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本項では日本における外国人参政権(にほんにおけるがいこくじんさんせいけん)をめぐる議論について解説する。外国人参政権とは、その国の国籍を有しない外国人に付与される参政権を指す。現在、日本では日本国憲法第15条に「国民固有の権利」と明記されていることから、外国人参政権は認められていないが、様々な議論が見られる。

目次

対象編集

外国人参政権の「対象」について概説する。

日本国民の参政権編集

日本国憲法第15条は「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と定めている。このことから、日本国籍成人には憲法上選挙権が保障されている。一方で、「国民固有の権利」と明記されているため、日本国政府は参政権は「権利の性質上日本国民のみをその対象」とし、外国人に付与を行うのは憲法違反となるという見解を取っている[1]。従って、現状は選挙権の取得には日本に帰化し、日本国籍を取得することが必須となる。

※学説としては国政選挙、地方選挙ともに禁止説(政府見解と同じ)[2]、または地方選挙のみ許容説[3](積極的に権利としては認めていないが、違憲でもないという説)が主流であるが、国政禁止・地方許容説を取って来た長尾一紘が自説を撤回して全面禁止説に転じるなど、状況は流動的である。#外国人参政権と人権に関する法学通説を参照。

外国からの帰化人の参政権(選挙権)
日本国籍取得者(帰化人)は、日本人と同様の参政権(選挙権・被選挙権)を持つ。既に日本に帰化している日本国籍取得者は国政選挙権・地方選挙権をともにもっており、参政権は全面的に認められている。よって「日本国籍取得者」と「帰化していない在日外国人」とは区別して考える必要がある。
一例として、スポーツの国際大会に日本代表として出場したサッカー呂比須ワグナーFIFAワールドカップ出場)や野球新井貴浩北京五輪出場)は、日本国籍取得者であるので日本人として当然に選挙権が保障されている。大相撲の年寄を襲名した外国出身力士(高見山、曙、武蔵丸、旭天鵬など)も日本国籍を取得しているため選挙権を有している。
外国からの帰化人の参政権(被選挙権)
日本の国会議員には、日本国籍取得者(帰化人)が4名以上多数存在している。中には帰化したことを自ら公表していない者もいる。これは日本国籍取得者が、選挙権だけでなく被選挙権についても、日本人と同等の権利を持つからである。
新井将敬朝鮮籍から1966年に帰化。故人)、ツルネン・マルテイフィンランドから1979年に帰化。元民主党参議院議員)、白眞勲大韓民国から2003年に帰化。立憲民主党参議院議員)、蓮舫(日台ハーフ。台湾から1984年に帰化。立憲民主党参議院議員)である。
帰化人以外の定住者の参政権
外国人も日本政府に帰化を申請し許可されれば、日本国籍を持つ日本人と同様の扱いを受け、参政権を得ることができる。外国人の中には、長らく日本に定住している者であっても、個々の事情から帰化をあえて選ばず外国籍で居続けている者がいる。彼らは日本国籍を持たないため、当然ながら参政権を得られていない。そこで彼らの一部が、外国籍を維持しつつ参政権(主に地方選挙権)を得られるように要望している。

対象となる外国人編集

参政権付与対象者は、最高裁判所判決「傍論」、各党法案それぞれ想定が異なる。共通する「外国人」の定義は、

  1. 日本の国籍を有しない者(入管法第2条) で、
  2. 日本に定住している者

である。以下、各想定について記す。

特別永住者への限定

1995年(平成7年)2月28日最高裁判決「傍論」においては「我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるもの」と定義しており、特別永住者(平和条約国籍離脱者およびその子孫)のみを想定していた[4]。この場合、対象となる特別永住外国人の国籍は、平成28年末時点で韓国・朝鮮人335,163人(98.8%)、中国人1,154人(0.34%)、台湾人1025(0.30%)その他1608人(0.47%)となり、ほぼ韓国・朝鮮人のみを指す[5]

一般永住者への拡張

民主党・公明党・日本共産党など各党は、上記「傍論」を根拠の1つとして、外国人地方参政権付与法案を提出してきた。ただし、その対象者は、「傍論」が想定していた範囲(特別永住者のみ)を拡大し、一般永住者にまで参政権を付与することを想定している。民主党賛成派議連の2008年提言では、一般永住者にまで参政権付与対象を拡大する理由として「(両者)いずれも、我が国において地域社会の一員として、日本人と同様に生活を営んでおり、その点において本質的な差異はない」と住民権(市民権)を模範にした[6]。これについては、市民権についての誤解があるという批判があり、参政権付与の根拠とされる傍論作成に関与した元最高裁判事園部逸夫は「ありえない」と批判している(後述)。

