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ウシ

哺乳綱鯨偶蹄目ウシ科ウシ亜科の動物
ゴオウから転送)

ウシ英語cattle)は、哺乳綱鯨偶蹄目ウシ科ウシ亜科動物である。野生のオーロックス家畜化されて生まれた。

ウシ
Koe zijaanzicht 2.JPG
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: 鯨偶蹄目Cetartiodactyla
亜目 : ウシ亜目(反芻亜目) Ruminantia
: ウシ科 Bovidae
亜科 : ウシ亜科 Bovinae
: ウシ族 Bovini
: ウシ属 Bos
: オーロックス B.primigenius
亜種 : ウシ B.p.taurus
学名
Bos taurus
英名
Cattle

「ウシ」は、狭義では特に(レベルで)家畜種のウシ[学名Bos taurus日本語音写例:ボス・タウルス、ボース・タウルス)]を指す。一方、やや広義では、ウシ属 (genus Bos ) を指し、そこにはバンテンなどの野生牛が含まれる。さらに広義では、ウシ亜科 (subfamilia Bovinae) の総称である。すなわち、アフリカスイギュウ属アジアスイギュウ属ウシ属バイソン属などを指す。これらは一般の人々も牛と認めるような共通の体形と特徴を持っている。大きな胴体、短い首と一対の、胴体と比べて短めの脚、軽快さの乏しい比較的鈍重な動きである。ウシと比較的近縁の動物としては、同じウシ亜目(反芻亜目)にキリン類やシカ類、また、同じウシ科の仲間としてヤギヒツジレイヨウなどがあるが、これらが牛と混同されることはまずない。

以下ではこのうち、家畜ウシについて解説する。

名称編集

ウシは、伝統的には牛肉食文化が存在しなかった地域においては単一語[例えば、漢字文化圏においては『』、ないし、十二支の配分である『(うし)]で総称されてきた。これに対し、古くから牛肉食や酪農を目的とする家畜としての飼育文化や放牧が長く行われてきた西洋地域(例えば、主に英語圏など商業的牛肉畜産業が盛んな地域)においては、ウシの諸条件によって多種多様な呼称をもつ傾向がある。

インターネットの世界的普及などによる情報革命が起き、ユビキタス社会の黎明期ともなった21世紀初期には、欧米由来の食文化のグローバル化もまた進むこととなり、宗教的理由によって牛肉食がタブーとされている地域を除いては、牛肉食文化の世界的拡散が顕著となった。特に商業畜産的要因から、現代の畜産・肥育・流通現場においては世界各地で細分化された名称が用いられる傾向がある。

性別による名称編集

  • 牡の牛
牡(、オス、)の牛。日本語では、牡牛/雄牛(おうし、おすうし、古:『をうじ』とも)[1]牡牛(ぼぎゅう)[1]という。「雄牛(ゆうぎゅう)」という読みも考えられるが、用例は確認できず、しかし種雄牛(しゅゆうぎゅう、雄の種牛しゅぎゅう、たねうし〉)[2]という語形に限ってはよく用いられている。古語としては「男牛(おうし、古訓:をうじ、をうじ)」もあるものの、現代語として見ることは無い。
英語では、"bull"(cf. en,wikt:en日本語音写例〈以下同様。縮小文字はほとんど外来語化されていない音写形〉:ブル)、"ox"(アクス、オクス、オックス)、方言で "nowt"(ナウトゥ)という。
ラテン語では "taurus"(タウルス)といい、"bos"(ボース、長音省略:ボス)と同じく性別の問わない「牛」の意もある。taurus はギリシア神話に登場する牛頭人身の怪物ミノタウロスにも通じる語で、恐竜カルノタウルス (Carnotaurus) の - "-taurus " の語源でもある。

  • 牝の牛
牝(、メス、)の牛。日本語では、牝牛/雌牛(めうし、めすうし、古訓:『めうじ』『をなめ』『をんなめ[3]』『うなめ』とも)[4][3]牝牛(ひんぎゅう)[3]という。「雌牛(しぎゅう)」という読みも考えられるが、用例は確認できず、雄と違って種雌牛も「しゅしぎゅう」ではなく「たねめすうし」と訓読みする[5]。古語としては「女牛(めうし、古訓:めうし、めうじ)[6]」「牸牛(めうし、古訓:めうし、めうじ)[4]」もあるものの、現代語として見ることは無い。
英語では "cow"(cf. wikt:en。日本語音写例:カウ)という。
ラテン語では "vacca"(ワッカ)という。

年齢による名称編集

日本語における年齢を基準とした呼び分けは牛においても一般的用法と変わりなく、つまり、人間や他の動植物と同じく[年少:幼─若─成─老:年長]という定型が形容詞的に用いられ、[年少:幼牛(ようぎゅう)─若牛(わかうし)─成牛(せいぎゅう)─老牛(ろうぎゅう):年長]という呼び分けがあるが、体系的に用いられるわけではない。一方、畜養・医療・加工・流通・管理・研究等々諸分野の専門用語としては、通用語と全く違う語が用いられていることも多い。また、親牛(おやうし)・仔牛/子牛(こうし)という本来は親と子の関係を表していた名称は、一般・専門ともによく用いられる。

