舟木一夫

日本の歌手

舟木 一夫(ふなき かずお、本名:上田 成幸1944年12月12日 - )は、日本歌手タレント橋幸夫西郷輝彦とともに“御三家”と呼ばれている。学生服八重歯がトレードマークで、デビュー当時は、学園ソングとよばれる、高校生活をテーマにした歌が多かった。血液型はO型。身長172cm。

舟木 一夫
出生名 上田 成幸
生誕 (1944-12-12) 1944年12月12日(75歳)
出身地 日本の旗 日本, 愛知県一宮市
学歴 自由ヶ丘学園高等学校
ジャンル 演歌歌謡曲
職業 歌手タレント
担当楽器
活動期間 1961年 -
レーベル 日本コロムビア
事務所 ホリプロダクション
第一共栄プロダクション→
舟木音楽事務所→
アイエス
公式サイト 舟木一夫情報局

概要編集

初期の所属事務所はホリプロダクション、現在のホリプロであった。

愛知県中島郡萩原町(現・一宮市)出身。当初は舟木和夫という芸名になる予定だったが[注釈 1]、舟木が「和はひ弱な感じがあるので、一にして欲しい」と希望したために一夫になったという[1]。本人は、紙に書いたら字が縦に長くなって横倒しになりそうで頼りない感じがしたので、「和」を「一」にして“つっかえ棒”としてほしい、とお願いしたとも話している[2]。のびやかな美声で1960年代を中心にヒットを飛ばし、同じ時期にデビューした西郷輝彦橋幸夫とともに御三家として人気を集める。青春ソングの定番「高校三年生」に代表されるように、学生時代を題材にした歌謡曲のほか、『銭形平次』のテーマソングのように、時代モノも数多く歌っている。また舞台などにも出演し、多彩な活動をしている。

略歴編集

デビューまで編集

1944年12月12日、愛知県中島郡萩原町(現・一宮市)に生まれる。「燃えよドラゴンズ!99」のカップリング曲「ROCK'N ROLL ふるさと」の歌詞には生家への行き方が書かれている。父親は石川県河北郡津幡町笠谷の旧家の出で、父方の祖父は「立山伊次郎」の四股名で雷部屋に所属した力士であった[3]。舟木が父から聞いたという話によると、本名の「成幸」という名前は楠木正成真田幸村の二人の武将から一字ずつとって命名したとのことである[2]。音楽に興味を持ち始めたのは、1か月間肩叩きを続けたご褒美にと祖母からハーモニカをプレゼントしてもらったこと、ラジオで三橋美智也の歌を聴いたことがきっかけの一つ[4]。13歳年下の弟が出来た頃、家が貧しかったことから「誰かがこの家にお金を入れ続けないと。弟が物心つくまでに人並みの生活をさせてあげたい」として学校卒業後は自分の才能で短い間に稼げる世界に行きたいと思うようになり、そんな時に友人の家のテレビで歌手を見て、これだと思い歌手を目指すようになった[5]。中学2年生の時に父に頼み込み、中学の音楽の先生の紹介で指揮者の山田昌弘を紹介してもらい、名古屋市内の教室に通ってレッスンを受ける[6]。高校2年であった1962年2月、地元のCBCテレビの番組『歌のチャンピオン』に出場して松島アキラの『湖愁』を歌い、チャンピオンになる[6]。同年3月、名古屋市内のジャズ喫茶で行われた「松島アキラショー」で、ステージ上の松島アキラが『湖愁』を誰か一緒に歌わないかと客席に声を掛けた所、前列に居た高校生が勢いよく手を上げた。少年は隣に居た同級生に手首を掴まれての事であった。狐に摘まれた表情で舞台に上がった少年は、見事松島と共に「湖愁」を歌いきった。この少年こそ、後の舟木一夫である[7]。 偶然そこに取材に来ていた「週刊明星」の記者恒村嗣郎が目を付け、上田少年に氏名と住所を聞き、東京に帰ると、早速ホリプロの会長だった堀威夫に名古屋での出来事を話し、興味を持った堀は、電話で上田少年に歌のテープを送ることを依頼。そのテープを聴いた堀は、翌年5月上田少年を上京させ、日本コロムビアのディレクターだった斎藤昇に紹介。斎藤は作曲家遠藤実にレッスンを受けさせることにし、上田少年は、愛知高等学校から転校した自由ヶ丘学園高等学校へ通いながら、遠藤実のレッスンを受けることとなった[7]

