逢坂誠二

日本の政治家
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逢坂 誠二(おおさか せいじ、1959年昭和34年〉4月24日 - )は、日本政治家立憲民主党所属の衆議院議員(5期)。姓の漢字は正確には部首が⻍ではなく⻌の「逢󠄀」[1]。立憲民主党代表代行。立憲民主党北海道連代表[2]

逢坂 誠二
おおさか せいじ
Seiji Osaka 201101.jpg
総務大臣政務官就任に際して
公表された肖像写真
生年月日 (1959-04-24) 1959年4月24日(63歳)
出生地 日本の旗 日本 北海道虻田郡狩太町(現:ニセコ町
出身校 北海道大学薬学部
前職 地方公務員ニセコ町職員)
所属政党無所属→)
民主党→)
民進党→)
旧立憲民主党菅G)→)
立憲民主党近藤G
称号 薬学士北海道大学1983年
薬剤師
公式サイト 衆議院議員 逢坂誠二(おおさかせいじ)

日本の旗 内閣総理大臣補佐官
(地域主権・地域活性化及び地方行政担当)
内閣 鳩山由紀夫内閣
菅直人内閣
在任期間 2009年12月4日 - 2010年9月21日

選挙区比例北海道ブロック→)
北海道8区
当選回数 5回
在任期間 2005年9月12日 - 2012年11月16日
2014年12月15日 - 現職

当選回数 3回
在任期間 1994年11月 - 2005年8月29日

その他の職歴
新・立憲民主党 ロゴ.svg 第2代・第3代 立憲民主党代表代行
2021年12月2日 - 現職)
Constitutional Democratic Party of Japan (Rikken).svg 第3代 旧・立憲民主党政務調査会長
2019年 - 2020年
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北海道ニセコ町長(3期)、総務大臣政務官菅直人第1次改造内閣菅直人第2次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官鳩山由紀夫内閣菅直人内閣)、旧立憲民主党政務調査会長等を歴任した。

来歴編集

生い立ち編集

北海道虻田郡狩太町(現:ニセコ町)に生まれる。父親は樺太の旧野田町に生まれ旧恵須取町で育った[3]。母親も他県の出身者で、二人で日用雑貨屋を営んでいた。小学校に上がると父親に命じられ、低学年からヤクルトや牛乳の配達、集金などをし家業を手伝った[4]。1977年に北海道倶知安高等学校を卒業。札幌市の予備校の寮で一浪したのち[5]、1979年に北海道大学薬学部に入学。学業のかたわら音楽活動も熱心に行った[6]

免疫学の研究者になることを望んでいたが、大学4年生の秋に父親が病気になり、研究職の道を断念[7]。故郷で転勤がない就職先はあまりなく、しかたなく町役場の試験を受ける。1983年3月大学卒業後、4月ニセコ町役場へ入庁[8]し、旧社会党系の自治労に加盟。1984年薬剤師免許を取得。仕事の合間に、北海道大学や慶應義塾大学の研究室に出入りしながら法律の勉強を少しずつ始めた[6]

ニセコ町長へ編集

 
ニセコ町長在任中、国土交通省主催の講演にて公表された肖像写真

係長をしていた1988年、町長を目指すきっかけとなった黒澤明監督の『生きる』を見る[9]。また同年、「まちで街路整備事業をやりたい」という町民が現れる。町役場とは無関係の自主的取り組みであったが、毎晩のように町民と話し合う生活がそれから6年間続く。情報公開と住民参加の原理の重要性を実感し、町長選挙に出ることを考える。1994年7月、北海道大学の大学院生であった田中秀征衆議院議員の話を聞く機会があり、田中の「僕は選挙弱いんだよね、勝った数より負けた数が多い」という言葉に強く背中を押され[6]、8月にニセコ町役場を辞職。推薦団体はゼロ、支援した町議は一人だけであったが、同年10月16日に行われたニセコ町長選挙で現職の渡辺冨雄を僅差で破り初当選した[10][11]

