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2000年の野球(2000ねんのやきゅう)では、2000年野球界における動向をまとめる。

競技結果編集

日本プロ野球編集

ペナントレース編集

2000年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 読売ジャイアンツ 78 57 0 .578 -
2位 中日ドラゴンズ 70 65 0 .519 8.0
3位 横浜ベイスターズ 69 66 1 .511 9.0
4位 ヤクルトスワローズ 66 69 1 .489 12.0
5位 広島東洋カープ 65 70 1 .481 13.0
6位 阪神タイガース 57 78 1 .422 21.0
2000年パシフィック・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 福岡ダイエーホークス 73 60 2 .549 -
2位 西武ライオンズ 69 61 5 .531 2.5
3位 日本ハムファイターズ 69 65 1 .515 4.5
4位 オリックス・ブルーウェーブ 64 67 4 .489 8.0
5位 千葉ロッテマリーンズ 62 67 6 .481 9.0
6位 大阪近鉄バファローズ 58 75 2 .436 15.0

日本シリーズ編集

2000年 日本シリーズ
日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場
10月21日(土) 第1戦 福岡ダイエーホークス 5-3 読売ジャイアンツ 東京ドーム
10月22日(日) 第2戦 福岡ダイエーホークス 8-3 読売ジャイアンツ
10月23日(月) 第3戦 読売ジャイアンツ 9-3 福岡ダイエーホークス 福岡ドーム
10月24日(火) 別イベント開催のため中断
10月25日(水)
10月26日(木) 第4戦 読売ジャイアンツ 2-1 福岡ダイエーホークス 福岡ドーム
10月27日(金) 第5戦 読売ジャイアンツ 6-0 福岡ダイエーホークス
10月28日(土) 第6戦 福岡ダイエーホークス 3-9 読売ジャイアンツ 東京ドーム
優勝:読売ジャイアンツ(6年ぶり19回目)

個人タイトル編集

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 松井秀喜 巨人   松中信彦 ダイエー  
最優秀新人 金城龍彦 横浜   該当者無し  
首位打者 金城龍彦 横浜 .346 イチロー オリックス .387
本塁打王 松井秀喜 巨人 42本 中村紀洋 近鉄 39本
打点王 松井秀喜 巨人 108点 中村紀洋 近鉄 110点
最多安打 R.ローズ 横浜 168本 小笠原道大 日本ハム 182本
盗塁王 石井琢朗 横浜 35個 小坂誠 ロッテ 33個
最高出塁率 松井秀喜 巨人 .438 イチロー オリックス .460
最優秀防御率 石井一久 ヤクルト 2.61 戎信行 オリックス 3.27
最多勝利 M.バンチ 中日 14勝 松坂大輔 西武 14勝
最多奪三振 石井一久 ヤクルト 210個 松坂大輔 西武 144個
最高勝率 工藤公康 巨人 .706 小野晋吾 ロッテ .722
最優秀救援投手 E.ギャラード 中日 36SP R.ペドラザ ダイエー 38SP

ベストナイン編集

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 工藤公康 巨人 松坂大輔 西武
捕手 古田敦也 ヤクルト 城島健司 ダイエー
一塁手 R.ペタジーニ ヤクルト 松中信彦 ダイエー
二塁手 R.ローズ 横浜 大島公一 オリックス
三塁手 江藤智 巨人 中村紀洋 近鉄
遊撃手 石井琢朗 横浜 松井稼頭央 西武
外野手 松井秀喜 巨人 イチロー オリックス
金本知憲 広島 柴原洋 ダイエー
新庄剛志 阪神 S.オバンドー 日本ハム
指名打者   N.ウィルソン 日本ハム

アマチュア野球編集

メジャーリーグ編集

国際大会編集

シドニーオリンピック編集

順位 国・地域
1   アメリカ合衆国
2   キューバ
3   韓国
4   日本
5   オランダ
6   イタリア
7   オーストラリア
8   南アフリカ

