交番
交番(こうばん)とは、日本の警察が設置している施設で、市街地の各所に設けられた警察官の詰め所のこと。
通常は警察署地域課の警察官が勤務している。英訳語としては、ポリスボックス(英語: police box)が当てられるが[1]、音訳のローマ字で(kōban)と表記される場合もある[2]。
概要編集
都道府県公安委員会の判断により、警察署の下部機構として設置することが可能である。各種申請・届出事務が可能なものを特に幹部交番(または地区交番)と呼ぶ(通常、交番所長は警部補か巡査部長だが、幹部交番の所長は警視や警部)。ただし、警察本部によっては同様の経緯によって設置された施設を「警察署分庁舎」、「警部交番」などと呼んでいる場合もある。
なお、長の呼称が「交番長」ではないのは、正式名称が「派出所」であった時代の名残りである(トップは「派出所長」だった)。仲間内では「ハコ長」という呼称がある。
警察署の所在地付近の区域は、警察署の地域課がパトロールや巡回連絡などを行っている場合がある。これは「署所在地」(富山県警察においては「直轄地域」[5])と呼ばれる。
警視庁管轄下には幹部交番はほとんど見られない。しかし地方では近年、人口の増加してきた地域の普通の交番を幹部交番へ格上げすることもある。また、人口減少による警察署の統廃合によって幹部交番へ格下げになることもある。
通常は2人から3人一組で24時間交代、つまり交番(交代で番にあたること)で勤務にあたる。仮泊設備(畳敷きの部分と布団、執務部分からつながる非常呼び出し用のベル)もある。パトロールや事件処理以外での外出はやたらに出来ないので、食事は出前を頼むか近隣のスーパー・コンビニで弁当などを購入することが多い。 特殊な事情がある場合や、繁華街の交番では警察官の人数が増員されているケースもある。
警察内の隠語では「PB」(ピービー、Police Boxの略)と呼ばれ、警察官同士の会話や警察無線での通話などで使われる[4]。
歴史編集
1871年(明治4年)に、政府は東京で邏卒を採用し、屯所(警察署)を中心にパトロールなどを行なわせた。1874年(明治7年)に東京警視庁が設置され、邏卒を巡査に改称し、巡査を東京の各「交番所」(交番舎)に配置した。巡査を交代で屯所から「交番所」へ行かせ、立番(りつばん)などを行なう場所にした。同年8月に、「交番所」に設備を設置して周辺地域のパトロールなどを行う拠点にし、1881年(明治14年)には、「交番所」は「派出所」に改称された。1884年6月1日、巡査派出所に天気予報の掲示をはじめた[6]。1888年(明治21年)になると、全国に「派出所」が配置されるようになり、同時に、外勤警察官が居住する施設として「駐在所」が設置された。
その後、1994年(平成6年)から「派出所」の正式名称は「交番」 (KOBAN) に決定した。現在も警備派出所として派出所という名称の施設は残存するが、通常の交番とは異なり、要警備諸所(各種公邸など)における警察官の詰め所的な存在である。他には警備派出所の名称が使用されている施設としては、各地の空港に空港警備派出所がある。所長の階級は警部か警視で、昇任直後に就任する傾向が強い。最近の傾向としては、市町村合併の影響で警察署統廃合が全国で行なわれており、幹部交番(ただし、鳥取県警察・岡山県警察・佐賀県警察では幹部派出所が正式名称となっている)が増加しつつある。幹部交番は廃止された警察署庁舎を使用している。
交番の役割編集
交番と駐在所には、都道府県公安委員会の規則などにより管轄区域が割り当てられており、交番の勤務員は通常はその範囲内の治安維持にあたる。ただし、本署の指示があったときや緊急の場合には管轄区域にかかわらず出動する。また、交番の勤務員は、例えばパトロールカーによるパトロール、留置管理、被疑者の護送、重大な事件の捜査など警察署の他の部署の職務の応援に回ることもある。これを「補勤」(ほきん)という。