1998年情報公開条例を制定[12]。同年10月、無投票で再選。2000年12月、全国で初めてとなる自治基本条例(まちづくり基本条例)を制定[13]

町長選挙を直前に控えた2002年9月17日、札幌市の市民グループから翌年の北海道知事選挙への出馬要請を受ける。この申し出を断り、10月に無投票で3選。

3選後の2002年12月20日に連合北海道から、12月27日には市民グループ8団体から、2003年1月22日には民主党から出馬を請われ[14]、動向が注目されるところとなった。同年2月2日、知事選不出馬を正式に表明[15]。2月12日、一連の騒動の責任をとるとして、議長に退職申出書を提出し、ニセコ町長職への辞意を表明する[16]。逢坂は辞職の経緯を理解してもらうための説明会を開くが、会場から「撤回を求める署名を集めたい」との声が上がる。2月17日から21日まで署名活動が行われ、15歳以上の町民の77%にあたる3000人分の署名が届けられた[17]。2月24日、町議会は全員協議会を開き、撤回を求める署名が集まったことなどを考慮し、退職の同意案件を臨時議会に提出しないことを決めた[18]。2月26日、逢坂は議長と会談し、辞職を撤回すると伝えた[19]

2004年内閣府が行った調査で、ニセコ町は参考にしたい自治体の1位となった[20]

衆議院議員へ編集

国政に目が向くきっかけは「小泉構造改革」だった。小泉内閣は地方交付税の削減を政策として推し進めた。2004年12月2日にNHKホールで開かれた全国町村長大会[21]小泉純一郎首相が会場を出る時、逢坂はステージに向かって「このままじゃ日本がつぶれるぞ」と大声で叫んだという。その後、地元新聞のインタビューに「地方自治のことがわかる国会議員がいないとだめだ」と答えると、それを見た民主党衆議院議員(当時)の鉢呂吉雄から「あんたがやらなきゃだめだ」と言われる[22]

2005年8月8日、衆議院解散。8月23日、鉢呂は岡田克也代表の意向を受けてニセコ町役場を訪ね、逢坂に立候補を要請[23][24]。8月25日、逢坂は比例北海道ブロック単独1位候補として立候補することを正式に表明し、8月29日に町長を辞職[15]。同年9月の第44回衆議院議員総選挙で初当選した[25]

2007年第21回参議院議員通常選挙比例区への鞍替えが持ち上がり、逢坂自身も鞍替えを一度は承諾したものの、民主党本部の常任幹事会では否定的な意見が出され、最終的に転出は見送られた。これは、逢坂の出身地であり町長を務めたニセコ町を含む後志総合振興局北海道4区は前述の鉢呂吉雄地盤であり、第45回衆議院議員総選挙で選挙区調整の難航が予想されたことによる。北海道8区選出の金田誠一が同年10月に脳梗塞を発症して次期総選挙への不出馬を表明したため、逢坂はかつての鉢呂の地盤でもあった北海道8区で公認を受ける。

2009年第45回衆議院議員総選挙で、北海道8区で自由民主党公認の福島啓史郎を大差で破り再選[26]され、鳩山由紀夫内閣内閣総理大臣補佐官地域主権地域活性化及び地方行政担当)に任命されて以降の菅直人内閣まで務める。2010年9月に菅直人第1次改造内閣総務大臣政務官(所掌は地方行政、地方財政地方税制消防[27])に任命され、菅直人第2次改造内閣まで務める。

2011年8月26日、菅直人首相が民主党代表辞任を正式に表明[28]。菅の辞任に伴う代表選挙は8月29日に行われ、逢坂は1回目投票では鹿野道彦に投票し、決選投票では迷った末に「北海道への新幹線延伸などをやってくれそうな期待」から海江田万里に投票した[29]。同年9月、野田内閣の発足に伴い総務大臣政務官を退任し、民主党副幹事長に起用された。2012年1月より民主党総括副幹事長に就く。

