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競輪場 > 千葉競輪場

千葉競輪場(ちばけいりんじょう)は、千葉県千葉市中央区にある競輪場である。施設所有および主催は千葉市。競技実施はJKA東日本地区本部南関東支部。電話投票の競輪場コードは32#。実況は東京電設工業で担当は藤崎俊明または鈴木丈之であったが、2014年10月の記念競輪は中川建治、それ以降は池田孝宏が実況を担当している。

千葉競輪場
Chiba Keirin
Chiba-keirin-5.jpg
基本情報
所在地 日本の旗 日本
千葉県千葉市中央区弁天四丁目1-1
座標 北緯35度37分18.3秒 東経140度6分56.2秒 / 北緯35.621750度 東経140.115611度 / 35.621750; 140.115611座標: 北緯35度37分18.3秒 東経140度6分56.2秒 / 北緯35.621750度 東経140.115611度 / 35.621750; 140.115611
電話投票 32#
開設 1949年昭和24年)8月31日
所有者 千葉市
民間委託 日本写真判定
施行者 千葉市
走路 500m
重勝式投票 チャリロト(グループB)
公式サイト 千葉競輪
実況
担当 池田孝宏
記念競輪
名称 滝澤正光杯
開催月 10月(2019年は代替開催の予定)
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屋内250メートル板張りバンクへの改修を予定[1][2][3]2020年秋の供用開始を目標としている[4]

目次

概要編集

千葉競輪場は1949年昭和24年)8月31日に開設された。過去に行われたビッグレースは、1977年(昭和52年)に第20回オールスター競輪が、1972年(昭和47年)・1975年(昭和50年)・1976年(昭和51年)・1981年(昭和56年)・1984年(昭和59年)・1987年(昭和62年)・1996年(平成8年)・2000年(平成12年)に日本選手権競輪が開催された。

記念競輪 (GIII)は、1980年代後半に「怪物」と呼ばれ特別競輪制覇を量産した滝澤正光を称え、2008年(平成20年)より『滝澤正光杯』として10月に開催されている。なお2007年(平成19年)までは『秋桜杯』が毎年8月下旬から9月の間に開催されていた。千葉競輪場の改修に伴い、2018年度については松戸競輪場で開催予定である[5]

また現役時代「輪聖」と謳われた白鳥伸雄を称え『白鳥伸雄杯』が、競輪のGIレースの常連として活躍していた東出剛2004年(平成16年)2月22日胃癌のため39歳で死去)を称え『東出剛メモリアルカップ・グランドチャンピオン500』が開催されている。

トータリーゼータシステム富士通フロンテックを採用している。マスコットはライオンの姿をした「ライモン君」。

チャリロト編集

2009年(平成21年)8月18日の開催から重勝式投票にあたるチャリロトを発売しているが、グループ開催への移行により、それまでのキャリーオーバーによる発売は2012年(平成24年)11月7日を最終日として一旦終了することになり、最終日は特例として各賭式でキャリーオーバーがあった場合は一つ外した目でも的中の扱いとしていたが、全方式とも的中者がいなかったため、チャリロトの2058万4650円、チャリロトセレクトの4275円、チャリロト5の3600円が千葉市の収入となった。

11月26日からの開催より、他場とキャリーオーバーを共有する『グループC』としての発売となり、キャリーオーバーの対象外であるチャリロト3は千葉単独で発売される。なお、2013年(平成25年)4月8日からの開催より所属グループが『グループB』へ変更となり、伊東温泉競輪場静岡競輪場いわき平競輪場と共に所属している。

バンク特徴編集

1周500メートルの直線の長いバンクだが、カントが緩いためか早めの先行が打たれる400メートルバンクに近いレースが繰り広げられる。捲りを決めるならバックストレッチで一気に仕掛けるしかなく、コーナーで仕掛けてもスピードは上がらず外にふくれる場合が多い。このため、先行選手へのハンデは500メートルバンクの割に少ないが、仕掛け所を逃さなければどの戦法の選手でも勝利のチャンスはある。

決まり手は差し - 捲り残りや逃げ残りなどが多いが、捲り - 逃げ残りという残り目も見受けられる。そのためか本線に人気が集中する極端なオッズは少ないと言え、筋違いなのに低配当ということもある。

なお当場は財務省千葉財務事務所が土地を所有(競輪場は敷地4.3ヘクタールのうち約3ヘクタールが国有地[6]、残りは市有地)[7]する千葉公園の中に立地しており、バンク内にはテニスコートが常設されている。かつてはミニサッカーグラウンドもあり、競輪非開催時に利用可能であった。サッカー使用時はバンク内にある審判用カメラを東京電設工業の社員が移動していたが、現在は固定式となっている。千葉市は国有地部分を取得すると2017年9月13日に正式に表明した[8]

