マラリア

熱帯から亜熱帯に広く分布する原虫感染症

マラリア(麻剌利亜、「悪い空気」という意味の古いイタリア語: mala aria 、ドイツ語: Malaria英語: malaria)は、熱帯から亜熱帯に広く分布する原虫感染症高熱頭痛吐き気などの症状を呈する。悪性の場合は脳マラリアによる意識障害腎不全などを起こし死亡する。日本の古典などで出てくる(おこり)とは、大抵このマラリアを指していた。

Malaria
Malaria.jpg
マラリア原虫の電子顕微鏡写真
分類および外部参照情報
診療科・
学術分野
感染症
ICD-10 B50-B54
ICD-9-CM 084
OMIM 248310
DiseasesDB 7728
MedlinePlus 000621
eMedicine med/1385 emerg/305 ped/1357
Patient UK マラリア
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世界の疾病負荷(WHO, 2016年)[1]
順位 死因 DALYs (万) DALYs(%) DALYs
(10万人当たり)
1 虚血性心疾患 20,370.0 7.6 2,730
2 脳卒中 13,794.1 5.2 1,849
3 下気道感染症 12,969.0 4.9 1,738
4 早産の合併症 10,139.7 3.8 1,359
5 交通事故 8,253.8 3.1 1,106
6 下痢性疾患 8,174.3 3.1 1,095
7 COPD 7,251.2 2.7 972
8 糖尿病 6,566.6 2.5 880
9 出生時仮死出生外傷 6,392.8 2.4 857
10 先天異常 6,298.0 2.4 844
11 HIV / AIDS 5,995.1 2.2 803
12 結核 5,164.3 1.9 692
13 背中と首の痛み 4,751.5 1.8 637
14 成人発症性の難聴 4,735.2 1.8 635
15 肝硬変 4,528.7 1.7 607
16 うつ病性障害 4,417.5 1.7 592
17 気管、気管支、肺がん 4,112.1 1.5 551
18 腎臓病 3,907.9 1.5 524
19 新生児の感染症など 3,900.9 1.5 523
20 墜死 3,816.2 1.4 511

マラリアは予防可能、治療可能な病気である[2]。全世界ではマラリアに年間2.16億人が感染し、うち44.5万人が死亡している(2016年)[2]

症状編集

 
マラリアの流行地域
  クロロキン耐性・多剤耐性あり
  クロロキン耐性あり
  熱帯熱マラリアまたはクロロキン耐性なし
  存在しない

マラリアを発症すると、40度近くの激しい高熱に襲われるが、比較的短時間で熱は下がる。しかし、三日熱マラリアの場合48時間おきに、四日熱マラリアの場合72時間おきに、繰り返し激しい高熱に襲われることになる(つまり発熱の二日後あるいは三日後に再発熱する格好となり、最初の発熱日を一日目として数えると、三日目、四日目に次の発熱が起きる。これが三日熱、四日熱と呼ばれる所以である)。卵形マラリアは三日熱マラリアとほぼ同じで50時間おきに発熱する。熱帯熱マラリアの場合には周期性は薄い。

熱帯熱マラリア以外で見られる周期性は原虫赤血球内で発育する時間が関係しており、たとえば三日熱マラリアでは48時間ごとに原虫が血中に出るときに赤血球を破壊するため、それと同時に発熱が起こる。熱帯熱マラリアに周期性がないのは赤血球内での発育の同調性が良くないためである。

いずれの場合も、一旦熱が下がることから油断しやすいが、すぐに治療を始めないとどんどん重篤な状態に陥ってしまう。一般的には、3度目の高熱を発症した時には大変危険な状態にあるといわれている。

放置した場合、熱帯熱マラリア以外は慢性化する。慢性化すると発熱の間隔が延び、血中の原虫は減少する。

三日熱マラリアと卵形マラリアは一部の原虫が肝細胞内で休眠型となり、長期間潜伏する事がある。この原虫は何らかの原因で分裂を再開し、再発の原因となる。四日熱マラリア原虫の成熟体は、血液中に数か月 - 数年間潜伏し発症させることがある[3][4]

