ユニクロ

日本の山口県山口市にある衣料品の商品企画・生産・物流・販売を行う企業

株式会社ユニクロ: UNIQLO CO., LTD.)は、「UNIQLO(ユニクロ)」の店舗名・商品ブランド名で、実用(カジュアル)衣料品製造小売を一括して展開する日本アパレル企業である。日本におけるファストファッションの代表的存在であり、自社のファッション製品を「ライフウェア (life ware)」と称している。ファーストリテイリングの完全子会社

株式会社ユニクロ
UNIQLO CO., LTD.
Uniqlo logo Japanese.svg
UNIQLO Osaka Shinsaibashi (day).JPG
ユニクロ大阪心斎橋店(大阪市中央区
世界で5番目のグローバル旗艦店である。
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
107-6231
山口県山口市佐山10717番地1[1][注 1]
北緯34度2分3.9秒 東経131度20分3.8秒 / 北緯34.034417度 東経131.334389度 / 34.034417; 131.334389座標: 北緯34度2分3.9秒 東経131度20分3.8秒 / 北緯34.034417度 東経131.334389度 / 34.034417; 131.334389
設立 1974年9月2日(サンロード株式会社)[注 2](創業: 1949年
業種 小売業
法人番号 9250001001451 ウィキデータを編集
事業内容 衣料品の商品企画・生産・物流・販売 (SPA)
代表者 代表取締役会長社長 柳井正
資本金 10億円(2020年8月31日現在)[2]
発行済株式総数 1万株(2020年8月31日現在)[2]
売上高 8288億8600万円(2020年8月期)[2]
営業利益 1068億6400万円(2020年8月期)[2]
経常利益 1094億6100万円(2020年8月期)[2]
純利益 763億3800万円(2020年8月期)[2]
純資産 2249億3100万円
(2020年8月31日現在)[2]
総資産 5126億5000万円
(2020年8月31日現在)[2]
従業員数 52,839人(2018年8月31日時点)
支店舗数 国内817店、海外1,379店 (2019年8月31日時点)
決算期 8月末日
主要株主 株式会社ファーストリテイリング 100%
外部リンク www.uniqlo.com ウィキデータを編集
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ユニクロ東京銀座旗艦店(東京都中央区
世界で9番目のグローバル旗艦店で、2012年4月現在、世界最大の規模を持つ。
ユニクロ大阪心斎橋店内
UNIQLO OSAKA(大阪市北区
世界で13番目のグローバル旗艦店。

登記上の本店を山口県山口市佐山に、実質的本社となる東京本部を東京都港区赤坂ミッドタウン・タワーに置く。また東京都江東区有明1丁目6-7の「UNIQLO CITY TOKYO」6階に有明本部を置いている。

歴史編集

創業編集

柳井正の伯父にあたる柳井政雄小郡商事を創業し代表者に就任。柳井政雄は実業家であると同時に部落解放運動家でもあった。

1949年3月、柳井等が兄の柳井政雄より任されていた小郡商事の繊維・洋服部門を、個人営業の紳士服専門店「メンズショップ小郡商事(メンズショップOS)」として山口県宇部市に開店した。

それまで山口県宇部市で「メンズショップOS」(1992年4月までに全店閉店またはユニクロに改装)の名称で男性向け衣料品を取り扱っていた小郡商事が、1984年6月2日広島市中区袋町ユニセックスカジュアル衣料品店「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)を開店[3][4]。これがユニクロの1号店となるが、この1号店は現存しない[5]。同年9月に等の息子の柳井正代表取締役社長に就任した。

「ユニクロ」の名称は、この1号店の店舗名の略称が元になっているが、当初略称の英文綴りはそのまま「UNI-CLO」であった。1988年香港に現地法人を設立した際、会社登記の書類に略称の「UNI-CLO」を「UNI-QLO」と書き間違えられてしまったのだが、そのスペルを柳井正が気に入り、そのまま英文綴りを「UNI-QLO」に変更した商標を採用した。かつては包装紙やテープ等に「U296」と表記していた時期もあった。

広島での1号店開店当初は、地元(広島県福山市)出身の小林克也を起用し、広島ローカルでCMを打った。開店以来、ワインレッドをシンボルカラーとした白抜きのロゴタイプを用いていたが、かつてはこれと別に手を繋いだ男女のシルエットをモチーフとしたシンボルマークが存在した。

1984年6月2日にオープンしたユニクロ1号店は、初日は早朝6時のオープンで、開店待ちの列を作った客に対してユニクロが朝食としてあんパン牛乳を無料で振る舞ったという[3][4][5]2009年11月21日には、ファーストリテイリング創業60周年記念の企画として、テナント内店舗などを除く全国約400店舗が朝6時開店となり、各店舗先着100名にあんパンと牛乳の朝食サービスが1日限定で復活した[6]。当日は目玉商品を目当てに徹夜で並んだ客もいたという[7][8]。なお、2010年以降も創業記念キャンペーンとして行っているが、2012年以降は牛乳が緑茶に変更されている。

1991年9月、小郡商事からファーストリテイリングに社名変更した。

利益拡大と海外進出編集

当初はナショナルブランド衣料品の小売店であった。アメリカン・スタイルの倉庫風の建物内に、クラシックな映画ポスターや有名スターのポートレイトを展示した特徴的な店舗(右記写真の店舗例2の姪浜店参照)を全国に展開し、またいち早く中国の優良な工場と提携して低価格で調達するモデルを構築した。

