細田守

日本のアニメーション監督、アニメーター

細田 守(ほそだ まもる、1967年〈昭和42年〉9月19日 - )は、富山県中新川郡上市町出身のアニメ監督アニメーター2005年からフリー金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科油絵専攻卒業。日本アニメーター・演出協会 (JAniCA) 会員。

ほそだ まもる
細田 守
細田 守
本名 細田 守
別名義 橋本カツヨ
遡玉洩穂
生年月日 (1967-09-19) 1967年9月19日(53歳)
出生地 日本の旗 日本
富山県中新川郡上市町
民族 日本人
職業 アニメーション監督
演出家(ジブリ、スタジオ地図)
ジャンル アニメ
SF映画
アクション映画
活動期間 1989年 -
配偶者 あり
主な作品
デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!
ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島
時をかける少女
サマーウォーズ
おおかみこどもの雨と雪
バケモノの子
未来のミライ
竜とそばかすの姫
 
受賞
日本アカデミー賞
最優秀アニメーション作品賞
2006年『時をかける少女』
2009年『サマーウォーズ』
2012年『おおかみこどもの雨と雪』
2015年『バケモノの子』
2018年『未来のミライ』
その他の賞
アニー賞
長編インディペンデント作品賞
2018年未来のミライ
文化庁メディア芸術祭
アニメーション部門大賞

2006年『時をかける少女』
2009年『サマーウォーズ』
毎日映画コンクール
アニメーション映画賞

2007年『時をかける少女』
2010年『サマーウォーズ』
2013年『おおかみこどもの雨と雪』
シッチェス・カタロニア国際映画祭
アニメーション部門最優秀長編作品賞

2006年『時をかける少女』
2009年『サマーウォーズ』
2012年『おおかみこどもの雨と雪』
2018年『未来のミライ』
テンプレートを表示

略歴編集

学生時代編集

父親は鉄道職員。一人っ子。子供の頃は吃音があり、小学校1、2年は特別支援学級に通っていた[1]。中学の時に劇場版『銀河鉄道999』や『ルパン三世 カリオストロの城』に衝撃を受けた。この時、劇場パンフレットに載っていた絵コンテを見てアニメーションの世界に強く惹かれた。当時、テレビ番組『YOU』の自主制作アニメ特集を見て、自分と同じ学生がアニメを作っていることを知り、中学3年の時にコピー用紙1000枚ほど用意して、飛行機がドンパチする約1分のアニメーションを製作し(全2コマ撮りのアニメ、当時の『アニメージュ』などを見て制作方法を知ったという[2])、学内上映した。

高校1年のとき、東映動画制作の角川映画少年ケニヤ』(1984年大林宣彦監督)公開のアニメーター公募を知り、上記の自主制作アニメを応募して合格、上京を薦められるが学校の試験があったので断念[3]

大学時代は、現代美術や映画などの実写映像に強い興味を持ち、映画サークルで実写映画を50本以上製作した。これら実写映画の大半はビデオアートで、舞踏のパフォーマンスをエフェクターで処理したインスタレーション作品など。映画の形になっているのは2本のみで、フィルムフィスティバルに出しているが落選している。

東映新人時代編集

大学卒業後、スタジオジブリの研修生採用試験を受けて最終選考に残るが、不採用となった。大学三年のとき「大林宣彦ピアノリサイタル」を企画し[3]、『少年ケニヤ』で声をかけてもらった田宮武プロデューサーに大林の連絡先を聞こうと上京したら、田宮に就職相談と勘違いされ[3]、「オレは東映動画にもサンライズにも日本アニメーションにも顔が利くから、どこでも入れてあげるよ。キミはどこがいいの?」と言われたため「じゃあ、やっぱり東映かな」と答え[3]、これが縁で1991年に東映動画 (後の東映アニメーション) にアニメーターとして入社した[3]。大林のピアノリサイタルの件は立ち消えになった[3]。山下高明に師事し[3]、動画を経てOVA『Crying フリーマン5 戦場の鬼子母神』で初の原画、アニメ映画『Coo 遠い海から来たクー』で作画監督補佐を担当する。

