メインメニューを開く

セスク・ファブレガス

スペインのサッカー選手
この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はファブレガス第二姓(母方の)はソレールです。

セスク・ファブレガス (Cesc Fàbregas) ことフランセスク・ファブレガス・ソレール(Francesc Fàbregas Soler, 1987年5月4日 - )は、スペインカタルーニャ州アレニズ・ダ・マールカタルーニャ語版出身のサッカー選手ASモナコ所属。ポジションはミッドフィールダーフォワード。愛称は「セスク (Cesc) 」。

セスク・ファブレガス Football pictogram.svg
Cesc Fabregas vs Maccabi Tel-Aviv, Sep 2015.jpg
チェルシーでのセスク (2015年)
名前
本名 フランセスク・ファブレガス・ソレール
Francesc Fàbregas Soler
愛称 セスク、エル・アルキテクト
ラテン文字 CESC Fabregas
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1987-05-04) 1987年5月4日(32歳)
出身地 アレニズ・ダ・マール英語版
身長 180cm[1]
体重 75kg[1]
選手情報
在籍チーム モナコの旗 ASモナコ
ポジション MF (CMF) / FW(ST)
背番号 4
利き足 右足
ユース
1995-1997 スペインの旗 マタロー英語版
1997-2003 スペインの旗 バルセロナ
2003 イングランドの旗 アーセナル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2011 イングランドの旗 アーセナル 212 (35)
2011-2014 スペインの旗 バルセロナ 96 (28)
2014-2019 イングランドの旗 チェルシー 138 (15)
2019- モナコの旗 モナコ
代表歴2
2002-2003 スペインの旗 スペイン U-16 8 (0)
2003-2004 スペインの旗 スペイン U-17 14 (7)
2005 スペインの旗 スペイン U-20 5 (0)
2004-2005 スペインの旗 スペイン U-21 12 (8)
2006- スペインの旗 スペイン 110 (15)
2004- カタルーニャ州の旗 カタルーニャ 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年1月11日現在。
2. 2016年6月27日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴編集

クラブ編集

バルセロナ編集

FCバルセロナカンテラで育つ。ここでリオネル・メッシジェラール・ピケらと共にプレーした。2003年U-17世界選手権にU-17スペイン代表の一員として出場し準優勝を果たす。自身も5ゴールを挙げて得点王となると共に、大会最優秀選手に選出された。FCバルセロナでも才能は認められていたものの、トップチームにはシャビイニエスタなどの同ポジションの選手がいたため、大会後間もなく才能に惚れ込んだアーセン・ヴェンゲル率いるアーセナルがスペイン、イングランドの労働法の隙間やFCバルセロナの会長選という期間を狙って移籍金なしで獲得した。その後、裁判所からFCバルセロナへの85万7000ユーロ(約1億2000万円=当時)の支払い命令が下った。

アーセナル編集

 
アーセナルでキャプテンとしてプレーするセスク

パトリック・ヴィエラの放出に伴いチームの舵取りを委ねられた2005-2006シーズンには、シーズン当初は経験不足を感じさせるプレーも多かったものの、シーズンが深まるにつれて調子を上げ、それにつれチームも波に乗っていった。UEFAチャンピオンズリーグユヴェントス戦ではゲームを支配し、自ら先制点を奪う活躍を見せてチームの勝利を演出。前任者ヴィエラの眼前でその穴を埋めたことを示してみせた。

2006-2007シーズンより、ヴィエラが背負っていた背番号4を受け継ぐことになった。シーズンオフより移籍の噂が絶えなかったが、新たにアーセナルと8年契約を結んだ。また2007年1月に発表された「2006年UEFA.comユーザーが選ぶベストイレブン」に、唯一10代で選ばれた。また、同シーズンはプレミアリーグでアシストランキング1位となった。

2008年11月29日FCディナモ・キエフ戦からはウィリアム・ギャラスに代わってキャプテンを任されている。アーセナルではトニー・アダムスに次ぐクラブ史上2番目の若さとなるキャプテン就任となった。

