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ジャニーズ事務所

日本の芸能事務所

株式会社ジャニーズ事務所(Johnny & Associates, Inc.)は、日本芸能プロダクション

株式会社ジャニーズ事務所
Johnny & Associates, Inc.
株式会社ジャニーズ事務所
ジャニーズ事務所本社(旧SME乃木坂ビル)
現在、SonyMusicの部分はJohnny & Associatesに掛け替えられている。
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
107-0052
東京都港区赤坂九丁目6番35号
北緯35度40分2.3秒 東経139度43分40.5秒 / 北緯35.667306度 東経139.727917度 / 35.667306; 139.727917座標: 北緯35度40分2.3秒 東経139度43分40.5秒 / 北緯35.667306度 東経139.727917度 / 35.667306; 139.727917
設立 創業:1962年(昭和37年)6月
法人登記:
1975年(昭和50年)1月30日
業種 芸能プロダクション
法人番号 9010401014127 ウィキデータを編集
事業内容 タレントの育成、マネジメント、プロモーション
代表者 代表取締役会長藤島メリー泰子
代表取締役社長藤島ジュリー景子[1]
資本金 1,000万円
主要子会社 株式会社ジェイ・ストーム
株式会社ジェイ・ドリーム
株式会社ジャニーズアイランド
関係する人物 ジャニー喜多川(創業者)
滝沢秀明(取締役副社長)
外部リンク https://www.johnny-associates.co.jp/
(日本語)
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略歴編集

アメリカ由来の芸能の伝道編集

創設者のジャニー喜多川は、その前半生を第二次世界大戦戦時中の一時期を除いてアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスで過ごし、その間アメリカ西海岸のエンターテインメントの世界に浴びるように触れる。また、両親の母国の敗戦により日本がまだ連合国軍の占領下にあった1950年頃から日本の芸能人が箔附けのために渡米するようになり、父の諦道が日本仏教高野山真言宗米国別院の主監をつとめていた都合上、それらの寺院を公演場所として貸与しており、喜多川はここでもエンターテインメント業に触れる一方で、美空ひばりを筆頭に錚々たる芸能人と面識を持った[2]

サンフランシスコ講和条約の発効で日本が主権回復した1952年、喜多川は来日してアメリカ大使館で通訳として勤務する傍ら、宿舎の近所の少年たちを結集させてチームを作り野球を教授していた。この野球少年たちの一人であったあおい輝彦(青井輝彦)が「ジャニーさんが監督なんだから、チームの名前もジャニーズでいいんじゃない?」と言ったことがきっかけでこの野球チームを『ジャニーズ』と命名したという[3]

ある日、雨天により通常行う野球の練習を休み、映画館で『ウェストサイドストーリー』を鑑賞する。これに一同感動し、以降野球のトレーニングそっちのけでダンスのレッスンを始めた。この時の野球少年から選抜されたのが、事務所最初のタレントグループである(初代)ジャニーズであった。喜多川は単なるタレント育成ではなく、ミュージカル俳優のような歌唱してダンスもできるマルチタレントの育成を目指した。

1962年、渡辺プロダクションの系列会社としてジャニーズ事務所が創業される。初代ジャニーズは生放送の舞台ショーであった『夢であいましょう』や、『若さとリズム』(いずれもNHK総合テレビジョン)などに出演する[4]

次いで、1968年にデビューしたフォーリーブスは当時全盛期を迎えていたグループ・サウンズ(GS)の流れに乗り、「楽器を持たないGS」と通称される。1970年代に入りGSが下火に入ると、変わって台頭したソウルミュージックの路線に切り替える[5]

アイドル的路線の確立編集

1970年代前半、GSのグループやメンバーはそれぞれアーティスト性を強めていた(ニュー・ロック)。また、アメリカの音楽文化の中では政治的な自我を前面に強調したフォークソングが新たに誕生し、日本においても吉田拓郎井上陽水中島みゆきらが人気を博していた。しかしジャニーズはあくまで非日常な舞台を演出する方針を堅持した。ジャクソン5を模した明るいソウルミュージックに転向し、軽快でポップな舞台を「演じる」路線をとったのである[6]

1972年郷ひろみのデビュー時にはその中性的なルックスを前面に押し出し、またGSで特にアイドル性が高かったオックスとタッグを組んでいた筒美京平をプロデューサーに迎えた。郷はその後、1970年代半ばから登場したディスコもいち早く受容したが、1975年に退所する。次いで1977年にデビューした川崎麻世1980年にデビューした田原俊彦もこの流れを継いだ[7]。舞台演技として一番経験を積んだのは、少年隊である。少年隊はデビュー前からアメリカに進出するなどそのパフォーマンスを高く評価される。1985年にデビューすると、翌年から2008年まで舞台『PLAYZONE』で主役を張った[8]1987年デビューの光GENJIもまたミュージカル志向であるが、トレードマークのローラースケートイギリスミュージカルスターライトエクスプレス』に着想を得たものである[9]

お茶の間のタレントの誕生編集

一方で、1970年代半ばからテレビが普及するにつれて、「日常で各家庭のお茶の間に居ながらにしてわずかな非日常的空間を楽しむ」、というスタイルが誕生する。この潮流の主軸をなしたのが、『スター誕生!』に関わった阿久悠であった。ジャニーズでこの新たな潮流に最初に合致したのが、近藤真彦(1980年デビュー)である。近藤のやんちゃなキャラクターが1950年代のオールディーズストリートファッションなどの対抗文化の雰囲気を醸し出していると評され、ディスコ風の曲と並行してロック風の曲も発表された[10]

1980年代に入ると男女両方のアイドルの大衆化はさらに進み、歌やダンスなどの「実力」よりも個性などの「魅力」がより、女性アイドルに限らず男性アイドルにも求められるようになる。シブがき隊1982年デビュー)は歌やダンスの技量不足をカバーするために、音楽の企画性を追求した。いわゆるノベルティソング(珍奇な(novelty)歌、いわゆる「ネタ」が先行した音楽)を積極的に練ったのである。その傾向としては、「スシ食いねェ!」に代表されるような、ジャポニスムが色濃く見られた[11]。続く忍者(1990年デビュー)は楽曲やパフォーマンスでジャポニズムを前面に押し出した[12]

男性アイドルのマルチタレント化編集

1990年代に入るころには、男性アイドルの虚構性に対する需要がますます低下して、光GENJIの人気も下降した。1991年にデビューしたSMAPは、当初は光GENJIを模した華やかなコンセプトでスタートしたが、セールス面で事務所始まって以来の低迷を続ける。当時SMAPにバラエティ番組テレビドラマに積極的に進出させる。お笑い方面への進出自体は過去のタレントも行っていたが、SMAPは手加減することなく、本職の芸人も顔負けの本気でコントに臨んだ。

