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貴族院院内総務: Leader of the House of Lords)は、イギリス内閣の閣僚職の一つ。

貴族院議員の中から首相が任命する閣僚職であり[1]名誉帯剣紳士隊長(貴族院与党院内幹事長)、近衛ヨーマン隊長(貴族院与党院内副幹事長)、侍従たる議員英語版(貴族院与党院内幹事)らとともに貴族院において政府を代表して各会派との院内交渉を行う役割を担う[2]。また貴族院の権利と特権を守り、貴族院の運営を主導する役割も有している[1]

目次

歴代の貴族院院内総務編集

肖像 名前 期間 兼務職 所属政党 内閣
(首相所属政党)
  第2代タウンゼンド子爵
チャールズ・タウンゼンド
1721年
-1730年
北部担当国務大臣 ホイッグ党 ウォルポール内閣
(ホイッグ党)
  初代ハリントン伯爵
ウィリアム・スタンホープ
1730年
-1742年
北部担当国務大臣 ホイッグ党
  第2代グランヴィル伯爵
第2代カートレット男爵
ジョン・カートレット
1742年2月12日
-1744年11月24日
北部担当国務大臣 ホイッグ党 ウィルミントン伯内閣
(ホイッグ党)
ペラム内閣
(ホイッグ党)
  初代ニューカッスル公爵
トマス・ペラム=ホールズ
1744年
-1756年11月16日
首相[注釈 1] ホイッグ党
第1次ニューカッスル公内閣
(ホイッグ党)
  第4代デヴォンシャー公爵
ウィリアム・キャヴェンディッシュ
1756年11月16日
-1757年6月25日
首相 ホイッグ党 デヴォンシャー公内閣
(ホイッグ党)
  初代ニューカッスル公爵
トマス・ペラム=ホールズ
1757年7月2日
-1762年5月26日
首相 ホイッグ党 第2次ニューカッスル公内閣
(ホイッグ党)
  第3代ビュート伯爵
ジョン・ステュアート
1762年5月26日
-1763年4月8日
首相 トーリー党 ビュート伯内閣
(トーリー党)
不明 1763年
-1765年
グレンヴィル内閣
  第2代ロッキンガム侯爵
チャールズ・ワトソン=ウェントワース
1765年7月13日
-1766年7月30日
首相 ホイッグ党
(ロッキンガム派英語版)
第1次ロッキンガム侯内閣
(ホイッグ党)
  第3代グラフトン公
オーガスタス・フィッツロイ
1766年
-1770年1月28日
首相[注釈 2] ホイッグ党
(チャタム派)
大ピット内閣
(ホイッグ党)
グラフトン公内閣
(ホイッグ党)
不明 1770年
-1782年
ノース卿内閣
(トーリー党)
  第2代シェルバーン伯爵
ウィリアム・ペティ
1782年3月
-1783年4月
内務大臣[注釈 3]
首相[注釈 4]
ホイッグ党
(チャタム派)
第2次ロッキンガム侯内閣
シェルバーン伯内閣
(ホイッグ党)
  第3代ポートランド公爵
ウィリアム・キャヴェンディッシュ=ベンティンク
1783年4月2日
-1783年12月
首相 ホイッグ党
(フォックス派英語版)
第1次ポートランド公内閣
(ホイッグ党)
  第3代テンプル伯爵
ジョージ・ニュージェント=テンプル=グレンヴィル[3]
1783年12月
-1783年12月
国務大臣 第1次小ピット内閣
(トーリー党)
  初代シドニー男爵英語版
トマス・タウンゼンド英語版[3]
1783年12月
-1789年6月
内務大臣 ホイッグ党
  第5代リーズ公爵
フランシス・オズボーン[3]
1789年
-1790年
外務大臣 トーリー党
  初代グレンヴィル男爵
ウィリアム・グレンヴィル[3]
1790年11月
-1801年2月
内務大臣[注釈 5]
外務大臣[注釈 6]
トーリー党
  第4代ホバート男爵英語版
ロバート・ホバート英語版[4]
1801年3月
-1801年10月
陸軍・植民地大臣 トーリー党 アディントン内閣
(トーリー党)
  第3代スタンマーのペラム男爵
トマス・ペラム[3]
1801年10月
-1803年8月
内務大臣 トーリー党
  第2代ハークスベリー男爵
ロバート・ジェンキンソン[3]
1803年11月
-1806年2月
外務大臣[注釈 7]
内務大臣[注釈 8]
トーリー党
第2次小ピット内閣
(トーリー党)
  初代グレンヴィル男爵
ウィリアム・グレンヴィル[3]
1806年2月11日
-1807年3月
首相 ホイッグ党 グレンヴィル男爵内閣
(ホイッグ党)
  第2代リヴァプール伯爵
第2代ハークスベリー男爵
ロバート・ジェンキンソン[3]
1807年3月25日
-1827年4月
内務大臣[注釈 9]
陸軍・植民地大臣[注釈 10]
首相[注釈 11]
トーリー党 第2次ポートランド公内閣
(トーリー党)