上田少年は芸名を舟木一夫とし、ホリプロに所属することになった。社長の堀は、当時デビュー2年目で全盛期を迎え、舞台で時々学生服を着て歌っていた橋幸夫の対抗馬として、当時現役高校生だった舟木を学生服デビューさせると決定した[8]

デビュー編集

1963年6月5日、デビュー曲は恩師遠藤実作曲、日本コロムビア専属だった丘灯至夫作詞の「高校三年生」と決定した。4月で高校を卒業していた舟木だったが、「学生服で行け」という遠藤実の指示で、歌謡界異例の学生服デビューとなった。なお、「高校三年生」のレコードジャケットで舟木が着ているのは当時の母校の制服である[8]

「高校三年生」は、発売1年で100万枚の大ヒットを飛ばし、舟木は第5回日本レコード大賞新人賞を、丘は作詞賞を受賞した。デビューから2ヵ月後、本人が主演した同名映画も大ヒットし、舟木は一躍スター歌手になった。それに続き、学園三部作と言われた「修学旅行」「学園広場」もヒットした。

1964年3月には初のワンマンショーを東京・浅草国際劇場で行う。当日には、地元・一宮市から東京駅まで国鉄がワンマンショー観覧客のための特別列車を運行させ、東京駅から浅草国際劇場まではパトカー先導の元で観光バス19台で移動するというほどまでになった[9]

スター歌手に編集

1970年前後には、こうした青春ソング以外にも時代モノ、民謡調などの歌にも独特の持ち味で数々のヒットを飛ばした。テレビ時代劇『銭形平次』のテーマソング「銭形平次」も、番組のロングランもあって舟木の歌としてよく知られるところとなった。

また特に詩歌、文学をモチーフにした叙情歌謡と呼ばれるジャンルでは持ち前の歌唱を活かして第一人者的存在となり、「絶唱」「夕笛」「初恋」などがヒットし、1966年には「絶唱」で第8回日本レコード大賞歌唱賞を受賞した。このジャンルとしてはその集大成ともいうべきアルバム『その人は昔』がある。これは作家松山善三の長編抒情詩を正味1時間すべて舟木の歌唱で埋めるという、前代未聞の作品であり舟木の歌唱力が最大限に発揮されている。更にこの作品はLPとしては当時記録的な売上となり、後に舟木と内藤洋子の主演により映画化もされた。そしてこのLPおよび映画が劇画作家ながやす巧に大いなる影響を与え、その代表作『愛と誠』を生むきっかけとなった、という事実は、コミック界では有名なエピソードである。

低迷から復活へ編集

1969年までは名実共に高い人気を保持していたものの1970年に入ると、かねてより多数出演していた歌謡映画が廃れ、TVドラマへの需要が無くなり、それに追い討ちを掛けるが如く歌謡界の変化に伴い表立った仕事は激減し舞台と地方公演が主な活動の場となってゆく。それゆえに1970年、1971年、1972年に自殺を図るが未遂に終わったり、1973年には心身の不調のため翌年まで10ヶ月間静養することとなる。また、私生活でも可愛がっていた年の離れた弟が、死亡するという不幸にもあっている。

その後十数年に渡り不遇時代が続いたが、デビュー30周年プレ公演を機に、主に中高年女性のアイドルとして人気再燃、そのなかで「同じ青春を過ごした仲間にしか通用しない歌い手でいい」と述べている。1997年には念願でもあった新橋演舞場での初座長公演を行う[10]。そして1999年には中日ドラゴンズ応援歌燃えよドラゴンズ!'99」を歌い(舟木自身も大のドラゴンズファンである)、25年ぶりにオリコン40位ランクインを記録。

2007年にはデビュー45周年を迎え記念コンサートを行う。そして「単なる流行歌でない。何も変える必要はない。これでいい」と述べている。

2016年、第1回あらえびす文化賞・特別賞を受賞[11]