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙で、日本未来の党小沢一郎の女性運転手を擁立して日本共産党の新人を含めた4人の争いの末、自民党新人の前田一男松前町長に敗れる。比例北海道ブロックで民主党が獲得した2議席に届かず、比例復活もならず落選した[30]

2014年12月の第47回衆議院議員総選挙で、北海道8区で前回敗れた前田を破り、3選。2年ぶりに国政に復帰した。

2016年3月27日、民主党と維新の党が合流して結成された民進党に参加した[31]

2017年7月27日、民進党代表の蓮舫が、同月の東京都議会議員選挙の結果を受けて辞任を表明[32]。蓮舫の辞任に伴う代表選挙(9月1日実施)では枝野幸男の推薦人に名を連ねた[33][34]

無所属、立憲民主党編集

2017年9月25日、希望の党が設立[35]。9月27日夜、代表の小池百合子は、党への参加の条件について、憲法改正と安保法制への姿勢を重視する考えを示した[36]。9月28日、民進党は希望の党への合流を決定[37]。翌9月29日の早朝、逢坂は「無所属でやるしかない」と決断。すぐに地元の函館に戻って後援会などと会合を開き、意見を募った[6]。同日午後、記者団に「希望の党とはどうしても合わない。できれば無所属でやりたい」と述べ、民進党本部が求める希望の党への公認申請を見送る方針を明らかにした[38]。10月3日、枝野幸男らによって立憲民主党が結党される[39]。同党に入党した上で、同22日投開票の第48回衆議院議員総選挙に無所属で立候補し[40]、前田を破り4選。翌日、立憲民主党は役員会で逢坂を公示日に遡って追加公認することを決めた[41]

2019年1月28日、立憲民主党の政調会長に就任[42]。同年8月24日、同党北海道連代表に就任[43]

2020年8月24日、旧立憲民主党と旧国民民主党は、2つの無所属グループを加えた形で合流新党を結成することで合意した[44]。同年9月10日に行われた新「立憲民主党」の代表選挙では枝野幸男の推薦人に名を連ねた[45]。9月26日、立憲民主党北海道連が発足。旧党道連代表の逢坂が代表に就任した[2]

2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙で、前田を破り5選[46]。11月2日、枝野幸男がこの総選挙で立憲民主党が伸び悩んだ責任を取り、党代表を辞任する意向を表明[47]

逢坂が所属する党内の最大グループ「サンクチュアリ(近藤グループ)」は枝野の辞任に伴う代表選挙に向け、西村智奈美の擁立を検討していた。しかし、同グループ前会長で前衆議院議員の赤松広隆らが、経験不足などを理由に西村擁立に難色を示した。その結果、11月16日夜、国会内で会合を開き、必要な推薦人20人を確保した上で、町長と党要職経験のある逢坂を擁立する方針を決めた。逢坂はグループの要請を受け、同日、記者団に立候補する意向を表明した[48][49][50][51]。11月17日、記者会見し、正式に出馬表明[52]。11月30日の代表選挙では第1回目投票で2位となり、決選投票で泉健太に破れた[53]。12月1日、泉は党骨格人事を発表。逢坂を代表代行に起用した[54]。12月2日に開かれた両院議員総会で代表代行に正式就任[55]