パーシヴァル内閣
(トーリー党)
リヴァプール伯内閣
(トーリー党)
  初代ゴドリッチ子爵
フレデリック・ロビンソン[3]
1827年4月30日
-1828年1月
陸軍・植民地大臣[注釈 12]
首相[注釈 13]
トーリー党 カニング内閣
(トーリー党)
ゴドリッチ子爵内閣
(トーリー党)
  初代ウェリントン公爵
アーサー・ウェルズリー[3]
1828年1月
-1830年11月
首相 トーリー党 第1次ウェリントン公内閣
(トーリー党)
  第2代グレイ伯爵
チャールズ・グレイ
1830年11月22日
-1834年7月9日
首相 ホイッグ党 グレイ伯内閣
(ホイッグ党)
  第2代メルバーン子爵
ウィリアム・ラム
1834年7月16日
-1834年11月14日
首相 ホイッグ党 第1次メルバーン子爵内閣
(ホイッグ党)
  初代ウェリントン公爵
アーサー・ウェルズリー
1834年11月17日
-1835年4月8日
首相
内務大臣
陸軍植民地大
外務大臣
トーリー党 第2次ウェリントン公内閣
(トーリー党)
第1次ピール内閣
(保守党)
  第2代メルバーン子爵
ウィリアム・ラム
1835年4月18日
-1841年8月30日
首相 ホイッグ党 第2次メルバーン子爵内閣
(ホイッグ党)
  初代ウェリントン公爵
アーサー・ウェルズリー
1841年9月3日
-1846年6月27日
無任所大臣 保守党 第2次ピール内閣
(保守党)
  第3代ランズダウン侯爵
ヘンリー・ペティ=フィッツモーリス
1846年7月6日
-1852年2月21日
枢密院議長 ホイッグ党 ラッセル内閣
(ホイッグ党)
  第14代ダービー伯爵
エドワード・スミス=スタンリー
1852年2月23日
-1852年12月17日
首相 保守党 第1次ダービー伯内閣
(保守党)
  第4代アバディーン伯爵
ジョージ・ハミルトン=ゴードン
1852年12月19日
-1855年1月30日
首相 ピール派 アバディーン伯内閣
(ピール派)
  第2代グランヴィル伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
1855年2月8日
-1858年2月21日
枢密院議長 ホイッグ党 第1次パーマストン子爵内閣
(ホイッグ党)
  第14代ダービー伯爵
エドワード・スミス=スタンリー
1858年2月21日
-1859年6月11日
首相 保守党 第2次ダービー伯内閣
(保守党)
  第2代グランヴィル伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
1859年6月18日
-1865年10月29日
枢密院議長 自由党 第2次パーマストン子爵内閣
(自由党)
  初代ラッセル伯爵
ジョン・ラッセル
1865年10月29日
-1866年6月26日
首相 自由党 ラッセル伯内閣
(自由党)
  第14代ダービー伯爵
エドワード・スミス=スタンリー
1866年6月28日
-1868年2月25日
首相 保守党 第3次ダービー伯内閣
(保守党)
  第3代マームズベリー伯爵
ジェームズ・ハリス
1868年2月27日
-1868年12月1日
王璽尚書 保守党 第1次ディズレーリ内閣
(保守党)
  第2代グランヴィル伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
1868年12月9日
-1874年2月17日
植民地大臣[注釈 14]
外務大臣[注釈 15]
自由党 第1次グラッドストン内閣
(自由党)
  第6代リッチモンド公爵
チャールズ・ゴードン=レノックス
1874年2月21日
-1876年8月21日
枢密院議長 保守党 第2次ディズレーリ内閣
(保守党)
  初代ビーコンズフィールド伯爵
ベンジャミン・ディズレーリ
1876年8月21日
-1880年4月21日
首相 保守党
  第2代グランヴィル伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
1880年4月28日
-1885年6月9日
外務大臣 自由党 第2次グラッドストン内閣
(自由党)
  第3代ソールズベリー侯爵
ロバート・ガスコイン=セシル
1885年6月23日
-1886年1月28日
首相
外務大臣
保守党 第1次ソールズベリー侯内閣
(保守党)
  第2代グランヴィル伯爵
グランヴィル・ルーソン=ゴア
1886年2月6日
-1886年7月20日
植民地大臣 自由党 第3次グラッドストン内閣
(自由党)
  第3代ソールズベリー侯爵
ロバート・ガスコイン=セシル
1886年7月25日
-1892年8月11日
首相
外務大臣[注釈 16]
保守党 第2次ソールズベリー侯内閣
(保守党)
