東芝ファミリーホール特ダネ登場!?

東芝ファミリーホール特ダネ登場!?』(とうしばファミリーホールとくダネとうじょう)は、1970年10月7日から1979年9月19日まで日本テレビ系列局で放送されていた、日本テレビ製作のクイズ番組形式のトーク番組である。東京芝浦電気(現・東芝)の一社提供。

東芝ファミリーホール
特ダネ登場!?
ジャンル トーク番組クイズ番組
企画 松本尚彦
構成 新倉イワオ
ディレクター 高橋修之
監修 白井荘也
出演者 押阪忍
長門裕之
南田洋子
山本直純
金田正一
ほか
ナレーター 熊倉一雄
音楽 千野寛
オープニング光る東芝の歌」のアレンジ曲
エンディング 同上
国・地域 日本の旗 日本
言語 日本の旗日本語
製作
プロデューサー 海野光起
辻澄子
制作 萩原敏雄
製作 日本テレビ(製作著作)
放送
放送チャンネル日本テレビ系列
音声形式モノラル放送
放送国・地域日本の旗 日本
1970年10月から1974年3月まで
放送期間1970年10月7日 - 1974年3月27日
放送時間水曜 21:00 - 21:30
放送分30分
1974年4月から1979年9月まで
放送期間1974年4月3日 - 1979年9月19日
放送時間水曜 19:30 - 20:00
放送分30分
テンプレートを表示

概要編集

クイズ番組形式でユニークな人物を紹介していた番組である。収録は日本各地のホールで行われていた。

司会は、当時東芝のCMキャラクターも務めていた押阪忍が担当。解答者は長門裕之南田洋子夫妻、山本直純金田正一芳村真理木原光知子萩本欽一山東昭子江木俊夫、桂三枝(現・六代桂文枝)、青島美幸ほかで、男女対抗戦形式で行われていた(通常は3対3だった)。さらに毎回ゲスト歌手を1人招いていた。江木とともにフォーリーブスのメンバーを務める北公次青山孝おりも政夫もたびたびゲスト出演していた。

この番組では、毎回一般視聴者から「特ダネさん募集」という名目で出場者を募集しており、芸能人が特ダネさんとして登場する事はなかった。(毎回、番組のエンディングでその告知をしていた。)応募の際にハガキに紹介して欲しい特ダネの内容を書く事がルールであり、その中から番組スタッフによる選考が行われ毎回都合4組が選ばれ番組に出演するという流れだった。

1問目に行っていたのは「珍名さんクイズ」で、有名人と同姓同名の人物や、「世界平和」、「一一」(にのまえはじめ)、「藤本太郎喜左衛門将時能」(日本一長い名前)、「明治(くん)・百年(くん)」(明治百年生まれの双子)などの珍しい名を持つ人物が自身の名前を書いた掛軸を持って登場していた。珍名さんたちはその証拠を示すため、最後に自身の戸籍抄本をスクリーンに映し出していた。稀に、あらかじめ掛軸に書いた名前を公開し、それはなんと読むのかをクイズにする「読み方クイズ」を行っていた。

2問目のクイズは、女性軍が出す問題に男性軍のチームが答えるといった形式で行っていた。3問目のクイズはその逆のパターンで行っていた。その後はCMを挿み、ゲスト歌手による歌のパートへと入った。4問目は男女同時に解答[要説明]

クイズを始める前には、毎回押阪の「第○のカーテンです!!」の掛け声とともにカーテンが上がり、出題テーマとなる人物(特ダネさん)が登場。その後、「カゲの声」である熊倉一雄のナレーションで視聴者と観客に正解を教えていた(「この方は…なのです」の常套句があり、画面にはその模様をおのつよしが模写したイラストフリップが映った)。正解に近い答えが出ると観客から拍手が沸いた。

最初の珍名問題以外では、『TVジョッキー』の「奇人・変人」コーナーのように変わった特技や曲芸を得意とする人々や、身体的なハンディキャップを克服して仕事に就く人などが登場。一部の出場者は、着ている服ですぐに内容を悟られないよう、全身を覆うマントを羽織って登場することがあった。

出場者にはスポンサーの東芝から各種製品が贈られた(一瞬だけ画面に製品が映る)。その際、女性アシスタントが出場者に「東芝○○○○のお土産でございます。どうぞご愛用下さいませ。」と言って賞品を渡していた。出場者には収録先の会場から自宅まで持って帰ってもらう為、比較的小型の賞品が多かった。 この他、珍名さんの名前を当てる視聴者への投稿クイズがあり、正解者の中から抽選で1名に東芝の電化製品(電子レンジなど。こちらでは大型家電が贈られる事が多かった)が贈られた。なお、司会の押阪はこの投稿クイズをテレビをご覧の皆様への「宿題」と称していた。

