オプス・デイ

オプス・デイ (ラテン語:Opus Dei) は、キリスト教ローマ・カトリック教会の組織のひとつ、属人区である。本部庁舎は、ローマ市ブルノ・ブオッツィ通り73番に位置する。世俗社会での自らの職業生活を通して、自己完成と聖性を追求することを目的にしており、仕事や家庭生活など、日常生活のあらゆる場面において、キリストと出会うように援助する組織。創立者は、列聖されたホセマリア・エスクリバー(1902年-1975年)である。

オプス・デイ
Opus Dei cross.svg
設立年 1928年10月2日
種類 属人区
目的 仕事の聖化を通して、信仰に合致した生き方をするよう、キリスト者を励ますこと
本部 イタリアの旗 イタリア ローマ ヴィアレ・ブルノ・ブオッツィ(Viale Bruno Buozzi)73, 00197
座標 北緯41度55分18.4秒東経12度29分2.6秒
貢献地域 世界規模
メンバー 91,960名(2012年時点) [1]
属人区長 フェルナンド・オカリス・ブラーニャ
主要機関
中央委員会
本部委員会
親組織 カトリック教会
ウェブサイト http://www.opusdei.jp/

目次

概要編集

 
オプス・デイ本部(ローマ)
名称の由来
オプス・デイとはラテン語で「神の業」(「Opus」が「業」、「Dei」が「神の」)を意味する。「オプスデイ」(中黒なし)と表記されることもあるが、日本語の正式名称は「オプス・デイ」である。
歴史
オプス・デイは、ホセマリア・エスクリバーにより1928年10月2日スペインで創設された。1947年にローマ教皇の認可を受け、スペイン国外にも広がる。1982年に教皇によって属人区として設置され、今日に至る。創立者のホセマリア・エスクリバーは死後わずか30年での列聖が異例の早さとして話題となった。
創立者
ホセマリア・エスクリバー(1902年 - 1975年)[2]
代表者(属人区長)
司祭フェルナンド・オカリス・ブラーニャ師(1944年- )
本部(属人区長教会)
平和の聖マリア教会(Viale Bruno Buozzi, 75 / Roma)
信者数
2017年現在、所属している信者は約92,600名(女性57%、男性43%)で、80ヶ国以上の人々からなっている。そのうち、2,083名の司祭が属人区に所属しているが、大半(9万人以上)が男女の信徒である[3]。なお、日本の信者数は約250名。
日本での活動
1958年昭和33年)に活動を開始、現在は兵庫県芦屋市に地域総代理(日本支部)を置いている。

精神的特徴編集

 
働く人々に囲まれたホセマリア・エスクリバー

仕事を始めとする日常生活のすべてを聖化し、信仰に100%合致した生き方を送るよう、あらゆる条件、身分の信者を励ますことが目的である。神との親子関係とミサを精神的な基盤とし、社会の中で観想生活を営む。自由を尊重し、愛徳と協調をもってイエス・キリストを伝えることなどが挙げられる。また、日常の仕事を神と隣人の為に心を尽くして果たし、仕事を聖化することを務めとしている[4]

オプス・デイの精神の特徴[5]