この方針は創業者の喜多川が志向する劇場型のエンターテインメントからは逸脱していたが、この方針転換を自身が率先して行わせた。そのため、すべての芸能分野において一流のパフォーマンスを披露する技量を持たせようとすることは方針と合致し、また望ましいことであったのである[13]

SMAPは、バラエティと音楽パフォーマンスを両方こなすことで、より身近な存在であるという存在位置を獲得することに成功した[14]。衣装についても身近な「リアル」を追求し、光GENJIのような気飾った衣装でもなく、近藤のような対抗文化の衣装でもなく、正真正銘の同時代の「リアル」な等身大の若者のヴィジュアルを保った。既に完成されたものではなくてそのメンバーの「物語」を見せ、ファンの共感を呼ぶという手法は、2000年代の男性アイドルの基本形となり、何よりジャニーズ事務所のほかの所属アイドルの模範ともなり、以降ジャニーズ事務所は男性アイドル界で圧倒的な勢力を築くに至った[15]

特色編集

タレント育成方針編集

ジャニーズ事務所草創期の1960年代、日本の芸能界をリードしていたのは渡辺晋率いる渡辺プロダクション(ナベプロ)で、ジャズ奏者出身の渡辺の活動方針は、芸能人の生活基盤の安定のための市場整備にあり、タレントの権利擁護と市場提供を主目的とした。一方でジャニーズ事務所は、創業者ジャニー喜多川の舞台芸術に対する憧れが最初にあり、初代ジャニーズ以下、事務所に入所した青少年に対して、エンタテインメントについて手厚い教育を行った。ジャニーは事務所の経営は姉のメリー喜多川(現:代表取締役会長)に任せ、自身は半世紀に渡り、タレントへの教育を自ら行った。

ジャニーズ事務所の特徴はこのタレントに対する教育制度にあり、デビュー前のタレントを総称してジャニーズJr.と呼ばれるようになる。郷ひろみがデビューした1970年代から、Jr.のタレントは顔見せを兼ねて先輩のコンサートのバックダンサーなどの下積みを積むようになる。この育成制度は、未婚女性のみで構成された宝塚歌劇団との類似性が指摘されており、喜多川も取材に対して「男版宝塚をやる」と宣言したことがある[16]

CDデビューせず、俳優業を中心として活動する者もおり生田斗真屋良朝幸風間俊介長谷川純佐野瑞樹ふぉ〜ゆ〜浜中文一のように俳優業だけでジャニーズJr.を卒業した例もある[17]

ジャニーズJr.で30歳を迎えた場合自動的に卒業になる。

副業は、禁止されている事が所属タレントの口から語られている。ただし、事務所の許可を得てした例もある[18][19]。例として、元シブがき隊布川敏和が事務所在籍時に、自主ファッションブランド「Jemmy's」を立ち上げたことがある[20]

肖像権管理編集

2018年12月現在、所属タレントの肖像写真についてネット上での使用制限の緩和を進めている[21]

かつては所属タレントの肖像権を守護し、複写等の悪用を防止するためその管理に厳格な事務所とされていた[22]インターネットが普及した以降も、レコード会社・出演映画テレビドラマCM音楽番組の公式ウェブサイト新聞のWeb、電子版上で、所属タレントの顔写真や動画を使用することが制限されていた[23]。マネージャー等も同等とされていた。

ただし例外もあり、TBSラジオで当時SMAPの香取慎吾が『スクランブルSMAP』のラジオパーソナリティを務めていた1997年ごろに同局ウェブサイト内で開設されたプロフィールでは、彼の顔写真を掲載していた[24]。2000年に所属タレントである近藤真彦が経営するエムケイカンパニーが開設した「MK net Circuit 近藤真彦オフィシャルサイト」では、開設当時から顔写真を掲載している[25]。例えば出版社のサイトにて雑誌表紙のタレントが白抜きで表示される、CD等の通信販売サイトにてCDジャケットがシルエット表示される、など[26]長らく事務所および所属レコード会社の公式ウェブサイト以外のウェブサイトで所属タレントのCD・DVDのジャケット掲載を行っていなかったが2017年8月ごろから掲載が解禁された[27]。雑誌・書籍表紙についても2018年4月より掲載が認められるようになった[28]

2017年から2018年にかけて、所属タレントが出演する CM、テレビドラマ[注 1]やバラエティの予告が公式チャンネルを通してYouTubeなどへアップロードされるようになり制限が緩和された[29]。2010年頃から、Adobe フラッシュプレイヤーの技術を利用し、閲覧ページを閲覧者が容易に画像などを保存できない設定になっているためかなり緩和されてきていた[30][信頼性要検証]。同時期からはテレビドラマ、バラエティ番組に関しても動画配信サービスの独占配信を中心に定額見放題配信が増加傾向にある[31]

また2017年には、所属タレントの滝沢秀明が「日UAE親善大使」に委嘱された際、外務省のウェブページに滝沢が写った写真が公開されている[32]

2017年9月にジャニーズ事務所を退社した香取慎吾については、退社後の写真をWeb媒体に掲載可能である旨が明示されている。これはジャニーズ所属時に存在した写真掲載規制が、退社にともなって解けたことを意味している[33]。同年11月10日、ジャニーズWESTの7人が出演するネットドラマ『炎の転校生 REBORN』がNetflixで世界配信[34]

2018年1月1日より、所属芸能人の顔写真を公式サイト「Johnny’s net」に掲載開始した[35]。2018年1月31日、当時関ジャニ∞錦戸亮が外国特派員向けの会見を機に、所属タレントの会見出席時の写真がウェブ媒体における写真掲載が解禁、記者会見や舞台挨拶などでのジャニーズ事務所の所属タレント登壇時の写真がウェブサイトで使用可能[36][37]。使用可能な写真は、所属タレントに対する公開取材での写真で、使用する写真の枚数の制限や写真を二次利用する際の注意点などがあるものの(原則3カットまでなどの条件はあるものの)[38]、所属タレントのインターネット上での写真公開がほぼ例外なく容認される形となり[37]、同日のTwitter上でも、映画『羊の木』の公式アカウントで錦戸亮(当時関ジャニ∞)が写った写真がツイートされた[39]