合併症編集

合併症は一般的に熱帯熱マラリアに起こる。

脳マラリア編集

原虫に寄生された赤血球の表面に形成された突起(Knob)が、血管内皮に固着し血流を阻害するなどして発症する[5]。 脳や他の臓器の毛細血管が多発的に閉塞し、急性腎不全意識低下、言語のもつれなどの神経症状が起こる。進行すると昏睡状態に陥り、死亡する。

黒水熱編集

急速な溶血により、ヘモグロビン尿黄疸などが発症する。

その他の合併症編集

脾臓肥大と低血糖肺水腫などが発症する可能性がある。また、妊婦が感染すると妊娠に影響を与え、また原虫が胎児に移行する可能性もある。

原因編集

 
マラリア原虫を媒介するハマダラカ
 
マラリアのライフサイクル

病原体は単細胞生物であるマラリア原虫Plasmodium spp.)。ハマダラカAnopheles spp.)によって媒介される。

マラリア原虫はアピコンプレクサ門 胞子虫綱 コクシジウム目に属する。微細構造および分子系統解析からアルベオラータという系統に属する。ここには他に渦鞭毛藻類が知られ、近年マラリア原虫からも葉緑体の痕跡が発見された。そのため、その全てが寄生生物であるアピコンプレクサ類も祖先は渦鞭毛藻類と同じ光合成生物であったと考えられている。ヒトの病原体となるものはながらく熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)、三日熱マラリア原虫(P. vivax)、四日熱マラリア原虫(P. malariae)、卵形マラリア原虫(P. ovale)の4種類であったが、近年サルマラリア原虫(P. knowlesi)が5種目として大きな注目を集めている。サルマラリアは顕微鏡検査では P. vivaxと区別が難しいため従来ほとんど報告例はなかったが、近年の検査技術の発達によりPCRで確実な判断ができるようになったため、多数症例が報告されるようになった。マレーシアサラワク州では今日のマラリア症例の70%がサルマラリアによるものであることも報告されている[6]。タイでも報告例がでてきた[7]。熱帯熱マラリア原虫によるマラリアは症状が重いことで知られるが、サルマラリアは24時間以下の周期で急激に原虫が増加し、他のマラリアとことなりほぼすべての赤血球に侵入するため症状は重篤になることが多く[8]、これらの発見から当該地域でのマラリアコントロールは新たな手法による対応を迫られている。

マラリア原虫は寄生した脊椎動物無性生殖を、終宿主である昆虫(蚊)で有性生殖を行う。したがって、ヒトは終宿主ではなく中間宿主である。ハマダラカで有性生殖を行なって増殖した原虫は、スポロゾイト(胞子が殻の中で分裂して外に出たもの)として唾液腺に集まる性質を持つ。このため、この蚊に吸血される際に蚊の唾液と一緒に大量の原虫が体内に送り込まれることになる。血液中に入ると45分程度で肝細胞に取り付く。肝細胞中で1 - 3週間かけて成熟増殖し、分裂小体(メロゾイト)が数千個になった段階で肝細胞を破壊し赤血球に侵入する。赤血球内で 8 - 32個に分裂すると赤血球を破壊して血液中に出る。分裂小体は新たな赤血球に侵入しこのサイクルを繰り返す。

  • ヒトに対し病原性を及ぼすマラリア原虫(Plasmodium属)の種[9]
  • 熱帯熱マラリア原虫 (P. falciparum)
  • 三日熱マラリア原虫 (P. vivax)
  • 卵形マラリア原虫 (P. ovale)
  • 四日熱マラリア原虫 (P. malariae)
  • 二日熱マラリア (P. knowlesi)(まれ)


検査編集

 
赤血球内に感染している熱帯熱マラリア原虫(P. falciparum)のリング体(スケールは10μm)

