ステファン・ブラドル

ステファン・ブラドル (Stefan Bradl, 1989年11月29日 - ) は、西ドイツアウクスブルクのツァーリング生まれのオートバイレーサー2011年ロードレース世界選手権Moto2クラスチャンピオン。2012年からは最高峰MotoGPクラスに参戦する。かつて同選手権250ccクラスで活躍したヘルムート・ブラドルの息子である。

ステファン・ブラドル
Stefan Bradl. GP de Catalunya 2020 (cropped).jpg
2020年 カタルーニャ
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1989-11-29) 1989年11月29日(31歳)
出身地 バイエルン州アウクスブルクツァーリング
ロードレース世界選手権での記録
- MotoGPクラスに参戦 -
現在のチーム レプソル・ホンダ
ゼッケン 6
チャンピオン 1
Moto2 - 2011年
レース数 195
優勝回数 7
表彰台回数 19
PP回数 8
FL回数 5
通算獲得ポイント 1240
2020年の成績 19位 (27ポイント)

経歴編集

2003年、ドイツ国内で開催されたレッドブル・ルーキーズ・カップでレースデビュー。2004年からはKTMを駆ってドイツロードレース選手権125ccクラスに参戦し、翌2005年にチャンピオンを獲得した。また同年にはロードレース世界選手権125ccクラスにワイルドカード枠で3戦に出場し、グランプリデビューを果たした。

2006年、レッドブルKTMジュニアチームからGPにフル参戦を開始した。しかし第12戦マレーシアGPでのクラッシュで右足首を骨折しその後のレースを欠場、わずか4ポイントの獲得でシリーズランキング26位に終わり、KTMとは4年契約を結んでいたもののチームを放出されてしまった[1]

2007年アルベルト・プーチ率いるレプソル・ホンダからの出場が予定されていたが、シーズン開幕前に突如引退を発表した。しかし後に撤回し、結局ブルセンス・アプリリアチームからスペイン国内ロードレース選手権(CEV)125ccクラスに参戦することとなった。ステファンはチームメイトのスコット・レディングとの争いを制し、見事チャンピオンに輝いた。また世界選手権にも同チームからワイルドカード枠で4戦出場、このときの活躍が認められて、第14戦ポルトガルGP以降は、成績不振のヒューゴ・ファン・デン・ベルクに代わりレギュラーライダーの座を獲得することとなった。

2008年は地元ドイツのキーファー・レーシングに移籍。アプリリアのワークスマシン、RSA125を得たステファンは第12戦チェコGP、父ヘルムート1991年に優勝したことのあるブルノで初優勝を果たした。GPでドイツ人が優勝したのは2003年スティーブ・イェンクナー以来のことだった。また父ヘルムートとの親子優勝は、GP史上6組目となる[2]。その後第15戦日本GPで2勝目を挙げ、シリーズランキングでは4位に入る活躍を見せた。2009年もキーファー・チームに残留し125ccクラスを戦ったが、表彰台の獲得も叶わずシリーズ10位に沈んでしまった。

2010年シーズンは、同チームからMoto2クラスにステップアップを果たした[3]。スイスのスッターのシャシーを駆ったブラドルは第17戦ポルトガルGPでクラス初優勝を遂げ、年間ランキング9位を記録した。

2011年もチームに残留、クラス2年目のシーズンを迎えた。母国ドイツのカレックス製のシャシーに乗り換えたブラドルは開幕戦カタールGPを制し、第6戦までに4勝を挙げてチャンピオン争いをリードした。しかしその後はコンスタントに表彰台には立つものの勝利を挙げることは叶わず、7勝を挙げたルーキーのマルク・マルケスの猛追を受けて第15戦日本GPで遂にポイントリーダーの座から陥落した。しかしマルケスは第17戦マレーシアGPのフリー走行でのクラッシュで視力に問題を抱えて欠場、このレースで2位に入ったブラドルは大きなリードを築き、最終戦バレンシアGPでもマルケスが欠場となったことでタイトルが確定。ブラドルはドイツ人ライダーとしては1993年ダーク・ラウディス(125cc)以来18年ぶりとなる世界チャンピオンに輝いた。

2012年より、ブラドルは最高峰MotoGPクラスにステップアップ。チーム・LCRから1000ccのホンダ・RC213Vを駆って参戦[4]

2015年より、フォワード・レーシングに鞍替えしたが、シーズン当初より苦戦を強いられ、第7戦カタルーニャGPでの8位が最高であった。第9戦インディアナポリスGPを最後に所属チームをグレシーニ・レーシングに変更することとなった。

