセーション…盗聴… The Conversation |
1974年 | フランシス・フォード・コッポラ | ジーン・ハックマン | |
チャイナタウン Chinatown |
ロマン・ポランスキー | ジャック・ニコルソン | ||
ハリーとトント Harry and Tonto |
ポール・マザースキー | アート・カーニー | ||
カッコーの巣の上で One Flew Over the Cuckoo's Nest |
1975年 | ミロス・フォアマン | ジャック・ニコルソン ルイーズ・フレッチャー |
精神異常を装って刑期を逃れた男と、患者を完全統制しようとする看護婦長との確執 |
狼たちの午後 Dog Day Afternoon |
シドニー・ルメット | アル・パチーノ | ||
タクシードライバー Taxi Driver |
1976年 | マーティン・スコセッシ | ロバート・デ・ニーロ シビル・シェパード ハーヴェイ・カイテル ジョディ・フォスター |
社会病理に冒され、異常を来した男の憤り。 |
関連項目編集
- ウォーレン・ベイティ
- フェイ・ダナウェイ
- 『テルマ&ルイーズ』(1991年)- 「90年代の女性版アメリカン・ニューシネマ」と称される[1]
参考文献編集
- 『アメリカン・ニューシネマ - 反逆と再生のハリウッド史』 - Easy Riders, Raging Bulls
- Peter Biskind, Easy Riders, Raging Bulls, Bloomsbury Publishing, 1998年、ISBN 0747590141
- 別冊太陽「アメリカン・ニューシネマ60-70」、1988年
脚注編集
- ^ a b http://bookandfilmglobe.com/film/the-french-new-wave-at-60/
- ^ https://www.allcinema.net/cinema/1702
- ^ https://moviewalker.jp/mv1543/#!
- ^ 町山智浩『映画の見方が分かる本』(洋泉社、2002年)のロッキーの章[要ページ番号]