  初代キンバリー伯爵
ジョン・ウッドハウス
1892年8月18日
-1894年3月5日
枢密院議長 自由党 第4次グラッドストン内閣
(自由党)
  第5代ローズベリー伯爵
アーチボルド・プリムローズ
1894年3月5日
-1895年6月21日
首相 自由党 ローズベリー伯内閣
(自由党)
  第3代ソールズベリー侯爵
ロバート・ガスコイン=セシル
1895年6月25日
-1902年7月11日
首相
外務大臣[注釈 17]
王璽尚書[注釈 18]
保守党 第3次ソールズベリー侯内閣
(保守党)
  第8代デヴォンシャー公爵
スペンサー・キャヴェンディッシュ
1902年7月12日
-1903年10月13日
枢密院議長 自由統一党 バルフォア内閣
(保守党)
  第5代ランズダウン侯爵
ヘンリー・ペティ=フィッツモーリス
1903年10月13日
-1905年12月4日
外務大臣 自由統一党
  初代リポン侯爵
ジョージ・ロビンソン
1905年12月10日
-1908年4月14日
王璽尚書 自由党 キャンベル=バナマン内閣
(自由党)
  初代クルー侯爵英語版[注釈 19]
ロバート・クルー=ミルンズ
1908年4月14日
-1916年12月10日
植民地大臣[注釈 20]
王璽尚書[注釈 21]
インド大臣[注釈 22]
枢密院議長[注釈 23]
教育委員会委員長英語版[注釈 24]
自由党 アスキス内閣
(自由党)
アスキス挙国一致内閣
(自由党)
  ケドルストンの初代カーゾン侯爵[注釈 25]
ジョージ・カーゾン
1916年12月10日
-1924年1月22日
枢密院議長[注釈 26]
外務大臣[注釈 27]
保守党 ロイド・ジョージ挙国一致内閣
(自由党)
ロー内閣
(保守党)
第1次ボールドウィン内閣
(保守党)
  初代ホールデン子爵
リチャード・ホールデン英語版
1924年1月22日
-1924年11月3日
大法官 労働党 第1次マクドナルド内閣
(労働党)
  ケドルストンの初代カーゾン侯爵
ジョージ・カーゾン
1924年11月3日
-1925年3月20日
枢密院議長 保守党 第2次ボールドウィン内閣
  第4代ソールズベリー侯爵
ジェームズ・ガスコイン=セシル
1925年4月27日
-1929年6月4日
王璽尚書 保守党
  初代パーモア男爵英語版
チャールズ・クリップス英語版
1929年6月7日
-1931年8月24日
枢密院議長 労働党 第2次マクドナルド内閣
  初代レディング侯爵
ルーファス・アイザックス
1931年8月24日
-1931年11月5日
外務大臣 自由党 マクドナルド挙国一致内閣
(挙国派労働機構)
  初代ヘイルシャム子爵
ダグラス・ホッグ英語版
1931年11月5日
-1935年6月7日
陸軍大臣 保守党
  第7代ロンドンデリー侯爵
チャールズ・ヴェーン=テンペスト=ステュアート英語版
1935年6月7日
-1935年11月22日
王璽尚書 保守党 第3次ボールドウィン内閣
(保守党)
  第3代ハリファックス子爵
エドワード・ウッド
1935年11月22日
-1938年2月21日
王璽尚書(1937年5月まで)
枢密院議長(1937年5月から)
保守党
チェンバレン内閣
(保守党)
  第7代スタンホープ伯爵
ジェイムズ・スタンホープ英語版
1938年2月21日
-1940年5月14日
教育委員会委員長(1938年10月まで)
海軍大臣英語版(1938年10月–1939年9月)
枢密院議長(1939年9月から)
保守党
チェンバレン戦時内閣
(保守党)
  初代カルデコート子爵英語版
トマス・インスキップ英語版
1940年5月14日
-1940年10月3日
自治領大臣 保守党 チャーチル戦時内閣
(保守党)
  第3代ハリファックス子爵
エドワード・ウッド
1940年10月3日
-1940年12月22日
外務大臣 保守党
  初代ロイド男爵英語版
ジョージ・ロイド英語版
1940年12月22日
-1941年2月4日
植民地大臣 保守党
  初代モイン男爵
ウォルター・ギネス
1941年2月8日
-1942年2月21日
植民地大臣 保守党
  第5代ソールズベリー侯爵
ロバート・ガスコイン=セシル
1942年2月21日
-1945年7月26日
植民地大臣[注釈 28]
王璽尚書[注釈 29]
自治領大臣[注釈 30]
保守党
チャーチル暫定内閣
(保守党)
  初代アディソン子爵英語版
クリストファー・アディソン英語版
1945年8月3日
-1951年10月26日
自治領大臣[注釈 31]
コモンウェルス大臣英語版[注釈 32]
王璽尚書[注釈 33]
主計長官英語版[注釈 34]
枢密院議長[注釈 35]
労働党 アトリー内閣
(労働党)
  第5代ソールズベリー侯爵
