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佐藤ゆかり

日本の政治家

佐藤 ゆかり(さとう ゆかり、1961年8月19日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(3期)、環境副大臣

佐藤 ゆかり
さとう ゆかり
Sato Yukari (2019).png
環境副大臣時
生年月日 (1961-08-19) 1961年8月19日(58歳)[1]
出生地 東京都世田谷区[2]
出身校 コロンビア大学政治学部
コロンビア大学国際公共政策大学院修士課程
ニューヨーク大学大学院博士課程
前職 経済学者・外資系証券会社経済調査部長(チーフエコノミスト)
現職 環境副大臣
衆議院議員
所属政党 自由民主党大島派→無派閥→二階派
称号 Ph.D.
公式サイト 佐藤ゆかり 公式サイト 大阪11区(枚方市・交野市)支部長 自由民主党 衆議院議員

選挙区比例東海ブロック→)
大阪11区→)
比例近畿ブロック
当選回数 3回
在任期間 2005年9月 - 2009年7月
2014年12月14日 - 現職

選挙区 比例区
当選回数 1回
在任期間 2010年7月 - 2014年11月21日
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参議院議員(1期)、経済産業大臣政務官、自民党副幹事長、内閣府副大臣総務副大臣などを歴任。

来歴編集

政治活動編集

第44回衆議院選挙で当選編集

2005年8月24日、佐藤が細江茂光岐阜市長のもとに立候補の挨拶に訪れた際、市長から握手を拒否される。この模様は全国放送され、市長に苦情が殺到した[14][15]

2005年11月6日、早稲田大学での野党の討論会で「(子供を産む女性も)自助努力で頑張っていくことが大事」とあたかも佐藤の発言のように誤って報道されたことがきっかけで、子育てや女性の立場を理解しているのかとネットに掲載された。[16][17]

2005年11月7日、正式な役職ではないが、自民党幹事長補佐に任命された[18]

2008年2月、自民党本部(古賀誠選対委員長)は岐阜1区の公認問題を終結させるために候補者調整を行い[19][20][21]小杉隆元文部大臣の後任として、佐藤を衆院東京5区に“国替え”させた。一部の報道に『里帰り』『5区で育った』等の表記がある[22]が、佐藤は東京6区世田谷区代沢に生家があった[要出典]

2008年4月小池百合子猪口邦子、佐藤ゆかりで政策提言ユニット「TPL」(Tokyo Projects of/by/for Ladies)を結成[23][24]。同年9月、総裁選小池百合子候補の推薦人となった[25][26]

2009年6月、総選挙を前に麻生内閣支持率が低迷したため、佐藤は『マニフェストを通じた総裁選を事前に行って改革路線を堅持する党のリーダーを決めよう』と、両院議員総会の開催を呼びかける署名活動をし、“麻生おろし”に一役買った[27]。 佐藤は同7月に夕刊フジ[28]やラジオ番組[29]などで「麻生降ろしではない」と弁明するも、中川秀直や武部勤ら党幹事長経験者が麻生批判を繰り返したこともあり[30]、直後に行われた2009年東京都議会議員選挙に悪影響を与えたとする向きもあった[31]。この選挙結果に自民党都議団は『“麻生降ろし”議員は応援しない』と強く抗議[32]

第45回衆議院選挙で落選編集

2009年8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙には自民党公認のほか公明党の推薦を受けて東京5区から出馬したが、自民党への大逆風のため民主党手塚仁雄に敗れ、比例復活ならず落選した[9] 『小泉さん「たまには自民党が野党になっても…」』 スポーツニッポン 2009年8月18日 [33]

第22回参議院選挙で当選編集

2010年7月11日に行われた第22回参議院議員通常選挙では、自民党衆議院議員が殆どいなくなった東京の支援団体関係者から佐藤に参議院への出馬依頼があり、自民党公認で衆院東京5区支部長から鞍替えして比例代表から出馬。比例区自民党2位で当選。

