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皇位継承順位

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概要編集

1889年明治22年)に(旧)皇室典範が定められるまで、皇位継承やその順序に関する明文のルールはなく、その時代により変化はあるものの皇統に属する男系で皇族(皇親)の身分を有する者が皇位を継承してきた。

1947年昭和22年)に施行された現行皇室典範では、皇位継承に関してもおおむね旧典範を踏襲したものの、旧典範が庶子にも皇族資格、皇位継承資格を認めたのに対して、現行典範はいずれも嫡出子正室の子)に限定した点が異なる。なお、現行皇室典範施行時にいた庶子の皇族は嫡出子とみなされた。

11宮家が皇籍離脱した1947年(昭和22年)10月14日以降、皇位継承資格を有する者が最も多かった時期は1965年(昭和40年)11月30日に礼宮文仁親王が誕生してから1987年(昭和62年)2月3日に高松宮宣仁親王が薨去するまでの9名であり、最も少ない時期は2019年(令和元年)5月1日に第126代天皇が即位してから現在の3名である。

2019年令和元年)5月1日の第126代天皇徳仁の即位以降、皇位継承資格を有する者は3名である。皇位継承資格を有する者のうち、最年少は天皇の皇甥である第2位の悠仁親王(13歳)で、最年長は天皇の皇叔父である第3位の常陸宮正仁親王(83歳)。なお明仁上皇)は天皇退位特例法の規定により、皇位継承資格を有しない。また、3名の最近共通祖先昭和天皇香淳皇后にあたる。

日本国憲法・皇室典範における皇位継承順序編集

現在の日本国憲法皇室典範では、皇位継承およびその順序について、次のように規定されている。

日本国憲法
  • 第2条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
皇室典範
  • 第1条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
  • 第2条 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。
一 皇長子
二 皇長孫
三 その他の皇長子の子孫
四 皇次子及びその子孫
五 その他の皇子孫
六 皇兄弟及びその子孫
七 皇伯叔父及びその子孫
  • 2 前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。
  • 3 前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする。
  • 第3条 皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる。

継承順位例編集

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
-
 
7位
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
天皇
 
6位
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1位
 
 
 
 
 
4位
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2位
 
3位
 
5位
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

現在の皇位継承順位編集

皇位継承順位 (令和元年〈2019年〉5月1日- )
順位 皇位継承資格者 読み 性別 生年月日/現年齢 今上天皇から見た続柄
 
1位 秋篠宮文仁親王 あきしののみや ふみひと 男性 1965年11月30日
(昭和40年)
53歳 親等2/弟 / 上皇明仁第2皇男子
2位 悠仁親王 ひさひと 男性 2006年09月06日
(平成18年)
13歳 親等3/甥 / 秋篠宮文仁親王第1男子
3位 常陸宮正仁親王 ひたちのみや まさひと 男性 1935年11月28日
(昭和10年)
83歳 親等3/叔父 / 昭和天皇第2皇男子

系図編集

  • 数字は皇位継承順位:2019年(令和元年)5月1日-現在


 
 
 
 
 
今上天皇
 
現在の皇族男子
 
崩御退位した天皇
/薨去した皇族男子
 
昭和天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上皇明仁
 
常陸宮正仁親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今上天皇
 
秋篠宮文仁親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
悠仁親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
皇位継承順位
天皇との続柄 親王
皇長子 -
皇長孫 -
その他の皇長子の子孫 -
皇次子及びその子孫 -
その他の皇子孫 -
皇兄弟及びその子孫 文仁親王(53)
悠仁親王(13)
伯叔父及びその子孫 正仁親王(83)
他皇統皇族 -

皇室会議編集

皇室会議は、日本皇室に関する重要な事項を合議する国の機関である。皇室典範28条以下に定められる。皇位継承順位の変更(皇室典範3条)は出席議員の3分の2以上の多数で決する。

議員編集

皇室会議は皇室典範第28条第1項・第2項に基づき議員10名で組織される。現在の議員は以下の通り。

皇室会議議員
氏名 身分 生年
文仁親王 皇族 (1965-11-30) 1965年11月30日(53歳)
正仁親王妃華子 皇族 (1940-07-19) 1940年7月19日(79歳)
大島理森 衆議院議長 (1946-09-06) 1946年9月6日(73歳)
赤松広隆 衆議院副議長 (1948-05-03) 1948年5月3日(71歳)
山東昭子 参議院議長 (1942-05-11) 1942年5月11日(77歳)
小川敏夫 参議院副議長 (1948-03-18) 1948年3月18日(71歳)
安倍晋三 内閣総理大臣 (1954-09-21) 1954年9月21日(65歳) 議長
山本信一郎 宮内庁長官 (1950-08-23) 1950年8月23日(69歳)
大谷直人 最高裁判所長官 (1952-06-23) 1952年6月23日(67歳)
池上政幸 最高裁判所判事 (1951-08-29) 1951年8月29日(68歳)

