メインメニューを開く

Laputa

日本のヴィジュアル系ロックバンド

Laputa(ラピュータ)は、日本ヴィジュアル系ロックバンド。「黒夢とともに名古屋ビジュアル・シーン創成期を形成した」といわれる[5][4]

Laputa
別名 ラピュータ
出身地 日本の旗 日本 愛知県名古屋市[1]
ジャンル オルタナティヴ・ロック[2]
ゴシック・ロック[2]
ポストパンク[2]
プログレッシブ・ロック[2]
ハードロック(初期)[3]
ヘヴィメタル(初期)[3]
エレクトロニック・ダンス・ミュージック(後期)[3]
デジロック(後期)[4]
活動期間 1993年 - 2004年[1]
レーベル 東芝EMI
日本クラウン
事務所 SHAKING HANDS INC.
DUB CORPORATION
共同作業者 大山正篤
メンバー aki(ボーカル)
Kouichi(ギター)
Junji(ベース)
Tomoi(ドラムス)
旧メンバー Hiro(ギター)
Hideno(ギター)
Kusuba(ベース)

目次

概要編集

バンド名は『ガリヴァー旅行記』に登場する空想人の島にちなんでakiによって名付けられている。ファンクラブ名は2000年まではVOYAGE[6] だったが、4Lへと変わった。ファンの呼称は廃人。

来歴編集

1997年以降はオフィシャルサイトのアーカイブを参考に記述した[7]

1992年
  • Tomoiは高校時代から、筋肉少女帯安全地帯REACTIONなどをはじめ、年間100本以上のライヴにコンサートスタッフとして参加し、機材スタッフとしての経験を積んだ[8]。このイベンターでのコンサートスタッフのアルバイトには、akiも参加していた[9]
  • 同じコンサートスタッフのアルバイトで知り合ったHidenoを中心に、aki、Tomoi、高校時代の友人のベーシストの4名でAi SICK FACEを結成する[9]
1993年
  • Tomoiによれば、ライヴハウスでSilver-Roseのステージをみたことで自身のプロ意識の欠如を実感し、Ai SICK FACEの解散を決めたという[9]。Laputa結成前からakiとTomoiで曲作りを始める[10]
  • 7月、元Ai SICK FACEのaki、Tomoiを中心に結成。
  • 8月29日、名古屋MUSIC FARMで開催された2daysイベントで初ライブを行う。Silver-RoseKAIKIが主催するイベントであり、のちにLaputaに加入するJunjiもAd de Vidarで参加していた[10]
  • 9月4日、名古屋MUSIC FARMにてデモテープ『Saddistの夢』80本を配付。
  • 11月13日、名古屋MUSIC FARMのライブでギタリスト・Hidenoが加入。
  • 12月20日、デモテープ『奈落の底』発売。
  • 12月29日、Hiro脱退。
1994年
  • 1月20日、年末のライブで脱退したHiroの穴を埋める形でJunjiが加入。
  • 5月5日、マキシシングル『私が消える』を発売。初回プレス1000枚は予約完売。
  • 5月から、ツアー「Paradoxical Reality TOUR」を開催。
  • 7月25日、Hideno(→Merry Go Round)が脱退。その3日後の28日に元Silver-RoseのギタリストKouichiが加入する。
1995年
  • 1月7日、音楽性の違いなどからKusuba(→Lúcide)が脱退。
  • 1月12日、名古屋MUSIC FARMで行われたインフォメーションクラブ会員限定ライブからJunjiがベーシストに転向。Vo,aki・Gu,Kouichi・Ba,Junji・Dr,Tomoiの編成で落ち着く。
  • 2月24日、1stフルアルバム『眩〜めまい〜暈』発売。初回プレス5000枚は予約完売。
  • 3月から、ツアー「Paradoxical Reality TOUR II act 眩〜めまい〜暈」を開催。
  • 9月、活動拠点を名古屋から東京に移すと同時にシェイクハンドと契約。オフィシャルファンクラブ「VOYAGE」を設立する。
  • 12月、ツアー「Paradoxical Reality TOUR III」を開催。
1996年
  • 2月25日、ミニアルバム『眩めく廃人』をシェイクハンドレコードより発売。オリコンインディーズチャート初登場2位を記録する。
  • 3月から、ツアー「Paradoxical Reality TOUR IV act 〜眩めく廃人〜」を開催。
  • 4月16日、ツアーファイナル公演を渋谷ON AIR WESTで行う。
  • 7月7日、ライブビデオ『箱庭』をシェイクハンドレコードより発売。オリコンインディーズビデオチャート初登場1位。
  • 8月、ツアー「Paradoxical Reality TOUR V act 〜箱庭〜」を開催。
  • 8月10日、下北沢CLUB QUEで行われたFC限定ライブで、メジャーデビューを発表。
  • 9月30日、デビューシングル『硝子の肖像』を東芝EMIより発売。
  • 10月23日、デビューアルバム『蜉〜かげろう〜蝣』を東芝EMIより発売。それに伴って、「TOUR 蜉〜かげろう〜蝣」を開催。
1997年
  • 6月8日、東京の新宿アルタ前広場(新宿ステーションスクエア)にてゲリラライブを行って約5000人を動員し、その模様が翌日のスポーツ紙6紙とTV番組で取り上げられる[11]
  • 7月から、ツアー「TOUR 絵〜エマダラ〜斑」を開催。
1998年
  • 4月から、ツアー「TOUR 麝〜ジャコウ〜香」を開催。
1999年
  • 8月から、ツアー「1999 TOUR 翔〜カケラ〜裸」を開催。
  • 10月23日、香港のロックイベント「Rock'n Roll Circuit In Hong Kong」に参加し、イベントのトリをつとめる[12]
2000年
2001年
  • 4月から、ツアー「Laputa TOUR 001 Programized Heaven」を開催。
2002年
  • 7月から、ツアー「Laputa TOUR 002 New Temptation」を開催。
2003年
  • 5月から、ツアー「Laputa TOUR 003 Sparks Monkey」を開催。
2004年
  • 9月5日、渋谷公会堂でのライブを最後に11年と1日の活動に終止符を打った。