演出家・監督時代編集

1995年、金子伸吾の紹介で『十二戦支 爆烈エトレンジャー』第27話Aパートの絵コンテを担当する。1996年に『るろうに剣心』の絵コンテを遡玉洩穂名義で担当する。どちらも東映外での仕事だったが、当時の細田は、アニメーターとしての専属契約をしていたので例外的に認められた。同年、東映社内で、演出採用試験が初めて実施され、これに合格。1997年の『ゲゲゲの鬼太郎』(第4期)で演出家として本格的にデビューした[4]。また同年、父親が急病で亡くなる[5]

1999年には『劇場版デジモンアドベンチャー』の監督に抜擢される[3]。続けてテレビシリーズ『デジモンアドベンチャー』の第21話を演出。2000年には『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』を監督して、そのクオリティの高さから業界の内外より注目を集めた。この頃、演出家として影響を受けた人物として、山内重保幾原邦彦古橋一浩らの名を挙げている。

『ハウルの動く城』と東映への復帰編集

2000年8月、東映アニメーションよりスタジオジブリに出向し、『ハウルの動く城』の監督として作業に取り組む。2001年に母親が脳梗塞で倒れる[6]。絵コンテはCパートまで完成したが、製作は行き詰まり2002年4月に中止が決定、ジブリを離れることになる。また、他方では「ジブリとの意見の衝突、スケジュールの延期、スタッフの拘束と様々な難事が勃発してしまい、結果的に『ハウルの動く城』の監督から外された」ともされる[7]

東映復帰後第一作の『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』第40話「どれみと魔女をやめた魔女」は、2006年8月20日にアニマックスにて放送された特別企画『東映アニメ36時間連続放送』内で視聴者投票のベストエピソードに選出された。

2003年村上隆に請われてルイ・ヴィトンの店頭プロモーション用アニメ『SUPERFLAT MONOGRAM』を監督。『明日のナージャ』で各話演出のほかOPとEDの演出を手がける。2005年、東映での最後の作品となる劇場版『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』を監督。

フリーでの活動とスタジオ地図の設立編集

 
サイン

2005年、東映アニメーションを退社してフリーになる[3]マッドハウスを製作基盤として、2006年7月、角川ヘラルド映画の劇場アニメ『時をかける少女』を監督。ロングランヒットとなり興行収入2.6億円を記録。国内外で高く評価された。

2009年、次回作『サマーウォーズ』を製作中の7月に母親が死去[8]。半年後に祖母を亡くす。同年8月、『サマーウォーズ』を公開。またも高い評価と興行収入16.5億円のヒットを記録した。

2011年4月、自身のアニメーション映画制作会社スタジオ地図を設立(代表取締役は齋藤優一郎)。同年、新作劇場作品『おおかみこどもの雨と雪』を発表[9]、2012年7月に公開された。公開前の同年6月、自ら執筆した同作品の原作小説で、小説家としてデビューした。映画は観客動員約340万人、興行収入42億円を挙げ、2012年の年間興行収入ランキング第6位の大ヒットとなった。

2015年7月11日、『バケモノの子』(企画・制作 スタジオ地図)を公開[10]。2012年9月に長男が、2015年末に長女が誕生している[11]

2018年、『未来のミライ』を公開。カンヌ国際映画祭の監督週間で上映。国際的に評価され、ゴールデングローブ賞 アニメ映画賞にノミネート。アニー賞長編インディペンデント作品賞を受賞した。アカデミー賞長編アニメーション部門にもノミネートされた。日本作品としては、スタジオジブリ以外では初となる。[12]

2021年7月、第74回カンヌ国際映画祭で初の公式選出オフィシャル・セレクション「カンヌ・プリミエール」部門に『竜とそばかすの姫』が、日本映画として唯一選出されることが決定。カンヌで7月15日にワールドプレミア上映される。カンヌ映画祭でアニメーションが選ばれることは極めて稀である。7月16日公開の映画竜とそばかすの姫が、8月9日までに動員累計292万人、興収40億円を突破!細田監督作品史上、最大のオープニング興収を記録しました。[13]

作風編集

  • 基本的にカメラを振ること無く、同じカットを繰り返す「同ポジション」を多用するが、これは「カメラを振ると、定点観測というコンセプトが崩れる」との考えからである。また、広角レンズを意識したカメラワークの使用(ロングショットで切り替わるカメラがよく見られ、細田曰く、「コンテ作業は様々な場所に仕掛けた隠しカメラが切り替えてるだけ」とのこと)や、画面下半分で芝居をするなどの表現手法も多い。また、引きのショットが多いのは客観性を持たせるためである[14]
  • アフレコでは役者が別々に収録する事を嫌い、そのシーンに出演する役者全員を立ち合わせて収録する。
  • ベースとして青空があり、天候が感情の変化により現れているものだと分かるようになっている。

