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野田聖子

日本の政治家

野田 聖子(のだ せいこ、1960年9月3日[1] ‐ )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(9期)、総務大臣(第20・21代)、女性活躍担当大臣内閣府特命担当大臣男女共同参画マイナンバー制度)。旧姓(しま)[4]

野田 聖子
のだ せいこ
Seiko Noda 200809.jpg
2008年の入閣に際して公表された肖像写真
生年月日 (1960-09-03) 1960年9月3日(58歳)[1]
出生地 福岡県北九州市[2]
出身校 上智大学外国語学部
前職 帝国ホテル従業員[3]
所属政党無所属→)
自由民主党→)
(無所属→)
自由民主党(無派閥)
称号 外国語学士(上智大学・1983年
配偶者 鶴保庸介(2001年 - 2007年、未入籍)
一般人(2011年 - )
親族 野田卯一祖父
公式サイト 野田聖子オフィシャルホームページ

内閣 第4次安倍内閣
在任期間 2017年11月1日 - 現職

内閣 第3次安倍第3次改造内閣
第4次安倍内閣
在任期間 2017年8月3日 - 現職

内閣 福田康夫改造内閣
麻生内閣
在任期間 2008年8月2日 - 2009年9月16日

日本の旗 第64代 郵政大臣
内閣 小渕内閣
在任期間 1998年7月30日 - 1999年10月5日

選挙区旧岐阜1区→)
岐阜1区→)
比例東海ブロック→)
岐阜1区
当選回数 9回
在任期間 1993年7月19日 - 現職
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岐阜県議会議員(1期)、郵政大臣第64代)、内閣府特命担当大臣消費者食品安全科学技術政策)、自由民主党総務会長(第52代)、衆議院災害対策特別委員長などを歴任した。

祖父は大蔵事務次官参議院議員衆議院議員経済企画庁長官建設大臣などを歴任した野田卯一[5]

目次

来歴編集

生い立ち編集

父親の転勤先であった[6]福岡県福岡市に生まれる。オリンピックの年にちなみ、聖子(せいこ)と命名された[7]

田園調布雙葉高等学校を中途退学[8]ミシガン州ジョーンズヴィル・ハイスクールを卒業[1]後、1983年上智大学外国語学部比較文化学科を卒業。同年、帝国ホテルに入社[9]。フロント業務、国際セールス部員などを経験した[3]

1984年、祖母・野田光の死去に伴い、祖父・野田卯一養子となり、野田姓を継ぐ[10]

政界入り編集

1987年岐阜県議会議員選挙に自由民主党公認で立候補し、史上最年少で当選する[11]

1990年第39回衆議院議員総選挙旧岐阜1区から立候補するも、自民党からの公認も得られず落選[12]1993年第40回衆議院議員総選挙に再び立候補し、「衆議院にも自民党の女性議員を」[13]との公約を掲げて初当選。自民党内では新政策研究会河本派)に所属した。

郵政大臣編集

 
郵政大臣就任に際して公表された肖像写真

1996年11月発足の第2次橋本内閣郵政政務次官1998年7月発足の小渕内閣で、当時閣僚史上最年少(男性含め)の37歳10か月で郵政大臣に抜擢された[14]内閣官房長官野中広務から「おれは最後まで反対したんだ。小渕首相が政務次官のときの君をみて、おれが首相になったらこいつを郵政相にしようと思っていた、と言うのでしぶしぶ承諾したんだ」と言われ、野田は「そこでますますしくじれないなと気を引き締めた」と述懐している[15]1999年、自民党国会対策副委員長衆議院議院運営委員会議事進行係(女性初)に就任。2000年、自民党政調副会長、自民党筆頭副幹事長に就任。

2001年保守党所属の参議院議員鶴保庸介との事実婚を発表したが、2007年に離別。2003年12月、高村派を退会。

自民党離党編集

2005年4月27日に政府提案(閣法)で上程された郵政民営化法案に反対したため、民営化反対派の急先鋒と見なされたが、雑誌『経済界2005年4月号のインタビューでは「民営化に反対と言ったことはありません。今の竹中プランでは駄目だと言っているのです。改革という言葉に酔うのではなく、将来を考えた本当の改革をしてもらいたいと訴えているのです」と答えた[16]