  • 神との父子関係
洗礼によって人は神の子となる。キリスト教のこの基本的な真理は、オプス・デイの精神の中でも根本的なものである。創立者は、「神との父子関係はオプス・デイの精神の根本です」と教えていた。オプス・デイの提供する形成を受けている信者は、神の子としての身分を生き生きと自覚し、それに従って日々の生活を営む。それは、神の摂理に対する信頼、(複雑でないという意味での)単純な心、人間の尊厳への尊重、兄弟愛、キリスト者として神が望まれるような世界を目指しながら現実に即した本物の愛を持ち、落ち着きと楽観をもって生きることに表れる。
  • 日常生活
「神に仕え、すべての人々に仕えながら、自分自身を聖化すべき場所は、この世のもっとも物質的な事柄においてなのです」。聖ホセマリアはこのように教えてた。家庭、結婚生活、仕事、日々の務めは、愛徳、忍耐、謙遜、勤勉、正義、喜びなどの諸徳を実践することによって、イエス・キリストと出会い、キリストに倣う機会となるのである。「皆さん、兄弟である人々のいるところ、希望の実現をめざし、仕事に従事し、愛情を捧げるところ、これこそ皆さんが日々キリストと出会う所です。この世の最も物質的なものの真っ只中こそ、神と人々に仕えつつ自らを聖化すべきところです。」(聖ホセマリア、説教「愛すべき天地」1967年)[6]
  • 仕事の聖化
仕事において聖性を追求するとは、プロ意識とキリスト者としての自覚をもって、仕事をより良く成し遂げること。つまり、神への愛と人々のへ奉仕として、仕事を果たすことである。このようにして、日常の仕事はキリストと出会う場と変わるのである。
  • 祈りと犠牲
オプス・デイの精神は、日常生活を聖化するための努力を持続することができるよう、祈りと償いに励むよう勧める。そこで、オプス・デイの信者は、念祷や毎日のミサ聖祭、ゆるしの秘跡ロザリオ、霊的読書、福音書の黙想などを生活に組み入れて熱心に実行する。中でも聖母信心を大切にする。イエス・キリストに倣うために犠牲を実行するが、特に義務を果たしやすくする犠牲や人々の生活をもっと快くするための犠牲、さらに小さな満足を放棄することや教会が一般的に薦める断食、献金を大切にしている。
  • 生活の一致
創立者は、社会で働くキリスト者は「一方では、内的生活、神との関係を保つ生活を営み、他方では、それとは関わりがないように過ごす全く別な家庭生活や職業、社会生活を送るというような二重生活をすべきではありません」と語ってた。そして、「あるのはただ一つ、霊と肉からなる生活です。このたった一つの生活が、霊魂と体ともに、聖化され、神に満ちたものとなるべきなのです」と、教えていた。
  • 自由を愛する
オプス・デイの信者は他の市民、自分と同等の人々とまったく同じ権利を享受し、同じ義務を負っている。政治や経済、文化においては自由に、また個人的に責任をもって行動し、自らの決定に関しては教会やオプス・デイを巻き込むことはない。また、それを信仰に合致した唯一の決定と主張することもない。他人の自由と意見を尊重する[7]
  • 愛徳
キリストを知る人は宝を見つけたのであり、この宝を他の人々と分けち合わずにいられないものである。キリスト信者はイエス・キリストの証し人であって、キリストの希望の教えを、模範とことばを通して、親戚や友人、同僚の間で広めていく。創立者は、「同僚や友人、親戚たちと同じ望みをもって、共に働くとき、私たちは彼らをキリストのもとへと導くことになるのです」と教えていた。キリストを人々に知らせたいという熱意があれば、自然に人々の物質的な必要を満たす努力や周囲の社会問題を解決したいという望みとなって表れる。

組織編集

属人区という形態
区分の基準が「地域」によって分けられる従来の教区とは異なり、移民や職業・典礼等の地理的ではない基準で分けられるのが属人区(読み:「ぞくじんく」、ラテン語:praelatura personalis[8])に相当する[9]。1965年の第2バチカン公会議で、従来の教区に加えて新しい法形態として属人区の将来的な設置が可能であると定められた。パウロ6世とその後継者により、オプス・デイを属人区とする可能性が検討され始め、1969年から1981年にかけて聖座とオプス・デイが参加したうえで属人区になるための準備作業が行われた。その結果1982年、教皇ヨハネ・パウロ2世によって公布された使徒憲章「Ut sit(ウット・シット)」の中でオプス・デイは属人区として認められた。同時にオプス・デイの代表(総長)であったアルバロ・デル・ポルティーリョが同教皇により属人区長に任命された。創立者ホセマリア・エスクリバーが帰天してから7年後のことであった。
なお、いわゆる修道会とも異なり、属人区は現在オプス・デイのみである。
教区との関わり
オプス・デイは教区の司教が事前に同意しない限り、その教区内での属人区としての使徒職を行わないことを規定している。このように属人区の活動は教区(地域)の活動と調和される形で行われている。
法律
上述の使徒憲章「Ut Sit(ウット・シット)」、その後に改正された教会法(294条-297条に属人区に関する基本的な規定が含まれている)、そして属人区オプス・デイの固有法に則って運営されている。
本部組織
属人区長は終身制、その他の役職は任期制である。階級はない。
  • 属人区長 - 代表、ローマ教皇により任命される。
  • 属人区長代理者 - 副代表
  • 属人区司祭団
  • 中央委員会(女性信者によって構成される)- ローマにあり、本部委員会とともにオプス・デイの運営に協力。
  • 本部委員会(男性信者によって構成される)- ローマにあり、中央委員会とともにオプス・デイの運営に協力。
地域組織
本部組織同様、階級はない。
  • 地域総代理 - 地域の代表
  • 地域委員会(女性信者によって構成される)
  • 地域委員会(男性信者によって構成される)
総会
通常8年ごとに開催される。属人区の使徒的事業の検討・研究、将来的な司牧活動方針の提案、委員の更新等が行われる。
信徒[10]の構成員
男女のカトリック信徒。身分、貧富を問わず、あらゆる文化、国籍の男女がオプス・デイに属している。
  • ヌメラリ - 使徒職に専念するよう神の召し出しを受けた独身者。センターで家族的な共同生活を送る。
  • アソシエイト - 家族と一緒に生活する独身者、または専門職上の都合で別の場所に生活している独身者。
  • スーパーヌメラリ - 既婚者。オプス・デイ信者の約70%を占める。
センター
上述のヌメラリが家族的な共同生活を送る場所としてセンター(男女別)がある。各センターに1名の信徒ディレクターと2名の委員で構成される委員会が設置されている。またヌメラリーに特定の司牧的世話を提供するために、司祭団の中からセンター1ヶ所あたり1名の司祭(神父)が任命・配属される。ミサなどの儀式を行う聖堂も設置されている。
日本では兵庫県芦屋市京都府京都市大分県大分市長崎県長崎市にセンターが設置されている。
聖十字架司祭会
1943年に発足。オプス・デイの属人区長が会長を務める。
世界に約4,000名の会員がおり、叙階される前からオプス・デイのメンバーであった司祭と、オプス・デイに所属を希望する教区の司祭・助祭から成る。