さらに、同年1月31日の時点では「記者会見、囲み取材、舞台あいさつなどタレント登壇時のものに限る」としていた使用許可範囲は、同年2月12日には事務所や製作者側から配信される写真に限りテレビドラマや映画出演発表の際にも使用可能と緩和され、当日は映画『来る』に主演する岡田准一の写真がインターネット上に掲載された[40]それ以降もスポーツ紙のWEB版で写真が使えない場合は、個人名・グループ名の名前だけを書いた画像で代用される場合がある[要検証]。この場合、書体はスポーツ紙の見出しを模した文字が多い。[要検証]。同年3月21日、ジャニーズJrの最新動画などを配信する公式Youtubeチャンネル「ジャニーズJr.チャンネル」を開設した[41]。事務所がインターネット上に無料配信される映像コンテンツを制作するのは今回が初である。

一方で、国際女性デー協賛の朝日新聞「Dear Girl」のインタビュー記事(井ノ原快彦の分)には、変わらず顔写真掲載を認めていない[42]

声の出演・音源の扱い編集

所属タレントの声の露出も制限される場合がある。

ラジオ番組のストリーミング配信においては、有料での配信となっているLISMO WAVEやドコデモFMでは番組が差し替えられている(大半はフィラー音楽となり、代替番組は放送しない)。radikoに関しては2018年3月までエリアフリーとタイムフリー(エリアフリーの非会員も含む)聴取が規制[43]されていたが、同年4月よりこの規制がなくなり、radikoプレミアムにおけるタイムフリー・エリアフリーいずれも聴取が可能となった[44]NHKネットラジオ「らじる★らじる」に関しては、NHKラジオの無料配信サービスであり、所属タレントが出演する放送番組は全て全国ネットであるため、開始当初からライブ配信が日本国内のみではあるが、そのまま配信される。地域選択も出来るが、設定している地域は関係ない。ただし、聞き逃し配信の対象外である[注 2]

楽曲配信に関しては、個別の楽曲を月額定額制で聴取出来るドワンゴの楽曲配信サイト「dwango.jp(ドワンゴジェイピー)」が『ジャニーズスペシャル』と銘打ち、着うたを中心に配信を行っており、まだまだ数は少なく、アーティストも限られているが、楽曲によってはフルサイズの配信も行っている[45]。尚、iTunes Storemora等の楽曲の配信販売事業、Apple MusicSpotify等のストリーミング配信事業には長らく参加していなかったが、2019年10月9日に嵐の代表曲5曲のストリーミング配信を開始し[46]、同グループの20周年記念日となった11月3日には全シングル表題曲(両A面の2曲目を含む)の配信・デジタル販売、および初の配信限定の新曲のリリースを行った[47]

賞レースへの不参加方針編集

「所属タレントに優劣をつけさせない」との方針により、「候補者を何人か選び、その中から大賞やグランプリ獲得者を決める」という形式の賞レースへの参加は原則辞退している[48][49]。受け取るのはそのタレントに直接賞を贈呈するもの(例として「ベストジーニスト」)や日本国外での表彰のみとなっている。

日本レコード大賞編集

1987年に近藤真彦が『第29回日本レコード大賞』にノミネートされた際、死去した母親の骨つぼが盗難の被害に遭い「大賞を辞退しろ」と脅迫を受けた事件[注 3]や、1990年の『第32回日本レコード大賞』において、忍者が演歌・歌謡曲部門ではなくロック・ポップス部門にノミネートされたのを不服としたことが引き金とされている[48][49]。2003年にSMAPの「世界に一つだけの花」が『第45回日本レコード大賞』の候補に挙がったが「歌詞の中にあるように“ナンバー1”を目指すよりも“オンリーワン”を大切に歌ってきた。そのメッセージを貫きたい」という理由で辞退している[50]

2010年の『第52回日本レコード大賞』には近藤真彦が「最優秀歌唱賞」(第50回以降、同賞はノミネート形式から選考形式に変更された)に選ばれた。この時は「近藤はレコード大賞に育てられた歌手」と受賞を受け入れている[51]

日本アカデミー賞編集

2006年12月の『第30回日本アカデミー賞』発表の席上で、『武士の一分』に主演した木村拓哉が「事務所の方針で、最優秀賞をほかの人と競わせたくない」との理由で「主演男優賞」を辞退した事を発表している[48][50]。同年の『第49回ブルーリボン賞』において木村拓哉と岡田准一(『花よりもなほ』)が「主演男優賞」の選考に挙げられた際にも「お世話になっている俳優や所属タレント同士で賞を争うのは本意ではない」と辞退している[49]

2015年1月、『第38回日本アカデミー賞』に岡田准一が「主演男優賞」(『永遠の0』)と「助演男優賞」(『蜩ノ記』)にノミネートされ、いずれも「最優秀賞」を受賞した。ジャニーズ事務所は「岡田はこれまで弊社最多の20本の映画に出させていただいており、映画に育てていただいた俳優といっても過言ではございません」というコメントを発表した[52]

2016年3月、二宮和也が『母と暮せば』の演技で『第39回日本アカデミー賞』の「最優秀主演男優賞」を受賞してジャニーズ事務所としては2年連続の受賞となった。また山田涼介が「新人賞」を受賞し[53]、日本アカデミー賞にも参加するようになった。

コンサート編集

※ 所属タレントのコンサート・舞台等の主催、企画、チケット販売などを行う「ヤング・コミュニケーション」が設立されており、「ジャニーズチケット販売約款」という規約が作られている。

チケットの販売
チケットの転売行為には厳しい対応を取っており、ネットオークションなどでの第三者への転売行為が判明した場合、コンサート・舞台などの優先販売の通知は発送停止となり、一切のチケット予約が不可能になる。定価以下の販売であっても同様の対応を取る。また、追加公演などで振り替えられた公演が当選した旨の連絡が来た場合、当選したチケットの購入拒否は「個人の意向でキャンセルした」とみなされ、次の公演やそれ以降の公演のチケット購入および購入の為の抽選の対象外となる。
コンサートの内容
ジャニーズカウントダウンライブは、年末年始に行われているKinKi Kidsの公演をはさんで開催されていることから、KinKi Kidsの公演のセットを同公演でも使用していた[54]

アジアでの影響編集

韓国編集

実際にアジアの芸能界にもジャニーズが与えた影響は僅かにある。

韓国では、日本大衆文化の流入制限の時代がありながら、ジャニーズの音楽を鑑賞する人が幾つか存在した。近藤の「ギンギラギンにさりげなく」をはじめ、光GENJIなども韓国で少しは認知度があった。実際にその当時、人気番組だったKBS「若者の行進」では、ローラースケートで歌って踊る夜叉というアイドルグループが作られたりした。そして音楽グループRoo'Raの代表曲である「天上遺愛」は忍者の「お祭り忍者」を盗作したものだった。