第47回衆議院選挙で当選編集

2014年11月21日、参議院議員辞職。2014年12月14日に行われた第47回衆議院議員総選挙では自民党公認で衆議院大阪11区より立候補し、小選挙区で当選した(平野と前回の総選挙で平野を破った維新の党公認の伊東信久は比例復活)。

第48回衆議院選挙で当選編集

2017年10月22日に行われた第48回衆議院議員総選挙に自民党公認で衆議院大阪11区で立候補したが、この選挙では日本共産党が候補者を取り下げ、平野支援に回ったことなどもあり小選挙区で平野に敗北、比例近畿ブロックで復活当選した。

エピソード編集

  • 選挙直後の討論会ではメディア規制に賛成する立場に立ったため、メディア規制反対の立場の櫻井よしことは意見が対立した[34]

岐阜1区関連編集

2005年8月、郵政解散を受けた第44回総選挙で、郵政関連法案に反対した野田聖子元郵政大臣への「刺客」として岐阜1区自民党より公認される[35]。選挙戦の序盤から候補者の一挙手一投足が過熱に報道され、また週刊誌が佐藤の過去を不倫疑惑として報道するなどネガティブ・キャンペーンが行われたこともあり、全国に注目された。尚、この週刊誌の当時の編集長は野中広務氏の甥であったとの話もあり、政治的妨害に巻き込まれたとの見解もある[36]。自民党岐阜県連及び岐阜市の自民党市議らは野田・佐藤の二派に分裂・対立し、激しい争いを繰り広げた。

総選挙の結果、野田は選挙区で5選を果たし、佐藤も比例で復活当選した。

総選挙後、自民党執行部武部勤幹事長)などが求めた離党勧告に従い野田ら“郵政造反組”は自民党を離党。更に野田を支持・支援した岐阜県連の幹部(県議)らも離党勧告に従い離党した[37]。 自民党執行部が安倍体制に代わると、保守層の再結集のために2006年12月4日に野田聖子を始めとする保守系無所属議員が自民党に復党した。

2007年4月、統一地方選(岐阜県議選、岐阜市議選)が行われたが、自民党の中で佐藤派と野田派に分裂した選挙戦となった[38][39]。また野田派県議へのこの県議選での公認を佐藤は「反党行為があった」として拒否し、公認を数ヶ月遅らせるなど確執が表面化した[40]。 2007年8月10日、野田聖子事務所への放火事件が起き、同時に佐藤を中傷するビラも路上にまかれる事件が発生した。犯人は不明とされる[41]。2007年10月8日、放火された野田の事務所が再開されたが[42]、その前日の7日に、佐藤の後援会「キラリ岐阜ゆかり会」の設立総会が行われた[43]

佐藤は野田の復党後も次回(第45回)総選挙でも引き続き岐阜1区支部長として公認するよう党本部に求めていたが、福田政権となって地元から選挙区調整を行うよう申し入れがあり、古賀誠自民党選対委員長らによる調整の結果2008年1月、自民党は独自の世論調査で“頭一つの差”で優勢な野田聖子を同選挙区の公認候補とする方針を決定した[44]。また、佐藤は東京5区への転出がうわさされ始めた[45]。これに対して佐藤の後援会役員らが街頭で岐阜残留を求める署名を行い、2万以上の署名が集まった[46]。東京5区への転出説は以前にもあった[47]

協議の結果、衆院東京5区への転出が決まり[48]、同2月8日、党本部内の記者会見[49]で野田・佐藤両者が握手を行い[50]、円満解決を演出した[51][52][53][54]。 一方、東京5区に“国替え”した佐藤も自民党への大逆風と後援会組織の構築が間に合わなかったこと(同選挙区で議席をもっていた自民党・小杉隆の協力は求めなかった)により落選した。

