ウィル・ホイ

イギリスのレーシングドライバー

ウィリアム・ユーイング「ウィル」ホイWilliam Ewing "Will" Hoy、1952年4月2日 - 2002年12月19日[1])は、イギリスのレーシングドライバー。

ウィル・ホイ
Will Hoy 1995 BTCC Brands Hatch.jpg
基本情報
国籍 イギリスの旗 イギリス
生年月日 (1952-04-02) 1952年4月2日
出身地 メルボーン, ケンブリッジシャー, イングランド
死没日 2002年12月19日(2002-12-19)(50歳)
死没地 チェルシー, ロンドン, イングランド
BTCCでの経歴
チームフォード, BMW, トヨタ, ルノー,
アリーナ, VLR
ドライバーズ
チャンピオン
1
勝利数9 (1 in class)
表彰台
ポール
ポジション
8
ファステスト
ラップ
10
デビュー1987
初勝利1991
最高位1位 (1991)
最終シーズン
(2000)順位
15位 (Class B)

モータースポーツのキャリア20年でのハイライトは、1991年イギリスツーリングカー選手権チャンピオンである。

経歴編集

ケンブリッジ州 メルボーン生まれ[1]。20代後半までレースには参加せず、1985年に国際レベルで初めてレースを行い、ル・マン24時間レースを含むスポーツカー世界選手権で活躍。以後数年間、彼はさまざまなレースに参戦し、1988年の全日本ツーリングカー選手権では総合2位。クラスチャンピオンを獲得した。この時のチームメイトは柳田春人であった。バーナード・ソープが最初に雇用、後にDTZが雇用した、資格のあるチャーター調査員としてレースキャリアを補完した[2]

レーシングキャリア編集

1991年、彼はスーパーツーリング規則の最初のシーズンでイギリスツーリングカー選手権(BTCC)に集中。Vic Leeチームからエントリーした。ボクスホールトヨタなどのメーカーがエントリーしていたが、マシンの仕上がりに定評のあるBMWでチャンスを最大限に活用し、リードを築いてこの年のタイトルを獲得した。また、スネッタートンで行われたウィルハイア24時間レースでもBMWで参戦。コンビを組んだレイ・ベルムクルト・ルビーと共に優勝した。1992年、ホイはトヨタチームと契約し、この年もチャンピオン候補に残って最終ラウンドに望んだが、ティム・ハーベイのBMWに僅差で敗れてシリーズ2位となった。しかし、その後トヨタは苦戦し、1993年のノックヒルでチームメイトのジュリアン・ベイリーが1勝したが、それ以降1度も優勝できなかった。 1994年、ホイは世界ラリー選手権RACラリーにも参加。トヨタ・セリカをドライブしたが、ラリーのステージ4で木に衝突。幸いこの事故でホイとコ・ドライバーにケガはなかった。

この2シーズンなかなか結果を出す事が出来なかったが、ホイには他のチームからのオファーがあり、ルノーは1995年にアラン・メニュのチームメイトにホイを起用した。シーズンの前半は多くのメカニカルトラブルやクラッシュを伴うアクシデントを抱えてしまったが、シーズン後半には安定的となり、ホイは3レースで優勝し、シリーズ4位となった。1996年ルノーにはさらにタイトル獲得が期待されたが、四輪駆動方式を武器とし、フランスやドイツのツーリングカータイトルを獲得した経験を持つフランク・ビエラを起用したアウディが他社を圧倒し、参戦初年度ながらタイトルを獲得した。ビエラに大差をつけられたがメニュはどうにかシリーズ2位となった一方でホイはシリーズ9位とこの年は後退してしまった。

 
1998年のBTCCではフォード・モンデオをドライブした。

この時代のBTCCは、主にF1F3000などのフォーミュラレースで活躍していたドライバーを起用し、高額投資した自動車メーカーを後ろ楯とするチームによって支配されていた。1992年にホイを破ってチャンピオンを獲得したティム・ハーベイや1990年のチャンピオンのロブ・グラヴェットもこの時期苦戦を強いられており、ルノー・ラグナも完成されたマシンではあったが、ホイは乗りこなすのに苦労していた。1997年と1998年には衰退気味だったフォードチームに移籍。1997年はやや失望したシーズンであったが、1998年のシルバーストン・サーキットで行われた第4戦では優れたパフォーマンスを発揮。アラン・メニュやこの年チャンピオンを獲得したボルボリカルド・リデルが相次いでリタイアとなる中、ホイに代わってルノーチームに加入したジェイソン・プラトとこの年最多の7勝を記録した日産アンソニー・レイドを抑えきって2年振りの優勝を飾った。1999年にはメーカーのサポートを受けないインディペンデントチームである、アリーナ・モータースポーツのルノー・ラグナでシリーズに復帰。シーズン途中からの参戦であったが、マット・ニールマーク・ブレアに次ぐインディペンデントドライバー部門のシリーズ3位となった。最後のBTCC出場は、2000年に参加台数減少を受けて設立されたプロダクション・クラスに参戦するビックリー・レーシングのプジョー・306でシルバーストーン戦にエントリーし、2レースともクラスのポールポジションを確保したが、マシントラブルでどちらのレースもリタイアを余儀なくされた。その後ホイは、ベン・エドワーズとともに2002年シーズンのBTCCコメンテーターになり、ホンダ BTCCチームの管理職としても活躍。ドライバーであるアンディ・プリオールをサポートした。 2002年後半、ホイは脳腫瘍を患っている事が判明し、その後まもなく50歳で亡くなった。