1990年代に入ってからジャニーズの全盛期が来て、韓国の芸能会社もジャニーズのシステムを模倣して男性アイドルグループをデビューさせた。

代表的に、SMエンターテインメントの創設者である李 秀満がジャニーズに影響を受けたことが知られており、H.O.T.神話などをデビューさせるきっかけとなった。H.O.Tの<Login H.O.T>、SHINHWAの<神話放送>のような冠番組はSMAPの冠番組「SMAP×SMAP」からヒントを得て製作された番組だった。また、SMの練習生システムであるSMルーキーズは、ジャニーズの練習生システム「ジャニーズJr.」から取ったものである。

大成企画所属(現:DSPメディア)だったソバンチャは、少年隊をベンチマークして結成され、韓国・初のアイドルグループと呼ばれた。SechsKiesもデビュー当時からメンバーの年齢を基準にブラックキス・ホワイトキスと2つのユニットに分けたが、これはV6のコンセプトから取ったものであり、消防車のメンバーがプロデュースした男性アイドルグループNRGV6のように初期にはユーロビートの楽曲とアクロバティックな激しい振り付けで活躍した。

韓国のアイドルがライブコンサートなどでカレンダー、ぬいぐるみ、バッグなどのアイドルグッズ(関連商品)を販売する方式もジャニーズのマーケティングシステムをそのまま応用したものである。

歌謡界だけでなく、映画やドラマなど芸能界全般にも影響を与えており、2000年代に入るとグループを解散したメンバーが俳優として転身・活動することが増えた。2010年代からは歌とダンスだけのイメージだったアイドル歌手が映画やドラマ主演まですることも多くなり、ジャニーズの運営方式を韓国の芸能事務所が参考にしている。

台湾編集

台湾中華民国)でも1980年代後半少年隊の影響を受けて結成された「小虎隊」や「草蜢」といった男性アイドルグループがデビューして大人気アイドルとなった。実際に小虎隊は少年隊の「What's your name?」のカバー曲でデビューした。

また1990年代初頭には小虎隊の成功に続いて光GENJIをベンチマークした「紅孩兒(レッドボーイ)」がバラエティー番組から誕生した。デビュー前から「たまねぎチーム」と「スイカチーム」に分かれた2グループ制でも活動するなど「台湾光GENJI」と呼ばれ人気を博した。以後、5566やK one、183CLUBなどが所属する喬傑立(台湾を代表する芸能事務所)もジャニーズ事務所の経営方針を参考にしている。

中国編集

中国では2010年代にデビューしたTFBOYSや弟分のTyphoon Teensといった男性アイドルグループがデビューしており、TFBOYSは「中国の小虎隊」と呼ばれ絶大な人気を得ている。彼らの所属事務所である¨时代峰峻¨もジャニーズ事務所に影響を受けている。

その他編集

ファンクラブ
「ジャニーズファミリークラブ」を母体として、各タレントのファンクラブが作られている。またファンクラブが結成されていないタレントについては「情報局(ジャニーズJr.)」「ジャニーズアーティストクラブ(解散したグループのメンバー)」がタレントの情報を提供している。
成人式
1999年以降は成人の日に、先輩タレントが立ち会う中で所属タレントの成人式を明治神宮で挙行することが恒例となっていた[55][注 4]
新成人 立会人
1999年 長瀬智也TOKIO)、堂本光一KinKi Kids)、森田剛V6 近藤真彦
2000年 堂本剛(KinKi Kids)、三宅健(V6) 東山紀之少年隊
2001年 岡田准一(V6)、大野智 城島茂(TOKIO)
2002年 滝沢秀明今井翼(当時タッキー&翼)、櫻井翔(嵐) 坂本昌行(V6)
2003年 相葉雅紀(嵐) 山口達也(当時TOKIO)
2004年 二宮和也松本潤(嵐) 長野博(V6)
2005年 生田斗真赤西仁(当時KAT-TUN)、小山慶一郎NEWS)、安田章大関ジャニ∞)、錦戸亮(当時NEWS、当時関ジャニ∞) 国分太一(TOKIO)
2006年[55] 山下智久(当時NEWS)、亀梨和也(KAT-TUN)、田口淳之介田中聖(当時KAT-TUN)、大倉忠義(関ジャニ∞)、長谷川純 松岡昌宏(TOKIO)

所属タレント編集

2011年3月、同月11日に発生した東日本大震災東北地方太平洋沖地震)復興支援活動「Marching J」プロジェクトを立ち上げた際に、同時点での所属タレント(ジャニーズJr.の主要メンバーを含む)を「全83名」と発表している[57]

デビュー組編集

以下は、2019年10月1日時点の公式サイトのアーティスト欄[58]に掲載のある者及び2020年1月22日にデビュー予定の者を、デビュー日順に並べた表である。昇順/降順に並べ替え可能。名前またはグループ名に「(紅白)」が表記されている者はNHK紅白歌合戦出場経験者。

