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パリ・9区の位置
パリ・9区の位置

パリ9区 (9く、9e arrondissement de Paris) は、フランス首都・パリ市を構成する20の行政区のひとつである [1]。第9区、パリ9区ともいう。市の中央のやや北寄りに位置しており、2区の北側に隣接している。

目次

概要編集

パリの9区は、市の中央のやや北寄りにある行政区。「オペラ区 (Arrondissement de l'Opéra)」と呼ばれることもある[2]。市北部にあるモンマルトルの丘セーヌ川の間の区域である。人口は、55,838人 (1999年。人口の推移等詳細については後述)。

区の名称は、市の中央部から時計回り螺旋を描くようにして各区に付けられた番号を基にしており、当区はその9番目にあたることから、「9区」と名づけられた。オペラ・ガルニエの他、ギャルリー・ラファイエットプランタン各百貨店の本店等がある。

元々、マレ地区から移動してきた貴族の館が並ぶセーヌ川左岸・7区周辺の"貴族街"に対して、4区や(セーヌ川左岸の)5区6区等と同様、2区から9区にかけて新興ブルジョワジーが居住した一帯にあたる。

地理編集

 
パリ・9区の詳細地図
 
大休憩室、ガルニエ宮オペラ座

9区は、パリ中央部のやや北寄り、1区の真北にある。セーヌ川の北の地域であり[3]、"芸術の街" モンマルトルの丘の真南に位置している。面積は、2.18 平方キロメートル。

北は、同じパリの行政区である18区に接しており、北西の角はクリシー広場となっている。南は2区に接しているが、南西の一部は1区に接している。東は10区に、西は8区に接している。

隣接する自治体(行政区)編集

地区(カルチェ)編集

 
パリ・9区のカルチエ詳細図

パリの行政区は、それぞれ4つの地区(カルチェ)に区分されている。9区を構成する4地区のコードと名称は、次のとおりである。

住民編集

人口編集

9区の人口は、1901年に124,011人となり、ピークに達した。しかし、その後は減少を続け、1999年には半分以下の55,838人となった。2005年の推計では58,500人と見積もられており、人口の回復が見込まれている。

人口の減少とともに人口密度も減り続けており、1999年の人口密度は、ピーク時の半分以下の25,626人となっている。人口の推移の詳細は、次のとおりである。

区人口 市人口 区人口/市人口 区人口密度 市人口密度 備考
1872年 103,767 1,851,792 5.60% 47,621 21,303
1901年 124,011 2,714,068 4.57% 56,912 31,222 人口がピークに達する。
1954年 102,287 2,850,189 3.59% 46,942 32,788
1962年 94,094 2,790,091 3.37% 43,182 32,097
1968年 84,969 2,590,771 3.28% 38,994 29,804
1975年 70,270 2,299,830 3.06% 32,249 26,457
1982年 64,134 2,176,243 2.95% 29,433 25,035
1990年 58,019 2,152,423 2.70% 26,626 24,761
1999年 55,838 2,125,246 2.63% 25,626 24,449
2005年 58,500 2,166,200 2.70% 26,847 24,920 人口は推計。

歴史編集

政治・行政・司法編集

主な官公庁・公共機関編集

経済編集

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主な店舗・商業施設編集

  • ギャルリー・ラファイエット本店Galeries Lafayette, Galeries Lafayette Haussmann
    • ガルニエ宮北側からオスマン大通り界隈にかけて複数の大型店舗で営業している。また、かつてパリ松坂屋 (Matsuzakaya Paris)がラファイエット内に置かれていたが、2005年閉店
  • プランタン百貨店本店Magasins du Printemps
    • プランタン=パリ・ナシオン店が、パリの東の玄関口・ナシオン広場近くにある。12区20区との境界線上20区側、クール・ド・ヴァンセンヌ通り (Cours de Vincennes) 21-25番地界隈にある。また、かつてパリ高島屋 (Takashimaya Paris)がプランタン内に置かれていたが、2011年閉店。
  • ランセル本店LANCEL
    • バッグや財布、革製品、衣料等のブランド。1929年以来、ガルニエ宮前オペラ広場 (Place de l'Opéra) 6番地に旗艦店ないし本店がある。
  • ユニクロUNIQLO
    • 9区ガルニエ宮北側ディアギルヴ広場界隈スクリブ通り (Rue Scribe) 17番地の他、4区マレ地区フラン・ブルジョワ通り、15区グルネル地区リノワ通り等にある。また、オペラ広場裏手西側界隈、カピュシーヌ大通りを挟んだオテル・ル・グラン建物向かいの場所2区側には、2010年までパリ三越があった。