政策・主張編集

ニセコ町長時代編集

  • 1998年、情報公開条例を制定。公開請求された情報が不存在の場合、新たに作成して対応する条項を盛り込んだ[12]
  • 2000年12月、「情報共有」と「住民参加」を2大原則とする「まちづくり基本条例」を制定した(施行は2001年4月)[56][57]
  • 2004年12月、公文書管理条例を制定[58][59]
  • 地方自治体に対し権限や財源を移譲し、同時に地方自治体独自の自主的な判断の尊重を主張している[60]。また道州制論議に関し、逢坂は道州制の導入そのものに関しては否定していないながらも、基礎自治体である市町村を最も重視する考えを示している。
  • 役場の管理職会議を全面公開とした。職員の傍聴も自由、住民は誰でも聞くことができるようにした[20]
  • 「徹底的な情報公開」と「人への投資」の二つを大きな柱として町政を行った。逢坂はこう回顧している。「とにかく人に投資することを10年やり続ければ地域は変わるという確信がありました。ただ、その気持ちが変わったのが小泉政権の時。地域でどんなに頑張っても国政に自治に対するきちんとした認識がなければ、積み上げたレンガはあっという間に崩されるということがよくわかりました」[6]

衆議院議員時代編集

憲法編集

  • 憲法改正について、2012年の毎日新聞社のアンケートで、選択肢以外の回答をした[61]。2014年、2017年、2021年の朝日新聞社のアンケートで「どちらとも言えない」と回答[62][63][64]。2021年11月19日、BSフジの番組に立憲民主党代表選挙の立候補者4人が出演した際、逢坂は「(日本国憲法は)不磨の大典ではない。国民が改正が必要であると言えば、改正の議論はしないといけない」「憲法改正だけが目的の議論っていう場合は、なかなか乗りづらい」と述べ、絶対的な護憲思想ではないことを明らかにした[65]
  • 9条改憲について、2014年の毎日新聞社のアンケートで「反対」と回答[66]。憲法9条への自衛隊の明記について、2021年のアンケートで「どちらかといえば反対」と回答[67]
  • 2014年7月1日、政府は従来の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認することを閣議で決定[68]。この閣議決定を評価するかとの問いに対し、同年の朝日新聞社のアンケートで「まったく評価しない」と回答[62]。集団的自衛権の行使に賛成かとの問いに対し、同年の毎日新聞社のアンケートで「反対」と回答[66]
  • 憲法を改正し緊急事態条項を設けることについて、2021年の毎日新聞社のアンケートで「反対」と回答[69]

外交・安全保障編集

  • 「政府が尖閣諸島を国有化したことを評価するか」との問いに対し、2012年の毎日新聞社のアンケートで「評価する」と回答[61]
  • 従軍慰安婦に対する旧日本軍の関与を認めた「河野談話」の見直し論議について、2014年の毎日新聞社のアンケートで「見直すべきでない」と回答[66]
  • 安倍内閣による北朝鮮問題への取り組みについて、2017年のアンケートで「評価しない」と回答[63]
  • 2021年11月19日、立憲民主党代表選挙の候補者共同記者会見で「外交安保政策は、政権が変わるたびにガラガラ変わるということではまずい」と述べた[70]
  • 2021年11月23日、代表選挙の候補者討論会で、自公政権の外交・安保政策を原則継承すると表明。ただし、普天間飛行場の名護市辺野古移設に関しては「民意とかけ離れているので立ち止まって再度交渉し直すことが大事だ」と述べた[71]

ジェンダー編集

  • 選択的夫婦別姓制度の導入について、2014年、2017年のアンケートで「どちらかといえば賛成」と回答[62][63]。2021年のアンケートで「賛成」と回答[64]
  • 2016年3月23日、衆議院法務委員会において、選択的夫婦別姓制度に関連した閣法を出すことや国会で論ずる場を設けることを求めた[72]ほか、「世論を待つということ、慎重にということよりも、もう一歩踏み込む時期に来ている」と述べている[73]
  • 同性婚を可能とする法改正について、2017年のアンケートで「どちらかと言えば賛成」と回答[63]。2021年のアンケートで「賛成」と回答[67]
  • LGBTなど性的少数者をめぐる理解増進法案を早期に成立させるべきか」との問題提起に対し、2021年のアンケートで「賛成」と回答[64]
  • クオータ制の導入について、2021年のアンケートで「賛成」と回答[67]

