超低床電車(ちょうていしょうでんしゃ)は、客室床面の高さが極めて低い電車のことである。主に路面電車に使用される。

アデレードグレネルグ・トラムにおけるアルストムのシタディス302及びボンバルディアのFlexity Classic

乗客は、高さが低いタイプの停留場プラットホーム(場合によっては地上)からほぼ段差無く乗降し、客室内部に出入りできるので、乗降性が優れている。

概要

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車椅子利用の可能な超低床路面電車の乗降口
車両内に階段のある高床路面電車の乗降口

超低床電車の床面高さは、おおむね300 - 350 mm程度に設定されている。世界で最も低床なものはウィーンULF形であり、その床面高さは180 mmである。従来の路面電車車両は車輪動力装置を床下に設ける構造であったが、超低床電車では、小径車輪採用による車軸の低下化、車軸を廃止した左右独立車輪式台車、フローティング車体の使用、電子機器の屋根上への配置などの技術を用いて客室床面を下げている。完全低床とは、客室中央通路が全長に亘って100 %低床化されている設計を指す。部分低床とは100 %未満の設計を指す。

超低床電車は、客室床面をプラットホーム(場合によっては地上)とほぼ同じ高さに近づけることにより、プラットホーム・乗降口・客室中央通路床面の間の乗降客の動きをバリアフリー化することを目的に開発された。

路面電車の停留場はプラットホームの高さが低く、また、プラットホームが設置されていない停留所もあるため、従来車両では乗降の際に車両側のステップ(段差・階段)を用いる必要がある[注釈 1]。しかし、この方法では乗降に時間がかかるうえ、老人障害者の乗降にも支障がある。車両によっては扉幅が狭く、介助者が付いても車椅子の乗降が物理的に不可能な場合があった。

なお、東京都交通局都電荒川線東京急行電鉄世田谷線では、専用軌道の比率が高いことから、超低床電車を用いず、プラットホームの高さを嵩上げすることでバリアフリー化を実現している。

歴史

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1910年代に製造された超低床電車"ヘドリー・ドイル・ステップレス・ストリートカー"

低床路面電車車両は欧米の都市で1910年代頃から現れている。多くは出入口付近のみを低床化したものだが、ヘドリー・ドイル・ステップレス・ストリートカーのように台車以外の部分を全て低床化したものもある。100 %低床車両は、ドイツコッペル社が1934年に床面高さ380 mmの4輪電動客車をエッセンに納入している。これは第二次世界大戦中の1943年まで使用されたが、その後、この試みは途絶えていた。

再び動きが出てくるのは1980年代後半のヨーロッパ各国である。パワーエレクトロニクスの発展により、機器の小型化が実現、これと車軸の廃止や動力伝達方式の工夫が組み合わさり、様々な形態の車両が生み出されていく。その始まりは、スイスヴェヴェイ市)のACMV社が1984年に製造した2車体連節車Be4/6形で、ジュネーヴに納入された[1]。これは、台車は通常の構造で、それ以外の部分の床を下げた部分低床車である[1]

さらにその後、車内の70 %が低床構造となっている部分超低床電車を実現するために、各メーカーは、車両両端の動力台車以外には、車軸を廃止した構造の非動力台車を採用し、低床部分を拡大している[1]フランスグルノーブル(アルストム社TFS-2型を1987年に導入)、イタリアトリノ1988年 - 1989年フィアットもしくはフィレマ製5000型)、スイスベルン(1989年、ACMV社製Be4/8)などがこのタイプである[1]

一方、車内全体が低床構造となっている100 %低床車としては、イタリアのソシミ社が1989年に試作した4軸ボギー車のS-350が世界初の事例である[1]。動力台車の外側に各車輪専用の主電動機を取りつけた方式が特徴で、この方式は後にABB社と共同開発したユーロトラムとして普及する。フランスのストラスブールの車両(1994年導入)がこの一例である[1]

ドイツでは、「ドイツ公共輸送事業者協会 (Verband öffentlicher Verkehrsbetriebe; VÖV; Association of Public Transport Companies)」により1982年に研究組織が作られ、1991年には独立操舵式車輪と外側にモーターを持つ車両が生まれている[1]

