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歴史編集

枢密院15世紀初めごろに成立し、特にテューダー朝期以降に国政の中心機関となった国王諮問機関である。複数名の枢密顧問官によって構成される[1]

はじめて枢密院議長に就任したのは、確認できる限り1530年に就任した初代サフォーク公爵チャールズ・ブランドンである[2]

名誉革命後には議会政治・政党政治の発展に伴い、枢密院議長は政権交代によって交代する閣僚職の一つとなった[3]。また近代以降にはその役割は縮小していき、枢密院副議長英語版が所管していた教育委員会(Board of Education)が1899年に枢密院から独立すると役割をほとんど無くした[4]

当初は貴族院議員が就任するのが伝統だったが、1854年に庶民院議員だったジョン・ラッセル卿が首相の第4代アバディーン伯爵ジョージ・ハミルトン=ゴードンに無理強いして枢密院議長に就任したことでその伝統が初めて崩れた[5]。その後も貴族院議員が務めていることが多かったが、1930年代から庶民院議員が務めることも増えていき、現在は庶民院院内総務と兼務していることが多い。

大学のビジター編集

歴代枢密院議長編集

1702年以前編集

肖像 氏名
(生没年)
期間
  初代サフォーク公爵
チャールズ・ブランドン
(1484年頃–1545年)
1530年
-1545年8月14日
  初代セント・ジョン男爵
ウィリアム・ポーレット
(1485年頃–1572年)
1546年1月
-1550年2月
  初代ノーサンバーランド公爵
ジョン・ダドリー
(1504–1553)
1550年2月
-1553年7月
  初代マンチェスター伯爵
ヘンリー・モンタギュー英語版
(c. 1563–1642)
1621年9月
-1628年7月
  初代マールバラ伯爵
ジェイムズ・リー英語版
(1552頃–1629)
1628年7月
-1628年12月14日
  初代コンウェイ子爵
エドワード・コンウェイ英語版
(1564–1631)
1628年12月14日
-1631年1月3日
  初代シャフツベリ伯爵
アンソニー・アシュリー=クーパー
(1621–1683)
1679年4月21日
-1679年10月15日
  初代ラドナー伯爵英語版
ジョン・ロバーツ英語版
(1606–1685)
1679年10月24日
-1684年8月24日
  初代ロチェスター伯爵英語版
ローレンス・ハイド
(1642–1711)
1684年8月24日
-1685年2月18日
  初代ハリファックス侯爵英語版
ジョージ・サヴィル
(1633–1695)
1685年2月18日
-1685年12月4日
  第2代サンダーランド伯爵
ロバート・スペンサー
(1641–1702)
1685年12月4日
-1688年10月
  初代プレストン子爵英語版
リチャード・グラハム英語版
(1648–1695)
1688年10月
-1688年12月
  初代リーズ公爵[注釈 1]
トマス・オズボーン
(1632–1712)
1689年2月14日
-1699年5月18日
  第8代ペンブルック伯爵
トマス・ハーバート
(1656頃–1733)
1699年5月18日
-1702年1月29日
  第6代サマセット公爵
チャールズ・シーモア
(1662–1748)
1702年1月29日
-1702年7月13日

