麒麟 (お笑いコンビ)

麒麟(きりん)は吉本興業グループのよしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本部(東京吉本)所属のお笑いコンビ

麒麟
KIRIN
メンバー 川島明
田村裕
結成年 1998年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1999年 -
出身 NSC大阪校20期
出会い NSC
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才
ネタ作成者 川島明
現在の代表番組 昼まで待てない!
過去の代表番組 麒麟の部屋
ダイ麒千飯
オモシロ好奇心☆どろんぱ!
ドッカ〜ン!
よしもと劇場など
同期 トータルテンボス
アジアン
ソラシドなど
受賞歴
2001年 笑わん会優秀賞
2002年 ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞
2003年 上方お笑い大賞新人賞
2004年 NHK上方漫才コンテスト優秀賞
2004年 NHK新人演芸大賞大賞(演芸部門)
2004年 上方お笑い大賞最優秀新人賞
2005年 上方漫才大賞新人賞
2005年 MBS新世代漫才アワード優勝
2008年 BGO上方笑演芸大賞広告代理賞
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2006年9月30日の単独ライブ「麒麟デシタ」を最後にbaseよしもとを卒業。

目次

メンバー編集

川島 明(かわしま あきら、1979年2月3日 - )

京都府宇治市出身、AB型。身長179cm。ボケ、ネタ作り担当。立ち位置は向かって右。

田村 裕(たむら ひろし、1979年9月3日 - )

大阪府吹田市出身、O型。身長180cm。ツッコミ担当。立ち位置は向かって左。

概要編集

  • 1998年11月にコンビ結成。共に大阪NSC第20期生であり、同期にアジアンソラシド吉本新喜劇西科仁らがいる。結成当初から、漫才を中心に活躍。徐々に頭角を現し、2000年頃よりbaseよしもとの舞台に出演しはじめ、テレビ、ラジオなどのメディアに出演している他、舞台では漫才を中心に活動している。なお、コンビ結成当初は、漫才と並行してコントも行っていた(過去に発売された単独ライブの模様を収録したDVDでは、中身は寧ろ漫才よりコントの収録数の方が多い)。
  • M-1グランプリには8回出場し過去5回決勝に進出。決勝初出場となった第1回(2001年)ではダークホースとして出場し5位の好成績を残し、これによってコンビの知名度を飛躍的に上げる事となった。以降はM-1決勝の常連コンビとして長きに渡って挑戦し続けた(後述)が、最終的に優勝を果たす事は出来なかった(最高順位は3位)。
  • 2007年に田村が自身の生い立ちを綴った自伝「ホームレス中学生」を発表して大ベストセラーとなった事で、一時的に川島が浮いた時期があった。しかし、2014年頃からは一転して川島がピンで活動する事が増えており、東京の番組にも川島がピンで出演する機会が増えている。一方で田村は「ホームレス中学生」のブームが過ぎ去って以降は露出が激減している。ただし、常に舞台では漫才をこなし、テレビでも「ENGEIグランドスラム」に不定期に出演するなど、2017年現在も麒麟としてのコンビでの活動は衰えていない。
  • コンビ名の由来は、当時漢字のみのコンビ名で活動している芸人が少なかったのと、難しい漢字の方がインパクトがあって覚えて貰えるんじゃないかという考えからつけたとの事。他にも候補として「薔薇」「憂鬱」などがあったが、一番ましだという事で「麒麟」となった。しかし「麒麟」という漢字が難しいためか、川島曰く「ファンレターなどでよく間違えられる」という[1]
  • 様々な面で対照的な部分が多いコンビでもある。以下はその一例。
田村は性格が明るく社交的だが、川島は性格が暗く極度の人見知りである。
田村は運動神経が良いが、川島は悪い。
川島は端正な顔立ちをしており芸人の中でも「男前」に分類されるが、田村は肌を弄られるなど「不細工」扱いされる事が多い。
川島は美声の持ち主であるが、田村はあまり声が通らず滑舌も良くない(このため川島は歌が上手いが田村はあまり上手くない)。
田村は子供にかなり好かれるが、逆に川島には全く子供が寄ってこない。
田村は肌が色黒だが、川島は色白。
※ただし身長・体重がほぼ一緒である事や共に面長である事など、共通点も少なからずある。

