平壌市

北朝鮮の首都
平壌から転送)

座標: 北緯39度01分55秒 東経125度45分14秒 / 北緯39.031859度 東経125.753765度 / 39.031859; 125.753765

平壌市(ピョンヤンし、: 평양시 , : Pyongyang City)は、朝鮮民主主義人民共和国首都であり、国内最大の都市である[3]

平壌市
평양시
平壌市、主体思想塔、錦繍山太陽宮殿、平壌凱旋門、祖国統一三大憲章記念塔、東明王陵、地下鉄復興駅
位置

地図
各種表記
チョソングル: 평양직할시
漢字: 平壤直轄市
日本語読み仮名: へいじょうちょっかつし
片仮名転写: ピョンヤンチッカルシ
ローマ字転写 (RR): Pyeongyang Jikhalsi
ローマ字転写 (MR): P'yŏngyang Chikhalsi
統計(2019年
面積: 1,849[1] km2
総人口: 3,060,900[2]
人口密度: 1,655 人/km2
行政
国: 朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国
下位行政区画: 18区域2郡
ISO 3166-2: KP-01
自治体公式サイト: (朝鮮観光) 平壌市
평양시
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朝鮮八道では平安道十三道制では平安南道に属するが、同国の行政区画においては道に属さず、道級の直轄市となっている。

概要 編集

 
平壌市(衛星画像)

平壌準平原に位置し、北と東と西は平安南道、南は黄海北道に接する。北朝鮮の政治経済の中心地であり、軽工業、重工業など工業が盛んである。

427年以降高句麗の首都となった。市の中心には大同江が流れている。中心部に金日成広場があり、その付近に主体思想塔がそびえており、平壌のシンボルまたはランドマークとなっている。

平壌は北朝鮮の建国時から事実上の首都としての役割を持っていたが、憲法で正式に平壌が首都となったのは1972年からで、それ以前の平壌は「祖国統一を成し遂げるまでの暫定首都(臨時首都)」という位置づけで、ソウルを正式な首都と定めていた。これは、建国以来現在に至るまで憲法上は朝鮮半島全域を領土としているためである(なお、韓国も憲法上は朝鮮半島〔韓国名:韓半島〕全域を領土としており、以北五道委員会においては平壌直轄市を認めず「平安南道平壌市」として扱われている)。

「公民登録法」の規定で、17歳以上の北朝鮮国民は「公民証」が政府から発給されているが、1997年以後、平壌市民については公民証が「平壌市民証」に切り替えられ、他地域住民と明確に区別されるようになった。この区別による特に大きな影響として、旅行に対する待遇が挙げられる。

北朝鮮国民は、国内(北朝鮮各地)の旅行でも、政府に旅行証明書を申請し旅行許可を得る必要があるが、この「平壌市民証」を所有していると、旅行証明書なしで北朝鮮各地を自由に行き来できるといわれている。

市内のインフラは老朽化が進んでおり、2002年頃から街路樹の植樹、歩道のタイルの張替え、ビルの改装など市内中心部の再開発が始まった。2010年代初頭には、故金日成生誕100年に当たる2012年を目前に控え、軍人や学徒も動員しての高層住宅を中心とした建設ラッシュの様相を呈している一方、突貫工事による被害も報じられている。2014年5月13日には、入居が始まっていた23階建ての高層マンションが倒壊し、崔富日人民保安部部長や車熙林平壌市人民委員会委員長など政府高官が現地で謝罪するという異例の事態になっている[4]

 
平壌市内のパノラマ写真

気候 編集

気候亜寒帯冬季少雨気候で寒暖が激しく冬は雨が少ない。冬から春にかけては三寒四温の気候である。

平壌(1981〜2010)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
日平均気温 °C°F −5.9
(21.4)
−2.7
(27.1)
3.3
(37.9)
10.9
(51.6)
16.7
(62.1)
21.3
(70.3)
24.0
(75.2)
24.5
(76.1)
19.3
(66.7)
12.4
(54.3)
4.5
(40.1)
−2.9
(26.8)
10.45
(50.8)
降水量 mm (inch) 11.7
(0.461)
14.7
(0.579)
25.9
(1.02)
58.3
(2.295)
83.6
(3.291)
95.4
(3.756)
310.4
(12.22)
226.5
(8.917)
122.4
(4.819)
46.8
(1.843)
39.2
(1.543)
14.4
(0.567)
1,049.3
(41.311)
出典:気象庁[5]
平壌 1961 - 1990年平均の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
日平均気温 °C°F −7.8
(18)
−4.4
(24.1)
1.9
(35.4)
9.8
(49.6)
16.0
(60.8)
20.6
(69.1)
24.2
(75.6)
24.4
(75.9)
18.7
(65.7)
11.6
(52.9)
3.8
(38.8)
−4.3
(24.3)
9.54
(49.17)
出典:World Climate Pyongyang, North Korea[6]