2015年(平成27年)6月以降改修のため開催がなかったが、青く塗り替えられたバンクが、同8月のFIIから使用された[9]

場外車券売場編集

他場との関係編集

同じ千葉県内にある松戸競輪場とは入場者の取り合いをおこさない様に本場開催の日程を調整しており、台風や降雪等で順延しない限り一緒に開催される事はない。

これを利用し、車券販売窓口の係員や審判団(両競輪場とも、JKA競輪競技実施事業本部の南関東地区本部に所属している)の共有を行っている。

歴代記念競輪優勝者編集

エピソード編集

  • 1973年4月9日の第7競走において、当時全ての公営競技において過去最高となる236万3180円[14]という配当が出た(的中票数は11票[15])。これは「普通競走」という当時行われていたレース形態(その競走に参加する選手の一人が先頭を走る「トップ引き」を申し出たために、先頭誘導員がいなくなる競走。その申し出た選手は自動的に6番車となる)で、通常は車券に絡むことがあまりない6番車が、7名の大量落車を避けて2着に絡んだことにより、1着の7番と合わせて枠番連勝単式の組み合わせが5-5(今の車番2連勝複式6-7、車番2連勝単式7-6に相当する)となったためである。この記録は2002年5月30日大井競馬場の第6競走で400万940円(三連単)という配当が出るまで29年余りに亘って大金字塔として君臨し続けた[16]。競輪においては、2003年9月7日に富山競輪場で449万5120円(三連単)が出た際に記録更新された[17]。なおこの金額は現在でも枠番連勝単式としては、現在でも最高配当である。
  • 全国の競輪場で初めて走路外側全周に金網の替わりとしてポリカーボネート(透明板)を設置した(ホーム側のボードは定期的に交換を行っている)。
  • 2006年からは松戸競輪場平塚競輪場ナイター競走の場外発売を開始しており、将来のナイターでの本場開催を視野に入れている。
  • 1990年代前半から締切の音楽が5分前がベルリンの「Take my breath away」、3分前がフランク・ミルズの「愛のオルゴール」が使われている。(千葉県内にある松戸競輪場と同じで、松戸は3分前がリチャード・クレイダーマンのもの)

交通編集

公共交通機関編集

鉄道編集

バス編集

自動車編集

現状編集

過去の存廃問題編集

千葉競輪場は人口の多い千葉県中央部に位置し、都心からのアクセスも悪くはないが、近年集客力が急速に落ちており[18]、千葉市は過去にも廃止を検討したが、「自助努力もせずに廃止するとは何事か」と反対され撤回している。

そこで千葉市では販売窓口の大幅削減、スタンドの一部閉鎖等でコストを削減するとともに、少しでも入場者数を増やそうと市民に対してのPR活動を積極に行い、千葉都市モノレールの切符を配布したりしていた。それでも近年は売り上げが低迷していたため、それを踏まえ、2013年度より開催に関する業務を日本写真判定に包括委託した[19][20]。これにより会計上の黒字は計上したものの、車券の売上額は向上せず、決定的な打開策とならない状況が続いていた[7]

2015年(平成27年)1月23日に主催者である千葉市は会見を行い、千葉競輪場での競輪開催を2017年度末となる2018年(平成30年)3月を持って廃止とする方向であることを明らかにした。理由について、「このままの収益では2018年度に赤字が予想されるうえ、存続するためには施設の大規模な改修を行わなければならず、そのための費用を捻出することができないため」としている。

また廃止するにあたり3年間は猶予するが、その間に包括委託を引き受ける企業が現れなければ廃止の時期を早めることも明らかにした[20]が、現委託先の日本写真判定は継続の意向を表明した[21]

存続及び全面改修へ編集

屋内250メートル板張りバンクとしての存続が決定した。さらに2016年(平成28年)6月に日本写真判定は、現在の競輪場を国際自転車競技連合(UCI)公認規格に適合した「屋内250メートル周長の板張り走路」にする全面改修を自社で実施する提案を千葉市に行なった。なお1周250メートルの自転車競技場を競輪場として使用することは現時点では認められていない[22]ため、実現には経済産業省による基準の変更が必要となるが、千葉市は日本写真判定からの提案に基づいて検討を行なうことを表明。

