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ええじゃないか』は、1981年松竹から公開された日本の映画である。構想約10年、前作『復讐するは我にあり』のヒットにより[2]、ようやく松竹より、製作が承認された[3]。今村昌平初の時代劇であり、制作費も公称5億円の超大作で、埼玉県の水元公園に巨大なオープンセットを組むなどされたが[4]、フランスでは人気が有り、高い評価を受ける一方で[5]、日本では興行成績が悪かった。

ええじゃないか
監督 今村昌平
脚本 今村昌平
宮本研
製作 小沢昭一
友田二郎
杉崎重美
音楽 池辺晋一郎
撮影 姫田真佐久
編集 浦岡敬一
配給 松竹
公開 日本の旗 1981年3月14日
上映時間 151分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 4億2200万円[1]
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ストーリー編集

慶応2年(1866年)夏の西両国見世物小屋から始まる。アメリカへの漂流民の源次(泉谷しげる)が帰国し、その妻イネ(桃井かおり)とアメリカへの密航を企てるが、イネの離脱により果たせず、慶応の「ええじゃないか」に参加し幕府に射殺される。

その他編集

  • 「日本独特のミュージカルを作りたいね。両国の見世物小屋を舞台に魑魅魍魎が跋扈するダイナミックな奴だ。劇団四季のような外国から借りてきた、うそ臭いヤツじゃなくてね」と今村は意気込みを語っていた[6]
  • 火野正平が自身の著書、「若なるには時間がかかる」に記した内容では、今村昌平による、前回作「復讐するは我にあり」への火野の出演は、「ええじゃないか」の主役に向けたカメラテスト的な要素があり、火野自身はええじゃないかの台本を読み、この役は自分にピッタリで、自身が間違いなく主演を務めると思っていたが、泉谷になったと記されている。
  • 今村昌平は後のインタビューで、最も撮り直したい作品に挙げ、失敗に終わった理由について、「脚本は悪くなかったが、桃井かおりではなく太地喜和子を起用すればよかったと。」語っている[7]
  • 埼玉県の水元公園に巨大なオープンセットはセットを兼ねた公園として残される計画があったが、取り壊された。

キャスト編集

脚注編集

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  1. ^ 「1981年邦画4社<封切配収ベスト作品>」『キネマ旬報1982年昭和57年)2月下旬号、キネマ旬報社、1982年、 124頁。
  2. ^ 今村監督の唯一の失敗作 ええじゃないか”. 2017 6,9閲覧。
  3. ^ 今村監督の唯一の失敗作 ええじゃないか”. 2017 6,9閲覧。
  4. ^ 今村監督の唯一の失敗作 ええじゃないか”. 2017 6,9閲覧。
  5. ^ 撮る―カンヌからヤミ市へ 今村昌平 ええじゃないかの項目 ISBN 978-4875023579
  6. ^ 今村監督の唯一の失敗作 ええじゃないか”. 2017 6,9閲覧。
  7. ^ 撮る―カンヌからヤミ市へ 今村昌平 ええじゃないかの項目 ISBN 978-4875023579

外部リンク編集