自民党枚方市支部長からの訴訟編集

2016年3月、佐藤が「支部長が任期切れにもかかわらず支部長を名乗り続けている」「党大阪府連に懲罰及び支部長解任動議を申し立てている」など事実と異なる文書を党員などに配布し、名誉を傷つけられたとして、自民党枚方市支部支部長が佐藤に330万円の損害賠償などを求めて大阪地裁に提訴した[55]。その後、会計処理を巡っても双方が相手側を告発する(後に不起訴処分、後述)など泥沼化していた[56]が、第48回衆議院議員総選挙前に支部長側が訴えを取り下げた[57]

政治資金編集

  • 2015年9月、佐藤が代表を務める政党支部が2014年、選挙区内の建設業者から100万円の現金を一旦預かり約5カ月後の2015年5月に返却していたことが分かった[58]。同支部は業者側に領収書を発行しておらず、政治資金収支報告書にも受領・返金の記載をしていない[58]。佐藤は産経新聞の取材に「不明朗な領収書が他者から発行されていることを知らされ、トラブルに巻き込まれることを避けるため、収支報告書の提出期限までに全て返金した。選挙管理委員会に確認したところ、返却資金は政治資金の概念として預かり金であり収入にあたらないため、記載不要との回答であったため、(記載しなかったことは)法令に抵触するとの認識は一切ない」と主張している[58]。一方、「政治資金の流れをオープンにする収支報告の趣旨に反している」とする学者意見を産経新聞は報道している[58]
    • さらにこの件をめぐって、2016年2月、自民党枚方市支部は、佐藤側が現金200万円を受け取りながら、政治資金収支報告書に受領の事実を記載していないのは政治資金規正法に抵触するとして、佐藤の刑事告発を検討している、と産経新聞に報道されるなど、選挙管理委員会の法の見解と逸脱する形で誇大報道が繰り返された[59]。これに対し、佐藤側も「事実に反する。規正法違反罪で告発されれば、こちらも虚偽告訴罪での告訴を検討せざるを得ない。司法での告訴を政治的妨害行為の道具として悪用する許されざる行為。」と反駁した[59]。枚方市支部の収支報告書に記載された同支部からの寄付金の受取人に佐藤の名前が記載されていることについて、佐藤は一切受け取っておらず、架空の寄付の虚偽記載であると問題指摘している。その後、自民党枚方支部長の出来成元が、政治史資金規正法違反容疑で佐藤を大阪地方検察庁に告発したことを受けて、佐藤も枚方市支部を虚偽記載などで告発し、同地検は2016年4月16日付で受理したが[60]、大阪地検は11月30日付で佐藤と枚方支部長、いずれも嫌疑不十分で不起訴処分にした。その後、自民党枚方支部長の出来成元により、枚方市支部収支報告書に記載のあった佐藤への寄付金を「錯誤」として削除する訂正届出が大阪府選挙管理委員会に提出された[61]

政策編集

選択的夫婦別姓制度編集

2010年までは、選択的夫婦別姓案に反対しており[62][63]、会社や社会活動において旧姓の使用を認める制度を明確に作ればよい、などと主張していた[64]。2017年の朝日新聞によるアンケートにおいては、どちらかと言えば反対、としている[65]

経済政策維新編集

『経済政策維新』とは2005年の総選挙でHPに公表した経済政策中心の政策提言[66]のこと(この『経済政策維新』は佐藤がかつて経済産業省の委員会において外資系証券会社のエコノミストとして発言した趣旨[67]でもある)。総選挙向けの政策提言としては、「規制緩和なくして、増税なし」、「サラリーマンと企業の新たな共存方法」等が書かれ、『一般家計向けの「株式投資優遇税制」の再設計が急務』とし、株式から配当を得る家計を推奨した。こうした概念は、現在、NIISAのような個人・家計向け少額株式投資優遇税制として実現されている。

この『経済政策維新』で注目された部分は以下である。

ビジネスモデル上、企業の利益最大化の答えが固定費削減である限り、人件費は今後も抑制傾向が続く…(中略)…家計にとり、合理的選択とは、企業活動に貢献する一方で、収益を上げそうな企業の株主にもなり、収益が上った企業から非給与所得という形で株主還元を受けること