M-1グランプリ編集

M-1グランプリには第1回大会から出場しており、過去5回決勝進出を果たした。これは笑い飯の9回に次いで2番目に多い記録となっている(2017年時点)。

第1回大会(2001年) 決勝5位 【出番:7番 得点:741 / 1000点(一般審査員合計・199点、特別審査員合計・542点) 】
初の決勝進出。当時の彼らは決勝に残った10組の中でも特に知名度が無く[2]、キャッチフレーズも「無印(ノーマーク)」であった。決勝では「漫才に小説の要素を取り入れる」という当時のM-1では斬新な設定の漫才[3]が功を奏し、無名のダークホースとして5位の好成績を残した。
最終的な結果は5位であったが審査員の評価は高く、麒麟の出番終了直後に島田紳助からは「僕は個人的には(上位2組以内に)いっていたんですよね。」「僕の評価では2番目[4]なんです。」という評価を受け、松本人志からは「これはもうしょうがない(上に行けない)んですかね?」「僕は今までで一番良かったですね。」とかなりの高評価を受けた。事実、松本からは今大会最高得点(75点)を着けられている。また、ラサール石井からは優勝した中川家と同じ点数(90点)を着けられていた。ただし、春風亭小朝青島幸男からは10組の中で1番低い点数を着けられており[5]、これが影響して点数が伸び悩んだ形となった。
今大会で決勝まで勝ち進んだ事によって、麒麟はその知名度を飛躍的に上げる事となった。また、この時無名のダークホースながら決勝まで勝ち上がった麒麟のインパクトは大きく、以降ノーマークで決勝に進出した無名のコンビは「麒麟枠」と呼ばれるようになった(詳細は「M-1グランプリ」内の項目「麒麟枠」も参照の事)。
第2回大会(2002年) 準決勝敗退
この年は準決勝敗退に終わってしまい、今大会から導入された新ルール・敗者復活戦に臨む事となる。敗者復活戦ではトップバッターとして出場(このため、麒麟は敗者復活戦で初めてネタを披露したコンビとなる)。しかし、持ち時間である4分を大幅にオーバーしてしまい、トップバッターながらネタの途中で強制終了となってしまった(敗者復活戦で強制終了となってしまったのも麒麟が初)。この影響もあり、決勝進出は叶わなかった(最終的に敗者復活戦ではスピードワゴンが勝ち上がり決勝に進出)。
第3回大会(2003年) 決勝8位 【出番:2番 得点:554 / 700点 】
昨年の雪辱を果たし、2年ぶりに決勝進出を果たす。そのためキャッチフレーズも「返り咲き」であった。この時披露したネタは「様々な機械の声を川島が担当したら」。しかし、最終的な結果は8位となり不発に終わった。因みに最下位である千鳥とは2点差(552点)しかなく、また審査員7組中3組から最低得点を着けられてしまっていた[6]。更に当時は決勝でのネタの持ち時間はあくまで目安程度で「4分以内」と定められていたが、麒麟はそれを大幅に超え、約5分半もネタを披露してしまった(その後、第5回以降から持ち時間が厳守される事となる。)。
なお、田村は決勝でこの年のみ何故か水色のスーツを着て漫才を披露していた[7]
第4回大会(2004年) 決勝3位 【出番:9番 得点:634 / 700点 】
この年は準決勝敗退に終わるも、見事敗者復活戦から勝ち上がり2年連続で決勝に進出。決勝1回戦では「癒しの空間」というネタを披露した結果、634点という高得点を記録して3位に食い込み、コンビ初の最終決戦進出を果たした。ネタ終了後、西川きよしからは「最近で見た麒麟の中では1番面白かったです。」という評価を受け、中田カウスは「去年で終わってるかなと思ったけど、よう頑張ったわ。」とコメントし、アンタッチャブル(97点)に次ぐ96点という高評価を下していた。最終決戦ではネタ順が2番目となり、「24時間テレビ100kmマラソン」を題材としたネタを披露した。この時田村がネタの終盤で叫んだ「全国ネットや!頑張れ俺たち!」という台詞(アドリブ[8]で会場が大いに沸いたが、審査員からは1票も投じられず最終結果は3位に終わってしまった。なお、昨年のアンタッチャブルに次いで2年連続で敗者復活戦の勝者が最終決戦に進出する形となった。
第5回大会(2005年) 決勝3位 【出番:8番 得点:646 / 700点 】
