元 亶(げん たん、? - 537年1月2日)は、北魏東魏皇族。清河文宣王。東魏の孝静帝の父にあたる。

経歴編集

清河王元懌と羅氏[1]のあいだの長男として生まれた。父の死後、清河王の爵位を嗣いだ。531年普泰元年)3月、太傅に上った[2]532年太昌元年)5月、司徒公に転じた[3][2]534年永熙3年)7月、孝武帝に従って、瀍西の楊王別舎に駐屯した[2]。8月、大司馬となり、承制して万機を総べ、尚書省に居住した。[3][2]。同年(天平元年)10月、子の元善見(孝静帝)が東魏の皇帝として擁立された[4][2]537年1月2日(天平3年12月壬申)、死去した[4][2]は文宣といった。

妻子編集


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男子編集

  • 元宝建(? - 541年、字は景植、宜陽王)[1][4]
  • 元善見(東魏の孝静帝)[4]
  • 元威(字は徽義、清河王)[1][4]
  • 元謙(字は徽礼、潁川王)[1][4]

女子編集

脚注編集

  1. ^ a b c d e f 元宝建墓誌
  2. ^ a b c d e f 北史』巻5 魏本紀第5
  3. ^ a b 魏書』巻11 廃出三帝紀
  4. ^ a b c d e f 『魏書』巻12 孝静紀
  5. ^ 『魏書』巻83下 外戚伝
  6. ^ 『北史』巻80 外戚伝
  7. ^ 『北斉書』巻9 文襄元后伝