ギムザ染色によってマラリア原虫は赤血球内に認められる。

  • 末梢血ギムザ染色 - ただし通常のpH6.5ではなく、ph7.2 - 7.4のリン酸緩衝液を用いたほうが観察しやすい。
  • 迅速診断キット
    • ICT Malaria P.f./P.v.®
    • OptiMAL®
  • PCR-MPH法(岡山大・綿矢ら)
  • 赤血球の溶血にともないハプトグロビン値の低下が見られる。血小板数も低下する。
 
血液検査

予防編集

ワクチンが実用化される以前は、マラリアの流行地に行く場合はまず感染を防ぐ為には、蚊に刺されないようにすることが最重要事項だった。殺虫剤虫除けスプレーなどを使うほか、夜間は蚊帳を用いることも必要である。メフロキン等の抗マラリア薬の予防投与も行われる[10]

蚊の防除編集

 
パナマ運河地帯での防除作業(1912年)

一般的に、土着マラリアが流行する地域では、住民は劣悪な住居に住んでいる。実際、明治34年(1901年)に土着マラリアが流行していた北海道深川村(現在の深川市)では、7 - 8月、屯田兵の兵屋内で、容易に50 - 60匹のハマダラカを捕獲できた。つまり屯田兵の兵屋は、50 - 60匹のハマダラカが屋内に侵入するような劣悪な住居だった。なお、そのハマダラカは、20 - 30匹に1匹の割合でマラリア原虫に感染していた(軍医学校教官陸軍一等軍医ドクトル、都築甚之助・陸軍二等軍医、大町文興調査)。また、2008年2月半ば、ケニア西部にあるビクトリア湖畔のスバ県の土着マラリアが流行する地域(高地ではない)の伝統的な作りの住居(土壁。6畳ほどの民家に、夫婦2人と子供5人が生活している)に白いシーツを敷き詰め、屋内に殺虫剤を吹きかけると、10分間で、100匹以上のハマダラカの死骸を採取できた(長崎大学ケニアプロジェクト調査)。つまり、この地域の伝統的な作りの住居は100匹以上のハマダラカが屋内に侵入するような劣悪な住居である。

なお、2007年、国立感染症研究所ウイルス第一部部長倉根一朗は、マラリアの流行には、特に住宅構造が関係すること、現在の日本の住宅構造を考えると、毎晩、多数のに刺される可能性はほとんど考えられないこと、今の日本のインフラストラクチャーを考えれば、自然災害などが重なってインフラストラクチャーが崩れるなどの変化が起きない限り、仮に地球温暖化が進んだとしてもマラリアが流行するとは思えないということを主張した[11]

ワクチン編集

マラリア原虫は遺伝子を変化させ薬剤耐性を獲得し免疫防御を巧妙に回避する方向に進化してきた[12][13]ため、実用的な抗マラリア・ワクチンは長年開発途上にあった[14]。しかし、2013年グラクソ・スミスクライン社により抗マラリア・ワクチン(RTS,S)が販売される見通しとなった旨の報道がされた[15]。このワクチンが実用化された場合、マラリア発症リスクが56%、重症化リスクが47%、それぞれ低減されるとしている[16]

ワクチン開発は、前述のグラクソ・スミスクライン社だけでなく日本の大阪大学微生物病研究所らのグループでも行われている[14][17]

保健教育編集

マラリア流行地域から帰国してから1 - 2週間後に高熱が発生した場合はマラリアが疑われるため、熱が下がっても安心せず、直ちに病院を受診することが必要である。再発を防ぐため、投薬中止は自分で判断せず、必ず医師の判断を仰ぐ。