1990年代に「購入後の商品の返品・交換が可能」であることをアピールするために、中年の女性(辻イト子)が関西弁で喋りながらレジカウンターの前で着用していたユニクロ製品を突然脱ぎ出し、下着姿になるという大胆なCMを放映したことがある。同様のCMで中年男性バージョンもあった。以前は購入から3か月以内でレシートを保管してあれば、購入後の商品の返品・交換が可能であった。2020年8月現在は返品・交換が可能な条件として、購入後30日以内で未着用であり、洗濯済みでないこと、客の取扱に由来する傷や汚れがないことなどに改定されている[9]

1995年10月には、全国紙・週刊誌に「ユニクロに悪口言って100万円」という一面広告を掲載した。売上が伸び店舗数も増えていくにつれ、商品の品質チェックが行き届かなくなり質の悪い商品を提供するケースが増えていったことへの危惧から企画されたもので、実際に約1万通のクレームが届き、審査で選ばれた1名に100万円が贈呈された。企業がクレームを顧客満足度の向上に生かした例として取り上げられることが多い。

1997年頃からプライベートブランド商品の取扱比率を高め、アメリカの衣料品小売店GAP(ギャップ)をモデルとした製造小売業 (SPA)への事業転換を進め、経済の状況にマッチした低価格・高品質商品を展開した。また広告代理店と提携し、クリエイティブディレクターにタナカノリユキを起用して明確なメッセージを発信したPRを行うなど、戦略を次々と刷新した。

1998年には、2 - 3万枚売ればヒットと言われるフリースを目標200万枚、1999年には850万枚でいずれも完売。2000年秋冬にはCMモデルに松任谷由実らを起用し51色に展開、2,600万枚という驚異的セールスを樹立した。この現象は「フリース旋風」と評され、衣料品流通業の革命を席巻し社会現象を起こした。2001年8月期には売上・経常利益ともピークに達し、イギリスへ進出した。

業績の低迷、買収による業績回復編集

2002年頃から日本では在庫が急増、イギリスでの業績も振るわず、2002年、2003年8月期と利益が大きく落ちこむ。その後、「theory」「ナショナルスタンダード」といった国内外のファッションブランドの買収、ファッション雑誌との共同企画(コラボレーション)商品の開発、藤原紀香など有名タレントの起用、外部デザイナーなどとの提携などのテコ入れが行われ、2004年度には業績が上向いた。

ロンドン支店の業績も黒字に転じ、東アジアでは2002年9月に中国上海市に出店し、2005年9月には香港に、そしてロッテとの合弁韓国ソウル市にも出店した。

2005年にはマガジンハウスの雑誌『relax』との共同企画で、東京・北青山に期間限定の「セレクロ」(セレクトショップあるいはセレブの位置付け)が開設された。また、大阪心斎橋に平均価格帯を引き上げた「ユニクロプラス」も開店したが、その後プラスの名称を外し、銀座店を中心に7店舗の大型店を運営。2006年11月には、ニューヨークソーホーにグローバル旗艦店を出店したほか、上海にもアジア旗艦店を出店して世界進出を加速した(後述)。

2005年11月に、ファーストリテイリングは衣料品の製造・小売に関する営業を会社分割(吸収分割)によりゴルフ練習場を経営していた完全子会社サンロード株式会社(当社)に承継させ、持株会社制に移行した。同日、サンロードは社名を株式会社ユニクロに変更した。

青森県八戸市にて47都道府県進出を達成。

2000年以降の展開編集

 
ユニクロ中国三里屯店
 
2014年9月にオープンしたサウスコースト・プラザ店(カリフォルニア州オレンジ郡

日本国内では、ユニクロ原宿店を改装したTシャツ専門店「UT STORE HARAJUKU.」が2007年4月28日に新たにオープンした(2012年に銀座店に統合)。2009年3月9日には春のパーカーキャンペーンに合わせて、グラフィティマガジンズの雑誌『東京グラフィティ』とのコラボレーション雑誌『TOKYO FASHION MAP with UNIQLO』を全国で発売した。

2012年には、国内の店舗を2020年までに1,000店体制に拡大する予定とし、このうち売場面積約3,300平方メートル級の「超大型店」を札幌市仙台市名古屋市広島市北九州市福岡市熊本市鹿児島市の主要8都市にて新たに開業する方針を示している[10]

2013年8月末現在、日本国内で854店舗、海外で441店舗、合計1,295店舗を展開している(海外店舗は、現地法人による運営)。日本国内では郊外型店舗やビルテナントとしての出店の他、1,000坪クラスの超大型店舗やユニクロを核としたショッピングセンターミーナ」などを展開している。日本国外では東アジアを中心に展開しており、国別では中国(225店舗)が最多で、韓国(105店舗)、台湾(37店舗)が続く。

海外進出編集

2001年のイギリスを皮切りに始まった海外出店は、中国香港台湾韓国シンガポールマレーシアタイフィリピンインドネシアオーストラリアカナダドイツベルギースペインイギリスアメリカフランスロシア[11]の18か国で展開しており、グローバル化が進んでいる。海外ユニクロ事業は、2006年においては香港を除きほとんど赤字であったが、2008年8月期から黒字化し、2010年8月期の売上高は前年比倍増の730億円、営業利益は前年比4倍の65億円を見込んでいる。会社組織としてもグローバル化を進めており、社内公用語(母語が異なる人が対象の資料や会議)を英語とすることとして、本社社員と店長の約3,000人に対して業務として「TOEIC700点以上」を義務付けている[12]

2006年11月のニューヨーク旗艦店オープンの際、店舗のクリエイティブディレクションを担当した佐藤可士和により、ユニクロの新たなロゴデザインが作成された。新ロゴは英語表記とカタカナ表記によるもので、従来のワインレッドから赤を基調としたものとなり、2006年以降海外の新店舗を中心に展開、国内では2009年頃からCMや広告、新規店舗・リニューアル店舗でのロゴ表記などに用いられている(従前からの店舗には、引き続き以前のデザインを使用している)。

