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伊予市(いよし)は、愛媛県中予地方に位置する。中予地方の最西に位置し、以西は南予地方となる。

いよし
伊予市
下灘駅と伊予灘
Flag of Iyo Ehime.JPG Emblem of Iyo, Ehime.svg
伊予市旗 伊予市章
2005年7月15日制定
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県
団体コード 38210-8
法人番号 5000020382108
面積 194.44km2
総人口 35,835[編集]
推計人口、2018年10月1日)
人口密度 184人/km2
隣接自治体 大洲市喜多郡内子町伊予郡松前町砥部町
市の木 メタセコイア
市の花 菜の花
市の鳥 なし
伊予市役所
市長 武智邦典
所在地 799-3193
愛媛県伊予市米湊820番地
北緯33度45分26.8秒東経132度42分13.2秒座標: 北緯33度45分26.8秒 東経132度42分13.2秒
伊予市庁(市役所)
外部リンク 伊予市

伊予市位置図

― 市 / ― 町

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双海の日没

複数の削り節工場が立地し、国内に出荷される6割のシェアを占めている。また、五色浜をはじめとした海水浴場や、JR予讃線(愛ある伊予灘線)や夕やけこやけラインから見える景色等、美しい瀬戸内海(伊予灘)が本市の観光資源となっている。

目次

地理編集

  • 山:谷上山(標高456m)、障子山、明神山、秦皇山(標高873m)
  • 河川:大谷川中山川(肱川の支流の1つ)、森川
  • 湖沼:大谷池、大池

地名の由来編集

  • 地名の由来については、伊予国の項目参照。

市名について編集

(旧)市名は「伊豫市」であるが、一般には旧字体の「伊豫市」・新字体の「伊予市」共に通用していた。1992年には部長通達で、正式文書以外では「伊予市」表記にするものとし、2004年に正式表記も「伊予市」となった。さらに今回の合併でも「伊予市」が正式市名になった。

人口編集

 
伊予市と全国の年齢別人口分布(2005年) 伊予市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 伊予市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
伊予市(に相当する地域)の人口の推移
 
総務省統計局 国勢調査より

歴史編集

古代・中世
  • 弥生時代 弥生式の土器が出土していることから、このころ人が住み着き生活していたと考えられる。
  • 6世紀 山のふもとで農業が営まれ、伊予岡古墳などがつくられたと推定される。
藩政期
大洲藩主・加藤氏の願いにより、松山藩の伊豫・浮穴郡の37か村と、大洲藩領地の桑村、風早郡の57か村が対象となった。このため郡中地方は御替地と呼ばれるようになった。
  • 1635年(寛永11年) この頃、郡中の灘町で商人が事業を営み始める。
  • 1636年(寛永12年) 宮内九右衛門、清兵衛兄弟、御替地入殖。旧郡中を中心とする地域の開発に着手する。
  • 1774年安永2年) 本郡に塩田ができる。
  • 1812年文化8年) 岡文四郎、郡中港を作る。万安港(ばんあんこう)という。
  • 1817年(文化13年) 大洲藩の布達により御替地から郡中に改称。
喜多地方(後の喜多郡)が郡内と呼ばれていたのにならって「郡中」としたものであろうといわれる。
近代(伊予市発足まで)
  • 1871年(明治4年) 廃藩置県により、大洲、新谷県となる。後に宇和島県となる。
  • 1872年(明治5年) 宇和島県が神山県と改称。
  • 1872年(明治5年) 学制施行。各地に小学校ができる。
  • 1878年(明治11年) 役所ができ、各村に戸長役場をおく。
  • 1889年(明治22年) 町村制施行。郡中町、郡中村、南山崎村、北山崎村、南伊豫村ができる
郡中町 1889年(明治22年)に、郡中灘町の一部、郡中湊町を合併して発足。
郡中村 1889年(明治22年)に、郡中灘町の一部、米湊町、上吾川村、下吾川村、南黒田村の一部が合併。
北山崎村 1281年(弘安4年)、河野通有元寇の功により山崎の荘を賜り、1635年(寛永11年)大洲藩に属す。1889年(明治22年)の町村制実施に際して、三秋村、中村、市場村、森村、本郡村、尾崎村、三島村、稲荷村を合併し北山崎村となった。
南山崎村 1889年(明治22年)に、大平村、鵜崎村、両澤村、上唐川村、下唐川村が合併して南山崎村となる。
南伊豫村 1885年(明治18年)に上野村、上三谷村、宮下村、八倉村を合併し発足。1889年(明治22年)に下三谷(しもみたに)村を合わせて南伊豫村となる。
伊予市の発足

(資料)伊予市(旧市)市勢要覧ほか

行政編集

市長編集

歴代市長(旧・伊予市)
歴代市長(新・伊予市)
  • 初代 - 中村佑(なかむら たすく、2005年4月24日2013年4月23日 旧・伊予市長 2期)
  • 第2代 - 武智邦典(たけち くにのり、2013年4月24日〜現職 1期目)

