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千駄木

東京都文京区の町名
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千駄木(せんだぎ)は、東京都文京区町名[5]。現行行政地名は千駄木一丁目から千駄木五丁目。郵便番号は113-0022[3]

千駄木
—  町丁  —
千駄木駅 1番出入口(2010年5月)
千駄木の位置(東京23区内)
千駄木
千駄木
千駄木の位置
座標: 北緯35度43分36.46秒 東経139度45分29.31秒 / 北緯35.7267944度 東経139.7581417度 / 35.7267944; 139.7581417
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Bunkyo, Tokyo.svg 文京区
地域 本郷地域
面積[1]
 - 計 0.727km2 (0.3mi2)
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[2]
 - 計 20,444人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 113-0022[3]
市外局番 03[4]
ナンバープレート 練馬

目次

地理編集

 東京都文京区の北東端、JR東日本山手線の内側に位置している。東京メトロ千代田線千駄木駅が所在し、JR東日本京成電鉄成田スカイアクセス)の日暮里駅等の鉄道駅にも近いため、交通至便な地域である。

 日本医科大学1910年3月に私立東京医学校を合併し、10月、私立東京医学校跡地(現・千駄木校舎)に移転。

 「谷根千」とひと括りに呼ばれる谷中根津と千駄木は、下町情緒あふれる地域として知られ、最近は、新しい雑貨店や飲食店等のショップが増え、観光地としての側面が強くなってきており、公益財団法人東京観光財団のウェブサイトにおいても、東京都の代表的な観光エリアの一つとして、「谷中・根津・千駄木」が挙げられている。[6][7]。しかし厳密には、江戸時代の区分では谷中、根津、千駄木はそれぞれ谷中村由来の寺町(と農村)、根津神社の門前町、駒込村由来の(下級)武家町であるので、「下町」ではなかった。

 特に千駄木は東京大学が近く、川端康成北原白秋高村光太郎夏目漱石森鴎外など多くの文人が居を構えるだけでなく、著名な建築家である中條精一郎慶應義塾大学図書館等を設計、娘は作家の宮本百合子)や渡辺仁銀座和光東京国立博物館本館を設計)も居を構え[8]、地形的にも高台付近は本郷台地の端であるため、本来の「山の手」に含まれる。

 第68・69代内閣総理大臣大平正芳の邸宅も現・千駄木3丁目にあった。千駄木三丁目は、林町と呼ばれる。また、旧安田楠雄邸庭園が面している通りは、かつてはいくつかの銀行頭取などが居を構えたことから、「銀行通り」とも呼ばれ[9]、現在も閑静な住宅地である。

 五代目古今亭志ん生1945から1951年まで千駄木に住んでいた。天外天の総料理長・中川優赤坂四川飯店で11年(内5年間は料理長)活躍した後、この地で独立した。

 
文京区立須藤公園 (江戸時代の加賀藩の支藩の大聖寺藩の屋敷跡。昭和8年[1933年]に須藤家が公園用地として東京市に寄付。)[10]
 
文京区立森鴎外記念館 (記念館が建つ場所は、森鴎外の旧居「観潮楼」跡地。観潮楼正門の門柱跡や森鴎外ゆかりの大イチョウが今でも残る。カフェを併設。)[11]
 
旧安田楠雄邸庭園(大正12年[1923年]、安田財閥の創始者安田善次郎の娘婿善四郎が購入。公益財団法人日本ナショナルトラストに寄贈され、修復管理し公開。)[12]

地価編集

 住宅地地価は、2018年平成30年)の公示地価によれば、文京区千駄木3-10-27(文京-17)の地点で93万0000円/m2となっている。

 また、商業地の地価は、2018年平成30年)の公示地価によれば、文京区千駄木3-40-2(文京5-9)の地点で116万0000円/m2となっている。[13]

歴史編集

 古くは駒込村の一部で、名前の由来は、雑木林で薪などを伐採、その数が千駄にも及んだからという説や、室町時代の武将・太田道灌センダン(栴檀)の木を植えた地であり、この栴檀木が転訛したとの説があるが、柳田國男は『母の手毬歌』の中で、雨乞いの儀式「千駄焚き」(センダキと発音する地域が多い)と関連付けている。江戸時代の古地図の下駒込村内に「上野東漸院持ち駒込千駄木御林」・「上野寒松院持ち駒込千駄木御林」の記載がある。

 旗本小笠原順三郎邸など、かつて坂上に徳川家康に仕えた武家の屋敷があり、お屋敷街となる。1745年に町奉行支配となった町名に駒込千駄木町・駒込千駄木坂下町・駒込千駄木下町の名がある。千駄木坂下町の小笠原邸跡には、明治初期に旧豊後府内藩主だった大給家(元・松平家)が屋敷を移したことから、「大給坂」と名付けられた[14]

 また、江戸時代に景勝地として知られていた団子坂は、世界的に著名な浮世絵師である歌川広重により、連作「名所江戸百景」の中で、「千駄木団子坂花屋敷」[15]として描かれている。