  • 未成熟な牛
成熟していない牛全般は、未成熟牛(みせいじゅくぎゅう)をいう。生まれたての牛も成熟間近の牛も該当する。

  • 幼い牛
幼牛(ようぎゅう)。成熟に程遠い年齢の未成熟牛、あるいは未成熟牛全般をいう。専門的には、生後およそ120日以内から360日以内までの牛を指すことが多い。先述のとおり、子供(※動物に当てる用字としては『』であるが、常用漢字の縛りの下では『』で代用する)の牛という意味から発した仔牛/子牛(こうし)は、幼牛より定義の緩い語ながらむしろ多く用いられる。英語では "calf" (cf. en,wikt:en) が同義といえ、日本語でもこれが外来語化した「カーフ」がある。なお、ここでいう "calf" と「カーフ」は未成熟牛もしくは幼牛の生体を指し、屠殺後のそれとは別義である。
肉牛の場合、この段階から業者が品質を高めて始めることになるため、ベーシックな状態の牛という意味合いで素牛(もとうし)、育て上げる牛という意味で育成牛(いくせいぎゅう)という[7]。素牛は繁殖用育成と肥育(出荷するために肉質を高めつつ肉量を増やす飼育)のいずれかに回すことになり[8]、行く末が決まり次第、それぞれに繁殖素牛(はんしょくもとうし)・肥育素牛(ひいくもとうし)という。
その肉は仔牛肉/子牛肉(こうしにく)といい、英語では "veal"(外来語形:ヴィール)、フランス語では "veau"(外来語形:ヴォー)という。外来語形は少なくとも料理や栄養学などの分野で定着している。柔らかい食感が好まれ、さまざまな料理の食材として用いられる。特にフランス料理においては、その肉のブイヨン出汁)がフォン・ド・ヴォーとして重用される。
生後6か月以内の仔牛の皮革(原皮となめし革)は[9][10]、死んだ後の(※産業としては人の手で殺した後の)未成熟牛を指す語としての "calf" や「カーフ」の名で呼ばれるほか[11]、皮革であるという限定詞を添えて「仔牛の原皮」を「カーフスキン (calfskin)」[9]、「仔牛の革」を「カーフレザー (calf leather)」[10]とも呼び、前者は原義を離れて「仔牛の革」の意でも用いられる[12]。後者は牛革の中でも最高級とされる[10]。よく馴染むしなやかさが特徴で、手帳財布など多様な革製品に好んで用いられる。

  • 若い牛
若牛(わかうし)。成熟が近い未成熟牛をいう。ただしあくまで古来の日本語において通用する語であって、各専門分野の用語としては、確認し得る限り、「仔牛(幼牛)」の段階を過ぎた牛は「成牛」である。

  • 成熟した牛
成牛(せいぎゅう)という。

  • 老いた牛
老牛(ろうぎゅう)という。現代都市文明社会においては、年老いて利用価値が低下した牛は、市場価値が極めて低く、ほぼ全ての老齢個体は廃用牛(はいようぎゅう)として処分される。例えば乳牛は、自然界では到底あり得ない頻度で生涯に亘って搾乳され続けるため、採算が取れないほど乳の出が悪くなった頃には体がボロボロになっていることが普通である。

飼育条件による名称編集

畜産業界ないし肥育業界、ないし牛肉産品を流通・販売する業界などにおいては、さらに多様に表現されている。

  • 畜牛[ちくぎゅう、英語:cattle日本語音写例〈以下同様〉:キャトル)]
畜産用途に肥育されるウシ全般のこと。家畜牛。
  • 去勢牛[きょせいぎゅう]
人工的に去勢されたウシのこと。食肉を目的として肥育されるにあたっては、雌雄とも去勢されることが多い。荷車牽引などの用務牛用途を目的として牡牛を用いる場合にも、精神的な荒さや発情を削ぐために去勢されるケースがよく見られる。
  • 《英語》 ox[オックス、複数形:oxen(オックスン)] - オスの去勢牛のこと。
  • 《英語》 steer[スティーア] - メスの去勢牛のこと。
搾乳目的で飼育されるウシのこと。
※ 英語の dairy cattle には、発乳するメスそのものに加え、メスが発乳する条件である妊娠をさせるための種牡牛、妊娠した母牛の発乳を促進させるために乳頭をしゃぶらせる仔牛まで含めて広義に定義する場合もある。
  • 未経産牛[みけいさんぎゅう、英語:heifer(ヘイファー)]
妊娠ないし出産を経験していない牝牛のこと。
乳牛用途・肉牛用途ともに高価で取引される。
  • 経産牛[けいさんぎゅう、英語:delivered cow(デリバードカウ)]
すでに出産経験のある牝牛のこと。
肉牛として出荷する場合には、未経産牛に比較して安価で取引される。

日本語の方言・民俗編集

日本の東北地方では牛を「べこ」と呼ぶ。これは、を「わんこ」、を「にゃんこ」と呼ぶように、牛の鳴き声(べー)に、「こ」をつけたことによる。地方によっては「べご」「べごっこ」とも呼ぶ。ただし、日本における牛の鳴き声を表す擬音語で最も一般的なのは「モー」である。

柳田國男によれば、日本語では牡牛が「ことひ」、牝牛が「おなめ」であった。また、九州の一部ではシシすなわち食肉とされていたらしく、「タジシ(田鹿)」と呼ばれていた[13]

形質編集

 
ウシの胃と腸。国立科学博物館の展示。

ウシは反芻動物である。反芻動物とは反芻(はんすう)する動物のことであるが、そもそも「反芻」とは、一度呑み下して消化器系に送り込んだ食物を口の中に戻して咀嚼し直し、再び呑み込むことをいう。このような食物摂取の方法を取ることで栄養の吸収効率を格段に上げる方向へ進化し、その有利性から生態系の中で大成功を収めて世界中に拡散した動物群が、反芻動物であった。多様に見えて、その実、単系統群である。そのような反芻動物の中でも、ウシが属するウシ科はとりわけ進化の度合いが深まった分類群(タクソン)の一つであり、ウシの仲間(※少し範囲を広げてウシ族と言ってもよい)は勢力的にも代表格と言える。彼らは、ヒトに飼われて殖えたのも確かではあるが、もともと自然の状態で生態上(数と生物量の両面で)の大勢力であった。反芻動物の進化がウシ科のレベルまで深まる以前に勢力を誇っていたのはウマに代表される奇蹄類であり、ウシ科は栄養吸収効率の大きな差を活かして奇蹄類を隅に押しやり分布を広めた。そのことは地質学的知見で証明可能である。家畜としても比較されることの多いウシとウマであるが、同じ質と量の餌を与えた場合、栄養面で報いが大きいのは間違いなくウシであるということもできる。