1702年以降編集

肖像 名前
(生没年)
期間 在任中の他の役職 所属政党 内閣
(首相所属政党)
  第8代ペンブルック伯爵
トマス・ハーバート
(1656頃–1733)
1702年7月13日
-1708年11月25日
無所属 ゴドルフィン=マールバラ内閣
(トーリー党)
  初代サマーズ男爵
ジョン・サマーズ
(1651–1716)
1708年11月25日
-1710年9月21日
ホイッグ党
  初代ロチェスター伯英語版
ローレンス・ハイド
(1642–1711)
1710年9月21日
-1711年6月13日
トーリー党 ハーレー内閣
(トーリー党)
  初代バッキンガム=ノーマンビー公爵
ジョン・シェフィールド
(1648–1721)
1711年6月13日
-1714年9月23日
無所属
  第2代ノッティンガム伯爵
ダニエル・フィンチ
(1647–1730)
1714年9月23日
-1716年7月6日
トーリー党 タウンゼンド子爵内閣
(ホイッグ党)
  第2代デヴォンシャー公爵
ウィリアム・キャヴェンディッシュ
(1672–1729)
1716年7月6日
-1718年3月16日
ホイッグ党
第1次スタンホープ=サンダーランド内閣
(ホイッグ党)
  第3代サンダーランド伯爵
チャールズ・スペンサー
(1675–1722)
1718年3月16日
-1719年2月6日
第一大蔵卿 ホイッグ党 第2次スタンホープ=サンダーランド内閣
(ホイッグ党)
  初代キングストン=アポン=ハル公爵英語版
エヴリン・ピアポント
(1655頃–1726)
1719年2月6日
-1720年6月11日
ホイッグ党
  第2代タウンゼンド子爵
チャールズ・タウンゼンド
(1674–1738)
1720年6月11日
-1721年6月25日
北部担当国務大臣[注釈 2] ホイッグ党
ウォルポール=タウンゼンド内閣
(ホイッグ党)
  初代カールトン男爵英語版
ヘンリー・ボイル
(1669–1725)
1721年6月25日
-1725年3月27日
ホイッグ党
  第2代デヴォンシャー公爵
ウィリアム・キャヴェンディッシュ
(1672–1729)
1725年3月27日
-1729年6月4日
ホイッグ党
  初代トレヴァー男爵英語版
トマス・トレヴァー
(1658–1730)
1730年5月8日
-1730年6月19日
トーリー党
  初代ウィルミントン伯爵
スペンサー・コンプトン
(1673–1743)
1730年12月31日
-1742年2月13日
ホイッグ党 ウォルポール内閣
(ホイッグ党)
  初代ハリントン伯爵
ウィリアム・スタンホープ
(1683頃–1756)
1742年2月13日
-1745年1月3日
北部担当国務大臣[注釈 3] ホイッグ党 ウィルミントン伯内閣
(ホイッグ党)
ペラム内閣
(ホイッグ党)
  初代ドーセット公爵
ライオネル・サックヴィル
(1688–1765)
1745年1月3日
-1751年6月17日
アイルランド総督[注釈 4] ホイッグ党
  第2代グランヴィル伯爵
ジョン・カートレット
(1690–1763)
1751年6月17日
-1763年1月2日
ホイッグ党
第1次ニューカッスル公内閣
(ホイッグ党)
デヴォンシャー公内閣
(ホイッグ党)
第2次ニューカッスル公内閣
(ホイッグ党)
ビュート伯内閣
(トーリー党)
  第4代ベッドフォード公爵
ジョン・ラッセル
(1710–1771)
1763年9月9日
-1765年7月12日
ホイッグ党 グレンヴィル内閣
(ホイッグ党)
  第8代ウィンチルシー伯爵英語版
ダニエル・フィンチ
(1689–1769)
1765年7月12日
-1766年7月30日
ホイッグ党 第1次ロッキンガム侯内閣
(ホイッグ党)
  初代ノーティントン伯爵
ロバート・ヘンリー
(1708頃–1772)
1766年7月30日
-1767年12月22日
ホイッグ党 大ピット内閣
(ホイッグ党)
  第2代ゴア伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
(1721–1803)
1767年12月22日
-1779年11月24日
トーリー党
グラフトン公内閣
(ホイッグ党)
ノース卿内閣
(トーリー党)
  第2代バサースト伯爵
ヘンリー・バサースト英語版
(1714–1794)
1779年11月24日
-1782年3月27日
トーリー党
  初代カムデン男爵英語版
チャールズ・プラット英語版
(1714–1794)
1782年3月27日
-1783年4月2日
ホイッグ党 第2代ロッキンガム侯爵内閣
(ホイッグ党)
シェルバーン伯内閣
(ホイッグ党)
  第7代ストーモント子爵英語版
デイヴィッド・マリー英語版
(1727–1796)
1783年4月2日
-1783年12月19日
トーリー党 第1次ポートランド公内閣
(ホイッグ党)
  第2代ゴア伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