旧皇室典範:1889年(明治22年)-1947年(昭和22年)における皇位継承順位編集

(旧)皇室典範において、皇位は「祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ継承ス」(旧典範第1条)と明文化され、その順序は、直系長系長子優先とし、同等間(例えば兄弟間など)では嫡庶長幼の順となっていた。(同第2条から第8条までの各条を参照)

例えば伏見宮貞愛親王には山階宮晃親王をはじめ10人以上の実兄がいたが、その大半が庶子であり、嫡出の兄2人も早世していたため、嫡出子の貞愛親王が兄弟間で最上位の継承順位を持った。なお、庶子の兄弟間では実母の出自身分の差に関係なく長幼の順となっていた。

また、庶子孫側室の子)も嫡出子孫がいないときには継承できた。(実際に大正天皇の生母・柳原愛子は側室である)

継承順位
  • 皇統の男系男子
  • 皇長子優先
  • 皇長子がいない時は皇長孫
  • 皇長子及びその子孫もいないときは、皇次子及びその子孫
  • 皇子孫がいない時は、皇兄弟及びその子孫
  • 皇兄弟及びその子孫がいないときは、皇伯叔父及びその子孫
  • 皇伯叔父及びその子孫がいないときは、それ以上で最近親の皇族
  • 嫡出子孫優先
  • 皇庶子孫が継承できるのは皇嫡子孫がいないとき。
  • 兄弟間も嫡出子優先・長子優先
  • 皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇族会議及び枢密顧問の意見を参考に前条に定める順序に従って、皇位継承の順序を変えることができる。
旧皇室典範時の皇位継承
継承 践祚日 天皇との続柄
明治天皇大正天皇 1912年7月30日
(明治45年/大正元年)
皇庶長子(第三皇子であるが兄2人は早くに薨去)
大正天皇→昭和天皇 1926年12月25日
(大正15年/昭和元年)
皇長子

継承順位推移編集

1800年代 1900年代 2000年代
'89 '93 '94 '01 '02 '05 '12 '15 '26 '33 '35 '46 '48 '53 '54 '60 '65 '87 '89 '02 '06 '12 '14 '16 '19
嘉仁親王 1 1 1 1 1 1
輝仁親王 2
裕仁親王 2 2 2 1 1
秩父宮雍仁親王 3 3 2 2 1 2 3 3 3
高松宮宣仁親王 4 3 3 2 3 4 4 4 3 3 4 5
三笠宮崇仁親王 4 3 4 5 5 5 4 4 5 6 5 4 4 5 5 5
明仁親王 1 1 1 1 1 1 1 1 1
常陸宮正仁親王 2 2 2 2 2 3 4 4 3 3 4 4 4 4 3
寛仁親王 6 6 5 5 6 7 6 5 5 6
桂宮宜仁親王 7 6 6 7 8 7 6 6 7 6
高円宮憲仁親王 7 8 9 8 7
徳仁親王 2 2 2 1 1 1 1 1 1
秋篠宮文仁親王 3 3 2 2 2 2 2 2 1
悠仁親王 3 3 3 3 2

過去の皇位継承順位編集

  • 称号はいずれも当時のもの。

旧皇室典範時:1947年(昭和22年)10月より前編集

11宮家編集

[3][4][5][6][7]

11宮家の皇籍離脱時:1947年(昭和22年)10月14日編集

  • 11宮家(旧皇族)離脱後。
  • 現皇室典範は同年1月16日に既に制定されている。
順位 皇位継承資格者 読み 性別 生年月日/当時の年齢 昭和天皇から見た続柄
 
1位 継宮明仁親王 つぐのみや あきひと 男性 1933年12月23日
(昭和08年)
13歳 親等1/第1皇男子
2位 義宮正仁親王 よしのみや まさひと 男性 1935年11月28日
(昭和10年)
11歳 親等1/第2皇男子
3位 秩父宮雍仁親王 ちちぶのみや やすひと 男性 1902年06月25日
(明治35年)
45歳 親等2/皇弟 / 大正天皇の第2皇男子
4位 高松宮宣仁親王 たかまつのみや のぶひと 男性 1905年01月03日
(明治38年)
42歳 親等2/皇弟 / 大正天皇の第3皇男子
5位 三笠宮崇仁親王 みかさのみや たかひと 男性 1915年12月02日
(大正04年)
31歳 親等2/皇弟 / 大正天皇の第4皇男子
6位 寬仁親王 ともひと 男性 1946年01月05日
(昭和21年)
1歳 親等3/ / 三笠宮崇仁親王の第1男子

礼宮文仁親王誕生後:1965年(昭和40年)11月30日編集

  • この間に、秩父宮雍仁親王が薨去し、宜仁親王憲仁親王浩宮徳仁親王が誕生した。この後、2006年(平成18年)9月6日に悠仁親王が誕生するまでの約40年間、新たに皇位継承順位に入る者はいなかった。また皇位継承資格を有する者が現皇室典範の下、最も多かった時期である。
順位 皇位継承資格者 読み 性別 生年月日/当時の年齢 昭和天皇から見た続柄
 