しかし、同国で大規模に普及したのは、AEG社(実質に買収された旧MAN社の鉄道車両部門)が1989年に試作し、翌1990年からブレーメン市電で営業運転に導入されたGT6N形から始まった、ブレーメン形と呼ばれる路面電車車両である[1]。車輪を繋ぐ車軸がなく、車体下部に設置された電動機からカルダンシャフトを介して動力が伝達される車体装架カルダン駆動方式が特徴である[1]

一方、従来ドイツ最大の路面電車メーカーであったDUEWAG(デュワグ)社は当初、前述のVÖVタイプが開発の中心であり、70 %低床型NGT6C型車両(カッセルへ1990年導入)、40 %低床型GT8DMNZ型車両(フライブルクABB社とともに1993年導入)、ハブモーターを使用した100 %低床型車両(フランクフルト・アム・マインTyp R,1993年導入)を始めていた[1]。しかし問題も多く、超低床型の主流からは次第に後塵を拝する形となり、巻き返しを図って新設計のコンビーノを開発し、1996年デュッセルドルフ市に導入された。これは片側の2つの車輪を一つのモーターで駆動する直角中空軸積層ゴム駆動方式を採用している。

このほかに、オーストリアウィーンでは連節部に取り付けた各車輪を垂直方向から駆動する方式[1]ULF形、1992年試作・1994年以降量産、SGP製)を取り入れている。またBNボンバルディア社(+GECアルストム)はハブモーターを使用した100 %低床のT2000型をベルギーのブリュッセル(1993年)に導入した。LHB Salzgitter 及び ADtranz(後にアルストム及びボンバルディア)は70 %低床のNGT8D型を1994年マクデブルクへ導入している。

フランスではアルストム社がTFT-2の技術(およびADtranzやフィアットの部門の買収)に基づき、新設計のシタディス(70 %低床車および100 %低床車)を開発し、2000年にモンペリエ市、リヨン市に導入された。その後、フランス国内の新規導入をほぼ独占している。

1980年代末 - 1990年代初め頃までおもに部分低床車を導入していたイタリア諸都市も、その後は100 %低床車の導入を進め、フィアット製の100 %低床車がトリノローマなどの都市の事業者に納入されている。

しかし、100 %低床型車両に用いられるような左右の車輪が独立した台車設計は複雑な機構を有し、保守などの面で問題を抱えやすい。特に、左右の動力車輪にモーターがつく形態は、両輪の制御が難しいという問題があった[1]。また曲線通過時に車輪等の摩耗進行及び走行騒音増加が発生する場合も見られた[1]

ボンバルディア社ではこのような課題に対処するために、車軸を持つ台車を採用した設計(ただし車輪径を小さくして100 %低床を実現)のシティーランナーフレキシティ・アウトルック)をオーストリアのグラーツ2000年に納入している。またブリュッセルにも2005年にこれをT3000型として納入している。

ドイツのフランクフルト・アム・マインの場合も、Typ Rの後継のTyp S(車種はボンバルディアフレキシティ・クラシック,2003年導入)の採用は、70 %低床車の導入に逆戻りしたことになる。

また、従来型の連節電車に100 %低床の中間車体を挿入した、ナント市のTFS-1型[1]や、ライプツィヒ市電やロストック市電のような100 %低床の附随車を牽引する例もある。

車種

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路面電車・ライトレール・トラムトレイン

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超低床電車が発展した1990年代以降、欧米の電機メーカー・車両メーカーは、国境を越えた大規模な合併が進んだ。そのため、製造メーカー名に留意する必要がある。