(1721–1803)
1783年12月19日
-1784年12月1日
トーリー党 第1次小ピット内閣
(トーリー党)
  初代カムデン伯爵英語版[注釈 5]
チャールズ・プラット英語版
(1714–1794)
1784年12月1日
-1794年4月18日
トーリー党
  第4代フィッツウィリアム伯爵英語版
ウィリアム・フィッツウィリアム英語版
(1748–1833)
1794年7月1日
-1794年12月17日
ホイッグ党
  第2代マンスフィールド伯爵英語版
デイヴィッド・マリー英語版
(1727–1796)
1794年12月17日
-1796年9月1日
トーリー党
  第2代チャタム伯爵
ジョン・ピット英語版
(1756–1835)
1796年9月21日
-1801年7月30日
王璽尚書[注釈 6] 無所属
アディントン内閣
(トーリー党)
  第3代ポートランド公爵
ウィリアム・キャヴェンディッシュ=ベンティンク
(1738–1809)
1801年7月30日
-1805年1月14日
トーリー党
第2次小ピット内閣
(トーリー党)
  初代シドマス子爵
ヘンリー・アディントン
(1757–1844)
1805年1月14日
-1805年7月10日
トーリー党
  第2代カムデン伯爵英語版
ジョン・プラット英語版
(1759–1840)
1805年7月10日
-1806年2月19日
トーリー党
  第4代フィッツウィリアム伯爵英語版
ウィリアム・フィッツウィリアム英語版
(1748–1833)
1806年2月19日
-1806年10月8日
ホイッグ党 グレンヴィル男爵内閣
(ホイッグ党)
  初代シドマス子爵
ヘンリー・アディントン
(1757–1844)
1806年10月8日
-1807年3月26日
トーリー党
  第2代カムデン伯爵英語版
ジョン・プラット英語版
(1759–1840)
1807年3月26日
-1812年4月8日
トーリー党 第2次ポートランド公内閣
(トーリー党)
パーシヴァル内閣
(トーリー党)
  初代シドマス子爵
ヘンリー・アディントン
(1757–1844)
1812年4月8日
-1812年6月11日
トーリー党
  初代ハロービー伯爵英語版
ダドリー・ライダー英語版
(1762–1847)
1812年6月11日
-1827年8月17日
トーリー党 リヴァプール伯内閣
(トーリー党)
カニング内閣
(トーリー党)
  第4代ポートランド公爵
ウィリアム・キャヴェンディッシュ=スコット=ベンティンク
(1768–1854)
1827年8月17日
-1828年1月28日
トーリー党 ゴドリッチ子爵内閣
(トーリー党)
  第3代バサースト伯爵
ヘンリー・バサースト
(1762–1834)
1828年1月28日
-1830年11月22日
トーリー党 第1次ウェリントン公内閣
(トーリー党)
  第3代ランズダウン侯爵
ヘンリー・ペティ=フィッツモーリス
(1780–1863)
1830年11月22日
-1834年11月15日
ホイッグ党 グレイ伯内閣
(ホイッグ党)
第1次メルバーン子爵内閣
(ホイッグ党)
  第2代ロスリン伯爵英語版
ジェイムズ・セント・クレア=アースキン英語版
(1762–1837)
1834年12月15日
-1835年4月18日
保守党 ピール内閣
(保守党)
  第3代ランズダウン侯爵
ヘンリー・ペティ=フィッツモーリス
(1780–1863)
1835年4月18日
-1841年9月3日
ホイッグ党 第2次メルバーン子爵内閣
(ホイッグ党)
  初代ウァーンクリフ男爵英語版
ジェイムズ・ステュアート=ウォートリー英語版
(1776–1845)
1841年9月3日
-1845年12月19日
保守党 第2次ピール内閣
(保守党)
  第5代バクルー公爵
ウォルター・モンタギュー・ダグラス・スコット
(1806–1884)
1846年1月21日
-1846年7月6日
保守党
  第3代ランズダウン侯爵
ヘンリー・ペティ=フィッツモーリス
(1780–1863)
1846年7月6日
-1852年2月27日
貴族院院内総務 ホイッグ党 第1次ラッセル内閣
(ホイッグ党)
  第2代ロンズデール伯爵
ウィリアム・ローザー英語版
(1787–1872)
1852年2月27日
-1852年12月28日
保守党 第1次ダービー伯内閣
(保守党)
  第2代グランヴィル伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
(1815–1891)
1852年12月28日
-1854年6月12日
ホイッグ党 アバディーン伯内閣
(ピール派)
  ジョン・ラッセル卿
(1792–1878)
1854年6月12日
-1855年2月8日
庶民院院内総務 ホイッグ党
  第2代グランヴィル伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