庁舎編集

本庁舎は2017年5月8日に旧庁舎隣接地に完成した新庁舎に移転した。それまでの旧庁舎は旧市時代の1957年に落成しており、移転直前の時点では県内各地方自治体の市役所・町役場の中で最も古い庁舎となっていた。

経済編集

かつては郡中港や郡中三町(灘町、湊町、三島町)を中心とした中継交易地として発展した。 郊外では鳥ノ木団地等、松前町同様に松山市のベッドタウン化が進んでいるが、郡中駅を中心とする旧市街地は高齢化による空洞化現象が進行中である。 伊予市では木村邸、宮内邸など市内各所に残る旧家や豪商(もしくは庄屋)宅を町家(一般概念で定義される京町屋ではないが、同市教や観光事業では町屋と定義付ている)として県内に対する観光誘致にも積極的である。伊予市駅前には地域振興のため、商家を模した町家と称する商業コミュニティーが存在する。

  • 産業人口:約7000人(旧伊予市のデータ)

第一次産業編集

農業 米、麦、野菜、花き、栗、梅、養鶏、養豚など
漁業 沿岸漁業中心で零細規模のものが多い。

第二次産業編集

  • 水産加工食品(削り節、調味料、チルド加工食品、煮干など)
削り節に関しては以下の有力企業の本社・工場が存在する。
ヤマキ本社、工場  味の素株式会社〈東京〉との提携。子会社化。
マルトモ本社、工場  カゴメ株式会社〈東京〉との提携。
  • 農産加工食品(かんきつ加工品)
JAえひめ中央 伊予工場
  • 印刷業
セキ伊予工場
  • 製紙業
四国森紙業伊予工場 森紙業株式会社〈京都〉の地域子会社。王子製紙株式会社〈東京〉との提携により、王子製紙グループの一員に
  • 製造業
岐阜プラスチック工業愛媛工場
入江工研中山工場

第三次産業編集

小売店編集

郡中駅を核とする旧市街地には商店街が形成されているほか、市庁舎近くにチェーンストア、郊外型飲食チェーンが展開されている。また、国道56号沿道の伊予警察署近辺はロードサイド型の小売店舗や飲食店、サービス業店、遊技場等が立地している。

金融業編集

卸売業編集

本社を置く主要企業編集

教育編集

高等学校編集

中学校編集

小学校編集

隣接している自治体編集

交通編集

 
伊予市駅
 
郡中駅

鉄道路線編集

JR四国予讃線伊予鉄道郡中線が、共に松山市方面と当市を結んでいる。郡中線は当市の郡中港駅が終点。予讃線は向井原駅以南で、海岸部を回る伊予長浜駅経由の旧線(伊予市駅から伊予大洲駅間の愛称:愛ある伊予灘線)と、1986年に開通した内陸部を抜ける内子駅経由の新線の2つの線が伸びており、共に伊予大洲駅方面と連絡している。

特急列車は全列車が伊予市駅に停車し、南予方面へは新線・内子経由で連絡されている。また、観光列車の伊予灘ものがたりが愛ある伊予灘線経由で運転されており、当市内では下灘駅に停車する。

JR四国編集

  • 予讃線(内子経由)
鳥ノ木駅 - 伊予市駅 - 向井原駅 - 伊予大平駅 - 伊予中山駅
松前町内の駅である北伊予駅伊予横田駅の間で2度市内を通るが駅はない。)
  • 予讃線(愛ある伊予灘線、伊予長浜経由)
向井原駅 - 高野川駅 - 伊予上灘駅 - 下灘駅 - 串駅

伊予鉄道編集

  • 郡中線
新川駅 - 郡中駅 - 郡中港駅(終点)

路線バス編集

道路編集

高速道路編集

14 伊予IC
伊予灘SA

一般国道編集

国道56号
国道378号夕やけこやけライン

都道府県道編集

愛媛県道16号松山伊予線
愛媛県道22号伊予松山港線
愛媛県道23号伊予川内線
愛媛県道42号久万中山線
愛媛県道53号大平砥部線
愛媛県道54号串内子線
愛媛県道214号八倉松前線
愛媛県道215号郡中港線
愛媛県道218号北伊予停車場線
愛媛県道219号砥部伊予松山線
愛媛県道221号広田双海線
愛媛県道222号中山双海線
愛媛県道223号中山砥部線
愛媛県道224号永木内子線
愛媛県道225号中山伊予線
愛媛県道226号串中山線
愛媛県道241号池田中山線
愛媛県道243号内子双海線
愛媛県道307号野中長沢線
愛媛県道329号石畳中山線