できごと編集

1月編集

2月編集

3月編集

4月編集

5月編集

  • 5月5日 - 横浜の進藤達哉がナゴヤドームでの対中日6回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[11]
  • 5月6日 - ナゴヤドームでの中日対横浜7回戦の七回裏、中日の立浪和義が見逃し三振の判定に不服として主審の橘高淳に手をついて抗議して橘高から退場処分を宣告される。さらに監督の星野仙一大西崇之が審判に体当たりして退場処分。同一チームで1試合3人が退場処分となったのは1980年の南海ホークス以来20年ぶり[12][5]
  • 5月7日
    • セ・リーグは6日の中日対横浜7回戦で判定を不服として審判に暴行して退場処分を受けた中日の大西崇之立浪和義、監督の星野仙一に対し、大西が7日から16日までの10日間の出場停止と罰金20万円、立浪が7日から11日までの5日間の出場停止と罰金20万円、星野は7日から11日までの出場停止と罰金50万円を科したと発表[13]
    • 西武の鈴木健が西武ドームでの対日本ハム8回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[14]
    • 中日の久慈照嘉がナゴヤドームでの対横浜8回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[15]
  • 5月9日
    • 米子でのオリックス対近鉄5回戦は五回裏、濃霧で視界が悪くなり1時間1分の中断後、コールドゲームとなる。93年7月10日オリックス対ダイエー戦以来3度目。試合は10対8でオリックスが勝利[16]
    • ダイエーの吉永幸一郎が福岡ドームでの対日本ハム7回戦の1回裏に右前安打を打ち、プロ通算1000安打を達成。史上200人目[17][18]
  • 5月14日 - 日本ハムの田中幸雄が東京ドームでの対近鉄8回戦の六回裏に二塁打を打ち、プロ通算300二塁打を達成[19]
  • 5月25日 - 横浜の森中聖雄が東京ドームでの対巨人9回戦、0対0と同点の九回裏二死から救援登板して高橋由伸を一球で一塁ゴロに打ち取り、チームが延長十回表1点勝ち越し、十回裏は福盛和男と交代したため、セ・パ両リーグ10人目、セ・リーグ史上7人目の1球での勝利投手となった[20]
  • 5月26日 - 近鉄の中村紀洋が大阪ドームでの対日本ハム9回戦の一回裏に12号2点本塁打を打ち、プロ通算150号本塁打を達成[21]
  • 5月28日 - 中日のレオ・ゴメスが東京ドームでの対巨人8回戦の八回表に7号2点本塁打を打ち、日本プロ野球通算100号本塁打を達成[22]
  • 5月30日 - 日本ハムの田中幸雄が東京ドームでの対ダイエー10回戦の三回裏に三振を喫し、プロ通算1000三振を記録[23]
  • 5月31日 - 日本ハムの片岡篤史が東京ドームでの対ダイエー11回戦に先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[24]

6月編集

  • 6月1日
    • ダイエーの秋山幸二が東京ドームでの対日本ハム12回戦の七回表に三振を喫し、日本プロ野球新記録の通算1588三振[25][18]
    • 阪神の竹内昌也と日本ハムの根本隆輝のトレードが成立したと阪神、日本ハム両球団が発表[26]
  • 6月3日 - 大阪ドームでの近鉄対オリックス9回戦で近鉄が、三回裏に無死からプロ野球タイ記録の6連続四死球。オリックスのテリー・ブロウズがプロ野球ワースト記録の1試合4押出し死球[27]。オリックスの野手の五十嵐章人が八回裏無死三塁の場面で投手として登板し、史上2人目の全ポジションを守る[28]
  • 6月7日
    • 横浜は横浜スタジアムでの対広島9回戦の五回裏にプロ野球タイ記録の1イニング13得点。ヤクルトが1998年4月22日の対中日戦で記録して以来プロ野球史上4度目[29]
    • 西武の松井稼頭央が西武ドームでの対近鉄8回戦にてサイクル安打を達成[30]
  • 6月8日 - セ・リーグ会長の高原須美子は、巨人のダレル・メイに対し7日の対阪神11回戦で打席を外した阪神の和田豊に対し背中へ投球した事について「著しく品位を欠いた投球を行った」として出場停止10日間と制裁金50万円を科したと発表[31][5]
  • 6月9日 - オリックスはデトロイト・タイガース傘下のAAA級トレド・マッドヘンズ所属の木田優夫と正式に契約を結んだと発表[32]
  • 6月16日 - 広島の佐々岡真司が横浜スタジアムでの対横浜11回戦に先発して今季9勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[33]
  • 6月20日 - 近鉄のナルシソ・エルビラが大阪ドームでの対西武9回戦に先発し、日本プロ野球史上69人目のノーヒットノーランを達成[34][7]
  • 6月22日 - 日本ハムの小笠原道大が6月6日からこの日まで球団新記録の13試合連続得点[35]
  • 6月28日
    • オリックスの新外国人選手のジョナサン・ナナリーが大阪ドームでの対近鉄12回戦の一回表に1号2点本塁打。プロ野球史上41人目、外国人選手では16人目の初打席初本塁打。カンザスシティ・ロイヤルズ在籍時の1995年にメジャーリーグ初出場の試合でも初打席で本塁打を記録している[36]