主な商店街編集

主な企業編集

  • BNPパリバ本社 - イタリアン大通り16番地 (16 Boulevard des Italiens) 界隈に所在する。
  • ソシエテ・ジェネラル本社 - オスマン大通り29番地 (29 Boulevard Haussmann) 界隈に所在する。
  • ダノン本社 - オスマン大通り17番地 (17 Boulevard Haussmann) 界隈に所在する。
  • ル・フィガロ本社 - 保守系の日刊紙。オスマン大通り14番地 (14 Boulevard Haussmann) 界隈に所在する。

教育編集

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大学等編集

高等学校編集

宿泊施設編集

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主な宿泊施設編集

文化施設編集

美術館・博物館編集

映画館・劇場編集

その他編集

宗教施設編集

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教会・寺院編集

観光・憩い編集

公園・緑地等編集

交通編集

 
"グラン・ブールヴァール"ことポワソニエール大通りから眺めるメトロ グラン・ブールヴァール駅 (La Station Grands Boulevards sur le boulevard Poissonnière.)
 
メトロ プラス・ド・クリシー駅 (Station Place de Clichy) のギマール制作の出入口

鉄道編集

道路編集

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  • アムステルダム通りRue d'Amsterdam
    • 区内西側、8区と9区との境界線上を南北に走る通り。9区北西端クリシー広場から区境(8区側)にあるサン=ラザール駅界隈に至る通り。
  • イタリアン大通りBoulevard des Italiens
    • 下記カピュシーヌ大通り参照。9区・2区境界線西側界隈で、オペラ広場を走るカピュシーヌ大通りとモンマルトル大通りとを東西に結ぶ通り。モンマルトル大通りからイタリアンとオスマン大通りとに分岐し、ガルニエ宮(オペラ座)界隈をそれぞれ南北に走る。通り名はオペラ=コミック座を参照。
  • オスマン大通りBoulevard Haussmann
  • カピュシーヌ大通りBoulevard des Capucines
  • クリシー大通り (ブールヴァール)Boulevard de Clichy
    • 9区と18区との境界線上を東西に走る通り。パリ東部11区南東端・12区北東端及び20区南西端辺りのナシオン広場界隈から、メトロ ベルヴィル駅交差点界隈を過ぎ、10区19区との区境を走るラ・ヴィレット大通りを介してパリ北部に至り、さらにラ・シャペル、ロシュシュアール、当クリシー大通りと名を変え続いてゆく通り。サクレ・クール寺院テルトル広場などモンマルトルの丘南側、ピガール広場やブランシュ広場を経由してクリシー広場まで続いてゆく。
  • クリシー通りRue de Clichy
    • 9区南西端にあるガルニエ宮 (オペラ座) 北側、ギャルリー・ラファイエット界隈ディアギルヴ広場からサント=トリニテ教会まで南北に伸びるモガドー通りを介して、同教会西側に沿って区内西部を南北に走り9区北西端クリシー広場に至る通り。フランス革命当時、国王一家逃亡時のヴァレンヌ事件に関わる通り。
  • サン・ラザール通りRue Saint-Lazare
    • 8区区境南部にあるサン=ラザール駅と9区内中心部との間を東西に走る通り。サント=トリニテ教会エティエンヌ=ドルヴ広場(南側広場)を経由して、9区中心部ノートルダム=ド=ロレット教会広場(北側広場)に至る。
  • シャトーダン通りRue de Châteaudun
    • サント=トリニテ教会エティエンヌ=ドルヴ広場(南側広場)からノートルダム=ド=ロレット教会南側を経由し、区内を左斜め下に走るラファイエット通りに交差する。
  • シャプタル通りRue Chaptal
    • 9区・18区区境にあるブランシュ広場の真南で、南北に走るブランシュ通り東側から東西に走る通り。同通り19番地にロマン主義美術館があり、20番地Cité Chaptalにはかつて見世物小屋のグラン・ギニョールがあった。
  • ショセ=ダンタン通りRue de la Chaussée-d'Antin
    • ガルニエ宮 (オペラ座) 東側至近ギャルリー・ラファイエット界隈からサント=トリニテ教会エティエンヌ=ドルヴ広場 (南側広場) まで南北に走る通り。ガルニエ宮北側からサント=トリニテ教会西側界隈まで南北に走るモガドー通りと並走し、両通り共に一方通行路。
  • ダンケルク通りRue de Dunkerque
  • ノートル=ダム・ド・ロレット通りRue Notre-Dame de Lorette