2010年7月、バングラデシュグラミン銀行と10月に同国で合弁会社を設立すると発表した[13]。合弁会社「グラミン ユニクロ」をバングラデシュの首都ダッカに設立し、3年後に2,000人の雇用を目指すという。

アメリカ合衆国では、2013年秋に10店がカリフォルニア州コネチカット州ニュージャージー州ニューヨーク州で立て続けにオープンし、合計17店舗となった[14]。2014年にはフィラデルフィアボストンなどでも新規開店が続き[15]、同9月5日ロサンゼルス地域南カリフォルニア)の第1号店としてオープンしたサウスコースト・プラザ店(カリフォルニア州コスタメサ)をもって、合計25号店舗に達した[16]。ロサンゼルス地域では、旗艦店となるビバリー・センター店を含む4店舗が2015年春までにさらにオープンする予定である[16][17]。すでに7店舗が営業している北カリフォルニアでも、2014年末までに2店舗が追加される予定である[17]。また、2015年秋にはシカゴ店もオープンする見込みである[15]

グローバル旗艦店編集

グローバル旗艦店は、ユニクロにおいて最高水準の商品・ビジュアルマーチャンダイジング (VMD)・サービスなどを意識した、世界的情報発信の拠点となる大型店舗であり、2006年にニューヨークに「ソーホー ニューヨーク店」を開店して以降、ヨーロッパ・アジアの各地に展開している。

2010年10月には、世界に向けた店舗デザインやレイアウトを特長とする「世界視点」が日本に逆輸入される形で、大阪心斎橋に5番目のグローバル旗艦店をオープン、2012年3月には9番目のグローバル旗艦店を東京銀座に、2014年10月には13番目のグローバル旗艦店「UNIQLO OSAKA」を大阪・梅田にオープンした[18]。その後、2016年にはシンガポールに東南アジア初のグローバル旗艦店がオープンしている[19]

グローバル繁盛店編集

2012年9月、ビックカメラ新宿東口新店(新宿三越アルコット跡)のテナントとして出店するにあたり、同店舗をビックカメラとのコラボレーション店舗「ビックロ」として展開することを発表した[24]

「素晴らしいゴチャゴチャ感」をコンセプトに佐藤可士和によるトータルプロデュースが行われ、ビックカメラとユニクロの両店舗で共通のデザインロゴ・スタッフユニフォームを使用し、ユニクロのマネキンにビックカメラで販売する家電製品を持たせ、ユニクロのフロアの一角で家電製品を扱うなど、ビックカメラとユニクロのシームレス感を強調した店舗となる。店舗規模約2,900m2はグローバル旗艦店である心斎橋店をしのぎ、銀座店に次ぐ日本国内2番目の規模となるが、同店は「グローバル繁盛店」という独自業態として位置づけられており、世界中から注目される「東京の新名所」を目指すという。同店舗は9月27日にオープンし、開店時には4,000人ほどの行列が出来たという[25]

以降「グローバル繁盛店」の業態として以下の店舗を開店させている。

沿革編集

1999年から使用されていた以前のユニクロのロゴは、2009年まで日本で現在のロゴと一緒に使用され続けた。
ユニクロの店舗例1
(現在の標準的なロードサイド店、福島県南相馬市原町店)
ユニクロの店舗例2
(初期のロードサイド店、福岡県福岡市西区姪浜
画像の店舗は2代目であり、隣接地にあった初代の店舗は書店を経て解体され現在ローソンになっている。また、写真の建物も後に解体され新店舗(3代目の姪浜店)が建設されている。)
ユニクロ 旧ロゴ店舗例(埼玉県さいたま市見沼区深作店)2005年6月19日撮影
ユニクロ 旧ロゴ(埼玉県さいたま市見沼区・深作店)2005年6月19日撮影
ユニクロ1号店があった場所
広島県広島市中区袋町

1940 - 1980年代編集

柳井がGAPなどを視察し、カジュアルウェア専門店チェーンの展開を決意した。

  • 1949年3月 山口県宇部市にて「メンズショップ小郡商事」を個人営業にて創業
  • 1963年5月 法人化し、小郡商事株式会社設立
  • 1984年
    • 6月 ユニクロ第1号(袋町)店を広島市中区に出店
    • 9月 柳井正が代表取締役社長に就任

1990年代編集

生産基地・中国の工場管理を強化しSPA化を進めた。300店舗到達を機に多角化に着手したが失敗。本業でも既存店の売上げ低迷が続いた。

  • 1991年9月 行動指針を表象するため、商号を小郡商事株式会社から株式会社ファーストリテイリングに変更
  • 1992年4月 直営店舗数が50店舗を超える(直営店53店舗、フランチャイズ店7店舗)
  • 1994年4月 直営店舗数が100店舗を超える(直営店109店舗、フランチャイズ店7店舗)
  • 1995年3月 直営店舗数が150店舗を超える
  • 1996年3月 直営店舗数が200店舗を超える(直営店205店舗、フランチャイズ店10店舗)
  • 1997年
    • 4月 東京証券取引所第2部に株式上場
    • 11月 直営店舗数が300店舗を超える(直営店305店舗、フランチャイズ店11店舗)
  • 1998年
    • 11月 東京初の都心型店舗・ユニクロ原宿店を東京都渋谷区に出店。
    • 12月 フリースを200万着販売
  • 1999年
    • 2月 東京証券取引市場第1部銘柄に指定
    • 4月 SS(スーパースター)店長制度を発足
    • 7月 アメリカの広告代理店、Wieden+Kennedy社と提携し、ブランド構築を開始
    • 9月 新たな販売チャンネル開拓のため、カタログによる通信販売業務の試験的運用を実施
    • 11月 1,900円フリースを800万着販売

