メインメニューを開く

西部方面特科隊(せいぶほうめんとっかたい、JGSDF Western Army Artillery Troop)とは、大分県由布市湯布院駐屯地に駐屯する、陸上自衛隊西部方面総監直轄の野戦特科部隊である。警備隊区は大分県中南部の4市を直轄。隷下部隊を含めると大分県・熊本県佐賀県の合計3県17市14町5村である。

西部方面特科隊
JGSDF Camp Yufuin.jpg
観閲式にて整列する隷下部隊および水陸機動団特科大隊
創設 1954年(昭和29年)9月25日(第3特科群)
再編成 2003年(平成15年)3月27日(西部方面特科隊)
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 Flag of the Japan Self-Defense Forces.svg 陸上自衛隊
部隊編制単位
兵科 特科
所在地 大分県由布市
編成地 第3特科群:久留米
西部方面特科隊:湯布院
上級単位 西部方面隊
担当地域

九州・奄美諸島

大分県中南部・熊本県南部・佐賀県(三神地区除く)(警備隊区)
テンプレートを表示

概要編集

 当隊は155mmりゅう弾砲FH-70多連装ロケットシステムMLRSおよび12式地対艦誘導弾を運用し、従来の師団・旅団の特科連隊が担っていた師団・旅団隷下戦闘団への編入による火力支援、対砲迫戦などといった戦術レベルから、従来の特科群・方面特科隊(特科団)が担っていた方面隊全般の火力支援、縦深地域の火力制圧、着上陸を企図する海上目標の撃破を担う戦略レベルまで、西部方面隊の野戦特科部隊を一元的に管理し、指揮・運用を行う部隊である。北部方面隊第1特科団に次ぐ規模である、2個連隊及び1個特科大隊基幹であるが、指揮官が一等陸佐(一)であるため、特科団に準ずる「」(甲編成)編成をとっている。

 2003年(平成15年)3月27日に第3特科群(第112特科大隊および、第132特科大隊)を母体に第5地対艦ミサイル連隊を編合して編成され、2019年(平成31年)3月26日に西部方面特科連隊を編入した[1]。また、隷下部隊だった第112特科大隊を母体として水陸機動団特科大隊が編成された。

 26中期防以降、陸上自衛隊では師団・旅団の重装備部隊(機甲科野戦特科)の方面隊管理を目的とした部隊の統廃合が行われ、第8特科連隊を母体に第4特科連隊を編合した西部方面特科連隊を当部隊に編入したことで[2][1]、西部方面隊の野戦特科火力は第42即応機動連隊の火力支援中隊(120mm迫撃砲RT装備)を除き全て当部隊の指揮下となった[1]31中期防以降、南西諸島における対艦火力基盤の構築を目的として第5地対艦ミサイル連隊を増強する方針である。

 前身である第3特科群は久留米で編成され、主な装備品は米軍供与品の203mm榴弾砲(第111特科大隊、第112特科大隊)、M2 107mm迫撃砲(第114特科大隊)および203mm自走榴弾砲(第112特科大隊)、北海道以外では唯一の75式130mm自走多連装ロケット弾発射機(第128特科大隊)を装備していた部隊であった。また、遠隔操縦観測システム(FFOS)は、本部隊の第302観測中隊に初配備された。
 警備隊区は旧第3特科群・旧第4特科連隊・旧第8特科連隊の警備隊区を継承したため、作戦部隊としては大分・熊本・佐賀の3県にまたがる九州最大の警備隊区を有する。このうち、特科隊直轄部隊は大分県の4市を直轄するが、由布市は県中部、竹田市は県西、豊後大野市・佐伯市は県南であり、一般的な地域区分とは異なる。