エピソード編集

  • 好きな映画監督は相米慎二ヴィム・ヴェンダースウディ・アレンビクトル・エリセエドワード・ヤンなど。『ゲゲゲの鬼太郎』の113話では『ミツバチのささやき』の影響を乙一から指摘され、これを認めている[15]。尊敬するアニメ監督では杉井ギサブローなどを挙げている。また、『台風クラブ』や大林版『時をかける少女』、『銀河鉄道の夜』、『伝説巨神イデオン』なども名作と評価している。
  • 学生時代から愛着のある作家として、大江健三郎寺山修司を挙げている[16]柄谷行人吉本隆明といった文芸評論家の著書からの影響も公言しており、相当の読書家であることがうかがえる[17]。Twitterでは村上春樹のスピーチ文を薦めている。
  • スタジオジブリの研修生採用試験では絵を2枚以上描いて提出する一次試験で150枚以上提出。宮崎駿から「君のような人間を(ジブリに)入れると、かえって君の才能を削ぐと考えて、入れるのをやめた」と書いた手紙を貰ったが、「雑用係でもいいから入れてください」とジブリに電話をすると「今回の試験で宮崎さんが手紙を出したのは、全受験者中二人しかいない。その一人が君で、これは光栄なことだから、おとなしく諦めなさい」と言われた[18]。また細田は「ポスト宮崎駿」と言われることがあるが[19]、『週プレNEWS』によれば、このことについて尋ねられた際に、「あくまで自分の「面白い映画」を作りたい」「宮崎駿的なものだったら、宮崎さんが作ればいい」と答えている[20]
  • スタジオジブリのもうひとりの顔であった高畑勲とも交流があり、2006年の自身の作品『時をかける少女』を鑑賞した高畑から「空を描き過ぎだよ」と指摘され、『くそ~』と思ったと述懐している[21]
  • アニメ業界では、上記の通り東映の入社時に最初から演出業を志望していたがしばらくはアニメーターとしての日々だった。アニメーター時代は山下高明が師匠のような存在であり、色々な技術を彼から教わっていた。しかし演出デビューしたのをきっかけに作画の仕事からフェードアウトしていく。細田はこのことを若干後悔しているらしく、『時をかける少女』公開時のイベントで、「もし、過去をやり直せたら何をするか」とのテーマで七夕での願掛けを行う際「東映入社時に戻って作画をもう一度修行し直したい」と書いた[22](アニメーターとしての腕は確かであり、すしおが原画修正のやり方について悩んでいたときに細田が間髪入れずアドバイスしたことで「この人には敵わない」と思わせる程であったという[23])。
  • 少女革命ウテナ』などでは橋本カツヨ(細田曰く「親友であり別人」、この発言はジョークである)、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』などでは遡玉洩穂(そだまもるほ)という変名で絵コンテを担当している。
  • 公共性獲得のため絵コンテは常にファミレスで描いていたが喫煙スペースで隔離されるようになって以降、『おおかみこども』は自宅で[24]、『バケモノの子』は自宅作業場を模した一室を借りてコンテを描くことになった。
  • 関弘美曰く「おとなしいのはダビングの時だけ」。また『少女革命ウテナ』29話制作時、元の脚本が気に入らず監督の幾原邦彦に許可をもらい、絵コンテを描く段階で元の脚本を見ずに全面的に書き直した過去がある[18]
  • ひみつのアッコちゃん』14話制作時、冒頭の挿入歌は小西康陽にプロデュースしてもらうつもりだった。また、東映アニメーションの動画枚数の3000枚規制の内(放送当時、現在は3500枚)、使ったのが計2999枚であった。
  • 劇場版デジモンアドベンチャー』の監督料は46万5千円。製作期間で割るとひと月10万円以下だったため、生活は苦しく、他の仕事を掛け持ちして何とか乗り切った[18]
  • スパイラル -推理の絆-』のOPの動画枚数は30枚であるらしい。