2000年代編集

従来のパターンを止め、グローバル企業の経営方式を採用した。経営陣の若返り図り、単品をベースにしたマーチャンダイジングと現代的なマーケティングを展開することによって、大量生産・販売の高収益体制を構築した。

  • 2000年
    • 4月 直営店舗数が400店舗を超える(直営店417店舗、フランチャイズ店12店舗)
    • 6月 海外におけるユニクロ展開の布石として、イギリスに子会社を設立
    • 10月 インターネット通信販売を開始
    • 12月 東日本旅客鉄道及び東日本キヨスク(現JR東日本リテールネット)との業務提携により、新小型店舗第1号店ユニクロキヨスク新宿南口店をオープン
  • 2001年
    • 4月
      • JOC(財団法人日本オリンピック委員会)オフィシャルパートナーシップに合意
      • 直営店舗数が500店舗を超える(直営店503店舗、フランチャイズ店12店舗)
    • 8月 ユニフォーム・チームウェア事業を開始
    • 9月 日本国外初の出店となるイギリスユニクロ店4店舗をオープン
  • 2002年
    • 4月 デザイン機能強化のため、ユニクロデザイン研究室(現:R&Dセンター)を東京都港区青山に設立。デザインに特化した独立組織で、元イッセイミヤケ社長の多田裕を室長に起用
    • 8月 インターネット店、モバイル店で特別サイズの商品の販売を開始
    • 11月 社長が玉塚元一常務に交代し集団指導体制へ。柳井が代表取締役会長兼CEO
  • 2005年
    • 7月 在任中に経営悪化を招いたとされる玉塚社長を柳井が解任。柳井が社長に復帰。
    • 9月 ニュージャージー州にアメリカへの初店舗を出店
  • 2006年
    • 4月 株式会社京阪ザ・ストア業務提携により、関西初の駅中ユニクロ京阪守口店をオープン
    • 11月10日 ニューヨーク・ソーホーに1,000坪の広さを誇るグローバル旗艦店をオープン。
    • 12月8日 アジア最大級の旗艦店となる「ユニクロ 上海正大広場店」を、上海・浦東地区の正大広場にオープン。
  • 2007年
    • 4月28日 原宿店をTシャツ専門店『UT STORE HARAJUKU.』にリニューアル[27](2012年3月12日閉店)。
    • 6月 製品を着た女性ダンサー達3~5人組が踊る映像を、5秒ごとに放映する時計ウェブコンテンツ「UNIQLOCK」運用開始。
    • 12月14日 ユニクロのフランス第1号店がオープン、この店舗はユニクロのブランドメッセージを伝える「コンセプトショップ」としての位置付けであった。
  • 2008年
    • 3月29日 中国本土へ2年ぶりの再出店となる「ユニクロ北京西単店」を北京・西城北大街にオープン。
  • 2009年
    • 4月9日 シンガポールのタンピネス地区に初出店。この出店は、不動産会社のWing Tai Holdingsと共同出資で出店される。
    • 10月 JR九州リテールとの業務提携によりユニクロ博多デイトス店をオープン

2010年代編集

  • 2010年
    • 4月2日 ロシア1号店となる「ユニクロ アトリウム店」をモスクワに開店。
    • 4月 株式会社GOVリテイリングの会社分割により、同社の靴小売事業を承継。
    • 8月 靴小売事業の店舗ブランドを「CANDISH」に統一。商品ブランドも「CANDISH」「UNIQLO SHOES」の2つに集約[28]
    • 10月7日 台湾1号店となる「ユニクロ 統一阪急百貨 台北店」台北のショッピングエリア信義地区にオープン[29]
    • 11月4日 マレーシア1号店となる「ファーレンハイト88店」をクアラルンプールのブキ・ビンタンエリアにオープン。
  • 2011年
    • 8月 「CANDISH」ブランドでの靴事業が終了し、同ブランド全店舗が閉店。以降ユニクロの一部店舗にて靴事業が継続されることとなる[30]
  • 2012年
    • 3月16日 日本語、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語の6か国語に対応した接客ができるグローバル旗艦店「ユニクロ銀座店」がオープン。
    • 9月27日 ビックカメラとのコラボレーション店舗で初のグローバル繁盛店である新宿東口店「ビックロ」をオープン。
    • 10月16日 テニス選手のノバク・ジョコビッチとの共同発案による10億円規模の慈善基金『Clothes for Smiles(クローズ・フォア・スマイル)』が発足。ユニクロ史上初の基金運営となる。[31]
  • 2014年
    • 3月14日 2店舗目のグローバル繁盛店である「池袋サンシャイン60通り店」をオープン。
    • 4月11日 ドイツ1号店となるグローバル旗艦店「タウエンツィーン店」をオープン。
    • 10月14日 ユニクロのバックヤード機能と通信販売部門の強化を念頭に、親会社のファーストリテイリングと大和ハウス工業が合弁会社を設立することを発表。国内の主要都市で10カ所程度に物流施設を作り、海外でも建設を検討していくという[32][33]
  • 2017年
    • 1月25日、9年半にわたって運用されて来た「UNIQLOCK」を終了。

主な役員編集

  • 柳井正:代表取締役会長兼社長 (CEO)
  • 國井 圭浩:上席執行役員
  • 小山 紀昭 : 社長室
  • John c joy :プロジデント オブ グローバル クリエイティブ

