ポリドール・レコード
ポリドール・レコード(Polydor Records)は、イギリスに本部を置く、レコード会社(レコード・レーベル)。ドイツ・グラモフォンが設立。ポリドール・アメリカは、欧州の巨大複合企業、フィリップス=シーメンスの在米子会社だった。その後、マーキュリー・レコードとともにポリグラム傘下となった。本社をアメリカ合衆国に置くユニバーサル ミュージック傘下のレーベルである。
ポリドール・レコード | |
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親会社 | ドイツ・グラモフォン |
設立 | 1924年 |
販売元 | ユニバーサル ミュージック |
ジャンル | R&B、ファンク、ロック、ポップス、ソウル・ミュージック |
国 | ![]() |
ポリドール本社の歴史編集
ポリドールの歴史はひじょうに長く、戦前の1910年代にそのルーツを持っている。戦後はポップ音楽やクラシック音楽のレーベルとなり、指揮者ベルト・ケンプフェルトがビートルズを発見し、最初の録音「マイ・ボニー」はポリドールで録音されている[1][2][3][4][5]。ポルドールがアメリカ支社を設置した時期は案外遅く、1969年になってからである[6]。1970年代には、ビージーズと契約した[7]。
- 沿革
- 1924年 - ドイツ・グラモフォン(DGG Deutsche Grammophon Gesellschaft)の独立分社として設立。当時はダブルホーン型蓄音機を擬人化したマークを使っていた。
- 1946年 - DGGがクラシックに特化したレーベルになり、ポリドールがポピュラー音楽へ進出した。
- 1962年 - フィリップス・レコード(フォノグラム)の親会社・フィリップスとDGGの親会社・シーメンスが、お互いの音楽子会社に相互出資して、「グラモフォン・フィリップスグループ(GPG)を結成」。
- 1971年 - ジェームス・ブラウンがUSキング・レコードを離れ、ポリドールと契約した[8]。
- 1972年 - DGGとフォノグラムが経営統合し、「ポリグラムの傘下に入った」。
- 1998年 - シーグラムがポリグラムを買収、シーグラムの所有するユニバーサル ミュージックと合併したことにより、ポリドールはこの一部となった。
ポリドールのアーティスト編集
過去に所属したアーティストを含む
ソウル/R&B
- ジェームス・ブラウン
- レイ、グッドマン&ブラウン[9]
- アイザック・ヘイズ[10]
- マンドリル[11]
- ミリー・ジャクソン[12]
- グロリア・ゲイナー
- アトランティック・スター
- リー・ドーシー
- ワイルド・マグノリアス
ロック/ポップ
- アトランタ・リズム・セクション
- エリック・クラプトン
- オールマン・ブラザーズ・バンド
- クリーム
- コージー・パウエル
- ジミ・ヘンドリックス
- ザ・シャドウズ
- ザ・ジャム
- ザ・スタイル・カウンシル
- ディープ・パープル[13]
- バークレイ・ジェイムズ・ハーベスト
- バッキンガム・ニックス
- ザ・ビージーズ
- ザ・フー
- フランク・ミルズ
- ムーディ・ブルース[14]
- レインボー
- レヴェル42
- ローリング・ストーンズ(ストーンズ・レコード)
ジャズ
- トニー・ウィリアムズ・ライフ・タイム
日本のポリドール編集
社史には、日本ポリドール、日本グラモフォン、ポリドール株式会社など、社名変更の歴史も刻まれている。
- 沿革:(1926-1947)[15]
- 株式會社日本ポリドール蓄音器商會
- 1926年、当時、ドイツ・グラモフォン社(ポリドールレコード)の国内での輸入元を務めていた阿南商會の阿南茂が、松本荘之助・鈴木幾三郎(銀座十字屋)・技師の塩崎仲吉とともにドイツに渡り、同社と折衝の結果、日本国内におけるレコードの製造許可を取得する。
- 1927年5月30日、阿南正茂が『株式會社日本ポリドール蓄音器商會』を設立、ポリドール・レコードの国内での販売を開始する。
- 1942年3月、戦時中の外国語使用禁止の風潮を先取りし、社名を『大東亞蓄音器株式會社』に変更。ブランド名については、邦楽部門を大東亜レコードに変更したものの、洋楽部門は引き続きポリドール・レコードを使用した。
- 1943年12月、社名を大東亞航空工業株式會社に変更する(時期は諸説あり)。
- 1944年1月新譜(1943年12月20日発売)を最後に商業レコードの新譜発売を中止。なお同月の月報は国立国会図書館音楽・映像資料室にて閲覧可能であり、従来の新譜中止月の誤りを確認出来る。この後に政府からの依頼で大東亜会議の模様を記録した組物を制作しており(P-5375〜5445)、更に東京都と連携した盤(P-5446)も存在するので、最終的な生産終了時期は不明。