在日外国人の構成表 (2018年12月末)[7]
在留の資格 人数 構成比
一般永住者 771,568 28.3
留学 337,000 12.3
技能実習 328,360 12.0
特別永住者 321,416 11.8
技術・人文知識・国際業務 225,724 8.3
定住者 192,014 7.0
その他 555,011 20.3
合計 2,731,093 100
在日外国人の在留資格と実数について
「永住者」(一般・特別の合計)の資格を持つ永住外国人は約109万人である。一般永住者の数は77万1,568人で、年々増加している。特別永住者の数は32万1,416人で、年々減少している(2018年12月末時点)。
在日外国人の在留資格のうち、長期の在留期間を認められるものは、以下の3種がある。
  • 一般永住者:外国人のうち法務大臣が永住を許可した者(在留期間制限なし)
  • 特別永住者:韓国籍・朝鮮籍・台湾国籍・その他の平和条約国籍離脱者とその子孫(在留期間制限なし)
  • 定住者:法務大臣が在留を特別に許可した者(5年,3年,1年,6月又は法務大臣が個々に指定する期間(5年を超えない範囲))。主に日系三世、中国残留邦人、第三国定住難民等が対象[8]

対象となる選挙編集

日本における外国人の参政権には(1)公職選挙など公職選挙法が適用されるものと、(2)地方自治体における一部住民投票条例のような国籍条項がないものがある。なお、自治会(町内会)の役員選挙には外国人であっても問題なく参加することができるが、これは参政権の範疇外である。

公職選挙法が適用される選挙編集

ここでは(1)について述べる。現行法上、(1)について公職選挙法第9条・第10条・第21条は、選挙人名簿に登録されるのは「当該市町村の区域内に住所を有する年齢満十八年以上の日本国民」としており、認められていない。

外国人参政権法案において対象とされる可能性がある選挙

対象とされうる選挙は、最高裁判決「傍論」や各党法案での想定は異なるものの、主に公職選挙法における地方参政権である。

  • 平成7年2月28日最高裁判決の「傍論」においては「法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権」としており、具体的には「地方議会(都道府県・市町村)議員選挙」と「首長都道府県知事市町村長)選挙」を想定していた。
各政党の法案が想定している選挙

各政党(民主党・公明党・日本共産党)の法案では、対象となる選挙・権利は、上記傍論が想定していた範囲(地方選挙権)を拡大している。各政党の付与を予定する権利は、日本共産党案が「地方被選挙権」を予定する点で最も大きく拡張され、民主党案がこれに続き、公明党現行案が最高裁判決「傍論」が想定した案に近い。以下、現存する政党のみを議席数順に挙げる。

  • 民主党:地方選挙権のほかに各種請求権・就任資格など多数の権利を含む法案を提出。民主党賛成派議連2008年5月提言では、地方選挙権のみを付与する。直接請求権・公務就任権は今後必要に応じて検討としている[6]
  • 公明党:地方選挙権のほかに各種請求権・就任資格など多数の権利を含む法案を提出。第163回国会以降は地方選挙権のみを付与する法案を提出。
  • 日本共産党:地方選挙権のほかに地方被選挙権、各種請求権・就任資格など多数の権利を含む法案を提出。

国籍条項がない選挙(現在も外国人が選挙権を持つ選挙)編集

農業委員会海区漁業調整委員会の選挙[9] や、土地改良区の総代選挙[10]住民監査請求[11]住民訴訟にも国籍条項は無い[12]

自治体の選挙管理委員会が管理する選挙であっても、公職選挙法が適用されない選挙には国籍条項は無い。法的拘束力はないものの地方自治体における一部住民投票条例には外国人に投票権を認めるという形で外国人参政権が実施されている例がある。2002年の滋賀県米原町を始めとして2005年10月末までに常設型のものも含め約200の自治体が外国人の住民投票権を認める条例を制定した[13]

歴史編集

大日本帝国時代には、台湾人および朝鮮人はそれぞれ台湾戸籍、朝鮮戸籍に編纂登記され、内地の戸籍とは別個に管理されていた。一方で台湾人、朝鮮人とも大日本帝国憲法の呼ぶ帝国臣民であり、それぞれが内地に寄留しているかぎり、内地のものと同様に帝国臣民としての参政権が認められていた(特別永住者#歴史参照)。一方で領域としての台湾・朝鮮はそれぞれ総督府が設置され直接統治されていたため、現地住民も内地戸籍に編纂されている日本人寄留者も台湾や朝鮮の統治に関する参政権は認められていなかった(地方議会は設置され地方参政権は存在した)。また帝国議会衆議院選挙区の設定は1945年(昭和20年)4月1日の衆議院議員選挙法改正まで行われず、また外地を選挙区とした選挙は結果として1度も執行されなかった。そのため、これらの領域に居住寄留している帝国臣民は帝国議会への参政権を行使できなかった。