沿革編集

 
西部方面特科隊および隷下部隊の系譜図

第3特科群編集

  • 1954年(昭和29年)
    • 9月25日:第3特科群本部及び本部中隊、第111特科大隊、第112特科大隊の各大隊本部及び本部中隊が久留米駐屯地において編成[3]
    • 10月5日:第111特科大隊、第112特科大隊の各射撃中隊(203mm榴弾砲装備)、管理中隊及び付衛生隊が久留米駐屯地において新編[3][4]され、第3特科群が第4管区総監の指揮下に入る。
    • 10月15日:第114特科大隊(107mm迫撃砲装備)が針尾駐屯地において編成[3]
    • 10月16日:編成完結に伴い、群本部及び本部中隊、第111特科大隊、第112特科大隊が前川原駐屯地に移駐完了[3]
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月16日:西部方面隊発足に伴い、西部方面総監の指揮下に入る[3]
    • 1月25日:第302観測中隊が前川原駐屯地において編成[3]
  • 1957年(昭和32年)
    • 3月24日:キャンプ・チッカマウガ(現在の別府公園、旧別府駐屯地)の米軍接収が解除され、同地への移転準備のため第302観測中隊を主力として別府派遣隊を編成、同地の警備を開始[3]
    • 3月25日:前川原駐屯地の陸上自衛隊幹部候補生学校拡充に伴う工事のため、第112特科大隊が久留米駐屯地に移駐[3]
    • 9月5日:第114特科大隊が針尾駐屯地から玖珠駐屯地に移駐。
    • 12月14日:第3特科群主力が前川原及び久留米駐屯地から旧別府駐屯地に移駐[5][6]
    • 12月16日:別府駐屯地業務を開始[3]
  • 1959年(昭和34年)8月13日:別府駐屯地に第3教育団が新編され、駐屯地業務を同団へ移管[3]
  • 1966年(昭和41年)
  • 1971年(昭和46年)3月25日:第114特科大隊が廃止(人員等は第1特科団第126特科大隊へ移管)。
  • 1977年(昭和52年)4月28日:群主力が旧別府駐屯地から湯布院駐屯地[8]に移駐[7]
  • 1992年(平成04年)3月27日~29日:第112特科大隊にM110 203mm自走榴弾砲(203HSP)×6門、82式指揮通信車×4両、70式戦車回収車×1両が配備。
  • 1996年(平成08年)3月29日:第111特科大隊を廃止、第128特科大隊(MSSR)が新編。
  • 1998年(平成10年)3月26日:西部方面隊直轄部隊として第5地対艦ミサイル連隊が新編。
  • 2002年(平成14年)3月  :第128特科大隊を廃止、第132特科大隊(MLRS)が新編。

西部方面特科隊編集

  • 2003年(平成15年)3月27日:部隊改編。
  1. 方面直轄の第3特科群と第5地対艦ミサイル連隊を編合し西部方面特科隊が新編[7]
  2. 後方支援体制変換に伴い、整備部門を西部方面後方支援隊第101特科直接支援隊へ移管。
  1. 第112特科大隊を廃止し、所有する203HSPを用途廃止[10](水陸機動団特科大隊として改編し、水陸機動団に編合)。
  2. 特科隊担任警備隊区の一部変更を実施。
  3. 第8特科連隊を廃止し、西部方面特科連隊を新編。第8師団に隷属。旧第8特科連隊の警備隊区を継承。
  • 2019年(平成31年)3月26日:部隊改編。
  1. 西部方面特科連隊を第8師団隷属から西部方面特科隊隷下に編入[1]
  2. 第4特科連隊を廃止し、西部方面特科連隊に第4大隊として編入[1]。旧第4特科連隊の警備隊区のうち佐賀県を継承。
  3. 第5地対艦ミサイル連隊に第301地対艦ミサイル中隊を新編し、奄美大島瀬戸内分屯地)に配置。[1]