歴史 編集

 
牡丹台と永明寺(1945年以前)
 
平壌中心部(1945年以前)
 
東明王陵にある定陵寺1
 
東明王陵にある定陵寺2

古くは衛氏朝鮮の王険城で、紀元前108年にこれを征服した武帝楽浪郡治を置いた。これ以後4世紀後半に百済が領有するまで中国人による現地支配の拠点となる。

高句麗長寿王427年鴨緑江流域の集安から平壌に遷都し、高句麗王国の都となった。当初は現在の平壌市街から北東へ8kmほど離れたところにある大城山に都があり、現在も山をとりまく城壁や、王宮であった安鶴宮の跡などが残る。552年から586年にかけて、現在の平壌市街の場所に都城が築かれ大都市となったが、668年に滅ぼされた。唐は平壌を含む南満州から半島北部を管轄する安東都護府を設置して当該地方の直接支配を図るが、新羅の反乱によって遼東より南を失った。

10世紀に興った高麗は首都を開京(現在の開城特別市)に定める一方、平壌を副都・西京とした。12世紀には妙清朝鮮語版英語版という国粋主義的な仏教僧が西京への遷都を主張し、西京遷都運動という仏教儒教の争いが起きた。妙清は、風水説の混合した高麗仏教に基づき、風水的に弱くなったために内乱で破壊された開京から、高句麗の首都であり風水も良い西京に首都を遷し、に戦いを挑んで高句麗の旧領土(満州)の回復の拠点とすることを掲げたが、事大主義的な儒家の反発で遷都案は葬られ王の支持が得られなかった。1135年、妙清はついに反乱(妙清の乱)を起こして西京を首都として「大為国」を称し、の年号を捨てて「天開」という独自の年号を掲げたが、金富軾ら儒家の文官らの率いる軍により翌年鎮圧された。

1269年には西京を治めていた崔坦らが反乱を起こし、西京を含めた北界54城と西海道の慈悲嶺以北の6城を率いてに帰依する事件が起きた。元は西京を遼陽行省に属する「東寧府」と改名して領土に編入した。東寧府は同じく元領となった双城総管府とともに高麗と分立したが、元の直接支配強化により1290年(至元27年)に東寧府は高麗行省(征東行省)と統合され共に元の直接支配地域となった。東寧府は元末期に再び設置されたという記録もある。

李氏朝鮮時代には平壌は平安道の首邑となった。文禄の役では日本軍が平壌にまで達している。18世紀には、冊封体制下のとの往来の中で、北京にいたキリスト教宣教師からキリスト教が朝鮮の官僚に伝わり、平安道はキリスト教徒が増加した。しかし、18世紀末には大規模なキリスト教徒弾圧が起こった。また外国勢力が朝鮮周囲に現れ、平壌では大同江を遡ってきた米国船を官民が焼き討ちするジェネラル・シャーマン号事件が起こっている。

日清戦争では平壌城は平壌の戦いの舞台となった。李朝末期の1896年に平安道が分割されて、平安南道の首邑となっている。日本統治時代には、1910年(明治43年)に平壌府(へいじょうふ)となり[7]平安南道の道庁所在地となった。この頃路面電車の軌道などが整備された。1913年大正2年)に平壌神社が鎮座した。また平壌神学校などキリスト教の神学校教会が設立され、キリスト教徒の人口に対する割合も増加した平壌は、報道関係者から「東洋エルサレム」と呼ばれるほどに朝鮮のキリスト教布教の中心地となった[8]。現在の韓国のキリスト教徒には、朝鮮戦争の前後に韓国側へ移住した平壌出身者もいる。1931年昭和6年)には朝鮮排華事件が起き平壌で最も多くの中国人犠牲者がでた。