名前 生年月日(年齢) デビュー(Jr.卒業)日 所属するグループ かつて所属したグループ
こんどう/近藤真彦(紅白) (1964-07-19) 1964年7月19日(55歳) 1980年12月12日   たのきんトリオ
にしきおり/錦織一清(紅白) (1965-05-22) 1965年5月22日(54歳) 1985年12月12日 しようねんたい/少年隊(紅白)
うえくさ/植草克秀(紅白) (1966-07-24) 1966年7月24日(53歳)
ひかしやま/東山紀之(紅白) (1966-09-30) 1966年9月30日(53歳)
うちうみ/内海光司(紅白) (1968-01-11) 1968年1月11日(51歳) 1987年08月19日 ひかるけんし/光GENJI(紅白)
さとうあつひろ/佐藤アツヒロ(紅白) (1973-08-30) 1973年8月30日(46歳)
おかもとけんいち/岡本健一(紅白) (1969-05-21) 1969年5月21日(50歳) 1988年08月24日 おとこくみ/男闘呼組(紅白)
なかい/中居正広(紅白) (1972-08-18) 1972年8月18日(47歳) 1991年09月09日 すまつふ/SMAP(紅白)
きむら/木村拓哉(紅白) (1972-11-13) 1972年11月13日(47歳)
しようしま/城島茂(紅白) (1970-11-17) 1970年11月17日(49歳) 1994年09月21日 ときお/TOKIO(紅白)
こくふん/国分太一(紅白) (1974-09-02) 1974年9月2日(45歳)
まつおか/松岡昌宏(紅白) (1977-01-11) 1977年1月11日(42歳)
なかせともや/長瀬智也(紅白) (1978-11-07) 1978年11月7日(41歳)
さかもと/坂本昌行(紅白) (1971-07-24) 1971年7月24日(48歳) 1995年11月01日 ふいしつくす/V6(紅白)
なかの/長野博(紅白) (1972-10-09) 1972年10月9日(47歳)
いのはら/井ノ原快彦(紅白) (1976-05-17) 1976年5月17日(43歳)
もりた/森田剛(紅白) (1979-02-20) 1979年2月20日(40歳)
みやけ/三宅健(紅白) (1979-07-02) 1979年7月2日(40歳)
おかた/岡田准一(紅白) (1980-11-18) 1980年11月18日(39歳)
とうもとこういち/堂本光一(紅白) (1979-01-01) 1979年1月1日(40歳) 1997年07月21日 きんききつす/KinKi Kids(紅白)
とうもとつよし/堂本剛(紅白) (1979-04-10) 1979年4月10日(40歳)
おおの/大野智(紅白) (1980-11-26) 1980年11月26日(39歳) 1999年11月03日 あらし/(紅白)
さくらい/櫻井翔(紅白) (1982-01-25) 1982年1月25日(37歳)
あいは/相葉雅紀(紅白) (1982-12-24) 1982年12月24日(36歳)
にのみや/二宮和也(紅白) (1983-06-17) 1983年6月17日(36歳)
まつもと/松本潤(紅白) (1983-08-30) 1983年8月30日(36歳)
こやま/小山慶一郎 (1984-05-01) 1984年5月1日(35歳) 2003年11月7日 にゆうす/NEWS
かとう/加藤シゲアキ (1987-07-11) 1987年7月11日(32歳)
ますた/増田貴久 (1986-07-04) 1986年7月4日(33歳)
てこし/手越祐也 (1987-11-11) 1987年11月11日(32歳)
やました/山下智久 (1985-04-09) 1985年4月9日(34歳) にゆうす/NEWS
うち/内博貴 (1986-09-10) 1986年9月10日(33歳) にゆうすかんしやにえいと/NEWS、関ジャニ∞
よこやま/横山裕(紅白) (1981-05-09) 1981年5月9日(38歳) 2004年08月25日 かんしやにえいと/関ジャニ∞(紅白)
むらかみ/村上信五(紅白) (1982-01-26) 1982年1月26日(37歳)
まるやま/丸山隆平(紅白) (1983-11-26) 1983年11月26日(36歳)
やすだ/安田章大(紅白) (1984-09-11) 1984年9月11日(35歳)
おおくら/大倉忠義(紅白) (1985-05-16) 1985年5月16日(34歳)
かめなし/亀梨和也 (1986-02-23) 1986年2月23日(33歳) 2006年03月22日 かとううん/KAT-TUN
うえた/上田竜也 (1983-10-04) 1983年10月4日(36歳)
なかまる/中丸雄一 (1983-09-04) 1983年9月4日(36歳)
やまた/山田涼介(紅白) (1993-05-09) 1993年5月9日(26歳) 2007年11月14日 へいせいしやんふ/Hey! Say! JUMP(紅白) えぬわいしい/NYC(紅白)
ちねん/知念侑李(紅白) (1993-11-30) 1993年11月30日(26歳)
なかしまゆうと/中島裕翔(紅白) (1993-08-10) 1993年8月10日(26歳)
ありおか/有岡大貴(紅白) (1991-04-15) 1991年4月15日(28歳)
たかき/髙木雄也(紅白) (1990-03-26) 1990年3月26日(29歳)
いのお/伊野尾慧(紅白) (1990-06-22) 1990年6月22日(29歳)
やおとめ/八乙女光(紅白) (1990-12-02) 1990年12月2日(29歳)
やふ/薮宏太(紅白) (1990-01-31) 1990年1月31日(29歳)
おかもとけいと/岡本圭人(紅白) (1993-04-01) 1993年4月1日(26歳)
なかやま/中山優馬(紅白) (1994-01-13) 1994年1月13日(25歳) 2009年07月15日 えぬわいしい/中山優馬 w/B.I.Shadow
NYC(紅白)
いくた/生田斗真 (1984-10-07) 1984年10月7日(35歳) 2010年08月31日[要出典]
きたやま/北山宏光(紅白) (1985-09-17) 1985年9月17日(34歳) 2011年08月10日 きすまいふつとつう/Kis-My-Ft2(紅白)
せんか/千賀健永(紅白) (1991-03-23) 1991年3月23日(28歳)
みやた/宮田俊哉(紅白) (1988-09-14) 1988年9月14日(31歳)
よこお/横尾渉(紅白) (1986-05-16) 1986年5月16日(33歳)
ふしかや/藤ヶ谷太輔(紅白) (1987-06-25) 1987年6月25日(32歳)
たまもり/玉森裕太(紅白) (1990-03-17) 1990年3月17日(29歳)
にかいとう/二階堂高嗣(紅白) (1990-08-06) 1990年8月6日(29歳)
なかしまけんと/中島健人(紅白) (1994-03-13) 1994年3月13日(25歳) 2011年11月16日 せくしいそおん/Sexy Zone(紅白) 中山優馬 w/B.I.Shadow
きくち/菊池風磨(紅白) (1995-03-07) 1995年3月7日(24歳)
さとうしょうり/佐藤勝利(紅白) (1996-10-30) 1996年10月30日(23歳)
まつしま/松島聡(紅白) (1997-11-27) 1997年11月27日(22歳)
まりうす/マリウス葉(紅白) (2000-03-30) 2000年3月30日(19歳)
はしもと/橋本良亮 (1993-07-15) 1993年7月15日(26歳) 2012年02月01日 ええひいしいすいい/A.B.C-Z
とつか/戸塚祥太 (1986-11-13) 1986年11月13日(33歳)
かわい/河合郁人 (1987-10-20) 1987年10月20日(32歳)
こせき/五関晃一 (1985-06-17) 1985年6月17日(34歳)
つかた/塚田僚一 (1986-12-10) 1986年12月10日(32歳)
なかま/中間淳太 (1987-10-21) 1987年10月21日(32歳) 2014年04月23日 しやにいすうえすと/ジャニーズWEST
はまた/濵田崇裕 (1988-12-19) 1988年12月19日(30歳)
きりやま/桐山照史 (1989-08-31) 1989年8月31日(30歳)
しけおか/重岡大毅 (1992-08-26) 1992年8月26日(27歳)
かみやま/神山智洋 (1993-07-01) 1993年7月1日(26歳)
ふしい/藤井流星 (1993-08-18) 1993年8月18日(26歳)
こたき/小瀧望 (1996-07-30) 1996年7月30日(23歳)
やら/屋良朝幸 (1983-02-01) 1983年2月1日(36歳) 2015年10月08日[要検証][17][59]
かさま/風間俊介 (1983-06-17) 1983年6月17日(36歳)
はせかわ/長谷川純 (1985-10-29) 1985年10月29日(34歳)
こしおか/越岡裕貴 (1986-10-05) 1986年10月5日(33歳) 2018年03月13日[要出典][60][61] ふおうゆうふぉ〜ゆ〜
まつさき/松崎祐介 (1986-10-20) 1986年10月20日(33歳)
ふくた/福田悠太 (1986-11-15) 1986年11月15日(33歳)
たつみ/辰巳雄大 (1986-11-25) 1986年11月25日(33歳)
はまなか/浜中文一 (1987-10-05) 1987年10月5日(32歳)
ひらの/平野紫耀(紅白) (1997-01-29) 1997年1月29日(22歳) 2018年05月23日 きんくあんとふりんす/King & Prince(紅白)
なかせれん/永瀬廉(紅白) (1999-01-23) 1999年1月23日(20歳)
たかはし/髙橋海人(紅白) (1999-04-03) 1999年4月3日(20歳)
きし/岸優太(紅白) (1995-09-29) 1995年9月29日(24歳)
いわはし/岩橋玄樹 (1996-12-17) 1996年12月17日(22歳)
しんくうし/神宮寺勇太(紅白) (1997-10-30) 1997年10月30日(22歳)
こうち/髙地優吾(紅白) (1994-03-08) 1994年3月8日(25歳) 2020年1月22日(予定) すとおんす/SixTONES 中山優馬 w/B.I.Shadow
きようもと/京本大我 (1994-12-03) 1994年12月3日(25歳)
たなか/田中樹 (1995-06-15) 1995年6月15日(24歳)
まつむら/松村北斗(紅白) (1995-06-18) 1995年6月18日(24歳) 中山優馬 w/B.I.Shadow
しえしい/ジェシー (1996-06-11) 1996年6月11日(23歳)
もりもと/森本慎太郎(紅白) (1997-07-15) 1997年7月15日(22歳) スノープリンス合唱団(紅白)
ふかさわ/深澤辰哉 (1992-05-05) 1992年5月5日(27歳) すのうまん/Snow Man
さくま/佐久間大介 (1992-07-05) 1992年7月5日(27歳)
わたなへ/渡辺翔太 (1992-11-05) 1992年11月5日(27歳)
みやたて/宮舘涼太 (1993-03-25) 1993年3月25日(26歳)
いわもと/岩本照 (1993-05-17) 1993年5月17日(26歳)
あへ/阿部亮平 (1993-11-27) 1993年11月27日(26歳)
むかい/向井康二 (1994-06-21) 1994年6月21日(25歳)
めくろ/目黒蓮 (1997-02-16) 1997年2月16日(22歳)
らうーる/ラウール (2003-06-27) 2003年6月27日(16歳)