自民党岐阜県連(会長:古屋圭司)は8月10日、岐阜市内で執行部会・常任総務会合同会議を開き、県連規約を改正し、党公認がなくても第44回衆議院議員総選挙で支援することを決定した。会議の席上、法案に賛成した金子一義が異論を唱えたが、これに対し「県連は一致して法案に反対している。地方の声を聞くのが国会議員だ」とする反論も出た(金子一義藤井孝男松田岩夫も参照)。

同年9月の第44回衆議院議員総選挙では、郵政民営化法案に反対票を投じたため、自民党の公認を得られなかったが、小泉主導で送り込まれた刺客候補の佐藤ゆかりを退け、5選。

同選挙で与党が圧勝すると、後援会幹部や岐阜県の自民党所属の地方議員らから法案に賛成するよう強い要望が出たため、野田は再度提出された郵政民営化法案に賛成票を投じた。同年10月、自民党党紀委員会により野田に対し離党勧告がなされたため、自民党を離党した[17][18]

自民党復党編集

2006年、首相・安倍晋三の意向により郵政造反組の復党が検討され、同年12月に復党(郵政造反組復党問題参照)。復党にあたっては「郵政民営化法案に賛成する」などの念書が取られ、「踏み絵」と呼ばれた。また、郵政民営化法案に反対から賛成へと立場が正反対に替わったため、その行為が「変節」と呼ばれ、様々な方面から批判された[19]

2007年福田康夫自由民主党総裁に選出され、福田執行部で党広報局長に就任する。野田の前任の広報局長は小泉チルドレンの1人片山さつきであり、片山の更迭による野田の広報局長就任は、直前に発足した安倍改造内閣における今村雅弘森山裕(いずれも郵政造反組)の副大臣起用同様、郵政造反組復権の象徴的な出来事であった。

内閣府特命担当大臣編集

福田康夫改造内閣で、内閣府特命担当大臣科学技術政策食品安全)に就任した。さらに、「消費者行政を統一的・一元的に推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」(消費者行政担当大臣)「宇宙開発利用に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」(宇宙開発担当大臣)も兼務する。

麻生内閣でも再任され、麻生内閣末期には消費者庁発足に伴い、「消費者行政を統一的・一元的に推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」の任を解かれ、新たに内閣府特命担当大臣(消費者)の補職辞令を受けた。事故米不正転売事件では、消費者行政担当相として被害にあった保育園に駆けつけて謝罪し、子供たちと一緒に食事をした[20]

マルチ商法について、1996年4月の衆議院商工委員会では「悪質業者は厳しく取り締まらないといけないと思う反面、良質な業者も随分存在している。悪質な例ばかり強調されると、良質なもの、一生懸命頑張っている人のやる気をなくし、新たな産業を潰してしまう。」と規制に否定的な立場を示していたことが、2008年10月16日の参議院予算委員会で明らかになり[21]、野田は「自分の勉強不足で、消費者の視点に立った質問ができなかった」と釈明した。首相・麻生太郎が衆院選をにらんで消費者行政重視の姿勢を示している中での釈明だった[22]こんにゃくゼリー摂取後に児童が死亡した事故が起きた際には原因や因果関係が不明にもかかわらず、同ゼリーの発売の中止を命令したため小倉智昭ら一部テレビキャスター等から批判を浴びた。

2009年8月15日(終戦の日)、首相・麻生太郎を含む麻生内閣の他の閣僚が靖国神社参拝を見送る中、閣僚としてはただ1人参拝を行った[23][24]。「国務大臣」の肩書で記帳し私人として参拝したと説明している[25]

同年8月30日の第45回衆議院議員総選挙では佐藤ゆかりが転出したため、しこりの残る佐藤の後援会は民主党柴橋正直に支持を鞍替えしたとされる。保守王国岐阜でも小選挙区で自民党は2勝3敗と厳しい選挙に置かれた選挙で野田は現職閣僚でありながら小選挙区では柴橋に敗れ、重複立候補していた比例東海ブロックで復活当選を果たし議席を守った。

妊娠・出産編集

不妊治療をしている国会議員としてマスメディア(主にテレビ女性誌)に何度も取り上げられる。2005年に、人工授精による受精卵凍結状態にあることも報じられた[26]

2010年5月にアメリカ合衆国にて卵子提供を受けて体外受精を実施して妊娠したことを、同年8月下旬に『週刊新潮』における自らの手記で明らかにした[27]2011年1月6日、重い障害のある男児が誕生したことを発表した[28]。この際、野田自身は子宮の摘出を余儀なくされている。また、当面の間は休養することも明らかにした。2月、事実婚だった男性と1月18日に婚姻[29]し、男性が改姓したことをブログと手記で公表した。同時に、鶴保と事実婚の関係を続けたのは自身が跡取り娘で名字を維持するためだったことも明かしている[30][31]