道の駅編集

船舶編集

郡中港 県管理港湾。

定期旅客航路なし。かつては大分ゆき高速船スピーダー)が発着したがすぐに廃止された。 さらに昔には大洲藩の物資の積出港としても栄えた。これに由来する「米湊」(こみなと)の地名が残る。また、現在県営ヨットバースになっている内港は、在郷の豪商木村氏、元大洲藩士で郡中町長だった藤谷氏の個人資産で整備された交易港の名残である。内港脇の神社に経つ藤谷氏胸像はそれを記念して建てられたもので、本来は全身像であったが、前大戦時に供出させられたため胸像となっている。また台座の碑文は陸軍大将秋山好古の筆によるものである。

公共施設編集

  • ウェルピア伊予
  • 伊予郵便局
  • 伊予市民体育館(しおさい公園
  • 伊予市民テニス場(しおさい公園)
  • 伊予市民球場(しおさい公園)
  • 伊予市民競技場(しおさい公園)
  • わくわく子ども王国(しおさい公園)
  • 五色浜グラウンド
  • 五色浜プール
  • 伊予市民会館(2013年4月1日老朽化、新市庁舎建設により閉館)

主要観光資源編集

施設・観光地編集

景観重要建造物編集

伊予市景観重要建造物に指定されている建造物[2]

その他編集

名産編集

唐川地区で生産。2007年平成19年)8月、びわ茶生産組合の製造する「びわ葉茶」が、えひめ愛フード推進機構の推進している「愛あるブランド産品」として認定された。

祭り・芸能編集

伊予地区編集

  • 伊予市駅伝大会(2月上旬)
  • 花まつり(3月中旬、しおさい公園)
  • 女性の祭典「五色姫復活祭」(3月最終日曜、五色姫海浜公園)
  • 公園まつり(4月上旬、谷上山公園)
  • 五色浜夜桜まつり(4月上旬、五色浜公園)
  • 伊予市花まつり(4月中旬、しおさい公園)
  • HIMEカップビーチバレー大会(5月〜9月上旬、五色姫海浜公園)
  • 伊予市ふれあい土曜夜市(6月第1・第2・第3土曜日、灘町商店街)
  • しおさいカップ・レクバレー大会(6月下旬、しおさい公園)
  • 唐川びわまつり(6月下旬、唐川コミュニティセンター)
  • 海開き(6月最終日曜、五色姫海浜公園)
  • 五色浜プール開き(7月1日、五色浜プール)
  • 五色姫海浜公園サマーフェスティバル(7月海の日前日、五色姫海浜公園)
  • 伊予彩まつり[3](7月の最終土曜日・日曜日、五色浜、灘町商店街)
  • マドンナカップビーチバレー大会(8月下旬、五色姫海浜公園)
  • みなみ商店街土曜夜市(8月下旬土曜、みなみ商店街)
  • 五色浜いもたき(9月1日〜9月30日、五色姫海浜公園)
  • しおさいファミリーコンサート(10月中旬、しおさい公園)
  • しおさいクリテリウム駅伝(10月中旬、しおさい公園)

中山地区編集

  • 棚田の里 漆の梅まつり(3月上旬、漆地区)
  • 伊予中山ホタルまつり(6月上旬、愛媛県立中山高等学校グラウンド)
  • 中山夏まつり(7月最終金曜・土曜、中山地域各所)
  • 中山栗まつり(9月23日、栗の里公園)
  • なかやまふるさとまつり(11月第3土曜・日曜、伊予市立中山小学校グラウンドほか)

双海地区編集

  • 初春水仙まつり(1月第2土曜・日曜、ふたみシーサイド公園)
  • しおかぜウォークなのはな大会(3月上旬、ふたみシーサイド公園〜長浜町赤橋)
  • 「ホタルの里ふたみ」ほたる祭り(6月第1土曜、伊予市立翠小学校周辺)
  • 双海の夏祭り(海の日前日、ふたみシーサイド公園周辺(偶数年)/しもなだ運動公園(奇数年))
  • 伊予市トライアスロン in ふたみ(8月第1日曜、ふたみシーサイド公園~県道広田双海線(県道221号線)~国道378号沿線歩道及び周辺市道)
  • 夕焼け音楽祭(8月14日、ふたみシーサイド公園)
  • 夕やけプラットホームコンサート(9月第1土曜、JR下灘駅)
  • シーカヤックフェスタinえひめ(10月中旬、ふたみシーサイド公園周辺および伊予灘)
  • 夕やけカップふたみ牛ノ峯パラグライダー大会
  • 上灘地区公民館まつり(11月上旬、双海地域事務所)
  • 下灘地区公民館まつり(11月上旬、下灘地区公民館・下灘コミュニティセンター)
  • シーサイドロマンチック・クリスマス空からサンタがやってきた(12月23日、ふたみシーサイド公園)

出身有名人編集

脚注編集

外部リンク編集