商品展開編集

基本的にはシンプルで過度に個性のないデザインの商品が多い。SPA(製造小売業)への転換後、良品質のカジュアル衣料を低価格で提供する路線を進めてきた事もあり[34]、衣料品としての完成度は高く評価されている[35][36]

過去に柳井自身が「ユニクロは国民服」(「多くの国民に品質の良い物を安く提供したい」との意図)[36]等、衣服としてファッション性を軽視していると採られかねない誤解を生むような発言を行ったこともあったが[36]ニューヨーク旗艦店を立ち上げるにあたり、ベーシックな商品を大量に販売するスタンスは維持しつつファッション性を強めた商品を提案し、接客を重視する方向性に転換しつつある。

1,900円のフリースや2,900円のジーンズなどが、価格破壊の象徴としてマスメディアなどにも紹介されて爆発的にヒットしたが、あまりに大量に売れ着用している人が多かったため、ユニクロの衣料を着用しているのが判明してしまう「ユニバレ」と呼ばれる現象が広がり[35]、経営悪化の原因となった[36]

そのため、2004年頃からユニセックスや「お手頃価格」路線は堅持しつつもある程度の脱却を図り、外部と組んだメッセージ性を持つ共同企画商品の開発(特にレディース)や買収したブランドのノウハウ移入、乳幼児向け商品の開発も行っている。

ファッションデザイナーの間でも品質の高さについては一定の評価を得ており、2006年8月から世界各国の著名デザイナーとのコラボレーションにより「デザイナーズインビテーションプロジェクト」を立ち上げ、通常数万円もするようなデザイン性の高い商品を1万円未満の低価格で販売している[36][37]ジーンズもリング製法を使ったものなどを出している。近年はクリストフ・ルメールをデザイナーに起用した「Uniqlo U(ユニクロ ユー)」シリーズを毎年展開しており、通常ラインの商品よりやや高めの価格設定ながら、そのデザイン性の高さから好評である。

玉塚が社長を退き、再び柳井が社長に復帰した2006年頃から、保温性を高めた下着「ヒートテック」や、「ブラトップ」(ブラジャーのカップを内蔵したキャミソールタンクトップなど)など、機能性を重視した商品に加え、女性物の商品に注力している[38]。一例としては、東京ガールズコレクション山田優と組んでワンピースなどを出展したり、イメージキャラクター藤原紀香を起用した「スリムボトムス」(足が細く長く見えるパンツ)を販売したりするなど、積極的に女性客の取り込みに繋がる展開と商品の充実化を行い、その効果が出てきたことから、以前は手薄だった女性用部門がユニクロの基幹事業へとなりつつある[38]

UTコレクション編集

2007年から展開しているTシャツだけのブランド。ユニクロでは2003年から世界中のアーティストやクリエイター、有名企業のロゴなどをTシャツにして販売しており、UTコレクションは佐藤可士和クリエイティブ・ディレクターとして新たにブランド化したもの[39]

ポケットモンスターONE PIECEといった国内外のゲームアニメ作品をはじめ、浮世絵ルーヴル美術館所蔵の美術品など、様々なデザインのTシャツを販売している[40][41]

ユニクロの販売戦略編集

ムービングオフィス代表の大ナギ勝[1]の分析によると、ユニクロの商品を買ってしまうのは、単に商品の魅力だけではなく消費者が店舗に誘導されつい買ってしまう「ステルス接客戦略」ともいうべき心理的戦略が潜んでいるという。大ナギはそれを大きく5つに分けた[42]

  1. 単純接触効果
    ユニクロは年間を通して1週も休むことなく新聞の折り込みチラシをウェブと共に入れているが、これは単に商品を紹介する効果だけではなく、消費者に対し「ユニクロのチラシ広告が自宅に届いた」という事実を認識させるだけで十分。これを認知心理学でザイアンスの法則あるいは単純接触効果と呼んでいるが、人はある対象物に繰り返して接触するうちに、当初の警戒感が薄れ好感度や親しみが増していく。消費者は知らず知らずにこの効果によって店舗に誘導されている[42]
  2. チラシどおりの品ぞろえ
    ユニクロではチラシの商品がそのまま並ぶが、アパレル業界の常識ではそのこと自体が簡単ではなく、場合によっては「おとり商品」のようにごくわずかしか置いて居なかったり、最初から無い商品であったりというような事態が多い。これにより消費者が店側に対し不信感を抱き、クレームや販売損失を発生させることが多い。ユニクロでは、広告通りの商品があるという安心感を消費者が抱ける[42]
  3. 徹底して平等に接客
    人種、年齢、性別、常連か否かに関わりなく平等な接客と店舗構成を実現している。商品ラックはアイテム別、カラー別、サイズ順に整然と分けられ陳列され、客が自由に選べる。また「冷やかし」でも入りやすい[42]
  4. 販売スタッフの接客
    販売スタッフが客に必要以上の挨拶や声掛けを行わない。必要な時だけ声掛けを行い、それ以外の時間には陳列棚の整理などに費やしている。これを「ヘルプユアセルフ方式」という。またレジの精算業務はトレーニングされておりスムーズである[42]
  5. 本部の徹底したサポート
    以上の4点を本部が徹底的にサポートしており、毎週月曜日には会長も出席する部長会議があり、議事録が社内イントラネットを通じ、全店に配信され共有される。決定事項だけではなく、決定に至るまでのすべてのプロセスが会話の文言まで再現されている[42]

障害者雇用編集

ユニクロで特筆されるものとして、障害者身体障害者知的障害者)の積極的な雇用が挙げられる[43][44][45]