(1815–1891)
1855年2月8日
-1858年2月26日
貴族院院内総務 ホイッグ党 第1次パーマストン子爵内閣
(ホイッグ党)
  第2代ソールズベリー侯爵
ジェイムズ・ガスコイン=セシル
(1791–1868)
1858年2月26日
-1859年6月18日
保守党 第2次ダービー伯内閣
(保守党)
  第2代グランヴィル伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
(1815–1891)
1859年6月18日
-1866年7月6日
貴族院院内総務 自由党 第2次パーマストン子爵内閣
(自由党)
第2次ラッセル伯内閣
(自由党)
  第3代バッキンガム=シャンドス公爵
リチャード・テンプル=グレンヴィル
(1823–1889)
1866年7月6日
-1867年3月8日
保守党 第3次ダービー伯内閣
(保守党)
  第7代マールバラ公爵
ジョン・スペンサー=チャーチル
(1822–1883)
1867年3月8日
-1868年12月9日
保守党
第1次ディズレーリ内閣
(保守党)
  初代リポン侯爵
ジョージ・ロビンソン
(1827–1909)
1868年12月9日
-1873年8月9日
自由党 第1次グラッドストン内閣
(自由党)
  初代アバーデア男爵
ヘンリー・ブルース
(1815–1895)
1873年8月9日
-1874年2月21日
自由党
  第6代リッチモンド公爵
チャールズ・ゴードン=レノックス
(1818–1903)
1874年2月21日
-1880年4月28日
貴族院院内総務[注釈 7] 保守党 第2次ディズレーリ内閣
(保守党)
  第5代スペンサー伯爵
ジョン・スペンサー
(1835–1910)
1880年4月28日
-1883年3月19日
アイルランド総督[注釈 8] 自由党 第2次グラッドストン内閣
(自由党)
  初代カーリングフォード男爵
チチェスター・パーキンソン=フォーテスキュー
(1823–1898)
1883年3月19日
-1885年6月24日
王璽尚書[注釈 9] 自由党
  初代クランブルック子爵
ゲイソン・ゲイソン=ハーディ
(1814–1906)
1885年6月24日
-1886年2月6日
陸軍大臣[注釈 10] 保守党 第1次ソールズベリー侯内閣
(保守党)
  第5代スペンサー伯爵
ジョン・スペンサー
(1835–1910)
1886年2月6日
-1886年8月3日
自由党 第3次グラッドストン内閣
(自由党)
  初代クランブルック子爵
ゲイソン・ゲイソン=ハーディ
(1814–1906)
1886年8月3日
-1892年8月18日
保守党 第2次ソールズベリー侯内閣
(保守党)
  初代キンバリー伯爵
ジョン・ウッドハウス
(1826–1902)
1892年8月18日
-1894年3月10日
インド大臣 自由党 第4次グラッドストン内閣
(自由党)
  第5代ローズベリー伯爵
アーチボルド・プリムローズ
(1847–1929)
1894年3月10日
-1895年6月29日
首相
第一大蔵卿
貴族院院内総務
自由党 ローズベリー伯内閣
(自由党)
  第8代デヴォンシャー公爵
スペンサー・キャヴェンディッシュ
(1833–1908)
1895年6月29日
-1903年10月19日
教育委員長英語版[注釈 11]
貴族院院内総務[注釈 12]
自由統一党 第3次ソールズベリー侯内閣
(保守党)
バルフォア内閣
(保守党)
  第6代ロンドンデリー侯爵
チャールズ・ヴェーン=テンペスト=ステュアート英語版
(1852–1915)
1903年10月19日
-1905年12月11日
教育委員長 保守党
  初代クルー伯爵英語版
ロバート・クルー=ミルンズ
(1858–1945)
1905年12月11日
-1908年4月16日
自由党 キャンベル=バナマン内閣
  第2代トウィードマス男爵英語版
エドワード・マージョリバンクス英語版
(1849–1909)
1908年4月16日
-1908年10月19日
自由党 アスキス内閣
(自由党)
  初代ウルヴァーハンプトン子爵英語版
ヘンリー・ファウラー英語版
(1830–1911)
1908年10月19日
-1910年6月21日
自由党
  第7代ビーチャム伯爵英語版
ウィリアム・ライゴン英語版
(1872–1938)
1910年6月21日
-1910年11月7日
自由党
  ブラックバーンの初代モーリー男爵
ジョン・モーリー英語版
(1838–1923)
1910年11月7日
-1914年8月5日
インド大臣[注釈 13] 自由党
  第7代ビーチャム伯爵英語版
ウィリアム・ライゴン英語版
(1872–1938)
1914年8月5日
-1915年5月25日
自由党
  初代クルー侯爵英語版
ロバート・クルー=ミルンズ
(1858–1945)
1915年5月25日
-1916年12月10日
自由党 アスキス挙国一致内閣
