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ファンキーモンキークリニック

藤本昌平から転送)

ファンキーモンキークリニックは、かつてマセキ芸能社で活動していた元お笑いコンビ1995年3月結成。2004年2月20日解散。

ファンキーモンキークリニック
メンバー 藤本昌平
高橋卓
結成年 1995年
解散年 2004年
事務所 マセキ芸能社
活動時期 1995年3月 - 2004年2月
現在の活動状況 解散(藤本は放送作家、高橋は引退)
芸種 コント
過去の代表番組 爆笑オンエアバトル
ボキャブラ天国
ひざくりげ
など
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目次

経歴編集

  • 1995年3月にコンビ結成。マセキ芸能社に所属していた。同級生ではあったが、2人の身長差は17cmで、いわゆる凸凹コンビでもあった。
  • 2004年2月20日、高橋が芸能界を引退するのと同時に解散した[1]

メンバー編集

神奈川県横浜市出身。血液型O型。身長167cm。通称「しょうへい」。
横浜市立もえぎ野中学校から麻布大学附属渕野辺高等学校に進学。日本映画学校(現・日本映画大学)俳優科卒業。同期に古坂大魔王脚本家足立紳。2期後輩にバカリズム
解散後は「しょうへい」名義でピン芸人として活動していたが、2004年12月に引退し、その後は放送作家として様々な番組で活動。
作家業の傍ら、2008年1月から静岡放送細川茂樹 SBSで行こう!〜Shigeki Break Saturday〜』にレギュラー出演している他、2011年4月からはテレビ朝日劇団ひとりの新番組を考える会議』や、J-WAVERADIPEDIA』、ニッポン放送土田晃之 日曜のへそ』、ラジオNIKKEI第1『#とらメロ 荻野可鈴のお金が全て?』にも出演。
つかみのギャグに三瓶のネタをオマージュした「しょうへ~です」がある。
東京都世田谷区出身。血液型A型。身長183cm。通称「すぐる」。
解散と同時に芸能界を引退。現在は、東貴博がオーナーを務めるもんじゃ焼き店『浅草MJ』の店長に。

備考・エピソード編集

  • 2人とも本名で活動していたが、次第に下の名前(通称)で紹介されることが多くなり、芸名に近い状態であった。
  • 小室哲哉プロデュースのユニット『566』のメンバーとして、歌手デビューしたことがある。CDを2枚リリースし2枚目の『Never Say Why, Never Say No』(566 featuring 中野さゆり名義)は、アニメ金田一少年の事件簿のオープニングテーマに。オリコン最高位は56位。しかし印税は8円だった。
  • 爆笑オンエアバトル」ではネタの所要時間が6分を超えたため、照明が暗転し強制終了されたことがある(その当時は失格のルールがなく、審査は行われたが強制終了が響いてオフエアとなった)。
  • しょうへいはイチローに顔が似ていたこともあり、数多くの番組でその姿を披露。ロケ中、本人と勘違いした子供に囲まれパニック状態になり、仕方なくサインを書いた事がある。
  • ものまねバトル出演時に長谷川滋利(すぐる)とイチロー(しょうへい)の物まねで登場。しかし、しょうへいはあまりの激似ぶりにスタジオが湧くが、すぐるは司会のヒロミや共演のプリティ長嶋から「似てない」、「(髪が薄いから)気をつけなさい」など、散々に言われていた。
  • 出川哲朗阿部瑠理子を引き合わせ、結婚するきっかけを作った。出川のファンであった阿部を、出川の芸能事務所の後輩であり、仲の良いしょうへいが出川に紹介した。
  • 以前テレビ局の楽屋前の廊下で2人がネタ合わせをしていた時ビートたけしが通りかかった。弟子たちとエレベーターを降りて楽屋に行こうとしたたけしは2人の姿を見ると踵を返して反対方向のジュースの自動販売機のところでタバコを吸い始めた。不思議に思った弟子が「殿、タバコは楽屋でも吸えますから早く楽屋に入りましょう」と申し出るとたけしは「今俺が行ったらあいつらの邪魔になっちゃうじゃねぇか、終わるまでここで待ってるよ」と言ってタバコ3本をその場で吸った。後日この話をたけしの弟子から聞いた2人はたけしの優しさに感動したという。

主な出演番組編集

バラエティ番組編集

テレビドラマ編集

映画編集

脚注編集

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  1. ^ マセキ芸能社 しょうへいのプロフィールより (インターネットアーカイブ)

外部リンク編集