  日本 - アルナ車両
  日本 - 近畿車両三菱重工業東洋電機製造
  日本 - 近畿車両
  日本 - 新潟トランシス
  カナダ - ボンバルディア・トランスポーテーション
  フランス - アルストム・トランスポール
  ドイツ - シーメンス
  ドイツ - ハイターブリックドイツ語版[2]
  ロシア - トヴェリ車両工場
  ロシア - ウスチ=カタフ車両工場
  ロシア - ペテルブルクトラム機械工場
  ウクライナ - エレクトロントランス
  ベラルーシ - Belkamunmash
  クロアチア - クロトラムコンソーシアム
  チェコ - ČKDタトラ
  • RT6N1 ※部分低床車
  • RT6S ※部分低床車
  チェコ - アライアンスTW
  チェコ - シュコダ・トランスポーテーション
  チェコ - イネコン・トラム
  ドイツ - デュワグ
  イタリア - 日立レールイタリア(←アルサンドブレーダ)
  イタリア - フィアット(鉄道車両部門)(→アルストム)
  イタリア - ソシミ
  ポーランド - コンスタル(→アルストム・コンスタル
  • 112N ※部分低床車
  • 114Na ※部分低床車
  • 116N ※部分低床車
  ポーランド - ペーサ(Pesa)
  ポーランド - ソラリス
  スペイン - CAF
  スイス - シュタッドラー
  アメリカ合衆国 - ブルックビル・エクイップメント・コーポレーション
  中華民国 - 台湾車輌(ドイツ・フォイトとの共同設計)

一般鉄道

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一般鉄道でも、ホームの高さが低い欧州(大陸)では、気動車を含め、鉄道線車両でも部分低床車両が作られている。スペインのタルゴ社のタルゴには100 %低床車種がある。

駅のホームが低い位置にあるヨーロッパでは郊外の鉄道でも積極的に低床車両を導入している。コスト削減と直通運転の容易さから製造会社が幾つかの規格を決めて、購入者がそれを組み合わせるセミオーダーメイドタイプの車両が多い。

なお、日本ではホームのかさ上げによって段差を埋めるケースが多かったが、近年はJR北海道735系電車JR東日本E721系電車のように、床下機器の小型化、小径車輪の採用、床構造の見直しなどで低床化を図った車両も出始めている。とはいえ、欧州の低床車両の床面高さは最も低いものでは500 mm程度であり、735系やE721系の半分程度しかない。

  フランス - アルストム・トランスポール社
  ドイツ - ボンバルディア・トランスポーテーション社
  ドイツ - シーメンス
  スイス - シュタッドラー・レール
  チェコ - シュコダ・トランスポーテーション
  ポーランド - PESA


日本の事例

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日本では、国土交通省のLRT (次世代型路面電車) への導入支援事業[3]に合わせて、超低床電車の導入が進んでいる。

1997年平成9年)の熊本市交通局における9700形投入を皮切りに、路面電車のバリアフリー化への対応を目指して複数の事業者が導入を推進している。

特徴

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  • 台車部分以外を低床化した部分低床車と、車軸のない独立車輪式台車を使用するなどして車内を完全に平坦化した完全低床車がある。
  • 通常、床下に配置される車両機器を極力小型化、また屋根上に配置できる電子機器などは屋根上に配置している。椅子下に機器を配置する例もある。
  • 複数両(2両以上)編成の場合は連接台車や、台車のある短い車体で台車のない長い車体を挟み込むフローティング車体などを採用している。
  • 車椅子での乗り降りが楽にできるよう、扉を広くしている。また、車椅子用スペースを設けているのが一般的。
  • 車両の横幅を車両限界いっぱいまで広げ、通路を広くしている。車両によっては、車体の裾を広げて通路を広くしている例もある。