ジャニーズJr.編集

過去に所属していたタレント・グループ編集

他社レコード会社編集

自社レーベルのほか、社所属タレントの一部は、他のレコード会社に所属している。

名前 所属レコード会社 所属レーベル
  • 近藤真彦
ソニー・ミュージックレーベルズ ソニー・ミュージックレコーズ
  • 山下智久
  • SixTONES
SME Records
  • 木村拓哉
JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント Victor Entertainment
  • V6
    • 20th Century
    • Coming Century
  • Kis-My-Ft2
  • Snow Man
エイベックス・エンタテインメント avex trax
  • TOKIO
  • KAT-TUN
  • Hey! Say! JUMP
ジェイ・ストーム ジェイ・ストーム
  • 関ジャニ∞
INFINITY RECORDS
  • 少年隊
  • KinKi Kids
  • NEWS
  • ジャニーズWEST
  • 中山優馬
Johnny's Entertainment Record
  • Sexy Zone
  • A.B.C-Z
ポニーキャニオン ポニーキャニオン
  • King & Prince
ユニバーサルミュージック Johnnys’Universe / ユニバーサルJ
  • ジャニーズJr.
ジェイ・ストーム ジェイ・ストーム
Johnny's Entertainment Record

過去には、RVC(現・Ariola Japan)(近藤真彦)、ワーナーミュージック・ジャパンポニーキャニオン(少年隊)、キャニオン・レコード → ポニーキャニオン(光GENJI)、BMGビクター(男闘呼組)、ビクター音楽産業 → ビクターエンタテインメント → JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント(SMAP)、ソニー・レコードユニバーサルJ(TOKIO)、ポニーキャニオン(嵐)、avex trax(タッキー&翼)、テイチクエンタテインメント(関ジャニ∞)、J-One Records(KAT-TUN)、ワーナーミュージック・ジャパン(山下智久)への所属実績もあった。

会社概要編集

事務所の所在地変遷編集

所在地 日付 備考
東京都豊島区雑司が谷 1962年 - 1964年6月28日 兼 合宿所およびレッスン場。芸能事務所「名和プロダクション」が運営していたタレント養成所「新芸能学院」。
東京都新宿区四谷3-1-3-2F 1964年6月29日 - 兼 合宿所。
東京都渋谷区代々木1-37-3 岩崎ビル3F - 1968年春 兼 合宿所およびレッスン場
東京都渋谷区神宮前2-18-13-2F 兼 合宿所
東京都渋谷区広尾1-1-22 恵比寿グリーンハイム204号 1971年 -
東京都港区青山3丁目 1973年 -
東京都港区六本木5-13-13 フォンテーヌビル2F 1974年 -
東京都港区赤坂8-5-24 赤坂エイトビル3F 現存しない。
東京都港区六本木2-3-9 亀甲ビル7 - 8F
東京都港区赤坂8-11-20 1998年4月 - 2018年7月9日 創業以来初の自社ビル。現在はグループ会社のジャニーズ・エンタテイメントとアートバンクが入居している[62][63][64]
東京都港区赤坂9-6-35 2018年7月10日 - SME乃木坂ビル(地下3階部分は、ソニー・ミュージックスタジオ東京に賃貸借)