(自由党)
  ケドルストンの初代カーゾン侯爵
ジョージ・カーゾン
(1859–1925)
1916年12月10日
-1919年10月23日
貴族院院内総務 保守党 ロイド・ジョージ挙国一致内閣
(自由党)
  初代バルフォア伯爵[注釈 14]
アーサー・バルフォア
(1848–1930)
1919年10月23日
-1922年10月19日
保守党
  第4代ソールズベリー侯爵
ジェイムズ・ガスコイン=セシル
(1861–1947)
1922年10月24日
-1924年1月22日
ランカスター公領大臣[注釈 15] 保守党 ロー内閣
(保守党)
第1次ボールドウィン内閣
(保守党)
  初代パーモア男爵英語版
チャールズ・クリップス英語版
(1852–1941)
1924年1月22日
-1924年11月3日
労働党 第1次マクドナルド内閣
(労働党)
  ケドルストンの初代カーゾン侯爵
ジョージ・カーゾン
(1859–1925)
1924年11月6日
-1925年4月27日
貴族院院内総務 保守党 第2次ボールドウィン内閣
(保守党)
  初代バルフォア伯爵
アーサー・バルフォア
(1848–1930)
1925年4月27日
-1929年6月4日
保守党
  初代パーモア男爵英語版
チャールズ・クリップス
(1852–1941)
1929年6月7日
-1931年8月24日
貴族院院内総務 労働党 第2次マクドナルド内閣
(労働党)
  スタンリー・ボールドウィン
(1867–1947)
1931年8月25日
-1935年6月7日
王璽尚書[注釈 16] 保守党 マクドナルド挙国一致内閣
(挙国派労働機構英語版)
  ラムゼイ・マクドナルド
(1866–1937)
1935年6月7日
-1937年5月28日
挙国派労働機構英語版 第3次ボールドウィン内閣
(保守党)
  第3代ハリファックス子爵
エドワード・ウッド
(1881–1959)
1937年5月28日
-1938年3月9日
貴族院院内総務
外務大臣[注釈 17]
保守党 チェンバレン内閣
(保守党)
  初代ヘイルシャム子爵
ダグラス・ホッグ英語版
(1872–1950)
1938年3月9日
-1938年10月31日
保守党
  ドックスフォードの初代ランシマン子爵英語版
ウォルター・ランシマン英語版
(1870–1949)
1938年10月31日
-1939年9月3日
挙国派自由党英語版
  第7代スタンホープ伯爵
ジェイムズ・スタンホープ英語版
(1880–1967)
1939年9月3日
-1940年5月11日
貴族院院内総務 保守党 チェンバレン戦時内閣
(保守党)
  ネヴィル・チェンバレン
(1869–1940)
1940年5月11日
-1940年10月3日
保守党 チャーチル戦時内閣
(保守党)
  ジョン・アンダーソン英語版
(1882–1958)
1940年10月3日
-1943年9月24日
無所属
(挙国一致政府英語版)
  クレメント・アトリー
(1883–1967)
1943年9月24日
-1945年5月23日
副首相 労働党
  初代ウールトン男爵
フレデリック・マーキス英語版
(1883–1964)
1945年5月25日
-1945年7月26日
無所属
(挙国一致政府)
チャーチル暫定内閣
(保守党)
  ハーバート・モリソン英語版
(1888–1965)
1945年7月27日
-1951年3月9日
庶民院院内総務 労働党 アトリー内閣
(労働党)
  初代アディソン子爵英語版
クリストファー・アディソン英語版
(1869–1951)
1951年3月9日
-1951年10月26日
貴族院院内総務 労働党
  初代ウールトン男爵
フレデリック・マーキス英語版
(1883–1964)
1951年10月28日
-1952年11月25日
保守党 第3次チャーチル内閣
(保守党)
  第5代ソールズベリー侯爵
ロバート・ガスコイン=セシル
(1893–1972)
1952年11月25日
-1957年3月29日
貴族院院内総務 保守党
イーデン内閣
(保守党)
第1次-第2次マクミラン内閣
(保守党)
  第14代ヒューム伯爵
アレック・ダグラス=ヒューム
(1903–1995)
1957年3月29日
-1957年9月17日
貴族院院内総務 保守党
  第2代ヘイルシャム子爵
クィンティン・ホッグ
(1907–2001)
1957年9月17日
-1959年10月14日
保守党
  第14代ヒューム伯爵
アレック・ダグラス=ヒューム
(1903–1995)
1959年10月14日
-1960年7月27日
貴族院院内総務 保守党
  第2代ヘイルシャム子爵[注釈 18]
クィンティン・ホッグ
(1907–2001)
1960年7月27日
-1964年10月16日
貴族院院内総務[注釈 19]
科学大臣[注釈 20]
文部科学大臣英語版[注釈 21]
保守党
ダグラス=ヒューム伯内閣
(保守党)
ハーバート・ボーデン
(1905–1994)