編成・駐屯地編集

編成
駐屯地


主要幹部編集

官職名 階級 氏名 補職発令日 前職
西部方面特科隊長
兼 湯布院駐屯地司令
1等陸佐 牛島弘樹 2018年08月01日 北部方面総監部総務部長
副隊長 1等陸佐 中村博篤 2019年03月23日 北部方面混成団副団長
歴代の第3特科群長
(1等陸佐)
(1957年12月16日から1959年8月12日の間 別府駐屯地司令兼補)
(1977年4月28日から2003年3月26日の間 湯布院駐屯地司令兼補)
氏名 在職期間 前職 後職
01 田中兼光 1954年09月25日 - 1955年11月15日 第1特科団
→1956年1月25日 第4特科群
02 山名逸郎 1955年11月16日 - 1959年07月31日 陸上自衛隊富士学校特科部教育課長 自衛隊奈良地方連絡部
03 中川勇 1959年08月01日 - 1962年03月15日 陸上自衛隊幹部候補生学校教育部長 東部方面総監部
→1962年9月15日 退職・陸将補
04 森村礼司 1962年03月16日 - 1964年07月15日 陸上自衛隊調査学校教育部長 自衛隊東京地方連絡部副部長
05 桑原嶽 1964年07月16日 - 1966年07月15日 第13師団司令部第3部長 陸上自衛隊富士学校特科教育部副部長
兼 同部教務課長
06 近藤嘉奈夫 1966年07月16日 - 1968年07月15日 陸上自衛隊富士学校特科教育部
戦術班長
陸上自衛隊富士学校特科教育部副部長
兼 同部教務課長
07 古本一彦 1968年07月16日 - 1970年03月15日 陸上自衛隊富士学校勤務 海田市駐とん地業務隊
08 緒方馨 1970年03月16日 - 1971年03月15日 第7特科連隊副連隊長 陸上自衛隊北海道地区補給処
総務部長
09 池田正幸 1971年03月16日 - 1972年07月16日 第4師団司令部第3部長 陸上自衛隊富士学校学校教官
10 横田芳夫 1972年07月17日 - 1974年07月15日 第12師団司令部第3部長 陸上自衛隊富士学校研究部第3課長
11 頼近信男 1974年07月16日 - 1976年08月01日 陸上自衛隊富士学校総務部警備課長 陸上自衛隊富士学校総合研究開発部
第2主任研究開発官
12 深見俊平 1976年08月02日 - 1978年07月31日 第1混成団副団長 第4師団司令部勤務
13 中村昭三郎 1978年08月01日 - 1980年03月16日 陸上自衛隊富士学校特科部教育課長 西部方面総監部監察官
14 高橋雄幸 1980年03月17日 - 1982年03月15日 装備開発実験隊火器科長 装備開発実験隊副隊長
15 内門悟 1982年03月16日 - 1984年03月15日 装備開発実験隊火器科長 陸上自衛隊富士学校研究員
16 矢田部稔 1984年03月16日 - 1986年03月16日 陸上自衛隊富士学校研究員 陸上自衛隊幹部学校主任教官
17 向井啓 1986年03月17日 - 1988年03月15日 陸上自衛隊富士学校学校教官 自衛隊三重地方連絡部
18 高橋義洋 1988年03月16日 - 1990年03月15日 東部方面総監部防衛部訓練課長 自衛隊鹿児島地方連絡部
19 氏森武生 1990年03月16日 - 1992年08月02日 陸上幕僚監部教育訓練部教育課
教育班長
東北方面総監部調査部長
20 長野陽一 1992年08月03日 - 1995年03月22日 陸上幕僚監部調査部調査第1課
企画班長
統合幕僚会議事務局第2幕僚室
情報運用調整官
兼 情報班長
21 折木良一 1995年03月23日 - 1996年06月30日 陸上幕僚監部防衛部防衛課
業務計画班長
陸上幕僚監部人事部補任課長
22 諸橋茂 1996年07月01日 - 1998年06月30日 陸上幕僚監部装備部装備計画課
後方計画班長
陸上幕僚監部人事部厚生課
給与室長
23 中村太 1998年07月01日 - 2000年07月31日 第3師団司令部第3部長 防衛研究所主任研究官
24 井上武 2000年08月01日 - 2002年12月01日 陸上幕僚監部調査部付 陸上幕僚監部調査部調査課長
大地教文 2002年12月02日 - 2003年03月26日 自衛隊三重地方連絡部 西部方面特科隊長
兼 湯布院駐屯地司令
歴代の西部方面特科隊長
(1等陸佐・湯布院駐屯地司令兼補)
氏名 在職期間 前職 後職
01 大地教文 2003年03月27日 - 2005年12月04日 第3特科群長
兼 湯布院駐屯地司令
陸上自衛隊会計監査隊
02 松井俊彦 2005年12月05日 - 2007年12月02日 第12旅団司令部幕僚長 第14旅団副旅団長
善通寺駐屯地司令
03 小林秀人 2007年12月03日 - 2009年12月06日 統合幕僚監部総務部人事教育課
国際人道業務室長
自衛隊愛知地方協力本部
04 村松秀明 2009年12月07日 - 2011年03月31日 第3師団司令部幕僚長 第13旅団副旅団長
海田市駐屯地司令
05 田原義信 2011年04月01日 - 2012年07月25日 情報本部情報官 中央情報隊
陸将補昇任)
06 渡邊金三 2012年07月26日 - 2014年03月27日 北部方面混成団 自衛隊情報保全隊司令
(陸将補昇任)
07 三宅優 2014年03月28日 - 2016年06月30日 自衛隊福岡地方協力本部 自衛隊東京地方協力本部
(陸将補昇任)
08 壁村正照 2016年07月01日 - 2018年07月31日 東北方面総監部情報部長 第15旅団副旅団長
那覇駐屯地司令
09 牛島弘樹 2018年08月01日 - 北部方面総監部総務部長

主要装備編集

過去の装備品

警備隊区編集

脚注編集

  1. ^ a b c d e f 湯布院駐屯地twitterアカウント(@yufuinpr)掲載”. 陸上自衛隊湯布院駐屯地. 2019年3月26日閲覧。
  2. ^ 駐屯地広報誌「湯布院」第65号(湯布院駐屯地twitterアカウント(@yufuinpr)掲載)”. 陸上自衛隊湯布院駐屯地. 2019年1月2日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j 『日本砲兵史 : 自衛隊砲兵過去現在未来』(陸上自衛隊富士学校特科会 編 1980.6)
  4. ^ 第112特科大隊第1中隊 (PDF)”. 陸上自衛隊湯布院駐屯地. 2018年10月21日閲覧。
  5. ^ 自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和32年11月30日政令第327号)
  6. ^ 陸上自衛隊 別府駐屯地・駐屯地の沿革
  7. ^ a b c 駐屯地のあゆみ - 陸上自衛隊湯布院駐屯地
  8. ^ このとき、第4戦車大隊が湯布院から玖珠へ移駐
  9. ^ 鎮西26(26.11.4 演習参加部隊2) - 陸上自衛隊西部方面隊
  10. ^ 陸自、水陸機動団の部隊を玖珠、湯布院に配置へ - 大分合同新聞 電子版『GATE』 (大分合同新聞9月24日付朝刊掲載、2016年11月7日閲覧)

関連項目編集

外部リンク編集