番組のエンディングでは押阪がゲスト歌手に男性軍・女性軍の優劣を決めさせていた。但しクイズ番組ながら、この番組では解答者たちの成績には全くこだわることなく、出場者の特ダネと出演者によるトークを重視する構成であった。よって、最後のこの判定はあくまでも形式的なものである。

番組の構成は、後に現在も放送中の日テレの長寿番組「笑点」の構成作家も務めた新倉イワオが担当。毎年夏には、新倉が得意とする心霊関係を題材とするクイズ特集を行っていた。なお、本番組には当時日本テレビの音楽・バラエティ番組制作部門の責任者だった井原高忠が関与していなかったためか、日本テレビと渡辺プロとの対立が激しかった頃(NTV紅白歌のベストテン#渡辺プロ事件参照)にも、同プロダクション所属の歌手やタレントたちがゲスト解答者として参加していた。

エンディングテーマは「光る東芝の歌」(作曲:越部信義)をアレンジしたもので、歌は入っていなかった。この曲は、中期まではオープニングテーマとしても使われていた。

番組の終焉編集

晩年には裏番組の『連想ゲーム』にも視聴率の面で15%以上も水をあけられ苦戦[1]、制作・プロデューサーの萩原敏雄もこれを認めた上で、プロ野球ナイターシーズン中はナイター中止時の編成(雨傘番組)になるので視聴者に馴染みが無くなることと「9年間各地のホールを回りながらのショーに限界が来た」ということを理由として[1]、1979年8月初頭には終了が決定[1]1979年9月19日の放送をもって番組が終了。9年の放送に幕を降ろした。

スタッフ編集

  • 企画:松本尚彦(ユニオン映画)
  • 構成:新倉イワオ
  • 音楽:千野寛
  • テーマ音楽:永作幸男
  • 演奏:佐藤友彦とニューシャープ
  • 監修:白井荘也
  • 協力:企画集団Q
  • 取材:和気健康、横山誠一、今井但扶、羽山千恵子、豊村剛、福元克博
  • 美術:竹腰長生
  • 照明:橋詰義親
  • 音響効果:浜野千秋
  • 技術:加藤洸二
  • ディレクター:高橋修之、平山秀成
  • プロデューサー:海野光起、辻澄子、萩原利雄
  • 制作:萩原敏雄
  • 製作著作:日本テレビ

放送時間編集

いずれも日本標準時

いずれの時も、プロ野球ナイター中継(主に後楽園球場巨人戦)の時は休止された。

ネット局編集

関連商品編集

  • 特ダネ登場!?ゲーム(発売元:タカラ(現・タカラトミー)) - 同社のボードゲームシリーズ「スクールパンチ」の1つとしてリリース。

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 週刊TVガイド 1979年8月3日号 p.23「REPORT・十年目で消える『特ダネ登場!?』
  2. ^ a b c 『河北新報』1971年8月4日 - 1973年9月5日付朝刊、テレビ欄。
  3. ^ 『河北新報』1971年8月4日 - 1977年3月30日付朝刊、テレビ欄。
  4. ^ 『河北新報』1971年1月7日 - 1979年9月19日付朝刊、テレビ欄。
  5. ^ 『福島民報』1970年10月7日 - 1971年9月29日付朝刊、テレビ欄。
  6. ^ 『福島民報』1971年10月7日 - 1979年9月19日付朝刊、テレビ欄。
  7. ^ 『北國新聞』1973年10月7日付朝刊、テレビ欄。
  8. ^ a b 『北日本新聞』1972年7月12日付朝刊、テレビ欄。
  9. ^ 『北國新聞』1972年7月12日付朝刊、テレビ欄。
  10. ^ クロスネットかつ19:30枠時代には、フジテレビの『クイズグランプリ』と『スター千一夜』を同時ネットし、本番組については19:00からの先行ネットとする場合があった。プロ野球シーズン中などには逆に本番組を同時ネットし、前述の2番組を先行ネットに回す場合もあった。同じクロスネットかつ19:30枠時代のテレビ長崎鹿児島テレビでも同様であった。
  11. ^ a b c d e 『大分合同新聞』1977年6月8日付朝刊、テレビ欄。
  12. ^ 『大分合同新聞』1977年6月8日付朝刊、テレビ欄では確認できず
日本テレビ系列 水曜21時台前半枠
前番組 番組名 次番組
東芝ファミリーホール特ダネ登場!?
(1970年10月 - 1974年3月)
水曜ロードショー
※21:00 - 22:55
日本テレビ系列 水曜19時台後半枠
東芝ファミリーホール特ダネ登場!?
(1974年4月 - 1979年9月)
日本テレビ系列 東京芝浦電気一社提供枠
-
東芝ファミリーホール特ダネ登場!?
※水曜21:00枠 → 水曜19:30枠
謎のカーテン!?