1964年10月16日
-1966年8月11日
庶民院院内総務 労働党 ウィルソン内閣
(労働党)
  リチャード・クロスマン英語版
(1907–1974)
1966年8月11日
-1968年10月18日
庶民院院内総務 労働党
フレッド・ピート英語版
(1914–1988)
1968年10月18日
-1970年6月19日
庶民院院内総務 労働党
ウィリアム・ホワイトロー
(1918–1999)
1970年6月20日
-1972年4月7日
庶民院院内総務 保守党 ヒース内閣
(保守党)
ロバート・カー英語版
(1916–2012)
1972年4月7日
-1972年11月5日
庶民院院内総務 保守党
ジム・プライア英語版
(1927–2016)
1972年11月5日
-1974年3月4日
庶民院院内総務 保守党
  エドワード・ショート英語版
(1912–2012)
1974年3月5日
-1976年4月8日
庶民院院内総務 労働党 第3次-第4次ウィルソン内閣
(労働党)
  マイケル・フット
(1913–2010)
1976年4月8日
-1979年5月4日
庶民院院内総務 労働党 キャラハン内閣
(労働党)
75px ソームズ男爵
クリストファー・ソームズ英語版
(1920–1987)
1979年5月5日
-1981年9月14日
貴族院院内総務 保守党 第1次サッチャー内閣
(保守党)
  フランシス・ピム
(1922–2008)
1981年9月14日
-1982年4月7日
庶民院院内総務 保守党
ジョン・ビッフェン英語版
(1930–2007)
1982年4月7日
-1983年6月11日
庶民院院内総務 保守党
初代ホワイトロー子爵
ウィリアム・ホワイトロー
(1918–1999)
1983年6月11日
-1988年1月10日
副首相
貴族院院内総務
保守党 第2次サッチャー内閣
(保守党)
第3次サッチャー内閣
(保守党)
  ジョン・ウェイカム英語版
(1932-)
1988年1月10日
-1989年7月24日
庶民院院内総務 保守党
  ジェフリー・ハウ
(1926–2015)
1989年7月24日
-1990年11月1日
副首相
庶民院院内総務
保守党
  ジョン・マクレガー英語版
(1937-)
1990年11月2日
-1992年4月10日
庶民院院内総務 保守党
第1次メージャー内閣
(保守党)
トニー・ニュートン英語版
(1937–2012)
1992年4月10日
-1997年5月2日
庶民院院内総務 保守党 第2次メージャー内閣
(保守党)
  アン・タイラー英語版
(1947-)
1997年5月3日
-1998年7月27日
庶民院院内総務 労働党 第1次-第3次ブレア内閣
(労働党)
  マーガレット・ベケット
(1943-)
1998年7月27日
-2001年6月8日
庶民院院内総務 労働党
  ロビン・クック
(1946–2005)
2001年6月8日
-2003年3月18日
庶民院院内総務 労働党
  ジョン・リード
(1947-)
2003年4月4日
-2003年6月13日
庶民院院内総務 労働党
  モスティンのウィリアムズ男爵
ガレス・ウィリアムズ英語版
(1941–2003)
2003年6月13日
-2003年9月20日
貴族院院内総務 労働党
  アモス女男爵
ヴァレリー・アモス英語版
(1954-)
2003年10月6日
-2007年6月27日
貴族院院内総務 労働党
  アップホーランドのアシュトン女男爵
キャサリン・アシュトン
(1956-)
2007年6月28日
-2008年10月3日
貴族院院内総務 労働党 ブラウン内閣
(労働党)
  ブレスドンのロイオール女男爵
ジャネット・ロイオール英語版
(1955-)
2008年10月3日
-2009年6月5日
貴族院院内総務 労働党
  マンデルソン男爵
ピーター・マンデルソン
(1953-)
2009年6月5日
-2010年5月11日
筆頭国務大臣
ビジネス・イノベーション・技能大臣英語版
労働党
  ニック・クレッグ
(1967-)
2010年5月11日
-2015年5月8日
副首相 自由民主党 第1次キャメロン内閣
(保守党)
  クリス・グレイリング
(1962-)
2015年5月9日
-2016年7月14日
庶民院院内総務 保守党 第2次キャメロン内閣
(保守党)
  デイヴィッド・リディントン英語版
(1956-)
2016年7月14日
-2017年6月11日
庶民院院内総務 保守党 第1次メイ内閣
(保守党)
  アンドレア・レッドサム
(1963-)
2017年6月11日
-2019年5月22日
庶民院院内総務 保守党 第2次メイ内閣
(保守党)
  メル・ストライド英語版
(1961-)
2019年5月23日
-2019年7月24日
庶民院院内総務 保守党
  ジェイコブ・リーズ=モッグ英語版
(1961-)
2019年7月24日
-現在
庶民院院内総務 保守党 ジョンソン内閣
(保守党)