治療編集

マラリア原虫へのワクチンは上述のとおり開発中だが、抗マラリア剤はいくつかある。マラリアの治療薬としてはキニーネが知られている。他にはクロロキンメフロキンファンシダールプリマキン等がある。いずれも強い副作用が現れることがあり注意が必要。クロロキンは他の薬剤よりは副作用が少ないため、予防薬や治療の際最初に試す薬として使われることが多いが、クロロキンに耐性を示す原虫も存在する。通常は熱帯熱マラリア以外ではクロロキンとプリマキンを投与し、熱帯熱マラリアでは感染したと思われる地域での耐性マラリア多寡に基づいて治療を決定する。近年では、漢方薬を由来としたチンハオス系薬剤(アルテミシニン)が副作用、薬剤耐性が少ないとされ、マラリア治療の第一選択薬として広く使用されるようになった。これによりこれまで制圧が困難であった地域でも大きな成果をあげている一方、アジア、アフリカの一部ではすでに薬剤耐性が報告されるようになってきた。2010年以後、アルテミシニンはグローバルファンドの援助によって東南アジアのマラリア治療薬としてインドネシアの国境付近のような僻地であっても処方されるようになっている。しかし、近年は殺虫剤に耐性を持つハマダラカや、薬剤に耐性のあるマラリア原虫が現れていることが問題になっている。また地球温暖化による亜熱帯域の拡大とともにマラリアの分布域が広がることも指摘されている。流行地で生まれ育ち、度々マラリアに罹患し免疫を獲得したヒトでは、発熱などの症状がほとんど診られないこともあるが、免疫が無ければ発症する。

三重大学の研究グループは、マラリア治療薬の耐性遺伝子特定法を開発した[18]

疫学編集

 
2004年の100,000人あたりのマラリアの障害調整生命年(DALY)[19]
   no data
   <10
   10-100
   100-500
   500-1000
   1000-1500
   1500-2000
   2000-2500
   2500-2750
   2750-3000
   3000-3250
   3250-3500
   ≥3500

マラリアの発生、流行は、現在、熱帯、亜熱帯地域の70か国以上に分布している。全世界で年間約2億2000万人の患者が発生し、死者数は年間約45万人に上ると報告されている[2]。もっとも影響が甚大な地域はサハラ砂漠以南のアフリカ諸国である[2]

過去には、日本やヨーロッパなどでもマラリアが流行したと考えられている[20]イタリアの都市の多くが、丘の上に作られているのは、低湿地がマラリアの多発地帯である事を恐れた結果であったとする指摘がある。実際、過去にはイタリアでもマラリアが存在し、19世紀の政治家・カミッロ・カヴールといった著名人も死去している。しかし、現代では、日本やヨーロッパなどの温帯地域はマラリアの流行地帯ではなく、流行は熱帯地域に多い。

マラリアを保持しないハマダラカ編集

ハマダラカは、マラリア原虫を媒介する。しかし、ハマダラカが生息していても、土着マラリアが流行していない地域がある。実際、かつて、土着マラリアが流行した西ヨーロッパアメリカ合衆国カナダ南部、北緯64度以南のロシア日本南樺太には、今でもハマダラカが生息しているが、土着マラリアは流行していない。

ノーベル賞編集

マラリアに関する研究に対して与えられたノーベル生理学・医学賞は4件ある。

  1. 1902年、イギリスの内科医ロナルド・ロスに、マラリア原虫がハマダラカによって媒介されることの発見に対して与えられた。
  2. 1907年、フランスの病理学者シャルル・ルイ・アルフォンス・ラヴランに、原虫による疾病の研究に対して与えられた。これは1880年のマラリア原虫の発見と、その後のリーシュマニアおよびトリパノソーマの研究を指す。
  3. 1927年、ウィーンの医師ユリウス・ワーグナー=ヤウレックに、麻痺性痴呆のマラリア療法の発明に対して与えられた。麻痺性痴呆は梅毒の末期症状であるが、梅毒の病原体である梅毒トレポネーマは高熱に弱いため、患者を意図的にマラリアに感染させて高熱を出させ、体内の梅毒トレポネーマの死滅を確認した後キニーネを投与してマラリア原虫を死滅させるという治療法である。当時梅毒の治療法としては他にサルバルサン投与による方法があったが、麻痺性痴呆には効果がなかったため画期的な治療法だった。ただし、この療法は危険度が大きいため抗生物質が普及した現在では行なわれていない。
  4. 2015年、中国屠呦呦に与えられた。1960年代から1970年代にかけ、屠によるチームが漢方薬クソニンジンからアルテミシニンを開発したことによる[21]