2017年7月、鈴鹿8時間耐久ロードレースTSRホンダから出場予定だったが、直前になって体調不良により入院。診断の結果、中耳炎を発症していることが判明。日本渡航に対してドクターストップがかかり、欠場することとなった。[5]

2018年に、MotoGPに復帰。ホンダのMotoGPテストライダーとなり、ホンダ系列のチームから5戦出場したが、成績不振のためランキング24位に終わる。

その後もテストライダーとして留まりつつ、2019年は4戦、2020年はマルケスの代走で残りのレースに出場した。

戦績編集

ロードレース世界選手権編集

  • 凡例
  • ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
シーズン クラス バイク 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 順位 ポイント
2005年 125cc KTM SPA POR CHN FRA ITA CAT
Ret
NED --- GBR GER
16
CZE
15
JPN MAL QAT AUS TUR VAL 35位 1
2006年 125cc SPA QAT
26
TUR
19
CHN
20
FRA
18
ITA
16
CAT NED
31
GBR
Ret
GER
18
--- CZE
12
MAL
DNS
AUS JPN POR VAL 26位 4
2007年 125cc アプリリア QAT SPA TUR CHN FRA ITA CAT
9
GBR NED
10
GER
13
--- CZE
SMR
7
POR
6
JPN
15
AUS
Ret
MAL
13
VAL
Ret
18位 39
2008年 125cc QAT
3
SPA
4
POR
8
CHN
5
FRA
6
ITA
10
CAT
4
GBR
Ret
NED
12
GER
2
--- CZE
1
SMR
Ret
IND
3
JPN
1
AUS
2
MAL
Ret
VAL
Ret
4位 187
2009年 125cc QAT
8
JPN
4
SPA
Ret
FRA
Ret
ITA
8
CAT
7
NED
6
--- GER
Ret
GBR
Ret
CZE
7
IND
7
SMR
6
POR
4
AUS
Ret
MAL
Ret
VAL
Ret
10位 85
2010年 Moto2 スッター QAT
Ret
SPA
14
FRA
9
ITA
14
GBR
Ret
NED
19
CAT
INJ
GER
9
--- CZE
9
IND
Ret
SMR
5
ARA
9
JPN
7
MAL
7
AUS
5
POR
1
VAL
Ret
9位 97
2011年 Moto2 カレックス QAT
1
SPA
5
POR
1
FRA
3
CAT
1
GBR
1
NED
Ret
ITA
2
GER
2
--- CZE
3
IND
6
RSM
2
ARA
8
JPN
4
AUS
2
MAL
2
VAL
Ret
1位 274
2012年 MotoGP ホンダ QAT
8
SPA
7
POR
9
FRA
5
CAT
8
GBR
8
NED
Ret
GER
5
ITA
4
USA
7
IND
8
CZE
5
RSM
6
ARA
Ret
JPN
6
MAL
Ret
AUS
6
VAL
Ret
8位 135
2013年 MotoGP QAT
Ret
AME
5
SPA
Ret
FRA
10
ITA
4
CAT
5
NED
6
GER
4
USA
2
IND
7
CZE
6
GBR
6
RSM
5
ARA
5
MAL
DNS
AUS
DNS
JPN
5
VAL
6
7位 156
2014年 MotoGP QAT
Ret
AME
4
ARG
5
SPA
10
FRA
7
ITA
Ret
CAT
5
NED
10
GER
16
IND
Ret
CZE
7
GBR
7
RSM
Ret
ARA
4
JPN
7
AUS
Ret
MAL
4
VAL
8
9位 117
2015年 MotoGP アプリリア QAT
16
AME
Ret
ARG
15
SPA
16
FRA
Ret
ITA
Ret
CAT
8
NED
Ret
GER
IND
20
CZE
14
GBR
Ret
RSM
16
ARA
18
JPN
18
AUS
21
MAL
10
VAL
18
18位 17
2020年 MotoGP ホンダ SPA
ANC
CZE
18
AUT
17
STY
18
RSM
18
EMI
DNS
CAT
17
FRA
8
ARA
17
TER
12
EUR
12
VAL
14
POR
7
19位 27
2021年 MotoGP QAT
11
DOH
14
POR
SPA
FRA
ITA
CAT
GER
NED
FIN
AUT
GBR
ARA
RSM
JPN
THA
AUS
MAL
VAL
13位* 7*

脚注編集

外部リンク編集

先代:
マテオ・トゥネス
スペインロードレース選手権
125ccクラスチャンピオン
2007
次代:
エフレン・バスケス