 
主体思想塔から見た金日成広場と平壌中心部

1945年(昭和20年)にソビエト連邦軍赤軍)が北緯38度線以北を占領するとソ連軍政の中心地となり、1946年に行政機関である平壌市人民委員会が設置され、1948年の朝鮮民主主義人民共和国成立により事実上の首都となった。しかし1950年に北朝鮮の韓国侵攻により勃発した朝鮮戦争では、アメリカ軍を中心とする国連軍の激しい空爆を受けた上に、国連軍の占領下になった後は、これに対して朝鮮人民軍中国人民志願軍による攻撃が行われたことで、市街地は大きく破壊された。

停戦実現後、ソ連の援助で街は急速に復興を始める。朝鮮建築家同盟創設メンバーのひとりで、戦前の日本にて建築学を学んだ経験を持つ金正煕(キム・ジョンヒ)が金日成に登用され、モスクワ建築アカデミーロシア語版ウクライナ語版アルメニア語版英語版留学後、1951年に「平壌市復旧建設総合計画」をデザインし、1953年に正式採用とされ、巨大なパレードを行える「社会主義国」特有の広場整備や、北朝鮮風のアレンジが加えられたスターリン様式建築(その他、ブラジル人建築家オスカー・ニーマイヤーの影響を大きく受けたとされるモダニズム建築)といった近代的でプロパガンダ色の濃い計画都市への変貌が始まる[9]

1968年には平安南道の道庁機能を平城市に移して直轄市となり、1972年に正式に首都となった。1980年代以降、金日成主体思想を称える記念碑や建築物、競技場ホテルが多数建設された。

行政区域 編集

 
主体思想塔から見た大同江東岸の市街地
 
光復通り。1989年に第13回世界青年学生祭典に合わせて建設した。高層アパートや平壌サーカス劇場などがある

平壌直轄市は19「区域」と4郡に区分されている。ただし、2011年2月には食糧難により、勝湖区域江南郡祥原郡中和郡の4つの郡・区域を黄海北道に編入し、約2630平方キロメートルの市域面積を約半分にして市域人口も50万人ほど減らしたとされる[10]。平壌市民にはこれまで配給制度が保障されていたが、深刻化する食糧難のため市の規模を縮小せざるを得なかったとみられる[11]。しかし、江南郡は2011年に黄海北道から平壌直轄市に再び編入された。

市の管轄区域はこの他にも各地に飛び地として存在しているとみられており、平安北道香山郡に所在する国際親善展覧館および金日成の別荘がある妙香山の一帯、ミサイル開発の重要拠点である平安北道亀城市方峴洞が挙げられている[12]。ミサイル開発に従事する科学者や技術者の士気を高めるため、地方都市の市民の身分ではなく、平壌市民並みの配給と特権を与えることが目的であろうとされている[12]

区域部 編集

  • 中区域 - 중구역【中區域】Jung-guyŏk (チュングヨク)
  • 平川区域 - 평천구역【平川區域】Phyŏngchŏn-guyŏk (ピョンチョングヨク)
  • 普通江区域 - 보통강구역【普通江區域】Pothonggang-guyŏk (ポトンガングヨク)
  • 牡丹峰区域 - 모란봉구역【牡丹峰區域】Moranbong-guyŏk (モランボングヨク)
  • 西城区域 - 서성구역【西城區域】Sŏsŏng-guyŏk (ソソングヨク)
  • 船橋区域 - 선교구역【船橋區域】Sŏngyo-guyŏk (ソンギョグヨク)
  • 東大院区域 - 동대원구역【東大院區域】Tongdaewŏn-guyŏk (トンデウォングヨク)
  • 大同江区域 - 대동강구역【大同江區域】Taedonggang-guyŏk (テドンガングヨク)
  • 寺洞区域 - 사동구역【寺洞區域】Sadong-guyŏk (サドングヨク)
  • 大城区域 - 대성구역【大城區域】Taesŏng-guyŏk (テソングヨク)
  • 万景台区域 - 만경대구역【萬景臺區域】Mangyŏngdae-guyŏk (マンギョンデグヨク)
  • 兄弟山区域 - 형제산구역【兄弟山區域】Hyŏngjesan-guyŏk (ヒョンジェサングヨク)
  • 龍城区域 - 룡성구역【龍城區域】Ryongsŏng-guyŏk (リョンソングヨク)
  • 三石区域 - 삼석구역【三石區域】Samsŏk-guyŏk (サムソックヨク)
  • 力浦区域 - 력포구역【力浦區域】Ryŏkpho-guyŏk (リョクポグヨク)
  • 楽浪区域 - 락랑구역【樂浪區域】Rangrang-guyŏk (ランラングヨク)
  • 順安区域 - 순안구역【順安區域】Sunan-guyŏk (スナングヨク)
  • 恩情区域 - 은정구역【恩情區域】Ŭnjŏng-guyŏk (ウンジョングヨク)
  • 和盛区域 - 화성구역【和盛區域】Hwasŏng-guyŏk (ファソングヨク)