公文書管理編集

  • 逢坂は「国会にきたいくつかの目的の一つは、日本の公文書管理制度をしっかりさせたいということでした」と述べている[74]
  • 薬害肝炎訴訟や海上自衛隊補給艦「とわだ」の給油活動などをめぐり、ずさんな公文書管理が問題視されていた頃、質問主意書を提出。2008年2月8日、福田康夫内閣は逢坂の質問主意書に答える形で、公文書管理などの法制化を検討する有識者会議を設置すると決めた[75]。当時は衆参でねじれ国会であったたため、福田康夫首相は逢坂に「なんとか協力してくれ」と頼んだ。逢坂は政府が策定した公文書管理法案は十分ではないと思い、そう主張したが、福田から「小さく生んで大きく育てよう、とにかく世に出すことをやろう」と説得され、法案をいったん飲み込んだ[74]。福田は同年9月24日に首相を辞任。
    逢坂が対案づくりに励んでいた2009年4月27日、福田は国会内で逢坂に「修正協議頼むよね」と声をかけた[76]。同年6月24日、麻生内閣のもとで公文書等の管理に関する法律が成立。逢坂は2021年のインタビューで「今、その法のもとで公文書が改ざんされたり廃棄されたりしているわけです。私が主張していた不足の部分です。後悔ですよ、これは。あの時、もっと主張していれば、自分自身が強ければ。非常に残念です」と答えている[74]

エネルギー政策編集

  • 原子力発電所は日本に必要だと思うか」との問いに対し、2014年の毎日新聞社のアンケートで「必要ない」と回答[66]。2021年の毎日新聞社のアンケートで「必要ない」と回答[69]
  • 原子力発電への依存度について今後どうするべきか」との問題提起に対し、2021年のアンケートで「ゼロにすべき」と回答[67]
  • 2021年11月24日、BS日本深層NEWS』に立憲民主党代表選挙の候補者4人が出演。「脱炭素社会を実現するエネルギー源として、原発を再稼働するべきか否か」との質問に対し、逢坂は「日本の原発は致命的な欠陥がある。再稼働は厳しい」と答えた[78]

その他編集

  • 森友学園を巡る公文書改竄問題で、財務省が開示を拒んでいた「赤木ファイル」が2021年6月22日、大阪地裁の命令によって公開された[79]。国の対応をどう考えるかとの問いに対し、2021年の毎日新聞社のアンケートで「さらに調査や説明をすべきだ」と回答[69]
  • 鳩山由紀夫内閣では内閣総理大臣補佐官(地域主権、地域活性化及び地方行政担当)を務め、主に地域主権に関する政策立案を担当した。地方自治を所管する総務省の政務三役会議にも出席した[80]
  • 共謀罪法について、2017年のアンケートで「評価しない」と回答[63]

人物編集

 
2018年11月21日、衆議院法務委員会にて質疑を行う
  • パソコン通信の頃からインターネットを利用し[83]SNSブログTwitterなどを多用する。2009年6月17日の国会党首討論をTwitterで実況中継した[84]
  • 2009年7月3日に公認アカウントを取得したmixiで「衆議院議員 逢坂誠二の日記」を記し、「革命を愛する」コミュニティに所属する。
  • ボブ・ディランの大ファン[85][86]で「ボブ・ディランを語らせたら朝まで」と[8]豪語する。1978年に予備校で寮生活をしていた時に、新譜の『ストリート・リーガル』を聴くために札幌市内のロック喫茶に通い詰めた[5]。その他、ニール・ヤングザ・バンドなどもよく聴く[4]
  • 2008年3月26日、国鉄労働組合のJR採用差別闘争の院内集会に参加し、連帯の挨拶を行った[87]
  • 2009年8月30日投開票の第45回衆議院議員総選挙において、自身の当選確実が報道された際、Twitter上に「当選確実なう」とツイートし、公職選挙法違反(当時)が指摘された[88]
  • 自らの政治信条について、「保守とか、リベラルとか、革新とか、右翼とか、左翼とか、私にはあまり意味がない。私の仕事は、国民を守ること。そのために国を守ることも、食料やエネルギーを確保することも必要だ。私の中には、保守、リベラル、革新などあらゆるものが同居している。国民の命を守り、国民とともに成長するために。」と述べている[89]
  • 政調会長として、韓国による日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を受けて、「日韓両国の関係悪化を安全保障の分野にまで持ち込む韓国政府の姿勢は、決して容認できるものではない。」「米国政府にとってもGSOMIA破棄など望む状況であるはずもなく、今回の決定で利益を得る国がどこなのかを考えても、今回の決定は極めて遺憾であると断ぜざるを得ない」と韓国を批判する談話を発表した[90]