レース記録編集

イギリスツーリングカー選手権編集

チーム 車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 総合順位 ポイント クラス順位
1987年 Chris Hodgetts Motor Sport トヨタ・カローラGT D SIL OUL THR THR SIL SIL
14
BRH SNE DON OUL DON SIL NC† 0† NC†
1988年 BMW Finance Racing BMW・M3 B SIL OUL THR DON
Ret‡
THR SIL SIL BRH
9
SNE
10
BRH BIR DON SIL
8
19位 16 5位
1989年 BMW Team Finance B OUL SIL THR DON
6‡
THR SIL SIL BRH 43位 9 8位
Trakstar Motorsport フォード・シエラRS500 A SNE
4
BRH BIR DON SIL 49位 3 19位
1991年 BMW Team Listerine BMW・M3 SIL
1
SNE
1
DON
Ret
THR
3
SIL
31
BRH
2
SIL
2
DON
1

Ret
DON
2

DNS
OUL
2
BRH
1

2
BRH
2

1
DON
3
THR
Ret
SIL
5
1位 155
1992年 Team Securicor ICS Toyota トヨタ・カリーナⅡ SIL
4
THR
4
OUL
2
SNE
1
BRH
Ret
DON
1

1
DON
2

2
SIL
2
KNO
1

5
KNO
2

Ret
PEM
5
BRH
1

2
BRH
2

2
DON
4
SIL
5
2位 149
1993年 Team Securicor Toyota トヨタ・カリーナ E SIL
4
DON
Ret
SNE
4
DON
6
OUL
Ret
BRH
1

3
BRH
2

14
PEM
2
SIL
Ret
KNO
1

10
KNO
2

3
OUL
Ret
BRH
4
THR
10
DON
1

16
DON
2

16
SIL
3
7位 79
1994年 トヨタ・カストロール・ チーム THR
5
BRH
1

9
BRH
2

9
SNE
12
SIL
1

6
SIL
2

6
OUL
Ret
DON
1

10
DON
2

7
BRH
1

Ret
BRH
2

17
SIL
9
KNO
1

9
KNO
2

8
OUL
11
BRH
1

12
BRH
2

DNS
SIL
1

7
SIL
2

7
DON
1

18
DON
2

7
13位 48
1995年 ウィリアムズ・ ルノー・ ディーラー・レーシング ルノー・ラグナ DON
1

6
DON
2

5
BRH
1

9
BRH
2

7
THR
1

Ret
THR
2

Ret
SIL
1

5
SIL
2

15
OUL
1

Ret
OUL
2

18
BRH
1

4
BRH
2

4
DON
1

12
DON
2

8
SIL
2
KNO
1

Ret
KNO
2

Ret
BRH
1

1
BRH
2

2
SNE
1

12
SNE
2

1
OUL
1

2
OUL
2

Ret
SIL
1

2
SIL
2

1
4位 195
1996年 DON
1

2
DON
2

2
BRH
1

17
BRH
2

DSQ
THR
1

5
THR
2

15
SIL
1

8
SIL
2

Ret
OUL
1

Ret
OUL
2

6
SNE
1

7
SNE
2

9
BRH
1

4
BRH
2

3
SIL
1

9
SIL
2

6
KNO
1

10
KNO
2

11
OUL
1

4
OUL
2

Ret
THR
1

Ret
THR
2

19
DON
1

5
DON
2

4
BRH
1

8
BRH
2

Ret
9位 92
1997年 チーム・モンデオ フォード・モンデオ DON
1

Ret
DON
2

DNS
SIL
1

12
SIL
2

7
THR
1

11
THR
2

12
BRH
1

DSQ
BRH
2

17
OUL
1

DNS
OUL
2

DNS
DON
1

13
DON
2

9
CRO
1

8
CRO
2

Ret
KNO
1

12
KNO
2

14
SNE
1

10
SNE
2

7
THR
1

5
THR
2

9
BRH
1

7
BRH
2

Ret
SIL
1

Ret
SIL
2

10
15位 27
1998年 フォード・モンデオ・レーシング THR
1

Ret
THR
2

15
SIL
1

9
SIL
2

1*
DON
1

8
DON
2

16
BRH
1

7
BRH
2

Ret
OUL
1

8
OUL
