菰野町

日本の三重県の町

菰野町(こものちょう)は、三重県三重郡に属するである。鈴鹿山脈の東山麓に位置する。 西部に位置する湯の山温泉御在所岳には、多くの観光客登山者が訪れる。

こものちょう
菰野町
Gozaisho Ropeway and Komono Mie.jpg
紅葉御在所岳から見下ろす御在所ロープウェイ
湯の山温泉
町庁舎位置
Flag of komono Mie.JPG Komono Mie chapter.JPG
菰野町旗 菰野町章
日本の旗 日本
地方 東海地方近畿地方
都道府県 三重県
三重郡
市町村コード 24341-8
法人番号 4000020243418 ウィキデータを編集
面積 107.01km2
(境界未定部分あり)
総人口 40,371[編集]
推計人口、2020年5月1日)
人口密度 377人/km2
隣接自治体 四日市市いなべ市
滋賀県東近江市甲賀市
町の木 ケヤキ
町の花 コモノギク
他のシンボル 町の鳥 : ウグイス
町の昆虫 : キリシマミドリシジミ
町の獣 : ニホンカモシカ
菰野町役場
町長 柴田孝之
所在地 510-1292
三重県三重郡菰野町大字潤田1250番地
北緯35度1分11.9秒東経136度30分26.9秒
Komono Town Office.jpg
外部リンク 公式ウェブサイト

菰野町位置図

― 市 / ― 町

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中道登山道から望む御在所岳
湯の山温泉の大石公園

北部にある田光のシデコブシ及び湿地植物群落は、2005年(平成17年)3月2日に国の天然記念物に指定された。

地理編集

自然編集

隣接している自治体編集

歴史編集

近代以前編集

  • 807年大同2年)-最澄(伝教大師)により国見岳 (三重県・滋賀県)天台宗の大寺院三嶽寺が建立。
  • 南北朝時代千種忠顕南朝方として活躍し、三重郡二十四郷を与えられ禅林寺城を居城とする。忠顕の子千種顕経の時に千種城を築いて拠点を移したと伝えられる。
  • 室町時代頃より桑名から京都・近江へ向かう際に横断する鈴鹿山脈の峠は、主なものとして、北から鞍掛峠、治田峠、石榑峠八風峠、根ノ平峠、安楽峠などがある。中でも菰野町千種から根ノ平峠を越えて、現在の滋賀県東近江市永源寺町甲津畑まで至る「千種越え」と菰野町田光から八風峠を越えて、永源寺町杠葉尾までの八風街道「八風越え」とが多く利用された。「八風越え」は桑名と近江の八日市近江八幡を結ぶ重要な通商路で、近江の保内商人(近江蒲生郡得珍保内の今堀・蛇溝・中野・今在家などの諸郷の商人で、鈴鹿山脈を越える山越商人)が商業を独占していた。永禄2~3年(1559~1560年)の「保内商人申状案」によると、保内商人が八風・千種越えで、千種氏から両峠の流通独占権を認められ、その見返りとして役銭を支払っていた記録がある。保内商人は桑名で東海地方の産物(主に麻の苧、紙、木綿・荒布・伊勢布、土の物、塩、曲物、油草、若布海苔、鳥類、魚類など)を仕入れ、近江や京都で販売した。また近江からは、京都で生産された物資の他、木地師がこしらえた盆・椀・曲物、木炭、麻などの山のものが桑名へ運ばれて、尾張以東の諸国へ送られて販売された
  • 1555年弘治元年)-近江国から佐々木六角氏が侵攻。千種氏は後藤但馬守賢豊の弟を養子に迎えて和睦し、千種三郎左衛門と称した。以後、千種城は六角氏の北伊勢侵攻の拠点となった。
  • 1568年永禄11年)-織田信長の命により、尾張から滝川一益の軍勢が押し寄せ、三嶽寺の他、引接寺(天台宗)、慈眼寺(天台宗)、正眼寺(天台宗)、清安寺などが同時に焼き討ちされて消滅し、多くの貴重な文化財が失われた。禅林寺 (三重県菰野町)(臨済宗妙心寺派)も焼き討ちされたものの復興し、現在に至っている。
  • 1600年慶長5年) - 土方雄氏菰野城に入り菰野藩(1万2千石)を創設し、城下町として発展。
  • 1871年明治4年) - 廃藩置県により菰野藩が廃藩となり、翌年、三重県に編入。

近代以降の沿革編集

町名の由来編集

この一帯が開拓前、マコモ(真菰・真薦、イネ科多年草)などが生い茂る原野であったことから「こもの」と命名された。他に「薦野」「古茂野」の表記がある。

人口編集

 
菰野町と全国の年齢別人口分布(2005年) 菰野町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 菰野町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

菰野町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


行政編集

  • 町長:柴田孝之(2019年3月3日就任、1期)
  • 副町長:諸岡高幸

議会編集

  • 菰野町議会(定数18)