所属編集

オプス・デイに所属するには、超自然的召し出し(召命)が必要である。全生涯を神への奉仕と、すべての人は仕事と日常生活を通して聖性に至ることができるという教えを広めるために、神に招かれていることが必要なのである。オプス・デイに所属したとしても、普通の市民でありカトリック信者であることに変わりはない。それまでと同じように司教区に属しており、政治的あるいは宗教的、文化的な活動を自由に行う。属人区オプス・デイと交わす約束は契約の性格を持つものであって、修道会に固有な清貧・貞潔・従順からなる誓願ではない。

オプス・デイへの所属によってそれまでの仕事や社会生活が変わることもない。世間から離れて生活するのではなく、まさしく世間の真っ只中で生きるのである。オプス・デイの召命は、日々、家庭や街中、職場において神と出会うことにあるからである。こうして、神と共に生きる喜びを人々に伝えていくのである。したがって、オプス・デイが、所属する信者たちに励ますことは、彼ら自身が聖性を追求するとともに、彼らの関わる人々が、仕事や困難、日々の単調な仕事といった小さな事柄において聖性を追求するように助けることなのである。オプス・デイのメンバーは、普通のカトリック信者であり、自分の受けた召命を自然さをもって生きるのである。不必要に召命を見せびらかすこともしなければ、オプス・デイに属していることを隠すこともしないのである。オプス・デイのメンバーたちの仕事振りやキリスト教の信仰を伝える熱意には、彼らが神と交わした約束が反映しているのである。

歴代の代表者・属人区長編集

肖像 氏名 出身地 任期 列福・列聖 敬称・愛称
創立者
(初代総長)
ホセマリア・エスクリバー・デ・バラゲル
Josemaría Escrivá de Balaguer
  スペイン
バルバストロ
1928年から1975年まで
(48年間)
列福:1992年5月18日
福者ホセマリア・エスクリバー)
列聖:2002年10月6日
ホセマリア・エスクリバー)
「私たちのパドレ」
初代属人区長
(第2代総長)
  アルバロ・デル・ポルティーリョ
Álvaro del Portillo
  スペイン
マドリード
1975年から1994年まで
(19年間)
(※属人区長としては1982年より)
列福:2014年9月27日 「パドレ」及び「ドン・アルバロ」
第2代属人区長
(第3代総長)
  ハビエル・エチェバリーア・ロドリゲス
Javier Echevarría Rodríguez
  スペイン
マドリード
1994年から2016年まで
(22年間)
「パドレ」及び「ドン・ハビエル」
第3代属人区長
(第4代総長)
  フェルナンド・オカリス・ブラーニャ
Fernando Ocáriz Braña[11]
  スペイン
(出生地は
フランスパリ
2017年から現職 「パドレ」及び「ドン・フェルナンド」

メンバーの列聖手続き編集

 
尊者モンツェ・グラセス(1941年 - 1959年)