メンバー編集

解散時のメンバー編集

旧メンバー編集

  • Hiro(ヒロ) ギター担当
    • 1993年12月29日に脱退。現在はJEALOUS WILDで活動している。
  • Kusuba ベース担当
    • 1995年の脱退後にLúcideを結成。2000年にはKraidhearzを結成。後に会社を経営。

特徴編集

コンセプト、歌詞編集

リーダーのakiは、「ダーク、ハード、メロディアス」をコンセプトとして掲げていた[10]。これは、ステージでは「非現実的な世界観を演じて」いく一方、サウンド面ではハードロックヘヴィメタルを志向するということであった[10]。だが、活動を開始した初期の客層は80年代メタルシーンよりも、UKポストパンクシーンをバックボーンにしている人が多く、その点では話があわなかったこともあるとakiは述べている[13]

インディーズ時代には、血糊を吐いたり、演劇的な要素をライブに取り入れるなど[14]、ある種ショック・ロックのようなシアトリカルなパフォーマンスを行っていた。ただ、ヴィジュアル面に関しては「肝になる音楽という部分で、僕らの音楽に必要だからメイクをしてる(中略)音にいちばん合うメイクであったり、衣装であったり、ステージングであったり、そういう部分での"役"を見せていきたい」と語っており、あくまで音楽が主だという態度を示した[15]