1位 皇太子明仁親王 あきひと 男性 1933年12月23日
(昭和08年)
31歳 親等1/第1皇男子
2位 浩宮徳仁親王 ひろのみや なるひと 男性 1960年02月23日
(昭和35年)
5歳 親等1/皇孫 / 皇太子明仁親王の第1男子
3位 礼宮文仁親王 あやのみや ふみひと 男性 1965年11月30日
(昭和40年)
0歳 親等1/皇孫 / 皇太子明仁親王の第2男子
4位 常陸宮正仁親王 ひたちのみや まさひと 男性 1935年11月28日
(昭和10年)
30歳 親等1/第2皇男子
5位 高松宮宣仁親王 たかまつのみや のぶひと 男性 1905年01月03日
(明治38年)
60歳 親等2/皇弟 / 大正天皇の第3皇男子
6位 三笠宮崇仁親王 みかさのみや たかひと 男性 1915年12月02日
(大正04年)
49歳 親等2/皇弟 / 大正天皇の第4皇男子
7位 寬仁親王 ともひと 男性 1946年01月05日
(昭和21年)
19歳 親等3/甥 / 三笠宮崇仁親王の第1男子
8位 宜仁親王 よしひと 男性 1948年02月11日
(昭和23年)
17歳 親等3/甥 / 三笠宮崇仁親王の第2男子
9位 憲仁親王 のりひと 男性 1954年12月29日
(昭和29年)
10歳 親等3/甥 / 三笠宮崇仁親王の第3男子

第125代天皇(現:上皇)即位後:1989年(昭和64年)1月7日編集

  • この間、1987年(昭和62年)に高松宮宣仁親王が薨去し、1989年(昭和64年)1月7日の昭和天皇の崩御に伴い、皇位継承順位が第1位であった皇太子明仁親王が天皇に即位した。
  • 21世紀2001年)以降、高円宮憲仁親王、寬仁親王、桂宮宜仁親王、三笠宮崇仁親王が薨去、そして悠仁親王が誕生した。
順位 皇位継承資格者 読み 性別 生年月日/当時の年齢 第125代天皇(現上皇)から見た続柄
 
1位 皇太子徳仁親王 なるひと 男性 1960年02月23日
(昭和35年)
28歳 親等1/第1皇男子
2位 礼宮文仁親王 あやのみや ふみひと 男性 1965年11月30日
(昭和40年)
23歳 親等1/第2皇男子
3位 常陸宮正仁親王 ひたちのみや まさひと 男性 1935年11月28日
(昭和10年)
53歳 親等1/皇弟 / 昭和天皇の第2皇男子
4位 三笠宮崇仁親王 みかさのみや たかひと 男性 1915年12月02日
(大正04年)
73歳 親等2/叔父 / 大正天皇の第4皇男子
5位 寬仁親王 ともひと 男性 1946年01月05日
(昭和21年)
43歳 親等3/従弟 / 三笠宮崇仁親王の第1男子
6位 桂宮宜仁親王 かつらのみや よしひと 男性 1948年02月11日
(昭和23年)
40歳 親等3/従弟 / 三笠宮崇仁親王の第2男子
7位 高円宮憲仁親王 たかまどのみや のりひと 男性 1954年12月29日
(昭和29年)
34歳 親等3/従弟 / 三笠宮崇仁親王の第3男子
系図
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
122 明治天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
123 大正天皇
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
124 昭和天皇
 
秩父宮雍仁親王
 
高松宮宣仁親王
 
三笠宮崇仁親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
125 上皇
 
常陸宮正仁親王
 
寛仁親王
 
桂宮宜仁親王
 
高円宮憲仁親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
126 今上天皇
 
秋篠宮文仁親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
悠仁親王
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

皇位継承問題編集

将来的に皇室典範に定める皇位継承資格者が存在しなくなる恐れが生じた、そのため国会で皇室典範改正などについて議論された。2000年代に入って表面化した問題については、皇位継承問題を参照

脚注編集

  1. ^ 皇室会議議員名簿 - 宮内庁”. 宮内庁. 2019年5月3日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 皇室典範 (1889年)の条項
  3. ^ p. 2-5, "Japanese Royalty" Japan Year Book 1939, Kenkyusha Press, Foreign Association of Japan, Tokyo
  4. ^ Genealogy of the House of Fushimi
  5. ^ Genealogy of the Fushimi-no-miya (jp)
  6. ^ "House of Fushimi" (jp)
  7. ^ Bix, Herbert P. (2001). Hirohito and the making of modern Japan (Book) (1st Perennial ed.). New York: Perennial. pp. 382–383. ISBN 978-0060931308. 

関連項目編集

外部リンク編集