一般永住者とは異なる枠の特別永住者が発生した経緯を概説する。

1945年の日本敗戦により、在日旧植民地出身者が、法律上なお日本国籍を保持しながら、実質的に外国人となったことに端を発する。また、日本政府や有力者が、在日朝鮮人、台湾人を治安対象として警戒していたことも大きな理由であった。幣原喜重郎内閣は、いったんは在日旧植民地出身者の日本国籍と参政権を引き続き認める閣議決定を行った。しかし清瀬一郎は、この時点で約200万の「鮮台人」(朝鮮、台湾出身者)が参政権が持つことになり、10議席以上を獲得する可能性があると主張した。その上で、民族問題や朝鮮出身者と天皇制廃止論の結びつきを恐れ、参政権剥奪を強く主張した[14]。同年末からGHQ指令による在日旧植民地出身者の送還が始まる。なお12月に旧植民地出身者[15] を戸籍から外し、その上で12月17日戸籍法の適用を受けない者の参政権を「当分ノ内停止」する内容の、衆議院議員選挙法改正案が可決した[16]1946年3月までに日本政府の手配で140万人以上の朝鮮人が帰還した[17]

一方で、敗戦により日本は連合国軍の占領下に置かれ、1946年2月12日GHQによる憲法改正案が発表された(マッカーサー草案)。草案の第14条では、参政権はpeople人民)の権利とされ、永住者であるか否かを問わず、全ての外国人参政権を認める内容だった[18]。日本政府は枢密院の審議で、「人民」を「国民固有」に改め、また第15条に振り替えた。参政権に限らず、人権規定の多くは同様の置き換えが行われたが、佐藤達夫がGHQから譲歩を引き出した結果であったという[19]。そして枢密院修正案を帝国議会に提出し、10月29日日本國憲法として可決・成立し、11月3日に公布された[20][21]。「国民固有」の文言について、入江俊郎法制局長官は「国民と云ふのは日本人と云ふことである。」と説明している。すなわち、外国人参政権の否定が目的だったことになる[20]。ただし、「国民固有」が外国人参政権を積極的に禁じた物か、あるいは他の解釈の余地があるのかについては学説上争いがある(#外国人参政権と人権に関する法学通説)。

1947年には最後のポツダム勅令である外国人登録令第十一條により「台湾人のうち内務大臣の定める者及び朝鮮人は、この勅令の適用については、当分の間、これを外国人とみなす」とされた。これにより、在日旧植民地出身者は名実共に「日本国籍を持つが制度上は外国人として扱う」存在と見なされた。

1948年、韓国、北朝鮮はそれぞれ連合国軍政から独立。しかし同年4月3日に済州島四・三事件が起こり[22]在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁支配下にある南朝鮮(現大韓民国)政府が、島民の動きに南朝鮮労働党が関与しているとして、島民全人口の20%にあたる6万人を虐殺、島内の70%が焼き尽くされた[23](〜1954年)。この事件に続いて同年10月19日、麗水・順天事件が起こり反乱軍のみならず8000人の民間住民が虐殺された。これらの虐殺事件にともない、済州島全羅南道から多くの難民が日本へ亡命(密入国した[24][25])。これらの事件について韓国政府は長い間タブー視し、事件の全容が明らかになったのは、民主化後の1990年代以降である。

1950年6月から1953年7月にかけては、朝鮮戦争が勃発し、半島全土が荒れ地となり、戦火を逃れ、日本に流入する朝鮮人が増えて、1955年までに1万2500人にのぼった[24]。なお、朝鮮戦争にともない、日本でも北朝鮮政府支持者と南朝鮮政府支持者との紛争が多発した[26]

1952年サンフランシスコ講和条約締結によって日本は国家主権を回復した。同時に日本領土の最終画定に伴う朝鮮の独立を承認した。これにともない、旧植民地出身者は名実共に日本国籍を失った(ただし樺太出身者の日本国籍は保持された)。また、内地(本国)出身者であっても、旧植民地出身者と結婚し、その戸籍(外地籍。朝鮮戸籍・台湾戸籍)に移った者は、同様に日本国籍を失った。当時、韓国朝鮮人の側からも、併合により付与された日本国籍の保持に興味は無く、この日本国籍喪失措置に異議を唱えなかったとされる[27]。実際には旧植民地出身者、および配偶者となったために日本国籍を失った内地出身者による、日本国籍喪失を無効とする訴訟は複数例がある。昭和30年(1955年)(オ)第890号国籍存在確認請求事件の1961年(昭和36年)4月5日最高裁判所大法廷判決[28][29] を始め、ことごとく訴えは却下されている。