市街地の各所に警察官の詰め所を設けることで、周辺地域の治安の維持と住民の利便を図ろうというものである。交替で番をするところであるためこのように呼ばれる。日本の治安が良好な要因のひとつは全国の交番にあるのではないかと、他の国からの注目は高い。
原則として、担当警察官の交代勤務により、警察官が24時間常駐している。しかし、警察官が減少しているため、一定時間のみ警察官が滞在する交番や、警察官を配置せずにテレビ電話を置いただけの無人交番も運用されている。この様な問題を抱えている交番を「空き交番」ということがある(後述)。このことで、暴漢から交番に逃れたものの無人で、結局暴行を受けた、などの事件も発生しており、課題となっている。
交番は、地域課のパトロール担当の警察官が常駐するところであるだけでなく、110番通報するまでもない状況の時(例として万引きの犯人を取り押さえて引き渡す)には警察官の出動依頼も可能である。110番通報よりも最寄の交番に電話をかける方が警察官の現場到着が早い場合もある(電話を受けた交番では制服警察官が黒バイや自転車で飛んで行く。また、神奈川県警察・兵庫県警察・岡山県警察などでは交番・駐在所の電話番号を公表していないため、一般の電話から交番に直接かけることができない地域もある)。
ただし、電話連絡を受けた警察官は、その連絡の内容を本署に報告し、指示を受けてから出動する他、重要事件の場合はその警察官がさらに交番から110番通報をして、本部組織(機動捜査隊や鑑識課など)の応援を要請してから出動するので、かえって時間がかかることも多く、緊急時には交番や警察署ではなく110番へ電話をかけることが推奨される。
その他、管轄地域内で起こった事件、事故などの報告などが可能である。また、交番には付近の住宅地図が蔵書されているほか、日常的に管轄区域のパトロールを行う警察官は近所の地理に詳しい場合が多いため、交番で道を尋ねる風景はよく見られる(警察内部では「地理案内」と呼ぶ)。また、交通量の多い交差点に面して設置されている交番では、交通の監視の機能を持たせ、スピーカーを通して注意を促したりする場合もある。
総務省による警察に対するアンケート調査の結果、「交番にはいつも警察官が常駐していて欲しい」「いつもパトロールして欲しい」との相反する要望がある。この国民の要望に応えるため2003年(平成15年)8月から福岡県警察は全国に先駆けて交番、駐在所の再編を行い交番の大型化などを実施し、治安の回復など一定の成果をあげている。
巡回連絡編集
交番の職務の中に「巡回連絡」がある。これは、管轄区域内の住宅や事業所などを交番の勤務員が巡回し、住宅であれば世帯主をはじめとする家族構成、勤務先や通学先などを、事業所であれば業種や従業員数などを、それぞれ家人や経営者などから直接聞き取り、交番備え付けの「巡回連絡簿」に記載するというものである。管轄区域内の住民などは絶えず流動しているため、半年から1年ごとに区域内全ての住宅・事業所を巡回することを目安としているが、他の業務との兼ね合いもあり、必ずしもこの通り実施されてはいない交番もある。
巡回連絡は、戦争直後から行われていた戸口査察にさかのぼる。調査は行き過ぎた警察行政だとして1950年1月、一度は廃止されたが防犯上に不便があるとして同年9月5日、強制的な調査から任意調査に改めて再出発している[9]。
空き交番編集
「空き交番」とは交番の施設があるものの、警察官が不在がちな交番をいう。交番は、原則として一当務2人以上の交替制をしくことになっているが、人手不足により夜間無人となるもの、あるいは警察官は常駐するが巡回に出かけた後などに無人になるものなどがある。