インディーズ時代の初期の歌詞では、DEAD ENDGASTUNKに影響を受けて、難しい漢字[† 1]を使って、その漢字の持つ雰囲気から退廃的でダークな世界観を出そうとしていた、とakiは述べている[15]。当時はボードレール萩原朔太郎の詩集からもインスパイアされていたが[16]、メジャーデビュー後は日常で使うような言葉を用いて、遠回しに抽象的な内面の世界を表現することに関心が移っていった[16]。「謎めいた答えのないものに対する問いかけ」が共通するテーマになっているとも語っていた[16]

音楽的特徴編集

CD Journalのレビューは初期の音楽性を「エッジの鋭いアグレッシヴ/ダーク・サイケな音楽性とゴシック的なビジュアル[5]」や「ハード・ロックヘヴィ・メタルをしっかりと吸収した安定したサウンド[3]」などと評している。音楽評論家の市川哲史は、前期のサウンドを「耽美かつダークなV系サウンド」と表現している[4]。後期のサウンドは「デジタル・ビートの大胆な導入がバンド自体の変容と並行している[3]」と評価されているように、エレクトロニック・ダンス・ミュージックに影響されたデジロックのような音楽性へと変わった[4]。初期から中期にかけてはSilver-Rose出身のKouichiがメインの作曲を手がけていたが、後期からはJunjiの作曲が増えている。

受けた影響編集

aki編集

高校時代にモトリー・クルーを聴いたことで衝撃を受けてLAメタルにはまり、その後はDEAD ENDLOUDNESS44MAGNUMGASTUNKREACTIONなどのジャパニーズ・メタルをよく聴いていたという[17]。「コピーをやっていて面白かったのは、REACTIONDEAD END、SNIPER、MARINO、TILT」だったとも述べている[17]。自身のお気に入りのアルバムには、モトリー・クルーの『華麗なる激情』、REACTIONの『INSANE』、DEAD ENDの『DEAD LINE』をあげている[13]

Kouichi編集

VOW WOWEARTHSHAKERANTHEMなどを高校時代によく聴いたとインタビューで答えており[18]、なかでもVOW WOWは特に好きなバンドだという[19]。また、影響を受けたギタリストはイングヴェイ・マルムスティーン[19][20]と元JUSTY-NASTY辻剛[19] である。お気に入りのアルバムはイングヴェイ・マルムスティーンの『セブンス・サイン』、LOUDNESSの『DISILLUSION 〜撃剣霊化〜[† 2]とのこと[21]

Junji編集

デュラン・デュラン[22]ボン・ジョヴィ[22]バウハウス[23]デッド・カン・ダンス[6]ザ・キュアー[6] などを好きなバンドとしており、ベーシストとして影響を受けたアルバムとして、スティングの『フィールズ・オブ・ゴールド〜ベスト・オブ・スティング1984-1994』、ビョークの『ポスト』、レディオヘッドの『ザ・ベンズ』をあげている[24]Vicious監修のコンピレーションアルバムでは、2Kの「***k The Millennium」とレディオヘッドの「パラノイド・アンドロイド」をお気に入りの曲として選んでいるほか[25]、あるインタビューでメイヤエンヤスマッシング・パンプキンズを好きなアーティストとしてあげていた[26]。また、好きなジャンルはダンス・ミュージック[26]トリップ・ホップとしていた。

Tomoi編集

デュラン・デュラン[27]TOTO[27]Journey[27]REACTION[28]を好きなバンドに挙げている。また、高校時代は聖飢魔IILAメタルなどのコピーをしており[29]、理想のドラマーとしてはDEAD ENDの湊雅史筋肉少女帯の太田明のようなスタイルと語っていた[30]