3年連続で決勝に進出。ネタ前の紹介VTRでは「M-1の申し子[9]」とまで紹介され、キャッチフレーズも「M-1チルドレン」であった。決勝1回戦では8番目に「野球」ネタを披露。その結果ブラックマヨネーズの659点に次ぐ646点を記録し、総合2位で2年連続の最終決戦進出を果たした。また、その時にやったネタのオチが物凄く綺麗に決まり、司会の今田耕司もネタ終了直後に「今日一番のオチの決まり方じゃないですか?」とコメントしていた。中田カウスからは「本当に最後決まったな!あれ(最後のオチ)で俺から3点持っていきよったわ!」とコメントされ、97点という高評価を受けた。また、大竹まことは「あんなオチ見た事ない。」とコメントし、松本人志も「出てきて、急にあのオチ言うても、ウケない訳ですからねぇ。」とコメント[10]しており、オチを絶賛するコメントが相次いだ。最終決戦ではネタ順が1番目となった。この時、ネタの入りがいつも行っているスタイルとは打って変わって、「前半で川島が深刻な話をしている途中で唐突に『麒麟です』と自己紹介する」という珍しい形を披露してからネタに入っていた。その後「ファッションショーのモデル」というネタを披露したが、審査員からは1票も投じられず最終的な順位は3位[11]となってしまった。なお、決勝1回戦で2位通過して最終決戦で1票も投じられなかった初のコンビとなってしまった。
余談だが、昨年の麒麟の最終決戦の漫才の中で「田村のインタビュー中にニュース速報が流れる」というボケがあるが、今大会の麒麟の決勝1回戦のネタの冒頭で「本当にニュース速報[12]のテロップが流れてしまう」ハプニングが起きてしまった。
第6回大会(2006年) 決勝3位 【出番:4番 得点:627 / 700点 】
4年連続で決勝に進出(2017年時点でハライチと並び、笑い飯に次いで2番目に多い連続出場記録となっている)。キャッチフレーズは「空腹のファンタジスタ」。決勝1回戦では4番目に「ボクシング」ネタを披露。ネタの終盤で田村が川島に対し「お前がしっかりせえよ麒麟は!」とアドリブで叫んだ所で会場が大いに沸いた[13]。ネタ終了後、審査員である島田洋七は「間が空いた所はあったけど、あれからまた元に戻すテクニックは凄いですよ。」とコメントした。渡辺正行も「安定してましたし、落ち着いてたし、あれだけ間をグッて取っちゃってそこでドンッと笑いに持っていけるっていうあの自信がやっぱり凄い。」とコメントした。その結果3位に食い込み、3年連続で最終決戦進出を果たした。因みにこの後、惜しくも4位敗退を喫した笑い飯の点数は626点[14]であり、僅か1点差での最終決戦進出であった。最終決戦では2年連続でネタ順が1番目となった。ここでは「田村裕探検隊」というネタを披露するも、田村がネタの冒頭で台詞を噛んでしまうという失態を行ってしまう(その後、川島がすかさずフォローを行い、笑いは取っていた)。また、この年は同じく決勝及び最終決戦進出を果たしたチュートリアルへの評価が軒並み高く、その結果「審査員全員からの1位評価(決勝)[15]」及び「審査員全員からの投票(最終決戦)」を達成し、パーフェクト優勝を成し遂げたため、またもや麒麟は最終決戦で審査員から1票も投じられず3位という成績に終わってしまった。
翌年の2007年大会、ラストイヤーとなった翌々年の2008年大会ではいずれも準決勝敗退に終わってしまったため、麒麟がM-1グランプリの決勝に進出したのはこの年が最後となってしまった。
  • 上記の通りM-1で優勝を果たす事は叶わなかったが、安定した面白さは常に発揮しており、3年連続で最終決戦に進出経験のあるコンビは2017年現在も麒麟のみとなっている。一方で最終決戦で審査員から票を投じられた事が1度も無かった。これは最終決戦に複数回進出経験のあるコンビの中で唯一の記録となっている[16]
  • 笑い飯や千鳥らと共に、毎年のようにM-1の決勝常連組(優勝候補)として名を連ねていた。また、上記にもあるようにM-1出場によって飛躍的に知名度を上げる事となったため、「M-1グランプリの申し子」と語られる事も多い[17]
  • M-1が2010年に一旦終了(その後、2015年に復活)した後に開催された事実上の後継大会となるTHE MANZAI2011にも出場[18]しているが、ここでは2回戦で敗退してしまい決勝はおろか認定漫才師にも選ばれなかった。以降の2012年~2014年大会には1度も出場しなかった。

