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日清オイリオグループ株式会社(にっしんオイリオグループ、The Nisshin OilliO Group, Ltd.)は、東京都中央区に本社を置く日本の製油会社であり、家庭用食用油国内首位のシェアを持つ食品メーカーでもある。

日清オイリオグループ株式会社
The Nisshin OilliO Group, Ltd.
Nisshin OilliO Group headquarters, at Shinkawa, Chuo, Tokyo (2019-01-02) 02.jpg
本社
種類 株式会社
市場情報
東証1部 2602
1949年6月上場
大証1部(廃止) 2602
1949年6月 - 2013年7月12日
本社所在地 日本の旗 日本
104-8285
東京都中央区新川一丁目23番1号
設立 1907年明治40年)3月7日
(日清豆粕製造株式会社)
業種 食料品
法人番号 1010001034887
事業内容 製油関連事業、ヘルシーフーズ事業、ファインケミカル事業等
代表者 代表取締役会長 今村隆郎
代表取締役社長 久野貴久
資本金 163億32百万円
(2015年3月31日現在)
売上高 連結:3,292億67百万円
単体:1,990億29百万円
(2015年3月期)
純資産 連結:1,282億87百万円
単体:997億53百万円
(2015年3月31日現在)
総資産 連結:2,416億25百万円
単体:1,814億95百万円
(2015年3月31日現在)
従業員数 連結:2,665人
単体:1,124人
(2015年3月31日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 丸紅 15.00%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 10.14%
(2015年3月31日現在)
主要子会社 攝津製油
大東カカオ
日清商事
関係する人物 高島小金治(創業者)
秋谷浄恵(元社長)
外部リンク https://www.nisshin-oillio.com/
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ブランド・ステートメントは「植物のチカラ」で、それ自体が登録商標(第4548319号ほか)である。

概要編集

「日清サラダ油」をはじめとする「日清」ブランドの商品は、日清製油(1907年創業)によって製造・販売されており、の中にナイフフォークをX字に交差させたマーク(ナイフフォークマークと呼んでいた)とともに長らく親しまれていた。

2002年、日清製油はリノール油脂三菱商事系)、ニッコー製油(前身は日本興油)と経営統合。日清製油は持株会社となって商号を日清オイリオグループ株式会社に改め、日清製油の事業部門は会社分割されて子会社日清オイリオが設立された。2004年、日清オイリオグループ株式会社(純粋持株会社)、日清オイリオ、リノール油脂、ニッコー製油の4社が合併、改めて日清オイリオグループ株式会社が発足した。

社名のOilliO(オイリオ)とは、を意味する英単語「Oil」にそれを反転させた「liO」を重ねた言葉で、製油業の原点を大切にしながら新しい分野へ次々とチャレンジしていくという意志が込められている[1]

なお、日清食品日清製粉日清紡績日清医療食品など、日本国内には「日清」を冠した著名な企業がいくつか存在するが、それらとの資本関係はない。

沿革編集

経営統合前の3社編集

日清製油編集

1907年創業、創業者は大倉組の大倉喜八郎と、横浜の肥料商松下久治郎[2]。日露戦争後、大倉は「満蒙」の農産資源に着目して事業展開を策し、松下も満州の大豆油粕に注目していた[2]。なお、当初は肥料用の豆粕製造が主であり、油は副産物であった[3]

  • 1907年明治40年)- 日清豆粕製造株式会社を設立[4]
    大倉喜八郎松下久治郎による[4]。社名は日本と中国(清国)に由来[4]。東京に本社を、大連に支社と工場を置いた[4]。当時の事業は大豆油・大豆粕の製造と貿易[4]
  • 1918年大正7年)- 日清製油株式会社に商号変更[4]
    横浜市にあった松下久治郎商店[2]および松下豆粕製造所(のち横浜工場)を吸収合併[4]。大豆以外の各種植物油の製造・加工に乗り出す[4]
  • 1924年(大正13年)- 「日清サラダ油」を発売[4]
    日本初の「サラダ油[4]。このとき、「ナイフとフォーク」のマークを制定[4]
  • 1939年(昭和14年) - 戦時統制に入り、減産に転じる[4]
  • 1945年(昭和20年) - 戦災により横浜工場焼失[4]。敗戦により大連工場など在外資産喪失[4]
  • 1948年(昭和23年) - 横浜工場再建[4]
  • 1949年(昭和24年)
    • 食用油(サラダ油、天ぷら油)の生産を再開[4]
    • 北海製油株式会社を合併(のち小樽工場)[4]
    • 東京証券取引所第1部に上場。
  • 1951年(昭和26年)- ごま油の生産を再開[4]
  • 1952年(昭和27年)- 那須工場閉鎖[4]
  • 1953年(昭和28年)- 小樽工場閉鎖、神戸工場開設[4]
  • 1959年(昭和34年)
  • 1963年(昭和38年) - 横浜磯子工場開設、従来の横浜工場は横浜神奈川工場に改称[4]
  • 1966年(昭和41年)- 家庭用園芸市場に参入[4]
  • 1969年(昭和44年) - リノール油脂株式会社の経営に参加[4]
  • 1972年(昭和47年) - ドレッシング「日清サラドレ」を発売[4][5]。加工食品分野に進出[5]
  • 1973年(昭和48年) - ファインケミカル部門(化粧品原料・医薬品原料[5])に参入[4][注釈 1]
  • 1980年(昭和55年) - 「日清マヨドレ」を発売[4]
  • 1982年(昭和57年) - 栄養補助食品事業に参入[4]
  • 1985年(昭和60年)- 果汁入り飲料「ハチミツ通り」を発売。80年代初頭より飲料事業に進出していた[5]
  • 1988年(昭和63年) - システム運用・開発のための子会社を設立、コンピュータ事業に進出[5][4]
  • 1989年(平成元年) - 天丼ファーストフード店(天丼てんや[6])による外食事業に進出[5]
  • 1990年(平成2年) - フィットネス事業に進出[5]
  • 1992年(平成4年)
    • 子会社のニッシンサービス、日清サイロを合併、日清物流を設立。一貫総合物流事業に本格参入[4]
    • 「日清キャノーラ油」を発売[4]
  • 1996年(平成8年)- 「BOSCOオリーブオイル」を発売[4]