- 1945年4月13日、空襲で表参道の吹込所(東京都赤坂区青山北町6丁目)を焼失。
- 同年4月15日、空襲にて池上の本社・工場(東京都大森区堤方町215番地)が類焼(全焼では無く、原盤は被害を受けなかった)。
- 同年6月21日、福島県桑折に工場を新設し、疎開。
- 同年8月15日終戦。
- 戦後の1946年11月25日、日本コロムビアのスタジオにて、戦後初めての新録音を開始(1947年説は事実誤認)。
- 沿革:(1947- )
- 1949年3月20日、表参道の吹込所が復旧。
- 1950年4月、『ポリドール蓄音器株式会社』に社名変更。
- 1950年11月24日、桑折工場を失火で焼失、被害額2000万円との新聞報道。
- 1952年10月、桑折工場が復旧し、新譜の発売を再開。
- 日本ポリドール株式会社 → 日本グラモフォン株式会社 → ポリドール株式会社
- 1953年4月1日、新資本による日本ポリドール株式会社が設立される[16](東京都港区赤坂青山北町)。富士電機が株式の一部を取得し、古河グループの企業となる。
- 同年11月20日、12月新譜を新会社の第1回発売分とする。
- 1956年、『日本グラモフォン』(Nippon Grammophone Co., Ltd.)に改組。
- 1959年、ステレオ・レコードの発売開始。第1号はロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルによる、ベートーヴェン作曲交響曲第5番「運命」(SLGM-1)。
- 1969年、目黒区大橋に自社ビルが完成。
- 1971年11月、ポリグラム傘下の『ポリドール株式会社』(Polydor K.K.、以下ポリドールK.K.)に社名変更。
- 1982年10月21日、当時の西独ポリグラムから輸入したコンパクト・ディスク・ソフトの発売を開始する[17]。
- 1984年、富士電機との資本提携を解消。第一勧銀グループや古河グループの系列から脱退している。業績不振のロンドンレコードを吸収合併。
- ポリグラム株式会社
- 1993年12月1日、ポリドールK.K.の販売部門と販売元が、ポリグラム株式会社(以下ポリグラムK.K.、現:ユニバーサル ミュージック)に移管される。
- 1998年、シーグラムがポリグラムを買収し、ユニバーサル ミュージックが発足。
- 1999年7月1日、ポリグラムK.K.が、ユニバーサル ミュージックへ社名変更。ポリドールK.K.は制作会社として存続し、J-POPアーティストが用いていた「ポリドール・レコード」レーベルは、「ユニバーサル ポリドール」に名称変更(Polydorマークは継続使用)。
- 2002年、ユニバーサル ミュージックK.K.がポリドールK.K.を吸収合併。「ユニバーサル ポリドール」レーベルは同社の社内カンパニーのユニバーサルJに移行。一部のアーティストは、同じく同社の社内カンパニーのNAYUTAWAVE RECORDSレーベル(現:EMI Recordsレーベル)へ移籍した。
- ポリドール映像販売
- ポリドール映像販売は、ポリドールK.K.,および現在のユニバーサル ミュージックによるミュージックビデオ以外の映像ソフトの企画・発売部門。ポリドール・レコード消滅後も現存している。→ユニバーサル ミュージック (日本)#ポリドール映像販売会社参照。
- NHKレコード(ポリドールが委託され販売を担当)
NHKレコード(エヌエイチケイ- )とは、日本放送協会(NHK)のテレビ番組のテーマソングや大河ドラマのテーマ曲、『みんなのうた』の楽曲、NHK交響楽団の演奏曲などをNHK独自のレーベルでNHKサービスセンターが企画・制作、ポリドール(現在のユニバーサル ミュージック)が委託を受けて販売したレコードのレーベル名。
主な所属アーティスト編集
☆印はユニバーサル ミュージック内のNAYUTAWAVE RECORDS→EMI Recordsからリリースされた作品がある者、★印はユニバーサル ミュージック内のユニバーサルJからリリースされた作品がある者。(特に注釈のないアーティストについても、他レーベルに在籍歴がある可能性あり)
- RCサクセション[18]
- 愛田健二
- 青葉笙子
- 赤木圭一郎
- 麻見和也[19]
- 麻生よう子[20]
- 有島通男
- 淡谷のり子
- 石井亀次郎
- 池田綾子
- 磯崎健史
- 一条英一(現:五木ひろし)
- 井上陽水[21]
- INSPi
- 上原敏
- 歌川二三子☆
- 宇多川都
- 内田栄一
- EGO-WRAPPIN'(現:トイズファクトリー所属)
- X JAPAN(プラチナム・レコード)
- 榎本健一(専属前は日本コロムビアの「リーガル」レーベルやビクターからレコードを出していた。)
- 近江俊郎