与えた影響編集

後続のアーティストに対する影響では、Sadieのギタリスト剣[31]DIAURAのギタリスト佳衣[32]DのギタリストRuizaとHIDE-ZOU[33] などがKouichiに対するリスペクトを表明している。とくに、HIDE-ZOUはグッズもたくさん持ってるほか、「Kouichiさんの機材を参考に買ったことがありました」と述べている[33]

vistlipのギタリスト海は「バンドをやろうって思ったきっかけ、ヴィジュアル系にのめり込んだきっかけ」として、Laputaの「硝子の肖像」をあげている[34]。また、C4やBABYMETALで活動するギタリスト大村孝佳も「僕、Laputa大好きなんですよ」と述べ[35]、中学生の頃からLaputaファンだったことを公言している[36]ナイトメアYOMIは、高校生の時にバンドでLaputaのコピーをしていた[37]。Laputaメンバーとも交流があるKayaは、「CRUSH!-90’s V-Rock best hit cover songs-」というカヴァーコンピレーションアルバムで「揺れながら…」をカヴァーしている[38][39]

評価編集

元FOOL'S MATEの編集者であるライターの早川洋介は、Laputaを「アグレッションと叙情性の両立を高次元で確立できる数少ないバンド」と評価している[40]

ライターの加納一美は、彼らの作品は「知的な構築性」から成り立っており、その音楽性は「非常に哀しくも美しく、時に激しさを訴えるメロディ、デュアル・ショックをも体感させる重々しいリズム、天と地を往来する大気を震わせるヴォイス」からできていると分析している[41]

交友関係編集

ストーナーロック/ドゥームメタルバンドEternal Elysiumの岡崎幸人はakiの高校の先輩であり[42]、「奈落の底」のデモテープのエンジニアやライブのPAなどを担当したこともあった。黒夢のベーシストであり、現在はakiのサポートもしている人時は、仲のいいアーティストとしてakiをあげている[43]。4枚目のソロアルバムを作る際にも、「akiちゃんから“人時くん、ベース・ソロの作品を作らない?”って言われた」ことがきっかけのひとつになったことを語っている[44]

また、同じころに東京に進出してメジャーデビューしたLa'cryma Christiとはバンド間で親交があり、レコーディングスタジオへの行き来などもしていた[45]。当時、SHUSEは対談で「俺は個人的に一緒にシーンを盛り上げていけたらいいかなとは思ってる」と語っていた[45]

ディスコグラフィ編集

デモテープ編集

  1. Saddistの夢(1993年9月4日)
  2. 奈落の底(1993年12月20日)

シングル編集

  発売日 タイトル 規格 規格品番 JP 収録アルバム 備考[† 3]
Office Laputa
インディーズ 1994年5月5日 私が消える マキシシングル インディーズ時代の唯一のCDシングル
1994年5月24日(2ndプレス) OLR-001
東芝EMI
1st 1996年9月30日 硝子の肖像 8センチCD TODT-3844 34 蜉〜かげろう〜蝣 メジャーデビューシングル
2nd 1997年5月28日 eve〜Last night for you〜 TODT-3953 33 絵〜エマダラ〜斑 TBS系「COUNT DOWN TV」オープニングテーマ
3rd 1997年11月12日 meet again TODT-5081 20 麝〜ジャコウ〜香 読売テレビ日本テレビ系アニメ「金田一少年の事件簿」第1期オープニング主題歌
4th 1998年2月4日 揺れながら… TODT-5118 25 日本テレビ系「電波少年」エンディングテーマ
5th 1998年9月23日 Feelin' the sky TODT-5193 15 翔〜カケラ〜裸
6th 1999年1月1日 Breath TODT-5239 29 TBS「ランク王国」オープニングテーマ
7th 1999年3月17日 Chimes TODT-5276 25 中京テレビ・日本テレビ系「ZZZろみひー」エンディングテーマ
8th 1999年5月19日 Virgin cry TODT-5293 23
日本クラウン
9th 2000年10月25日 Shape〜in the shape of wing〜 マキシシングル CRCP-10003 26 楽〜ヘブン〜園 日本テレビ系「号外!!爆笑大問題」エンディングテーマ
10th 2001年2月21日 Silent on-looker CRCP-10012 43 テレビ東京系大調査!! なるほど日本人」エンディング・テーマ
11th 2002年6月21日 深海/Brand-new color CRCP-10027 58 ラストシングル

