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毎日映画コンクール(まいにちえいがコンクール)は、1946年に創設された、毎日新聞社スポーツニッポン新聞社などが主催する映画の賞である。

毎日映画コンクール
受賞対象 作品、監督、脚本、俳優、スタッフ
開催日 毎年2月上旬
会場 ミューザ川崎シンフォニーホール
日本の旗 日本
授与者 毎日新聞社
スポーツニッポン新聞社
初回 1946年
最新回 2018年
最新受賞者万引き家族
公式サイト https://mainichi.jp/mfa/

目次

概要編集

前年1月1日からその年の12月31日までに公開された全作品の中から、日本映画大賞をはじめ同優秀賞、個人賞(監督賞、脚本賞、男・女優主演賞、同助演賞、撮影賞、美術賞、音楽賞、録音賞、技術賞)、記録文化映画賞アニメーション映画賞スポニチグランプリ新人賞大藤信郎賞田中絹代賞日本映画ファン賞外国映画ベストワン賞外国映画ファン賞の各賞が選ばれる。対象作品は洋画邦画を問わない。

毎年2月上旬に授賞式が行われ、第65回は初めてtvk(テレビ神奈川)で授賞式の模様が生放送されたが、翌年(第66回)はオープニングセレモニーのみ生放送され、授賞式は後日録画放送される。

1982年までは毎日新聞社のみの主催だった[1]。毎日新聞社は当時、経営再建中で、単独の映画賞を持っていないフジサンケイグループが毎日映画コンクールを譲り受けたいと、岡田茂日本映画製作者連盟会長に相談に訪れた[1]。岡田は懇意にしていたスポーツニッポンの記者・脇田巧彦を東映本社に呼び「伝統ある毎コンが他社に渡っていいのか」と伝えた。脇田は驚き、すぐにスポーツニッポン新聞社社長の和田準一に報告。和田は毎日新聞東京本社代表・小池唯夫に掛け合い、毎日映画コンクールの授賞式とレセプションを盛大にする、スポニチも主催に入る、スポニチ新人賞を新設する、スポニチが応分の資金援助をするという改善策が決まり、1983年以降、毎日映画コンクールは毎日・スポニチの共催となった[1]

部門編集

作品部門編集

  • 日本映画大賞
  • 日本映画優秀賞
  • 外国映画ベストワン賞

俳優部門編集

  • 男優主演賞
  • 女優主演賞
  • 男優助演賞
  • 女優助演賞
  • スポニチグランプリ新人賞
  • 田中絹代賞

スタッフ部門編集

  • 監督賞
  • 脚本賞
  • 撮影賞
  • 美術賞
  • 音楽賞
  • 録音賞

ドキュメンタリー部門編集

  • ドキュメンタリー映画賞

アニメーション部門編集

TSUTAYA×Filmarks映画ファン賞編集

  • 日本映画部門
  • 外国映画部門

特別賞編集

  • 特別賞

歴代各賞編集

注:下記は年度表示であり、受賞式の年は翌年(2月)。

第1回(1946年) - 第10回(1955年)編集

目次[注 1] : 第1回(1946年) - 第2回(1947年) - 第3回(1948年) - 第4回(1949年) - 第5回(1950年) - 第6回(1951年) - 第7回(1952年) - 第8回(1953年) - 第9回(1954年) - 第10回(1955年)

第1回(1946年)
  • 作品部門
第2回(1947年)
第3回(1948年)
第4回(1949年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『晩春
第5回(1950年)
第6回(1951年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『めし』『麦秋
    • 教育文化映画賞 『中尊寺
    • ニュース映画賞 日本ニュース「噴き出す灼熱の流れ」を含む第272号日本映画社
第7回(1952年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『生きる
    • 教育文化映画賞 『結核の生態
    • ニュース映画賞 朝日ニュース「東京メーデー」を含む第349号日本映画新社
第8回(1953年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『にごりえ
    • 教育文化映画賞 『真空の世界』『雪ふみ
    • ニュース映画賞 朝日ニュース「防衛体制強化へ」を含む第431号日本映画新社
第9回(1954年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『二十四の瞳
    • 教育文化映画賞 『』、『佐久間ダム
    • ニュース映画賞 毎日世界ニュース第145号特報「衆院大乱闘事件」新理研映画社
第10回(1955年)

第11回(1956年) - 第20回(1965年)編集

目次[注 1] : 第11回(1956年) - 第12回(1957年) - 第13回(1958年) - 第14回(1959年) - 第15回(1960年) - 第16回(1961年) - 第17回(1962年) - 第18回(1963年) - 第19回(1964年) - 第20回(1965年)