7月編集

  • 7月1日 - 日本ハムの野口寿浩が東京ドームでの対西武13回戦でプロ野球タイ記録の1試合3併殺打[37]
  • 7月2日 - ロッテの小林雅英が函館での対オリックス14回戦の八回裏、3-4とリードされた二死一塁の場面で救援登板。小川博文への2球目が暴投となったが一塁走者のイチローが三塁でアウトとなり攻守交代。ロッテが九回表5-4と逆転。ロッテは九回裏からブライアン・ウォーレンが登板してセーブを挙げロッテが5-4で勝利。小林は史上初めて対戦打者なしで勝利投手となる[38][39]
  • 7月4日 - ダイエーの小久保裕紀が6月20日からこの日まで球団新記録の10試合連続打点[40]
  • 7月5日 - ヤクルトの石井一久が神宮球場での対巨人13回戦の六回表にダリル・メイを三振に打ち取り、プロ通算1000奪三振を達成。913試合での達成は元近鉄の野茂英雄に次いでプロ野球史上2番目の早さ[41][42]
  • 7月6日 - ダイエーの浜名千広が日本プロ野球通算1000試合出場[18]
  • 7月11日
    • 巨人の清原和博が札幌円山球場での対広島15回戦の三回裏に3号本塁打を打ち、プロ通算400号本塁打を達成[43]
    • 中日の種田仁がナゴヤドームでの対阪神14回戦の八回裏に中村武志の代打で出場して右前安打を打ち、プロ野球新記録の代打での10打席連続出塁[44]
  • 7月12日 - 巨人の松井秀喜が札幌円山球場での対広島16回戦の四回裏に右翼線への二塁打を打ち、プロ通算1000本安打を達成[45]
  • 7月16日
    • 西武の伊東勤が千葉マリンスタジアムでの対ロッテ18回戦に出場し、捕手として2000試合出場。野村克也の2921試合に続きプロ野球史上2人目[46]
    • オリックスは大阪ドームでの対近鉄18回戦で、パ・リーグ史上5度目の毎回の15四死球(13四球、2死球)。試合は10-5でオリックスが勝利[47]
  • 7月17日 - 日本プロ野球実行委員会が日本野球機構事務局で開かれ、2001年の公式戦を140試合制でおこなうことで合意[48][3]
  • 7月20日 -ヤクルトの球団社長の田口周は神宮球場にて記者会見し、シドニー五輪の野球の日本代表チームに古田敦也を派遣しないとアマチュア側に正式に伝達したと発表[49]
  • 7月22日
    • プロ野球オーナー会議が開かれ、来季から公式戦を140試合制とすることを全会一致で可決[50]
    • プロ野球選手会の総会が文京区の東京ドームホテルにて開かれ、代理人制度を今秋から導入することで基本合意。また、来季から実施の140試合制についてオールスターの1試合制、年俸の底上げなどの条件付きで認める方針を決定[51]
  • 7月23日 - オールスターゲーム第2戦がグリーンスタジアム神戸で行われ、セ・リーグが12-4で勝利。オリックスのイチローがオールスター史上初の通算2度目の1試合4安打と、オールスター新記録の10試合連続安打[52]
  • 7月28日 - ダイエーの秋山幸二がグリーンスタジアム神戸での対オリックス14回戦の六回表に二塁打を打ち、プロ通算350二塁打を達成[53]