    • 9区中心部にあるノートルダム=ド=ロレット教会北側から9区北西方向、左斜め上に伸び、ブランシュ広場まで走る通り。東西に走るシャプタル通りと交差し、さらにサント=トリニテ教会東側界隈から9区・18区区境ピガール広場までやや右斜め上に走るジャン=バティスト・ピガール通りと交差する辺りでピエール・フォンテーヌ通りと名を変え、同様に区境のブランシュ広場まで続く通り。ノートルダム・ド・ロレット教会周辺界隈から通り沿いにかけて、ピカールコンビニ形態のモノップ・ビューティー (Monop'Beauty)やカルフール・シティ、薬局、ファッションブティック、フランスから中華・レバノンまでの各国料理店、中小規模のホテル・・などが連なる。
  • フォブール=ポワソニエール通りRue du Faubourg-Poissonnière
    • 区内東側、9区と10区との境界線上を南北に走る通り。アフリカ系移民らが多い18区バルベス大通りに続いてゆく。
  • フォブール=モンマルトル通りRue du Faubourg-Montmartre
    • 1区2区を南北に走るルーヴル通り、ルーヴルから名を変えたモンマルトル通りが2区9区境界上を東西に走るモンマルトル大通り乃至ポワソニエール大通りを越えると、さらにフォーブール=モンマルトル通りと名を変える。9区中心部ノートルダム=ド=ロレット教会北側広場に至り、下記マルティル(殉教者)通り・・等と接続する。主に9区東側、メトロ グラン=ブールヴァール駅から北側、フォリー・ベルジェール等がある一帯を走る。同通り9番地は、"社会主義思想家の走り"たるアンリ・ド・サン=シモンが亡くなった地。通り沿いには、1761年創業の老舗チョコ&菓子屋のア・ラ・メール・ド・ファミーユ (À la Mère de Famille) が同通り35番地にあるなど、周辺界隈にはブーランジュリーやパティスリー、レストラン、ホテル等が軒を連ねている。同通り近くソルニエ通り (Rue Saulnier) 10番地の更科蕎麦屋のアブリ蕎麦 (Abri Soba)[7]はじめ和食店もある。
  • ブランシュ通りRue Blanche
    • サント=トリニテ教会東側に沿って、18区との区境ブランシュ広場まで南北に走る通り。
  • プロヴァンス通りRue de Provence
    • 9区南部東西に走るオスマン大通りとギャルリー・ラファイエットに挟まれた形で、同様に東西に走る通り。
  • ポワソニエール大通りBoulevard Poissonnière
    • 西側レピュブリック広場から、10区と3区及び2区との境界線上をサン=マルタン、サン=ドニ、ボンヌ=ヌーベル大通りと3度も名を変えポワソニエールに接続し、更に9区・2区境界西側先をポワソニエールからモンマルトル大通りと名を変え、東西に走る通り。モンマルトル大通りから先でオスマンとイタリアン大通りとに分岐し、ガルニエ宮(オペラ座)周辺界隈をそれぞれ南北に伸びてゆく。
  • マジャンタ大通りBoulevard de Magenta
    • 10区内を南から北西に向かって斜めに走る通りだが、9区の北東端境目でわずかに接している。上記フォーブール=ポワソニエール大通りに接続し、18区バルベス大通りに続いてゆく。
  • マドレーヌ大通りBoulevard de la Madeleine
    • 8区マドレーヌ寺院東側から、途中シャネル本店があるカンボン通りやカピュシーヌ"通り"との交差点でカピュシーヌ大通りと名を変え1区北西側と9区南西側との境界線上200〜300mほどをガルニエ宮前オペラ広場まで結ぶ通り。時にオスマン大通りも含め、カピュシーヌ、イタリアン、モンマルトル、ポワソニエール、ボンヌ=ヌーベル、サン=ドニ、サン=マルタン大通り、さらに、レピュブリック広場から南側バスティーユ広場まで走るタンプル、フィーユ=デュ=カルヴェール、ボーマルシェ大通り等と共に"グラン・ブールヴァール (Les Grands Boulevards) "と括られる。
  • マルティル通り(殉教者通り, Rue des Martyrs
    • 9区中心部ノートルダム=ド=ロレット教会北側から18区モンマルトルの丘サクレ・クール寺院まで続く、南北に走る通り。名称は、モンマルトルの丘で処刑された"フランスの守護聖人"ことパリ初代司教パリのディオニュシウス (聖ドニ、サン=ドニ) から。同教会南側からラファイエット大通りと交差して、オスマン大通りやイタリアン大通り方面まで南北に走る通りはラフィット通り。
  • モンマルトル大通りBoulevard Montmartre
    • 上記ポワソニエール大通り参照。ポワソニエール大通りとオスマン、イタリアン大通りとを結ぶ、9区・2区境界線西側をガルニエ宮(オペラ座)周辺界隈まで走る通り。
  • ラ・ファイエット通りRue La Fayette
    • ギャルリー・ラファイエット界隈から北東へ直線で伸び、10区を過ぎ19区内から北東へ伸びるジャン=ジョレス通りへ続く。パリ郊外境界付近コンセルヴァトワール・ド・パリがあるラ・ヴィレット公園南側方面まで伸びる。
  • ロシュシュアール大通りBoulevard de Rochechouart
    • ラ・シャペル大通りから続き、ロシュシュアールを介して上記クリシー大通り (ブールヴァール)に繋がる、9区と18区との区境を東西に走る通り。名称は、名門貴族ロシュシュアール公に連なる18世紀前半のモンマルトル女子修道院(Abbaye de Montmartre)長マルグリット・ド・ロシュシュアール (fr) から。
  • ロンドル通りRue de Londres
    • 8区東側ルロップ広場から右斜め下に走り、サント=トリニテ教会エティエンヌ=ドルヴ広場(南側広場)に至る通り。"ロンドン"通りの意。