現代各国の状況(帰属未確定な地域を含む)編集

アメリカ編集

1930年代まで年間10万人以上のマラリア患者を出していた。特にミシシッピー北西部の低湿なデルタ地帯で流行した。現在では姿を消している[22]

日本編集

1903年(明治36年)時には全国で年間20万人の土着マラリア患者があったが、その後急速に減少し、1920年(大正9年)には9万人、1935年(昭和10年)には5000人に激減している。戦中・戦後に復員者による一時的急増があったが、減少傾向は続き、1959年彦根市の事例を最後に土着マラリア患者は消滅した[23]

しかし現在も海外から帰国した人が感染した例(いわゆる輸入感染症)が年間100例以上ある。また、熱帯熱マラリアが増加傾向にある。現在第4類感染症に指定されており、診断した医師は7日以内に保健所に届け出る必要がある。詳細は下記を参照のこと。

ロシア編集

北緯64度以南の地域(北樺太、シベリアを含む)で、三日熱マラリアが流行していた。その大多数は、土着マラリアと思われるが、現在では姿を消している。

南樺太編集

少なくとも、1922年(大正11年)頃までは三日熱マラリアが流行していた。その大多数は、土着マラリアと思われるが、現在では姿を消している

カナダ編集

南部で、マラリアが流行していた。例えば、1820年代のリドー運河建設時には、多数の労働者がマラリアに罹患した。その大多数は、土着マラリアと思われるが、現在では絶滅している。

韓国編集

一時期根絶に成功したと考えられていたが、1993年に京畿道北部の軍事境界線で三日熱マラリアの感染事例が確認された。北朝鮮側からマラリア感染した蚊が飛来したためと推定されている。当初患者は20 - 25歳の軍人が主だったが、次第に民間人へも広まり、現在では軍人患者とほぼ同数。2007年の全患者数は23413人にのぼっているという[24]

オランダ編集

オランダ低湿地地帯は19世紀のヨーロッパでもっともマラリアが蔓延している地帯として知られていた。ナポレオン戦争期のイギリスによるワルヘレン上陸作戦では8000名が罹患したことがクラウゼヴィッツ「戦争論」に記されている。

スウェーデン編集

1880年頃まで毎年4000 - 8000人のマラリア患者が出ていた。その大多数は、土着マラリアと思われるが、現在では、撲滅された。

アフリカ編集

モザンビーク編集

2017年、モザンビークではマラリアの流行が深刻化した。2017年1月から3月の間に148万人がマラリアと診断され、288人が死亡している[25]

ヴィクトリア湖編集

2008年3月、ケニアウガンダタンザニアにまたがるアフリカ大陸最大の湖ヴィクトリア湖は年々水位が下がっており、係留していたと思われるボートが陸に上がってしまったり、湖岸であった箇所には幅10メートルないし20メートルの草地が続いていると報道された[26]NASAなどの衛星観測データでは、ヴィクトリア湖の水位がピークの1998年にくらべ1.5メートルも低下しており、1990年代の平均と比べても約50センチメートル低くなっている[26]。原因としては、降雨量の減少と下流にあるダムへの過剰な流出が考えられている[26]。干上がりかけた水たまりにハマダラカのボウフラ(カの幼虫)が泳ぐなど蚊の繁殖に好適な水域が広がり、従来はマラリアが非流行地だったケニア西部の高地にも多発する傾向が顕著となっている[26]。また、地球温暖化の影響でハマダラカが越冬できる地域が広がったことにより、感染地域が広がる危険性についても指摘されている。