主な役員編集

2019年9月27日付役員人事執行時点[1]

氏名 生年月日(年齢) 役職 備考
藤島メリー泰子 (1926-12-25) 1926年12月25日(92歳) 代表取締役会長
藤島ジュリー景子 (1966-07-20) 1966年7月20日(53歳) 代表取締役社長
ジェイ・ストーム代表取締役社長
エム・シィオー代表取締役社長
ユニゾン代表取締役社長
東京・新・グローブ座代表取締役社長
白波瀬傑 取締役副社長
滝沢秀明 (1982-03-29) 1982年3月29日(37歳) 取締役副社長
ジャニーズアイランド代表取締役社長
小俣雅充 取締役常務
原藤一輝 取締役
山下賢一 取締役
大坪亮太 監査役
小亦斉 監査役
小杉理宇造 (1947-11-10) 1947年11月10日(72歳) 顧問
ジャニーズ・エンタテイメント元代表取締役社長

関係者編集

ジャニー喜多川
創業者。2019年7月9日死去。
飯島三智
元株式会社ジェイ・ドリーム取締役。2016年1月に退社。SMAPの元マネージャー。

主要関連企業編集

株式会社ジェイ・ストーム
東京都港区赤坂9-6-35
レコード会社・映画制作会社。代表取締役社長:藤島・ジュリー・景子
2017年1月現在ジャニーズ・エンタテイメント同様日本レコード協会に準会員として加盟。
株式会社ヤング・コミュニケーション
東京都港区赤坂9-6-35
コンサート及び舞台主催、代表取締役社長:ジャニー喜多川
コンサート事務局
株式会社ヤング・コミュニケーションのチケット販売部門。
株式会社エム・シィオー
東京都港区赤坂9-6-35
書籍、マーチャンダイジング、宣伝ツールの企画・制作、コンサートグッズ販売。代表取締役社長:藤島・ジュリー・景子
有限会社ジェイステーション(別表記は「J-STATION」)
東京都港区赤坂9-6-35
タレントグッズ販売、ジャニーズショップの経営。1989年5月にジャニーズ事務所51%、日本廣明社49%の出資で設立。
ユニゾン株式会社
東京都港区赤坂9-6-35
広告事業。代表取締役社長:藤島ジュリー景子
株式会社ジャニーズ出版(別名:「ジャニー・カンパニー」、「ジャニーズ・パブリッシング」)
東京都港区赤坂9-6-35
音楽出版事業。代表取締役社長:ジャニー喜多川。野村義男が一時期所属。
株式会社ミュージックマインド
東京都港区赤坂9-6-35
音楽出版事業。
株式会社アートバンク
東京都港区赤坂8-11-20
携帯コンテンツ事業、2003年5月14日からスタートしたモバイル公式サイト「Johnny's web」のために設立。
株式会社つづきスタジオ
東京都港区麻布十番4-6-9
リハーサル・レコーディングスタジオ。1991年12月より、ジャニーズ事務所の直営となった。代表取締役社長:ジャニー喜多川、企業番号:293792410。
ジャニーズファミリークラブ
東京都渋谷区渋谷1-10-10
ファンクラブ運営
株式会社ジャニーズアイランド
東京都渋谷区渋谷3-29-24
2019年1月15日設立。代表取締役社長:滝沢秀明。主にジャニーズJr.のプロデュースを行っている。
株式会社東京・新・グローブ座
東京都新宿区百人町3-1-2
東京グローブ座の運営。代表取締役社長:藤島・ジュリー・景子
提携
株式会社日本廣明社
東京都千代田区神田三崎町2-4-1
広告宣伝会社・タレントグッズの企画
株式会社ケイ・プランニングセンター
日本廣明社系列、広告代理店・タレントマネージメント

過去の関連企業編集

株式会社ジェイ・ドリーム
2005年6月設立。代表取締役社長:ジャニー喜多川
2016年のSMAP解散をもって事業停止状態となっている。
株式会社クンクン
東京都港区赤坂8-11-20
代表取締役社長:月丘夢路
雑誌、カレンダー等の企画制作の各出版社との契約折衝代行。その他、化粧品製造販売も行っていた。
2018年11月7日をもって倒産[65]
株式会社ジャニーズ・エンタテイメント
東京都港区赤坂8-11-20
レコード会社。代表取締役社長:小杉理宇造
2017年1月現在日本レコード協会に準会員として加盟。
2019年5月31日をもって『ジェイ・ストーム』に全事業を譲渡し事業終了。

コンプライアンス編集

2019年7月、元所属タレントに圧力の疑いで公正取引委員会による注意編集

公正取引委員会は以下の疑いがあるとして、2019年7月17日までにジャニーズ事務所に対し「注意」を行った[66][67]

  • ジャニーズ事務所が、民放テレビ局などに対し、かつて同社配下に属しており2016年に解散したグループSMAPの元メンバーでジャニーズから独立した3名(稲垣吾郎草なぎ剛香取慎吾による新しい地図)を出演させないよう圧力をかけていた疑い。

なお公正取引委員会の「注意」とは独占禁止法上の違反行為の存在を疑うに足る証拠が得られないが、違反につながるおそれがある行為がみられたときに、未然防止を図る観点から行われるもの[69]

NHKは、民放テレビ局の関係者が公正取引委員会に対し「ジャニーズ事務所にタレントの出演を依頼した際、『SMAPの元メンバー3人(新しい地図)が関わっている場合には、所属タレントは出演させられない』と圧力をかけられた」と NEWS WEB に記載したが[70]、民放テレビ各局は、 ジャニーズ事務所から3人を出演させないよう圧力があったかとの質問に「そのような事実はありません」と否定している[71]。 NHKも7月24日の放送総局長定例会見で NHK編成局計画管理部の山内昌彦部長が、SMAPの元メンバー3人に関してジャニーズ事務所からNHKへの圧力は「まったくありません」と説明している[72][73]

ジャニーズ事務所の反応編集

ジャニーズ事務所は「テレビ局に圧力などをかけた事実はなく公正取引委員会から行政処分や警告を受けたわけでもない。とはいえ調査は受けたことは重く受け止め今後は誤解のないようにしたい。」とコメントを発表している[74]。公正取引委員会から行われた「注意」についての対応については触れていない[74]