  • 明日のナージャ』の演出を引き受けた理由は26話をやりたかったため。その26話では原画も兼任しているが、実際は担当シーンだけではなくレイアウト修正と背景の作画を半分以上行ったという。
  • 『ハウルの動く城』の監督の降板を三鷹のジョナサンで高橋望プロデューサーから告げられる[25]
  • 筒井康隆は細田版『時をかける少女』を高く評価しており、脚本を読んだ後に快諾した。「本当の意味での二代目」「正統な続編」と評価する一方で、テレビ出演時には「主人公がドジすぎる」「こういう内容だからSF的考証は特に問題ない」などとコメントしている。
  • 富野由悠季文化庁メディア芸術祭にて『時をかける少女』を「実写よりはるかにいい。アニメの壁を外している」「『日本沈没』よりいい」と樋口真嗣の前で高評価を下し、樋口を苦笑させた。しかし一方で「高校生たちの告白したいという台詞がSEXしたいと聞こえる」「キャラクターが活かし切れていない」とも評価したらしい。スケジュールの都合で富野が去った後、細田は「富野監督が帰る前に、アメリカではSEXの匂いがしないと言われたんですよと言うべきでした」と言った[26]
  • 既婚。結婚式に出席したのは佐藤順一幾原邦彦等、東映アニメーションや『少女革命ウテナ』関連のスタッフなども多くいた[27]。最初に明らかにしたのは吉松孝博である[28][29]
  • 涼宮ハルヒの憂鬱』の劇場版シリーズの監督としてのオファーが来た際、細田は乗り気であったもののやらせてもらえなかったという[30]
  • 山下達郎のファンであり、その縁で『サマーウォーズ』の主題歌を依頼した。
  • 世界を代表するゲームクリエイターの一人宮本茂任天堂)は同じ金沢美術工芸大学の先輩にあたり、細田の尊敬するクリエイターでもある。宮本の掲げるゲーム製作理念、広い世代の多くの人間に楽しんで貰おうとする「万人向け」のスタイルには、細田自身も自身が抱えるアニメ業界の閉塞感打破への目標として追従している[31]
  • 愛煙家であり、仕事中はセブンスターを愛煙している[32]
  • 結婚して彼女の実家に挨拶に行った際に親戚が急に倍に増えたという感覚が『サマーウォーズ』へ繋がっている[33]
  • おおかみこどものひとつのきっかけは日本テレビ情報バラエティ番組『PON!』でドラマ『怪物くん』の番宣のため狼男に扮する芸人チャンカワイを見て狼男に息子や娘がいたら面白いかもと思ったから[34]
  • 『おおかみこどもの雨と雪』の制作にあたり、高橋望プロデューサーの母校・一橋大学でロケハンを行う。キャンパスを子連れの母親が歩いているオープンさ、都心から離れ由緒ある古めかしい校舎の佇まい、映像を見てもほとんどの人がどこの大学か知らないこと、あまり裕福な家庭の出ではない花がアルバイトで学費を稼ぎながら通える国立大学、生真面目でリベラルな校風が花の性格と合っていることが、狼男と恋に落ちる常識に囚われない女子大生に相応しいとして物語の舞台に選ばれた[25]
  • 富野由悠季は『おおかみこどもの雨と雪』を激賞しており、「本作の前では、もはや過去の映画などは、ただ時代にあわせた手法をなぞっているだけのものに見えてしまうだろう」とまで書いている[35]
  • 絵本を自身の子供に読み聞かせていく中で動物が多く出てくることに気づき、子供の成長には動物が重要ではないかと「バケモノの子」は動物の顔をしたバケモノたちの世界にした[36]
  • 細田が演出を担当した『デジモンアドベンチャー』第21話「コロモン東京大激突!」では、兄妹を夫婦に見立てた、兄妹間の官能的な性質も帯びた情愛という複雑なテーマにも挑戦した[37]。『未来のミライ』では、実際に兄妹の父親となったことからの経験を踏まえ、映画作品として初めて兄妹をテーマに作品を作る[38]
  • 2018年7月24日に放送された、星野源のオールナイトニッポンにゲストとして出演した際、二の腕が好きだと語った。