アルバム編集

  発売日 タイトル 規格品番 収録曲 備考
インディーズ1st 1995年2月24日 眩〜めまい〜暈 SCD-001 オリコン66位
1998年9月23日 TOCT-10407(リマスター再発盤)
インディーズ2nd 1996年2月25日 眩めく廃人 SHCD-001 オリコン58位
1998年9月23日 TOCT-10408(リマスター再発盤)
1st 1996年10月23日 蜉〜かげろう〜蝣 TOCT-9686 メジャーデビューアルバム。オリコン24位
2nd 1997年6月25日 絵〜エマダラ〜斑 TOCT-9887 オリコン24位
3rd 1998年3月18日 麝〜ジャコウ〜香 TOCT-10216 オリコン10位
4th 1999年6月9日 翔〜カケラ〜裸 TOCT-24143 オリコン10位
カップリングベスト 2000年2月23日 Laputa coupling collection +xxxk [1996-1999 Singles] TOCT-24313 オリコン43位
ベストアルバム 2000年10月25日 Laputa 3DISC BEST 〜1995-1999 except Coupling Collection~ TOCT-24448~50 東芝EMI在籍時代の音源に加え、インディーズ時代の音源からもセレクトされた3枚組ベストアルバム。オリコン41位
5th 2001年3月16日 楽〜ヘブン〜園 CRCP-40002 日本クラウンに移籍後、初リリースとなるアルバム。オリコン50位
1stmini 2002年3月21日 glitter CRCP-40010 オリコン66位
6th 2002年7月24日 誘〜New Temptation〜惑 CRCP-40016 オリコン50位
2ndmini 2003年4月23日 Sparks Monkey CRCP-40033 オリコン75位
3rdmini 2004年3月17日 Material Pleasures CRCP-40061 オリコン89位
ベストアルバム 2004年7月28日 Best AL+CLIP 2000〜2004 CRCP-40074 日本クラウン在籍時代の音源を総括したベストアルバム。全7曲のミュージックビデオを収録したDVD付。オリコン89位

バンドスコア編集

発売日 タイトル 出版社
1997年10月30日 BAND SCORE Laputa(ラピュータ) "蜉〜かげろう〜蝣" ドレミ楽譜出版社
1997年10月30日 BAND SCORE Laputa(ラピュータ) "絵〜エマダラ〜班" ドレミ楽譜出版社
1998年6月30日 BAND SCORE Laputa(ラピュータ) "麝〜ジャコウ〜香" ドレミ楽譜出版社
1999年2月20日 BAND SCORE Laputa(ラピュータ) 眩く廃人 ドレミ楽譜出版社
1999年2月20日 BAND SCORE Laputa(ラピュータ) 眩〜めまい〜暈 ドレミ楽譜出版社
1999年8月30日 BAND SCORE Laputa(ラピュータ) "翔〜カケラ〜裸" ドレミ楽譜出版社

VIDEO / DVD編集

  発売日 タイトル 規格品番 備考
1st 1994年9月4日 Paradoxical Reality FC限定
2nd 1996年7月7日 箱庭 TOVF-1288:VHS TOSHIBA EMI
3rd 1997年7月24日
2002年05月16日
2011年11月09日
MOV(i)E ON DARKNESS TOVF-1266:VHS
TOBF-5130:DVD
TOBF-91042:DVD
TOSHIBA EMI
4th 1998年3月18日
2002年05月16日
2011年11月09日
CLIPS OF CRUNCH L∞P TOVF-1281:VHS
TOBF-5131:DVD
TOBF-91043:DVD
TOSHIBA EMI
5th 1999年6月9日
2002年05月16日
2011年11月09日
CLIPS OF CRUNCH L∞P II TOVF-1311:VHS
TOBF-5132:DVD
TOBF-91044:DVD
TOSHIBA EMI
6th 2000年12月6日
2002年04月24日
CLIPS OF CRUNCH L∞P III CRVP-10002:VHS
CRBP-10005:DVD
日本クラウン
7th 2001年11月21日
2002年04月24日
Heaven to Perfection〜Tour001 Programized Heaven final mission〜 CRVP-40030:VHS
CRBP-10006:DVD
日本クラウン
8th 2004年12月15日 Laputa ALL BURST CRBP-10024:DVD 日本クラウン
オリコン90位