反芻動物の具えるを「反芻胃(はんすうい)」というが、マメジカのような原始的な種を例外として、ウシを含むほとんどの反芻動物が4つの胃を具えている。ただし実際には、胃液を分泌する本来の意味での胃は第4胃の「皺胃(しゅうい)」のみであり[14]、それより口に近い場所にあって「前胃(ぜんい)」と総称される消化器系、すなわち、第1胃「瘤胃(りゅうい)」・第2胃「蜂巣胃(ほうそうい)」・第3胃「重弁胃(じゅうべんい)」は[14]食道が変化したものである。ここを共生微生物の住まう植物繊維発酵槽に変えることで、反芻は極めて効果的な消化吸収システムになった。ウシの場合、この前胃に、の繊維(セルロースなど)を分解(化学分解)する細菌類(バクテリア)および繊毛虫類(インフゾリア)を始めとする微生物を大量に常在させ[14]、繊維を吸収可能な状態に変えさせ[14]、収穫するようにそれを吸収するという方法で草を"食べている"[14]。前胃の微生物を総じて胃内常在微生物叢(いないじょうざいびせいぶつそう)などというが、ウシはこれら微生物の殖えすぎた分も動物性蛋白質として消化・吸収し、栄養に変えている[14]

ウシの味蕾は25,000個で味蕾が5000個のヒトの5倍を有する。ウシは毒物で反芻胃の微生物が死なないように味覚で食べる草をより分けている[15]

ウシのは、牡牛の場合は上顎に12本、下顎に20本で、上顎の切歯(前歯)は無い。そのため、草を食べる時には長い舌で巻き取って口に運ぶ。

には、個体ごとに異なる鼻紋があり、個体の識別に利用される。

家畜としてのウシ編集

食用等編集

家畜であるウシは、畜牛(ちくぎゅう)といい、まず第一に、その身体を食用や工業用などとして多岐にわたって利用される。を得ることを主目的として飼養される牛を肉牛(にくぎゅう)というが、肉牛ばかりが食用になるわけでもない。牛の肉を、日本語では牛肉(ぎゅうにく)という。特に正肉(しょうにく、せいにく。骨や余分な脂肪などを取り除いた食用肉)をそのように呼び、仔牛肉以外は外来語ビーフともいう。牛に限らないが、内臓は、世界に共通して畜産副産物の一つという扱いになるが、「もつ」あるいは「ホルモン」と呼んで食用にする日本のように、食用とする文化圏も割と多い。また、食用でなくとも内臓はこれを様々に利用する文化が世界にはある。仔牛肉/子牛肉(こうしにく)は特に区別されていて、月齢によって「ヴィール」「カーフ」と呼び分ける。牛の脂肉(あぶらにく)から採って食用に精製した脂肪牛脂(ぎゅうし)もしくはヘットという。

牛のすなわち牛骨(ぎゅうこつ)は、加工食品の原料や料理の食材になるほか、肥料にもなり、にかわ)を採取されもする。なお、膠には魚膠(うおにかわ、ぎょこう)や兎膠(うさぎにかわ)など様々な種類があるものの、現在流通するものの大半は牛の骨・皮・・内臓膜・などを原料とする牛膠(うしにかわ、ぎゅうこう)である。ただ、ヒンドゥー教では、牛の命の消費全般をタブーとしているため、牛膠もまた、その宗教圏および信仰者においては絵画を始めとする物品の一切に用いるべきでないものとされている。牛の骨油(こつゆ、ほねあぶら)である牛骨油(ぎゅうこつゆ)は、食用と工業用に回される。工業用牛骨油の主な用途は石鹸蝋燭である。

牛の皮膚すなわち牛皮(ぎゅうひ、ぎゅうかわ、うしがわ)は、鞣し(なめし)の工程を経て牛革(ぎゅうかく、ぎゅうかわ、cf. 皮革#牛)に加工され、衣服(古代人の上着ベルト履物などから現代人の革ジャンレーシングスーツまで)、武具(牛革張りのや刀剣の、牛革のレザーアーマーなど)、など収納道具、装飾品(豪華本の表装などを含む)、調度品(革張りのソファなど)、その他の材料になる。ここでも仔牛は特に区別されており、皮革の材料としての仔牛、および、その皮革を、仔牛と同じ語でもって「カーフ」と呼ぶ。

牛乳(ぎゅうにゅう)やその加工品を得ることを主目的として飼養される牛は、乳牛(にゅうぎゅう)という。

牛糞(ぎゅうふん、うしくそ)は、肥料として広く利用されるほか、燃料建築材料として利用する地域も少なくない(後述)。

使役編集

 
牛の牧場

使役動物としての牛は役牛(えきぎゅう)といい、古来広く利用されてきた。農耕用と、直接の乗用も含む人および物品の運搬用の、動力としての利用が主である。農耕のための牛は耕牛(こうぎゅう)という。運搬用というのは主に牛車(ぎゅうしゃ、うしぐるま)[* 1]用であるが、古来中国などではそれに限らない。

土壌改良編集

痩せた土地に家畜を放し、他所から運び込んだ自然の飼料で飼養することによって土壌改良を図る方法があり、体格が大きく餌の摂取量も排泄量も多い牛は、このような目的をもった放牧に打ってつけの家畜でもある。

娯楽編集

牛を娯楽に利用する文化は、世界を見渡せば散見される。牛同士を闘わせるのは、アジアの一部の国・地域(日本朝鮮オマーンなど)における伝統的娯楽で、これを闘牛(とうぎゅう)という(cf. 闘牛#日本における闘牛)。暴れ牛と剣士を闘わせるのは、西ゴート王国に始まり、イベリア半島を中心に伝統的に行われてきたブラッドスポーツの一種で、これも日本語では闘牛という(cf. 闘牛#スペイン等における闘牛)。暴れ牛と闘う剣士を闘牛士というが、対等の闘いではなく、絶対的有利な立場にある剣士が華麗な身のこなしと殺しを披露する見世物である。18世紀ごろのイギリスでは、牡牛とを闘わせる見世物として「牛いじめ[英語:bullbaiting(ブルベイティング)]」が流行し、牡牛(ブル)と闘うよう品種改良された犬(ドッグ)、すなわち「ブルドッグ」が、現在のブルドッグの原形として登場した。このブラッドスポーツは残酷だとして1835年に禁止され、姿を消している。危険な暴れ牛や暴れ馬の背に乗ってみせるのは、北アメリカで発祥したロデオで、競技化しており、アメリカ合衆国カナダオーストラリア、および、南アメリカの幾つかの国で盛んに興行が打たれている。