 1965年4月1日住居表示実施。駒込林町・駒込坂下町の大部分に駒込千駄木・駒込動坂町の各一部をあわせた町域を1-5丁目に分けて現行の「千駄木」となった。

世帯数と人口編集

 2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
千駄木一丁目 736世帯 1,508人
千駄木二丁目 2,531世帯 4,424人
千駄木三丁目 3,819世帯 6,738人
千駄木四丁目 1,704世帯 3,113人
千駄木五丁目 2,287世帯 4,661人
11,077世帯 20,444人

小・中学校の学区編集

 区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[16][17]

丁目 番地 小学校 中学校
千駄木一丁目 全域 文京区立汐見小学校 文京区立第八中学校
千駄木二丁目 1〜28番
29番2号(一部)
29番6〜7号
30〜31番
32番5〜6号、8号
33番
34番1〜3号、8〜14号
35番2〜4号、8〜14号
36〜49番
その他 文京区立文林中学校
千駄木三丁目 27番9〜11号
28番1〜6号
28番7号(一部)
28番10〜14号
29〜42番
その他 文京区立千駄木小学校
千駄木四丁目 全域
千駄木五丁目 2番8号(一部)
2番9号
6番1〜8号、25号
6番27号
3〜50番
2番2〜7号、10〜12号
2番8号(一部)
3〜5番
6番9〜17号
文京区立汐見小学校
その他 文京区立第八中学校

交通編集

 
東京メトロ千代田線千駄木駅プラットホーム(2018年3月)
 
東京メトロ千代田線千駄木駅 出入口1南側至近の街並み【右から「レガシー千駄木」(1階…サンマルクカフェ)、「カトロス千駄木」、「サンウッド文京千駄木フラッツ」(1階…やなか珈琲店等)、「吉江ビル」(1階…おにぎりカフェ利さく等)】(2018年4月)
 
東京メトロ千代田線千駄木駅出入口2周辺【出入口右隣は「イトーピア千駄木ストーリア」、左隣は「さかなや道場千駄木駅前店」】(2018年3月)
 
東京メトロ千代田線千駄木駅エレベータ専用改札等行きエレベータ プラットホーム側出入口(2018年3月)
 
東京メトロ千代田線千駄木駅エレベータ専用改札出入口 【自動改札、自動券売機及び自動精算機設置】(2018年3月)
 
東京メトロ千代田線千駄木駅出入口1至近【不忍通り】(2018年4月)
 
東京メトロ千代田線千駄木駅出入口1周辺【団子坂】(2018年4月)
 
東京メトロ千代田線千駄木駅出入口2周辺【よみせ通り】(2018年4月)

史跡等編集

  • 太田摂津守の屋敷跡 千駄木ふれあいの杜(屋敷森)。 平成13年10月に開設された市民緑地。江戸時代太田道灌の子孫である太田摂津守下屋敷であった。[18]地元住民で構成する「千駄木の森を考える会」が文京区と協定で維持管理を、そして自然観察会といったイベントの企画・運営を行っている。
  • 旧安田楠雄邸庭園。 安田楠雄は、安田財閥の創始者・安田善次郎の孫にあたる。千駄木五丁目のお屋敷町にある。(公益財団法人日本ナショナルトラストに寄贈され、修復管理し公開。)[19]
  • 団子坂 (景勝地の一つであった団子坂で、幕末から明治期にかけて行われた菊人形は、東京の秋を彩る観光イベントであった。[20][21]近くの「菊見せんべい総本店」も元々菊人形見物客向けのお土産屋から始まった。[22]また、当時近隣に住んでいた、江戸川乱歩森鴎外夏目漱石といった文人の作品の中にも団子坂は登場する。[23][24][25]
  • 文京区立森鴎外記念館 (記念館が建つ場所は、森鴎外の旧居「観潮楼」跡地。観潮楼正門の門柱跡や森鴎外ゆかりの大イチョウが今でも残る。カフェを併設。)[26]
  • 文京区立須藤公園 (江戸時代の加賀藩の支藩の大聖寺藩の屋敷跡。昭和8年[1933年]に須藤家が公園用地として東京市に寄付。)[27]
  • 島薗邸 (国登録有形文化財[建造物]島薗家住宅。第1、第3土曜、月2回公開。)[28][29]
  • 講談社発祥の地 (明治42年[1909年]11月、野間清治は東京団子坂下の借家の門柱に 「大日本雄辨會」の看板をかかげた。)[30]
  • 青鞜社発祥の地 (平塚らいてうの首唱で、女性5人が発起人となり、明治44年[1911年]、18人を社員として青鞜社が結成された。)[31]
  • ファーブル資料館 (「虫の詩人」ファーブルの南フランス、サン・レオン村の生家内部が再現され、ファーブルの直筆ノート、「ファーブル昆虫記」に因む標本などが展示。[32]
  • 夏目漱石旧居跡 (現住所は向丘二丁目だが、旧町名は駒込千駄木町であり、千駄木と隣接。夏目漱石はイギリスから帰国後の明治36年から3年間当地に住み、処女作『我輩は猫である』を執筆した。当地は現在、日本医科大学同窓会館であるが、敷地内に夏目漱石旧居跡を示す記念碑があり、壁の上には小さな猫の像もある。作品の舞台となった旧居家屋は愛知県犬山市にある「博物館明治村」に移築され公開。)[33]
 