人間関係編集

  • 山下高明はアニメーター時代の師匠であり、演出家に転身後も協力関係が続いている。『デジモンアドベンチャー』以降の作品で採用している登場人物の影を省略するスタイルは、山下の提案によるもの[39]
  • 細田と樋口真嗣は業界内では「似たもの同士」と認識されており、外見(メガネにヒゲ)・作品のテーマ・ジャンル・キーワード・果ては公開日まで一緒になっていた[40]
  • イニシャルが同じHである樋口真嗣原恵一浜野保樹と、これに加えて井上雄彦と共に「愛のあるHの会」を結成しているらしい[41]

監督作品編集

短編アニメーション映画編集

長編アニメーション映画編集

イベント上映作品編集

TVCM編集

参加作品編集

動画・原画編集

絵コンテ・演出編集

音響監督編集

  • 2001年 『デジモンアドベンチャー02 ドラマCD 石田ヤマト 手紙-Letter-』
  • 2006年 『ディープ・イマジネーション―創造する遺伝子たち』(『ガラクタの町』のみ)

写真編集

小説編集

受賞編集

デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!編集

2000年

時をかける少女編集

2006年

2007年

2008年

  • 第26回国際アニメーション映画祭Anima2008 (ベルギーブルッセル)BeTV賞
  • OACC2008(中国)Golden dragon award
  • とやま賞

サマーウォーズ編集

2009年

2010年

2011年

おおかみこどもの雨と雪編集

2012年

2013年

  • 第3回ロケーションジャパン大賞 グランプリ
  • 第67回毎日映画コンクールアニメーション映画賞
  • 第36回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞
  • ワーナー・マイカル映画館大賞2012 ベスト10 邦画部門第1位
  • 第17回日本インターネット映画大賞日本映画部門 アニメ賞 監督賞
  • 第12回東京アニメアワード「アニメーションオブザイヤー」「監督賞」
  • デジタル・コンテンツ・オブ・ジ・イヤー'12/第18回AMDアワード 総務大臣賞(大賞)
  • 第4回 ヒットメーカー・オブ・ザ・イヤー グランプリ
  • 第4回日本シアタースタッフ映画祭 グランシャリオ賞(邦画部門1位) 監督賞
  • 第16回ニューヨーク国際児童映画祭長編観客賞
  • 第22回日本映画批評家大賞 アニメーション部門 作品賞
  • 第29回イマジン・フィルム・フェスティバル(アムステルダム) グランプリ(Black Tulip 2013) 
  • 第22回日プロ大賞ベストテン 第10位
  • 上市町新町制60周年記念式典 特別表彰