聴覚障害者の勤務する沖縄県那覇市の店舗でのサービス向上事例をきっかけに、企業の社会的責任(CSR)も兼ねて、2001年頃から各店舗に最低1人の障害者を雇用する方針が打ち出された。その結果、2004年以降、障害者雇用促進法による民間企業の法定雇用率1.8%をはるかに超える7%台の障害者雇用率を誇っている。これは、従業員5,000人以上の企業では突出した高率である。2006年を対象に厚生労働省が行った調査では、従業員5,000人以上の民間企業でトップ(7.42%)で、2位は日本マクドナルドの2.94%、3位はしまむらの2.83%となっている[46]

その後の2008年6月時点の厚生労働省の同様の調査では、さらに比率を8.06%に高めている。常用労働者約11,000人のうち約700人の障害者が勤務しているという(雇用率としては2人分と算定される重度障害者も含め、約890人と算定されている)。2位はエームサービスの5.67%(総従業員数が5,000人に達したことから登場)、3位はすかいらーくの2.86%[47]

勤務する障害者は知的障害者が多く、バックヤードでの納入された商品のチェックや分別、品出し作業や、開店前や閉店後の店内清掃などの作業に従事していることがほとんどのため、一般の来店客には存在が目につかないことが多い。聴覚や視覚肢体などの障害を持つ人も、健常者に混じって勤務している[36]。障害者の雇用に留まらず、スペシャルオリンピックスの支援などの活動が認められ、内閣府から再チャレンジ支援功労者表彰を受けた[48][49]

スポーツ支援編集

2005年以前の旧ファーストリテイリング時代から、アマチュアスポーツを中心としたスポーツ支援を行っていることでも知られる。

本業関連では長野オリンピック1998年)、ソルトレイクシティオリンピック2002年)、アテネオリンピック(2004年)とオリンピックの開会式や移動用の日本代表公式ユニフォームの提供を行った(アテネオリンピックのユニフォームは高田賢三がデザインを担当)。そのほか、サッカーJ2ザスパ草津にも、2003年から2005年までユニフォーム提供を行っている。

社会人スポーツとしては、女子陸上競技部を有する。山口県の地場スーパー丸久の陸上競技部を引き継いだもので、山口市の本社そばに専用のトラック・練習場を設けて活動を行っている。全日本実業団対抗女子駅伝競走大会には5回の出場を数える。

かつては、マラソンランナーの早田俊幸がユニクロ広島庚午店に在籍し社員として勤務していた時期もある。上記の陸上部とは別に活動を行っていた。

2009年8月には、プロ車いすテニス選手の国枝慎吾と所属契約を締結している[50]。また、2011年1月にはプロテニス選手の錦織圭と5年間のスポンサー契約を締結し、テニスウェアの提供などを行っている[51]

2012年にはプロテニス選手のノバク・ジョコビッチセルビア共和国)とアンバサダー契約を結び、テニスウェアの開発・提供などを行っている[52]

2013年にはプロゴルファーのアダム・スコットもユニフォームの提供などを行っている[53]

オーストラレーシアPGAツアーのオーストラリアン・マスターズでは、2015年大会でタイトルスポンサーを務めた。

2018年7月、テニスのロジャー・フェデラーと10年3億ドルで契約[54]

撤退した事業編集

スポーツウエア・ファミリーウエア販売
1997年から1998年にかけてスポーツウエア専門の「スポクロ」、ファミリーカジュアル専門の「ファミクロ」を立ち上げるも、細分化により業績が不安定なためユニクロに一本化して撤退。
青果販売
2002年9月から2004年3月にかけて子会社により「SKIP」(スキップ)のブランドで野菜果実の会員制宅配事業を実施。ユニクロ店舗で会員加入促進を行うも採算が合わず撤退。
靴小売専門店
2010年4月1日にグループ内のGOVリテイリング(現・ジーユー)が手がけていた靴専門店事業について、専門店の店舗ブランド「CANDISH」とユニクロ店舗で扱う靴部門「UNIQLO SHOES」に再編した上で、GOVリテイリングから承継。業績回復が見込めないことから専門店事業については2011年度中に全店閉店となった。

ユニクロへの批評編集

ビジネスモデル編集

ビジネスモデルとしてのユニクロの低価格・大量販売戦略については賛否両論がある。エコノミストの浜矩子は、「文藝春秋」2009年10月号に「ユニクロ栄えて国滅ぶ」という論文を発表、ユニクロのように企業が低価格で商品を販売することが企業の利益を縮小させ、ひいては人件費の切り下げにつながっているとしてユニクロのような経営を「自分さえ良ければ病」であると批判、「せめて安いモノを買うことが自分と他人の値打ちを互いに下げていることに思い至ってほしい」と主張している。これに対し、経済学者の池田信夫は自身のブログ上で、ユニクロの低価格モデルが相対価格の変化であり、「ユニクロは日本を滅ぼすどころか、日本企業がグローバル化するロールモデル」と浜の意見に反論している[55][56]

広告へのクレーム編集

2003年に矢沢永吉が出演し日本武道館で撮影したCMで、矢沢が靴を履いたままシートなども敷かずに床を歩いていたことから、武道関係者から「神聖なる床の上を土足で歩くというのはいかがなものか」という抗議がユニクロに多数寄せられ、同社広報部が「迂闊だった」との声明を発表している。また、撮影に場所を提供した日本武道館にも同様の抗議が相次いだが、それに対する広告代理店や日本武道館の声明はないまま自然収束している。