予定された通り[23]2017年9月に結論が出され、前述の「屋内250メートル周長の板張り走路」への全面改修による競輪場存続が発表された[1]。500メートルバンクでは12月15日-17日が最後の開催となり[24][25]、2018年春から解体工事に入る予定(工事期間中も場外発売は実施)との報道があったが[2]、2019年2月15日から解体工事に入る[26]。メインスタンドを除く現競輪場施設の解体工事を同年秋まで行い、その後本体工事を行う予定とした[27]。工事開始前々日の2月13日には選手会千葉支部の16人が最後のバンク練習をした[28]

2018年(平成30年)2月時点の仮称は、千葉公園ドーム。コンセプトデザインは、坂茂建築設計[29][30]

脚注編集

  1. ^ a b 千葉競輪存続を正式発表 多目的競技場に建て替え - 産経ニュース、2017年9月14日
  2. ^ a b 千葉“新しい競輪”で存続 ドーム型250mバンク - サンスポ、2017年9月13日
  3. ^ 千葉競輪場、20年にバスケ・卓球・コンサートなど可能な多目的アリーナへ - スポーツ報知、2018年2月6日
  4. ^ 千葉競輪場の建て替え 年明けにも基本協定(千葉市) - 日本建設新聞社、2017年12月15日
  5. ^ 千葉競輪の記念代替開催を松戸で - 西日本スポーツ、2018年5月22日
  6. ^ 第2回 広島市競輪運営委員会 資料「5 千葉市の競輪事業の存続廃止に係る検討状況 広島市経済観光局競輪事務局 平成29年7月10日
  7. ^ a b <千葉競輪廃止方針>入場者、最盛期の5% 包括委託も抜本解決ならず - 千葉日報ウェブ・2015年1月23日 20:21
  8. ^ 千葉競輪場 国有地部分取得へ 千葉市 - 日本経済新聞、2017年9月14日
  9. ^ 中村浩士、千葉存続を訴えて奔走中 / 大宮 - 日刊スポーツ、2015年8月25日
  10. ^ 千葉競輪場開設68周年記念「滝澤正光杯」特設サイト
  11. ^ 千葉G3(最終日)500バンク最後の記念競輪 Perfecta Navi
  12. ^ バンク建て替えのため、松戸競輪場での代替開催。
  13. ^ バンク建て替えのため、代替開催の予定。
  14. ^ Banks Information - 南関東自転車競技会
  15. ^ 日本財団図書館 中央と南関東公営の新種馬券 いきなり112万円・・・「3連」的中で夢の超万馬券 - 読売新聞夕刊・2002年4月10日
  16. ^ 中央競馬を振り返る - 競馬ニホン・2002年5月30日(木)
  17. ^ 史上最高払戻金の記録更新について(4,495,120円) KEIRIN.JP 2003年9月8日
  18. ^ 千葉競輪場の現状について 平成24年(2012年)10月 千葉市公営事業事務所
  19. ^ 広島市競輪運営委員会 第3回 資料 p.14 - 広島市経済観光局競輪事務局・平成26年2月26日
  20. ^ a b 千葉競輪17年度末廃止へ一宮に続き8場目 - 日刊スポーツ・2015年1月24日
  21. ^ 【千葉競輪存廃問題】今後の競輪界の動向を占う指標 - 東京スポーツ・2015年4月4日
  22. ^ 平成18年経済産業省告示第369号・一 競走路 (二) (PDF)
  23. ^ 廃止一転、存続も 千葉市、施設整備提案受け 千葉競輪- 千葉日報・2016年12月5日
  24. ^ 千葉G3(運営総括) Perfecta Navi
  25. ^ 68年の歴史に一旦の幕、千葉競輪場500mバンク最後の日 - More CADENCE
  26. ^ 千葉バンク明日解体 中村浩士ら最後の練習と別れ 日刊スポーツ 2019年2月14日
  27. ^ 清水建設に内定/本体着工は19年秋/日本写真判定の千葉競輪場建替えDB 建設通信新聞DIGITAL 2019年1月9日
  28. ^ 【競輪】千葉の500バンクで最後の練習 デイリースポーツ 2019.02.13
  29. ^ 千葉競輪場リニューアル(「(仮称)千葉公園ドーム」整備)事業の事業予定者が決定しました〜民間活力導入による多目的スポーツ施設の整備と運営〜 - 千葉市 記者発表資料、2018年2月16日(経済農政局経済部経済企画課 経済農政局経済部公営事業事務所)
  30. ^ 仮称は“千葉公園ドーム”千葉競輪場のリニューアルデザインが公開、建設費は約70億円 - More CADENCE、2018年2月17日

外部リンク編集