現在も、歌手としてテレビやコンサートで精力的に活躍しているほか、舞台俳優としても毎年座長公演をこなし、幅広い層から根強いファンを集めていることで知られている。

音楽編集

シングル編集

発売日 規格品番 タイトル 作詞 作曲 編曲
1960年代
1963年
6月5日
SAS-60 A

高校三年生 丘灯至夫 遠藤実 福田正
B

水色のひと
1963年
8月
SAS-97 A

修学旅行 丘灯至夫 遠藤実 福田正
B

淋しい町
1963年
10月
SAS-130 A

学園広場 関沢新一 遠藤実 福田正
B

只今授業中
1963年
11月
SAS-139 A

仲間たち 西沢爽 遠藤実 福田正
B

はるかなる山
1963年
11月
SAS-151 A

聖夜 由木康 F.Gruber 松尾健司
B

蛍の光
1964年
1月
SAS-176 A

叱られたんだね 関沢新一 山路進一 松尾健司
B

初恋の駅
1964年
1月
SAS-202 A

あゝ青春の胸の血は 西沢爽 遠藤実 福田正
B

夕月の乙女
1964年
3月
SAS-200 A

ニッポン音頭
B

さあさ踊ろよ[12] 西條八十 市川昭介
1964年
3月
SAS-206 A

涙の敗戦投手 丘灯至夫 戸塚三博 福田正
B

さらば古い制服よ
1964年
3月
SAS-230 A

君たちがいて僕がいた 丘灯至夫 遠藤実
B

青春はぼくらのもの
1964年
4月
SAS-2** A

貝がらの唄 西村益子 遠藤実 安藤実親
B

花扉
1964年
4月
SAS-232 A

東京新宿恋の街 荒木忠雄
石本美由起
遠藤実 安藤実親
B

虹のターミナル
1964年
6月
SAS-253 A

まだみぬ君を恋うる歌 丘灯至夫 山路進一
B

ひとりになると
1964年
6月
SAS-290 A

七夕の歌 しあわせの星二つ 富山紫峰 上原げんと
B

織姫音頭
1964年
7月
SAS-315 A

夢のハワイで盆踊り[13] 関沢新一 船村徹
B

わかもの行進曲
1964年
7月
SAS-316 A

花咲く乙女たち 西條八十 遠藤実
B

若き旅情
1964年
7月
SAS-318 A

アロハ・オエ 丘灯至夫 L.uokalani 松尾健司
B

少女 石本美由起 山路進一
1964年
8月
SAS-335 A

おみこし野郎 関沢新一 遠藤実 安藤実親
B

いなせじゃないか若旦那
1964年
7月
SAS-316 A

花咲く乙女たち 西條八十 遠藤実
B

若き旅情
1964年
9月
SAS-355 A

青春の大阪 西沢爽 和田香苗
B

小鳥が来る街
1964年
11月
SAS-357 A

右衛門七討入り 西沢爽 遠藤実
B

右衛門七節
1965年
1月
SAS-402 A

火消し若衆 安部幸子 遠藤実 安藤実親
B

木挽哀歌
1965年
3月
SAS-437 A

北国の街 丘灯至夫 山路進一
B

はやぶさの歌
1965年
4月
SAS-456 A

東京は恋する 丘灯至夫 山路進一
B

虹のむこうに
1965年
3月
SAS-472 A

成人のブルース 丘灯至夫 遠藤実
B

あの娘をもろう
1965年
3月
SAS-475 A

竹千代音頭 中林きみを 津田二郎 山路進一
B

竹千代の唄
1965年
6月
SAS-502 A

あゝりんどうの花咲けど 西沢爽 遠藤実
B

待っている人
1965年
8月
SAS-542 A

たそがれの人 安部幸子 山路進一
B

夜霧のラブレター
1965年
8月
SAS-560 A

浜の若い衆 安部幸子 山路進一
B

磯浜そだち
1965年
8月
SAS-561 A

あゝ鶴ヶ城 野村俊夫 古関裕而
B

お城かこんで輪になって
1965年
7月
SAS-574 A