日本もマラリア対策に協力しているが、そのひとつに伝統的な蚊帳づくりがある。

戦争マラリア編集

太平洋戦争では南方のジャングルに長期滞在する兵士が多かったため、マラリア患者が続出した。日本軍は治療薬キニーネの支給を行っていたものの、ガダルカナル島の戦いでは1万5000人、インパール作戦では4万人、沖縄戦では石垣島の住民ほぼ全員が罹患し[27]3600人、ルソン島の戦いでは5万人以上がマラリアによって死亡した。

米軍も大戦中に多くの戦争マラリア罹患者を出し、罹患者は50万人にも及び[28]、アフリカや太平洋での作戦中に6万人の米兵がマラリアのために死亡した[29]

この経験から米軍は1946年に蚊の忌避剤としてディートを使用し、後の民生用虫除け剤の開発の契機となったが、ベトナム戦争でも多くのマラリア罹患者が出た。

日本におけるマラリア編集

日本では、1903年時に全国で年間20万人のマラリア患者があったが、1920年には9万人、1935年には5000人へと激減し、戦中・戦後の混乱期にも関わらず減少を続け、1959年彦根市の事例を最後に土着マラリア患者が消滅している[23][30]、沖縄県では米軍統治下の1962年に消滅した。

日本の古文献では、しばしば(おこり)・瘧病(おこりやまい/ぎゃくびょう)と称される疫病が登場するが、今日におけるマラリアであると考えられている。養老律令医疾令では、典薬寮に瘧の薬を備えておく規定がある。『和名類聚抄』には別名として「和良波夜美(わらわやみ)」「衣夜美(えやみ)」が記載されている(アーサー・ウェイリー訳ではague「マラリア」と訳してある)。前者は童(子供)の病気、後者は疫病の意味であると考えられている。『源氏物語』の「若紫」の巻では光源氏が瘧を病んで加持(かじ)のために北山を訪れ、通りかかった家で密かに恋焦がれる藤壺(23歳)の面影を持つ少女(後の紫の上)を垣間見る設定になっている。近代以前には西日本の低湿地帯において流行がみられた。歌舞伎の『助六由縁江戸』の口上は「いかさまナァ、この五丁町へ脛を踏ん込む野郎めらは、おれが名を聞いておけ。まず第一、瘧が落ちる(熱病が治る)…」である。江戸時代川柳の題材としてもしばしば用いられていた[31]明治以後は沈静化している。

北海道

北海道ではほぼ全域で流行し、明治時代以降の北海道開拓に支障を来していた。例えば、1907年(明治40年)3月に着工された網走線鉄道工事の陸別・置戸間(当時、密林地帯で入植者はなかった)では、マラリア、皮膚病などに悩まされ、網走線請負人が共同で普通病院を設置しなければならなかった。また、深川村(現在の深川市)に駐屯していた屯田兵とその家族にマラリアの流行があり、1900年には1471名の屯田兵と家族が感染していた(当時の深川村の屯田兵と家族の総数:8207名。正確な年は不明だが、この頃の深川村の人口:14,073名)。1916年(大正5年)には、北海道全域のマラリア患者数は、2,003名であった(マラリアによる死亡者なし。当時の北海道の人口:1,408,362名)。北海道で流行したマラリアは、三日熱マラリアであり、その大多数は土着マラリアであると思われるが、撲滅された。ただし、今の北海道にも、かつて、日本で熱帯熱マラリアおよび三日熱マラリアを流行させたと推察されているオオツルハマダラカ(Anopheles lesteri)、あるいは、シナハマダラカ(Anopheles sinensis)などのハマダラカは生息している[32][33]