※なお、衆議院議員選挙の選挙区は「三重県第3区[2]、三重県議会議員選挙の選挙区は「三重郡選挙区」(定数:2)[3]となっている。

交通編集

鉄道編集

バス編集

高速バス編集

  • 名古屋湯の山温泉高速線: 名古屋(名鉄バスセンター) - 菰野東湯の山温泉三重交通
  • 名古屋桜台高速線: 名古屋(名鉄バスセンター) - 菰野東・桜台 (三重交通)

一般路線バス編集

 
コミュニティバス・かもしか号

主に菰野町北部、西部を中心に運行。

索道編集

  • 御在所ロープウェイ : 湯の山温泉駅 - 山上公園駅
    • 観光リフト : ロープウェイ駅 - カモシカ駅 - 頂上駅

道路編集

地域編集

  • 菰野地区 - 町の南部に位置し湯の山街道や近鉄湯の山線が通っていることもあり、菰野町の中心部として発展した。湯の山温泉や御在所岳などの自然もありながら、山を下ると湯の山街道沿いを中心に街が発展し、商業施設などが多数立ち並ぶ。人口が菰野町で一番多い地区である。新庁舎になるまで役場は菰野地区にあった。
  • 千種地区 - 菰野地区と朝上地区の間に位置する。県民の森や朝明キャンプ場などがあり自然豊かな田園地帯だったが、新庁舎の移転により、地区内の潤田地区は市街地に指定され整備途中である。地区の真ん中を南北に国道306号が通る。
  • 朝上地区 - 千種地区の北に位置し、いなべ市と隣接する。八風キャンプ場などがあり自然豊かな田園地帯である。国道306号とミルクロードが通る。
  • 鵜川原地区 - 菰野地区と千種地区の東に位置し、四日市市と隣接する。地区の真中を南北にミルクロードが通る。田園地帯であるが工業団地もある。
  • 竹永地区 - 鵜川原地区の北、朝上地区の東に位置する。ミルクロードが完成して以降、商業施設が数多く建設されている。

新興住宅街編集

  • 竹永地区 - 近年新興住宅街も整備されたので、人口の流入が多い。
  • 朝上地区 - 自然豊かな田園地帯だが、新興住宅も数多く建設され、人口の伸びが大きい。

学校編集

高等学校編集

中学校編集

小学校編集

郵便局編集

(2012年12月時点)

  • 菰野郵便局(菰野)
  • 湯ノ山郵便局(菰野)
  • 千種(ちくさ)郵便局(千種)
  • 朝明(あさけ)郵便局(田光=たびか)
  • 竹永郵便局(永井)
  • 鵜川原(うがはら)郵便局(下村)
  • 菰野大羽根園簡易郵便局(大羽根園柴垣町)
  • 名古屋支店 イオンタウン菰野内出張所(宿野)(ATMのみ/ホリデーサービス実施)
その他簡易郵便局を除く各郵便局にATMが設置されており、菰野郵便局ではホリデーサービスも実施。

※菰野町内の郵便番号は「510-12xx」「510-13xx」で、集配業務はいずれも四日市西郵便局四日市市智積町)が担当している。

メディア編集

四日市市に本社のあるエフエムよっかいち(PORT WAVE)は2014年に菰野町に中継局を開局。菰野町は防災ラジオを町民に配布し、PORT WAVEを通じて防災放送が行えるようになっている。配布した防災ラジオは他のAM・FM局も聴取できるが、緊急時にはPORT WAVEの放送に自動的に切り替わる仕組みである。

また、いなべ市いなべエフエム(FMいなべ)は町域の一部地域が放送エリアに含まれている。

四日市市に本社を置くCTYがケーブルテレビを放送している。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

名所・旧跡編集

観光地編集

祭事・催事編集

  • 僧兵祭り - 10月上旬。町内最大級の祭り。炎が舞う姿は圧巻。
  • 地蔵盆 - 毎年8月24日(例年8月最終週の土曜日に開催)に東町通りを中心として催され、夜店が数多く立ち並ぶ。
  • 菰野萬古焼窯出市 - 毎年11月。四日市市と並ぶ萬古焼の産地として即売会を行う[4]

菰野町を舞台とした作品編集

出身者編集

ゆるキャラ編集

町が特産化を目指す植物「マコモ」のPR役として完成。「マコモはかせ」という愛称だったが、ゲーム「ポケットモンスターブラック・ホワイト」に登場するキャラクターと同じ呼称だったため、制作した菰野町商工会は愛称の使用を取りやめた。学生帽姿が「マコモはかせ」で、野球帽姿は「マコモン」、コック帽姿は「マコック」である。 2014年3月にはニホンカモシカをモチーフとしたゆるキャラ「こもしか」が完成した。

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 浅井 2019, pp. 140-141.
  2. ^ 衆議院小選挙区図 (PDF) 三重県選挙管理委員会
  3. ^ 県議会議員の選挙区と定数 三重県選挙管理委員会
  4. ^ 【イキイキ地域】三重県菰野町「300歳」萬古焼の土鍋に恋『日経MJ』2018年5月28日(街づくり面)。

参考文献編集

  • 浅井建爾『日本全国境界未定地の事典』東京堂出版、2019年2月10日、226頁。ISBN 978-4-490-10906-1

関連文献編集

  • 『菰野町史』菰野町史刊行会、1941年。NDLJP:1042154

外部リンク編集