ジャニーズショップ編集

有限会社ジェイステーションが運営する、ジャニーズ事務所公認のグッズ販売店。『Johnny's Jr. 名鑑』シリーズの発行・販売も行っていた。

  • ジャニーズ原宿
    • 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-14-21 イルサリチェビル 1F
  • ジャニーズ大阪
    • 〒530-0017 大阪府大阪市北区角田町2-15 シログチビル1・2F
    • 旧所在地: 〒542-0086 大阪府大阪市中央区西心斎橋1-12-8 大美建築ビル2F(1999年 - 2015年3月31日)
  • ジャニーズ名古屋
    • 〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-17-6 ナカトウ丸の内ビル 1F(2012年9月24日 - )
    • 旧所在地: 〒461-0005 愛知県名古屋市東区東桜2-14-7 プロト東桜ビル 2F
  • ジャニーズプラザ(京都・嵐山店)
    • 〒616-8384 京都府京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町40-8( - 1999年)
    • 〒616-8384 京都府京都市右京区嵯峨天竜寺造路町37-3(「ジャニーズ大阪」の業務拡大による統合に伴い、2007年12月31日をもって営業終了)
  • ジャニーズ福岡

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ こちらは「TVer」等の「見逃し配信」も含まれる。
  2. ^ 一例として、『らじらー!』に関しては、吉本興業所属タレントが担当する『らじらー!サンデー』のみが聞き逃し配信の対象である。
  3. ^ 骨つぼは発見されていないが、この時近藤は「自分の心の中にある母親の思い出までは盗めない」とコメントし同賞に出席、大賞を獲得した。
  4. ^ しかし、2007年は該当者(内博貴)の不祥事により自粛され、もう一人の新成人である増田貴久が袴姿で単独の記者会見に臨んだ。2008年に簡易な成人式を挙行したのを最後に実施されていない[56][信頼性要検証]

出典編集

  1. ^ a b “役員人事のお知らせ” (日本語) (HTML) (プレスリリース), ジャニーズ事務所, (2019年9月27日), https://www.johnny-associates.co.jp/news/info-223/ 2019年9月27日閲覧。 
  2. ^ 矢野, pp. 14-21.
  3. ^ “あおい輝彦が独占手記、ジャニーさん死去に「兄貴を亡くした気持ち」”. サンケイスポーツ. 産業経済新聞社: p. 1-2. (2019年7月11日). https://www.sanspo.com/geino/news/20190711/geo19071102280003-n1.html 2019年7月11日閲覧。 
  4. ^ 矢野, pp. 32-40.
  5. ^ 矢野, pp. 57-59.
  6. ^ 矢野, pp. 59-66.
  7. ^ 矢野, pp. 70-88.
  8. ^ 矢野, pp. 88-92.
  9. ^ 矢野, pp. 134-135.
  10. ^ 矢野, pp. 100-112.
  11. ^ 矢野, pp. 131-133.
  12. ^ 矢野, pp. 135-138.
  13. ^ 矢野, pp. 160-164.
  14. ^ 矢野, p. 164.
  15. ^ 矢野, pp. 189-190.
  16. ^ 矢野, pp. 23-30.
  17. ^ a b “【急になぜ?】屋良朝幸、風間俊介ら4名がジャニーズJr.突然の卒業にファンは…”. モデルプレス. (2015年10月15日). https://mdpr.jp/other/detail/1533721 2017年10月29日閲覧。 
  18. ^ “ジャニーズ事務所への入り方、一番多いのは…”. zakzak. (2017-08-15accessdate=2019-02-23). https://www.zakzak.co.jp/ent/news/170815/ent1708152560-n3.html 
  19. ^ “KAT-TUNの中丸雄一がジャニーズの副業禁止に言及 元メンバーを意識か”. ライブドアニュース. (2015年12月20日). http://news.livedoor.com/article/detail/10977132 2019年2月23日閲覧。 
  20. ^ “Jemmy's!”. 布川敏和オフィシャルブログ 「ふっくんの日々是好日 ALLOHAPPY」. (2012年9月28日). https://ameblo.jp/fucknfuckn/entry-11365884140.html 2019年7月20日閲覧。 
  21. ^ “ジャニーズ写真解禁に「時代が変わった」 初取材の記者が、リハーサル画像と振り返るNHK紅白歌合戦2018 (1/3)”]. ねとらぼ. (2019年1月16日). http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1901/06/news019.html 2018年1月31日閲覧。 
  22. ^ “ジャニーズがネット進出、WEST主演ドラマを配信”. 日刊スポーツ. (2017年3月25日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/1797262.html 2017年10月29日閲覧。 
  23. ^ ジャニーズの「時代錯誤」に宣戦布告! 稲垣・草なぎ・香取がネット解禁 (1/4)”. デイリー新潮 (2017年9月30日). 2018年7月11日閲覧。 ジャニーズの「時代錯誤」に宣戦布告! 稲垣・草なぎ・香取がネット解禁 (3/4)”. デイリー新潮 (2017年9月30日). 2018年7月11日閲覧。
  24. ^ 香取慎吾プロフィール”. 2018年7月11日閲覧。(インターネットアーカイブ1999年4月18日付保存キャッシュより)
  25. ^ 参考:2000年当時のオフィシャルサイト内インデックスページ(インターネットアーカイブ2000年6月20日付保存キャッシュより)
  26. ^ “ジャニーズはなぜインターネットをガン無視するのか? 戦後日本文化の「特異点」を語る (3/3)”. 現代ビジネス. http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50616?page=3 2017年10月29日閲覧。 
  27. ^ “ジャニーズ、ネット上での“情報革命”が話題「ついに」「時代が変わっていく…」”. モデルプレス. (2017年8月13日). https://mdpr.jp/news/detail/1706899 2017年8月24日閲覧。 
  28. ^ “雑誌、書籍の表紙掲載のジャニーズタレント写真がネット解禁”. NEWSポストセブン (小学館). (2018年4月4日). https://www.news-postseven.com/archives/20180405_664713.html 2018年4月5日閲覧。 
  29. ^ “木村拓哉がLINEスタンプに CMはYouTube公開、ネット進出にも注目?”. KAI-YOU. (2017年12月25日). http://kai-you.net/article/48903 2018年1月31日閲覧。 
  30. ^ ジャニーズ画像ついにネット解禁!? ドラマサイトが続々"イラスト→実写"に. サイゾー (2010年1月20日) 2017年10月29日閲覧。
  31. ^ ジャニーズ、Netfrixなど動画配信サービス次々参入……木村拓哉も登場でファン騒然”. サイゾーウーマン (2018年7月26日). 2018年9月12日閲覧。
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参考文献編集

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関連項目編集

外部リンク編集