第11回(1956年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『真昼の暗黒
    • 教育文化映画賞 『カラコルム』
    • ニュース映画賞 朝日ニュース「この子らに親を」を含む第522号日本映画新社
  • 特別賞
    • 溝口健二
      • 映画界への多年の功績
    • 三浦光雄
      • 映画界への多年の功績
第12回(1957年)
第13回(1958年)
  • 特別賞
    • 白蛇伝』動画技術部門における画期的な成果
第14回(1959年)
第15回(1960年)
  • 特別賞
    • ヘンリー小谷
      • 日本映画の先覚者として近代的撮影技術を確立した功績
    • 教育文化映画特別賞 吉田六郎 『新昆虫記―蜂の生活』に示した画期的撮影技術
第16回(1961年)
  • 作品部門
  • 特別賞
    • 大藤信郎
      • 多年にわたり千代紙および色彩影絵映画など動画の領域に残した幾多の功績
第17回(1962年)
第18回(1963年)
  • 特別賞
    • 小津安二郎
      • 多年にわたり日本映画に尽くした功績
    • 監督特別賞 川島雄三
      • 戦後の喜劇映画に残したユニークな創作活動
第19回(1964年)
  • 特別賞
    • 帰山教正
      • 日本映画草創期における先駆的な映画啓蒙運動の功労
    • 佐田啓二
      • 多年にわたり大衆に親しまれた演技者としての功績
第20回(1965年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『赤ひげ
    • 教育文化映画賞
    • ニュース映画賞 大毎ニュース「ベトコン狩り」を含む第718号理研映画
    • 大藤信郎賞
      • 久里洋二
        • 独創的な発想とユニークな造形によって個性ゆたかな作品を継続的に製作し、日本のアニメーション映画の発展にも寄与した。
      • ふしぎなくすり』における村治夫岡本忠成をはじめとする電通映画社製作グループ
        • 奇抜なデザインによる造形と動きが、人形映画に新生面を開いた。
  • 特別賞
    • 監督特別賞 市川崑『東京オリンピック』
    • 撮影特別賞 東京オリンピック撮影集団

第21回(1966年) - 第30回(1975年)編集

目次[注 1] : 第21回(1966年) - 第22回(1967年) - 第23回(1968年) - 第24回(1969年) - 第25回(1970年) - 第26回(1971年) - 第27回(1972年) - 第28回(1973年) - 第29回(1974年) - 第30回(1975年)

第21回(1966年)
第22回(1967年)
  • 特別賞
    • 下村兼史
      • 或る日の干潟』『ライチョウ』など数々の生物記録映画、とくに鳥類の生態をとらえた、すぐれた作品を永年にわたり製作、その結果は記録映画としてだけでなく、鳥類学の分野でも貴重な資料として高く評価されている。
第23回(1968年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『神々の深き欲望
    • 教育文化映画賞
      • 記録映画 『松本城』
      • 社会教育映画 『竜門の人びと』
      • 科学映画 『もんしろちょう』
      • 一般教育映画 『シベリア人の世界』
    • ニュース映画賞 東映ニュース第471号「日本列島 '68 8月15日」
    • 大藤信郎賞 学習研究社
      • 『みにくいあひるのこ』作品において衆知の題材(アンデルセン童話)をとりあげながら、永年の技術の蓄積を生かし、新しい作風でまとめあげた。
第24回(1969年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『心中天網島
    • 教育文化映画賞
    • ニュース映画賞 東映ニュース「日本列島 '69東京大学」を含む第494号朝日テレビニュース社
    • 大藤信郎賞 『やさしいライオン』(虫プロダクション
      • 単純な線と繊細な色の扱いに、なごやかな対話と音楽を組み合わせた詩情あふれる作風で日本のアニメーション映画の水準を高めた。
第25回(1970年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『家族
    • 教育文化映画賞 『よみがえる金色堂』
    • ニュース映画賞 朝日ニュース「ある生活―原爆忌」を含む第1312号日本映画新社
    • 大藤信郎賞 『花ともぐら』、『ホーム・マイホーム岡本忠成とその製作スタッフ
      • 心あたたまるユーモアと軽妙な文明批評を、斬新なデザインと動きによって表現し、オブジェクト(人形)・アニメーションの分野に新生面をひらいた。
    • 大藤賞委員会特別賞 日本動画
      • 『漫画誕生―日本漫画映画発達史』製作に対し
第26回(1971年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『沈黙 SILENCE
    • 教育文化映画賞 『チコタン ぼくのおよめさん
    • ニュース映画賞 読売国際ニュース「血ぬられた新空港」を含む第1181号読売映画社
    • 大藤信郎賞 『てんまのとらやん』ビデオ東京
      • 日本古来の題材、出演方法による斬新奇抜な物語の展開で人形アニメーションの領域を広めた。
第27回(1972年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『忍ぶ川
    • 教育文化映画賞 『明治の洋風建築』
    • ニュース映画賞 中日ニュース「水俣からの告発~生きる証」を含む第947号中日映画社
    • 大藤信郎賞 『鬼』川本喜八郎
      • 人形アニメーションに能の様式と邦楽伴奏を取り入れ、古典的な題材に作者の新しい解釈を加味し、おそろしくも哀れ深い作品に昇華させた。
第28回(1973年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『津軽じょんがら節
    • 教育文化映画賞 『色鍋島』
    • ニュース映画賞 中日ニュース第1039号 特集「たとえぼくに明日はなくとも」
    • 大藤信郎賞 『南無一病息災』(株)エコー
      • 庶民の切ない祈りをこめた絵馬にモチーフをとり、その素朴な画風をフォーク調の歌と語りに乗せて昔噺を構成し、アニメーション映画に滋味豊かな新分野を展開した。
第29回(1974年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『砂の器
    • 教育文化映画賞 『日本の稲作~そのこころと伝統』
    • ニュース映画賞 毎日ニュース第1031号「恐怖の爆弾事件」
    • 大藤信郎賞 『詩人の生涯川本喜八郎
      • 従来のアニメーションの形式を破ったユニークな立絵風の作品。音声によるダイアローグを廃したスーパーインポーズ形式は弦楽を交えた音響効果と相まって、画面全体が視覚詩として表現されている。
第30回(1975年)
  • 作品部門
    • 日本映画大賞 『化石
    • 教育文化映画賞 『彫る・棟方志功の世界』
    • ニュース映画賞 中日ニュース1098号 特集「瀬戸内海汚染」
    • 大藤信郎賞 『水のたね岡本忠成
      • 古い民話を題材に素朴さと華麗さが協和した異例の作品。アニメーション映画の質と技を量感に顕著な跳躍を画した。