受賞歴編集

現在の出演番組編集

単独での出演歴については各個人ページを参照。

テレビ編集

レギュラー
不定期出演

ウェブテレビ編集

過去の出演番組編集

単独での出演歴については各個人ページを参照。

テレビ編集

ゲスト出演
単発番組
  • 目撃!麒麟のめったに見られんめずらシーン!(毎日放送)
  • 麒麟の地獄温泉〜ケータイクエスト〜(読売テレビ)
  • 麒麟 On Sale!
  • ホームレス中学生 ドバイへ行く!(2008年10月26日、フジテレビ)
  • 世界が集結!大須コスプレパレードど〜んと生放送!(2011年8月6日、テレビ愛知)

ラジオ編集

CM編集

CD編集

小室哲哉と多数芸人のコラボレーションCD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
  • サイクリング リサイクル
テレビ東京系アニメ『ケロロ軍曹』7代目エンディング曲(第117話 - 141話)。ひらがな表記の「きりん」という名での発売である。作詞も担当(作詞のクレジットは漢字で「麒麟」と表記されていた)。プロデュースは「ガチコラ」でもプロデュースを担当した小室哲哉。こちらにもカップリングとして「rice to life」が入っている。
吉本芸人による「秘密のケンミンSHOW」オリジナルバージョンCD

ビデオクリップ編集

  • YO-KING「世界の元 -Album Version-」(2010年10月13日発売アルバム「楽しい人は世界を救う」に収録、川島はパラパラ漫画担当)

DVD編集

単独ライブ編集

  • 『キリン!キリン!キリン!』(2004年11月25日)- 同年7月に大阪MIDシアターで行われた単独ライブを収録。
  • 『キリリン!』(2006年1月25日)- 2005年8月に大阪のなんばHATCHで行われた単独ライブを収録。
  • 『ジラフ』(2008年3月19日)- 2007年8月に全労済ホールスペース・ゼロで行われた単独ライブを収録。
なお、DVDのジャケットのデザインは「アンパンマン」などの作品でお馴染みの漫画家・やなせたかしが担当している。きっかけはDVDを作る時にジャケットに自分たちのデザインを描いて貰いたいと考え、様々な漫画家やプロダクションに2人で直接電話を掛けてオファーをした所、やなせのみ前向きに快諾してくれたとの事。その後、2人がやなせ宛にオファーへの真剣な気持ちをしたためた手紙を送ると、その10日後にやなせから2人宛に田村・川島が動物のキリンになっている似顔絵が送られてきたという。後日、やなせにお礼を言うために2人でやなせのスタジオへ行き会いに行った所、やなせは2人を見て開口一番「田村さん、あなたエクレアに似てるねぇ」と言ったという[20]
因みに川島が上記の思い出を綴ったブログを更新した僅か6日後に、やなせは心不全のため94歳でこの世を去っている[21]
  • 『かわしまんざいたむらいぶ』(2009年2月25日)- 2008年8月に大阪のなんばHATCHで行われた単独ライブを収録。