2012年の中国における反日暴動への対応編集

2012年9月15日、「支持釣魚是中国固有領土」(釣魚島中国固有の領土であることを支持します)と、ユニクロ(上海に複数ある店舗のひとつとされている)の店頭のウィンドーに張り紙をする写真が、マイクロブログ新浪微博に投稿された。尖閣諸島国有化抗議するデモが中国各地で暴徒化していることを受けたものと見られ、店舗側がどのような判断で行ったかといった詳しい事情は分かっていないが、この行為をユニクロの政治的姿勢と受け取ったネットユーザーの間で騒動となった[57]

これについてユニクロは、2012年9月18日付のプレスリリースにおいて「当該店舗の現地従業員が独自の判断により、上記内容の張り紙を掲示し、約40分後、撤去していた」「本件は会社の指示によるものではなく、また、他の店舗におきまして、このような事は一切起きておりません」「一私企業が政治的外交的問題に関していかなる立場も取るべきではないと考えており、このような行為があったことは大変遺憾であると考えております」とのコメントを発表した[58]。その後、同21日付のプレスリリースにて「張り紙の掲示は地元警察の要請によるもの」「他店舗での張り紙は全て第三者によって外側から行われたもの」などの説明を新たに追加[59]し、18日付のプレスリリースは同社ウェブサイト上から削除された。

世界同一賃金構想編集

2013年4月23日付けの朝日新聞は、店長候補として採用した正社員すべてと役員の賃金体系を全世界のユニクロで統一する「世界同一賃金」を導入する考えをCEOの柳井正が明らかにしたと報じた[60]。具体的には、欧米や中国など13の国と地域で店長候補として採用した社員すべてと役員を「グローバル総合職」として位置づけ、職務内容により19段階の「グレード」を定めて賃金を決めるとしている。さらに、執行役員や上級部長など上位7段階の役職(海外採用10人を含む約50人)についてはどの国でも同じ評価なら報酬や給与を全世界で同額とし、評価グレードが高い「スター店長」など中位7段階の社員(約1000人)には各国の物価水準などを反映して実質的にはどの国でも同じ生活ができる水準にするものであるという。

この制度導入について、柳井は朝日新聞へのインタビューの中で「世界どこでも、やる仕事が同じだったら同じ賃金にするというのが基本的な考え方。海外にも優秀な人材がいる。グローバルに事業を展開するのに、あまりに賃金が違いすぎるのでは機能しない」と導入理由を説明した上で、「日本の店長やパートより欧米の店長のほうがよほど(賃金が)高い。日本で賃下げをするのは考えていない。一方で途上国の賃金をいきなり欧米並みにはできない。それをどう平準化し、実質的に同じにするか、具体的な仕組みを検討している」「将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」と持論を展開した[61]

この「世界同一賃金」構想と「年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」発言は様々な物議を醸すこととなった[62][63]

経営コンサルタント大前研一は「給与水準の低い国では喜んで人が集まるが、逆に高い国では優秀な人材が採用できなくなる」「柳井さんが目指す世界同一賃金システムは、コンセプトとしては理解できるものの、現実的にはとても実現できない“絵に描いた餅”というのが、30年以上この問題と格闘してきたグローバル企業の内実」[64]と批判的なコメントをしている。

労働環境編集

週刊東洋経済は、2013年3月4日付け発行の同誌において「ユニクロ 疲弊する職場」と題した特集記事を組み、ユニクロの正社員の労働環境について報じている[65]。その記事によると、ユニクロでは社員の労働時間の上限を240時間と定め、サービス残業も禁じており、労働時間の上限を超えたりサービス残業を常態化すると降格や退職勧奨などの社内処分を行うとしている一方で、特に店長が店舗業務(現場業務・管理業務)がこなしきれないためにサービス残業を常態化させており、名ばかり管理職の疑いがあると報じている[65]

また同記事の中で、週刊東洋経済のユニクロへの取材内容として、ユニクロの2008年から2011年以降の入社社員の3年内離職率が45%を超え、2012年8月期の店舗正社員における休業者のうち約43%(全社員の約3%)がうつ病などの精神疾患が原因で休業していると報じている[65]。このような状況の原因として、同記事では「(上司に)物言えぬ社風」「体育会系な社風」が原因ではないかと報じており、その一端として、ユニクロの店長代行として勤務していた男性が店長から暴行を受け、本部の管理部長からも暴言を吐かれるなどの行為により、ユニクロが元店長代行に1,000万円近い損害賠償を支払った例を挙げている[65]

このような状況を踏まえてユニクロが「ブラック企業」であると前述の記事をはじめとして伝えられるようになったが、ユニクロの幹部は戦略のグローバル化が大量離職の原因だと自己分析した上で「われわれも苦悩している。これまで教育はしてきたが、ケアはしてこなかったかもしれない。そこは直したい」とコメントしている[65]。また、社長の柳井正は、日経ビジネスのインタビューに対し、ブラック企業ではとの批判について「我々が本当に『ブラック』ならば、社員はもういないはずですよ。会社はダメになって発展しないでしょうし、社員も白けて仕事なんてしないはずです」と反論し、「僕は将来、本当に若者が活躍できる世の中になれば、25歳以上は全員対等に評価すべきだと思っています。(中略)だからこそ、若いころに甘やかされてはいけないと思っています」と自身の考える社員教育方針について披露している[66]