8月編集

  • 8月7日 - 西武の松坂大輔がグリーンスタジアム神戸での対オリックス19回戦の九回表二死満塁の場面で代打で打席に入り、2点適時打を打つ。パ・リーグで投手が打席に立ったのは2年ぶり、安打を記録したのは9年ぶり、代打で打席に立ったのは25年ぶり[54]
  • 8月11日 - 西武の許銘傑が西武ドームでの対ロッテ20回戦に先発し、打者27人で2対0で完封。二回表、先頭打者のフランク・ボーリックに四球を与えたが次打者の福浦和也を併殺。四回、六回の安打をそれぞれ盗塁刺、併殺に打ち取ったため[55]
  • 8月12日 - 元大洋の秋山登が午前0時20分、呼吸不全のため横浜市内の病院にて死去[56]
  • 8月17日 - 巨人の工藤公康が東京ドームでの対阪神22回戦に登板し、プロ通算2500投球回を達成[57]
  • 8月18日 - 福岡ダイエーホークス秋山幸二が北九州市民球場での対ロッテ19回戦に出場し、プロ通算2000試合出場を達成。五回裏に左前安打を打ち、プロ通算2000本安打を達成。ドラフト制導入以降のドラフト外入団選手では史上初[58]
  • 8月21日 - 全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が行われ、和歌山県智弁和歌山千葉県東海大浦安に11-6で勝利し、3年ぶり2回目の優勝達成。
  • 8月26日 - 近鉄の鷹野史寿が8月22日の対ロッテ戦の第2打席からこの日の対西武戦の第2打席まで、球団タイ記録8打数連続安打と、球団新記録の5四死球を含む13打席連続出塁を記録[59][60]
  • 8月29日 - 西武ドームでの西武対オリックス20回戦は延長12回9-9の引き分けに終わり、試合時間はパ・リーグ史上最長の5時間32分[61]

9月編集

  • 9月3日 - 阪神のトニー・タラスコが甲子園球場での対横浜24回戦の一回裏に15号3点本塁打を打ち、これが球団通算6000号本塁打となる[62]
  • 9月6日
    • 横浜の駒田徳広がナゴヤドームでの対中日22回戦の二回表に左翼線二塁打を打ち、プロ通算2000本安打を達成[63]
    • ヤクルトの高津臣吾が神宮球場での対阪神20回戦に登板して22セーブ目を挙げ、史上3人目となるプロ通算150セーブを達成[64]
    • ダイエーの吉永幸一郎が福岡ドームでの対日本ハム26回戦の六回裏に9号本塁打を打ち、プロ通算150号本塁打を達成[65]
  • 9月7日 - 近鉄の大塚晶文が8月6日の対ロッテ戦からこの日のオリックス戦まで球団新記録の9試合連続セーブ[66]
  • 9月11日 - 横浜の三浦大輔が横浜スタジアムでの対広島24回戦に先発し一回表二死を取ったところでプロ通算1000投球回を達成[67]
  • 9月13日 - 福岡ドームでのダイエー対ロッテ25回戦でダイエーの若田部健一とロッテの黒木知宏が共にプロ通算1000投球回を達成[68]
  • 9月16日 - 阪神の吉田剛が広島市民球場での対広島26回戦の七回から出場し、プロ通算1000試合出場を達成[69]
  • 9月19日 - 日本ハムの小笠原道大が東京ドームでの対近鉄25回戦の一回裏に右前適時安打を打ち、シャーマン・オバンドーの29号2点本塁打で生還し、パ・リーグ新記録のシーズン119得点を達成[70]
  • 9月21日 - 横浜は駒田徳広に対し戦力外とすると通告[71]
  • 9月24日
    • 巨人は東京ドームでの対中日27回戦に9回裏に二岡智宏のサヨナラ本塁打で5対4でサヨナラ勝利で4年ぶり29度目のセ・リーグ優勝達成[72][73]
    • ダイエーの小久保裕紀が対近鉄戦で日本プロ野球通算150本塁打、史上116人目[18]
  • 9月27日 - シドニーオリンピック野球競技の決勝戦と3位決定戦が行われ、キューバアメリカ合衆国に4-0で勝利し優勝。3位決定戦は大韓民国が日本に3対1で勝利。
  • 9月28日 - ヤクルトの石井一久が対巨人戦(神宮)で日本プロ野球通算1000投球回、史上287人目[42]
  • 9月29日 - 横浜は監督の権藤博に対し来季の契約を結ばないと通告し、退団が正式に決定[74]