- 奥田良三
- 小椋佳
- 海援隊(エレックレコード、テイチク/ブラックレコードより移籍)☆
- 武田鉄矢☆
- 甲斐よしひろ(1978年ワンショット契約。2003年から2006年まで在籍)
- CASCADE(現:アミューズソフトエンタテインメント所属)
- 加藤登紀子[22]
- カヒミ・カリィ(ポリスターより移籍、現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント所属)
- Calyn(リズメディア系、その後Rhythmedia Tribeへ移籍)
- カルメン・マキ
- KAN(現:アップフロントワークス/zetima所属)
- 神田広美
- 北廉太郎
- 吉川晃司[23]
- 木元ゆうこ(ポリドール30周年記念女性アイドル歌手としてデビュー)
- 杏子(オーガスタ系、現:オーガスタレコード所属)
- 京本政樹
- 草川祐馬
- 黒沢浩
- 桂銀淑
- 香西かおり☆
- 香坂みゆき
- 小林旭(大ヒット曲「熱き心に」(大瀧詠一プロデュース)を在籍時に発売。現在は夢レコード所属。)
- 小林千代子
- 西城秀樹☆(RCAレコードから移籍)
- ZARD(ビーイング専用レーベル“b-gram”(ビーイングの『ビー』とポリグラムの『グラム』)に所属、1993年に両社の合弁によるB-Gram RECORDS設立に伴い移籍)
- 沢田研二 [24](1982年にプライベート・レーベル“JULIE LABEL”を設立。のちにEMIミュージック・ジャパン → JULIE LABEL(インディーズレーベル)。『渚でシャララ』・『JULIE with THE WILD ONES』 のみavex trax J-more レーベルよりリリース)
- C-C-B★
- シグナル
- 島崎和歌子(Risky名義にてavex traxよりシングルリリース、歌手活動休止中)☆
- 東海林太郎
- シルヴィア
- 新橋喜代三
- スィートショップ
- SUGIZO
- スターボー
- スピッツ★[25]
- 菅原昭子
- 菅原洋一
- 関種子
- Cellophane
- センチメンタル・シティ・ロマンス
- 園まり[26]
- ザ・タイガース[26]
- 高城丈二
- 高杉妙子
- 高田浩吉
- 高田真樹子
- 田端義夫(戦前に在籍。戦後はテイチクへ移籍した。)
- 田村直美(パブリック・イメージ専用レーベル“Primitive”に所属)
- Char
- テレサ・テン★
- D-SHADE
- DOGGY BAG
- 中条きよし
- 中畑幾久子(ビーイング専用レーベル“b-gram”に所属)
- 流
- 西川きよし(現:よしもとミュージック)
- 西田佐知子
- 日本橋きみ栄
- 野口五郎(ポリドール → ニュートーラス → BMG JAPAN → 現:avex io)
- HEAT WAVE
- 久石譲(アーティストとしてはNECアベニューより移籍)
- PYG
- P-MODEL
- 日野てる子
- 氷室京介(現:ワーナーミュージック・ジャパン所属)
- ピンクジャガー(元セイントフォーの濱田のり子&鈴木幸恵によるデュオ)
- FANTA ZERO COASTER
- フィッシュマンズ
- FENCE OF DEFENSE(EPIC・ソニー → マーキュリー・ミュージックエンタテインメントより移籍。パブリック・イメージ専用レーベル“Primitive”に所属)
- 藤田まこと[26]
- BLANKEY JET CITY
- PRISM( → ワーナー・パイオニア → TDKコア → SMSレコード → バンダイ・ミュージックエンタテインメント → メルダック → マクセル・イーキューブ → ユニバーサルミュージック復帰 → インディーズ転向)
- 牧村三枝子
- 松平晃
- 松たか子(現:アリオラジャパン所属)
- Monday満ちる
- 水島由紀子(ビーイング専用レーベル“b-gram”に所属)
- MO'SOME TONEBENDER
- 泰葉(つばさレコーズ/アイアンキャンドルレーベル)
- 山口由佳乃(現:劇団四季団員・鈴木釉佳之)
- 山弦
- 山崎まさよし(杏子と同様にオーガスタ系)☆
- 山中みゆき
- 結城道子
- La'cryma Christi
- revenus(エクスタシー系)
- ロス・インディオス
- ロス・インディオス&シルヴィア
- 渡辺香津美(アーティストとしては日本コロムビアより移籍)
- 渡哲也(ニュートーラス(← トーラスレコード) → ウェブ・クウ)
脚注編集
- ^ トニー・シェリダンとビートルズ accessdate 16 February 2023
- ^ Infosite, Beatlesource.com; accessed 19 April 2015.