警察庁生活安全局地域課の統計によると、2006年4月1日現在の全国の交番数は6,362か所(前年同期比93か所減)、交番勤務員は約48,700人(昨年同期比約1,800人増)である。「空き交番」は全国で268か所あるが、2005年の統計では1,222か所であったのである程度改善されているといえる。
空き交番問題は以前から指摘されていたが、特に市街地や住宅街の交番、また過疎地の駐在所での警察官不足はいまだ解消されていない地域がある。交番所長が置かれない交番も多い。交番に勤務する警察官は毎日交番勤務についているわけではなく、各警察署各課の応援に出動することもあり(被疑者護送も地域課の任務)、交番勤務員の人手不足は治安に関係する深刻な問題である。
警察庁としては交番相談員制度を発足させ、定年退職した警察官を対象に再雇用をして交番勤務員を増やす施策も行っているが、空き交番問題や署員不足などの問題は、警察官の人数(特に地域部・地域課員。一般的な「お巡りさん」)そのものが少ないことが原因である。
警察庁は広範囲の職域を抱えている警察署員数確保のためには、全国的にあと3万人の警察官を増員する必要があるとしている。
市町村によっては、廃止した交番の建物や土地を譲り受けたり有償で借り上げたりして、地元の自治会やボランティアの力で治安の維持に努める場合もある。2007年4月、警察庁は人員増と統廃合により、空き交番の解消完了を発表した。
配備されるパトカーの種類編集
交番に配備されているパトロールカーは、地域特性や周辺の道路環境により異なる。大部分の交番には、地域巡回・違法駐車取り締まりを主とする、軽自動車や小型自動車の小型警ら車(ミニパト)が置かれているが(「街頭犯罪対策車」と呼ぶところもある)、交通量の多い幹線道路沿いの交番では、自ら隊や交機隊で使用された1~2モデル前のパトカーや警察署地域課同等の警らパトカーが配備されている場合もある。札幌薄野交番には、トヨタ・ハイエースや日産・キャラバンの護送車や、トヨタ・クラウンが配備されている。その他、警察署に置く場所がない護送車や管区機動隊用の警察バスが置かれているケースもある。
移動交番編集
過去には昭和33年頃にも既に同じような役割の移動交番車が出現していた[10]。現在も最寄りの警察署および交番が遠い地域や犯罪が多発する地域、住宅地、公園、人出の多い商業施設・観光地[11]などでは、既設の交番を補完するように日時を限定してワンボックスカーやマイクロバスによる移動交番が設置されることがある。警察官と交番相談員が乗り組み、地理案内や届出の受付、地域の警戒などに従事する[12]。
大規模な災害が発生した地域に派遣されて現地の仮設交番として活用されることもある[13]。
日本国外の交番編集
近年は、アメリカ合衆国やシンガポール、ブラジルなどにも交番制度が輸出されている。
ハワイ・ワイキキにはホノルル市警の「Waikiki Beach koban」が、ニューヨーク市のマンハッタンにも交番が設置された。ロサンゼルス市警察はショッピングモール「ザ・グローブ」前に「LAPD KOBAN」を設置した。ロサンゼルスの場合は日本のような24時間態勢ではなく、運用時間が正午から夜10時までで、時間外は無人で閉鎖される[14]。
インドネシアやブラジル・サンパウロ州などでは日本の例を参考にして交番制度が導入されている。特にサンパウロ州では2005年からの導入で、殺人事件などの犯罪が大幅に減少した[15]。
シンガポール警察は、幹部候補生を日本に研修に派遣し、警視庁数寄屋橋交番に勤務させて、交番制度を実地で体験させるなど、積極的に制度を輸入した。大韓民国、中華民国では、以前から日本とほぼ同様の交番が存在するほか、中華人民共和国にも交番が新設されており、いずれも「派出所」と呼ぶ[16]。ただ、上海市公安局の交番はおおむね日本のそれより規模が大きく、アメリカの警察署(または分署)の規模である。
シンガポールの交番Neighbourhood Police Post (NPP)