郡部 編集

  • 江東郡 - 강동군【江東郡】Kangdong-gun (カンドングン)
  • 江南郡 - 강남군【江南郡】Kangnam-gun (カンナムグン)

洞部 編集

  • 方峴洞 - 방현동【方峴洞】Panghyŏn-dong

年表 編集

この節の出典[13]

  • 1912年 - 平安南道所属の平壌府が発足。
  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、旧平壌府を分割し、中心地域の隆興面・隆徳面および内川面・外川面・大興面・林原面の各一部を新たな平壌府として指定する。周辺地域の大部分が大同郡となり、徳山面が平原郡に、金呂垈面の一部が江西郡に、南祭山面・乭串面の各一部が中和郡に編入した。
  • 1928年3月 - 大同郡龍山面・西川面・大同江面の各一部を編入。
  • 1939年 - 大同郡西川面・大同江面・古平面の各一部を編入。
  • 1940年代初頭 - 大同郡秋乙美面・栗里面の各一部を編入。
  • 1945年8月15日 - 光復
  • 1946年9月 - 北朝鮮臨時人民委員会により、平安南道から分離され、平壌直轄市に昇格。日本式のに改編。(4区)
  • 1947年 - 東区の一部が平安南道中和郡南串面に編入。(5区)
  • 1948年7月 (5区)
    • 中区・西区の各一部区域を分離し、南区を設置。
    • 平安南道大同郡古平面の一部が南区に編入。
  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、区域に改称。(5区域)
    • 平安南道大同郡林原面の一部が西区域に編入。
    • 平安南道中和郡南串面の一部が東区域に編入。
  • 1955年2月 - 都市部のに改編。(5区域)
  • 1957年4月 - 平安南道大同郡の一部(清渓里・西浦里の各一部)が西区域に編入。(5区域)
  • 1958年6月 - 西区域・北区域の各一部を分離し、大城区域を設置。(6区域)
  • 1959年2月 (6区域)
    • 平安南道大同郡の一部(西浦里・下堂里)が西区域に編入。
    • 平安南道大同郡の一部(和盛里・清渓里)が大城区域に編入。
  • 1959年9月 (11区域)
    • 中区域・南区域の各一部が平安南道大同郡の一部(大同邑・万景台里・龍峯里・龍山里・棠村里・古泉里)と合併し、万景台区域が発足。
    • 大城区域の一部が平安南道順安郡の一部(新美里・中二里・龍城労働者区・馬山里・西里・下次里・下里)と合併し、龍城区域が発足。
    • 平安南道勝湖郡の一部(湖南里・円興里・元新里・大泉里・聖文里・魯山里・三石里)、江東郡の一部(広徳里・三成里・道徳里)が合併し、三石区域が発足。
    • 平安南道勝湖郡の一部(勝湖邑・梨川里・槐陰里・立石里・梨峴里・五柳里・大園里・鳳島里・金灘里)、中和郡の一部(楸塘里・堂井里・大峴里・石井里)が合併し、勝湖区域が発足。
    • 東区域の一部が平安南道江南郡の一部(猿岩労働者区・松南里・甫城里・南寺里)、中和郡の一部(柳巣里・柳絃里・力浦里・陽陰里)と合併し、楽浪区域が発足。
    • 東区域が船橋区域に改称。
    • 西区域が西城区域に改称。
    • 南区域が外城区域に改称。
    • 北区域が寺洞区域に改称。
    • 平安南道大同郡の一部(川南里)、平安南道順安郡の一部(鶴山里・新間里)が西城区域に編入。