2

7
DON
1

3
DON
2

Ret
CRO
1

13
CRO
2

9*
SNE
1

8
SNE
2

8
THR
1

10
THR
2

12
KNO
1

6
KNO
2

Ret
BRH
1

Ret
BRH
2

Ret
OUL
1

8
OUL
2

6
SIL
1

10
SIL
2

8
10位 69
1999年 アリーナ・インターナショナル ルノー・ラグナ DON
1
DON
2
SIL
1
SIL
2
THR
1
THR
2
BRH
1
BRH
2
OUL
1
OUL
2
DON
1
DON
2
CRO
1
CRO
2
SNE
1

10
SNE
2

13
THR
1

10
THR
2

8
KNO
1

13
KNO
2

11
BRH
1

13
BRH
2

11
OUL
1

10
OUL
2

11
SIL
1

6
SIL
2

7
15位 15
2000年 VIP・ツーリングカー・クラブ プジョー・306 GTi B BRH
1
BRH
2
DON
1
DON
2
THR
1
THR
2
KNO
1
KNO
2
OUL
1
OUL
2
SIL
1

Ret
SIL
2

Ret
CRO
1
CRO
2
SNE
1
SNE
2
DON
1
DON
2
BRH
1
BRH
2
OUL
1
OUL
2
SIL
1
SIL
2
15位 2
  1. ^ –大雨のため、レースは中止。 ポイントは付与されなかった。

†ポイントの対象外。 ‡耐久ドライバー。

全日本ツーリングカー選手権編集

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 順位 ポイント
1988年 オートテック・レーシングチーム BMW・M3 JTC-2 SUZ
1
NIS
1
SEN
1
TSU
1
SUG
2
FSW
3
1位 144
1989年 JTC-2 NIS
2
SEN
6
TSU SUG
2
SUZ
1
FSW
8
1990年 チーム タイサン JTC-2 NIS
7
SUG
Ret
SUZ
2
TSU
2
5位 62
BMW・M3 スポーツエボリューション SEN
1
FSW
Ret

太字がレースのポールポジションを示す、イタリック体のレースの最速ラップタイムを示しています。( key

イタリア・スーパーツーリング選手権編集

チーム 使用車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 順位 ポイント
1995年 ウィリアムズ・ルノー ルノー・ラグナ MIS
1
MIS
2
BIN
1
BIN
2
MNZ
1
MNZ
2
IMO
1
IMO
2
MAG
1
MAG
2
MUG
1
MUG
2
MIS
1
MIS
2
PER
1
PER
2
VAR
1
VAR
2
VAL
1

5
VAL
2

4
NC 0
  •  : ゲストドライバーに指定されているため、選手権のポイント対象外となる。

ル・マン24時間レース編集

チーム コ・ドライバー 使用車両 クラス 周回 総合順位 クラス順位
1985年   ロイ ベイカー プロモーション フォード   ポール・スミス
  ニック・ニコルソン
タイガー・GC285 C2 274 21位 4位
1987年   チーム ラッキーストライク シャンシェ   マーティン・シャンシェ
  ロビン・スミス
アルゴ・JM19B C2 5 DNF DNF
1988年   マツダスピード Co. Ltd.   従野孝司
  エルヴェ・ルグー
マツダ・767 GTP 305 19位 3位
1989年   チーム シュパン   ジャン・アレジ
  ドミニク・ドブソン
ポルシェ・962C C1 69 DNF DNF
1991年   チーム サラミン プリマガス
  チーム シュパン
  エイエ・エリジュ
  ローランド・ラッツェンバーガー
C2 202 DNF DNF

スパ・フランコルシャン24時間レース編集

チーム コ・ドライバー 使用車両 クラス 周回 総合順位 クラス順位
1993年  トヨタ・レーシング  エリック・ヴァン・デ・ポール
 ジュリアン・ベイリー
トヨタ・カリーナE FISA
2L
271 23位 3位
1999年  フォースティーチ・エンジニアリング  ジェフ・アラム
 サイモン・グレイビス
ホンダ・インテグラタイプR SP DNF DNF

世界ツーリングカーカップ編集

国籍 チーム 車両 1 2 総合順位
1993年   イギリス Team Securicor ICS Toyota トヨタ・カリーナE 17 30 27位
1994年 トヨタ・カストロール・レーシング 14 14位
1995年 ウィリアムズ・ルノー・ディーラー・レーシング ルノー・ラグナ Ret 14 19位

参照資料編集

外部リンク編集