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エレーナ・ヴャチェスラヴォヴナ・デメンチェワロシア語ラテン翻字: Elena Vyacheslavovna Dementieva, ロシア語: Elena dementieva.ogg Еле́на Вячесла́вовна Деме́нтьева, 1981年10月15日 - )は、ロシアモスクワ市出身の女子プロテニス選手。2008年北京五輪で女子シングルスの金メダルを獲得した選手である。自己最高ランキングはシングルス3位、ダブルス5位。WTAツアーでシングルス16勝、ダブルス6勝を挙げた。デメンティエワと呼ばれることも多い。

エレーナ・デメンチェワ
Elena Dementieva
Tennis pictogram.svg
Elena Dementieva at the 2010 US Open 06.jpg
エレーナ・デメンチェワ
基本情報
フルネーム Elena Vyacheslavovna
Dementieva
国籍 ロシアの旗 ロシア
出身地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of the Russian Soviet Federative Socialist Republic.svg ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国モスクワ
生年月日 (1981-10-15) 1981年10月15日(38歳)
身長 180cm
体重 64kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1998年
引退年 2010年
ツアー通算 22勝
シングルス 16勝
ダブルス 6勝
生涯通算成績 728勝359敗
シングルス 576勝273敗
ダブルス 152勝86敗
生涯獲得賞金 $14,867,437
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(2009)
全仏 準優勝(2004)
全英 ベスト4(2008・09)
全米 準優勝(2004)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(2005-07)
全仏 3回戦(2004)
全英 ベスト4(2003)
全米 準優勝(2002・05)
国別対抗戦最高成績
フェド杯 優勝(2005)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 3位(2009年4月6日)
ダブルス 5位(2003年4月14日)
獲得メダル
女子 テニス
オリンピック
2008 北京 シングルス
2000 シドニー シングルス

来歴編集

デメンチェワはモスクワ市内にある名門クラブ「スパルタクラブ」で、アンナ・クルニコワアナスタシア・ミスキナと幼なじみだった(3人とも同じ年である)。1998年8月にプロ転向。1999年から女子国別対抗戦・フェドカップロシア代表選手になる。2000年夏から頭角を現し、全米オープンで初のベスト4に進出する。同年のシドニー五輪で銀メダルを獲得した時は、決勝でビーナス・ウィリアムズに 2-6, 4-6 で敗れた。この活躍により、デメンチェワは2000年WTAアワードの「最も進歩した選手賞」を受賞した。

2002年、デメンチェワはダブルスでツアー年間3勝を遂げ、ヤネッテ・フサロバスロバキア)とのコンビで多くの好成績を出した。デメンチェワとフサロワは2002年全米オープンの準優勝ペアになり、女子ツアー年間最終戦「WTAツアー選手権」のダブルス部門で優勝した。シングルスではしばらく足踏みが続いたデメンチェワだが、シドニー五輪銀メダルから3年後、2003年4月に女子ツアーでシングルス初優勝を果たす。2003年ウィンブルドンでは、デメンチェワは同じロシアリナ・クラスノルツカヤとペアを組んだ女子ダブルスで活躍した。2人のペアは3回戦でビーナスセリーナのウィリアムズ姉妹ペアを破り、第1シードのビルヒニア・ルアノ・パスクアル&パオラ・スアレス組との準決勝まで進出した。

2004年、デメンチェワは全仏オープン全米オープンの2大会で準優勝した。どちらも「ロシア対決」の決勝戦になったが、前者はアナスタシア・ミスキナに 1-6, 2-6 で敗れ、後者はスベトラーナ・クズネツォワに 3-6, 5-7 で敗れている。2005年全米オープンの女子ダブルスで、フラビア・ペンネッタイタリア)とペアを組んだ準優勝がある。デメンチェワは2004年2005年とフェドカップのロシア・チーム2連覇に貢献した。

 
2006年ロサンゼルス大会優勝

2006年2月5日、デメンチェワは日本の「東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント」決勝戦で、当年度から現役復帰を果たした元世界ランキング1位のマルチナ・ヒンギスを 6-2, 6-0 で破って初優勝した。2002年10月にヒンギスはドイツ・フィルダーシュタットの「ポルシェ・テニス・グランプリ」2回戦敗退を最後にテニス界から退いたが、その時の対戦相手がこのデメンチェワであった。(当時のスコア:デメンチェワの 6-3, 6-1)この年の4大大会では、ウィンブルドンで初めてのベスト8進出があった。準々決勝ではウィンブルドンを得意とするマリア・シャラポワに 1-6, 4-6 で敗れた。8月第2週にアメリカロサンゼルス大会で優勝し、年間2勝目を挙げる。決勝戦ではセルビアエレナ・ヤンコビッチに 6-3, 4-6, 6-4 で競り勝った。

