メインメニューを開く

概要編集

二・二六事件の経過を主に陸軍将校の側から描いた作品であり、決起した青年将校達をはじめとして豪華キャストを揃えた大作映画となっている。また、青年将校らの妻子との関係にも多くの描写が割かれており、事件に参加した河野壽の実兄・河野司が監修に当たった。

制作会社はフィーチャーフィルムエンタープライズであった。映画ファンド(投資家から資金調達し、映画の興行成績により分配する制度)で日本で初めて制作された作品である。


あらすじ編集

昭和恐慌により拡大する貧富の差に皇道派の野中、河野、磯辺、栗原、中橋は財閥大臣官僚を抹殺し天皇を中心とした皇道派による独裁政権を作ろうと2月26日、雪の降りしきる夜にクーデターを実行。多くの大臣、官僚、当時の総理をも暗殺。軍部は彼らの行動に理解を示し、クーデターは成功したかに見えた。しかし、それは事態を収拾しようと画策した政府と宮内省による必至の時間稼ぎで、首相が生き延びていた事がわかると事態は一変、政府は天皇の勅命により原隊に戻るよう呼びかけ軍に戻ろうとする中、当初から消極的でやるからには逆賊になる覚悟だった安藤輝三だけは天皇の意思一つに手の平返しで軍に戻ろうとする彼らに怒りを爆発させる。

キャスト編集

決起将校たち編集

決起部隊の下士官・兵たち編集

決起将校の関係者編集

被害者とその関係者編集

陸軍関係者編集

皇道派編集

統制派編集

中道派・その他陸軍関係者編集

宮城関係者編集

その他編集

備考編集

当作品の撮影にあたっては銃器、軍服を始めとした日本陸軍装備多数が新規に製作された。作中に登場する戦車は当作のために建設機械を改造して製作されたものである[2]

笠原和夫は、圧力で内容を変更させられ、「活動屋精神を持たない奥山和由はだらしがない。松竹で撮ったから変な映画になった」などと話している[3]

脚注・出典編集

  1. ^ 1989年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  2. ^ この模造戦車は3両が製作されて使用され、当作の撮影後は売却先が探されたが成約せず、その後夕張市で「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」が開催された縁で同地に2両が寄贈され、石炭の歴史村に併設されている遊園地の一角に展示されていたが、2008年に同園が閉鎖されて解体・整地された際に処分された。もう1両(※3両目ではなく夕張市に展示されていたものであるとの説もあるが真偽は不明)は栃木県那須郡那須町に所在する私設博物館「那須戦争博物館」で2018年現在も展示されている。
    那須戦争博物館>博物館展示内容>屋外展示物
    なお、展示車両の解説では「90式改良戦車」となっており、諸元や開発経緯が記述されているが、日本陸軍の装備で“90式改良戦車”なる車両は存在しておらず、架空のものである。
  3. ^ 笠原和夫・荒井晴彦絓秀実『昭和の劇:映画脚本家笠原和夫』太田出版、2002年、546頁。ISBN 4-87233-695-X

外部リンク編集