リノール油脂編集

  • 1947年昭和22年)- 長野県豊野[7]東濱油脂化学工業株式会社設立[4]
    創業者は東浜一行[7]
  • 1949年(昭和24年)- 東濱油脂株式会社に社名変更[4]
  • 1962年(昭和37年)- 名古屋工場開設[4]
    「八大メーカー」の一角となる[7]。この過程で三菱商事の資本参加を受け[7]、三菱印の食用油を販売[4]
  • 1966年(昭和41年)- リノール油脂株式会社に社名変更。
  • 1969年(昭和44年) - 日清製油が経営に参加[4]

ニッコー製油編集

  • 1948年(昭和23年)- 岡山市に日本糠油工業株式会社設立[4]
    創業者は田淵貞治[7]。もともとは朝鮮でコメ油製造業を行っていた[7]
  • 1951年(昭和26年)- 日本興油工業株式会社に商号変更[4]
    赤沢亀四郎が会長就任[7]、コメ油から撤退し大豆と菜種の搾油に転換[7]
  • 1953年(昭和28年)- 丸紅が資本参加[4]
  • 1957年(昭和32年)- 水島工場開設[4]
  • 1968年(昭和43年)- 日本興油株式会社に商号変更[4]
  • 1972年(昭和47年) - 沖縄製油株式会社に資本参加[4]
  • 1980年(昭和55年) - 丸紅と日清製油の出資により、ニッコー製油株式会社を設立[4]

経営統合以後編集

  • 2002年(平成14年)- 日清製油、リノール油脂、ニッコー製油の3社が経営統合し、日清オイリオグループ誕生[4]
    日清製油株式会社は商号を日清オイリオグループ株式会社に変更し、持株会社に移行する[4]
    同時に日清製油の営業部門を分社化し、日清オイリオ株式会社を設立[4]
  • 2003年(平成15年)- 特定保健用食品「ヘルシーリセッタ」、「日清純正香りひき立つごま油」を発売[4]
  • 2004年(平成16年)
    • 特定保健用食品「ヘルシーコレステ」を発売[4]
    • 日清オイリオグループ株式会社、日清オイリオ株式会社、リノール油脂株式会社、ニッコー製油株式会社の4社が合併し、新生「日清オイリオグループ株式会社」発足[4]
  • 2005年(平成17年)
  • 2007年(平成19年)- ピエトロと資本業務提携[4][4]
  • 2008年(平成20年)- 「日清ベジフルーツオイル」を発売。
  • 2009年(平成21年)- 大東カカオに資本参加[4]
  • 2013年(平成25年)- 「日清ヘルシーベジオイル」を発売。
  • 2015年(平成27年)- 「日清ヘルシーオフ」を発売。
  • 2017年(平成29年)- 攝津製油を完全子会社化[4]

主なグループ企業編集

主な連結子会社編集

主な持分法適用関連会社編集

主力商品編集

 
ごま香油(混合油)

家庭用・業務用とも一部商品を除き日清ブランドを使用している。合併前は家庭用でも使われていたリノール・ニッコーブランドは業務用のみ使用。

宣伝活動編集

  • 「夏(暮れ)の元気なご挨拶 日清オイリオギフト」のCMソング(社名変更前は“日清サラダ油セット”)は有名。
  • 社名変更前の提供クレジットは「ナイフフォークマークでお元気に 日清サラダ油」で、長らく使われていた。

主なスポンサー番組(過去に提供された番組も含む)編集

宣伝タレントなど編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 百科事典マイペディアによれば、ファインケミカル部門参入は1975年(昭和50年)。

出典編集

  1. ^ 日清オイリオグループ108年の歩み
  2. ^ a b c 日清製油(株)『日清製油六十年史』(1969.11) 基本情報”. 渋沢社史データベース. 公益財団法人渋沢栄一記念財団. 2019年3月24日閲覧。
  3. ^ 始まった大豆の搾油”. 東京油問屋史. 東京油問屋市場. 2019年3月24日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc 会社沿革”. 日清オイリオ. 2019年3月23日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g 日清製油(株)”. 百科事典マイペディア(コトバンク所収). 平凡社. 2019年3月24日閲覧。
  6. ^ 【九州の礎を築いた群像】ロイヤルHD編(9)てんや”. 産経新聞. 産経新聞社 (2015年9月16日). 2019年3月24日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h 製油事業には4つのパターン”. 東京油問屋史. 東京油問屋市場. 2019年3月24日閲覧。

外部リンク編集