国政選挙歴編集

当落 選挙 執行日 年齢 選挙区 政党 得票数 得票率 定数 得票順位
/候補者数
政党内比例順位
/政党当選者数
第44回衆議院議員総選挙 2005年9月11日 46 比例北海道 民主党 ー票 8 ー/ー 1/3
第45回衆議院議員総選挙 2009年8月30日 50 北海道8区 民主党 17万1114票 62.60% 1 1/4 /
第46回衆議院議員総選挙 2012年12月16日 53 北海道8区 民主党 7万7402票 34.09% 1 2/4 /
第47回衆議院議員総選挙 2014年12月14日 55 北海道8区 民主党 9万7745票 47.32% 1 1/3 /
第48回衆議院議員総選挙 2017年10月22日 58 北海道8区 無所属 12万5771票 55.40% 1 1/2 /
第49回衆議院議員総選挙 2021年10月31日 62 北海道8区 立憲民主党 11万2857票 52.68% 1 1/2 /

著書編集

単著
  • 『自治の課題とこれから 改革の時代の自治を問う』北海道町村会、1999年2月。
  • 『町長室日記―逢坂誠二の眼』柏艪舎、2004年8月5日。ISBN 978-4434047244http://hakurosya.com/tyoutyou1.htm 
  • 『町長室日記―完結編』柏艪舎、2007年1月。ISBN 978-4434100826http://www.hakurosya.com/tyoutyou2.htm 
  • 『自治体のカタチはこう変わる』ぎょうせい、2012年6月7日。ISBN 978-4-324-09485-3
共著など