ミュージックビデオ編集

監督 曲名
生西康典/掛川康典 「POPular UPrising」
井上強 「Shape〜in the shape of wing〜」「Silent on-looker」「Sparks Monkey」「meet again」
西川智彦 「深海」
不明 「Breath」「Chimes」「Feelin' the sky」「Virgin cry」「WITH the WIND」「eve」「WITH the WIND」「硝子の肖像」「揺れながら…」

脚注編集

注釈編集

  1. ^ “体”を“躰”という風に表記したり、とのこと[16]
  2. ^ 中でも気に入っている曲はExploder。
  3. ^ タイアップに関しては、シングルのA面のみ記載。

出典編集

  1. ^ a b ラピュータの解説 - SOCKETS人物データベース”. ソケッツ. 2018年9月6日閲覧。
  2. ^ a b c d Laputa reviews, music, news”. sputnikmusic. Sputnikmusic.com. 2016年8月14日閲覧。
  3. ^ a b c d e ラピュータ” (日本語). cdjournal.com. CDジャーナル. 2015年8月7日閲覧。
  4. ^ a b c d 市川哲史、藤谷千明『すべての道はV系へ通ず。』シンコーミュージック・エンタテイメント、2018年8月26日、366頁。ISBN 978-4-401-64639-5
  5. ^ a b ラピュータ” (日本語). cdjournal.com. CDジャーナル. 2015年8月7日閲覧。
  6. ^ a b c Yusuke Kato「V-SELECTION Rockin' Talk ーアーティストが選んだ、思い出のあの曲ーLa'cryma Christi SHUSE x Junji Laputa」『Vicious』Vol.30、シンコーミュージック・エンタテイメント、1998年9月1日、 64-65頁。
  7. ^ CRUNCH-LOOP” (日本語). crunch-loop.com. Laputa (2003年11月23日). 2003年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月7日閲覧。
  8. ^ Kano 1999, pp. 85-87.
  9. ^ a b c Kano 1999, p. 87.
  10. ^ a b c d Kano 1999, p. 105.
  11. ^ Kano 1999, p. 92.
  12. ^ 『FOOL'S MATE Vol.219』、 FOOL’S MATE、2000年、p.39
  13. ^ a b 早川洋介「血の証明 Roots Bloody Roots」『FOOL’S MATE』Vol.222、FOOL'S MATE、2000年4月1日、 98-99頁。
  14. ^ 加納一美「Laputa 映像の中の真実 Pictorial Reality」『FOOL’S MATE』Vol.214、FOOL'S MATE、1999年8月1日、 170-172頁。
  15. ^ a b 加納一美「aki Laputa 呼応する光と闇」『FOOL’S MATE』Vol.195、FOOL'S MATE、1998年1月1日、 177-179頁。
  16. ^ a b c d 船見佳子「Laputa close up aki」『ultra veat』Vol.25、エムオン・エンタテインメント、1997年12月、 68-69頁、 ISBN 9784789791045
  17. ^ a b Kano 1999, p. 54.
  18. ^ Kano 1999, p. 62.
  19. ^ a b c 荒川れいこ「Kouichi (Laputa) & HIRO, KOJI (La'cryma Christi) ニューエイジ・ギタリストによる対談が実現!!」『月刊 ロッキンf』Vol.262、立東社、1997年7月27日、 18-24頁。
  20. ^ Kano 1999, p. 8.
  21. ^ 八丹博史「メロディアスなフレーズの秘密 Laputa featuring Kouichi」『月刊GiGS』、シンコーミュージック・エンタテイメント、1998年、 149-151頁。