小国資本主義・日本編集

『小国資本主義・日本』とは佐藤の処女本『日本経済は大転換できる!』の核となる政策提言。相対的に小国化する日本に向いた国家経済モデルとして、政策的な主力を内需振興策から転換し、新興諸国向けの輸出主導型経済と、それを支えるための積極的な新興経済への対外投資(金融資産の運用効率の向上による資本ストックの維持)を両輪とした「資本化国家」の提唱である。

思想編集

『国会みずから改革宣言』というスローガンを掲げている[68][リンク切れ]

また、佐藤は「保守の理念」として「相互扶助と自立の精神で互いに助け合い努力する、日本社会の繁栄の礎ともいえる思想。この保守理念のもと、政治は万民均等機会の提供に腐心し、そこから先一人ひとりの自由と尊厳ある営みにはできるだけ干渉せず、しかし機会に恵まれず助けを必要とする人たちには温かい支援を行う」としている[69]

その他編集

“ゆかりタワー”編集

JR岐阜駅前の“岐阜シティ・タワー43”のこと。2005年ごろ、佐藤が自民岐阜1区支部長だった頃に国から補助金を得て建てたとされる駅ビル。岐阜では一部に『(佐藤ゆかりが建てたから)ゆかりタワー』と宣伝されたが、実は駅ビルは佐藤が岐阜に来る前から既に着工されており、佐藤は野田聖子の時代にカットされていた国の補助金を取り戻した。[70][71][72]

なお佐藤がPRに作らせたお土産菓子“ゆかりたんの岐阜改革物語”(鮎パイ)[73][74]には当時まだ完成していない駅ビルが描かれた。

ふるさと税編集

ふるさと税構想とは2006年5月頃に佐藤がHPで公表した政策提言[75]。佐藤の考えた「ふるさと税」とは“納税番号制度”を用いて納税者の地方税の一部が納税者の“ふるさと”に移譲されるというもの(佐藤は証券業界のエコノミスト出身の議員らしく納税番号制度(納税者番号制度)の導入に積極的な立場)。同年7月1日の“新生銀行リテール5周年感謝セミナー”での講演でも「ふるさと税」について発言し、その内容が7月30日付けの日本経済新聞内の銀行の広告として大きく広告された。この「ふるさと税」は、後の2006年自民党総裁選で谷垣禎一財務大臣(当時)が取り上げたり、河野太郎議員も言及した[76]。 但し、ふるさと税構想は、佐藤の選挙区岐阜1区の野党系元候補者の過去の公約と類似点があり、『政策のパクリではないか』と日刊ゲンダイに指摘され[77]、佐藤は『エコノミスト時代の発案』としている。また与党内でも最初の提言者が誰かの様々な主張がある[要出典]

支援団体編集

佐藤家は代々日蓮宗檀家だといい、衆院議員時代に日蓮宗の国会議員組織「法華一乗会」のメンバー入りした[78][79][80]

2010年参院選では宗門から推薦された[81][82][4][83][84][85][86]。同宗教団体の元宗務総長を後援会長、全国11教区の教区長を副会長とする体制を敷き、身延山久遠寺をバックにした大型ポスターやチラシを宗門寺院に送るなど、選挙を「宗門運動」に位置付けた[84]

議員以前の活動編集

1998年から2005年まで、外資系証券会社のエコノミストとして活動していた。2005年総選挙に立候補した時点の肩書は、外資系証券会社クレディ・スイス・ファースト・ボストン証券(CSFB)におけるチーフ・エコノミスト兼経済調査部長(同社での在籍は2004年9月から1年間)[87]