信仰編集

農耕を助ける貴重な労働力である牛を殺してに供える犠牲獣とし、そこから転じて牛そのものを神聖な生き物として崇敬することは、古代より永くに亘って広範な地域で続けられてきた信仰である。現在の例として、インドの特にヒンドゥー教徒の間で牛が神聖な生き物として敬われ、食のタブーとして肉食されることの無いことは、よく知られている。インダス文明でも牛が神聖視されていた可能性があり、インド社会における係る概念の永続性は驚くべきものがある。また、興奮した牛の群れにあえて追われるスペインなどラテン文化圏の祭事エンシエロ」、聖なる牛の群れに踏まれることでその年の幸運を得ようとするムガル帝国時代より続くヒンドゥー教の祭事「ゲーイ・ガウーリ」(ディーワーリーの期間中に行われる祭事の一つ)など、過激な伝統行事も世界にはある。

家畜としての牛の一生編集

家畜としての牛は、肉牛と乳牛に分けられる。また、ヨーロッパに多い乳肉兼用種というのもある[16]

乳牛編集

乳牛(ホルスタインなどの乳用種)を参照

肉牛編集

肉用牛には3種の区分があり、それぞれ「肉専用種(和牛)」「乳用種(国産若牛)」「交雑種(F1)」と呼ばれている[17]。(乳用種から生まれた雄・和牛交雑種などの肉用種)

肥育牛編集

繁殖農家で生まれた子牛は、250-300kgになる10か月齢から12か月齢まで育成され、「素牛(もとうし)」(6か月齢〜12か月齢の牛)市場に出荷され(2-4か月齢で出荷されるスモール牛市場もある)、肥育農家に競り落とされる。競り落とされた素牛は肥育農家まで運ばれるが、長距離になると輸送の疲れで10kg以上やせてしまうこともある[18]

その後、「肥育牛」として肥育される。飼育方法は、繋ぎ飼い方式・放牧方式など多くの選択肢があるが、数頭ずつをまとめて牛舎に入れて(追い込み式牛舎)飼う、群飼方式が一般的である(日本の農家の約80%)。また、牛を放牧又は運動場などに放して運動させることは、運動不足による関節炎の予防や蹄の正常な状態を保つために必要であるが、日本の農家では約6%しか行われていない。そのため、1年に1-2回程度の削蹄を実施している農家が多い[19]

肥育前期(7か月程度)は牛の内臓(特に胃)と骨格の成長に気をつけ、良質の粗飼料を給餌される。肥育中期から後期(8-20か月程度)にかけては高カロリーの濃厚飼料を給餌され、筋肉の中に脂肪をつけられる。(筋肉の中の脂肪は「さし」とよばれ、さしにより霜降り肉ができる) 肉用牛は、生後2年半から3年、体重が700kg前後で出荷され、屠殺される。

繁殖用雌牛編集

繁殖用として優れた資質・血統をもつ雌牛が選ばれる。繁殖用として飼育される雌牛は生後14か月から16か月で初めての人工授精(1950年に家畜改良増殖法が制定され、人工授精普及の基盤が確立し、今日では日本の牛の繁殖は99%が凍結精液を用いた人工授精によってなされている)[20]が行われ、約9か月で分娩する。経済効率を上げるため、1年1産を目標に、分娩後約80日程度で次の人工授精が行われる。8産以上となると、生まれた子牛の市場価格が低くなり、また繁殖用雌牛の経産牛の肉としての価格も低くなる場合があるため[21]標準的には6-8産で廃用となり、屠殺される。 また、受胎率が悪い、生まれた子牛の発育が悪いなどの繁殖用雌牛は経済効率が低いため、早目に廃用される。

外科的処置編集

除角編集

牛は、飼料の確保や社会的順位の確立等のため、他の牛に対し、角突きを行うことがある。そのため牛舎内での高密度の群飼い(狭い時で1頭当たり5m2前後[19])ではケガが発生しやすく、肉質の低下に繋がることもある。また管理者が死傷することを防止するためにも有効な手段と考えられており、日本の農家の約半数が除角を実施している。除角は3か月齢以上でおこなう農家が多く(日本の農家の約88%)、断角器や焼きごてで実施され、そのうち83%は麻酔なしで除角される[19]。除角は激痛を伴い腐食性軟膏や焼きごて、のこぎり、頭蓋骨から角をえぐり取る除角スプーンを使う[22]

国産畜産物安心確保等支援事業「アニマルウェルフェア(動物福祉)の考え方に対応した肉用牛の飼養管理指針」では「除角によるストレスが少ないと言われている焼きごてでの実施が可能な生後2か月以内に実施すること」が推奨されている。

去勢編集

雄牛を去勢しないで肥育した場合、キメが粗くて硬い、消費者に好まれない牛肉に仕上がる。また去勢しない雄牛を群飼すると、牛同士の闘争が激しくなり、ケガが発生しやすく肉質の低下にもつながる。このため、日本の肉牛の雄は、77%が去勢される[19]。去勢は3か月齢以上で行われることが多く、基本的に麻酔なしで実施される。去勢手術の失敗による傷口の化膿と肉芽腫の形成等が見られることがある[23][信頼性要検証]