広場・交差点編集

パリの「広場 (プラス、Place)」は、しばしば2以上の道路が交差する場所に位置し、中心の「島」を道路が周回するロータリー状の交差点となっている場合が多い。中心の「島」部分は、オベリスク緑地等に利用されている場合もあり、エトワール凱旋門があるシャルル・ド・ゴール広場は世界的に有名である。9区の広場や交差点には、次のようなものがある。

著名な出身者編集

政治編集

財界編集

学者編集

文化編集

芸能編集

著名な居住者編集

僧侶・貴族編集

政治家・軍人・財界人編集

文化編集

芸能編集

 
Musée de la vie romantique

ゆかりの人物編集

文化編集

芸能編集

  • フィリップ・トレトン(俳優、元9区選出パリ議会議員)
  • トマ・フェルセン(シンガーソングライター) - パリ11区生まれ。少年期の1969年、20区北側メニルモンタン界隈に居住し、同区の公立ジュリアン=ラクロワ通り小学校 (École primaire de la rue Julien-Lacroix)、中学は9区のコレージュ=リセ・ジャック=ドゥクールに通い、78年に一家が8区に引越し高校は8区至近にあるリセ・コンドルセに通った。

スポーツ編集

9区を舞台にした作品編集

映画編集

脚注編集

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  1. ^ フランス語の 「9e 」 = 「neuvième 」 は、英語の「ninth 」 に相当する序数。「第9の」 「9番目の」を意味する。したがって、原語の「9e arrondissement 」を直訳すると「第9区」となる。
  2. ^ レジフランスLégifrance). “地方自治一般法典 (Code Général des Collectivités Territoriales (CGCT))” R2512-1条. 2008年6月26日閲覧.
  3. ^ セーヌ川右岸の地域にあたる。
  4. ^ 地球の歩き方編集室編 『地球の歩き方A07・パリ&近郊の町 2007〜2008年版』、ダイヤモンド社、2007年、p.365.
  5. ^ 第二帝政期フランス金融界の覇権闘争で、パリ・ロチルド家初代ジェームスに敗れ凋落した。
  6. ^ パリの劇場-テアトル・モガドール フランス観光開発機構
  7. ^ 気になる世界の街角から - 日本人2人のビストロがたちまちパリの美食評論家に…CREA 2012年11月15日

参考文献編集

  • MICHELIN編、『Plan Atlas 56 – Paris du Nord au Sud – 』、ISBN 978-2-06-710591-1、MICHELIN、2007年 (仏語。パリ市内の詳細地図。)

関連項目編集

外部リンク編集