  • 1960年10月 (18区域)
    • 外城区域の一部を分離し、平川区域を設置。
    • 中区域・外城区域の各一部を分離し、普通江区域を設置。
    • 西城区域・大城区域の各一部を分離し、牡丹峰区域を設置。
    • 船橋区域・寺洞区域の各一部を分離し、東大院区域を設置。
    • 寺洞区域・船橋区域の各一部を分離し、大同江区域を設置。
    • 楽浪区域・勝湖区域の各一部を分離し、力浦区域を設置。
    • 西城区域・万景台区域・龍城区域の各一部が平安南道順安郡の一部(大陽里の一部)と合併し、兄弟山区域が発足。
    • 平安南道江東郡の一部(金玉里・貨泉里・三青里)が勝湖区域に編入。
    • 平安南道大同郡の一部(金泉里の一部)が万景台区域に編入。
  • 1963年5月 - 平安南道中和郡・江南郡・祥原郡が平壌直轄市に移管。(18区域3郡)
  • 1965年1月 - 江南郡の一部(金垈里・碧只島里)が楽浪区域に編入。(18区域3郡)
  • 1965年 (18区域3郡)
    • 中和郡の一部(戊辰里)が力浦区域に編入。
    • 祥原郡の一部(徳洞里)が寺洞区域に編入。
    • 龍城区域の一部が平安南道順川郡の一部(鳳鶴里・舎人里・㯖山里)、順安郡の一部(上次里)と合併し、平安南道平城区となる。
  • 1966年3月 - 平安南道大同郡の一部(大平里・金泉里・望日里・元魯里)が万景台区域に編入。(18区域3郡)
  • 1967年 - 万景台区域の一部(元魯里の一部)が平安南道大同郡元川里に編入。(18区域3郡)
  • 1967年10月 - 江南郡の一部(白雲里・真広里・東山里・乾山里および唐谷里の一部)が中和郡に編入。(18区域3郡)
  • 1972年4月 - 平安南道順安郡の一部(順安邑・宅庵里・九瑞里・星州里・梧山里・安興里・龍伏里・山陽里・在京里・川東里・大陽里)を編入し、順安区域を設置。(19区域3郡)
  • 1979年12月 - 中区域・外城区域が合併し、中区域が発足。(18区域3郡)
  • 1981年10月 - 大同江区域の一部を分離し、紋繍区域を設置。(19区域3郡)
  • 1983年3月 (18区域4郡)
    • 紋繍区域が大同江区域に編入。
    • 平安南道江東郡が平壌直轄市に移管。
  • 1995年5月 - 平安南道平城市の一部(㯖山洞・裴山洞および地境洞・松嶺洞の各一部)が分離し、恩情区域が発足。(19区域4郡)
  • 1995年11月 (19区域4郡)
    • 平安南道成川郡の一部(百源労働者区の一部)が江東郡に編入。
    • 黄海北道延山郡の一部(松山里の一部)が祥原郡に編入。
  • 1996年6月 - 平安南道平原郡の一部(石岩里の一部)が順安区域に編入。(19区域4郡)
  • 1999年12月 - 平安南道平城市の一部(敬信里の一部)が江東郡に編入。(19区域4郡)
  • 2000年11月 - 平安南道平城市の一部(松嶺洞の一部)が恩情区域に編入。(19区域4郡)
  • 2010年末 - 勝湖区域・祥原郡・中和郡・江南郡が黄海北道に編入。(18区域1郡)
  • 2011年 - 江南郡が再び平壌直轄市に編入。(18区域2郡)
  • 2018年2月10日 - 平安北道亀城市方峴洞が平壌直轄市に編入。(18区域1郡1洞)[14]
  • 2022年4月14日 - 最高人民会議常任委員会政令950号で和盛区域を新設[15](19区域1郡1洞)。