ロバート・ガスコイン=セシル
1951年10月28日
-1957年3月29日
王璽尚書[注釈 36]
コモンウェルス大臣[注釈 37]
枢密院議長[注釈 38]
保守党 第3次チャーチル内閣
(保守党)
イーデン内閣
(保守党)
  第14代ヒューム伯爵
アレック・ダグラス=ヒューム
1957年3月29日
-1960年7月27日
コモンウェルス大臣
枢密院議長[注釈 39]
保守党 マクミラン内閣
(保守党)
  第2代ヘイルシャム子爵
クィンティン・ホッグ
1960年7月27日
-1963年10月20日
枢密院議長 保守党
  第6代キャリントン男爵
ピーター・キャリントン[5]
1963年10月20日
-1964年10月16日
無任所大臣 保守党 ダグラス=ヒューム内閣
(保守党)
  第7代ロングフォード伯爵英語版
フランク・パッケナム英語版[5]
1964年10月18日
-1968年1月16日
王璽尚書[注釈 40]
植民地大臣[注釈 41]
労働党 第1次~2次ウィルソン内閣
(労働党)
シャクルトン男爵
エドワード・シャクルトン[5]
1968年1月16日
-1970年6月19日
王璽尚書[注釈 42]
主計長官[注釈 43]
労働党
  第2代ジェリコー伯爵英語版
ジョージ・ジェリコー英語版[5]
1970年6月20日
-1973年5月23日
王璽尚書 保守党 ヒース内閣
(保守党)
第3代ウィンドルシャム男爵
デイヴィッド・ヘネシー[5]
1973年6月5日
-1974年3月4日
王璽尚書 保守党
第2代シェパード男爵
マルコム・シェパード[5]
1974年3月7日
-1976年9月10日
王璽尚書 労働党 第3次~4次ウィルソン内閣
(労働党)
キャラハン内閣
(労働党)
ピート男爵
フレッド・ピート英語版[5]
1976年9月10日
-1979年5月4日
王璽尚書 労働党
  ソームズ男爵
クリストファー・ソームズ英語版[5]
1979年5月5日
-1981年9月14日
王璽尚書 保守党 第1次~3次サッチャー内閣
(保守党)
ヤング女男爵
ジャネット・ヤング英語版[5]
1981年9月14日
-1983年6月11日
ランカスター公領大臣[注釈 44]
王璽尚書[注釈 45]
保守党
初代ホワイトロー子爵
ウィリアム・ホワイトロー[5]
1983年6月11日
-1988年1月10日
枢密院議長 保守党
第2代ベルステッド男爵英語版
ジョン・ガンゾニー英語版[5]
1988年1月10日
-1990年11月28日
王璽尚書 保守党
ワディントン男爵
デイヴィッド・ワディントン英語版[5]
1990年11月28日
-1992年4月11日
王璽尚書 保守党 第1次~2次メージャー内閣
(保守党)
ウェイカム男爵
ジョン・ウェイカム英語版[5]
1992年4月11日
-1994年7月20日
王璽尚書 保守党
  クランボーン子爵
ロバート・ガスコイン=セシル[5]
1994年7月20日
-1997年5月2日
王璽尚書 保守党
リチャード男爵
アイヴァー・リチャード英語版[5]
1997年5月2日
-1998年7月27日
王璽尚書 労働党 第1次~3次ブレア内閣
(労働党)
  パディントンのジェイ女男爵
マーガレット・ジェイ英語版[5]
1998年7月27日
-2001年6月8日
王璽尚書 労働党
  モスティンのウィリアムズ男爵
ガレス・ウィリアムズ英語版[5]
2001年6月8日
-2003年9月20日
王璽尚書 労働党
  アモス女男爵
ヴァレリー・アモス英語版[5]
2003年10月6日
-2007年6月27日
枢密院議長 労働党
  アップホーランドのアシュトン女男爵
キャサリン・アシュトン[5]
2007年6月27日
-2008年10月2日
枢密院議長 労働党 ブラウン内閣
(労働党)
  ブレスドンのロイオール女男爵
ジャネット・ロイオール英語版'[5]
2008年10月2日
-2010年5月11日
枢密院議長[注釈 46]
ランカスター公領大臣[注釈 47]
労働党
  第2代ストラスクライド男爵
トマス・ガルブレイス[5]
2010年5月12日
-2013年1月7日
ランカスター公領大臣 保守党 第1次キャメロン内閣
(保守党)
  オエアフォードのヒル男爵
ジョナサン・ヒル英語版[5]
2013年1月7日
-2014年7月15日
ランカスター公領大臣 保守党
  ビーストンのストーウェル女男爵
ティナ・ストーウェル英語版[5]
2014年7月15日
-2016年7月14日
王璽尚書 保守党
第2次キャメロン内閣
(保守党)
  ボーズ・パークのエヴァンズ女男爵
ナタリー・エヴァンズ[5]
2016年7月14日
-現職
王璽尚書 保守党 第1次第2次メイ内閣
(保守党)