書籍編集

脚注編集

  1. ^ 『NEWS ZERO特別版 宮崎あおい パリ〜北アルプス おおかみこどもを巡る旅』日本テレビ、2012年7月21日放送、おおかみこどもの雨と雪 BD 映像特典収録、2013年2月20日発売。
  2. ^ 『この人に話を聞きたい』本人インタビュー
  3. ^ a b c d e f g h i キネ旬0301 2006, pp. 145-155.
  4. ^ 「フリースタイル7号」の細田守インタビュー(聴き手:氷川竜介)より。
  5. ^ NHKドキュメント番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」より。
  6. ^ 『PLUS MADHOUSE 3 細田守』より。
  7. ^ 『ハウルの動く城』を監督するはずだったが…ciatr
  8. ^ 『PLUS MADHOUSE 3 細田守』より。
  9. ^ “ジブリの好敵手になるか? 細田守監督最新作『おおかみこどもの雨と雪』2012年7月公開決定”. ORICON STYLE. (2011年12月13日). http://www.oricon.co.jp/news/movie/2004667/ 2011年12月13日閲覧。 
  10. ^ 細田守監督最新作は「バケモノの子」!フランスでの公開が既に決定 - 映画.com(2014年12月11日)
  11. ^ “「サマーウォーズ」「バケモノの子」細田守監督、長女が誕生”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年1月2日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/01/02/kiji/K20160102011793000.html 2016年1月2日閲覧。 
  12. ^ 細田守監督作「未来のミライ」アカデミー賞ノミネート! ジブリ作品以外で初の快挙”. 映画COM. 2020年8月15日閲覧。
  13. ^ 映画『竜とそばかすの姫』が大ヒット! カンヌより帰国した細田守監督に直撃インタビュー【前編】”. GQ JAPAN. 2021年8月10日閲覧。
  14. ^ 『この人に話を聞きたい』本人インタビュー
  15. ^ 『PLUS MADHOUSE 3 細田守』より。
  16. ^ 新宿ロフトプラスワンでの『細田守の人生相談PART2』(2009年7月28日)より。
  17. ^ BRUTUS』No.677より。
  18. ^ a b c 『フリースタイル』(vol.7、フリースタイル社) - 特集・細田守より。
  19. ^ 「手書きで表現 心のひだ――おおかみこどもの雨と雪 細田監督」『朝日新聞』2012年7月20日付夕刊、第3版、第3面。
  20. ^ 細田守「宮崎駿になりたくてアニメをやっているわけじゃない!」p3
  21. ^ “細田守監督、「時かけ」で高畑勲監督にダメ出しされ「クソ~ッ」と奮起したこと明かす”. スポーツ報知. 報知新聞社. (2019年8月3日). https://hochi.news/articles/20190803-OHT1T50181.html 2019年8月4日閲覧。 
  22. ^ 『時をかける少女』限定版映像特典ディスクより。
  23. ^ 『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』パンフレットより。
  24. ^ 「おおかみこどもの雨と雪 絵コンテ」巻末インタビューより
  25. ^ a b 第47回一橋祭 講演会企画 細田守×高橋望講演会
  26. ^ MovieWalker レポート 【文化庁メディア芸術祭アニメ部門シンポジウム】 リメーク映画の金字塔「時をかける少女」が大賞受賞 細田守監督が富野由悠季監督と公開“辛口”トーク
  27. ^ 某氏の結婚披露パーティー
  28. ^ サムシング吉松の死んじゃえばいいのに!第386回「細田さん、おめでとう」
  29. ^ 細田守監督、結婚!
  30. ^ 文化庁メディア芸術祭巡回企画展 札幌展 細田x浜野対談[1]
  31. ^ 細田守「特別対談 宮本茂×細田守」『PLUS MADHOUSE 03』キネマ旬報社ISBN 978-4-87376-315-6
  32. ^ プロフェッショナル 仕事の流儀、細田出演回
  33. ^ 『PLUS MADHOUSE 3 細田守』より。
  34. ^ アニメスタイル001より
  35. ^ 富野由悠季 : 「おおかみこどもの雨と雪」を異例の大絶賛”. MANTANWEB(毎日新聞デジタル) (2012年7月20日). 2012年8月24日閲覧。
  36. ^ 2014年12月12日東宝ラインナップ発表会より
  37. ^ 『デジモンムービーブック』集英社、2001年。ISBN 4-08-779095-9
  38. ^ 細田守監督最新作『未来のミライ』来年7・20公開決定 兄妹がテーマ”. ORICON NEWS (2017年12月13日). 2018年5月19日閲覧。
  39. ^ WEBアニメスタイル_特別企画
  40. ^ 日経エンタテインメント!」2007年1月号より、『日本沈没』と『時をかける少女』は公開日が同じ7月15日である。
  41. ^ o:kun Talk 渡邉美樹とキーパーソンとの語らい 第2回:浜野保樹インタビューより。
  42. ^ 東京国際映画祭“ARIGATO賞”新設、受賞者に樹木希林、広瀬すず、細田守ら”. 映画ナタリー (2015年10月15日). 2015年10月15日閲覧。
  43. ^ “日本アカデミー賞発表!『沈まぬ太陽』が作品賞含む3部門!最多は『劔岳 点の記』の6部門”. シネマトゥデイ. (2010年3月5日). http://www.cinematoday.jp/page/N0022897 2012年7月14日閲覧。 

参考文献編集

  • アニメージュ』(2000年4月号、徳間書店) - インタビュー「この人に話を聞きたい」。『デジモンアドベンチャー』までの道のり。
  • 坂井由人監修『J-アニメーション究極大鑑』(2005年ぴあ
  • 村上泉「特別企画 アニメ映画に新しい世代がやってきた 細田守、今敏」『キネマ旬報』2006年3月上旬号、キネマ旬報社 - 今注目の若手アニメ監督としてこれまでの経歴まで含めてインタビュー記事。
  • 『キネマ旬報』(2006年8月上旬号、キネマ旬報社) - 監督作『時をかける少女』に関するインタビュー記事。

関連項目編集

外部リンク編集