第31回(1976年) - 第40回(1985年)編集

目次[注 1] : 第31回(1976年) - 第32回(1977年) - 第33回(1978年) - 第34回(1979年) - 第35回(1980年) - 第36回(1981年) - 第37回(1982年) - 第38回(1983年) - 第39回(1984年) - 第40回(1985年)

第31回(1976年)
第32回(1977年)
  • 俳優部門
    • 男優演技賞 高倉健『幸福の黄色いハンカチ』
    • 女優演技賞 岩下志麻『はなれ瞽女おりん』
  • スタッフ部門
    • 監督賞 山田洋次『幸福の黄色いハンカチ』
    • 脚本賞 山田洋次、朝間義隆『幸福の黄色いハンカチ』
    • 撮影賞 宮川一夫『はなれ瞽女おりん』
    • 美術賞 該当なし
    • 音楽賞 佐藤勝『幸福の黄色いハンカチ』
    • 録音賞 中村寛『幸福の黄色いハンカチ』
第33回(1978年)
第34回(1979年)
第35回(1980年)
第36回(1981年)
第37回(1982年)
第38回(1983年)
第39回(1984年)
  • 特別賞
    • 牛原虚彦
      • 長年に渡り、日本映画の発展に尽くし、幾多の功績を広く海外にも残したことに対して
第40回(1985年)
  • 特別賞

第41回(1986年) - 第50回(1995年)編集

目次[注 1] : 第41回(1986年) - 第42回(1987年) - 第43回(1988年) - 第44回(1989年) - 第45回(1990年) - 第46回(1991年) - 第47回(1992年) - 第48回(1993年) - 第49回(1994年) - 第50回(1995年)

第41回(1986年)
第42回(1987年)
第43回(1988年)
第44回(1989年)
作品部門
第45回(1990年)
  • 特別賞
    • 笠智衆
      • 演技者としての長年に渡る日本映画への功績に対して
    • 岡本忠成
      • 日本のアニメーション映画の発展に寄与した業績に対して
第46回(1991年)
  • 特別賞
    • 今井正
      • 日本映画界における功績に対して
  • 宣伝賞
    • 最優秀賞 『ターミネーター2』
    • 優秀賞 『八月の狂詩曲』『大誘拐』『無能の人』
第47回(1992年)
  • 特別賞
    • 田中友幸
      • 昭和29年製作の『ゴジラ』以来、今日に渡る「ゴジラ」シリーズを手がけるなど長年に渡る映画制作活動に対して
    • 大黒東洋士
      • 評論活動を通じての長年に渡る日本映画界への功績に対して
  • 宣伝賞
    • 最優秀賞 『遠き落日』
    • 優秀賞 『氷の微笑』『ミンボーの女』『いつかギラギラする日』
第48回(1993年)
  • 特別賞
    • 川喜多かしこ
      • 長年に渡る日本映画の海外紹介と映画文化の国際交流に対する貢献に対して
第49回(1994年)
第50回(1995年)