鼻環(鼻ぐり)編集

鼻環による痛みを利用することで、牛の移動をスムーズにするなど、牛を調教しやすくすることができる。日本の農家では約84%で鼻環の装着が行われている。鼻環通しは麻酔なしで行われる。国産畜産物安心確保等支援事業「アニマルウェルフェア(動物福祉)の考え方に対応した肉用牛の飼養管理指針」では「牛へのストレスを極力減らし、可能な限り苦痛を生じさせないよう、素早く適切な位置に装着すること」とされている。

病気編集

舌遊び編集

舌を口の外へ長く出したり左右に動かしたり、丸めたり、さらには柵や空の飼槽などを舐める動作を持続的に行うこと。舌遊び行動中は心拍数が低下することが認められている。粗飼料の不足、繋留、単飼(1頭のみで飼育する)などの行動抑制、また生まれてすぐに母牛から離されることが舌遊びの原因となっている。「子牛は自然哺乳の場合1時間に6000回母牛の乳頭を吸うといわれている。その半分は単なるおしゃぶりにすぎないが、子牛の精神の安定に大きな意味をもつ。子牛は母牛の乳頭に吸い付きたいという強い欲求を持っているが、それが満たされないため、子牛は乳頭に似たものに向かっていく。成牛になっても満たされなかった欲求が葛藤行動として「舌遊び」にあらわれる」[24]。実態調査では、種付け用黒毛和牛の雄牛の100%、同ホルスタイン種の雄牛の6%、食肉用に肥育されている去勢黒毛和牛の雄牛の76%、黒毛和牛の雌牛の89%、ホルスタイン種の17%で舌遊び行動が認められた[25]

失明編集

霜降り肉を作るためには、筋肉繊維の中へ脂肪を交雑させる、という通常ではない状態を作り出さなければならない。そのため、肥育中期から高カロリーの濃厚飼料が与えられる一方で、脂肪細胞の増殖を抑える働きのあるビタミンAの給与制限が行われる。ビタミンAが欠乏すると、牛に様々な病気を引き起こす。 肥育農家がこのビタミンAコントロールに失敗し、ビタミンA欠乏が慢性的に続くと、光の情報を視神経に伝えるロドプシンという物質が機能しなくなり、重度になると、瞳孔が開いていき、失明に至る[26]

中毒編集

稀なケースであるが、牧場内に広葉樹がありドングリが採餌できる環境にあると、ドングリの成分であるポリフェノールを過剰摂取してしまい中毒死することがある[27]

主要品種編集

ヨーロッパ由来品種編集

  • アバディーン・アンガス種(無角牛、スコットランド原産、肉牛)
  • アングラー種(ドイツ原産、乳肉兼用)
  • ウェルシュブラック種(イギリス原産、乳肉兼用)
  • エアシャー種(スコットランド原産、乳牛)
  • ガンジー種 (イギリス領ガンジー島原産、乳牛 )
  • キニアーナ種(イタリア原産、役肉兼用 欧州系で最大の標準体型を持つ)
  • ギャロレー種(イギリス原産、肉用)
  • グロニンゲン種(オランダ原産、乳肉兼用)
  • ケリー種(アイルランド原産、乳用)
  • ゲルプフィー種(ドイツ原産、肉用)
  • サウスデボン種(イギリス原産、乳肉兼用)
  • ジャージー種(イギリス領ジャージー島原産、乳牛)
  • シャロレー種(フランス原産、肉牛)
  • ショートホーン種(スコットランド原産、肉牛)
  • シンメンタール種(スイス原産、乳肉兼用)
  • スウェーデンレッドアンドホワイト種(スウェーデン原産、乳用)
  • デキスター種(イギリス原産、乳肉兼用)
  • デボン種(イギリス原産、肉用)
  • デーリィショートホーン種(イギリス原産、乳肉兼用)
  • ノルウェーレッド種(ノルウェー原産、乳用)
  • ノルマン種(フランス原産、乳肉兼用)
  • ハイランド種(イギリス原産、肉用)
  • パイルージュフランドル種(ベルギー原産、乳肉兼用)
  • ピンツガウエル種(オーストリア原産、肉用)
  • フィンランド種(フィンランド原産、乳用)
  • ブラウンスイス種(スイス主産、乳肉兼用)
  • ヘレフォード種(イングランド原産、肉牛)
  • ホルスタイン種(オランダ原産、乳牛、黒と白の模様で日本でもよく知られる)
  • マレーグレー種(オーストラリア原産、肉牛)
  • マルキジアーナ種(イタリア原産、役肉兼用)
  • ミューズラインイーセル種(オランダ原産、乳肉兼用)
  • ムーザン種(フランス原産、肉用)
  • モンベリエール種(フランス原産、乳肉兼用)
  • リンカーンレッド種(イギリス原産、乳肉兼用)
  • レッドデーニッシュ種(アイルランド原産、乳肉兼用)
  • レッドポール種(イギリス原産、乳肉兼用)
  • ロートフィー種(ドイツ原産、肉用)
  • ロマニョーラ種(イタリア原産、役肉兼用)
  • ホワイトベルテッドギャラウェイ種(スコットランド原産)

アジア由来品種編集

  • 黄牛(中国・東南アジア産、役牛)
  • 草原紅牛(中国原産、乳牛)
  • 朝鮮牛(韓牛)(朝鮮原産、役牛・肉牛)
  • ブラーマン種
  • ヒンドゥー種
  • カンペンセン種

日本由来品種編集

  • 口之島牛(鹿児島県口之島に棲息、野生化牛)
  • 見島牛(山口県見島産、天然記念物)
    • 見蘭牛(見島牛の雄とホルスタインの雌の交配 (F1))
  • 和牛(改良和種:外国種との交配)

飼育数編集

世界に棲息する牛のうち、家畜として飼育されている頭数に関しては、国際連合食糧農業機関 (FAO) による毎年の調査結果が、1990年以降公表されている[28]。統計には、一般的な牛のほか、コブウシガウルなどのアジア牛、ヤクを含む[28]スイギュウバイソンは含まない[28]