現在、列聖手続きが既に始まっているオプス・デイの信者が数名いる(2017年現在、計16名[12])。司教と司祭、聖職者と信徒、男性と女性、エンジニア、医者、主婦、学生、大学教授など様々な職業の人がいる。出身地はスペイン、スイス、アルゼンチン、グアテマラである:

  • 【司教、3名】:
  • 【司祭、2名】:
    • José María Hernández Garnica(1913年 - 1972年):スペイン出身のエンジニア・司祭。鉱山工学、自然科学、神学の博士号を持っており、1944年に司祭に叙階された。欧州諸国での司牧に従事することになり、イギリス、アイルランド、フランス、オーストリア、ドイツ、スイス、ベルギー、オランダの各国で働き、多くの病気を患ったが、犠牲の精神で耐え忍び、とりわけ、1年間に渡った最後の闘病生活を英雄的に捧げた。
    • José Luis Múzquiz(1912年 - 1983年):スペイン出身のエンジニア・司祭。アメリカ合衆国でオプス・デイの活動を始めた。
 
エルネスト・コフィーニョ(1899年 - 1991年)
  • 【男女の信徒、11名、2組みの夫婦を含む】:
    • 尊者Montse Grases​(1941年 - 1959年):バルセロナスペイン)出身の学生。英雄的とも言える剛毅をもって、非常な痛みを伴う病気(癌)の苦しみを受け入れ、17歳時に死去。
    • 尊者 Isidoro Zorzano​(1902年 - 1943年):ブエノスアイレス(アルゼンチン)出身のエンジニア。マドリード(スペイン)にて死去。長期に渡った病気を剛毅と喜びをもって耐え、聖性のほまれのうちに帰天した。
    • 尊者 Guadalupe Ortiz de Landázuri(1912年 - 1975年):スペイン出身の化学研究者。オプス・デイの初期女性メンバーであり、スペイン、メキシコ、イタリアで活躍した。同じく列聖調査中のEduardo Ortiz de Landázuriの妹である。
    • Toni Zweifel(1938年 - 1989年):イタリア・ヴェローナにおいて、スイスの事業家の子として生まれ、チューリッヒ工科大学を卒業した。短期間の工場勤めをした後、チューリッヒ工科大学熱力学研究所に参加し、様々な特許取得に貢献した。1972年、発展途上国の惨状に心を動かされ、それまでの研究職を辞し、賛同者とともにリンマット財団を設立した。トニーの指導のもと、当財団は17年に渡って、4大陸、30カ国を越える国々で、数多くの開発プロジェクト(家族生活、女性の地位向上、医療援助、若者の職業訓練など)を推進した。
    • Ernesto Cofiño​(1899年 - 1991年):グアテマラ出身の医師、大学教授。グアテマラでの多くのNGOや社会福祉事業で活躍した。
    • Eduardo Ortiz de Landázuri(1910年 - 1985年):スペイン人の大学教授・医師。妻Lauraと同様に列聖調査中。
    • Laura Busca(1913年 - 2000年):Landázuri夫人、主婦。
    • Dora del Hoyo(1914年 - 2004年):スペイン出身の家政婦。洗濯や掃除のような家事を通して平凡な生活の中で聖性を求めた。
    • Encarnita Ortega Pardo(1920年 - 1995年):オプス・デイの初期メンバーの女性。
    • Tomás Alvira(1906年 - 1992年): 化学学者 / Paquita Domínguez(1912年 - 1994年):Alvira夫人であり、教師。
 
ドラ・デル・オヨ(1914年 - 2004年)

沿革編集

各国での活動開始年編集

 
オプス・デイ拡大の歴史
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代

2010年代

事業編集

スペイン中南米では、政治家や閣僚、著名な経済人の中にオプス・デイの信者が活動しているケースも多い。しかし、これは一社会人としての個人の自由な思想、信条のもとで活動しているもので、各個人がオプス・デイから霊的な指導を受けるものの、政治的な干渉を受けることはない。

教育事業編集

 
教皇庁立聖十字架大学
 
ナバラ大学
  • ヨハネ・パウロ2世はローマ中心部に教皇庁立聖十字架大学イタリア語表記: Pontificia Università della Santa Croce)を設立し、オプス・デイに大学の指導を委任している。
  • 信徒が共同で、各種の教育事業等を行っているが、これらの活動において、オプス・デイは霊的な指導を行っているものの、施設の所有や運営等については関わることはない、とされている。