2008年、デメンチェワはウィンブルドンで初のベスト4に進出した。準々決勝で同じロシアのナディア・ペトロワと対戦した時は、第2セットでデメンチェワが 6-1, 5-1 とリードした場面からペトロワに追いつかれたが、最後は 6-1, 6-7, 6-3 で試合を締めた。初進出の準決勝では、大会前年度優勝者のビーナス・ウィリアムズに 1-6, 6-7 で敗れた。8月の北京五輪で、デメンチェワは女子シングルスの金メダルを獲得した。V・ウィリアムズに敗れたシドニー五輪から8年の歳月を経て、2大会ぶり2度目のオリンピック女子シングルス決勝戦に進み、同じロシアのディナラ・サフィナに 3-6, 7-5, 6-3 で逆転勝ちを収めた。このオリンピックでは、女子シングルスの銅メダルをベラ・ズボナレワが獲得し、3つのメダルすべてをロシア勢が独占した。

2009年は全豪オープンウィンブルドンでベスト4に進出した。準決勝で優勝したセリーナ・ウィリアムズに敗れている。

2010年全仏オープン準決勝のフランチェスカ・スキアボーネイタリア)との試合ではふくらはぎの痛みにより途中棄権し、ウィンブルドンを欠場することになった。1999年の全豪オープンで4大大会に初出場してから、46大会連続で出場してきたデメンチェワにとって初めての欠場であった。10月の東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメントではデメンチェワは決勝に進出したが、第1シードのキャロライン・ウォズニアッキデンマーク)に 6-1, 2-6, 3-6, で逆転負けして、4年ぶりの優勝はならなかった。

同年10月、カタール・ドーハで行われたWTAツアー選手権では、サマンサ・ストーサーに逆転勝利を収めるものの、ウォズニアッキ、スキアボーネに敗れ、ラウンドロビン敗退に終わった。そして、10月29日のラウンドロビン、スキアボーネ戦の後、2010年限りでの現役引退を発表した[1]。最終ランキングは9位で世界ランキングトップ10のままで現役を引退する8人目の選手となった。

デメンチェワは2011年7月16日にアイスホッケー選手のマキシム・アフィノゲノフ英語版と結婚している[2]。2014年4月に第1子の長女を出産した[3]

WTAツアー決勝進出結果編集

シングルス: 32回 (16勝16敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2000年10月1日   シドニー五輪 ハード   ビーナス・ウィリアムズ 2–6, 4–6
準優勝 2. 2001年3月4日   アカプルコ クレー   アマンダ・クッツァー 6–2, 1–6, 2–6
準優勝 3. 2001年10月7日   モスクワ カーペット (室内)   エレナ・ドキッチ 3–6, 3–6
準優勝 4. 2002年6月22日   スヘルトーヘンボス   エレニ・ダニリドゥ 6–3, 2–6, 3–6
優勝 1. 2003年4月14日   アメリアアイランド クレー   リンゼイ・ダベンポート 4–6, 7–5, 6–3
優勝 2. 2003年9月14日   バリ ハード   チャンダ・ルビン 6–2, 6–1
優勝 3. 2003年9月21日   上海 ハード   チャンダ・ルビン 6–3, 7–6(6)
準優勝 5. 2004年4月4日   マイアミ ハード   セリーナ・ウィリアムズ 1–6, 1–6
準優勝 6. 2004年6月3日   全仏オープン クレー   アナスタシア・ミスキナ 1–6, 2–6
準優勝 7. 2004年9月11日   全米オープン ハード   スベトラーナ・クズネツォワ 3–6, 5–7
優勝 4. 2004年9月27日   ハッセルト ハード (室内)   エレーナ・ボビナ 0–6, 6–0, 6–4
準優勝 8. 2004年10月17日   モスクワ カーペット (室内)   アナスタシア・ミスキナ 5–7, 0–6
準優勝 9. 2005年4月17日   チャールストン クレー   ジュスティーヌ・エナン=アーデン 5–7, 4–6
準優勝 10. 2005年11月6日   フィラデルフィア ハード (室内)   アメリ・モレスモ 5–7, 6–2, 5–7
優勝 5. 2006年2月5日   東京 カーペット (室内)   マルチナ・ヒンギス 6–2, 6–0
準優勝 11. 2006年3月18日   インディアンウェルズ ハード   マリア・シャラポワ 1–6, 2–6
優勝 6. 2006年8月13日   ロサンゼルス ハード   エレナ・ヤンコビッチ 6–3, 4–6, 6–4
優勝 7. 2007年5月26日   イスタンブール クレー   アラバン・レザイ 7–6(5), 3–0 途中棄権
優勝 8. 2007年10月14日   モスクワ カーペット (室内)   セリーナ・ウィリアムズ 5–7, 6–1, 6–1
優勝 9. 2008年3月1日   ドバイ ハード   スベトラーナ・クズネツォワ 4–6, 6–3, 6–2
準優勝 12. 2008年5月11日   ベルリン クレー   ディナラ・サフィナ 6–3, 2–6, 2–6
準優勝 13. 2008年5月19日   イスタンブール クレー   アグニエシュカ・ラドワンスカ 3–6, 2–6
優勝 10. 2008年8月17日   北京五輪 ハード   ディナラ・サフィナ 3–6, 7–5, 6–3
優勝 11. 2008年10月26日   ルクセンブルク ハード (室内)   キャロライン・ウォズニアッキ 2–6, 6–4, 7–6(4)
優勝 12. 2009年1月10日   オークランド ハード   エレーナ・ベスニナ 6–4, 6–1
優勝 13. 2009年1月16日   シドニー ハード   ディナラ・サフィナ 6–3, 2–6, 6–1
準優勝 14. 2009年2月15日   パリ ハード (室内)   アメリ・モレスモ 6–7(7), 6–2, 4–6
優勝 14. 2009年8月23日   トロント ハード   マリア・シャラポワ 6–4, 6–3
優勝 15. 2010年1月15日   シドニー ハード   セリーナ・ウィリアムズ 6–3, 6–2
優勝 16. 2010年2月14日   パリ ハード (室内)   ルーシー・サファロバ 6–7(5), 6–1, 6–4
準優勝 15. 2010年2月28日   クアラルンプール ハード   アリサ・クレイバノワ 3–6, 2–6
準優勝 16. 2010年10月2日   東京 ハード   キャロライン・ウォズニアッキ 6–1, 2–6, 3–6