牛を聖なる動物と見なすヒンドゥー教の影響もあってインドが世界を圧倒する飼育頭数で知られ、長らく世界一の座を占めていた。しかし、2003年ブラジルがインドに換わって世界第1位となった[29]。これは、アマゾン熱帯雨林の破壊と牧場開発が以前にも増して急速に進み、アマゾン地方の牛飼育頭数が激増してきた結果であった。

2008年には再びインドが第1位になったものの、インド・ブラジル両国の頭数はほぼ拮抗している[29]。第3位は約9380万頭のアメリカ合衆国、第4位は約8370万頭の中華人民共和国、第5位は約4390万頭のアルゼンチン[29]、これら3か国の飼育頭数はいずれも10年来ほぼ横這いである[29]

2010年発表のデータでも、第1位は約2億1000万頭のインド、第2位は約2億950万頭のブラジルで、両国の飼育頭数は拮抗している[29]

2013年発表のデータでは、世界推定総計が約14億7488.8万頭(1,474,887,717千頭[* 2])、そのうち第1位は約2億1822.5万頭(218,225,177千頭)のブラジル、第2位は約1億8598.7万頭(185,987,136千頭)と数を減らしたインド、第3位は約9191.8万頭(91,918,000千頭)のアメリカ合衆国、第4位は約8437.6万頭(84,376,350千頭)の中華人民共和国、第5位はアルゼンチンを上回った約5948.7万頭(59,486,667千頭)のエチオピアであった[30]日本は約382.4万頭(3,824,000千頭)であった[30]

2019年発表のデータでは、世界推定総計が約14億9168.7万頭、そのうち第1位は約2億1490.0万頭のブラジル、第2位は約1億8510.4万頭のインド、第3位は約9370.5万頭のアメリカ合衆国、第4位は約8321.0万頭の中華人民共和国、第5位は約6092.7万頭のエチオピアであった[31]。日本は約382.2万頭の第64位であった[31]

利用編集

食用編集

肉は牛肉として、また乳は牛乳として、それぞれ食用となる。食用は牛の最も重要な用途であり、肉・乳ともに人類の重要な食料供給源の一つとなってきた。牛乳も牛肉も、そのまま食用とされるだけでなく、乳製品や各種食品などに加工されることも多い。

年老いて乳の出が悪くなった乳牛経産牛は、肉質は硬くなって低下し、体も痩せ細ってしまう[32]。21世紀初期の日本の場合、こういった個体は廃用牛の扱いを受け、安値でペットフード用など人間向けの食用以外に回されるのが一般的である[32]。しかし、再肥育して肉質を高めることで[* 3][32]人間向けの食用牛としての市場価値を“再生”させることに成功している業者もいるにはいる[32]

皮革編集

生薬編集

胆石牛黄(ごおう)という生薬で、漢方薬の薬材[* 4]。解熱、鎮痙、強心などの効能がある。救心、六神丸などの、動悸息切れ・気付けを効能とする医薬品の主成分となっている。日本薬局方に収録されている生薬である。

牛の胆石は千頭に一頭の割合でしか発見されないため[33]、大規模で食肉加工する設備を有する国が牛黄の主産国となっている。オーストラリア、アメリカ、ブラジル、インドなどの国がそうである。ただし、BSEの問題で北米産の牛黄は事実上、使用禁止となっていることと、中国需要の高まりで、牛黄の国際価格は上げ基調である。

現在では、牛を殺さずに胆汁を取り出して体外で結石を合成したり、外科的手法で牛の胆嚢内に結石の原因菌を注入して確実に結石を生成させる、「人工牛黄」または「培養牛黄」が安価な生薬として普及しつつある。

牛糞編集

糞は肥料にされる。与えられた飼料により肥料成分は異なってくるが、総じて肥料成分は低い。肥料としての効果よりも、堆肥のような土壌改良の効果の方が期待できる。また、堆肥化して利用することも多い。園芸店などで普通に市販されている。

乾燥地域では牛糞がよく乾燥するため、燃料に使われる。森林資源に乏しいモンゴル高原では、牛糞は貴重な燃料になる。またエネルギー資源の多様化の流れから、牛糞から得られるメタンガスによるバイオマス発電への利用などが模索されており、スウェーデンなどでは実用化が進んでいる。

また、インドなどの発展途上国では牛糞を円形にして壁に貼り付け、一週間ほど乾燥させて牛糞ケーキを作製し、燃料として用いている(匂いもなく、火力も強い)[34]

アフリカなどでは住居内の室温の上昇を避けるために、牛糞を住居の壁や屋根に塗ることがある。

胆汁編集

水彩画では胆汁をぼかし・にじみ用の界面活性剤として用いる。

歴史編集

世界編集

ウシは新石器時代西アジアインドで野生のオーロックスが別個に家畜化されて生まれた。学説としては、西アジアで家畜化されたものが他地域に広がったという一元説が長く有力であった[35][36]。ところが、1990年代になされたミトコンドリアDNAを使った系統分析で、現生のウシがインド系のゼブ牛と北方系のタウルス牛に大きく分かれ、その分岐時期が20万年前から100万年前と推定された。これは、せいぜい1万年前とされるウシの家畜化時期よりはるかに古い。そこで、オーロックスにもとからあった二系統が、人類によって別々に家畜化された結果、今あるゼブ牛、タウルス牛となったという二元説が広く支持されている[37][36]

ウシは、亜種関係のゼブ牛・タウルス牛の間はもとより、原種のオーロックスとも問題なく子孫を残せるので、家畜化された後に各地で交雑が起こった。遺伝子分析によれば、ヨーロッパの牛にはその地のオーロックスの遺伝子が入り込んでいる。東南アジアとアフリカの牛は、ゼブ牛とタウルス牛の子孫である[38]。さらに、東南アジア島嶼部のウシには、別種だがウシとの交雑が可能なこともあるバンテンの遺伝子が認められる[38]