  22. ^ a b Kano 1999, p. 74.
  23. ^ Kano 1999, p. 76.
  24. ^ 筧まゆこ「新世代ベーシスト=Junjiの野望」『月刊 ロッキンf』Vol.263、立東社、1997年8月27日、 104-106頁。
  25. ^ New Release” (日本語). lums.universal-music.co.jp. ユニバーサル ミュージックジャパン. 2015年8月7日閲覧。
  26. ^ a b 『SHOXX Vol. 52』、YUKI SUGIE (インタビュー)、音楽専科社、1997年、p.133
  27. ^ a b c Kano 1999, p. 83.
  28. ^ Kano 1999, p. 85.
  29. ^ Kano 1999, p. 84.
  30. ^ Kano 1999, p. 88.
  31. ^ Sadie 剣のツイート” (2013年5月31日). 2015年8月17日閲覧。
  32. ^ 【インタビュー】DIAURA、2ndフルアルバム『FOCUS』完成「“常識を疑え”っていうコンセプト自体がこのバンドを表している」”. BARKS (2013年12月2日). 2015年8月17日閲覧。
  33. ^ a b 『MTPM05 Special Program! SPECIAL TALK BATTLE Everlasting-K x Ruiza & HIDE-ZOU』5、2006年7月、pp.63-67。
  34. ^ ~Road of the 海(vistlip)~”. ロフトプロジェクト. 2018年8月10日閲覧。
  35. ^ “エクストリーム・テクニック・マイスター 第二回 大村孝佳” (日本語). ヘドバン (シンコーミュージック・エンタテイメント) 5: 145. (2014-11-18). 
  36. ^ Happy New Year, everybody!!〜(´ε`*)”. 2015年7月18日閲覧。
  37. ^ 『Revelation[黙示録]photographs and history』BOOK-2 history、ぴあ、2008年、8頁。ISBN 978-4-8356-1704-6
  38. ^ 大ヒットV-ROCKカヴァー・コンピ『CRUSH!』第3弾発売決定!今作限りのスペシャル・コラボも実現”. BARKS (2012年4月24日). 2018年9月9日閲覧。
  39. ^ V-ROCKカヴァーコンピの本家! 「CRUSH!-90’s V-Rock best hit cover songs-」第3弾発売大決定!!!! 今作限りのスペシャルコラボも実現!!!!!!”. universal music (2012年4月23日). 2018年9月9日閲覧。
  40. ^ 早川洋介「Laputa 追い求めた楽園の進化型 ラスト・ミッション、堂々完遂!」『FOOL’S MATE』Vol.241、FOOL'S MATE、2001年11月1日。
  41. ^ 加納一美「限界から限外へ〜堕ちながら昇る快楽」『FOOL’S MATE』Vol.205、FOOL'S MATE、1998年11月1日、 68-70頁。
  42. ^ Laputa akiの名古屋ミュージックファーム訪問”. 2016年7月24日閲覧。
  43. ^ 人時(黒夢)、44歳のバースデーライブをひかえ多彩な音楽遍歴を振り返る”. SPICE (2016年6月22日). 2016年7月15日閲覧。
  44. ^ インタビュー【人時】”. 333music.net (2012年10月15日). 2016年7月15日閲覧。
  45. ^ a b 『FOOL'S MATE Vol.191』、 FOOL’S MATE、1997年、pp.34-35

参考文献編集

関連項目編集

  • Silver-Rose - KouichiがLaputaの前に在籍していたバンド。インディーズシーンでは黒夢と並んで二大巨頭とされていた。
  • 横山和俊 - ライブにキーボーディストとして参加。
  • 柳延人 - ヘアメイクを担当。
  • 大山正篤 - プロデュースを担当。

外部リンク編集