ダ・ヴィンチ・コードによる誤解編集

小説『ダ・ヴィンチ・コード』および同名の映画の中で、あたかもオプス・デイがカルト団体であるかのように扱われていたため、劇中の描写を真に受けてそのように考える誤解が発生した。オプス・デイは「作品中に描かれているものはすべてフィクションである」との声明を出している[20][21]

作家中井俊已による『「ダ・ヴィンチ・コード」はなぜ問題なのか?』(グラフ社)が2006年に出版された[22]。また、オプス・デイは教皇庁から正式に認可を受けているカトリック教会の一組織であり[23]、機関紙「ロマーナ」にはメンバーの移動にいたるまで詳しく公開されている[24]

参考文献編集

  • 『オプス・デイとの出会い:私の霊的な旅』(スコット・ハーン著、岡島真理子訳。エンデルレ出版、2010年;ISBN 978-4754401436
  • 『オプス・デイ』(ドミニック・ル・トゥルノー著、尾崎正明訳。白水社、1989年;ISBN 978-4-560-05697-4
  • 『聖性への招き:ふつうのおばさん、おじさんも聖人に』(酒井俊弘著。教友社、2012年;ISBN 978-4902211825
  • 『「ダ・ヴィンチ・コード」はなぜ問題なのか?』(中井俊已著。グラフ社、2006年 ; ISBN 9784766209846
  • Allen, John, Jr. (2005), "Opus Dei: An Objective Look Behind the Myths and Reality of the Most Controversial Force in the Catholic Church" Doubleday Religion (2005; ISBN 0385514492)
  • Berglar, Peter (1994). Opus Dei. Life and Work of its Founder. Scepter.
  • Ratzinger, Joseph (Benedict XVI) (9 October 2002). "St. Josemaria: God is very much at work in our world today". L'Osservatore Romano Weekly Edition in English, p. 3.—online here [11]

脚注編集

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  1. ^ Prelature of Opus Dei”. Catholic Hierarhcy. 2014年2月5日閲覧。
  2. ^ ホセマリア・エスクリバーのプロフィール(バチカンHP、英語)
  3. ^ Press dossier、2017年現在(英語):https://odnmedia.s3.amazonaws.com/files/dossierENG20170117-211630.pdf
  4. ^ Opus Dei よくある質問
  5. ^ http://opusdei.org/ja-jp/article/jing-shen/
  6. ^ “愛すべき天地―この世を熱烈に愛する” (日本語). http://opusdei.org/ja-jp/article/aisubekitenchi/ 2018年4月6日閲覧。 
  7. ^ “属人区長の手紙(2018年1月9日)” (日本語). http://opusdei.org/ja-jp/document/zokujinkuchono-tegami-2018-1-9/ 2018年4月21日閲覧。 
  8. ^ スペイン語でprelatura personal、英語ではpersonal prelature。
  9. ^ ほかには軍属区という区分もある。
  10. ^ 聖職者以外の信者。
  11. ^ a b 教皇フランシスコ、オプス・デイ属人区長にフェルナンド・オカリス神父を任命 - オプス・デイウェブサイト
  12. ^ http://opusdei.org/en-us/section/canonization-causes/
  13. ^ Redfield College(英語版Wikipedia)
  14. ^ PAREF Southridge School(英語版Wikipedia)
  15. ^ PAREF Northfield School(英語版Wikipedia)
  16. ^ Tak Sun Secondary School (英語版Wikipedia)
  17. ^ The Heights School (英語版Wikipedia)
  18. ^ Northridge Preparatory School (英語版Wikipedia)
  19. ^ Oakcrest School (英語版Wikipedia)
  20. ^ ダ・ヴィンチ・コードに対するオプス・デイの見解. 2006年6月1日.
  21. ^ 中井俊已 (2006年8月5日). 『ダ・ヴィンチ・コード』はなぜ問題なのか?. グラフ社. ISBN 9784766209846. 
  22. ^ “『ダヴィンチ・コード』とオプス・デイ” (日本語). http://opusdei.org/ja-jp/article/davuinchikodo-toopusudei/ 2018年4月19日閲覧。 
  23. ^ Comments by the Popes on Blessed Josemaria and Opus Dei:http://www.vatican.va/latest/documents/escriva_pontefici_en.html
  24. ^ http://en.romana.org/

関連項目編集

外部リンク編集