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 1689年にカーマ―ゼン侯爵に叙され、1694年にリーズ公爵に叙される
  2. ^ 1721年2月から北部担当国務大臣
  3. ^ 1744年11月から北部担当国務大臣に就任
  4. ^ 1750年12月からアイルランド総督に就任
  5. ^ 1765年からカムデン男爵、1786年にカムデン伯爵に叙される
  6. ^ 1798年2月まで王璽尚書
  7. ^ 1876年8月から貴族院院内総務
  8. ^ 1882年5月からアイルランド総督
  9. ^ 1885年3月まで王璽尚書
  10. ^ 1886年1月から陸軍大臣
  11. ^ 1900年3月から1902年7月まで教育委員長
  12. ^ 1902年7月から貴族院院内総務
  13. ^ 1911年3月から1911年5月までインド大臣
  14. ^ 1922年にバルフォア伯爵に叙される
  15. ^ 1923年5月までランカスター公領大臣
  16. ^ 1932年9月から1933年12月まで王璽尚書
  17. ^ 1938年2月から外務大臣
  18. ^ 1963年にヘイルシャム子爵の爵位を返上
  19. ^ 1963年まで貴族院院内総務
  20. ^ 1963年10月から1964年4月にかけて科学大臣
  21. ^ 1964年4月から教育・科学大臣

出典編集

  1. ^ 松村赳 & 富田虎男 2000, p. 603.
  2. ^ Fryde, E. B. (1941, 1961, 1986). Handbook of British Chronology. Cambridge: Cambridge University Press. 
  3. ^ 神戸史雄 2005, p. 163.
  4. ^ マリオット 1914, p. 151.
  5. ^ 君塚直隆 1999, p. 133-134.
  6. ^ Universities”. Privy Council (2005年1月1日). 2017年9月9日閲覧。

参考文献編集

  • 君塚直隆『イギリス二大政党制への道 後継首相の決定と「長老政治家」』有斐閣、1999年(平成11年)。ISBN 978-4641049697
  • 神戸史雄『イギリス憲法読本』丸善出版サービスセンター、2005年。ISBN 978-4896301793
  • マリオット, ジョン『英国の憲法政治占部百太郎訳、慶応義塾出版局、1914年。ASIN B0098TWQW4