子は1年で9回の手術を受けるが、脳梗塞も併発し、2年近く入院中で1回も退院経験がない。現在人工呼吸器を装着し、経口摂取は不可、右手右足に麻痺がある。なお、子供のお見舞い写真を時折ブログで公開している。1歳の誕生日には野田からお守り2つがプレゼントされ、短時間のお誕生会が開かれた。後援会400名で2班に分かれて韓国旅行をした際、夫と実母も連れて合流するが、韓国旅行中に子どもが肺炎になったことなどが批判された[32]

自民党総務会長編集

2012年11月21日、自民党岐阜県連で記者会見し、衆議院解散に伴う第46回衆議院議員総選挙に出馬する意志を表明[33]。同年12月16日、岐阜1区で前回敗れた柴橋を下し、7選。同年12月25日、第52代自由民主党総務会長に就任した。2014年9月3日、自民党役員人事により、退任。同年12月14日の第47回衆議院議員総選挙に出馬し、8選を果たす。

自民党総裁選出馬断念編集

2015年9月、2015年自由民主党総裁選挙に際して、「日本の総理大臣を無投票で決めることは、国民を馬鹿にしている[34]」「今、私の心は『義を見てせざるは勇なきなり』です[35]」などと主張し、出馬に意欲を見せた。政界を引退した自民党元幹事長古賀誠の支援もあり[36]、元参議院副議長尾辻秀久が推薦人になる意向を表明[37]するなどしたが、最終的には立候補に必要な推薦人20人が集まらず、出馬を断念した[38]

総務大臣編集

2017年8月3日第3次安倍第3次改造内閣において、総務大臣並びにマイナンバー制度担当内閣府特命担当大臣に就任。合わせて女性活躍担当大臣に任命された。同年10月22日の第48回衆議院議員総選挙に出馬し、9選。選挙後組閣された第4次安倍内閣で総務大臣(マイナンバー制度担当・女性活躍担当)を再任され、新たに男女共同参画担当の内閣府特命担当大臣に任命された。2018年8月31日に記者会見を行い9月に行われる自民党総裁選挙への対応について「本日出馬を断念することにした」と正式に表明した浜田靖一国家公安委員長小此木八郎らと推薦人確保に向けて動いたが前回同様出馬に必要な国会議員20人の推薦を確保できなかった[39]

政策・主張編集

少子化対策・男女共同参画編集

3年間で8回におよぶ体外受精を受けた不妊治療体験から国会議員として、生殖医療に取り組んできた。少子化問題にも目を向け、2002年秋ごろ、少子化対策を「特に力を入れたい政策課題」と表明。小泉政権の少子化対策について、「百点満点で十点」と酷評した。自らの体験や体外受精をめぐる夫との軋轢や通院の苦労談、流産の辛さをつづった著書の自費出版を計画していたが、新潮社の申し出により、2004年12月に『私は、産みたい』と題して出版する。

2005年5月には、『だれが未来を奪うのか 少子化と闘う』を講談社から出版し、自民党内の「女性が職を持つようになって子を産まなくなった」との発言に対して、欧米など女性労働者が多い国でも出生率が高いデータ例を示しながら反論した。政府が課題とする少子高齢化と人口減少を切り口に、今後取り組むべき政策ビジョン「人財増産計画」を提言しつつ、党内議員の旧態依然たる意識を厳しく批判。少子化対策への取り組みこそ社会を安定させると主張している。

2010年1月、日経ビジネスによるインタビューで「本気で少子化対策をするには自民党は本当に邪魔な政党でした」と発言した[40]

選択的夫婦別姓編集

選択的夫婦別姓制度導入に賛成する[41]2002年には「例外的に夫婦の別姓を実現させる会」を主導し、自民党法務部会に議員提案として「民法の一部改正に関する法律案」を提出している。この中で、野田は「現行民法は男女の婚姻の条件として、同氏を名乗ることを義務づけている。現在、そのために不利益を被る人たちが民法の改正を強く願っている。少子化が急速に進み一人っ子家庭が増えるなか、一人っ子同士の結婚での家名継承が難しくなっている。結婚の前後で氏が変わることにより、仕事の継続性が確保できなくなる事例も増えている。結婚を控えた若い世代の過半数は、希望する夫婦には別氏を名乗れるようにしてもよい、と民法の改正に賛成している。家族の崩壊が心配され、家族の再生が求められるなか、婚姻前の氏をそれぞれ名乗りながらも法律上の家族でありたいと願う切実な声がある。夫婦が特別の事情でそれぞれ旧姓を名乗りたいと希望する場合、家庭裁判所の許可があれば例外的に夫婦別氏の結婚を法律婚とする道を開きたい」とその理由を述べている[42]。また、2015年には、選択的夫婦別姓を巡る裁判の最高裁判断を受けて、法整備に向けた党内勉強会を始める意向を示した[43]