バルセロナ編集

2011年8月15日、ユース時代に所属していたFCバルセロナへ5年契約で移籍。移籍金は最大3900万ユーロ(約43億円)といわれる。背番号はアーセナル時代から愛着のある4。開幕から、本来のポジションとは違うセンターフォワードを任されながらも、3試合連続ゴール。しかし、10月初めの練習中に負傷。3週間の離脱を余儀なくされた[2]。しかし、復帰後も離脱前と変わらない活躍を見せる。12月10日のレアル・マドリードとのクラシコでは、素早いカウンターからダニエウ・アウベスのピンポイントクロスをダイビングヘッドで押し込み、試合を決定づける3点目を決めた。12月18日に日本で開催されたFIFAクラブワールドカップ決勝でも混戦の中からこぼれ球を押しこみ3点目をマークしている。この時、カメラに向かって指を7本立てるパフォーマンスを披露し、準決勝のアル・サッド戦で左足脛骨を骨折し戦線離脱したチームメイトのダビド・ビジャ(背番号7)にゴールを捧げた。

チェルシー編集

 
2014年、QPR戦でのセスク(右側はカール・ヘンリー)

2014年6月13日に古巣アーセナルのライバルであるチェルシーFCへの移籍が発表された。背番号はアーセナル、バルセロナ時代に続き4番となった。開幕戦からボランチとしてレギュラーに定着すると、ともにリーグ最多の18アシスト、2236本のパス成功を記録[3]。移籍初年度からプレミアリーグの優勝を飾った。 2016年12月31日のストーク戦にてプレミアリーグでの100アシストを達成した.[4]。2017年2月4日には古巣のアーセナル相手に得点した一方、セレブレーションは控えた。25日のスウォンジー戦でプレミアリーグ300試合出場を達成、またこの時点で、プレミアリーグでのアシスト数102回で歴代リーグ2位タイに並んだ(もう一人はフランク・ランパード)。[5]

モナコ編集

2019年1月11日、ASモナコに2022年6月までの3年半契約で移籍[6]。2月2日のトゥールーズFC戦にて移籍後リーグ戦初ゴールを決めている。

代表編集

2006年3月1日バリャドリードで行われたコートジボワール戦でスペイン代表デビュー。1アシストを記録した。代表デビュー以降、リオネル・メッシ2005年FIFAワールドユース選手権準々決勝で対戦)と同い年のティーンエイジャーという話題性も手伝って、「超新星」などと称してマスメディアに取り上げられ、2006年ワールドカップドイツ大会にも出場を果たした。また、EURO2008でのスペイン代表では10番を背負い、その中盤はシャビアンドレス・イニエスタダビド・シルバらと共に「クアトロ・フゴーネス(4人の創造者たち)」と称された。

EURO2008本大会グループステージ1戦目のロシア戦で、代表初ゴール。シャビやマルコス・セナの控えとして臨んだ大会であったが、スーパーサブとして活躍。準々決勝のイタリア戦のPK戦では5人目のキッカーを務め、「15歳の時からまともにPKを蹴ったことがない(本人談)」にも関わらず、イタリアのGKジャンルイジ・ブッフォンの動きを読み、落ち着いて沈め、スペインの勝利を決めた。準決勝のロシア戦では、セルヒオ・ラモスからのグラウンダーのパスを、柔らかいタッチでふわりと浮かせ、前方へ走り込むダニエル・グイサの胸にピタリと合わせ、ゴールを演出。さらに、左サイドに空いたスペースでイニエスタからのパスを受けると、相手守備陣が戻り切れていないゴール前に走り込むシルバへ低い弾道の正確なセンタリングを送り、これをシルバが落ち着いてゴール左隅に決めた。これら2アシストを含む4アシスト(大会最多)を記録するなど、スペインの優勝に貢献した。

2010年のワールドカップでもスーパーサブとして臨み、主に膠着状態を打破するために途中出場した。決勝戦のオランダ戦では80分から投入され、延長後半のイニエスタの決勝点をアシストするなど活躍した。

2015年10月12日のUEFA EURO 2016予選ウクライナ戦で代表通算100試合出場を達成した[7]