ウシの家畜化は、ヤギヒツジと比べて遅れた。オーロックスは獰猛で巨大な生物であったので、小型の動物で飼育に習熟してはじめて家畜化に成功したと考えられている。しかしいったん家畜化されると、ウシはその有用性によって牧畜の中心的存在となった。やがて成立したエジプト文明メソポタミア文明インダス文明においてウシは農耕用や牽引用の動力として重要であり、また各種の祭式にも使用された。紀元前6世紀初頭にはメソポタミアにおいてプラウ(犂)が発明され、その牽引力としてウシはさらに役畜としての重要度を増した。このプラウ使用はこれ以降の各地の文明にも伝わっていった。

ウシはやがて世界の各地へと広がっていった。ヨーロッパではウシは珍重され、最も重要な家畜とされていた。8世紀後半ごろには車輪付きのプラウが開発され、またくびきの形に改良がくわえられることで牽引力としての牛はさらに重要となった[39]。牛肉はヨーロッパ全域で食用とされ、中世の食用肉のおよそ3分の2は牛肉で占められていた[40]。ヨーロッパ北部では食用油脂の中心はバターであり、また牛乳も盛んに飲用された[41]。ヨーロッパ南部では食用油脂の中心はオリーブオイルであり、牛乳もさほど飲用は盛んでなかったが、牛肉は北部と比べ盛んに食用とされた[40]

アフリカにおいてはツェツェバエの害などによって伝播が阻害されたものの、紀元前1500年ごろにはギニアフータ・ジャロン山地でツェツェバエに耐性のある種が選抜され[42]西アフリカからヴィクトリア湖畔にかけては紀元前500年頃までにはウシの飼育が広がっていた[43]。インドにおいてはバラモン教時代はウシは食用となっていたが、ヒンドゥー教への転換が進む中でウシが神聖視されるようになり、ウシの肉を食用とすることを禁じるようになった。しかし、乳製品や農耕用としての需要からウシは飼育され続け、世界有数の飼育国であり続けることとなった。

新大陸にはオーロックスが存在せず、1494年クリストファー・コロンブスによって持ち込まれたのが始まりである。しかし新大陸の気候風土にウシは適合し、各地で飼育されるようになった[44]。とくにアルゼンチンパンパにおいては、持ち込まれた牛の群れが野生化し、19世紀後半には1,500万頭から2,000万頭にも達した。このウシの群れに依存する人々はガウチョと呼ばれ、アルゼンチンやウルグアイの歴史上重要な役割を果たしたが、19世紀後半にパンパ全域が牧場化し野生のウシの群れが消滅すると姿を消した。北アメリカ大陸においてもウシは急速に広がり、19世紀後半には大陸横断鉄道の開通によってウシを鉄道駅にまで移送し市場であるアメリカ東部へと送り出す姿が見られるようになった。この移送を行う牧童はカウボーイと呼ばれ、ウシの大規模陸送がすたれたのちもその独自の文化はアメリカ文化の象徴となっている。

1880年代には冷凍船が開発され、遠距離からも牛肉の輸送ができるようになった。これはアルゼンチンウルグアイにおいて牧場の大規模化や効率化をもたらし、牛肉輸出は両国の基幹産業となった[44]。また、鉄道の発達によって牛乳を農家から大都市の市場へと迅速に大量に供給することが可能になったうえ、ルイ・パスツールによって低温殺菌法(パスチャライゼーション)が開発され、さらに冷蔵技術も進歩したことで、チーズやバターなどの乳製品に加工することなくそのまま牛乳を飲む習慣が一般化した[45]。こうした技術の発展によって、ウシの利用はますます増加し、頭数も増加していった。

日本列島編集

日本列島では東京都港区伊皿子貝塚から弥生時代の牛骨が出土したとされるが、後代の混入の可能性も指摘される[46]。日本のウシは、中国大陸から持ち込まれたと考えられている。古墳時代前期にも確実な牛骨の出土はなく、牛を形象した埴輪が存在しているため、この頃には飼育が始まっていたと考えられている[46]。古墳後期(5世紀)には奈良県御所市の南郷遺跡から牛骨が出土しており、最古の資料とされる[46]

当初から日本では役畜としての使用が主であったが、牛肉も食されていたほか、牛角牛皮骨髄の利用も行われていたと考えられている。675年天武天皇は、牛、馬、犬、猿、鶏の肉食を禁じた。禁止令発出後もウシの肉はしばしば食されていたものの、禁止令は以後も鎌倉時代初期に至るまで繰り返して発出され[47]、やがて肉食は農耕に害をもたらす行為とみなされ、肉食そのものが穢れであるとの考え方が広がり、牛肉食はすたれていった。8世紀から10世紀ごろにかけては酪や、醍醐といった乳製品が製造されていたが、朝廷の衰微とともに製造も途絶え、以後日本では明治時代に至るまで乳製品の製造・使用は行われなかった。

また、広島県の草戸千軒町遺跡出土の頭骨のない牛の出土事例などから頭骨を用いた祭祀用途も想定されており、馬が特定の権力者と結びつき丁重に埋葬される事例が見られるのに対し、牛の埋葬事例は見られないことが指摘されている。

古代の日本では総じて牛より馬の数が多かった[48]。平安時代の『延喜式』では、東国すべての国で蘇が貢納されており、牛の分布の地域差は大きくなかったようである[49]。ところが中世に入ると馬は東国、牛は西国という地域差が生まれた。東国では武士団の勃興に伴い馬が主体の家畜構成になったと考えられている[50]。東西の地域差は明治時代のはじめまで続いており、明治初期の統計では、伊勢湾若狭湾を結ぶ線を境として東が馬、西が牛という状況が見て取れる[51]