なお、この法案を通すのが難しい理由について、「自民党の応援団体である神社本庁などが猛烈に反対している。」と述べている[44]。また「保守的な政治団体の中には、『別姓に賛成すると選挙で応援しないぞ』と圧力をかけてくるところがあり、小選挙区制の導入以降、それを乗り越えられない政治家が増えてきた」とも述べている[45]。その他、自民党内の反対派について「家族の絆が壊れるというが、目に見えないものをぶつけてくるので合理的に議論ができない」[43]と批判している。

表現規制・単純所持違法化の推進編集

児童ポルノ単純所持違法化、18歳未満を描写する創作物規制を強力に推進したとされる。2007年に児童ポルノ単純所持を禁止する法律、子供ポルノアニメ・漫画の製造や提供を規制する法律を提唱した[46]

  • 青少年健全育成基本法案を推進[47]
  • 児童ポルノ禁止法改正案の請願を八代英太とともに国会に提出[48]
  • 児童ポルノ対策を批判された際には「私は法改正に携わる議員として、児童ポルノの対象にマンガやアニメ、ゲームをいれると申し上げたことはこれまで一度もありません。とりわけ、インターネットを通じて意見交換をされている皆さんのあいだで、そのような基本的な誤解が広まっていることを残念に思っています」と反論[49]。しかしその後、表現規制推進団体の最大手である日本ユニセフ協会主催の集会で「子供ポルノアニメ・漫画の取り扱いに関する法律。これは、数年前にチャレンジしたが、インターネットで散々叩かれた」と発言した[46]
  • 日本ユニセフ協会副会長やアグネス・チャンらと共にNPO法人「ひまわりの会」を運営し、会長を務める[50]
  • 2004年に発生した奈良小1女児殺害事件を受けて、「容疑者の性的病癖を悪化させたものとして、ちまたにおびただしく存在する劣悪な性関連商品が指摘されています。表現の自由を盾にして、表現することの責任を全く考えない人々が世にばらまいてきた害悪について、今こそ猛省する時期ではないでしょうか」と述べた[51]

南シナ海問題編集

2015年11月4日放送のBS日テレの番組で、中華人民共和国南沙諸島をめぐり周辺国およびアメリカ合衆国と対立していることについて「日本は直接関係ない。日本は独自路線で外交していくことに徹するべきだ」と発言した。また「中国も韓国も日本同様経済で不安をかかえている。~南沙問題を棚上げするくらいの活発な経済やりとりがお互いの目先のメリットに繋がる」とも述べた。また「南沙で何かあっても、(それは中国から)日本に対してのメッセージではない。それとリンクさせずに日本は独自路線で中国・韓国との日本らしい外交をしていくことに徹するべき」と主張した[52]

産経新聞は野田の南シナ海問題に対する認識について、軍事力外交経済がどういう相関関係をなしているのか、決定的な認識不足があると言わざるを得ないと批判し、自民党内の意見として「国際法を無視して強引に領土領海の拡張を図る中国への基本的認識があまりにも低すぎる(党幹部)」、「首相を目指す資質が欠けた… (野田に近い議員)」、「民主党鳩山由紀夫元首相や、韓国の朴槿恵大統領と雰囲気が重なり、頭がクラクラした(9月の自民党総裁選で野田の推薦人になることを了承したある議員)」等を伝えた[53]