所属団体・議員連盟編集

脚注編集

  1. ^ 衆議院 (2016-09-26). 議員氏名の正確な表記 (Report). https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/gaiji.htm 2016年10月9日閲覧。. 
  2. ^ a b “旧民主党勢力、3年ぶり再結集 新立憲道連が発足”. 北海道新聞. (2020年9月27日). https://www.hokkaido-np.co.jp/article/464390/ 2020-12-01 [リンク切れ]閲覧。 
  3. ^ その4396『逢坂誠二の徒然日記』(6093)”. 衆議院議員 逢坂誠二(おおさかせいじ) (2019年9月6日). 2019年12月17日閲覧。
  4. ^ a b 第85回 逢坂誠二議員”. みわちゃんねる突撃永田町!! (2008年). 2021年3月25日閲覧。
  5. ^ a b 2011年1月24日 その1283『逢坂誠二の徒然日記』
  6. ^ a b c d e “逢坂誠二(立憲民主党衆議院議員 北海道8区)”. もふ萌え図鑑. (2018年12月22日). https://constitutionalfluffyparty.wordpress.com/2018/12/22/%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%88%e3%83%ab/ 2019年12月19日閲覧。 
  7. ^ 第204回 民進党 逢坂 誠二 衆議院議員”. 会いに行ける国会議員 みわちゃんねる突撃永田町!! (2017年3月15日). 2017年11月22日閲覧。
  8. ^ a b プロフィール | 衆議院議員 逢坂誠二(おおさかせいじ)
  9. ^ 神田誠司「役場の係長は立ち上がった(記者席)」 『朝日新聞』1999年7月16日付朝刊、6面。
  10. ^ 自治の試金石 「忌避政策」を いかに実現するか 逢坂誠二氏『法律文化』2005年11月号
  11. ^ 【夢の対談】新旧最年少首長、改革のバトンをつなごう(前編) 2008年7月26日
  12. ^ a b 長野佑介「公文書ない?じゃあ作って 桜を見る会・モリカケ...『廃棄した』『記録ない』逗子・ニセコの例」 『朝日新聞』2019年12月23日付朝刊、1社会、27面。
  13. ^ 『わたしたちのまちの憲法 ニセコ町の挑戦』”. 日本広報協会. 2021年11月29日閲覧。
  14. ^ “逢坂誠二氏に「北海道のリーダー」を強く期待 民主党北海道が知事選出馬を要請”. 民進党北海道. (2003年1月22日). http://www.dp-hokkaido.jp/pastnews/news_030122.html 2017年11月22日閲覧。 
  15. ^ a b 地方選挙News 行政 選挙情報 No-384 自治タイムス
  16. ^ 逢坂 2004, pp. 232–234.
  17. ^ 『朝日新聞』2003年2月27日付朝刊、2社会、30面、「逢坂町長、辞表を撤回 ニセコ『町民から慰留の声』」。
  18. ^ 『朝日新聞』2003年2月24日付夕刊、2社会、8面、「逢坂町長の退職同意案提出せず 27日のニセコ町議会」。
  19. ^ 逢坂 2004, p. 237.
  20. ^ a b 住民自治を制度化したまちづくり 北海道ニセコ町|内閣府 経済社会総合研究所
  21. ^ 全国町村長大会を開催”. 全国町村会 (2014年12月2日). 2021年11月26日閲覧。
  22. ^ 三輪さち子 (2021年11月23日). “逢坂氏単独インタビュー「小泉首相に叫んだあの日が原点」”. 朝日新聞. https://digital.asahi.com/articles/ASPCQ6WWFPCQUTFK010.html 2021年11月26日閲覧。 
  23. ^ 『朝日新聞』2005年8月25日付朝刊、北海道総合、24面、「逢坂誠二・ニセコ町長出馬へ 民主・比例単独1位/北海道」。
  24. ^ “逢坂ニセコ町長を擁立 民主、比例北海道ブロック1位”. 朝日新聞. (2005年8月25日). http://www.asahi.com/senkyo2005/news/TKY200508240426.html 2017年11月22日閲覧。 
  25. ^ 比例代表 北海道ブロック : 開票結果 : 総選挙2005 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  26. ^ 北海道 小選挙区 : 総選挙2009 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
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[脚注の使い方]

参考文献編集

  • 逢坂誠二 『町長室日記―逢坂誠二の眼』柏艪舎、2004年8月5日。ISBN 978-4434047244 
  • 高橋宗男「役場職員になった! 北海道・ニセコ町からの報告 住民自治を求めて」(1)~(5) 『毎日新聞』2000年9月15日~19日、北海道朝刊。

外部リンク編集

公職
先代
  内閣総理大臣補佐官
(地域主権、地域活性化及び地方行政担当)

2009年 - 2010年
次代
先代
長谷川憲正
階猛
小川淳也
  総務大臣政務官
内山晃
森田高と共同
浜田和幸
森田高と共同

2010年 - 2011年
次代
福田昭夫
主濱了
森田高
先代
渡辺冨雄
 北海道ニセコ町長
1994年 - 2005年
次代
佐藤隆一
党職
先代
平野博文(筆頭)
蓮舫
江田憲司
立憲民主党代表代行
単独
西村智奈美と共同

2021年 -
次代
現職
先代
長妻昭
立憲民主党政務調査会長
第3代:2019年 - 2020年
次代
新・立憲民主党に移行)