ダブルス: 13回 (6勝7敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2001年10月7日   モスクワ カーペット (室内)   リナ・クラスノルツカヤ   アンナ・クルニコワ
  マルチナ・ヒンギス
6–7(1), 3–6
準優勝 2. 2002年2月4日   パリ カーペット (室内)   ヤネッテ・フサロバ   ナタリー・ドシー
  メイレン・ツー
不戦敗
準優勝 3. 2002年3月4日   インディアンウェルズ ハード   ヤネッテ・フサロバ   リサ・レイモンド
  レネ・スタブス
5–7, 0–6
優勝 1. 2002年5月12日   ベルリン クレー   ヤネッテ・フサロバ   ダニエラ・ハンチュコバ
  アランチャ・サンチェス・ビカリオ
0–6, 7–6(3), 6–2
優勝 2. 2002年8月4日   サンディエゴ ハード   ヤネッテ・フサロバ   ダニエラ・ハンチュコバ
  杉山愛
6–2, 6–4
準優勝 4. 2002年8月26日   全米オープン ハード   ヤネッテ・フサロバ   ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
  パオラ・スアレス
2–6, 1–6
優勝 3. 2002年10月6日   モスクワ カーペット (室内)   ヤネッテ・フサロバ   エレナ・ドキッチ
  ナディア・ペトロワ
2–6, 6–3, 7–6(7)
優勝 4. 2002年11月11日   ロサンゼルス カーペット (室内)   ヤネッテ・フサロバ   カーラ・ブラック
  エレーナ・リホフツェワ
4–6, 6–4, 6–3
優勝 5. 2003年6月21日   スヘルトーヘンボス   リナ・クラスノルツカヤ   ナディア・ペトロワ
  マリー・ピエルス
2–6, 6–3, 6–4
準優勝 5. 2005年1月10日   シドニー ハード   杉山愛   ブリアン・スチュアート
  サマンサ・ストーサー
不戦敗
優勝 6. 2005年8月14日   ロサンゼルス ハード   フラビア・ペンネッタ   ベサニー・マテック
  アンジェラ・ヘインズ
6–2, 6–4
準優勝 6. 2005年9月10日   全米オープン ハード   フラビア・ペンネッタ   リサ・レイモンド
  サマンサ・ストーサー
2–6, 7–5, 3–6
準優勝 7. 2006年5月8日   ベルリン クレー   フラビア・ペンネッタ   晏紫
  鄭潔
2–6, 3–6

4大大会シングルス成績編集

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 通算成績
全豪オープン A 2R 3R 3R 4R 1R 1R 4R 1R 4R 4R SF 2R 23–12
全仏オープン A 2R 2R 2R 4R 1R F 4R 3R 3R QF 3R SF 30–11
ウィンブルドン A 1R 1R 3R 4R 4R 1R 4R QF 3R SF SF A 27–11
全米オープン LQ 3R SF 4R 2R 4R F SF QF 3R SF 2R 4R 39–12

: 2000年全仏の不戦敗と2004年全米3回戦の不戦勝は通算成績に含まない

脚注編集

外部リンク編集