その他編集

  • 自民党閣僚への女性の積極登用を主張している[54]
  • TPP交渉参加反対に関する国会請願の紹介議員に名を連ねた[55]
  • カジノ議連の初代会長を務め、カジノ法案を積極的に推進している[56]。また、自民党総務会長時代にも国会へのカジノ法案提出を推進した[57][58]
  • 2008年9月、ミニカップ入りゼリーを子供や高齢者がのどに詰まらせてしまうという事案を受け、マンナンライフ社に対して当時消費者行政担当相だった野田は痛ましい事故として諸外国の措置を調査として再発防止を要請していく意向を示した[59][60]。10月1日には社民党の福島みずほ党首と近藤正道参議院議員に消費者行政担当大臣に対する「申し入れ」としてこんにゃくゼリーの製造・輸入・販売の即時禁止とマンナンライフへの責任追求と自主回収させることを要求されている[61]
  • 政策課題の筆頭として子供の問題を重視し、児童買春児童ポルノ禁止、発達障害(超党派「発達障害の支援を考える議員連盟」に所属。2001年11月24日、発達障害者支援法は成立)などの課題に積極的にかかわり、児童ポルノ禁止法の制定を推進した。大阪維新の会が「発達障害の原因は親の育て方にある。」という理念の下に家庭教育支援条例を提出しようとした際には自己のブログで「(前述の理念について)まったく科学的根拠がない。」と痛烈に批判し、いわゆる親学的な思想に否定的な見解を示した。

所属団体・議員連盟編集

人物・エピソード編集

事務所放火事件編集

2007年8月10日深夜、岐阜にある野田の事務所に何者かが侵入。パソコンと防犯カメラ用デッキが盗まれ、事務所に放火された。燃えたのはビル一階の事務所であるが、ビル五階にまで煤が達する火災となった。

野田は「昔から政治活動する人は、いろいろな妨害や危害を加えられてもやり続けている。私もそういう被害にあって、屈せず頑張るしかないというのが率直な心境だ」[69]と述べた上で、犯行について「ひきょうだと思う」[69]と指摘した。

暴力団との関係編集

週刊文春』2017年9月21日発売号に、野田の現在の夫である在日韓国人の一般男性が指定暴力団会津小鉄会傘下の昌山組の元組員であったと報道された。昌山組は2000年2月に組長が殺人事件で実刑判決を受け、同年3月に解散。幹部であった一般男性は事件以前に組を抜けていたが、1999年と2005年に逮捕歴があったという[70]

系譜編集

野田家

祖父は国会議員を務めた野田卯一、曾祖父は「北浜の怪傑」と呼ばれた伝説の相場師である島徳蔵。徳蔵の弟で日本板硝子社長や貴族院議員を務めた島定治郎、子爵で軍医中将で貴族院議員も務めた実吉安純日揮の創業者である実吉雅郎とは親戚にあたる。

野田聖子の実父である島稔は野田卯一と光の長男として生まれたが、卯一の岳父である島家に後継ぎがいないという事情から幼少期に徳蔵の養子となった。

稔は東大卒業後、八幡製鐵(後に新日本製鐵)に勤めていた。卯一の子は稔一人だけだったため、今度は娘の聖子が祖父の野田姓を継ぐこととなり[71]、卯一の養女となった。

明治維新後に兵部大輔、近代兵制を確立、靖国神社の前身の東京招魂社建立に当たった大村益次郎は遠い縁戚になるという。野田聖子は安倍晋三との対談の中で「実は大村益次郎さんは私の遠い縁戚なんです。昔、祖父に、「これは君の遠い縁戚だから」と言われたのを覚えています」と述べている[72]

福岡孝周乾正聡山本信敬
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
福岡孝清乾信武山本信固宮地信貞
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
福岡孝順乾正成坂本直足宮地茂好
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
島徳治郎実吉安福福岡孝弟板垣退助坂本龍馬宮地自然
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
野田繁吉島徳蔵島定治郎実吉安純福岡秀猪宮地軍子
 
 
 
宮地茂春
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
野田卯一
 
 
 
 
 
雅郎金郎
 
 
紅子宮地呉子
 
 
宮地茂秋
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
島稔
 
 
 
 
野田聖子
 
 
 