世界遺産 編集

観光名所 編集

 
凱旋門
 
主体思想塔
 
人民大学習堂

再開発街区 編集

  • 倉田通り(チャンジョン-)
  • 銀河科学者通り(ウナ-)
  • 未来科学者通り(ミレ-)
  • 黎明通り(リョミョン-)

政治機関等 編集

大学 編集

学院 編集

中学校 編集

初級・高級一貫校 編集

高級中学校 編集

初級中学校 編集

幼稚園 編集

  • 大同門(テドンムン)幼稚園(中区域) - 早期芸術教育を行っている。
  • 蒼光(チャングァン)幼稚園(中区域) - 同上。
  • 慶上(キョンサン)幼稚園(中区域) - 同上。
  • 黎明幼稚園

教育施設 編集

食文化 編集

平壌式冷麺が有名。他に甘肉(犬肉)、オリコギ(家鴨肉)など。

施設 編集

 
錦繍山太陽宮殿

史跡 編集

博物館 編集

記念施設等 編集

文化施設 編集

スポーツ施設 編集

 
羊角島の競技場と平壌国際映画会館
他、市街地の西郊にあるニュータウン、青春通りにはソウルオリンピックと同時期に体操競技場やバスケットボール場などさまざまな体育施設が建設されるなど、市周辺には施設が多い。

娯楽施設 編集

 
凱旋遊園地

主なホテル 編集

 
平壌高麗ホテル
等級 名称 所在地 備考
特級 平壌高麗ホテル 中区域東興洞 高さ140m、45階建。
羊角島国際ホテル 中区域柳城洞 高さ178m、48階建。
普通江ホテル 平川区域鞍山洞 17階建
牡丹峰ホテル 牡丹峰区域興富洞
1級 西山ホテル 万景台区域祝典2洞
青年ホテル 万景台区域祝典2洞
蒼光山ホテル 中区域東城洞
2級 平壌ホテル 中区域烏灘洞
3級 解放山ホテル 中区域中城洞
不明 楽浪ホテル 楽浪区域
蒼光外国人宿所 中区域
105階建て330m超ホテルとして計画され、1987年に着工したものの予算面などから建設凍結と再開が繰り返される状態となっている。

展示場 編集

商業施設 編集

 
ヘダンファ館

宗教施設 編集

産業 編集

本社を置く主な企業 編集

平壌の企業所/工場 編集

機械 編集

発電 編集

  • 東平壌発電所

金属/金属加工 編集

  • 平壌326電線工場

窯業 編集

  • 平壌光学ガラス生産協同組合眼鏡製作所
  • 復興セメント連合企業所

その他軽工業 編集

  • 平壌鞄工場
  • 平壌靴工場
  • 平壌靴下工場
  • 柳原靴工場

印刷 編集

  • 平壌総合印刷工場
  • 牡丹峰区域出版物普及所(牡丹峰区域

繊維 編集

  • 9月紡織工場
  • 金正淑平壌紡織工場
  • 金正淑平壌製糸工場

医療/化学 編集

  • 平壌製薬工場
  • 平壌医療機器技術社
  • 平壌化粧品工場

食品加工 編集

農林水産業 編集

工場での生産 編集
  • 柳京キノコ工場
農場 編集
  • 将泉(チャンチョン)野菜専門協同農場(寺洞区域
  • 小新(ソシン)野菜専門協同農場(力浦区域
  • 兄山(ヒョンサン)野菜専門協同農場(兄弟山区域
  • 平壌樹木園(兄弟山区域)
水産業 編集
  • 平壌ナマズ工場
  • 平壌スッポン工場(旧名称:大同江スッポン工場)

交通 編集

ライトアップされた平壌駅
平壌市内を走るタクシー

空港 編集

鉄道 編集

路線(朝鮮民主主義人民共和国の鉄道

バス 編集

  • 北平壌地域 : 平壌第1旅客自動車作業所
    • 大城山 - 江東・三石・牡丹峰・美林・八骨間
    • リョンモッ洞 - 科学1洞・順安・平壌駅間
    • 龍城 - 美林・西城間
    • 西城 - 龍城・力浦間
    • 友誼塔 - 産業洞間
  • 南平壌地域 : 平壌第3旅客自動車作業所
    • 楽浪 - 大劇場・大普洞・産業洞・猿岩里・戦勝塔間
  • 西平壌地域 : 平壌第4旅客自動車作業所
    • 光復駅 - 平壌第2百貨店
    • 万景台 - 大平・復興駅
    • 八骨 - リョンモッ洞・元魯里

トロリーバス 編集

  • リョンモッ無軌道電車作業所
    • リョンモッ洞 - 龍城
  • 平川無軌道電車作業所
    • 火力発電所 - 西平壌駅

水運 編集

2016年11月に大同江の両岸を結ぶ遊覧船の運航が再開した。屋根にソーラーパネルを搭載し、太陽光発電だけで動く。

平日朝晩の出勤時間帯(7:30〜9:00、17:30〜19:00)は通勤客向けに運行し、日曜や祭日にはクルーズを楽しむことができる。[19]

水運路線 編集

高速道路 編集

主要道路 編集

主な橋 編集

姉妹都市 編集

提携都市[20]