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 1754年3月から
  2. ^ 1768年10月から
  3. ^ 1782年7月まで
  4. ^ 1782年7月から
  5. ^ 1791年6月まで
  6. ^ 1791年6月から
  7. ^ 1804年5月まで
  8. ^ 1804年5月から
  9. ^ 1809年11月まで
  10. ^ 1809年11月–1812年6月
  11. ^ 1812年6月から
  12. ^ 1827年9月まで
  13. ^ 1827年8月から
  14. ^ 1870年7月まで
  15. ^ 1870年7月から
  16. ^ 1887年1月から
  17. ^ 1900年11月まで
  18. ^ 1900年11月12日から
  19. ^ 就任時の最上位爵位は第2代ホートン男爵。在任中の1911年にクルー侯爵に叙せられた
  20. ^ 1908年5月–1910年11月
  21. ^ 1908年10月–1911年10月,1912年2月–1915年5月
  22. ^ 1910年11月–1911年3月,1911年5月-1915年5月
  23. ^ 1915年5月から
  24. ^ 1916年8月から
  25. ^ 就任時の最上位爵位はケドルストンのカーゾン伯爵。在任中の1921年にケドルストンのカーゾン侯爵に叙される
  26. ^ 1919年10月まで
  27. ^ 1919年10月から
  28. ^ 1942年11月まで
  29. ^ 1942年11月–1943年9月
  30. ^ 1943年9月–1945年
  31. ^ 1947年7月まで
  32. ^ 1947年7月–1947年10月
  33. ^ 1947年10月–1951年3月
  34. ^ 1948年7月–1949年4月
  35. ^ 1951年3月から
  36. ^ 1952年5月まで
  37. ^ 1952年3月–1952年11月
  38. ^ 1952年11月から
  39. ^ 1957年9月まで,1959年10月から
  40. ^ 1965年12月まで、1966年4月から
  41. ^ 1965年12月-1966年4月
  42. ^ 1968年4月まで、1968年10月から
  43. ^ 1968年4月–1968年11月
  44. ^ 1982年4月まで
  45. ^ 1982年4月から
  46. ^ 12009年6月まで
  47. ^ 12009年6月から

出典編集

  1. ^ a b 古賀豪, 奥村牧人 & 那須俊貴 2010, p. 17.
  2. ^ 神戸史雄 2005, p. 66.
  3. ^ a b c d e f g h i j Chris Cook and John Stevenson, British Historical Facts 1760–1830 (1980) pp. 50–51.
  4. ^ M. W. McCahill, The House of Lords in the Age of George III (1760-1811) (2009) p. 242.
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x Matthew Purvis, Leader of the House of Lords: Holders of the Post. House of Lords Library, 15 July 2016. Accessed 21 November 2016.

参考文献編集

  • 古賀豪奥村牧人那須俊貴主要国の議会制度』(PDF)国立国会図書館調査及び立法考査局、2010年。
  • 神戸史雄『イギリス憲法読本』丸善出版サービスセンター、2005年。ISBN 978-4896301793

関連項目編集