M-1グランプリ編集

  • 『M-1グランプリ2001完全版 〜そして伝説は始まった〜』(2003年12月17日)
  • 『M-1グランプリ2002完全版 その激闘のすべて〜伝説の敗者復活戦45組をすべて収録〜』(2003年12月17日)
└※敗者復活戦のみ。
  • 『M-1グランプリ2003完全版 〜M-1戦士の熱き魂〜』(2004年7月14日)
└※ネタの終盤で川島が「サンバ・デ・ジャネイロ」を歌った部分は著作権上の理由で完全にカット
  • 『M-1グランプリ2004完全版 〜いざ!M-1戦国時代へ“東京勢の逆襲”〜』(2005年4月27日)
  • 『M-1グランプリ2005完全版 〜本命なきクリスマス決戦!“新時代の幕開け”〜』(2006年4月26日)
  • 『M-1グランプリ2006完全版 史上初!新たなる伝説の誕生〜完全優勝への道〜』(2007年3月30日)
└※決勝1回戦のネタの終盤で川島がロッキーのテーマ「Gonna Fly Now」を歌った部分は著作権上の理由で音声のみカット
  • 『M-1グランプリ2007完全版 敗者復活から頂上へ〜波乱の完全記録〜』(2008年3月19日)
└※敗者復活戦のみ。
  • 『M-1グランプリ2008完全版 〜ストリートから涙の全国制覇!!〜』(2009年3月31日)
└※敗者復活戦のみ。

その他編集

  • 『新風baseよしもとネタトウタ2004』(2004年)…2004年秋、Zepp Osakaで行われた新生baseよしもとを記念するライブを収録。
  • 『ガチコラ』(2006年)…小室哲哉と多数芸人のコラボレーションDVD。田村の貧乏時代を歌詞にした「rice to life」が入っている。
  • バトルオワライヤル(YOSHIMOTO WORKS)
  • ダイナマイト関西2006 〜オープントーナメント大会〜(R and C、2006年12月6日