渚のお嬢さん 関沢新一 松尾健司
B

月とヨットと遠い人
1965年
10月
SAS-588 A

高原のお嬢さん 関沢新一 松尾健司
B

夏の日の若い恋
1965年
11月
SAS-630 A

歩いて行こうよどこまでも 山岡多恵子
西條八十
越部信義
B

すたこら音頭
1965年
12月
SAS-632 A

東京百年 丘灯至夫 船村徹
B

やなぎ小唄
1966年
1月
SAS-656 A

ふるさとの乙女 丘灯至夫 山路進一
B

山のかなたに
1966年
2月
SAS-657 A

哀愁の夜 古野哲哉 戸塚三博
B

銀座すずらん通り
1966年
4月
SAS-680 A

友を送る歌 植田俤子 戸塚三博
B

おもいをこめて手をふろう 西沢爽 遠藤実
1966年
5月
SAS-697 A

今日かぎりのワルツ 高杉敏 山路進一
B

ひぐれ山唄
1966年
5月
SAS-707 A

銭形平次 関沢新一 安藤実親
B

敦盛哀歌 村上元三 古賀政男 安藤実親
1966年
6月
SAS-717 A

踊ろうぼくと 大林郁恵
古野哲哉
船村徹
B

ひとりぼっちの女の子
1966年
6月
SAS-746 A

太陽にヤァ! 関沢新一 船村徹
B

真珠っ子
1966年
8月
SAS-767 A

絶唱 西條八十 市川昭介
B

雨の中に消えて 丘灯至夫 山路進一 山路進一
1966年
11月
SAS-803 A

ジングル・ベル 丘灯至夫 J.Pierpont 松尾健司
B

おやすみ恋人よ
1966年
12月
SAS-804 A

ブルー・トランペット 古野哲哉 船村徹
B

話してごらんこの僕に
1967年
1月
SAS-834 A

一心太助 江戸っ子祭り 関沢新一 山路進一
B

淋しかないさ
1967年
3月
SAS-864 A

星の広場へ集まれ! 古野哲哉 戸塚三博 大西修
B

北国の旅情
1967年
5月
SAS-883 A

あいつと私
B

夏子の季節 丘灯至夫 船村徹
1967年
7月
SAS-913 A

心こめて愛する人へ 松山善三 船村徹
B

じっとしてると恋しい
1967年
8月
SAS-937 A

夕笛 西條八十 船村徹
B

さんざしの花咲けば
1967年
11月
SAS-997 A

センチメンタル・ボーイ 河端茂 山屋清
B

愛につつまれて
1968年
1月
SAS-1013 A

くちなしのバラード 万里村ゆき子 河村利夫
B

北風のビギン
1968年
3月
SAS-1047 A

残雪 高峰雄作[14] 戸塚三博
B

幸せよ急げ
1968年
4月
SAS-1*** A

知りたくないの なかにし礼 D.Robertson 河村利夫
B

恋心
1968年
5月
SAS-1104 A

夜霧の果てに 大倉宏之 船村徹
B

夢の中の恋人 島田幸一

補:古野哲也

1968年
6月
SAS-1128 A

オレは坊っちゃん 西條八十 船村徹
B

喧嘩鳶
1968年
9月
SAS-1184 A

荒城の月 土井晩翠 瀧廉太郎 松尾健司
B

赤とんぼ
1968年
9月
SAS-1190 A

銀色の恋 西條八十 桜田誠一
B

ふたりだけの街角 高峰雄作 山路進一
1969年
1月
SAS-1222 A

青春の鐘 丘灯至夫 古関裕而
B

幸せを抱こう
1969年
2月
SAS-1251 A

永訣の詩 横井弘 古賀政男 佐伯亮
B

京の恋唄
1969年
5月
SAS-1265 A

追憶のブルース 万里村ゆき子 戸塚三博 河村利夫
B

素敵なあなた
1969年
7月
SAS-1303 A

ああ!!桜田門 西沢爽 船村徹
B

恋のお江戸の歌げんか
1969年
8月
SAS-1325 A

夕映えのふたり 丘灯至夫 現英生
B

高原のひと
1969年
12月
SAS 1373 A