第51回(1996年) - 第60回(2005年)編集

目次[注 1] : 第51回(1996年) - 第52回(1997年) - 第53回(1998年) - 第54回(1999年) - 第55回(2000年) - 第56回(2001年) - 第57回(2002年) - 第58回(2003年) - 第59回(2004年) - 第60回(2005年)

第51回(1996年)
  • 特別賞
    • 渥美清
      • 男はつらいよ』シリーズなどの演技による日本映画への貢献に対して
    • 小林正樹
      • 映画監督として数々の名作を生み出した貢献に対して
    • 佐藤正之
      • 長年、映画製作者として活躍し、独立プロ運動・毎日映画コンクールの運営にも尽力した功績に対して
    • 藤子・F・不二雄
    • フランキー堺
      • 数々の喜劇映画の演技などによる日本映画への貢献に対して
    • 武満徹
      • 映画音楽を通じて数々の名作を生み出した貢献に対して
第52回(1997年)
第53回(1998年)
  • 特別賞
    • 木下恵介
      • 二十四の瞳』などの名作を監督し、日本映画のために尽くした功績に対して
    • 黒澤明
      • 七人の侍』など傑作30本の監督を通じ、日本映画の名を海外にまで高め、世界のクロサワと呼ばれた功績に対して
    • 碧川道夫
      • わが国映画撮影の先駆者としての功績に対して
    • 宮島義勇
      • 映画撮影技師として日本的リアリズムの手法を確立した功績に対して
    • 淀川長治
      • 評論活動を通じて映画の魅力を伝え、映画普及に尽力した功績に対して
第54回(1999年)
  • 特別賞
    • 佐藤勝
      • 黒澤明監督作品をはじめとする数々の映画音楽を作曲し、日本における映画音楽の質を高めた功績に対して
    • 宮川一夫
      • 羅生門』『雨月物語』などの名作の撮影を通じて、日本映画のクオリティーの高さを内外に認識させた功績に対して
第55回(2000年)
第56回(2001年)
第57回(2002年)
作品部門
第58回(2003年)
  • 特別賞
    • 深作欣二
      • 仁義なき戦い』シリーズをはじめ、躍動感あふれる映画を数多く監督するなど、長年に渡り日本映画業界に貢献した業績に対して
    • 笠原和夫
      • 脚本家として『仁義なき戦い』シリーズをはじめ、日本映画業界のために尽くした功績に対して
第59回(2004年)
  • 特別賞
    • 三橋達也
      • ヒーローから悪役まで演じられる存在感の大きな俳優として、数多くの映画に出演するなど、長年にわたり、日本映画界に貢献した業績に対して
    • 双葉十三郎
      • 映画評論家として四分の三世紀以上にわたり、卓越した知識と豊かな感性に基づいた評論を発表するなど、日本映画界に貢献した業績に対して
第60回(2005年)
  • ドキュメンタリー部門
    • ドキュメンタリー映画賞 『Little Birds イラク戦火の家族たち』

第61回(2006年) - 第70回(2015年)編集

目次[注 1] : 第61回(2006年) - 第62回(2007年) - 第63回(2008年) - 第64回(2009年) - 第65回(2010年) - 第66回(2011年) - 第67回(2012年) - 第68回(2013年) - 第69回(2014年) - 第70回(2015年)

第61回(2006年)
  • ドキュメンタリー部門
    • ドキュメンタリー映画賞 『エドワード・サイード OUT OF PLACE』
第62回(2007年)
第63回(2008年)
第64回(2009年)
作品部門
第65回(2010年)
  • アニメーション部門
    • アニメーション映画賞 『カラフル
    • 大藤信郎賞 該当なし
  • ドキュメンタリー部門
    • ドキュメンタリー映画賞 該当なし
第66回(2011年)
  • アニメーション部門
第67回(2012年)
第68回(2013年)
  • ドキュメンタリー部門
    • ドキュメンタリー映画賞 『立候補
第69回(2014年)
第70回(2015年)

第71回(2016年) -編集

目次[注 1] : 第71回(2016年) - 第72回(2017年) - 第73回(2018年)

第71回(2016年)
  • ドキュメンタリー部門
    • ドキュメンタリー映画賞 『桜の樹の下』
  • TSUTAYA映画ファン賞
    • 日本映画部門 『君の名は。』
    • 外国映画部門 『ズートピア
第72回(2017年)
第73回(2018年)
  • ドキュメンタリー部門

脚注編集

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注釈
  1. ^ a b c d e f g h 下記は年度表示であり、受賞式の年は翌年(2月)。
  2. ^ 1962年に創設
出典
  1. ^ a b c 脇田巧彦 (2011年12月27日). “連載 最後のカツドウ屋 岡田茂 映画こそ我が人生 実録東映六十年(77)”. 埼玉新聞 (埼玉新聞社): p. 14 

関連項目編集

外部リンク編集