人物編集

  • 2005年の総選挙出馬に際し選挙区が岐阜1区(岐阜市)に決まったことに対して、当初「2月に観光でライトアップの時期の白川郷に行き、岐阜にはまた何度でも来たいと思っていたら、まさか選挙活動に来るなんて、という気持ちです」とした[97]が、新幹線でJR岐阜駅に到着するとホームで「岐阜に嫁ぐ気持ちでやってきました」と言い直した[98][99]
  • 世田谷っ子。世田谷で生まれ、代沢小学校を卒業。佐藤栄作総理とは近所づきあいだった[100]
  • 学生時代は“地球人になる”をモットーに国連の職員を目指していた[101]
  • 中学校時代は陸上部に所属[102]
  • 留学時代、政治ジャーナリスト末延吉正テレビ朝日の番組取材(1988-1989年米大統領選ブッシュ陣営への同行取材)を手伝った[103]
  • 生島ヒロシと講演をすることがある[95][74]
  • ペットにオウムを35年間も飼っていた[104]
  • 週刊誌報道での佐藤は“いじられキャラ”であり、「迷惑しています。もっと政策面を取り上げて欲しい」[105]としている(2006年12月)。

家族・親族編集

実家
  • 母親のみどりは探偵[107][108]。母は祖母の事業を引き継ぎ父と共に「佐藤みどりリサーチセンター」という興信所を経営していた[109]
自家
  • 現在独身、結婚・離婚歴あり、子供なし[117]。離婚した元夫はテレビ朝日報道マン。2005年総選挙出馬の際の記者会見では家族構成や婚姻の有無を聞かれたが個人情報として明らかにしないことも。その後、女性雑誌のインタビューで複数回、結婚願望や子育てについて答えた[118][119][117]
親戚
  • 父方の姻戚に英国大使を務めた後、自民党の国会議員となった松本俊一社会党の議員松本賢一がいる[120]

