根岸 明美ねぎし あけみ[1][2]1934年昭和9年〉3月26日[出典 1] - 2008年平成20年〉3月11日[4])は、日本女優。本名は同じ[3]東京市[1]麻布区[注釈 1]出身[4][5][注釈 2]。大妻高等女学校(現・大妻中学校・高等学校[3]中退[4]。富士企画に所属していた[3]

ねぎし あけみ
根岸 明美
根岸 明美
根岸明美(1952年)
本名 根岸 明美
生年月日 (1934-03-26) 1934年3月26日
没年月日 (2008-03-11) 2008年3月11日(73歳没)
出生地 日本の旗 日本東京府東京市麻布区[注釈 1]
身長 166 cm
職業 女優
ジャンル 舞台映画テレビドラマ
活動期間 1948年 - 1990年代
主な作品
映画
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略歴 編集

高校中退後、1948年日劇ダンシングチーム(6期生)に入団[出典 2]。母親の美代子は戦前に宝塚少女歌劇団(現・宝塚歌劇団)の宝塚歌劇団9期生の元タカラジェンヌだった。

1953年アナタハンの女王事件ジョセフ・フォン・スタンバーグが映画化した際に、オーディションで見出されて『アナタハン』で主演デビュー[1][5]。以後、映画、テレビを中心に活躍[1]

166cmと大柄で豊満でありながら引き締まった肢体で人気を集めたが「肉体派女優」と見られることを嫌って、演技を磨いて『赤ひげ』『どですかでん』などに出演[5]。「演技もできる」妖艶な魅力を持った女優として人気を博した。『さらばラバウル』『獣人雪男』『キングコング対ゴジラ』の監督を務めた本多猪四郎は、根岸の持つ一味違った雰囲気が自身の作品に合っていたと述べている[7]

2008年3月11日、卵巣癌のため川崎市の病院で死去。73歳没[8][5]

特技は西洋舞踊[3]

俳優の山田真二とは家族ぐるみで交友があり、山田の姉である舞踏家の山田奈々子は、根岸について自己流で生きている面白い人であったと評している[9]

出演 編集

映画 編集

 
『アナタハン』
 
『アナタハン』
 
『アナタハン』
 
『獣人雪男』
 
『獣人雪男』

テレビドラマ 編集

その他の番組 編集

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ a b 現在の東京都港区
  2. ^ 神奈川県出身とする資料もある[3]

出典 編集

  1. ^ a b c d e f g 東宝特撮映画全史 1983, p. 533, 「怪獣・SF映画俳優名鑑」
  2. ^ a b c ゴジラ大百科 1993, p. 126, 構成・文 岩田雅幸「決定保存版 怪獣映画の名優名鑑」
  3. ^ a b c d e f g 日本タレント名鑑'82』VIPタイムズ社、1981年、344頁。 
  4. ^ a b c d “根岸 明美(ネギシ アケミ)とは - コトバンク”. (n.d.). https://kotobank.jp/word/%E6%A0%B9%E5%B2%B8%20%E6%98%8E%E7%BE%8E-1673275 2019年2月17日閲覧。 
  5. ^ a b c d e f 東宝特撮女優大全集 2014, p. 38, 文・石熊勝己「根岸明美」
  6. ^ 福島民報、1966年1月9日。
  7. ^ 「本多猪四郎監督 長編インタビュー(4)」『キングコング対ゴジラ/地球防衛軍』東宝出版事業室〈東宝SF特撮映画シリーズ VOL.5〉、1986年3月1日、163-164頁。ISBN 4-924609-16-1 
  8. ^ “根岸明美さん死去 女優”. 47NEWS. 共同通信社. (2008年3月12日). オリジナルの2008年4月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080404001812/http://www.47news.jp/CN/200803/CN2008031201000946.html 2013年8月25日閲覧。 
  9. ^ 「インタビュー 舞踏家 山田奈々子(聞き手・友井健人)」『別冊映画秘宝 モスラ映画大全』洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年8月11日、pp.42-43頁。ISBN 978-4-86248-761-2 

出典(リンク) 編集

参考文献 編集

外部リンク 編集