導入事業者

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事業者 形式 全長
(m)
定員
(名)
座席
定員
(名)
導入年 編成数 備考
札幌市交通局 A1200形 17 71 27 2013年 3 リトルダンサータイプUa。愛称は「ポラリス」
1100形 13 60 24 2018年 10 リトルダンサータイプS。愛称は「シリウス」
函館市企業局交通部 8100形 12.39 60 26 2002年 1 部分低床型の車体更新車
9600形 14 62 31 2007年 4 リトルダンサータイプC2。愛称は「らっくる号」
宇都宮ライトレール HU300形 29.52 160 50 2021年 17 ブレーメン形。愛称は「LIGHTLINE」
万葉線 MLRV1000形 18 84 30 2004年 6 ブレーメン形。愛称は「アイトラム」
富山ライトレール富山地方鉄道 TLR0600形 18.4 80 28 2006年 8 ブレーメン形。愛称は「ポートラム」
富山地方鉄道 9000形 18.4 80 28 2009年 3 ブレーメン形。愛称は「セントラム」
T100形 16.3 74 29 2010年 4 リトルダンサータイプUa。愛称は「サントラム」
名古屋鉄道 モ800形 14.78 72 30 2000年 3 使用路線が2005年に廃線になったため豊橋鉄道、福井鉄道へ譲渡
豊橋鉄道 モ800形 14.78 72 30 2005年 元・名鉄車 モ801は2005年に名鉄より譲受。モ802・モ803は2019年に福井鉄道より譲受。
T1000形 16.2 74 29 2008年 1 リトルダンサータイプUa。愛称は「ほっトラム」
福井鉄道 モ800形 14.78 72 30 2006年 2 元・名鉄車。2018年に運用終了し、豊橋鉄道へ再譲渡
F1000形 27.16 155 53 2013年 4 ブレーメン形。愛称は「FUKURAM」
F2000形 21.4 115 43 2023年 1 リトルダンサータイプnew-L。愛称は「FUKURAMU Liner」 
えちぜん鉄道 L形 18.7 100 32 2016年 2 ブレーメン形。愛称は「ki-bo」
阪堺電気軌道 1001形 16.3 76 27 2013年 3 リトルダンサータイプUa。愛称は「堺トラム」
1101形 16.3 76 27 2020年 1 リトルダンサータイプUa。
岡山電気軌道 9200形 18 74 20 2002年 3 ブレーメン形。愛称は「MOMO」「MOMO2」「おかでんチャギントン」
広島電鉄 5000形 30.52 153 52 1999年 12 コンビーノ。愛称は「GREEN MOVER」
5100形 30 149 56 2005年 10 JTRAM。愛称は「Green mover max」
1000形 18.6 86 33 2013年 18 JTRAM。愛称は「PICCOLO」「PICCOLA」「GREEN MOVER LEX」
5200形 30 151 58 2019年 6 JTRAM。愛称は「Green mover APEX」
伊予鉄道 モハ2100形 12 47 20 2002年 10 リトルダンサータイプS
モハ5000形 12.5 60 26 2017年 14 リトルダンサータイプS
とさでん交通 100形 17.5 71 28 2002年 1 リトルダンサータイプL。愛称は「ハートラム」
3000形 16.5 71 28 2018年 3 リトルダンサータイプUa。愛称は「ハートラムII」
筑豊電気鉄道 5000形 17.6 87 34 2015年 4 リトルダンサータイプUa
長崎電気軌道 3000形 15.1 63 28 2004年 3 リトルダンサータイプU
5000形 16.3 73 27 2011年 3 リトルダンサータイプUa
6000形 12.2 62 28 2022年 リトルダンサータイプN
熊本市交通局 9700形 18.55 76 24 1997年 5 ブレーメン形
0800形 18.4 82 30 2009年 3 ブレーメン形
鹿児島市交通局 1000形 14 55 24 2002年 9 リトルダンサータイプA3。2・3次車の定員は58名。2次車の着席定員は20名、3次車では18名。愛称は「ユートラム」
7000形 18 78 24 2007年 4 リトルダンサータイプA5。愛称は「ユートラムII」
7500形 14.4 65 32 2017年 4 リトルダンサータイプX。愛称は「ユートラムIII」

関連項目

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脚注

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注釈

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  1. ^ 日本の路面電車では、高床車が2段ステップ、低床車は1段ステップのものが多かったが、欧米では2段ステップの車両が一般的である。

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 里田啓「ヨーロッパの低床式LRVの動向」
  2. ^ HeiterBlick GmbH - Straßenbahnbauunternehmen aus Leipzig”. 2019年9月7日閲覧。
  3. ^ 国土交通省 LRT(次世代型路面電車)導入支援

参考文献

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  • 里田啓「ヨーロッパの低床式LRVの動向」『鉄道ピクトリアル』593号、東京・電気車研究会、1994年7月増刊、pp.19-31
  • 久保敏「超低床LRVの登場とその技術」『鉄道ファン』384号、名古屋・交友社、1993年4月
  • 小林茂「ヨーロッパの市電は低床式へ」『鉄道ファン384号』、名古屋・交友社、1993年4月

外部リンク

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