- ^ Coleman, Miriam. “Beatles collaborator Tony Sheridan dead at 72”. Rolling Stone 2023年2月16日閲覧。.
- ^ “One-time Beatles frontman Tony Sheridan dies”. (2013年2月18日) 2023年2月16日閲覧。
- ^ Mark Lewisohn: All These Years Volume 1:The Beatles Tune In, Little Brown, London 2013,ISBN 978-0-316-72960-4
- ^ “College Music Contest Opens Talent Hunt”. Billboard (Nielsen Business Media, Inc.): 64 2023年2月16日閲覧。.
- ^ “Bee Gees - Album Discography - AllMusic”. allmusic.com. 2023年3月20日閲覧。
- ^ 「リズム&ブルースの死」 p.274
- ^ 元モーメンツの3人。「スペシャル・レイディ」が1980年にヒット
- ^ スタックスが倒産した後ポリドールからディスコ曲「ドント・レット・ゴー」(1980)のヒットを放っている
- ^ ポリドールの在籍した人種、国籍融合のファンク・バンド
- ^ ポリドール(日)からライブ盤を発表したことあり
- ^ 1984年の「パーフェクト・ストレンジャー」がポリドール発売
- ^ アルバム「ポリド-ル・イヤーズ」がリリースされたことがある
- ^ >Polydor ポリドール・レコード 2023年2月28日閲覧
- ^ ポリドール 2023年3月11日閲覧
- ^ CBS・ソニー、日本コロムビアに次いで3社目。当時、ポリグラム系のオランダ フィリップスの発売権を持っていた日本フォノグラムも同様に、同時期にコンパクト・ディスク・ソフトを発売する。
- ^ 初期はフォークスタイルで「ぼくの好きな先生」。チャボが加入してからは「雨上がりの夜空に」など、一連のロック曲を発表した。一時期ポリドールに在籍
- ^ 1983年、ポリドール30周年記念男性新人歌手としてデビュー
- ^ CBS・ソニーレコード/Epicより移籍
- ^ FLME(旧:フォーライフ)より復帰
- ^ 1968年シングル「あなたの面影」。一時期、CBS・ソニーに在籍、その後復帰
- ^ 渡辺音楽出版とトリオレコードの合弁レーベル・SMSレコードからデビュー→東芝EMI→ポリドール→ユニバーサル傘下のキティMME→徳間ジャパンコミュニケーションズを経て、2009年ユニバーサルミュージック社内カンパニーのFar Eastern Tribe Recordsへ復帰。2013年よりワーナーミュージック・ジャパン内の個人レーベルSAMURAI ROCKに在籍
- ^ 沢田研二の伴奏では、井上堯之バンドがレーベルにプリントされたこともある
- ^ 現在はユニバーサルJ所属だが、地球儀マークと併記する形でPolydorマークを続けて使用している。
- ^ a b c 原盤権は渡辺音楽出版が所持。
関連項目編集
- マーキュリー・レコード
- ポリグラム
- 筒美京平 - 作曲家になる以前は旧日本グラモフォンに(洋楽部門のディレクターとして)約4年間勤務。
- ユニバーサル ミュージック グループ