スポーツ 編集

サッカー 編集

最上級蹴球連盟戦に所属する4.25体育団平壌市体育団などが存在する。サッカー北朝鮮代表にも多数の選手を送り出している。

著名な出身者 編集

関連文献 編集

  • 『平壌概観』外国文出版社、1985年。NDLJP:12212717 
  • 『平壌』外国文出版社、1985年。NDLJP:12212541 

脚注 編集

出典 編集

  1. ^ 지역별 면적 (第一級行政区画の面積一覧)”. 韓国統計情報システム (2020年12月28日). 2021年10月4日閲覧。
  2. ^ Democratic People's Republic of Korea”. 国際連合. 2021年10月4日閲覧。
  3. ^ 平壌 - 朝鮮観光 (観光地)
  4. ^ 福田恵介 (2014年5月18日). “北朝鮮が「マンション崩壊」を報じた裏事情”. 東洋経済オンライン. 東洋経済新報社. 2018年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月30日閲覧。
  5. ^ 平年値データ ピョンヤン(平壌)”. 気象庁 (2013年4月). 2013年4月2日閲覧。
  6. ^ Pyongyang, North Korea Climate Normals 1961-1990”. World Climate Home. 2013年4月1日閲覧。
  7. ^ 明治43年10月1日朝鮮総督府令第7号による。『朝鮮総督府官報』第29号p. 14(明治43年10月1日)を参照。
  8. ^ 「東洋のエルサレム」から法王招請”. agora-web.jp. 2019年3月19日閲覧。
  9. ^ 奇光舒李信澈 著、韓興鉄 訳、監修:李泳采 編『写真と絵で見る北朝鮮現代史』コモンズ東京新宿(原著2010年12月1日)。ISBN 978-4861870750 
  10. ^ アン・ヨンヒョン (2011年2月15日). “北朝鮮、平壌市の規模を半分に縮小 食糧事情悪化で「革命の心臓部」の規模を縮小か”. 朝鮮日報オンライン. 朝鮮日報. 2011年2月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月30日閲覧。
  11. ^ アン・ヨンヒョン; ユン・イルゴン (2011年2月25日). “北朝鮮が平壌市の規模を半分にしたワケ 特別待遇を続けるのが困難に”. 朝鮮日報オンライン. 朝鮮日報. 2011年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月30日閲覧。
  12. ^ a b 북, 미사일 산업지역 평양시 행정구역에 편입(北、ミサイル産業地域を平壌市の行政区に編入)”. ラジオ・フリー・アジア (2018年3月5日). 2021年10月3日閲覧。
  13. ^ 평양시 역사” [平壌市の歴史] (朝鮮語). 북한지역정보넷(北朝鮮地域情報ネット). 平和問題研究所평화문제연구소). 2017年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月30日閲覧。
  14. ^ 北, 평양서 150㎞ 떨어진 곳을 평양市에 편입 왜?” (朝鮮語). 조선일보(朝鮮日報). 朝鮮日報ko:조선일보). 20121-01-30閲覧。
  15. ^ “조선민주주의인민공화국 최고인민회의 상임위원회 정령 제950호 주체111(2022)년 4월 14일 화성지구의 행정구역명칭을 정함에 대하여(朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常任委員会政令第950号 主体111(2022)年4月14日 和盛地区の行政区域の名称を定めることについて)”. 労働新聞. (2022年4月15日). オリジナルの2022年5月4日時点におけるアーカイブ。. https://archive.ph/VyaGH 2022年4月17日閲覧。 
  16. ^ 平壌のイタリア料理店に行ってきました。”. js-tours.jp. js-tours.jp. 2020年8月30日閲覧。
  17. ^ 北朝鮮、南北統一の記念碑を破壊か 衛星画像で確認できずと報道”. ロイター (2024年1月24日). 2024年1月25日閲覧。
  18. ^ 世界のサッカースタジアムランキング(サッカー専用・兼用30000人以上の481競技場)”. fifaworldranking.com. 'J calcio'. 2018年4月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月30日閲覧。
  19. ^ 朝鮮新報2017年7月31日号〈D.P.R.K〜暮らしの今 1〉平壌市民の通勤風景
  20. ^ Corfield, Justin (2013). “Sister Cities”. Historical Dictionary of Pyongyang. London: Anthem Press. p. 196. ISBN 978-0-85728-234-7. https://books.google.com/books?id=a46gFDWr3aMC&pg=PA196 

関連項目 編集

外部リンク 編集