交番が標的となった主な犯罪編集
- 1946年 - 富山駅前派出所襲撃事件、長崎警察署襲撃事件
- 1947年 - 尾花沢派出所襲撃事件
- 1952年 - 高田事件、万来町事件、辰野事件
- 1955年 - 上十条二丁目交番爆破事件
- 1962年 - 後藤巡査殺害事件
- 1969年 - 吉備派出所強盗事件[17]、赤軍派学生による連続放火(大阪府警阿倍野警察署旭町一丁目けいら連絡所、金塚派出所、阪南北派出所、京都府警中立売警察署今出川巡査派出所)[18]
- 1971年 - 渋谷暴動事件、高円寺駅前派出所爆発事件、新宿クリスマスツリー爆弾事件
- 1977年 - 芝山町長宅前臨時派出所襲撃事件
- 1989年 - 中村橋派出所警官殺害事件
- 1992年 - 東村山警察署旭が丘派出所警察官殺害事件
- 2018年 - 富山市奥田交番襲撃事件
- 2019年 - 富山市池多駐在所襲撃事件[19]、吹田警察署千里山交番警察官襲撃事件、東仙台交番襲撃事件
脚注編集
- ^ We need your cooperation with our door-to-door visit!、警視庁
- ^ けいしちょう写真ニュース 平成28年10月号、警視庁
- ^ あしたをつかめ 平成若者仕事図鑑 No.49 警察官、2005年6月27日放送、NHK あしたをつかめ 平成若者仕事図鑑
- ^ a b 小川泰平 (2013年8月2日). 警察の裏側. 文庫ぎんが堂
- ^ 富山県警察の組織に関する規則
- ^ 時事新報
- ^ 「相談Welcome」祇園に外国語交番 「おもてなし通訳人」も242人 京都府警など観光客対応に本腰
- ^ 警視庁、新宿と渋谷の交番に英語や中国を話せる警察官を配置
- ^ 「生ま変る「戸口警察」 調査票に任意書込んで提出」『日本経済新聞』昭和26年8月3日3面
- ^ パトカー今昔物語長野県警察 (2019年5月20日) 2020年7月26日閲覧
- ^ “移動交番:言葉の壁越えおもてなし 外国人向け、伏見署が府内初/京都”. 毎日新聞. (2016年9月28日) 2018年8月4日閲覧。
- ^ “平成24年度当初予算案について:別冊 安全・安心のまちづくり (pdf)”. 千葉県総務部財政課. p. 1 (2012年2月7日). 2018年8月4日閲覧。
- ^ “東日本大震災に伴う警察措置 (pdf)”. 警察庁. p. 17 (2016年3月). 2018年8月4日閲覧。
- ^ LAPD Opens Japan-Inspired Police Box at The Grove NBCロサンゼルス、2016年6月13日
- ^ 日本直輸入、「交番」で犯罪減少 ブラジル全土に普及へ
- ^ 韓国では交番に相当するものとして、派出所とともに「地区隊」(지구대)がある。地区隊は派出所よりやや規模が大きい。
- ^ 「警官を刺し短銃を奪う 岡山県 19歳少年を逮捕」『朝日新聞』昭和44年(1969年)9月18日朝刊、12版、15面
- ^ 「大阪・京都で派出所襲撃 火炎ビンで次々5か所 赤軍派学生がゲリラ戦」『朝日新聞』昭和44年9月23日朝刊、12版、1面
- ^ “富山の駐在所で警察官襲撃 大学生を殺人未遂容疑で逮捕”. 朝日新聞 (2019年1月24日). 2020年10月4日閲覧。
関連項目編集
外部リンク編集
- 警察庁
- 交番まめ知識 - 警視庁
- 警視庁のしくみ/交番・パトカー/交番(archive) - 警視庁
- 埼玉県/市町村総合助成制度(防犯のまちづくり支援事業)(埼玉県における廃止交番活用事業についての事例)
- 巡回連絡実施要領の改正について(通達)(平成11年11月1日警察庁丙地発第19号)(警察庁による巡回連絡に関する通達(PDFファイル))
- 交番の由来、警視庁
- 平成16年 警察白書(特集「地域社会との連帯」)