エピソード編集

 
バルセロナ入団セレモニーでのセスク
  • マイケル・ジャクソンのファンである[8]
  • 利き足は右足だが、利き手左手である。
  • カルレス・プジョルやバルセロナのカンテラで同期だったジェラール・ピケとは仲がいい。また、シャビは彼を「未来型フットボーラーのプロトタイプ」と表現している。
  • ユニホームに「セスク」ではなく「ファブレガス」とネームを入れた理由について、プレミアリーグでは姓を入れる規定があったことを挙げている。[要出典]また、スペイン代表では当初の「セスク」から「ファブレガス」に変更した後、チームはユーロ20082010 FIFAワールドカップを制覇している。このことから本人は「本当はセスクの名でユニホームを作りたかったけど、ファブレガスの方が運を運んでくれるのなら、この名前でより多くのタイトルを獲得したい」と語っている。
  • 2013年4月10日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ準々決勝のパリ・サンジェルマンFCとの試合中に、第一子となる女児が生まれた[9]
  • 2014年9月23日に実母が第三子となる女児を出産、セスクにとって27歳年下の妹が誕生した[10]
  • スペイン代表ではこれまで試合中に4回PKを蹴っているが、4回全てで失敗している[7]。4度のPK失敗は14回中5回失敗したダビド・ビジャに次ぎ、スペイン代表史上2番目の記録である。ただし先述のEURO 2008の準々決勝イタリア戦、EURO 2012の準決勝ポルトガル戦でのPK戦ではそれぞれ成功させている。
  • 2017年5月、ESPN世界で最も有名なアスリート100人を発表し、54位に選出された。サッカー選手としては21位[11]

個人成績編集

2018-2019シーズン1月時点
シーズン クラブ 背番号 リーグ カップ戦 リーグカップ戦 UEFA シーズン合計
試合 ゴール 試合 ゴール 試合 ゴール 試合 ゴール 試合 ゴール
2003-04 アーセナル 57 0 0 3 1 0 0 0 0 3 1
2004-05 15 33 2 0 0 0 0 0 0 33 2
2005-06 15 35 3 2 1 0 0 13 1 50 5
2006-07 4 38 2 6 0 0 0 10 2 54 4
2007-08 4 32 7 3 0 0 0 10 6 45 13
2008-09 4 22 3 0 0 0 0 10 0 32 3
2009-10 4 27 15 1 0 0 0 8 4 36 19
2010-11 4 25 3 3 2 3 1 5 3 36 9
プレミアリーグ通算 212 35 18 4 3 1 56 16 289 56
2011-12 FCバルセロナ 4 28 9 8 3 - - 10 2 46 14
2012-13 4 32 11 7 2 - - 8 1 47 14
2013-14 4 36 8 8 4 - - 9 1 53 13
リーガ・エスパニョーラ通算 96 28 23 9 - - 27 4 146 41
2014-15 チェルシーFC 4 34 3 1 0 4 0 8 2 47 5
2015-16 4 37 5 4 0 1 0 7 1 49 6
2016-17 4 28 5 6 0 2 2 - - 36 7
2017-18 4 32 2 4 0 4 0 8 1 48 3
2018-19 4 6 0 1 0 3 1 5 0 15 1
プレミアリーグ通算 138 15 16 0 14 3 27 4 195 22
通算 446 78 57 13 17 4 110 24 630 119

代表歴編集

出場大会編集

試合数編集

国際Aマッチ 105試合 15得点(2006年- )


スペイン代表国際Aマッチ
出場得点
2006 14 0
2007 8 0
2008 15 1
2009 10 4
2010 10 1
2011 4 2
2012 13 3
2013 11 2
2014 8 0
2015 8 1
2016 4 1
通算 105 15

ゴール編集

タイトル編集

脚注編集

  1. ^ a b Fitxa Web Oficial de Cesc Fàbregas
  2. ^ http://www.asahi.com/sports/fb/world/goal/GOC201110010087.html
  3. ^ 今季プレミアでアシスト王のセスク、パス成功本数も断トツでトップに”. サッカーキング (2015年5月27日). 2015年6月1日閲覧。
  4. ^ Willian double sinks brave Stoke and extends Chelsea run to 13 straight wins”. theguardian.com (2016年12月31日). 2017年4月16日閲覧。
  5. ^ All-time Premier League Player Stats”. premierleague.com. 2017年4月16日閲覧。
  6. ^ Cesc Fabregas à l’AS Monaco”. AS Monaco Site Officiel. 2019年1月12日閲覧。
  7. ^ a b スペイン代表100試合出場のセスク、通算4本のPKを全て失敗する”. サッカーキング (2015年10月13日). 2015年10月13日閲覧。
  8. ^ footballista 2009/5/27号
  9. ^ セスク、PSG戦中に長女誕生で二重の喜び…バルサは今季7人目の子供”. サッカーキング (2013年4月11日). 2013年4月12日閲覧。
  10. ^ スペイン代表のセスクに「27歳差」の妹が誕生…母親が第三子を出産”. サッカーキング (2014年9月25日). 2014年9月25日閲覧。
  11. ^ ESPN World Fame 100 ESPN.com 2017年6月10日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集