略歴編集

所属団体・議員連盟編集

著作編集

単著編集

共著編集

脚注編集

  1. ^ 佐藤 ゆかり 国会議員 議員情報 議員・役員情報 自由民主党
  2. ^ a b 衆議院トップページ >議員情報 >議員一覧 >佐藤 ゆかり君(平成27年3月現在)
  3. ^ 『自民が女性、公募で上回る 「本家」の民主しのぐ』 2005年9月12日 共同通信
  4. ^ 『ゆかりタンは「1票もいらない」…野田聖子が絶叫 「比例でもう通ってます」』 ZAKZAK 2005年8月30日
  5. ^ 『「非エリート」自分で道切り開いた』 2005年8月25日 スポーツ報知
  6. ^ 『記者の目:「刺客」戦術 大当たりした首相だが…』 毎日新聞 2005年9月21日
  7. ^ 『佐藤ゆかり氏&野田聖子氏“和解会見”』 2008年2月9日 スポーツニッポン
  8. ^ 東京 小選挙区 総選挙2009 読売新聞電子版 2009年8月31日
  9. ^ a b 『佐藤ゆかり返り討ち…萌え萌えも、逆風に耐えきれず』 2009年8月31日 ZAKZAK
  10. ^ 『チルドレンが派閥入り 猪口、片山、佐藤3氏』 2010年7月22日 産経新聞
  11. ^ “佐藤ゆかり参院議員の辞職許可 衆院選出馬へ”. 産業經済新聞 (産経ニュース). (2014年11月21日). http://www.sankei.com/politics/news/141121/plt1411210026-n1.html 2014年11月21日閲覧。 
  12. ^ 政界家なき子に終止符「佐藤ゆかり」の「二階幹事長」爺殺し”. デイリー新潮 (2017年10月5日). 2017年10月5日閲覧。
  13. ^ “比例復活の佐藤ゆかり氏、自公票の一部が平野氏に?「しがらみのない政治作るのは地域の課題」”. 産経新聞. (2017年10月24日). http://www.sankei.com/smp/west/news/171024/wst1710240022-s1.html 2017年11月7日閲覧。 
  14. ^ 『ゆかりタン可愛そう…岐阜市長握手拒否で苦情殺到 ネットに書き込み1000件』 ZAKZAK 2005年8月25日
  15. ^ 握手拒否についての市長の質疑応答 岐阜市 平成17年市長の記者会見 2005年8月25日
  16. ^ 『自民&民主マドンナが早稲田でバトル』 2005年11月7日 スポーツニッポン
  17. ^ 『女性議員6人、熱く討論 少子化など早大で3時間』 2005年11月6日 共同通信
  18. ^ 『自民、初当選の佐藤ゆかり氏を「幹事長補佐」に』 読売新聞 2005年11月7日
  19. ^ 夫人の借金問題で引退
  20. ^ 『〈元文部大臣・小杉隆代議士〉「妻の借金」14億円で「夜逃げ状態」』 週刊新潮 2006年12月21日号
  21. ^ 『小杉元文相の妻が自己破産、怪しげな投資話に次々』 ZAKZAK 2006年12月13日
  22. ^ 『小泉チルドレン:「父」引退、ピンチ…自力の戦い強いられ』 毎日新聞 東京夕刊 2009年6月10日
  23. ^ a b 『小池元防衛相ら 女性議員ユニットを結成』 日本テレビ 2008年5月1日
  24. ^ a b 『政界キャンディーズは小池氏の総裁選別動隊!?』 日刊スポーツ 2008年5月2日
  25. ^ 『小池氏正式出馬 猪口&ゆかりバックアップ』 スポーツ報知 2008年9月9日
  26. ^ 『総裁選挙告示、5候補が立候補』 自民党 2008年9月10日
  27. ^ 『自民、内戦状態 反・親麻生が激突』 産経新聞 2009年6月30日
  28. ^ 『両院議員総会開く署名活動の狙いは…ゆかりタン直撃!』 ZAKZAK 2009年7月9日
  29. ^ 文化放送「大竹まことゴールデンラジオ!」 2009年7月9日
  30. ^ 『【衆院解散】中川秀直元幹事長、首相の面前で「人心一新を」 佐藤ゆかり氏ら拍手』 産経新聞 2009年7月14日
  31. ^ 『<首都決戦2009> 一夜明けて』 TOKYO MX 2009年7月13日
  32. ^ 『「麻生降ろし」議員は応援せず…自民都議団』 読売新聞 2009年7月18日
  33. ^ 『東京5区・佐藤ゆかり氏(自前)が敗戦の弁』 日本テレビ 2009年8月30日 『「捲土重来期す」=敗因は準備不足と佐藤ゆかり氏-衆院選・東京5区』 時事ドットコム 2009年8月31日 『ゆかり氏ら小泉チルドレン消えた/衆院選』 日刊スポーツ 2009年8月31日 『崖っぷちの大物たち/東京5区:早くも次回へ意欲満々、佐藤ゆかりKY伝説』 週刊朝日 2009年9月11日号 25頁 [1]