牛肉食は公的には禁忌となったものの、実際には細々と食べ続けられていたと考えられている。戦国時代にはポルトガル宣教師たちによって牛肉食の習慣が一部に持ち込まれ、キリシタン大名高山右近らが牛肉を振舞ったとの記録もある[52]ものの、禁忌であるとの思想を覆すまでにはいたらず、キリスト教が排斥されるに伴い牛肉食は再びすたれた。江戸時代には生類憐みの令によってさらに肉食の禁忌は強まったが、大都市にあったももんじ屋と呼ばれる獣肉店ではウシも販売され、また彦根藩は幕府への献上品として牛肉を献上しているなど、まったく途絶えてしまったというわけではなかった[53]。しかし、日本においてウシの主要な用途はあくまでも役牛としての利用であり続けた。

日本においてウシが公然と食されるようになるのは明治時代である。文明開化によって欧米の文化が流入する中、欧米の重要な食文化である牛肉食もまた流れ込み、銀座において牛鍋屋が人気を博すなど、次第に牛肉食も市民権を得ていった。また、乳製品の利用・製造も復活した。

文化と宗教編集

人間に身近で、印象的な角を持つ大型家畜である牛は、世界各地で信仰対象や動物に関連する様々な民俗・文化のテーマになってきた。

古代エジプト人はオシリスハトホル信仰を通して雄牛(ハピ、ギリシャ名ではアピス)を聖牛として崇め、第一王朝時代(紀元前2900年ごろ)には「ハピの走り」と呼ばれる行事が行われていた[54]。創造神プタハの化身としてアピス牛信仰は古代エジプトに根を下ろし、ラムセス2世の時代にはアピス牛のための地下墳墓セラペウムが建設された[54]。聖牛の特徴とされる全身が黒く、額に白い菱形の模様を持つウシが生まれると生涯神殿で手厚い世話を受け、死んだ時には国中が喪に服した。一方、普通のウシは食肉や労働力として利用されていたことが壁画などから分かっている。

主にインドで信仰されているヒンドゥー教では牛(特にコブウシ)を神聖視している(スイギュウはそうではない)。このためインドは牛の飼育頭数は多いものの、牛肉食を忌避する国民が多い。インドでは従来も州により、牛肉の扱いを規制していた。2017年5月26日にはインド連邦政府が、食肉処理を目的とした家畜市場における牛の売買を禁止する法令を出した。これに対して、イスラム教徒世俗主義者から「食事の選択権に対する侵害」として反対運動や訴訟が起き[55]、インド最高裁判所は7月11日に法令差し止めを決めた[56]。インドでは牛肉を売ったり、食べたりしたと思われた人が殺害される事件も起きている[57]

日本でも牛(丑)は十二支の鳥獣に入っているほか、牛頭天王のような神や、牛鬼など妖怪のモチーフになっている。

紋章編集

牛が紋章に描かれることは一般的である。

ロゴ編集

環境問題編集

ウシは反芻動物であり、反芻を繰り返すことにより、げっぷからメタンガスが発生する。これは地球温暖化の深刻な一因となっており、アメリカではメタンの総発生量の26パーセントが牛のげっぷによるものである[58]3-ニトロオキシプロパノール(3NOP)と呼ばれる成分を餌に混ぜるなどしてげっぷを少なくする研究が進んでいる[58]

慣用句編集

  • 「牛にひかれて善光寺参り」 - 人に連れられて思いがけず行くこと。昔、老婆がさらしておいたを牛が引っ掛けて善光寺に駆け込んだので、追いかけた老婆はそこが霊場であることを知り、以後たびたび参詣したという伝説から。
  • 「牛の歩み」 - 「牛歩」ともいう。進みの遅いことの譬え
  • 「牛の角を蜂が刺す」 - 牛の硬い角には毒針も刺さらないことから、何とも感じないこと。
  • 「牛の寝た程」 - 物の多くあるさまの形容。
  • 「牛は牛づれ(馬は馬づれ)」 - 同じ仲間同士は一緒になり、釣り合いが取れるということ。
  • 「牛は水を飲んで乳とし、蛇は水を飲んで毒とす」 - 同じものでも使い方によっては薬にも毒にもなることの譬え。
  • 「牛も千里、馬も千里」 - 遅いか早いかの違いはあっても、行き着くところは同じということ。
  • 「牛を売って牛にならず」 - 見通しを立てずに買い換え、損することの譬え。
  • 「牛飲馬食」 - 牛や馬のように、たくさん飲み食いすること。「鯨飲馬食」ともいう。
  • 「牛耳る(牛耳を執る)」 - 団体・集団の指導者となって指揮を執ること。
  • 「商いは牛の涎」 - 細く長く垂れる牛のよだれ)のように、商売は気長に辛抱強くこつこつ続けることがコツだという譬え。
  • 角を矯めて牛を殺す」- 些細な欠点を矯正しようとして却って全体を台無しにすること。
  • 九牛の一毛」 - 非常に多くの中の極めて少ないもの。
  • 「暗がりから牛」 - 物の区別がはっきりしないこと。あるいはぐずぐずしていることの譬え。
  • 「鶏口となるも牛後となるなかれ(牛の尾より鶏の口、鶏口牛後)」 - 大集団の下っ端になるより小集団でも指導者になれということ。人の下に甘んじるのを戒める、もしくは、小さなことで満足するを否とする言葉。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 古来日本の、牛に牽かせる屋形車(やかたぐるま)である「牛車(ぎっしゃ)」はその一種。
  2. ^ より正確な元の数値が損なわれないよう、単位「千頭」でも表記しておく。
  3. ^ 番組内では「噛めば噛むほど味わい深い」と評している。
  4. ^ 日本では『続日本紀』などに記述が見られ、一例として、文武天皇2年正月8日条(ユリウス暦換算:698年2月23日の条)、「土佐国から牛黄が献上された」と記されている他、11月29日条(ユリウス暦換算:699年1月5日の条)にも、「下総国が牛黄を献上した」など、各地から献上品としての記録が見られる。

出典編集

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参考文献編集

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初出は『地理』第20巻第11号、1975年11月、「文化地理の指標としての家畜」。
  • 松川正『品種改良の世界史 家畜編』正田陽一、悠書館、2010年11月。ISBN 978-4-90-348740-3

関連項目編集

外部リンク編集