北国にひとり 水木京子 山屋清
B

いつか来るさよなら
1970年代
1970年
4月
SAS 1398 A

再会 井上かつお 郷徹也
B

心配だから来てみたけど 松山善三 万里村ゆき子 佐伯亮
1970年
7月
SAS-1429 A

青年の唄 西川ひとみ 井上かつお 馬飼野俊一
B

うわさのあいつ
1970年
9月
SAS-1461 A

紫のひと 丘灯至夫 北原じゅん 斉藤恒夫
B

東京みれん雨
1970年
12月
SAS-1479 A

霧の街 丘灯至夫 水上勉 田辺信一
B

二人の夜
1971年
4月
SAS-1510 A

あゝ名古屋城 丘灯至夫 竹岡信幸 佐伯亮
B

金沢城
1971年
5月
SAS-1527 A

日曜日には赤い薔薇 万里村ゆき子 長谷史彦
B

三本のローソク
1971年
8月
SAS-1553 A

春の坂道 泉漾太郎 古賀政男 佐伯亮
B

里の花ふぶき
1971年
9月
SAS-1563 A

初恋 島崎藤村 若松甲 佐伯亮
B

あなたの故郷
1972年
1月
SAS-15** A

遥かなる草原 吉岡治 服部良一 小谷充
B

さりげない別れ
1972年
3月
SAS-1596 A

よみがえる夜明け ちあき哲也 小谷充 馬飼野俊一
B

麦笛
1972年
3月
SAS-1616 A

帰郷 横井弘 船村徹
B

どこかえへあなたと
1972年
10月
SAS-1636 A

流浪 松坂直美 遠藤実 只野通泰
B

青春
1973年
1月
SAS-1652 A

都井岬旅情 黒木清次 服部良一 甲斐靖文
B

白鳥
1973年
4月
SAS-16** A

少年いろの空 井口愛 田村博正 甲斐靖文
B

明日に向って走れ!
1973年
7月
SAS-1680 A

親不孝通り 山川啓介 いずみたく 小谷充
B

俺が死ぬ日
1973年
9月
AA-7 A

サンチャゴの鐘 横井弘 船村徹
B

夏子
1974年
9月
AA-77 A

旅路 丘灯至夫 遠藤実 斉藤恒夫
B

寝顔
1975年
1月
AA-100 A

愛の新雪 石本美由起 佐伯亮
B

別れの瞳
1975年
4月
AA-114 A

日本晴ればれ音頭[15] 石本美由起 古関裕而 佐伯亮
B

日本晴ればれ音頭(軽音楽)
1975年
4月
AA-1** A

津和野川 吉田旺 船村徹
B

むかえ火
1975年
12月
AA-164 A

許されるなら 中山大三郎 あかのたちお
B

哀しみの旅
1976年
4月
AA-186 A

別れの部屋 里中さとる[16] 岩鬼まさみ[17] 山屋清
B

噂めぐり
1976年
8月
A

レマンのほとり 石坂まさを 竜崎孝路
B

1977年
1月
AK-42 A

一葉舟 鈴木晴彦 浜圭介 福井峻
B

恋唄
1977年
6月
AK-71 A

快傑!!児雷也 すずきじろう[18] 渡辺宙明
B

さくら仁義
1977年
8月
AK-87 A

愛はまぼろし 石坂まさを 竜崎孝路
B

君の手で花束を
1977年
11月
AK-101 A

春哀し 猪又良 船村徹 佐伯亮
B

愛を探しに
1978年
6月
A

立ち話 尾中美千絵 三木たかし
B

この胸に帰れ
1979年
3月
AK-169 A

ららばい 藤公之助 大野真澄 戸塚修
B

はぐれカモメ
1980年代
1980年
1月
AK-214 A

グッド・バイ・ソング 上田成幸 若草恵
B

明日は明日で
1980年
10月
AK-714 A

どうしているかい 吉法かずさ 徳久広司 竹村次郎
B

秋着駅
1981年
5月
A

さんざしの花 中山大三郎 中島薫 竜崎孝路
B

日本海の見える町
1982年
6月
AH-224 A

愛だなんて言うまえに 上田成幸 川口真
B

End・Love