文京区立本郷図書館
 
島薗邸 (国登録有形文化財[建造物]島薗家住宅。第1、第3土曜、月2回公開。)[34][35]
 
ファーブル資料館 (「虫の詩人」ファーブルの南フランス、サン・レオン村の生家内部が再現され、ファーブルの直筆ノート、「ファーブル昆虫記」に因む標本などが展示。[36]

施設編集

脚注編集

  1. ^ 文京の統計 - 第49回文京の統計(平成28年)”. 文京区 (2017年1月1日). 2018年1月5日閲覧。
  2. ^ a b 文京区人口統計資料 - 町丁別世帯・人口(住民基本台帳)(毎月1日現在)”. 文京区 (2017年12月7日). 2018年1月5日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月5日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月5日閲覧。
  5. ^ 『角川日本地名大辞典 13 東京都』、角川書店1991年再版、P990-991。
  6. ^ 谷根千ねっと”. 2018年3月24日閲覧。
  7. ^ 谷中・根津・千駄木/東京の観光公式サイトGO TOKYO”. 公益財団法人東京観光財団 Tokyo Convention & Visitors Bureau. 2018年3月24日閲覧。
  8. ^ 文京ふるさと歴史館だより第20号/平成25年6月21日発行”. 文京区. 2018年8月4日閲覧。
  9. ^ 公益財団法人日本ナショナルトラスト 旧安田楠雄邸庭園 パンフレット(PDF)”. 2018年3月23日閲覧。
  10. ^ 文京区ウェブサイト 須藤公園”. 2018年3月23日閲覧。
  11. ^ 文京区立森鴎外記念館”. 2018年3月23日閲覧。
  12. ^ 文京区ウェブサイト 旧安田楠雄邸”. 2018年3月23日閲覧。
  13. ^ 国土交通省 地価公示”. 2018年3月23日閲覧。
  14. ^ 大給子爵家こぼればなし鵠沼を語る会
  15. ^ 千駄木団子坂花屋敷 | 錦絵でたのしむ江戸の名所”. 国立国会図書館. 2018年5月10日閲覧。
  16. ^ 小学校 通学区域”. 文京区 (2014年11月5日). 2018年1月5日閲覧。
  17. ^ 中学校 通学区域”. 文京区 (2013年11月18日). 2018年1月5日閲覧。
  18. ^ 千駄木ふれあいの杜(屋敷森)文化財的見地からの見学会”. yanesen.net. 2018年9月2日閲覧。
  19. ^ 文京区ウェブサイト 旧安田楠雄邸”. 2018年3月23日閲覧。
  20. ^ 国立国会図書館 錦絵でたのしむ江戸の名所 千駄木”. 2018年3月24日閲覧。
  21. ^ 文京ふるさと歴史館”. 2018年3月24日閲覧。
  22. ^ 東京都米菓工業協同組合 菊見せんべい総本店”. 2018年3月24日閲覧。
  23. ^ 文京区ウェブサイト 文京ゆかりの文人 江戸川乱歩”. 2018年3月24日閲覧。
  24. ^ 文京区ウェブサイト 文京ゆかりの文人 森鴎外”. 2018年3月24日閲覧。
  25. ^ 文京区ウェブサイト 文京ゆかりの文人 夏目漱石”. 2018年3月24日閲覧。
  26. ^ 文京区立森鴎外記念館”. 2018年3月23日閲覧。
  27. ^ 文京区ウェブサイト 須藤公園”. 2018年3月23日閲覧。
  28. ^ 文化庁 文化遺産オンライン”. 2018年3月23日閲覧。
  29. ^ たてもの応援団”. 2018年3月23日閲覧。
  30. ^ 発祥の地コレクション”. 2018年3月23日閲覧。
  31. ^ 文京区ウェブサイト 青鞜社発祥の地”. 2018年3月24日閲覧。
  32. ^ 文京区ウェブサイト ファーブル資料館(虫の詩人の館)”. 2018年3月24日閲覧。
  33. ^ 文京区役所 夏目漱石旧居跡(猫の家)”. 文京区. 2018年5月12日閲覧。
  34. ^ 文化庁 文化遺産オンライン”. 2018年3月23日閲覧。
  35. ^ たてもの応援団”. 2018年3月23日閲覧。
  36. ^ 文京区ウェブサイト ファーブル資料館(虫の詩人の館)”. 2018年3月24日閲覧。
  37. ^ 本郷図書館|文京区立図書館”. 文京区. 2018年7月4日閲覧。
  38. ^ 地域雑誌「谷中 根津 千駄木」8号「団子坂物語」”. 谷根千工房. 2018年7月15日閲覧。
  39. ^ 宮城県公式ウェブサイト東京通信(コラム)「谷根千・本郷界隈に住まいして」”. 宮城県. 2018年7月15日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集