 
男子

著書編集

単著編集

共著編集

脚注編集

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  1. ^ a b c 国会議員情報 野田 聖子(のだ せいこ) 時事ドットコム
  2. ^ a b c 衆議院トップページ >議員情報 >議員一覧 >野田 聖子君 (平成27年3月現在)
  3. ^ a b 野田聖子オフィシャルホームページ・プロフィール
  4. ^ 野田聖子.不器用.朝日新聞社2007年(平成19年),ISBN 978-4-02-250332-9,p. 13.
  5. ^ 野田聖子.不器用.朝日新聞社,2007年(平成19年),ISBN 978-4-02-250332-9,p. 12-13.
  6. ^ 野田聖子.不器用.朝日新聞社,2007年(平成19年),ISBN 978-4-02-250332-9,p. 45.
  7. ^ 野田聖子・根津八絋 『この国で産むということ』 ポプラ社 ISBN 978-4-591-12056-92011年 p. 48.
  8. ^ 野田聖子.不器用.朝日新聞社,2007年(平成19年),ISBN 978-4-02-250332-9,p. 48.
  9. ^ 野田聖子 『国民のみなさまにお伝えしたいこと』 PHP研究所 ISBN 978-4-569-55017-61996年 p. 251.
  10. ^ 野田聖子.不器用.朝日新聞社,2007年(平成19年),ISBN 978-4-02-250332-9,p. 207.
  11. ^ 野田聖子.不器用.朝日新聞社,2007年(平成19年),ISBN 978-4-02-250332-9,p. 11.
  12. ^ 野田聖子.不器用.朝日新聞社,2007年(平成19年),ISBN 978-4-02-250332-9,p. 50.
  13. ^ 1980年に山口シヅエが落選して以来、自民党には女性の衆議院議員が不在だった。なお、この選挙で無所属当選した田中眞紀子が直後に自民党の追加公認を受けたため、当選後の自民党では野田と田中の2人が女性の衆議院議員となった。
  14. ^ 10年後、この記録は小渕の娘である小渕優子に破られる。
  15. ^ “野田聖子氏「小渕人事のすさまじさ、だんだん伝わる」 (5月4日付朝刊政界面関連インタビュー)”. 日本経済新聞社. (2014年5月4日). https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS3001I_R00C14A5I10000/ 2018年5月23日閲覧。 
  16. ^ 旧・公式サイト
  17. ^ 自民党離党にあたって 2005.11.01ひとことコラム
  18. ^ 野田聖子氏が自民党離党へ 離党勧告に従う意向 2005/10/29 03:49 共同通信
  19. ^ 中央ジャーナル
  20. ^ 上賀茂保育園での給食 上賀茂保育園で園児らと給食を食べる野田聖子氏
  21. ^ 毎日新聞 2008年10月16日夕刊
  22. ^ J-CAST2008年10月16日
  23. ^ “野田消費者担当相が靖国参拝 小泉・安倍両元首相も”. 産経新聞. (2009年8月15日). http://sankei.jp.msn.com/life/education/090815/edc0908151334007-n1.htm 2010年1月31日閲覧。 [リンク切れ]
  24. ^ “靖国、衆参44議員が参拝 閣僚は野田担当相のみ 首相、鳩山代表の姿なく”. 産経新聞. (2009年8月15日). http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090815/plc0908151948006-n1.htm 2010年1月31日閲覧。 [リンク切れ]
  25. ^ http://www.noda-seiko.gr.jp/old_data/kiji/zasshi6.html
  26. ^ 「朝日新聞」2005年6月5日
  27. ^ 49歳野田聖子議員が妊娠 第三者の卵子使い体外受精 朝日新聞 2010年8月26日閲覧[リンク切れ]
  28. ^ 野田聖子氏が男児出産 産経新聞 2011年1月6日閲覧[リンク切れ]
  29. ^ 野田聖子議員が婚姻届提出 長男の出生届直前に 2011年2月23日 10:40 スポニチ
  30. ^ 公式ブログ2011年2月22日
  31. ^ SANSPO2011年2月23日
  32. ^ [1]
  33. ^ [2]
  34. ^ いろいろ…”. 野田聖子オフィシャルブログ「ヒメコミュ」. 2015年9月10日閲覧。
  35. ^ “【安倍政権考】野田聖子氏はなぜこれほど総裁選出馬にこだわるのか? (1/4ページ)”. 産経新聞. (2015年9月7日). http://www.sankei.com/politics/news/150907/plt1509070022-n1.html 
  36. ^ “【自民総裁選】野田聖子氏がなお推薦人集めに奔走 背後で古賀誠氏らが支援… 警戒強める党執行部(2/2ページ)”. 産経新聞. (2015年9月7日). http://www.sankei.com/politics/news/150907/plt1509070007-n2.html 
  37. ^ “野田氏の推薦人、尾辻氏が名乗り 自民党総裁選”. 日本経済新聞. (2015年9月4日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS04H4H_U5A900C1PP8000/ 
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  72. ^ 野田聖子ホームページ(安倍晋三との対談)

関連項目編集

外部リンク編集


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