1983年
4月
A

つばさ 上田成幸 杉村俊博
B

1990年代
1990年
9月21日
落日のあとで 秋元康 徳久広司 竜崎孝路
1991年
11月21日
友よ 秋元康 杉本真人 竜崎孝路
1992年
6月1日
人生半分 秋元康 杉本真人 竜崎孝路
1993年
5月21日
泣かないで たきのえいじ 杉本真人 竜崎孝路
1994年
1月21日
ありがとう あなた 建石一 津村泰彦 竜崎孝路
1995年
9月21日
風、好きに吹け
〜迷夢本望〜
小椋佳 甲斐正人
1996年
6月21日
Love Letters 吉田旺 V.Young 竜崎孝路
1996年
12月28日
想春 川内康範 遠藤実 竜崎孝路
1997年
8月21日
君へ心こめて 上田成幸 竜崎孝路
1999年
1月21日
君よ 振りむくな 上田成幸 杉本健
1999年
7月16日
燃えよドラゴンズ!’99 山本正之 神保雅彰
2000年代
2000年
1月21日
想い出カフェ・オ・レ 上田成幸 平野融
2000年
8月23日
小さな手紙[19] 白峰美津子 松本俊明 岩崎元是
2000年
10月6日
蜃気楼 上田成幸 杉本健
2002年
5月18日
浮世まかせ 上田成幸 杉村俊博
2004年
7月21日
恋唄 すずきじろう 浜圭介 竜崎孝路
2006年
7月19日
船頭小唄 野口雨情 中山晋平 竜崎孝路
2010年代
2012年
1月1日
明日咲くつぼみに 永六輔 久米大作 杉村俊博
2014年
6月18日
眠らない青春 舟木一夫 川崎浩史 杉村俊博
2015年
5月27日
春はまた君を彩る 松井五郎 南こうせつ 佐藤準
2017年
1月25日
みんな旅人 舟木一夫 杉村俊博
2018年
7月4日
「その人は昔」のテーマ 松山善三 船村徹 杉村俊博

出演編集

テレビ編集

主題歌「恋だけが」は、和製ソフトロックの隠れた傑作として知られている。CD『まちどおしい夏休み〜ドライブ編』に収録。
低迷期に、メイン司会者として出演したローカル午後ワイド。外からの中継もこなした。

映画編集

作品一覧

NHK紅白歌合戦出場歴編集

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1963年(昭和38年)/第14回 高校三年生 19/25 三沢あけみ
1964年(昭和39年)/第15回 2 右衛門七討入り 18/25 倍賞千恵子
1965年(昭和40年)/第16回 3 高原のお嬢さん 01/25 三沢あけみ(2) トップバッター
1966年(昭和41年)/第17回 4 絶唱 14/25 園まり
1967年(昭和42年)/第18回 5 夕笛 01/23 水前寺清子 トップバッター(2)
1968年(昭和43年)/第19回 6 喧嘩鳶 16/23 園まり(2)
1969年(昭和44年)/第20回 7 夕映えのふたり 21/23 佐良直美
1970年(昭和45年)/第21回 8 紫のひと 19/24 いしだあゆみ
1971年(昭和46年)/第22回 9 初恋 09/25 藤圭子
1992年(平成4年)/第43回 10 高校三年生(2回目) 07/27 伊東ゆかり 21年ぶりに復帰出場

書籍(エッセイ)編集

  • 酔ってSinger(1983年/青山書房)
  • 怪傑!!高校三年生(1992年/近代映画社)
  • 風来坊(1999年/マガジンハウス)

写真集編集

  • 舟木一夫〜風まかせ〜(1999年/東京新聞出版局)
  • 芸能生活40周年記念 写真集舟木一夫(2002年/マガジンハウス)
  • 密着写真集「瞬」(2009年/マガジンランド)
  • 密着写真集「華」(2010年/マガジンランド)
  • 密着写真集「愁」(2011年/マガジンランド)
  • 密着写真集「透」(2012年/マガジンランド)