10月編集

  • 10月5日 - オリックスの野田浩司が球団に対し任意引退を申し入れ[75]
  • 10月7日 - ダイエーは福岡ドームでの対オリックス24回戦に1対0で勝ち、2年連続リーグ優勝を達成[76]
  • 10月8日 - ヤクルトの岡林洋一馬場敏史が現役引退を表明[77]
  • 10月9日 - 横浜のロバート・ローズは球団との契約交渉が決裂し、今季限りで退団すると明らかにした[78]
  • 10月11日
    • 神宮球場でのヤクルト対広島26回戦が行われ、セ・リーグの全日程が終了。広島の金本知憲宮出隆自から今季30号本塁打を放ち、日本プロ野球史上8人目の打率3割、30本塁打、30盗塁のトリプルスリーを達成。ヤクルトの石井一久が1回1/3を無失点に抑え、最優秀防御率を獲得、2位の中日の山本昌との0.004差はセ・リーグ史上最僅差の争いとなった。ヤクルトの岡林洋一はこの試合が引退試合となり、先発で1イニングを無失点に抑えた[79]。ヤクルトの古田敦也が日本プロ野球新記録の1088守備機会、ヤクルトのシーズン46失策と守備率.991はセ・リーグ新記録[42]
    • セ・リーグは理事会を開き、来季から「140試合制、延長12回制再試合なし」となるのに伴い、来季はペナントレース全終了時点で勝利数が一番多いチームを優勝チームとすると決定[80]
  • 10月12日 - オリックスのイチローポスティングシステムでのメジャーリーグ挑戦を表明[81]
  • 10月13日 - ダイエーの藤井将雄が肺がんで死去[3]
  • 10月14日 - 広島は広島市内のホテルにて新監督に山本浩二が就任したと正式に発表。背番号は永久欠番の8に決定[82]
  • 10月16日 - 千葉マリンスタジアムでのロッテ対オリックス27回戦が行われロッテが7対1で勝ち、パ・リーグは全日程を終了[83]
  • 10月28日 - 日本シリーズの第6戦が行われ、巨人がダイエーに9-3に勝利し、4勝2敗で6年ぶり19回目の日本一達成[84]
  • 10月30日 - プロ野球の今季の最優秀選手、最優秀新人、ベストナインを決定する記者投票の開票が東京・銀座のパ・リーグ会議室で行われ、最優秀選手にセ・リーグは巨人の松井秀喜、パ・リーグは松中信彦。最優秀新人にセは横浜の金城龍彦、パは「該当者なし」と決定[85]