スラップ批判編集

NPO法人POSSE今野晴貴代表が、『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書、文藝春秋)で「一部のファストファッション企業」の労務体勢を社名を伏せて指摘したところ、ユニクロから「自社を名指ししているも同然、名誉毀損であり提訴する」との通告書が送られてきたという[67]。また、横田増生『ユニクロ帝国の光と影』が出版された際にも、出版元である文藝春秋社に対して2億2千万円の損害賠償と本の回収・絶版を求めて提訴した[68][69]。こうしたユニクロとファーストリテイリングの高額な損害賠償を求める提訴を行う手法は、スラップ(恫喝訴訟・威圧訴訟)ではないかとの指摘があり[70][71][72]、実際に「ユニクロ批判を封じ、メディア側を萎縮させる効果があったといえる」との見解もある[73]

なお、本件にかかる訴訟については、東京地方裁判所土田昭彦裁判長)で2013年10月18日に判決が出され「『月300時間以上、働いている』と本で証言した店長の話の信用性は高く、国内店に関する重要な部分は真実」「中国工場についても現地取材などから真実と判断した理由がある」と認定し、ユニクロ側の訴えを全面的に退けている[69][73][74]。また2014年3月26日には、控訴審である東京高等裁判所においても、一審判決を維持。ユニクロ側の控訴を棄却する判決を言い渡している[75]。さらに同年12月9日付で最高裁判所第三小法廷大橋正春裁判長)は、ユニクロ側の上告を退ける決定を下した。これにより東京高裁判決が確定した[76][77]

中国工場の実態編集

2015年1月15日厚生労働省の記者会見場で香港NGO団体「SACOM」が会見を行い、ユニクロ製品の下請け工場での実態を調査し報告した。調査の対象は親会社が共に香港株式市場に上場する互太紡織印染と東莞紡織服装の2社でユニクロの優良取引先とされる。この2つの工場では、中国の法律により認められている月36時間を大幅に上回る月100時間以上超の残業が行われていた。また、工員が8分遅刻すると2時間分の給料を差し引くなどの違法な罰則規定があった。しかしながらマスメディアの多くは中国2工場に対する労働環境の改善に向けた行動計画をユニクロを主語として対応の速さを伝えた。これは大量の広告新聞テレビなどに出稿していることやスラップ(恫喝訴訟・威圧訴訟)に配慮したりしているとする見方もある。日経新聞は「ファストリ、労働環境改善」(11面)、TBSは15日に「中国工場の労働条件改善策を発表」との及び腰の報道であった。また16日の流通コンサルタントに至っては「ユニクロは他のグローバル企業に比べ、しっかりと工場の労働管理を行っている。2工場はイレギュラーではないか」と伝えたが、これに対し『ユニクロ帝国の光と影』の著者横田増生は、イレギュラーなどではないと断言している[78]

横田増生による取材では、寧波市の申州針織有限広司では、アイロンがけの10代の女子工員が朝8時から午前3時まで働き通していたとの証言や、東莞市の晶苑集団では、複数の工員から厳しい罰金制度が過大なプレッシャーになっているとの証言を得た。こうした取材記事に対し、ユニクロは事実無根として文藝春秋名誉棄損で2億円を超える損害賠償を求めて提訴した。ところが裁判の中ではユニクロ側が提出した裁判資料の中で明らかになり、地裁でも高裁でも「真実相当性がある」と認められ、最高裁への上告も棄却され、2014年末に判決が確定している[78]

特許侵害編集

株式会社アスタリスクの開発したセルフレジを自社開発と偽り無断で自社店舗に展開しているとして、同社から提訴されている[79][80]

広告・CMに出演した有名人編集

ユニコーンPUFFY浅井健一THE YELLOW MONKEYらは、単なる広告の役だけではなく、記念Tシャツなどでコラボレーションに起用されている。

ユニクロ出身の人物編集

  • 澤田貴司 - リヴァンプ代表取締役・代表パートナー
  • 玉塚元一 - リヴァンプ代表取締役
  • 有本均 - 元マクドナルド・ハンバーガー大学学長、バーガーキング社長、力の源カンパニー、現:株式会社ホスピタリティ&グローイング・ジャパン代表取締役社長
  • 有賀誠 - 日本ヒューレット・パッカード株式会社執行役員人事統括本部長
  • 吉澤広和 - 株式会社ドーム人事総務部部長
  • 三好秀樹 - 株式会社トレセンテ代表取締役社長、堀田丸正株式会社代表取締役社長

提供番組編集

現在
過去
  • SmaSTATION!! (テレビ朝日系)
  • 報道ステーションSUNDAY(テレビ朝日系) - 2013年10月から提供スポンサーだったが2016年9月で降板。
  • ZIP!(日本テレビ系) - 2013年10月から提供スポンサーだったが2016年9月で降板。
  • 速報!歌の大辞テン (日本テレビ系)- 唯一旧ロゴからの提供。

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 東京本部の所在地は東京都港区赤坂9丁目7-1
  2. ^ 2005年11月1日に株式会社ファーストリテイリング持株会社移行に伴う会社分割(吸収分割)により衣料品の製造小売事業を当社が承継。

出典編集

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  7. ^ ユニクロ、夜明けの行列 創業60周年、開店は朝6時[リンク切れ]日本経済新聞、2009年11月21日
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  78. ^ a b 横田増生『週刊文春』2015年1月29日号
  79. ^ ユニクロ社に対する訴訟提起についてのご報告
  80. ^ ユニクロ・セルフレジ特許訴訟「泥沼化」の内情、今度はGUも提訴へ ダイヤモンド・オンライン(全4ページ)

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集

  1. ^ ジル・サンダー氏デザインによるコレクション ユニクロ「+J」が、2009年秋冬にお目見えします - UNIQLO ユニクロ” (日本語). www.uniqlo.com. 2020年8月27日閲覧。
  2. ^ 伝説のコラボレーションが再び - UNIQLO ユニクロ” (日本語). www.uniqlo.com. 2020年8月27日閲覧。