横田めぐみ

1977年に北朝鮮に拉致された日本人女性

横田めぐみ(よこた めぐみ、1964年〈昭和39年〉10月5日[1][2] - )は、北朝鮮による拉致被害者政府認定の拉致被害者[3]

よこた めぐみ
横田めぐみ
生誕 (1964-10-05) 1964年10月5日(56歳)[1][2]
愛知県名古屋市[1][2]
国籍 日本の旗 日本
横田滋(父)
横田早紀江(母)

人物編集

年譜編集

人物像編集

明るく朗らかな性格。歌ったり絵を描いたりすることが好きで、習字クラシックバレエを習っていた[8]

失踪前日の11月14日、父・滋に「これからはおしゃれに気をつけて」というメッセージとともに誕生日プレゼントとしてをプレゼントした[8]

拉致被害編集

1977年(昭和52年)11月15日、北朝鮮工作員に連れ去られ、約40時間、北朝鮮に向かう船の船倉に閉じ込められた。「お母さん、お母さん」と泣き叫び、北朝鮮に到着時、出入口や壁などを引っ掻いたため爪が剥がれそうになるほど血まみれだった[8]

拉致後、1986年に結婚し、翌年の1987年に娘のキム・ヘギョンを出産[9][注 1]

1997年平成9年)1月21日、横田が北朝鮮に拉致されていたことが発覚し、平壌で生きているという情報が入る[2][8]

2002年(平成14年)9月17日第1回日朝首脳会談において、金正日が日本人拉致を認めて謝罪。 北朝鮮側は横田を含む13人の拉致を認め、うち5人が生存、横田を含む8人が死亡したと発表[2][8][10]

2004年(平成16年)11月、北朝鮮が横田の遺骨を提出。鑑定の結果、その一部から横田のものとは違うDNAが検出される[2][8][10]

死亡説編集

北朝鮮側は、「1994年4月に自殺した」と主張しているが、真偽は不明[9][注 2]

横田と面識がある元工作員の金賢姫の証言によると、横田は工作員の日本語教育係や金正日一家の日本語教師を務めるなど、金一家の秘密を知っていることが帰国させない最大の理由であるとの見解を示し、横田は現在も生きていると主張した[11][注 3]

演じた俳優編集

関連項目編集

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 北朝鮮側の一方的な主張で真偽は不明。
  2. ^ 当初は「1993年3月に自殺した」と主張していた。
  3. ^ 産経新聞のインタビューを受けた2017年現在
  4. ^ 13歳から15歳
  5. ^ 成人後

出典編集

  1. ^ a b c d 横田早紀江著「めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる」48ページ(1999年、草思社ISBN 4794209215
  2. ^ a b c d e f g h i j アニメ「めぐみ」
  3. ^ 政府認定の拉致被害者 - 外務省
  4. ^ “「普通の生活をしていた思い出の地」 横田早紀江さん、めぐみさんの母校で講演”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2019年3月23日). https://mainichi.jp/articles/20190323/k00/00m/040/202000c 2020年6月9日閲覧。 
  5. ^ “横田滋さん悼む声 広島でも”. 広島ホームテレビ. (2020年6月8日). オリジナルの2020年6月9日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200609121016/https://www.home-tv.co.jp/news/content/?news_id=20200608046013 2020年6月9日閲覧。 
  6. ^ 横田早紀江著「めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる」13ページ(1999年、草思社)
  7. ^ 横田早紀江著「めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる」16ページ(1999年、草思社)
  8. ^ a b c d e f 拉致された13歳の少女 横田めぐみさん - 外務省
  9. ^ a b 日本人拉致事件 写真特集”. 時事ドットコム (2018年5月8日). 2020年6月9日閲覧。
  10. ^ a b 拉致問題を巡る日朝間のやりとり”. 外務省 (2018年12月28日). 2020年6月9日閲覧。
  11. ^ 【大韓航空爆破30年】実行犯の金賢姫元工作員インタビュー「めぐみさんは金正日一家の秘密を知ってしまった」”. 産経ニュース (2017年11月29日). 2020年6月6日閲覧。

外部リンク編集