本州
琵琶湖を中心として、福井、石川、愛知、富山でマラリア患者数が多く、福井県では大正時代は毎年9000 - 22000名以上のマラリア患者が発生しており、1930年代でも5000から9000名の患者が報告されていた。本州で流行したマラリアは三日熱マラリアであり、その大多数は土着マラリアであると思われる。
沖縄
特に八重山諸島にはマラリア感染地域があることが知られ、琉球王朝の時代から強制移民と廃村が繰り返された歴史がある。また、第二次世界大戦中には戦争マラリアと呼ばれる大量感染の記録がある。これらも1960年代前半に根絶された。ただし、今の石垣市や西表東部、小浜にも、コガタハマダラカが高密度に生息している。なお、この地方のマラリアについては真の土着ではなく、より古い時代にオランダ船によりもたらされたとの説がある。
戦後マラリア

一般的に、マラリアは戦争時・戦後直後に大流行する傾向がある。実際、第一次世界大戦初期には欧州本土の軍隊間に甚だしいマラリアの流行はなかったが、末期近くになるにつれて漸次蔓延し、戦後には復員と共に従来マラリアをみなかった地方にまでもこれをみる様になり、遂には一時的ではあったが大流行となった。例えば、第一次世界大戦後のチェコスロバキアで熱帯熱マラリアの流行がみられた。したがって、日中戦争 - 第二次世界大戦中の日本においても、ある程度、マラリア対策がなされていた。しかし、1939年以降、全国各府県(北海道を含む)にマラリア患者の発生をみないところはなく、特に、福井県・滋賀県・愛知県・富山県・石川県では、患者の発生数が多かった。 第二次世界大戦後、沖縄奄美小笠原以外の日本(当時、沖縄・奄美・小笠原は日本に返還されていなかった。以下、この節では、この日本を内地と称する)に帰還し、内地でマラリアが再発したのは、約43万人(引揚者を含む)と推定されている。これらの者が感染源となって、マラリアが内地で土着蔓延するのではないかと憂慮されていた。三日熱マラリアは、1946年1947年に、それぞれ約7,000人の内地初感染があったと推定されている。四日熱マラリアは、内地初感染は全くなかった。熱帯熱マラリアは、1946年に、長崎県(36人)、熊本県(1人)、鹿児島県(2人)、岡山県(1人)、愛知県(1人)、大阪府(1人)で、1946年 - 1947年に北海道留辺蘂町(7人)で、1949年に、福岡県(1人)で、内地初感染(流行)があった。以上の流行は、大体、1 - 2年以内に終息し、土着蔓延しなかった。

現在の日本で土着マラリアが流行していない理由

日本では、1903年時に全国で年間20万人あったマラリア患者が、1920年には9万人、1935年には5000人へと激減している。戦後500万人を超える復員者による再流行が懸念されたが、戦中・戦後の混乱期にも関わらず減少を続け、1959年彦根市の事例を最後に土着マラリア患者は消滅している[23]。現在では外国でマラリアに感染し、日本に帰国してから発症する例が年間100 - 150例程度あるものの、土着マラリアは流行していない。

土着マラリア患者が大正時代頃から戦後直後にかけて減少・消滅した原因は治療薬キニーネの治療効果、蚊帳蚊取線香の使用などで生活環境の改善、湿地の土地改良や殺虫剤DDT散布によるマラリア媒介蚊ハマダラカの減少などにあるとされる[23]。また日本の住宅構造や行動様式の変化[34]により夜間に活動するハマダラカの吸血頻度が低下したことなどがあげられる。しかし、これらの状況が温暖化や自然災害などにより変化した場合は再び流行を起こす可能性もあると指摘されている[35]

特殊な疾患とマラリア編集

鎌状赤血球症編集

鎌状赤血球症は、遺伝性の貧血病で、赤血球の形状が鎌状になり酸素運搬機能が低下して起こる貧血症である。主にアフリカ地中海沿岸、中近東インド北部で見られる。

11番染色体にあるヘモグロビンβ鎖の第6番目のアミノ酸置換(グルタミン酸バリン)に変わる遺伝子突然変異が原因であり、常染色体劣性遺伝をする。遺伝子型ホモ接合型の場合、常時発症しているのでたいていは成人前に死亡するが、遺伝子型がヘテロ接合型の場合、低酸素状態でのみ発症するので通常の日常生活は営める。鎌状赤血球遺伝子を持つ者は、日本にはほとんど見られないが、マラリアが比較的多く発症するアフリカにはかなり見られる。これは鎌状赤血球が短時間で溶血してしまうため、マラリア原虫が増殖できず、マラリアの発症を抑えるためである。

グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠損症編集

グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠損症は、酵素の欠損により起こる遺伝子疾患の1つである[36]。赤血球がもろくなることにより溶血性貧血などを引き起こすが、一方で鎌状赤血球症などと同じくマラリア原虫に抵抗性があり、マラリアの蔓延地域では自然選択で有利であるという特徴も持つ[36]。グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ欠損症などとも呼ばれる。グルコース6リン酸脱水素酵素欠損の人は世界で4億人に達すると言われ、人の酵素欠損症としては最多の疾患である[36]。アフリカ人、アジア人、地中海沿岸の人々に多く、特にアフリカ系黒色人種では11%という高い有病率をもつ[37]。これはマラリアに対し、この疾患が高い優位性を持っていることを示している[37]。人間の体は常に活性酸素が発生する。活性酸素は反応性が高いため体に様々な問題を起こすが、それを除去する人間の備えがグルタチオン(GSH)である[36]。グルタチオンは自身が酸化されグルタチオンジスルフィド(GSSG)になることにより、相手を還元し活性酸素を除去する。ただ、そのままではGSHがすべてGSSGになってしまい、還元剤としての作用が止まってしまう。そのため、GSSGを還元し再びGSHを作り出す補酵素NADPHが必要となる。NADPHペントースリン酸経路中でグルコース-6-リン酸→ホスホグルコノラクトンの間、ホスホグルコノラクトン→リブロース-6-リン酸の間で産生されるが、グルコース-6-リン酸→ホスホグルコノラクトンの反応を起こすには触媒としてグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼが必要である[36]。グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠損症の患者はグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼが遺伝的に欠損しているために、これ以降の反応が進まず、それによりNADPHが不足し、さらにグルタチオン(GSH)が不足、体に発生する活性酸素が除去できないという病態を生じる[36]。過剰の活性酸素が赤血球の膜を酸化、破壊し、短時間で溶血を引き起こし、マラリア原虫が増殖できないメカニズムによる。

なお、グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠損症に関連してソラマメ中毒があり、この中毒は、ソラマメに含まれる毒性物質によって起こる食中毒である。ソラマメを食べた後にグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ活性、および血球グルタチオン濃度が低下し、また血液の溶血性が高くなる。これにより発熱、血尿、黄疸が起こり、急性溶血性貧血によって死に至る場合もある。地中海沿岸各地、北アフリカ中央アジア各地などではよくみられる疾患であるが日本などではあまり報告がない。この発症には遺伝的素因がかかわっており、イタリアなど地中海地域周辺に出自する男性に固有な遺伝子に起因する遺伝病の要素があるともされる。すなわちX染色体上にある酵素のグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子に発症にかかわる変異が存在するために起こるというのである。

ヒト以外の動物におけるマラリア編集

P. juxtanucleareおよびP. gallinaceumを原因とする鶏マラリアP. knowlesiP. cynomolgiなどを原因とする猿マラリアが存在する。猿マラリアを引き起こす原虫による実験室内における人体感染の報告がある。鶏マラリアでは発熱、脾腫貧血、を主徴とし、黄疸や緑色便が認められることもある。また、ヒプノゾイトと呼ばれる肝内休眠原虫を形成し、終生持続し、再発症を起こす場合や持続感染免疫が成立する場合がある。ヒプノゾイトはP. vivaxP. ovaleにおいても認められる。

出典編集

脚注編集

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参考文献編集

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関連項目編集

外部リンク編集