  34. ^ 『刺客議員に女の覚悟を問う 佐藤ゆかり/片山さつき vs.櫻井よしこ』 文藝春秋 2005年11月号 2005年10月8日発売
  35. ^ 『野田氏対抗馬、外資系の女性エコノミスト 佐藤ゆかり氏』 朝日新聞岐阜 2005年8月21日
  36. ^ 『柳ヶ瀬「お祭りサンデー」 竹中氏目当て、人だかり』 朝日新聞岐阜 2005年9月5日 『切り札は「有名人投入」 タレントら応援演説』 朝日新聞岐阜 2005年9月9日
  37. ^ 『自民党が岐阜県連幹部に離党勧告』 日刊スポーツ 2006年1月17日
  38. ^ 『岐阜県議選 野田派VS佐藤派の構図くっきり』 中日新聞 2007年3月26日
  39. ^ 『いす取りゲーム ゆかり派が制す』 中日新聞 2007年4月9日
  40. ^ 『円満解決へ県連調整も 県議選・岐阜市選挙区の自民公認』 岐阜新聞 2006年11月9日 『佐藤氏欠席、2県議公認問題協議見送り』 岐阜新聞 2007年1月9日
  41. ^ 『野田聖子氏事務所に放火!機械盗難も』 スポーツニッポン 2007年8月11日 『野田事務所放火「もうめちゃくちゃですね」』 J-CASTテレビウォッチ ワイドショー通信簿 スーパーモーニング 2007年8月13日 『内閣崩壊を招く、野田大臣「放火事件」のキーマンが死去』 由利太郎のディープインサイド 2008年12月28日 日刊サイゾー
  42. ^ 『野田氏の地元事務所再開』 産経新聞 2007年10月8日
  43. ^ 『聖子&ゆかり “女の戦い”じわじわ』 スポーツニッポン 2007年10月9日 [2]
  44. ^ 『岐阜1区は野田聖子議員~自民党・古賀氏』 日本テレビ 2008年1月20日
  45. ^ 『聖子氏“国替え”ゆかり氏にエール』 スポーツニッポン 2008年1月22日 『“地元”大塚議員 ゆかり議員けん制』 スポーツニッポン 2008年1月23日
  46. ^ 『岐阜1区の“女の戦い”過熱 佐藤氏後援会が「国替え」反対を申し入れ』 産経新聞 2008年1月30日 『「佐藤ゆかり氏、岐阜に残って」 2万人署名、党本部へ』 朝日新聞 2008年1月30日
  47. ^ 『借金漬け「小杉隆元文相」の後釜は「佐藤ゆかり」だって?』 週刊新潮 2007年1月18日号 45頁 『ゆかり議員 岐阜より東京選んだ? 都議補選で応援 戸惑う地元関係者』 中日新聞 2007年3月31日
  48. ^ 『佐藤ゆかり議員、東京5区へ“国替え”決定』 日本テレビ 2008年2月6日 『次期衆院選 佐藤ゆかり氏、東京5区候補に内定』 TOKYO MX 2008年2月6日
  49. ^ 『公認問題決着!佐藤、野田両議員が合同会見』 日本テレビ 2008年2月8日 『衆院選:佐藤ゆかり議員「東京の代議士に気持ち入れ替え」』 毎日新聞 2008年2月9日
  50. ^ 『記者会見で握手を交わす野田聖子議員(左)と佐藤ゆかり議員 Photo By 共同』 スポーツニッポン 2008年2月8日
  51. ^ 『衆院選:野田、佐藤氏が共同会見、選挙区受け入れを表明』 毎日新聞 2008年2月8日
  52. ^ 『野田議員と佐藤議員がそろって会見』 日本テレビ 2008年2月9日
  53. ^ 『怒りの声も…ゆかりタン“お別れ会”』 スポーツニッポン 2008年2月11日
  54. ^ 『正式発表 自民・佐藤ゆかり氏が東京5区から立候補』 TOKYO MX 2008年2月8日
  55. ^ 「〝元祖ガールズ〟佐藤ゆかり議員の身内バトルが新局面 自民支部長が提訴『事実と違う文書で名誉毀損』」、産経新聞WEST、2016年3月22日。
  56. ^ “佐藤ゆかり衆院議員と前府議、互いに告発も不起訴 大阪地検”. 産経ニュース. (2016年12月1日). http://www.sankei.com/west/news/161201/wst1612010088-n1.html 2018年4月16日閲覧。 
  57. ^ “前大阪府議が佐藤ゆかり氏への名誉毀損の訴え取り下げ”. 産経ニュース. (2017年10月3日). http://www.sankei.com/west/news/171003/wst1710030067-n1.html 2018年4月16日閲覧。 
  58. ^ a b c d 「『トラブルに巻き込まれたくない』佐藤ゆかり議員側が不明朗処理 業者からの100万円を5カ月後返金」、産経新聞、2015年9月15日
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外部リンク編集