公衆衛生(こうしゅうえいせい、: public health)は、集団の健康の分析に基づく地域全体の健康への脅威を扱う。健康は多くの機関により、さまざまに定義されている。疾病の実態調査の標準を設定・提供する国際連合の機関である世界保健機関は、健康を「身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない」と定義している。

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概要編集

公衆衛生は多くの分野からなるが、典型的な区分としては疫学生物統計学医療制度がある。また、環境社会行動衛生、職業衛生、食品衛生も重要な分野である。

世界保健機関は公衆衛生を「組織された地域社会の努力を通して、疾病を予防し、生命を延長し、身体的、精神的機能の増進をはかる科学であり技術である」と定義している。

大学の教室の名称等で公衆衛生学と称される場合もある。

臨床医学が個人水準で健康を扱うのに対して、公衆衛生は社会水準で健康を取り扱う。例えば、生活習慣病対策・伝染病感染症)予防・公害対策・上水道下水道・食品衛生など社会保障の基礎となる分野について研究する。

類義語に衛生学がある。

歴史編集

公衆衛生とは現代的概念であるが、起源は太古より見出される。近代医学が誕生するまで人々の生命を脅かした主な病気は、伝染病、飢餓による栄養障害、戦争での外傷などであった[1]。感染症には致命的なものが多く栄養障害や戦争による外傷も最終的には感染症の併発が死因となった例が数多かったと考えられている[1]

ヨーロッパ編集

 
種痘を行うエドワード・ジェンナーの風刺画(1802年)
 
ジョン・スノウはロンドン・コレラ発生地点を地図上の点でまとめた(1854年)

古代ローマでは上水道や公衆浴場の整備が衛生状態の向上に寄与し、公衆衛生の歴史の原点となった[2]ローマ時代には、適切な汚物の排出路は都市における公衆衛生の常識だと理解されていた。

一方、ローマ時代にはキリスト教の浸透により科学的思考が抑制され、古代ギリシャで発展した医学や医療は中世になると長い停滞期を迎えた[3]。ヨーロッパでは8世紀にはペスト、12世紀にはコレラなど疫病の大流行を経験したがほとんどなす術がなかった[3]

都市化の頃より、汚染された水や適切なゴミ処理がされないと、伝染病が流行するということが、いわゆる「瘴気説」として知られていた。ヨーロッパで黒死病が流行した14世紀には、死体を遠ざけておくことがバクテリアによる感染を遠ざけると信じられていた。

15世紀になるとルネッサンスを契機に因習や宗教の呪縛から解き放たれて自然科学は飛躍的に発展した[3]

オランダでは顕微鏡が発明され、ルイ・パスツールロベルト・コッホなどによる微生物学の業績へとつながった[3]。また、科学的な疫学は1854年のロンドンコレラ大流行において、公衆の井戸水が原因であるとジョン・スノウが見つけたことに源を発する。スノウ博士は当時主流であった瘴気説に対抗する細菌説を信じていた。コレラは消毒の不足によると教えていた瘴気説では、コレラは自然発生的に広まると考えられていた。ワクチン接種はエドワード・ジェンナーが天然痘治療に成功した1820年代に普及をしている。

先進国では衛生状態や栄養状況が改善され急性伝染病は減少したが、産業革命以後も過酷で劣悪な労働環境などから結核などの慢性伝染病は流行した[1]

20世紀後半には先進諸国では、社会基盤の整備、栄養状態の改善、科学教育の普及、抗生物質の出現などにより感染症の脅威が低減し人類の疾病構造は一変した[1]

日本編集

明治文明開化以降の近代的な「公衆衛生」に相当する概念としては、当時医学の諸制度はドイツに倣っていたことが多かったため、ドイツ流に「Hygiene衛生または衛生学)」、あるいはイギリスの制度を模倣して導入されていった。 1874年明治7年)に医制が公布され各地方に医務取締を設置、その後1879年(明治12年)には中央衛生会(地方には衛生課)を設置、公選によって衛生委員が置かれる、といった民主的な体制を布いた。しかし、1885年(明治19年)に廃止、1893年(明治26年)には、これらの機能を警察部に移管、上意下達式になった。これは、中央集権型政治体制に移行してきたこととともに、当時の急速な感染症拡大へ対応を素早くとりたい意図もあった。1937年(昭和12年)には保健所法が公布された。

柳沢[4]によれば、後述する国立公衆衛生院院長の古屋は、公衆衛生の定義を次のように述べている。「公衆衛生とは、公衆団体の責任に於いて、われらの生命と健康とを脅かす社会的並びに医学的原因の除き、かつわれらの精神的及び肉体的能力の向上をはかる学問及び技術である」

戦後は、日本国憲法に基づいて1947年に保健所法が大幅に改正され保健所政令市制度が導入された。現在は地域保健法となっている。

公衆衛生の教育研究機関編集

国立保健医療科学院編集

1938年昭和13年)より、国立保健医療科学院の前身である国立公衆衛生院が公衆衛生技術者の養成訓練と公衆衛生に関する機関として事業を行ってきた。

大学公衆衛生学講座編集

太平洋戦争降伏後、連合国軍最高司令官総司令部のもと、アメリカ教育使節団報告書の勧告により、全国の医学部に公衆衛生の講座が設置された。

公衆衛生大学院編集

1999年(平成11年)、文部省21世紀医学・医療懇談会で公衆衛生分野の大学院修士課程設置の答申が出された。翌年より専門大学院制度が始まり、京都大学大学院に日本で最初の公衆衛生大学院である医学研究科社会健康医学系専攻が設置された[5]

公衆衛生上最近のできごと編集

  • BSE(Bovine Spongiform Encephalopathy)牛海綿状脳症又は伝達性海綿状脳症。
  • 重症急性呼吸器症候群(SARS、Severe Acute Respiratory Syndrome)サースまたはサーズと発音する。新型肺炎。
  • トリインフルエンザ(高病原性トリインフルエンザ、旧称家禽ペスト、Orthomyxoviridae Influenza virus A)
    • 2004年2~3月猛威をふるう。
    • 関係府県の情報は、二転三転した。正確な情報を消費者に伝えることができなかった。
    • 関係府県の情報の発表が後手後手に回った。BSEの反省を全く生かせていなかった。
  • アスベスト問題(石綿問題)
  • たばこ規制枠組条約(2005年2月27日締結の多数国間条約。世界初の公衆衛生分野における条約[6]
  • 健康増進法の制定(2002年8月2日)

参考文献編集

  1. ^ a b c d 保崎清人 『臨床医学概論』、2008年、1頁。
  2. ^ 保崎清人 『臨床医学概論』、2008年、1頁。
  3. ^ a b c d 保崎清人 『臨床医学概論』、2008年、2頁。
  4. ^ 柳沢文徳「食品衛生」共立出版、1952年6月、p.1
  5. ^ 社会健康医学系専攻の目指すもの - 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻
  6. ^ たばこと健康に関する情報ページ(厚生労働省健康局総務課生活習慣病対策室健康情報管理係)

関連項目編集

外部リンク編集