韓国政府の対応の変遷編集

1949年10月7日に韓国政府から当時の日本の施政権を有していたGHQに対して、駐日大韓民国代表部の鄭恒範大使を通じて、「在日韓国人の法的地位に関する見解」を伝え、「在日大韓民国国民の国籍は母国の韓国であり、日本国籍は完全に離脱している」という趣旨の日本国宣言が行っていた。この宣言は韓国によるGHQに日本に居住している同胞はあくまで韓国人であり、日本人として扱うことは不適切で不当であるという趣旨の宣告だった[30]。しかし、1953年朝鮮戦争が休戦となり、在日韓国人が半島に帰還しようとしたところ、半島全土が焦土となっていた韓国政府は受け入れる社会体制が整備されていなかったとして、在日韓国・朝鮮人の送還を拒否した[24][31]。1959年の調査によれば、特別永住者となったものは日本政府や連合国の手配を拒んで自ら残留したものと犯罪者だけであり[17]、当時日本に在住する朝鮮人は殆ど自由意志によるもので、戦時徴用(いわゆる強制連行)で来日したものは245人しか残留していなかった[17]

1965年、日韓基本条約締結に伴い締結された日韓法的地位協定では、国外退去に該当する事由が他の外国人と比べて大幅に緩和された協定永住資格は2代目までに限り、3代目以降については25年後に再協議とした[27]。その後、在日韓国人が民団を通じた減税措置などの在日特権を獲得していったこともあって日本への帰化が進まなかった。1977年からは在日本大韓民国民団(民団)主導で「差別撤廃・権益擁護運動」が開始。在日韓国人の参政権獲得運動も始まった。当時、民団は「日本語を使い、日本の風習に従う社会同化は義務」としていた[32]

1991年、入管特例法により3代目以降にも同様の永住許可を行いつつ、同時に韓国人のみが対象となっていた協定永住が朝鮮籍、台湾籍の永住者も合わせて特別永住許可として一本化された。この1991年日韓外相覚書には、地方自治体選挙権について大韓民国政府より要望が表明されたと明記されている[27]

日本国政府見解編集

2010年平成22年)5月27日参議院議員山谷えり子質問主意書に対して、日本国政府2010年平成22年)6月4日鳩山由紀夫内閣閣議で決定した政府答弁は、以下の通りである[33]

憲法第15条第1項及び第93条第2項の規定の趣旨については、最高裁判所平成7年2月28日判決において、「憲法15条1項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び1条の規定に照らせば、憲法国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法15条1項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。そして、地方自治について定める憲法第8章は、93条2項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法15条1項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法93条2項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない」と判示されており、政府も同様に考えているところである。 — 内閣参質一七四第七七号 - 平成二十二年六月四日 内閣総理大臣 鳩山由紀夫

と明示されており、行政府も同様に考えている。以上の通り、日本国憲法では「国民主権の原理」などから、外国人には参政権の行使を保障していない事を明らかにしている。

裁判編集

これまで外国人参政権付与を求める訴訟がいくつか行われているが、全てが最高裁判決において退けられている。日本国内法では国政地方ともに外国人参政権は一切認められていない。

最高裁判決は、これまでに平成5年(ヒッグス・アラン裁判)、平成7年(傍論を付された)、平成10年(国政被選挙権)、平成12年 (地方参政権) の計四つ行われた。

このうち平成7年の最高裁判決は、いわゆる「傍論」とされる文を含んでおり、議論の争点とされている。

平成5年2月26日最高裁判決(国政参政権)

日本在住でイギリス国籍のヒッグス・アランが、国政参政権と地方参政権の双方について提訴、いずれも請求棄却された。判決ではマクリーン事件最高裁判決を引用しつつ、外国人の人権には、その性質により保障されるものとされないものがあり、国政参政権は国家を前提とする権利であり、日本国民にのみ保障されているものとした[34][35]

平成7年2月28日最高裁判決(地方参政権)

最高裁上告棄却。後述。

平成10年最高裁判決(国政被選挙権)

在日朝鮮人3世李英和を代表にした外国人政党「在日党」が国政被選挙権の請求裁判を行ったが、最高裁は訴えを退けた[36]

平成12年 4月25日最高裁判決(地方参政権)

1991年、永住資格をもつ在日韓国人(特別永住者)ら4人が 福井地方裁判所に提訴。199