11月編集

12月編集

誕生編集

死去編集

脚注編集

  1. ^ 村瀬秀信『プロ野球最期の言葉』イースト・プレス、2010年、173頁。ISBN 9784781604664
  2. ^ 【2月29日】2000年(平12) 元阪神ドラ1、病を克服し晴れてバファローズ合格”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2008年2月16日). 2016年1月9日閲覧。
  3. ^ a b c パシフィック・リーグ略史(1949年~2000年) Archived 2014年02月16日, at the Wayback Machine. パ・リーグ公式サイト
  4. ^ 【3月26日】2000年(平12)“川崎劇場”ついにフィナーレ 10本塁打で花添える”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2008年3月20日). 2016年1月9日閲覧。
  5. ^ a b c セリーグHistory Archived 2013年11月19日, at the Wayback Machine. セ・リーグ公式サイト
  6. ^ 【4月1日】2000年(平12) 松坂命拾い…パ・リーグ初!西武2年連続サヨナラ発進!”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン. 2016年1月9日閲覧。
  7. ^ a b 無安打無得点試合 (ノーヒットノーラン)”. 日本野球機構公式サイト. 2016年1月9日閲覧。
  8. ^ a b 阪神タイガースヒストリー2000-2004”. 阪神タイガース公式サイト. 2016年1月9日閲覧。
  9. ^ 読売新聞2000年5月1日19面「復帰・駒田5打点 2000試合出場に花」読売新聞縮刷版2000年5月p19
  10. ^ 『ホエールズ&ベイスターズ60年の軌跡』ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2009年、67頁。ISBN 9784583616179
  11. ^ 読売新聞2000年5月6日夕刊9面「横浜・進藤が1000試合出場」読売新聞縮刷版2000年5月p189
  12. ^ 読売新聞2000年5月7日21面「星野監督主審に体当たり 中日一挙3人退場 荒れた試合ハマが制す」読売新聞縮刷版2000年5月p221
  13. ^ 読売新聞2000年5月8日19面「暴行の中日3人出場停止 大西10日 星野監督、立浪5日」読売新聞縮刷版2000年5月p267
  14. ^ 読売新聞2000年5月8日19面「西武・鈴木が1000試合出場」読売新聞縮刷版2000年5月p267
  15. ^ 読売新聞2000年5月8日19面「中日・久慈が1000試合出場達成」読売新聞縮刷版2000年5月p267
  16. ^ 読売新聞2000年5月10日18面「BW濃霧で五回コールド勝ち」読売新聞縮刷版2000年5月p376
  17. ^ 読売新聞2000年5月10日18面「ダイエー・吉永が1000本安打」読売新聞縮刷版2000年5月p376
  18. ^ a b c d e f g h i 『王貞治監督 ホークス14年の軌跡』福岡ソフトバンクホークスマーケティング〈SOFTBANK MOOK〉、2008年、32頁。ISBN 9784797348309
  19. ^ 読売新聞2000年5月15日18面「日本ハム・田中幸が通算300二塁打」読売新聞縮刷版2000年5月p656
  20. ^ 読売新聞2000年5月26日27面「横浜・森中が1球で勝利投手」読売新聞縮刷版2000年5月p1289
  21. ^ 読売新聞2000年5月27日23面「中村3戦連発150号」読売新聞縮刷版2000年5月p1345
  22. ^ 読売新聞2000年5月29日19面「中日・ゴメスが通算100号本塁打」読売新聞縮刷版2000年5月p1445
  23. ^ 読売新聞2000年5月31日24面「日本ハム・田中幸が1000奪三振」読売新聞縮刷版2000年5月p1564
  24. ^ 読売新聞2000年6月1日25面「日本ハム・片岡が通算1000試合出場」読売新聞縮刷版2000年6月p25
  25. ^ 読売新聞2000年6月2日20面「秋山プロ最多1588三振 鉄人衣笠の"偉業"抜く」読売新聞縮刷版2000年6月p88
  26. ^ 読売新聞2000年6月2日21面「阪神・竹内とハム・根本交換トレード」読売新聞縮刷版2000年6月p89
  27. ^ 読売新聞2000年6月4日18面「勝った近鉄まで『後味悪い』6連続四死球 危険球退場も」読売新聞縮刷版2000年6月p198
  28. ^ 読売新聞2000年6月4日18面「なんと内野手五十嵐登板」読売新聞縮刷版2000年6月p198
  29. ^ 読売新聞2000年6月8日27面「振れば振るだけ マシンガン 横浜1イニング13点 プロ野球タイ」読売新聞縮刷版2000年6月p425
  30. ^ 読売新聞2000年6月8日26面「西武・松井がサイクル安打 プロ51人目」読売新聞縮刷版2000年6月p424
  31. ^ 読売新聞2000年6月9日29面「メイ出場停止10日 和田への"警告球"『品位欠く』セ・リーグ 阪神と審判全員も処分」読売新聞縮刷版2000年6月p495
  32. ^ 読売新聞2000年6月10日23面「BW・木田はあすにも登板」読売新聞縮刷版2000年6月p549
  33. ^ 読売新聞2000年6月17日21面「佐々岡ゲン良く100勝 ハーラー独走の9勝目」読売新聞縮刷版2000年6月p925
  34. ^ 読売新聞2000年6月21日18面「エルビラ ノーヒットノーラン 近鉄の熱いメキシカン燃えた」読売新聞縮刷版2000年6月p1152
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