ライブ編集

  • 2003年
    • 2月20日 - 「ガブンチョ1Hスペシャル 〜麒麟〜」(baseよしもと/大阪)
    • 10月15日 - 「麒麟デス」(baseよしもと/大阪)
    • 12月14日 - 「麒麟どす」(baseよしもと/大阪)
  • 2004年
    • 2月29日 - 「麒麟だど」(baseよしもと/大阪)
    • 4月25日 - 「麒麟ザマス」(baseよしもと/大阪)
    • 5月21日 - 「キリンタン」(baseよしもと/大阪)1Hトークライブ
    • 7月27日 - 「キリン!キリン!キリン!」(baseよしもと/大阪)
    • 11月4日 - 「麒麟ナス」(baseよしもと/大阪)
  • 2005年
    • 8月16日 - 単独ツアー「キリリン!」(SHIBUYA-AX/東京)
    • 8月23日 - 単独ツアー「キリリン!」(なんばHatch/大阪)
    • 9月19日 - 単独ツアー「キリリン!」(都南文化会館 キャラホール/岩手)
    • 9月21日 - 単独ツアー「キリリン!」(徳島市立文化センター/徳島)
    • 9月22日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん 明日、祝日やしよってって〜」(baseよしもと/大阪)田村のみ
  • 2006年
    • 1月3日 - 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん お年玉残っているうちにみにきてや〜」(baseよしもと/大阪) ※田村のみ
    • 3月3日 - 「第一回田村裕」(baseよしもと/大阪)田村のみ
    • 3月28日 - 「いちねんぶ麟」(baseよしもと/大阪)
    • 5月5日 - 「第二回田村裕」(baseよしもと/大阪)田村のみ
    • 9月30日 - 「麒麟デシタ」(baseよしもと/大阪)base最後の舞台
    • 10月16日 - 「麒々麟々」(なかのZERO大ホール/東京)
    • 10月17日 - 「麒々麟々」(御堂会館/大阪)
    • 11月15日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
  • 2007年
    • 1月24日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 2月21日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 3月19日 - 「TOKYO麒麟ショー」(SPACE107/東京)
    • 4月22日 - 「ルミネ麒麟ルミネ麒麟」(ルミネtheよしもと/東京)
    • 5月28日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 6月25日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 8月5日 - 「ジラフ」(なんばグランド花月/大阪)
    • 8月20日 - 「ジラフ」(全労済ホールスペース・ゼロ/東京)
    • 9月3日 - 「TOKYO麒麟ショー」(SPACE107/東京)
    • 10月29日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
    • 11月26日 - 「TOKYO麒麟ショー」(新宿シアターモリエール/東京)
  • 2008年
    • 4月1日 - 「春麒麟」(草月ホール/東京)
    • 5月24日 - 「皐月麒麟」(ルミネtheよしもと/東京)
    • 8月9日 - 「麒麟漫才ライブ〜かわしまんざい、たむらいぶ〜」(道新ホール/札幌)
    • 8月17日 - 「麒麟漫才ライブ〜かわしまんざい、たむらいぶ〜」(イムズホール/福岡)
    • 8月20日 - 「麒麟漫才ライブ〜かわしまんざい、たむらいぶ〜」(なんばHach/大阪)
    • 8月31日 - 「麒麟漫才ライブ〜かわしまんざい、たむらいぶ〜」(品川ステラボール/東京)
  • 2009年
    • 2月25日 - 麒麟川島ソロライブ「雨降る夜」(恵比寿・エコー劇場/東京)川島のみ
    • 3月20日 - 「TOKYO麒麟ショー」(草月ホール/東京)
    • 3月30日 - 「OSAKA麒麟ショー」(そごう劇場/大阪)
    • 5月8日 - 川島明単独ライブ「雨降る夜〜第弐夜〜」(恵比寿エコー劇場/東京)川島のみ
    • 6月11日 - 川島明ネタライブ「ささない傘」(京橋花月/大阪)川島のみ
    • 10月6日 - 麒麟川島ソロライブ「雨降る夜〜第参夜〜」(恵比寿エコー劇場/東京)川島のみ
  • 2010年
    • 3月6日 - 麒麟川島ソロライブ「雨降る夜〜the Best〜」(恵比寿エコー劇場/東京)川島のみ
    • 8月8日 - 麒麟川島単独ライブ「綺麗な漬物」(恵比寿エコー劇場/東京)川島のみ
  • 2011年
    • 1月15日 - 「祝!結成11年と半年!麒麟の漫才ライブツアー 札幌公演」(ターミナルプラザことにPATOS/北海道)ゲスト:ネゴシックス2700
    • 1月29日 - 「祝!結成11年と半年!麒麟の漫才ライブツアー 横浜公演」(相鉄本多劇場/神奈川)ゲスト:とろサーモン、ネゴシックス、若井おさむ
    • 2月12日 - 「祝!結成11年と半年!麒麟の漫才ライブツアー 埼玉公演」(さいたま市民会館おおみや 小ホール/埼玉)ゲスト:とろサーモン、マキシマムパーパーサム
    • 2月26日 - 「祝!結成11年と半年!麒麟の漫才ライブツアー 広島公演」(よしもと紙屋町劇場/広島)ゲスト:千鳥土肥ポン太
    • 3月6日 - 「祝!結成11年と半年!麒麟の漫才ライブツアー 福岡公演」(イムズホール/福岡)ゲスト:ダイアン、若井おさむ
    • 4月3日 - 「祝!結成11年と半年!麒麟の漫才ライブツアー 大阪公演」(京橋花月/大阪)ゲスト:笑い飯、ダイアン
    • 5月8日 - 「祝!結成11年と半年!麒麟の漫才ライブツアー 東京公演」(品川よしもとプリンスシアター/東京)ゲスト:笑い飯、パンクブーブー 3月12日の公演は東日本大震災の影響により延期となった。
    • 8月15日 - 「麒麟の1時間ちょっと〜新ネタとおしゃべりん〜」(シアターブラッツ/東京)
  • 2013年
    • 2月18日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(シアターブラッツ/東京)ゲスト:アジアン
    • 4月25日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:U字工事
    • 6月19日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:バイきんぐ
    • 9月8日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:しずる
    • 12月2日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:ずん
  • 2014年
    • 2月18日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:ラバーガール
    • 4月28日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:キングオブコメディ
    • 7月3日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:かもめんたる
    • 10月6日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:ロッチ
  • 2015年
    • 2月16日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:ハマカーン
    • 4月21日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:天竺鼠
    • 9月21日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:千鳥
  • 2016年
    • 1月26日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:笑い飯
    • 6月1日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:シソンヌ
    • 9月26日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:スーパーマラドーナ
  • 2017年
    • 4月10日 - 「麒麟壱時間半劇場〜ネタとトークする〜」(新宿文化センター 小ホール/東京)ゲスト:佐久間一行もう中学生