後援会の不祥事編集

2009年5月12日、舟木一夫のファンクラブを経営している会社「舟木一夫友音事務所」が、ファンからの支援金など約1億6000万円を隠し、3年間で約5000万円を脱税したとして、同社と藤谷和子社長が法人税法違反罪で告発されていたことが発覚。同社は「カンパは預かり金で、売り上げではない」と主張したが、修正申告を行った。藤谷社長は、支援金は「将来、コンサート会場に空席が目立つようになってしまったら舟木さんが悲しむ。そのときの動員に使ってほしい」などと会員から寄せられたものであると説明した[20]

その他の特記事項編集

  • 舞台「快傑!!児雷也」
舟木はこの舞台で主題歌となる「快傑!!児雷也」を歌っている。舟木は以前より特撮ヒーロー物が好きで、特撮ヒーロー物の主題歌を歌いたいという意向があったのだが、スタッフにより却下されていた。後にこの舞台を踏むにあたって、音楽を担当していた渡辺宙明(「人造人間キカイダー」「秘密戦隊ゴレンジャー」などで知られる)に、舟木が「ぜひ特撮ヒーロー物っぽい曲を作って欲しい」と頼み込んでこの曲が生まれ、かねてよりの夢が実現した[21]。演出には、舟木の希望で映画界の鬼才岡本喜八が迎えられた。岡本としては初の舞台演出であり、舟木とも初顔合わせであった。
  • 趣味
ファミコンなどのレトロゲーム愛好家である。特にドラゴンクエストシリーズを好む。
2012年頃から舞台で歌う際には、必ず両足の親指と小指に絆創膏を貼っている。これは元々歌う時に両足の内側に力が入る癖があったが、65歳頃から足の指にタコが出来て割れるようになり始めたため、これを防ぐためのものである[22]

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 本来は遠藤の弟子であった橋幸男少年(のちの橋幸夫)が名乗るはずの芸名であった。橋が日本コロムビアのオーディションに落ちたため、遠藤が橋を日本ビクター専属作曲家であった吉田正に預けたことにより“空き名跡”の形になり、教え子として入った上田成幸少年に舟木の名を与えることとなった[1][2]

出典編集

  1. ^ a b BIG3(後編) 舟木一夫 オン・ザ・ロード2014 チャンネルNECO
  2. ^ a b c スポーツニッポン 2017年10月11日 22面「我が道 舟木一夫」
  3. ^ 女学生の友』 1966年8月号(小学館)188-193ページ
  4. ^ スポーツニッポン 2017年10月2日 22面「我が道 舟木一夫」
  5. ^ スポーツニッポン 2017年10月3日 18面「我が道 舟木一夫」
  6. ^ a b スポーツニッポン 2017年10月4日 20面「我が道 舟木一夫」
  7. ^ a b スポーツニッポン 2017年10月5日 18面「我が道 舟木一夫」
  8. ^ a b 『怪傑!!高校三年生』(近代映画社)32-43ページ
  9. ^ スポーツニッポン 2017年10月14日 26面「我が道 舟木一夫」
  10. ^ スポーツニッポン 2017年10月29日 28面「我が道 舟木一夫」
  11. ^ “舟木一夫に「あらえびす文化賞」 「銭形平次」主題歌を評価”. スポーツ報知. (2016年4月24日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160424-OHT1T50234.html 2016年4月25日閲覧。 
  12. ^ 共演:青山和子草野士郎二代目コロムビア・ローズ本間千代子
  13. ^ 共演:二代目コロムビア・ローズ/本間千代子/高橋元太郎
  14. ^ 舟木のペンネーム。
  15. ^ 共演:美空ひばり島倉千代子都はるみ大川栄策
  16. ^ 舟木のペンネーム。
  17. ^ 舟木のペンネーム。
  18. ^ 舟木のペンネーム。
  19. ^ G3K名義(舟木と西郷輝彦橋幸夫の3人によるユニット)。
  20. ^ 舟木一夫後援会が脱税 カンパ金など約1億6000万円所得隠し[リンク切れ]」2009年5月12日。
  21. ^ 唐沢俊一渡辺宙明へのインタビュー。
  22. ^ スポーツニッポン 2017年10月28日 26面「我が道 舟木一夫」

関連項目編集

外部リンク編集