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ダヴィド・ルイス・モレイラ・マリーニョ

ブラジルのサッカー選手
この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はモレイラ第二姓(父方の)はマリーニョです。

ダヴィド・ルイス・モレイラ・マリーニョ(David Luiz Moreira Marinho, 1987年4月22日 - )は、ブラジルサンパウロ州ディアデマ出身のサッカー選手プレミアリーグアーセナルFC所属。ブラジル代表。ポジションはディフェンダー

ダヴィド・ルイス Football pictogram.svg
David Luiz at Baku before 2019 UEFA Europe League Final.jpg
チェルシーFCでのタヴィド・ルイス (2019年)
名前
本名 ダヴィド・ルイス・モレイラ・マリーニョ
David Luiz Moreira Marinho
ラテン文字 DAVID LUIZ
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 (1987-04-22) 1987年4月22日(32歳)
出身地 ディアデマ
身長 189cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 アーセナルFC
ポジション DF / MF
背番号 23
利き足 右足
ユース
1999-2001 ブラジルの旗 サンパウロ
2001-2005 ブラジルの旗 ヴィトーリア
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2007 ブラジルの旗 ヴィトーリア 26 (1)
2007 ポルトガルの旗 ベンフィカ (loan) 10 (0)
2007-2011 ポルトガルの旗 ベンフィカ 72 (4)
2011-2014 イングランドの旗 チェルシー 81 (6)
2014-2016 フランスの旗 パリ・サンジェルマン 56 (3)
2016-2019 イングランドの旗 チェルシー 79 (5)
2019- イングランドの旗 アーセナル
代表歴2
2007 ブラジルの旗 ブラジル U-20 2 (0)
2010- ブラジルの旗 ブラジル 53 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年8月9日現在。
2. 2018年2月22日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴編集

クラブ編集

サンパウロFC編集

ブラジルのサンパウロFCでプレーしていたが、14歳の時にECヴィトーリアに放出された。 当初はボランチとしてプレーしていたが、CBに転向するとすぐに才能を開花させ、16歳でプロデビューを果たした。その後すぐにレギュラー定着に至った。

SLベンフィカ編集

2007年1月、SLベンフィカにレンタル移籍した。ここでリーグ戦やUEFAカップに出場するなど活躍をし、シーズン終了後5年契約で完全移籍した。2009年1月11日、SCブラガ戦で公式戦初ゴールを記録した。

チェルシーFC編集

 
チェルシー時代

2011年1月31日、チェルシーFCへ移籍金2500万ユーロの5年半契約で移籍した。なお移籍金の一部としてネマニャ・マティッチがベンフィカに移籍した。2月6日、リヴァプールFC戦でデビューを果たした。

プレミアリーグ第18節マンチェスター・ユナイテッドFC戦(延期の為2011年3月1日開催)で移籍後初ゴールを記録。3月20日のマンチェスター・シティFC戦でもゴールを記録した。闘争心溢れるディフェンスに高いフィード能力、攻撃参加が得意でありDFながらFKを任せられるなどして次々とゴールを決めている。

ジョゼ・モウリーニョ監督が復帰した2013-14シーズンは、ジョン・テリーガリー・ケーヒルの後塵を拝することが多くスタメン出場が減少した。

パリ・サンジェルマン編集

 
PSG時代

2014年5月、パリ・サンジェルマンFCへの移籍がクラブ間合意に達したと双方のクラブが発表、移籍金は推定4000万ポンドとされる[1]。2015年3月11日、UEFAチャンピオンズリーグの決勝T1回戦で古巣のチェルシーと対戦し、アンカーとして1得点の活躍をした。

チェルシーFCへの復帰編集

2016年8月31日、チェルシーFCへの復帰が決定。契約は3年間。[2]背番号は以前着けていた番号の4番はセスク・ファブレガスが着用しているため、30番になった。2017年1月31日のリヴァプール戦で直接FKを決めた。[3][4] 2017年4月には活躍が認められて、プレミアリーグに年間ベスト11に選ばれた[5]

しかし復帰2年目の2017-2018シーズンは、序盤こそレギュラーとして出場していたが、2017年10月に監督のアントニオ・コンテとの確執が発生。発端は10月18日のUEFAチャンピオンズリーグのグループステージ第3節の対ASローマ戦で途中交代を命じられた際に悪態をついたとされる。さらに第4節の同じく対ASローマ戦では0-3で大敗した後のミーティングでダヴィド・ルイスはコンテの戦術に異を唱えたとされ、翌日の練習でも両者は練習態度を巡って衝突し、11月5日のプレミアリーグ第11節の対マンチェスター・ユナイテッド戦では召集外という罰を受けた。この衝突には、親友であるジエゴ・コスタがコンテとの確執で退団に追い込まれた処遇が背景にあり、ダヴィド・ルイスは両者の仲裁役を買って出たため、コンテからは疎まれていたとも報じられている。その後、コンテは若手のアンドレアス・クリステンセンを重用したため、2017-2018シーズンはリーグ戦10試合(騒動のあった10月以降はわずか2試合)のみの出場と冷遇された[6]

しかし2018-19シーズンにコンテが解任されマウリツィオ・サッリが監督に就任すると風向きは一転。クリステンセンからレギュラーを奪取し、UEFAヨーロッパリーグのベストイレブンに選ばれるなど、ヨーロッパリーグ優勝に貢献した。

アーセナルFC編集

2019年8月8日、新しく就任したチェルシーのフランクランバード監督からレギュラーを保障されず、開幕を控える中で突如アーセナルFCへの完全移籍を発表した[7]。移籍金は800万ポンドと報じられた[8]

代表編集

ブラジル代表として2007 FIFA U-20ワールドカップに出場しベスト16進出に貢献した。2010 FIFAワールドカップ後最初の試合となった2010年8月11日のアメリカ戦でA代表デビュー。

2014 FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦のチリ戦で代表初得点を挙げた。続く準々決勝のコロンビア戦では無回転フリーキックを決め、ブラジルの準決勝進出に貢献した。準決勝では警告累積で欠場したチアゴ・シウバの代わりに主将を務めたが、試合はドイツ1-7で惨敗し、試合後涙ぐみながら「皆さんに謝罪する。ブラジル国民に謝る」というコメントを残した[9]

タイトル編集

脚注編集

外部リンク編集