脚注編集

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  1. ^ 川島明のHOMEPAGE『なんとなくにっき』- 「コンビ名」(2013年7月27日の日記)
  2. ^ 当日、決勝で司会及び審査員を務めていた島田紳助曰く「吉本関係者も存在を知りませんでした。」と語るほど無名の存在であった。
  3. ^ 前半にやったくだりを後半では小説の要素を取り入れる事によって違う見方にするというネタ。
  4. ^ この時点では紳助は麒麟に対して中川家(80点)に次いで2番目に高い点数(75点)を着けていた(全体でも最終的にはハリガネロックと並んで3番目に高い点数となっていた)。
  5. ^ 小朝からはDonDokoDonと同じ点数である65点、青島からはキングコングチュートリアルと同じ点数である75点を着けられた。
  6. ^ 南原清隆から76点、ラサール石井から78点、大竹まことから75点(いずれも最低得点)を着けられてしまった。
  7. ^ 因みに田村は2001年大会の時もクリーム色のスーツを着て出場していたが、2004年大会以降は黒スーツで統一している。なお、川島は2001年大会から一貫して黒スーツを着て出場している。
  8. ^ この部分は翌年のネタ前紹介VTR内でも使用されていた。
  9. ^ 2001年大会での「衝撃デビュー」、2002年大会での「落選(準決勝敗退)」、2004年大会での「敗者復活戦勝利からの最終決戦進出」など、M-1で優勝以外の全てを体験した事からこう称された。
  10. ^ これを聞いた今田は「そら、当たり前ですよ。」「何を(そんな事)今さら言うてるんですか。」と呆れながらコメントしていた。
  11. ^ 最終決戦ではブラックマヨネーズが4票、笑い飯が3票獲得し、最終的には決勝1回戦で3位だった笑い飯にも抜かされてしまう形となった。
  12. ^ 当時の放送中にJR羽越本線脱線事故が発生したため。
  13. ^ この言葉を受けた川島はネタ終了後に「正直ね、漫才中に泣きそうになる言葉くれたんで嬉しかったです。」と語っていた。
  14. ^ 更に笑い飯はこの年のネタ順が8番目で後の方だったという事も影響し、決勝で初めて暫定ボックスに座る事が出来なかった(なお、笑い飯が決勝で暫定ボックスに座る事が出来なかったのはこの年のみとなっている)。
  15. ^ ただし、渡辺正行がフットボールアワーにも同点(90点)1位評価をしている為、審査員全員からの単独1位評価(決勝)ではない。
  16. ^ 最終決戦に進出するも票を投じられた経験が無いコンビは2017年時点で麒麟を含めてナイツミキの3組のみとなっている(ただしナイツは2008年大会、ミキは2017年大会の1度だけしか最終決戦に進出していない)。
  17. ^ excite.ニュース - 麒麟 5度の決勝進出が「M-1グランプリの申し子」をどう変えたか(2010年12月15日の記事)
  18. ^ よしもとニュースセンター - 【ライブレポート】『THE MANZAI 2011』予選2回戦・最終日(2011年7月13日の記事)
  19. ^ 因みに、この直前にピン芸人の長井秀和がチャンピオン大会史上初のオーバー1000(1006KB)を記録している。
  20. ^ 川島明のHOMEPAGE『なんとなくにっき』 - 「第一声」(2013年10月7日の日記)
  21. ^ J-CASTテレビウォッチ - やなせたかしさん死去!麒麟・川島「先週ブログに思い出を書いたばかり…」(2013年10月16日の記事)

外部リンク編集